えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「そういえば、時間的に昼飯は食べてきているのか?」
「……軽いものなら、朝に少し食べられたけど」
「じゃあ、飯屋に行くか? 俺も微妙な時間に家を出たから、実は小腹が空いているんだ」
朱雀と買い物をしている折、ふと思ったことを口に出して腹のあたりを手で押さえてみる。この都市に来るためには早めに家を出なければならなかったため、朝と昼の間ぐらいに移動となったのだ。買い物一つで、朱雀とあれだけ張り合うことになるとは思わなかったからな。思った以上に、カロリーの消費が激しかったです。
ちなみに、名門である姫島家はそれなりに規律が厳しく、食事の時間もしっかり決まっているため、この時間帯の集合だと昼食は食べられなかっただろうと思っていた。朱雀の予定がなかなか合わせられないので、何とか時間を捻出する関係上、こういうことがたまにある。いつもだったらすぐにバラキエルさんの家に行って、朱璃さんが軽く作ってくれるんだけど、今日は外にいるので軽く外食でもいいだろう。
「……私、外で食事なんてしたことがないわ」
「マジか。朱雀って、やっぱりお嬢様だよなぁー。じゃあ、せっかくの初記念なんだし、何か食べたいものでもないか? 誘ったのは俺だから奢るぞ」
「それは…」
「これでも稼いでる方だから、お金の心配はするな。こういうのは、遠慮される方が困るんだ」
俺からの誘いに少し考え込んでいたようだが、最終的には甘えることにしたらしい。小学生ながら朱雀自身もそれなりのお小遣いや口座があるみたいだけど、ここは年上の先輩である俺が出すべきだ。多少割高になっても、全く問題ないぐらい実際に稼いでいる。俺にだってそれぐらいのプライドはあるし、ちゃんと経済に優しい男になりたいのだ。
基本、姫島の本邸で用意された食事を食べるか、外出するなら姫島系列の屋敷に招かれて食事をするのが当たり前らしい。遠出の場合は、事前に食事が用意されていることが多く、小腹が空いたのなら朱雀自身で料理をして作ればいい。修行や用事で遅くなる場合は、朱雀のお母さんが夜食を作ってくれるみたいだから、確かにこれだと外で食べる機会なんてなさそうだな。
別に外食を禁止されている訳ではないそうだが、朱雀自身が食べたいと思わない限り、用意されている食事で十分と思っても仕方がない。格式のある家だから料理人の腕は最高峰だろうし、お茶請けみたいなお菓子もたくさんあったそうだ。もしかして、コンビニにも行ったことがないとかないよな? 学校も本邸からリムジンで登校らしいし、俺って本当にお嬢様と一緒にいるんだな、と改めて思ってしまった。
俺の場合、両親が共働きであるため二人の帰りが遅い時は、姉と二人でよく外食をすることがあった。そのため、家の近くのB級グルメやチェーン店、ファミレスやレストランなどはほぼ網羅していると言っても過言ではない。だから彼女の食べたい食事のリクエストにも、たぶん応えることができるだろう。
「そういえば、姫島家って洋食とかは食べないのか? 朱璃さんの作る食事って、だいたい和食ばっかりだよな」
「姫島家では、あまり食べないわね。ただ、私は元々あっさりしたものの方が好きだから、それに不満を持ったことはなかったわ」
「へぇー、そういうものか」
きょろきょろと店探しをしながら歩く俺達は、何でもない世間話をのんびりと行っていた。朱雀は律儀な性格のようで、こういう取り留めのない俺からの質問にしっかりと答えてくれる。名門の出身だからとかで気取ったりしないし、話をする時もしっかり目を合わせる様子を見ていると、冷たく見えるが根は真面目で良いやつなんだろうと思う。
それからも朱乃ちゃんと見たアニメの感想を話したり、朱璃さんに教わっている料理のレシピを聞いたり、姫島家のしきたりの大変さを愚痴られたり、お互いに裏関係のことには一切触れずにおしゃべりをし合う。人込みもあるし、どこで誰が聞いているかわからない場所で、裏関係の話なんてあんまりできないしな。それに、俺は姫島朱雀についてほとんど知らないのだ。こういう小さな会話からでも、色々知ることができたらと思った。
「……私から聞くのも変かもしれないけど、あなたって踏み込んだ質問とかはしてこないのね」
「朱雀だって俺のこと、あんまり聞かないでくれているだろ。それに真剣な話をする時はするけど、それは今じゃなくてもいい。今日は普通に買い物へ来たんだ。いつも裏のことばっかり考えていたら、疲れるじゃん」
「姫島の次期当主を捕まえておいて、そんな風に考えられるなんて本来ならありえないわよ。でも、そうね。あなた相手に警戒していても、確かに疲れるだけかしら」
