えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百十話 見舞い

 

 

 

「やったー、百羽かんせーい!」

「えっ、早ッ!? 朱乃ちゃん、折り紙を折るのが上手だね」

「えへへ、でも母さまの方がもっと上手なんだよ」

 

 冬らしく椿の花が彩られた薄紅の着物を着た女の子が、嬉しそうに両手を上げて折り鶴を見せてくれる。端までしっかり折り込まれた鶴は、ピンと背筋が伸ばされていて、俺の鶴よりも綺麗に折られていた。幼い頃から料理や折り紙、習字やあやとりや和楽器など、手先を使った遊びや習い事をよくしていたからか、朱乃ちゃんはすごく器用だ。彼女の隣にこんもり積もった鶴の山に、思わず驚きの声が漏れてしまった。

 

 そんな朱乃ちゃんよりも上手だと告げられた朱璃さんの方をちらっと見てみると、……鶴の壁が出来ていた。嘘だろ、なんて速さだッ……! 朱璃さんの手元を覗いてみると、一瞬で端と端をぴったりと揃え、まるで折り紙が生きているかの様に指でくるくると向きが変わり、高速で美しく折り込まれていく。もしかしたら一分もかからない内に、あっさりと一匹の鶴が完成していた。朱璃さんからは、まるでプロの職人のようなオーラが感じられる。俺と朱乃ちゃんは、その高速作業に思わず魅入ってしまい、彼女の細い指先を見続けてしまった。

 

「……あら、どうかしたの?」

「あっ、いえ。これがプロか、と思いまして」

「プロだなんて。ふふっ、ありがとう。でも、私に折り方を教えてくれた先生は、もっと速かったのよ」

 

 頬に手を当てて、嬉しそうに微笑む朱璃さん。これ以上の速さって、もはや人外じゃないですか? いや、人外でも難しいと思うんですけど。五大宗家のような術者の家系は、高速で印を結んだり、一瞬で繊細な術式を編む必要があるので、幼少期から手先の器用さを育てるらしい。折り紙や編み物、書道や楽器などの嗜みは当たり前なのだそうだ。

 

 俺は自分で作った折り鶴三十羽ぐらいを、微妙な目で見つめてしまう。いや、俺もかなり集中して頑張ったんだよ。朱乃ちゃんと朱璃さんが、規格外過ぎただけだから。小休憩をした二人はまた集中して折り紙に向かいだし、黙々と作業を続けていく。さすがは母娘、仕草がそっくりだ。俺からの突然のお願いから始まった『姫島家折り鶴大会』だったが、二人はお気に召したらしい。

 

 

「……ぬぅぅううぅ」

 

 一方で、額に脂汗を滲ませながら唸り声をあげ、ぷるぷるした指先で慎重に折り鶴を折る左隣の教官。集中しすぎて、すごい形相になっている。武人として鍛えられた大きな指で、小さな折り紙の端を掴み、一回折り込む毎に深い溜め息を吐いていた。堕天使の武闘派幹部にして、多くの者から恐れられている『雷光』が、折り紙一つで魂が抜けかけている。というより、『雷光』のバラキエルが折り紙を折っている現状に誰もツッコんでくれない。

 

 俺はポケットからアザゼル先生に届けてもらった携帯端末を開き、撮影モードを起動する。集中して折り紙を折っている姫島家は誰も気づいていないようで、とりあえず朱雀用とバラキエルさん用に、朱璃さんと朱乃ちゃんの凛々しい作業工程を撮っておく。朱璃さんのだけ手元が高速すぎてブレてしまったけど、そこはご愛敬だろう。

 

 週に一回ぐらいしかこちらに来られない朱雀から、朱雀のお母さん用に朱璃さんの様子と朱乃ちゃんの成長記録を頼まれているので、本人達にはちゃんと日々の撮影の許可は事前にもらっている。一応、撮影許可のためにバラキエルさんも巻き込んで、彼にも二人の写真と動画を送ることになっていた。画像フォルダは、アザゼル先生に頼んで置いてもらった、姫島家のパソコンに一括保存されている。今回のも、二人の端末に送っておこう。

