えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 祝、『令和』記念! なお、話の内容が内容なので、結構真面目な流れになっちゃっています。難しいことをいっぱい書いたけど、なんだかんだでヤリえもんがきっと頑張ってくれる(懇願)
 そんなこんなですが、新元号でも宜しくお願いします。


第百十二話 魂

 

 

 

「ところで、リュディガーさん。とある事情で、人間界の山の中に『殺傷力は皆無で安全だけど、思わず引き返したくなるような罠』を考えているんです。何か良いアイデアはないですか?」

「また面白そうなことに巻き込まれているようだね。そうだな……、山の中ならこの泥を使った罠などどうだろう? 最初は泥の液体状なんだが、対象にくっ付くと同時に粘土のような固体となり、瞬時に粘着するんだ。相手の動きを阻害することもでき、さらに衣服や武器もドロドロで見られたもんじゃなくなる」

「おぉー、つまり泥状のスライムみたいなものか。生体じゃないから他の罠にかかる心配もないし、物理的に動きを止められるのもいいですね。それって大量生産したり、術者が傍にいなくても対象を選別したりはできるんですか?」

「ふむ、素材はただの泥だから経費は必要ないが、動かすための核がいる。錬金術で核を作り、そこに命令を吹き込めばできるだろう。所謂、泥人形(ゴーレム)というやつだね。罠としてなら、不定形のそれこそスライム型にして潜伏させ、対象になる相手が近づいてきたら飛び掛かる程度の単純な命令なら問題なく出来るよ」

 

 あれから、ローゼンクロイツ家でケーキやアイスティーをいただき、世間話に花を咲かせていた。奥さんはリュディガーさんが帰ってきたので、そのままバトンタッチで仕事に向かったそうだ。優秀な魔法使いは引っ張りだこになりやすく、やっぱり大変らしい。ローゼンクロイツ家は、特にリーベくんのことで組織に助けてもらっているので、少しでも恩を返したい気持ちもあるのだろう。

 

 結界のおかげで多少は落ち着いたとはいえ、それでも神器の影響による体力の消耗はあるようで、リーベくんの睡眠時間は普通の赤ちゃんよりも長い。寝る子は育つと言うが、彼の場合は体力の低下を防ぐための自己防衛の一種だろうとされている。ベッドの上で静かに眠る赤ん坊を優しく撫でた後、リュディガーさんには色々話があったので、こうして話をする時間をもらったのだ。

 

 ついでに、姫島家要塞化計画のアイデアをもらおうと思って尋ねてみたら、さすがは『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』と呼ばれる悪魔。良い笑顔である。俺が仕掛けた魔法少女罠に、リュディガーさんが一瞬噴き出しそうになりながら「レーティングゲームでも有効そうだが、さすがに各方面から怒られそうだ」と乾いた笑みを浮かべられた。罠自体は、大変面白いものだと褒められた。照れる。

 

 リュディガーさんは優秀な魔法使いであり、錬金術にも精通している。『薔薇十字団(ローゼン・クロイツァー)』は元々錬金術に長けた魔術結社であり、『人知れず世の人々を救う』ことを信条にしている。荒廃した大地に恵を齎す研究をしたり、少なくなってきた資源を秘かに増やして補填したり、水源の汚染を抑えたり、人々の暮らしに必要だけどうっかり忘れられていそうな部分をそっと援助することが多いのだ。縁の下の力持ちって感じで、派手さはないが必要不可欠な組織として一目置かれているらしい。

 

 元々リュディガーさんがアモン家の前当主の『僧侶』に抜擢されたのも、冥界の土壌の改善や水質の向上のためであり、その研究用の施設も用意されている。錬金術を用いたゴーレム技術は、伐採や土木工事によく使われていて、危険地帯の安全確認などでも用いられる手段だ。これも冥界の悪魔用にリュディガーさんが手を加えたものが色々あり、自然物を用いた錬金技術は彼にとってお手の物という訳であった。

 