「俺に対する接し方が、だんだん雑になってきていないか…?」
「あら、奏太のペースに合わせているだけよ」
ああ言えば、こう言う…。朱雀との会話はポンポン繋がるんだけど、油断していると彼女のペースになっていることが多々あった。俺よりも彼女の方が明らかに口が上手いだろうことはわかっているが、こうも言い返せないことばかりだと少々面白くない気持ちにもなる。そんな俺の様子に、朱雀はくすくすと笑ってくる。俺の表情筋は、今日もよく仕事をしているようです。
朱雀の言う通り、俺はまだ姫島家について踏み込んだ質問を彼女にしていない。朱雀に会うのはまだこれで数回程度だし、バラキエルさんとの話し合いで彼女のスタンスを聞いているけど、まだまだ警戒されているのはわかっていた。朱雀も同様に、俺との距離を測っているような気はしている。いつもなら、すぐに朱乃ちゃん達へ会うために転移して、そのまま遊びや修行をすることになるから、こうしてゆっくりとプライベートな話をするのは初めてだろう。
お互いに、本当に相手を信用していいのかわからない。まだそういう段階なのだ。俺自身は、朱雀のことを信じてもいいんじゃないか、とは思ってきている。でも、どこまで俺のことを教えていいのかに悩んでいた。彼女を俺の事情に、本当に巻き込んでしまっていいのかも。そんな考えが、今の停滞した状態を生んでしまっている。
朱雀からしたら、俺は堕天使の組織と関わりのある人間だと思われるのに、魔法使いとしての力も使う。それなのに、何故か一般人として普通に暮らしてもいるという、訳が分からないやつだろう。名前は知られたけど、俺の住んでいる場所や、神器のこと、魔法使いの組織のことや、堕天使の組織との関係について、まだ彼女に何も教えていない。そんな状態で、朱雀の信頼を勝ち取るのは難しいだろう。だから、俺のことを話すのなら、しっかり姫島朱雀という人間を知ってからにしたい。
ただ、これだけはお互いに理解している。立場なんて全く違う俺達だけど、姫島家に疎まれ、邪悪とされる堕天使の血を引く姫島朱乃の幸せを、心から願っている者同士だということを。俺と朱雀が今こうして一緒にいる理由なんて、それだけで出来てしまうのだから。
「あら、あのお店なんてどうかしら?」
「おっ、決まったのか? どれどれ――」
朱雀が真っ直ぐ指を差した先に見えたのは、ものすごく格式高そうな、それこそ一見さんお断りな雰囲気が漂う超高級そうなお寿司屋さんだった。目が点になる。俺、寿司なんてくるくるとしたリーズナブルなものしか食べたことないよ。五百円のお寿司でもドギマギするのに、値段も書かれていなさそうなお寿司とか嫌な汗が出てくる。
お金の心配はしていない。心配なのは、どう考えても釣り合わない見た目と年齢と立場と空気である。もうほぼ全部じゃねぇか。なんでよりにもよって、こんな高級店で軽く小腹を満たしましょう、なノリを選択して来るの? お嬢様だから? お姫様だからなのか? 外食初心者である朱雀の好きに選ばせたのが、そもそもの選択ミスだった。
「さぁ、行くわよ」
「いやいやいや、待て待て待てッ!? 俺達は子ども! 朱雀は小学生で、俺は中学生っ! 一皿何千円も払いそうなお店に入れる訳がないだろう!」
「普通に営業はしているし、お金ならあるのよね。それにこういった雰囲気のあるお店の方が、食べやすそうだもの」
「こんな胃の痛くなりそうな場所に、居心地を感じないでくれっ!」
あぁッーー!? そのまま突撃していったぁぁーー!! 俺の悲鳴にも似た叫びに、振り返った朱雀は面白そうにニッコリと微笑む。すごく可愛らしい笑顔だと思うと同時に、冷や汗が背をかけた。あっ、これドSスイッチが入った時の朱璃さんとよく似ている…。まさかお前、高級店をわざわざ選んだのは、俺を苛めるためにわざととかそんな理由じゃないよな? 俺がそれに気づくも遅く、彼女はスタスタと歩いていってしまった。
こういったことに関しては、無駄に行動力がありすぎる姫島さん家の朱雀さん。朱雀の登場に板前さん達が二度見している中、彼女は堂々とカウンターに腰かけてしまう。お客さんも誰もが目をひん剥いていた。その姿勢を一切崩さない、あまりにも整然とした姿には気品すら漂っている。思わず誰も注意できなかった様子から、朱雀のキラキラオーラに誰もが圧倒されているのがわかった。
ちょっと待って、これ一般庶民代表である俺もこの中に入らないといけないの? 俺にはあんな威風堂々としたオーラなんて出せないよ。俺だけ、向こうにある牛丼を食べてきてもいいですか?