 

 ついでにバラキエルさんの決死の折り紙作業も撮り、『死闘』と題名を打ってアザゼル先生に送っておく。最近、俺が頼みごとをすると、頬がぴくぴくするようになったので、ガス抜きもちゃんとしておかないとな。送って数十秒後、即行で大爆笑の顔文字が返ってきた。たまたま近くにいたシェムハザさんにも見せて、噴き出させたらしい。相変わらず仲いいな、ここのトップ陣。

 

「オニニっ!」

「あっ、すまん。俺もちゃんと集中します」

「オニ」

 

 右隣で一緒に折り紙を折ってくれていた小鬼に「さぼっちゃ駄目!」と怒られてしまったので、いそいそと新しい折り紙に手を伸ばした。リンの無茶ぶりで鍛えられた小鬼は、お手伝いもやってくれるスーパー小鬼になってきている。朱乃ちゃんと一緒に、洗濯や料理の補佐もなんのその。今も小さな身体をいっぱいに使って、折り鶴をせっせと折っていた。俺達が来ない時は、朱乃ちゃんは小鬼と二人でゲームをして遊ぶことも増えたらしい。朱璃さんが、「これ、いいのかしら…」と素で困惑したような声を出していたのは記憶に新しい。うちの使い魔がすみません。

 

 そのリンだが、さすがに折り紙をドラゴンに頼むのは無理だし、細々とした作業の連続は苦手らしいので、今回は召喚していない。呼んでもみんなと折り紙が出来なくて、しっぽをべしべししていじけそうだからな。今日はバラキエルさんの休暇とたまたま被っていたから、護衛は問題なかった。なので今日は、冥界でのんびりやっていることだろう。

 

 ちなみにバラキエルさんのこの苦難は、朱乃ちゃんの「父さまも一緒にやろう!」というキラキラビームと、S気が見えた朱璃さんの援護もあって、こんな状態になった。今日もお父さんは、大変頑張っているようです。俺の方へ恨めしそうな視線を向けられたが、俺だってまさか『雷光』に折り紙をさせることになるとは思っていなかったから。

 

 バラキエルさんの死闘が早く終われるように、俺も黙々と折り鶴作業へ入るのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「はぁー、やっと終わったぁー」

「いっぱい鶴が出来たねー」

「おぉー。まさか今日一日で千羽完成してしまうとは思わなかったわ。本当にありがとう」

「どういたしまして!」

 

 あれから、数時間の作業の末。無事に目標の折り鶴千羽を折ることが出来たので、縁側に座って朱璃さんに入れてもらった麦茶を、朱乃ちゃんと一緒に完成祝いも兼ねて乾杯して飲んでいた。「ぷはぁー!」と居酒屋のノリで、同時に麦茶を一気飲みする。二人して生き返ったような声をあげたことに、肩を揺らして笑ってしまった。折り紙作業に疲れてお昼寝してしまった小鬼を膝枕しながら、朱乃ちゃんは楽し気に頭を撫でていた。

 

 完成した後、某ボクサーのように真っ白に燃え尽きていた教官をもう一度パシャリして、アザゼル先生を腹痛地獄へ再び送った後、お礼も兼ねて神器で癒しておいた。指がぷるぷる震えていたしね、ありがとうございました。現在、朱璃さんが出来上がった鶴をまとめてくれている。千羽鶴は縫い針で繋げていく必要があるので、手慣れている朱璃さんが担当すると声をあげてくれたのだ。

 

 さすがに申し訳ないと思ったが、するすると再び高速作業に入った朱璃さんを見て、お任せすることにした。あれはもう職人の顔だった。素人の俺が介入するより、本人が納得のいく出来に仕上げてもらって、満足してもらった方が良さそうだと判断。だからこうして、出来上がるまでの時間を休憩に使っていた。

 