「それで、どんな命令を籠める? あんまり複雑な命令だと数を揃えるのが難しくなるが」

「じゃあ、成人男性を狙えで」

「……すごくアバウトというか、敵味方関係なく無差別攻撃になる可能性があるよ」

「その近くに住んでいるのは女性ばかりで、お客さんで来るのも女の子と小鬼だけですから。俺は子どもで、リンはドラゴンだし。味方の男性はいますが、ラスボスレベルだからいけるでしょ。つまり、成人男性だけ狙い撃ちすれば問題なしです!」

 

 原作での襲撃者の口調やアニメで見た姫島家襲撃の映像では、確か成人男性ばっかりだった記憶がある。襲撃者の中には、子どもや女性の術者もいるかもしれないが、成人男性の術者の方が数は多いような気がするのだ。堕天使ラスボス講座やリュディガーさんからの戦術講座でも、男性と女性で思考や戦い方に違いがあることも習っている。

 

 ちょっと偏見もあるかもしれないが、漫画やアニメとかでも自分が正しいと思って暴走する時に動くのは、だいたい男性の集団だったと思う。こう、自分の中の正義に酔うというか…。俺も自分が正しいと思ったら、結構無茶したことがあるので、なんとも言えない気持ちになるけど。堕天使に恨みがあったとしても、関係者というだけで年端もいかない幼子と子どもを守ろうとする母親を殺そうとするなど、よほどの恨みや歪みがなければ女性や子どもが率先して行うのは難しい気がした。

 

 それに、堕天使の敷地に突撃するのだ。殺されてもおかしくないし、普通の神経なら絶対にやらない。よほど血気盛んじゃないと無理である。それを挫くためにも、まずは勢いがありそうな成人男性を狙う。女性は案外計算高い。男なら頭に血がのぼって突撃しそうな場面でも、女なら男が使えないとわかれば、一度冷静に状況を見て撤退を指示してくれる可能性が高いと思う。彼らだって、むざむざと殺されたくはないだろうからな。

 

 

「あっ、でも。泥だらけになるだけだけど…。泥のゴーレムが徘徊するとなると、もしも一般人に見られたら、噂されちゃったりするかもしれないかな?」

「有名な心霊スポットにはなりそうだね。魔法少女への強制変身も合わせると、立派な怪奇現象だよ。しかし、そうだな…。なら一般人対策に、その山の周りに『この先、私有地につき、無断で入った場合は警察に連絡し、法定刑に従い3年以下の懲役または10万円以下の罰金の可能性が~』という看板を適当に立てておいたらどうだろう? 好奇心はあっても、お金や権力が絡むと途端に人間は冷静になるからね」

「なるほど、それなら例えふざけて入って泥だらけになっても、私有地に勝手に入ったことを証言する必要があるから、罰金を払いたくなくて口を噤む訳か。まぁ魔法少女になっちゃったらご愁傷様だけど、私有地って書いてある場所へ勝手に入ったんだから、それぐらいは覚悟の上だよね。もう十分に配慮はしているし」

 

 リュディガーさんと話していて楽しいのは、こういう話を笑顔で教えてくれることだよな。周りの大人に相談すると、だいたい頭が痛そうにされるから。悪だくみ的な内容だったら、喜々としてアイデアを教えてくれるし。

 

「ちなみに、『成人男性を狙う』という命令だけだと、対象を見つけ次第『何回も』突撃してくるよ?」

「いいんじゃないですか? 別に身体に泥が貼り付くだけで、死にも怪我もしないんですから。あっ、でも一応窒息死しないようにだけ注意しないと駄目か」

「なら、命令系統は『成人男性に貼り付く』と『対象が意識を失ったら離れる』でいいか。これなら、それなりの数が揃えられる」

「数の暴力っていいですよね」

「飽和攻撃は、立派な戦術だからな」

 

 お互いに親指を立て合う。リュディガーさんは元が人間であり、始めの頃はそこまで高い資質を持った魔法使いではなかったからか、こういう泥臭いやり方というか『持たざる者の戦い方』について理解を示してくれる。アジュカ様やアザゼル先生含め、だいたいみんな天才肌というか、元から高い資質を持っているヒト達ばかりだから、凡人でも対抗できる戦い方を教わるのは難しい。その点、リュディガーさんにはいっつも助けられています。

 