「何をしているの、早く来なさい。それでは、このお店でのおすすめを握って下さい」
「いや、あの、お嬢ちゃん……?」
「はい、何でしょう」
困惑を浮かべる板前さんを前に、全く動じないこの姫島朱雀の毅然とした態度よ。なんだかこっちが間違っているような気がしてくるから不思議。さすがにお金が払えないだろうと追い出されてもアレだし、外食初記念に朱雀の好きなもの食べようと言ったのは俺だから、ここで逃げたら駄目だろう。ちくしょう、巫女で炎使いで名家のお嬢様で行動力のあるドSなんて属性が多すぎなんだよ…。
俺はしぶしぶお店の中へ入り、板前さんだけに見える様に大量のお札を見せて、ギョッとさせるしかない。学生の俺達では個人の口座はあっても、十八歳未満のためクレジットカードを使うことはできない。だから、今日の買い物で念のために数十万ぐらいおろしてきていたのだ。こんな札束で殴るみたいなことをするなんて、人生初の経験です。
もうどこぞの高貴なるお嬢様が、お忍びで食べに来たノリで行こう。実は店の裏にSPとかもいて、どうしても子どもだけでお寿司を食べてみたい! というお嬢様のお願いについて来たという感じで押し通そう。だって朱雀さん、もうお寿司を食べだしているからね! 朱雀の纏う名家オーラに、屈してしまった一般人の板前さんに罪はない。
開き直った俺は魔法で一般客からの認識を多少薄ませ、それを見た朱雀も印を結んで俺がやった魔法と似たような効果を持つ結界を張り出す。やっぱりこの美少女、うすうす自分の行動が突拍子もないことだってわかってやっていたな。それだけ高級なお寿司が食べたかったのか、それとも俺をからかいたかっただけなのか、答えはわからない。俺は溜息を一つ吐くと、もう無言で朱雀の隣に腰かけるしかなかった。
板前さんが色々疑問に思いながらも、せっせと仕事に入り出す姿に、俺は申し訳なさを感じるしかない。札束で殴ったのは俺だけど。それにこんな機会がなかったら、高級寿司屋さんなんて庶民思考の俺では敷居が高すぎて、お金があってもなかなか入れなかっただろう。そう考えたら、またとない機会なのは間違いない。どうせ食べるのなら、美味しくいただくべきだ。ポジティブにいこう、ポジティブに。
「あっ、このトロの脂身やべぇ…。大将、これもう一個おかわり」
「……思っていた以上に、適応が早いのね」
「俺、基本的に難しいことは考えすぎないようにしているから」
「あぁ…、納得。では、私は牡丹海老をいただくわ」
あっさり納得されてしまった。朱雀もここのお寿司がお気に召したようで、俺以上に寿司ネタを理解して高級なネタの名前がバンバン出てくる。俺、百円皿に出てくるようなネタしか知らないよ。姫島家は、こんな高級なお寿司を普段から食べているのだろうか。今度、くるくるするお寿司屋さんに連れて行ったら、どんな反応をするのか見てみたい気がした。
そうして、贅沢な昼食を食べ終わった俺達は、しっかり札束を払ってお店を後にする。遅めの昼飯を食べるだけで、精神的にすごく疲れたよ。そんな感情を込めてジト目で朱雀を見たら、意味深な笑顔で微笑まれた。ラヴィニアの微笑みは癒されるのに、朱雀の微笑みは何だか背筋が冷たくなる仕様なことにびっくりだ。恐怖からではなく、ぞわぞわするような目なのである。
何で彼女のS気質が、俺に発揮されているの? 俺は別に被虐体質のような特殊な性癖みたいなものはないよ。バラキエルさんにやってよ、きっと喜ぶから。そんなことを思う、お昼の一幕だった。
――――――
「さて、それでは当初の予定通り、携帯電話を買いに行きましょうか。機種のおすすめや使い方も教えてくれるのでしょう?」
「あぁ、うん。未成年者が登録する場合、色々手続きが必要だからちょっと大変だけどね。朱雀のお母さんが、協力してくれてよかったよ」
俺と朱雀の二人で買い物をするきっかけとなった、携帯電話の購入。それが目的で、こうして俺達は都会まで来た訳だ。お土産買ったり、お昼食べたり、普通に寄り道をしまくっているけど。高級お寿司を食べたばかりだったので、現在俺達は都会の片隅に建てられていた小さな神社で小休憩を取っている。