「これでお見舞いに行く時、プレゼントは大丈夫だね」

「うん、マジで助かったよ。来週、知り合いの子どものお見舞いに行きたいから、見舞いの品は何がいいか相談したら、まさか折り鶴大会が開かれるとは思っていなかったけど」

「お見舞いには、千羽鶴だって母さまから教えてもらったもん。その子、赤ちゃんなのにご病気なんだよね。早く良くなってくれるといいな」

「……うん、本当に」

 

 嬉しそうに眠る小鬼の頬をつつく朱乃ちゃんの言葉に、俺は本当にそうなればいいと思いながら返事をする。彼女の視線が、下を向いていてよかった。たぶん、今の俺の表情は笑えていなかったと思うから。

 

「えっと、その赤ちゃんは確か外国に住んでいるんだよね」

「あぁ、ドイツの自然がすごく綺麗なところだよ。そうだ、どうせならテレビ電話に繋げて、ドイツ観光名所ツアーでも姫島家でしてみよっか」

「わぁ…、本当に? ありがとうございます、奏太兄さま! 私、大きなお城を見てみたいと思っていたの。テレビで見て、すっごく綺麗だったから」

「もちろんいいぞ。朱璃さん用にドイツの珍しい食材も買って、バラキエルさんには美味しいお酒とおつまみかな。小鬼は、……ウィンナーとか食うかな?」

「キィくん、リンちゃんが持ってきたお菓子を食べるようになって、お料理のお手伝いの後、普通にご飯を一緒に食べるようになったよ」

 

 朱璃さんの「山の妖怪なのにいいのかしら…」という困った顔が目に浮かんだ。重ね重ね、うちの使い魔が申し訳ありません。

 

 

「その赤ちゃん、生まれてからずっとお家にいるんだよね。まだお外を見たことがないのかな」

「……そうみたい。いつ発作が起こるかわからないから、まだ外へ連れ出せないらしい。でもお薬を打っているから、症状はだいぶ落ち着いているんだってさ」

「そっか…。その子は、ちゃんとお外で遊べるようになれたらいいね」

 

 おそらく、無意識だったのだろう。おかわりの麦茶をコップに注ぎながら、ポツリと呟かれた朱乃ちゃんの思い。その子『は』、と告げた彼女の表情はいつも通りだったけど、それが逆になんと声をかけていいのかわからなくなった。朱乃ちゃんは、幼いながら自分のおかれている状況を、なんとなく理解している。だから、家族に迷惑をかけないように我慢することが、当たり前になってきているような気がするのだ。

 

 ここで、キミもいずれ外を自由に遊ぶことが出来る、と無責任なことは言えない。言ってはいけない。彼女にとって外の世界は、決して優しいだけではないから。ずっと、みんなが守ってくれる訳じゃない。いずれ、彼女一人で歩かなければならない時が来る。ちゃんとそこまで考えて、先を見据えてから言わなければならないのだ。それに、守ることの大変さを俺はよく知っている。その難しさも。

 

 原作だって、グレモリー家が姫島朱乃の出生を含めて、これまでとこれからの人生の全てをもらい受けたから、特定の地域に入らないこと、リアスさんの傍に常にいること、という二つの約定で手を打ってくれたのだ。姫島に姫島朱乃という名の少女はいなかった。姫島朱乃と名乗る少女は、最初からグレモリーの縁者である、とした。姫島の血を引く、姫島朱璃には娘などいなかったとされたのだ。

 

 彼らにとって大切なのは、『姫島』という名門のブランドに傷がつかないことだったから。朱璃さんとの親子関係を切り離し、責任を代わりに押し付けられる別の名を用意する。それしか、姫島朱乃を『姫島』から解放する術が今のところ見つからない。朱雀が言っていた通り、今の姫島が朱乃ちゃんを受け入れることがないのなら、この問題はずっと続いていくことだろう。

 