このお社には、小さな神性を持つ者が宿っているそうだが、五大宗家とは関係のない数多いる名もなき神の一柱らしい。朱雀が唱え言を一言述べると、この場所で休憩してもいい許可をもらえたようだ。俺は神社の石段に座ってペットボトルの飲料水を口に含み、朱雀の言葉に同意するように頷く。確かに、そろそろ向かわないと日が暮れてしまうだろう。
ちなみに、今回の目的である携帯電話は、朱雀が使うためのものである。朱雀との連絡手段がない現状、事前に次の約束を取り付ける方法しか取れなかったのだが、それでは色々と不都合なことも多い。突発的な事態だって、あるかもしれないのだから。姫島家に直接電話する訳にはいかないし、手紙なんか送っても本人にちゃんと無事に届くか不明。さらに、姫島本家には結界が張られているため、魔法のような特殊な通信方法は使えなかった。
朱雀曰く、姫島家の人間は特殊な式紙や通信ができる神具などを使って、連絡を取り合ったりしているらしい。だが、さすがに神道について全く知識のない俺が使うのは難しい問題があった。そんな訳で、メフィスト様に良い連絡手段はないかと聞いたところ、普通に携帯電話などの表の機器を使う方がカモフラージュになることを教わったのだ。裏の特殊な技術など使わない方が逆にバレづらい、ということになるほどと思った。
念のために携帯では重要な話をしないようにすれば、少なくとも約束を取り付けるぐらいの連絡手段にはなる。俺は携帯を持っていないけど、そこはアザゼル先生に通信用の簡単な端末を作ってもらおうと思う。朱雀とさえ繋がれば、今のところ問題ない。彼女の方は、霊獣『朱雀』継承のために次期当主として修行で外に出ることも多くなったので、一々式紙を使うより、家族との連絡を手軽に取り合えるようにと外付けの理由は考えてある。
五大宗家が表に向けて経営する会社や施設もあり、そことの連絡手段として携帯電話を使う者もいる。朱雀の年齢的には少し早いが、早めに持っておくことはそこまでおかしくはない。俺より年下なのか疑問に思うほど、朱雀は賢くてしっかりしているから、携帯電話のことで周りからそこまで言われないだろう。今日のために、朱雀のお母さんには必要書類などをすでに書いてもらっている。
「姫島が親元で経営している店舗だから、事前に朱雀のお母さんが予約してくれたんだよな」
「えぇ、そこは『姫島』の名を使ったわ。さすがに、子どもだけでは難しいから」
本来、中学生と小学生だけで携帯電話を買って契約なんて表ではできないんだけど、こういう時は裏の繋がりがあると楽だと思う。俺も魔法使い特権で、海外にある『灰色の魔術師』が経営する施設なら子どもでも使うことが出来る。表は表、裏は裏と上手く使い分けていくのが大切だな。
「それにしてもさ、携帯を買いに行くぐらい俺以外に付き添いが出来る人はいなかったのかよ」
「母さまと父さまはお忙しいし、家の者と出かけるとこんな風に寄り道はできないもの。朱乃へのお土産も買えなかったでしょうから」
「それは、……そうか」
このお嬢様を一人で都会に行かせるのは、さすがの両親も心配したらしい。朱雀の家族、娘のことをよくわかっているな。
「それに、奏太といると気が楽なのは本当よ。あなたって裏の人間のはずなのに、表の人間みたいに自然体だから余計にね」
「……それは、俺の擬態が完璧と言いたいのか、オーラとか関係なくモブにしか見えないと言いたいのか」
「悪い意味じゃないわ。私達は一般人と異能者を見分ける目を、幼い頃から鍛えられているの。裏に関わる者はね、無意識に只人とは一線を引いているものよ。そして、常に周りの環境に目を払っている。いつ何時敵が現れても、対処ができるようにね」
えっ、裏の世界の人間ってこんな風に買い物をしている時も臨戦態勢万全なの? 朱雀が言いたいことはわかるけど、こんな時まで緊張し続けるとかすごく疲れそう。俺が元一般人で、裏の世界に入ってまだ二年目だから、一般人の感覚が抜けていないだけとも言えるのかもしれないけど。
まぁ、現在の俺は無名だしな。朱雀のように姫島家の次期当主という看板を堂々と背負ってもいない。だから、刺客の心配をする必要がそれほどなかった。それでも、仙術もどきで常に周りの気配は気にしているのだが、それとは違うのだろうか。敵意に関してはかなり敏感な自覚があるから、警戒は怠っていないんだけどな。
「これは、もう性分みたいなものよ。だから、今まで誰かとこうやって外へ出かけても、ピリピリした緊張感がいつも隣にあるのが当然だったわ」
「それって、確かに気が休まらなさそうだな」
「そうね。……私たちのような人間は自分達にとって安心できる領域に籠って、外の世界とあまり関わろうとしないの。臭いものに蓋をするように自分達にとって都合が悪いものを排除し、それによる恨みや悲劇も力でねじ伏せればいいとずっと変わることなく、他者に関わる必要性を感じようともしない。それが、今の姫島のやり方なのよ」
「えーと、つまり要約すると…。姫島の人達って、暴君タイプの高度な引きこもり体質ってこと?」
「……本家に今のセリフを聞かれたら、闇討ちされるわね」
怖ぇよ、姫島家ッ! ちょっと思ったことを言っただけじゃん!?
そんな風にビビっている俺に小さく朱雀は笑った後、それから何かを考え込むように無言で目を伏せる。それに突然どうしたのかと、俺も目を瞬かせた。都会に建てられた小さなお社は無人であり、周りには人気もない。首をそちらに向けると、無表情ながら何か言いたげな雰囲気を漂わせる朱雀がいる。俺と目が合うと、彼女は意を決したように口を開いた。
「でも、それが姫島の……五大宗家の本質なのよね。彼らは異端を嫌い、異端を恐れる」
「……朱雀?」
「姫島は、朱乃を受け入れることはない。朱乃が、姫島の庇護を受けることは絶対にないわ」
いきなりの朱雀の言葉に俺は言い返しそうになったが、彼女の目があまりにも澄んでいて、……そしてどこか泣きそうな顔をしている事に気づき、言葉になることはなかった。
「この前、おばさまと話をしたの。姫島に朱乃を受け入れさせる方法はないかって。だけど、朱乃は火よりも
おそらく、俺が朱乃ちゃんと光力銃の修行をしていた時にでも、朱璃さんと二人で相談をしていたのだろう。姫島に最も精通している二人だからこそ、姫島家が下すだろう結論がわかってしまった。姫島家の次期当主である姫島朱雀と姫島朱乃の道が、これから先で交わることはないことを。だけど俺は、彼女が朱乃ちゃんと朱璃さんをどれだけ大切に思っているかを知っている。
もし、姫島朱雀が今のように原作でも朱璃さんや朱乃ちゃんと関わりを持っていたのだとすれば…。それはどれだけ幼い彼女にとって、重く辛く圧し掛かっていたことだろう。姫島の次期当主としての責任感と、身内を助けたいと願う優しさ。しかし、それがどれだけ難しいことなのかを理解できてしまう聡明さをすでに彼女は持っていた。姫島家の方針に板挟みになりながら、それでも二人を幸せにしようと、今の彼女のように足掻いていたのだと思う。
もしそうなら、二人のためになんとかできないかと願っていた幼い少女にとって、原作での朱璃さんが命を落としたこと、朱乃ちゃんが姫島に追われて悪魔に拾われたことは、どれほどの心の傷を作ってしまったのだろうか。誰にも相談できず、誰にも助けを求められず、それでも強い彼女のことだから、きっと一人でも立ち続けることを選んだことだろう。遠く離れてしまった従姉妹のことを思って、自分を奮い立たせていただろうことは想像できてしまったから。
「それが、姫島の掟。古から続くしきたり。この掟を、一族が変えることはない」
「朱雀…」
「だから、私が今の姫島を変えることにしたの」
さらっと彼女が口にした言葉に、思わず呆然と視線を向けてしまう。俺は朱雀が姫島の掟に悩み、変わらない現実に落ち込んでいるのだろうと思っていた。自分の想いを認めてくれることがない世界に絶望して、悲嘆にくれるしかないのだろうと。しかし、朱雀は決してそれで終わる女ではなかった。
先ほどまで俯いていた彼女の視線と目が合った瞬間、そんな殊勝な態度なんて全くない事をまざまざと見せられる。彼女の『夕陽』色の瞳には、揺るぎないほどの強い光が宿っていたのだから。