 姫島が執拗に朱璃さんの身柄を欲しがるのは、堕天使側に朱璃さんがいると、朱乃ちゃんとの親子関係が公然の事実として周りの目に映ってしまうからだ。つまり、姫島の汚点を周囲に晒してしまう。堕天使が姫島の娘を洗脳してかどわかした、と勘違いされているのは事実だが、それは全員ではない。一部の者は、朱璃さんが自らの意思で堕天使側にいることに気づいている。それでも、それを認める訳にはいかないから、堕天使側の訴えは黙殺されているのだ。

 

 彼らは、姫島朱乃が外へ出ることで、周りに周知されてしまうことを最も恐れている。だから姫島を刺激しないためにも、彼女はほとんど外に出られないのだ。バラキエルさんがこっそり教えてくれたが、朱璃さんを姫島に返したら、朱乃ちゃんは一生母親と会うことはできなくなるだろうと話していた。朱璃さんが娘を産んだ事実を揉み消し、堕天使組織にいる朱乃という名の少女とは何の関係もない、と平然と公表するだろうと。

 

 実際に、そういう取り引きが姫島側から昔あったらしい。だが、バラキエルさんは苦虫を噛みつぶしながら、首を横に振ってそれを蹴ったようだ。娘から母親を奪うだけでなく、母と呼ぶことすら許されず、その親子関係すらももみ消されることを認めるなど、彼にはできなかった。

 

 それが姫島を納得させ、娘を自由に外の世界へ連れていける唯一の方法だとわかっていたとしても。

 

 

「朱乃ちゃん」

「奏太兄さま? わっ、わぁっ!?」

 

 俺は、隣にあった小さな黒髪を撫でる。結ばれた髪を崩さないように気をつけながら、そっと優しくだけど。

 

「に、兄さま?」

「朱乃ちゃんも小鬼にやっていただろ。それと同じ」

「むっ、私はキィくんみたいに寝てない。私だって、立派なしゅ、しゅくじょなんだよ!」

 

 子ども扱いされたことにぷんぷん怒った朱乃ちゃんが、俺の足をぺちぺちしてくる。やばい、動画に保存して朱雀へ「朱乃ちゃんにぺちぺちされた」って送ってやりたい。あいつ、絶対に悔しがるぞ。後日、燃やしに来るかもしれないけど。

 

「何をやっているんだ、馬鹿もん」

「あっ、父さま!」

 

 そんなことを考えていたら、ベシンッ! と後ろから頭をどつかれる。それに目を丸々とした朱乃ちゃんは、視線を俺の後ろに向けると大好きなお父さんだとわかり、嬉しそうに笑顔を見せていた。結構容赦なくどつかれたため、痛みにしばらく呻いてしまう。さすがは、教官のツッコミ。地味に後を引く絶妙な痛さだ。これが痛みのプロ(意味深)か…。

 

 あとさ、何でこういうツッコミ的な痛みの時は、相棒は俺のことを回復してくれないのかな!? いつもは頼む前に、さっさと能力を使ってくれるのに。確かに頭を撫でたのは突発的だったけど、あのまま会話を続けるのは気まずかったし、無言はもっと駄目だっただろっ! 俺にそういうカッコいいスキルを求めないでくれ!

 

「ありがとう、父さま。もう奏太兄さまったら、ひどいんだよ…」

「何、構わないさ。…………お礼に、私にもぺちぺちと」

「えっ?」

「いや、何でもない」

 

 おい、小声だったから朱乃ちゃんには聞こえなかっただろうけど、俺には聞こえたぞ教官! 脳内的にひどいのは、父親の(助けた)方じゃないか! 健全に娘を育てるために、性癖をちゃんと隠すお父さんの努力は知っているので、口には出さないけどさ。そんな呆れたような視線を向ける俺に、目を逸らして咳払いをしたバラキエルさんは、そのまま朱乃ちゃんの隣へ腰を下ろしたのであった。

 

 

「まったく、今日は忙しい一日になってしまったものだ」

「あぁー、バラキエルさんも今日はありがとうございました。おかげで素敵な千羽鶴ができました」

「ほとんど朱璃と朱乃が作っていたがな…。だが、家族みんなで一つのことをあんなに熱中して行ったのは、初めてだったかもしれん。そこは、お前に感謝している」

 

 精悍な表情を緩め、小さく口元に笑みを浮かべるバラキエルさんからのお礼に、俺は気恥ずかしくて頬を掻いてしまう。俺としては予想外の折り紙大会になってしまったから、改めてお礼を言われてもちょっと困るな。隣で朱乃ちゃんが、俺の様子に口元を手で隠すように押さえてニヤニヤしているので、俺が照れているのはバレバレらしかった。

 

「倉本奏太には、いつも助けられているのは事実だ。だが、それでもこれだけは言わせてほしい。……あのひどい罠は何だ?」

「えっ、どれのことですか?」

「ちゃんとひどい自覚はあったのか…」

 

 ものすごく遠い目で青い空を眺める教官に、俺は首を傾げる。ひどいも何も、今までの罠にさらに工夫を加えたぐらいのものだよ。朱雀との(わだかま)りがなくなってから、彼女も俺の罠設置に協力してくれることになったのだ。朱雀も万が一、二人に何かあったら嫌だと積極的に色々案を出してくれたのである。お互いに意見を出し合い、とりあえず教官に試してみようということになった訳だ。

 

 姫島家と関わりが出来てから、もうすぐ三ヶ月ぐらいになるだろう。もうすぐ十二月に入るから、世間ではクリスマスを匂わせる季節となり、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』のみんなも忙しそうにしていた。ちなみにラヴィニアは、年を越す前には帰ってくると聞いている。そしてこの三ヶ月で、日々罠のグレードはレベルアップしていた。大丈夫、ちゃんと殺傷力は皆無で、どれも命の危険はない罠ばかりだから。

 

「まず、入り口の前も含めて、山の周りに一定間隔で地蔵が置かれていたんだが…」

「あれは、熱感知器が搭載された『侵入者発見ジゾーくん』です。朱雀の突撃事件で、侵入者に逸早く気づく大切さをアザゼル先生に言って、誰かが足を踏み入れたら姫島家に伝わるような警報をお願いしました。田舎で鳥居の近くに堂々と大量にあっても、不審に思われないものを作ってもらったんです。その後、試作品をカイザーさんに頼んで大量生産してもらって、リンと朱乃ちゃんと小鬼と朱雀の協力の下に植えてきました」

「ジゾーくん達の前掛けはね、朱乃が作ってあげたんだよ!」

 

 すごいでしょ! とニコニコと笑顔を向けてくる朱乃ちゃんを褒めてあげたいが、「お前らちょっと待て」と言いたげなバラキエルさんの表情筋がすごい。たぶん、朱乃ちゃんがいなかったらツッコまれていた。こんな田舎に監視カメラなんかを設置していても不自然だし、相手にバレないように設置しないといけないので、死角が出来てしまうかもしれない。しかしその隙間を埋めるにも、術関係は実力者が相手だと気づかれる可能性がある。

 

 それなら、むしろそこにあることは気づかれても、それが罠だと気づかれないものを設置すればいいじゃんと結論。表で使われている技術のみで作られた感知器は、裏の者にとっては盲点なことが多い。それにお地蔵様なら、一般人が不審に思ったり、罰当たりに壊したりするような心配はしなくていい。

 

「それと四の鳥居を進んだぐらいの地蔵を越えたあたりで、……おもちゃが飛んできたんだが」

「入口あたりだと、一般人の可能性がありますからね。だから、そのあたりのジゾーくんから、自動迎撃システムを組み込んでみました。朱雀の協力の下、侵入者を発見したら、式紙が魔法少女変身コンパクトと人形を搭載した状態で相手に突っ込んでいくようにしたんです」

「朱雀姉さまに教えてもらって、朱乃も式紙を作ったんだよ!」

 

 つまり、今まで相手を魔法少女にするために待ち構えることしかできなかった罠が、ついに自らも攻めに転じて相手を魔法少女にするために突っ込んでくるようになった訳である! これぞ、魔法少女と日本の術式のコラボレーション技という訳だ!