「……おばさまや朱乃に会って、改めて思ったわ。どうしてこんなにも優しい人達が、苦しまなくてはいけないのかって。どうして同じ血が通った者同士なのに、火の力に恵まれなかっただけで差別されて、追放されなくてはいけないのかって。こんな悲しい、ただ闇雲に怨嗟を生むだけのしきたりを守るために、私は当主になるつもりなんてないと思ったわ」
「……姫島の次期当主が、姫島を否定するのか?」
「えぇ、だってこんなのおかしいと感じるもの。どんな才能があってもいいはずだわ。……私のお婆様に料理を教えてくれたとされる『大叔母様』である姫島
どれだけ努力をしても、どれだけ功績をあげても、どれだけ愛されていても、火の加護を持たない者は姫島家の人間として認められることはない。そのしきたりに異を唱えたのは、生まれながらにして姫島の家に選ばれた、最も火に愛された少女だった。
「……どうして、それを俺に?」
「どうして、かしらね…。本当なら、姫島と関係のない奏太に言っても仕方がないことだってわかっている。正体もわかっていない、警戒しなければならない相手であることもね。でも、お人好しで呑気なあなたなら聞いてくれるんじゃないかって思ったの」
「お、お人好しで呑気…?」
「姫島と繋がりのない奏太が、ここまで私の面倒を見る必要なんて本来ないわ。それなのに、今回の携帯の件も含めて、私が朱璃おばさま達に会えるようにいつも配慮してくれている。朱乃のことだって、色々考えてくれて。今だって、突然の姫島家への愚痴を黙って聞いてくれた。随分、助けられていると思う」
神社の石段に腰かけていた体勢から立ち上がり、朱雀は少し寂れた社に向かうと何枚かの硬貨をお賽銭箱へ入れる。綺麗な所作で手を合わせ、拝礼を行っていた。その横顔は凛とした眼差しを真っ直ぐに向けていたが、その背中はどこか小さく見えたような気がした。
「おばさまの前でも誓ったけど、改めてここで誓うわ。私は姫島の当主となって、――歴代の当主達にはできなかった変革をしてみせる。おばさまや朱乃だけじゃない、他にも追放されてしまった人達も家に戻せるように。それが、姫島朱雀の目標であり、私が絶対に叶えてみせると決めた夢よ」
決意を込めた夕陽色の瞳を見ながら、俺は彼女の言葉を静かに受け止めていた。まるで、自分自身を奮い立たせるように改めて誓いを口にする、そんな彼女を見つめながら。どこか遠くを見据える朱雀に、この誓いがどれだけ無謀なことなのか本人もわかっているのだろう。
朱雀も俺と同じように、目の前の人物を信用していいのか悩んでいたはずだ。お互いにどういう思いで、これからどうしていきたいのか、といったことを
はっきり言えば、朱雀の夢は茨の道そのものだ。味方だってほとんどいない、多くの人達から非難だってもらうだろう道。彼女には、何不自由なく姫島の当主として君臨できる血筋も才能も地位もあるのに、あえて困難な道を選択している。
彼女の選択を愚かだと、何もわかっていない子どもの戯言だと、少しでも裏の世界の厳しさをわかっている者なら、誰もが口にするだろう。朱雀の想いを理解できる人達も、こんな幼い少女の肩に乗せていい夢だなんて思わない。そんな辛い道を選ばずとも、その気持ちだけでも嬉しいと言って。朱雀が全部背負わなくてもいいのだと、きっと思い留まらせようと言葉を尽くすことだろう。
「……そっか、なら安心だな」
だけど、俺が姫島朱雀の誓いを聞いて感じたのは、そのどれでもなかった。まさか俺からの返答があるとは思わず、さらには肯定のような答えが返ってくるとは思っていなかったのか、普段の澄ました顔の朱雀の表情が驚きに目を見開いている。ずっとお社に向かっていた赤い目と、ようやくちゃんと向き合ったような気がした。
「安心って……?」
「ん? 朱雀なら絶対にやってみせるだろ。朱乃ちゃんのことでずっと悩んでいたけど、朱雀がいずれ姫島を変えてくれるのなら安心だと思っただけだよ」
「そ、そんな簡単なことじゃないのよ」
「それは当たり前だろう。だけど、それでもやるって決めたんだろ?」
俺からの返しに、何を言えばいいのか困惑している朱雀を隣に、俺もお賽銭箱に小銭を入れておく。お賽銭の時に入れるお金のチャリンと響く音を耳に入れながら、俺も朱雀の願いが叶うように祈っておいた。たぶん、朱雀がこんなに動揺しているのは、きっと否定されるだろうという思いがあったからなのかもしれない。少なくとも、肯定されるとは考えていなかったのだろう。
「……姫島家と敵対することになるかもしれないのに?」
「俺の友達に、異種族の恋人のために誓いを立てた人がいるんだけどさ。その二人は俺から見てもバカップルなぐらい仲がいいけど、世間からは決して認められるような関係じゃなかった。だけど、その友人は誓ったんだ。多くの批判や障害を受けても、辛い事や悲しい事がたくさんあったとしても。それでもその全てから、彼女を護り、幸せにしてみせるって。たった一人の大切なヒトのためなら、世界とすら戦うことを誓った男を、俺は知っている」
「…………」
「それに、俺も友達のためにって、悪魔と教会の二大勢力に喧嘩を売ったことがあったからな。俺が関与したことはバレなかったけど、相当引っ掻き回してかなりのヒトにたくさんの迷惑をかけたと思う。だから、姫島家という一勢力にだけ喧嘩を売る朱雀は、むしろ謙虚だと思うぞ」
「その比較はおかしいと思う。というより、悪魔と教会に喧嘩を売るとかバカなの?」
バカって、お前…。みんなの協力のおかげもあって、最終的にはちゃんとハッピーエンドになったからいいんだよ。メフィスト様やアザゼル先生の言う通り、ばれなきゃなんとかなるもんさ。それに、先ほどの朱雀の誓いからは、正臣さんと同じような決して揺るがない唯一を見つけた意思を感じ取れた。だから、朱雀なら本当にやってのけると思えたのだ。
というか、この姫島朱雀が周りから「無理だ」と言われた程度で、朱乃ちゃん達のことを諦められるとは全く思わなかった。リンやラヴィニア含め、散々朱雀と俺の行動力は似ていると周りから言われたのだ。どうしても叶えたい目的のためなら、朱雀は絶対に諦めないと信じられる。このクール系破天荒娘の行動力に、この数週間でどれだけ俺が振り回されたと思っているんだ。
そこにか細くても、頑張れば掴めるかもしれない光があるのなら、朱璃さんや朱乃ちゃん達が笑っていられる未来が手に入る可能性が1%でもあるのなら、朱雀が諦める理由になんてならない。そういった意味で言えば、彼女と俺は同類だ。彼女の夢に籠められた想いが、それがどれだけ困難な道だろうととにかく突き進むんだという気概が、自分のことのように痛いほどよくわかったから。
『できるかどうかわからないですけど、諦めたら何も変わらないじゃないですか。この世界は理不尽で鬼畜だし、モブに優しくなくて泣きたくなるようなことばっかりで、綺麗事じゃ回らない世界なのだとしても。諦めずに頑張ったら、ほんの少しでも変わってくれるかもしれないって。俺はそう思いたいんです』
あの時、アジュカ様へ伝えた俺の想いは、今だって何も変わっていない。それに、俺は実際に知っている。諦めずに頑張れば、みんなで力を合わせたら、定められた世界の運命にだってちゃんと反逆できることを。クレーリアさんと正臣さんの未来が続いていく奇跡を、俺はこの目で見て、この手で掴んでみせたのだから。
姫島家を変革してみせる? 上等じゃん。むしろ、朱雀を巻き込んでいいのか迷っていた俺からすれば、まさにカモがネギを背負ってやってきたぐらいの感想だ。なら、原作の楔をぶっ壊した先輩として、姫島の楔をぶっ壊そうとしている後輩を導くのは当然のことだろう。
夢物語を一人で叶えることはできない。一人で姫島を変えるのが難しいのなら、夢物語を現実に繋げるための結晶を集めるために、使えるものは全部使えばいい。――俺も含めて。
「信じるよ、朱雀。その誓いも含めて。だから、俺のことも話しておこうと思う」
「えっ?」
「俺は『
「……えっ」