 

 バラキエルさんが顔を手で覆いながら、何かを噛みしめる様に唸り出すが、やっぱり朱乃ちゃんの褒めてオーラに屈してしまったらしい。笑顔が引きつりながら、朱乃ちゃんの頑張りを褒めていた。すごいな、お父さん。娘への愛はツッコミを越えるらしい。

 

「今は相手を引っかけるためのパターンを、みんなで組んでいるところですね。自動だと、細かい操作はできませんから。空中からの変身罠で不意を打ち、避けられても地面に埋めた罠を発動させるために、式紙で相手を誘導させて踏ませる二段構え。ここまで形にするのに、どれだけの苦労があったことか…」

「奏太兄さまと朱雀姉さま、どうやって父さまに罠を当てるかってすごく話し合っていたんだよ」

「姫島の次期当主が、何をやっているんだ…」

 

 だけど今回の帰省では、残念ながらバラキエルさんに罠を当てることはできなかった。多少服が汚れていたぐらいで、全て対処し、躱してしまったらしい。さすがは教官だ、まだまだこちらも精進しなければならない。一応、監視用の式紙を朱雀が潜ませてくれていたので、どうやってバラキエルさんが罠を対処したのかの記録は残っている。そこから、またさらに改良していけるだろう。

 

「倉本奏太、あのだな…。確かに罠の訓練として、私が評価をするためにそれを受けるとは言った。だがな、その、いくら殺傷力は皆無とは言え、……この罠はひどい」

「でも、効果はありますよね?」

「……第三者視点から言えば、効果的だ。私はお前達の罠の悪質さを知っていたから、確実に避けることができた。だが、初見であれを見抜くのは難しい。しかも、罠にかかった方もそれを見てしまった方も、多大なる精神的ダメージを受けることだろう。だから、この罠は武人としての冷静な視点で言えば有効だと答えられる。だが、それが自分にも降りかかってくる現状には頭を抱えたくもなる。はっきり言えば、……なんでこんな恐ろしいものを思いついたんだ。そして、何で私の家の周りでそれをやらかしたんだ、と声を大にして言いたい」

「えーと、……成り行き?」

 

 俺からの返答に、バラキエルさんが今度こそ項垂れた。朱乃ちゃんが、よしよしと背中を摩っている。でもバラキエルさんだって、表向きは訓練と銘打って、裏では姫島家の安全対策のためだと理解を示してくれていたじゃん。だから、今もそれを止めろとは言わない。ただ、さすがに愚痴ぐらいは聞かないと駄目かなと思ったので、俺は頭を静かに下げておいた。今後も罠のレベルアップは続けるだろうけど。

 

 それから、すごく渋い表情で今回の罠の設置についての評価と、ものすごく苦虫を嚙み潰したような表情で改良点を私情を挿まずに教えてくれた。教官の真面目さに、感無量である。ちゃんと次回に生かしてみせます! 『雷光』のバラキエルが認めるほどの罠になれば、例の襲撃者達にだってきっと効果を発揮してくれるはずだ。頑張らないとな。

 

 俺に言いたいことを言い終わったからか、今度はお互いの近況報告になった。普段からテレビ電話で会話しているとはいえ、やっぱり直接話したくなるのは、子どもなら当然だろう。朱乃ちゃんは自分が出来るようになったこと、今頑張っていることを身振り手振りでバラキエルさんに伝えている。それに目元を和らげながら、俺とバラキエルさんは耳を傾け合った。

 

 

「……そうだ、先ほどアザゼルから送られて来たデータだ。例の『その子』の親に届けてくれ、とのことだ」

「アザゼル先生が…」

 

 たくさんおしゃべりをして疲れた朱乃ちゃんは、今はお父さんの膝の上でぐっすりと寝息を立てている。あれだけ騒いでも起きなかった小鬼も、『雷光』の膝の上に朱乃ちゃんの隣で眠ったままだ。眠った小鬼を冷たい床に下ろすのは、さすがに可哀想かと思ったのだろう。たぶん起きたら、ビックリするだろうな。美少女の膝の上から、厳つい大男の膝の上へいつの間にかチェンジされていた小鬼に、俺は多少同情した。