朱雀の冷静沈着だったポーカーフェイスが、面白いぐらい崩れてポカーンとしている。ようやくこの破天荒少女を振り回せたことに、ちょっと気分が良くなった。いつまでも、俺が振り回されっぱなしだと思うなよ! メフィスト様に後で勢いで正体を言っちゃいました、って謝らないといけない工程が俺にはあるんだからな。今の内に、優越感に浸っておこう。
固まる朱雀の前で手を振ってみるが、しばらくフリーズしたままだった。神器のことはメフィスト様からの許可がいるけど、一応俺が理事長直属の部下であることは信頼できる相手なら話してもいいことになっている。朱雀は俺が堕天使と懇意にしていることを知っているし、協会の『
さすがに個人的な事情で、メフィスト様達に迷惑はかけられないので、組織的な協力や表立っての介入は難しいだろう。それでも、裏から色々手を回すことならいくらでもできる。これでも人脈に関しては、周りから引かれるレベルの混沌さなのだ。もしもの時、『変革者』との繋がりがあることを示せば、当主となる朱雀の発言権向上に繋げることもできるだろう。朱雀なら、お得意様としてこっちの仕事を請け負ってもいいかな。
「という訳で、朱雀の夢を叶えるために俺の持てる力の限り、全力で支援をさせてもらうからな」
「本気、なの? 私は次期当主として定められているけど、結果なんてまだ何も残していないのに」
「俺が信じたのは、姫島の次期当主の地位じゃなくて、姫島朱雀のその諦めない根性だ。それに、俺だって朱璃さんや朱乃ちゃんのために出来ることをずっと探していた。協力できるのなら、こっちからお願いしたいぐらいだよ」
「……本当に初めて会った時から、こちらの予想を尽く覆してくる人ね」
そこまで言うと、ようやく朱雀の口元に笑みが戻ってきたのが見えた。年下の女の子一人に、悲痛な覚悟なんてさせない。俺に出来ることは少ないかもしれないけど、それでも何かあったら相談にだって乗るし、愚痴だってたくさん聞くし、手伝いだって色々する。ラヴィニアがパートナーで、神器が相棒で、リンが使い魔で協力者なら、朱雀は共犯者……では外聞きが悪いし、戦友みたいなものになるのだろうか。
そんなことを考えている間に、俺のよく知る野望に燃え上がるような夕陽色の瞳に火が灯ったのがわかった。彼女の中にあった迷いは、完全に消えたようだ。朱雀は自信満々に溢れる不敵な笑みを見せると、俺へ向けて真っ直ぐに手を伸ばした。
「そこまで言うのなら、私の夢にとことん付き合ってもらうわよ。奏太」
「そっちこそ。朱雀が姫島を改革して、日本の組織の方針をちょっとでも柔軟にしてくれることを心底願っているよ」
魔法使いで日本人の俺にとって、日本の組織の排他的な過激さは普通に困りものだったからな。俺が朱雀に協力する背景には、朱乃ちゃん達のことだけでなく、俺自身の身の振り方にも影響して来る。彼女が頑張れば頑張るほど、俺にとって住みやすい日本になっていくのだ。応援しない理由がないし、彼女の夢の実現のために手を貸すのは当然だった。
朱雀から伸ばされた手をしっかりと掴み、協力者としての意思を示す。ふと感じた一陣の風が、もうすぐ冬に入るようなそんな肌寒さに気づかせ、季節の移り変わりを感じた。年齢通りの子どもらしく壮大な夢を掲げ、本当に出来るかどうかもわからない未来を目指す。ハッピーエンドを作り出すための物語を紡げるように、頑張って歩いていこう。
朱乃ちゃんという一人の女の子の存在で繋がっていた俺達の道は、こうして重なったのであった。
「さて、そろそろ行くか。そういえば、朱雀的にどんな携帯電話が欲しいとかはあるのか?」
「もちろんよ。最高画質のカメラとビデオがとれるものに決まっているわ。疲れた時に癒しの効果をいつでも感じられるようになるだなんて、素敵でしょう」
「……とりあえず、プライバシー保護やセキュリティーがしっかりしたやつを選ぼうな。おすすめのアプリもインストールしておくよ」
このシスコン、本当にブレないな。可愛い妹の成長記録で、こいつの携帯の機能が埋まっていそうだ。画像ファイルが溜まってきたら、俺の方で保存しておけば安全だろう。二人で小さなお社にもう一回拝礼をすると、石の階段を駆け下りたのであった。