 

 そうして実質二人きりになってから、バラキエルさんから朱雀のことを聞かれたので答えたり、堕天使の組織から伝えられる情報を俺経由で伝えてもらいたい、と依頼を受け取ったりもした。朱雀が姫島を変えたい、と考えていることはすでに話をしていて、それに難しい顔をしながらも朱雀に礼を言っておいて欲しい、と頭を下げられた。バラキエルさんも、姫島へ打てる手立てが見つからない現状で、藁にも縋る思いなのかもしれない。

 

 それから新しい訓練メニューの方法を聞いたりして時間を過ごし、ふと教官がおもむろに小さな箱を取り出したのだ。中には小さなカードのようなものが入れられていて、おそらくここに情報が入っているのだろう。情報の紛失を防ぐために箱ごとそれを受け取り、鍵も無くさないようにしまっておく。今の俺が『その子』に出来るだろうことは、これぐらいしかないからな。

 

「……その子は、神器に対する抵抗力がないのだったな。そして、悪魔と人間のハーフと聞いた」

「はい。リーベくん、って言います」

「私も父親だ。それに、朱乃も異種族と人間の間から生まれた子。もしかしたら、朱乃も神器を持って生まれてきていた可能性があっただろう。運がなかった、では済ませられないだろうが…。せめて、安らかな時を家族で過ごせることを祈ることしか、私にはできん」

 

 同じ父親であり、同じように流れる血に翻弄される子どもを思って、バラキエルさんは悔やむようにポツリと告げる。彼も、リーベくんのことを助けられない状況をわかっているのだろう。神器研究の第一人者であるアザゼル先生ですら、『救う手立てが見つかっていない』と告げた不治の病なのだから。

 

 レーティングゲームのプロプレイヤーであり、人間から転生悪魔となって最上級悪魔にまで上り詰めた稀代の魔法使い――リュディガー・ローゼンクロイツ。彼と人間の女性との間に生まれた男の子は、ドイツ語で『愛』を意味する名前をもらった。夏休みに入る前にリュディガーさんと会った時は、もうすぐ産まれる赤ん坊に珍しく嬉しそうな感情を表していたのを覚えている。俺も、夏休みの修行が終わった頃には会えるだろうと、楽しみに待っていた出来事。

 

 だけど、それは変わってしまった。アザゼル先生から教えてもらった知識が、まさかこんなにもすぐに自分に降りかかってくるとは思ってもいなかった。先生から話を聞いていた時は、あまりにも理不尽な死に悲しさと悔しさを感じていたけど、……それでも俺は無関係な立場の人間のままだった。

 

 先生が言っていたように、見知らぬ他人のために罪悪感を覚え続けていたら切りがない。そんなの俺には、とても背負いきれないのだから。冷たいけど、どうしようもないことだと切り替えるしかなかった。アザゼル先生に任せるしか他に方法はないんだって、自分を納得させるしかなかったのだ。

 

 しかし、俺にとってリュディガーさんは見知らぬ他人じゃなかった。産まれてくる息子とぜひ友達になって欲しい、と優し気な表情で言われ、それにもちろんだと約束をした子。でもその子の寿命は、長く持って十年あるかないか、という生まれながらに定められた刻限を持ってしまった。

 

 

「……二ヶ月ぐらい前に、一度だけドイツのリュディガーさんのお家にお邪魔させてもらったことがあるんです。その時は、まだ教会からもらった技術が安定していない時期だったから、結界越しにしかリーベくんと会えなかったですけど…。リュディガーさんに似た綺麗な銀の髪をしていて、将来はきっとイケメンになりそうだな、と思うような子だったんですよ」

「……そうか」

「今は産まれたばかりで、まだ完全に神器が覚醒している訳じゃないから、オーラによる変調は少ないみたいです。それでも、神器の覚醒と同時に一気に症状は悪化していくだろう、とアザゼル先生に教えてもらいました」

「おそらくそのカードに入っている情報は、神器の覚醒を少しでも遅らせるためのものだろう。その子の寿命を、一刻でも延ばせるように」

 

 バラキエルさんの言葉に、グッと拳を握りしめる手に力が籠る。一刻でも寿命を延ばす。それは、俺の神器なら出来るかもしれないのだ。メフィスト様から、リュディガーさんに能力のことを伝えるのは止められている。知られたら、縋られてしまうからと。だけど、せめて俺の神器にそれだけの効果があるのかだけは、調べてみてもいいんじゃないだろうか。何もしないまま、見捨てることだけはできそうになかったから。

 

 来週のお見舞いではリーベくんの結界は解かれ、触れ合える距離まで近づけるはずだ。その時に、二人きりになったタイミングで相棒の能力で、症状について少しでも解析することはできないだろうか。俺にはできなくても、相棒なら何かを掴んでくれるかもしれない。俺に少しでも彼の寿命を延ばす力はあるのか。……本当に救う手立てがないのかも含めて。

 

「あまり、思いつめることだけはしないようにしろ。私の家のことも含め、お前は何かと厄介事に巻き込まれる(さが)を持っているようだからな」

「はははっ、俺としては平穏無事に過ごしたいんですけどねー」

「疲れたら、またここに来なさい。愚痴ぐらいなら、いくらでも聞こう」

「……ありがとうございます」

 

 教官は少しぬるくなった麦茶のポットを印を結んで冷やすと、俺の方へ注ぐように傾けてくれた。それに小さく笑うと、手元にあったコップをバラキエルさんの前へ持っていって、お茶を一杯に注いでもらう。それからグイッと喉に流し込むと、腹に溜まる冷たさと一緒に少しずつ俺の頭も冷やしてくれた。落ち込みそうになる気分に活を入れ、いつも通りに笑っていこうとコップを床に置いた手で、頬を軽く叩いておいた。

 

 考えても堂々巡りになるだけなら、まずは行動してみるしかない。動かなければ、何も変わらないのだから。自分で動いて、探って、調べて、1%でもなんとかなる可能性がないのかを、自分が納得できるまで確かめるんだ。暗くなったり、悩んだり、泣いたり、折れたりするのは、それからだっていい。俺には愚痴を聞いてくれる、傍で支えてくれるヒト達がちゃんといてくれるのだから。

 

 それから、俺もお返しに教官へ麦茶を注ぎ、男二人でのんびり麦茶を(たしな)んだ。俺が大人になったら、こうやってお世話になったヒトとお酒を飲んで、この時は大変だったと愚痴を言い合っているのかもしれない。そうなっていたらいいな、とどこか遠くのことのように思いながら、入れてもらった麦茶にまた口をつけた。

 

 暫くすると、朱乃ちゃんと小鬼は目を覚まし、自然とお開きになった小さな男の飲み会。そして、額に流れた良い汗を拭きながら、満足げな朱璃さんの登場に一同感嘆の声をあげてしまう。折り紙職人の匠の技によって、光り輝く美しいグラデーションで彩られた千羽鶴。全員が拍手喝采をし、力作の千羽鶴をバックに撮影会を始めてしまった。そこに映った写真には、ただ笑顔だけが写っていた。

 

 そうして一週間が瞬く間に過ぎていき、裏世界二年目の本格的な冬の季節が訪れたのであった。

 

 




 感想欄で指摘があり、確かに知らない方もいるかと思いましたので、改めて追記。
※この章で出てきた姫島朱雀さんは、HSDDの前日譚である『堕天の狗神 -SLASHDØG-』に登場する方です。HSDDでも後半にちょこっと登場していました。もし機会があれば、読んでみて下さいね。

 第5章は、HSDD+狗神の要素がかなり出てくると思います。もしアレ? という箇所がありましたら、出来る範囲で対応していこうと思います。
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