 山の中を無数に徘徊する泥のゴーレムで足止めを狙い、地面に視点が集中している隙に頭上から式紙で変身罠を突っ込ませ、駄目押しに変身地雷罠も仕掛けておく。よし、防衛作戦の罠が三段構えになったぞ。錬金術に魔術に陰陽術と、気づいたら古今東西な術式系統のオンパレードになっているけど。

 

 

「今でも十分に、引き返したくなるような罠にはなっているが…。注意するべきは、やはり『殺傷力がない』ことだ。キミが想定している相手が誰なのかは詳しく聞かないけど、それでも引き返せない事情があった場合、逆上される可能性は大いにある。森を焼き払ったり、広範囲の術で薙ぎ払われたりね。それで相手を消耗させることはできるだろうけど、その時に増幅された怒りは、キミが守ろうとしている者達に向かうだろう」

「……やっぱりですか」

 

 先ほどまでの良い笑顔から一転、真剣な表情で伝えられた危惧に俺は俯く。罠はだいぶ整ってきたけど、やはり考えるべきは最悪の想定だ。ぶっちゃけ帰ってくれよ、と素直に思うが、そうならない可能性もある。泥だらけのネチョネチョにされ、フリフリの魔法少女にされ、術が使えなくなったのならたとえ全裸になってでも這い上がるような恐ろしい変態がいるかもしれない。そんな変態を朱乃ちゃんに見せるなんて、別の意味でトラウマになりかねない。

 

「だから、やるなら逃走手段や防衛手段も一緒に考えておきなさい。ちなみに、その罠は初見殺し的な要素が強いけど、そこは大丈夫なのかい?」

「はい、そのあたりは。たぶんですけど…」

 

 もし引き返したとしたら、また後日に襲撃は来るかもしれないが、その時はバラキエルさんがいてくれる。アザゼル先生も原作で言っていたけど、姫島家が襲われたのはタイミングが悪かった所為なのだ。たまたまバラキエルさんにしかできない仕事を頼んでしまったタイミングで、姫島家は襲撃を受けたのである。つまり、普段なら問題なくバラキエルさんは防衛出来ていた訳だ。

 

 もしかしたら、そのバラキエルさんにしかできない案件っていうのも、襲撃者達によって仕組まれていたことなのかもしれないけど…。そう何度も同じ状況に持っていくのは無理だろう。アザゼル先生だって、秘匿されているはずの姫島家に堕天使の敵対組織が襲撃したとわかれば、確実に防衛を考えるだろうし。対策や原因を探るはずだ。

 

 それに、あの襲撃は姫島本家が依頼した術者が、『独断で』全く関係ない敵対組織に情報を漏らした所為で起こった事である。堕天使と姫島だけの問題に、別の敵対勢力を介入させた。これ、結構問題なんだよね。それってつまり、堕天使も姫島に対して負の感情を持っている者を扇動してもいい、という事例を先に作ったことと同じなんだから。同じことをやり返されても、姫島は堕天使を責めることができない。

 

 しかも、組織の情報を敵対勢力に売るなんて、下手したら堕天使と戦争になってもおかしくない。先生はやりたくないだろうけど、組織の面子という視点で言えば、やらざるを得ない状況になる場合もある。姫島家に堕天使の護衛を置いていないのは、姫島家のことは組織として介入していないという姫島本家へ向けたアピールのためでもあるのだ。そこに組織間のいざこざを姫島本家が入れてくるのなら、堕天使の『勢力』として無視出来なくなる。

 

 姫島としても、姫島朱璃さんと姫島朱乃ちゃんの存在は出来るだけ隠したいのに、他組織を介入させてしまったのは完全に失態だろう。そこから姫島の娘が堕天使と暮らしていると漏れたら、彼らが秘匿したかった事実が公になる。そんな危険があるから、わざわざ姫島で高名な術者を雇って制約などもお願いしたのに、その術者達は怒りから『雷光』に娘がいることを他所に漏らして、姫島と堕天使の約定に背いた。

 

 原作では首謀者は『雷光』に粛清され、おそらく姫島が依頼した術者達は約定違反ということで、五大宗家によって粛清されただろう。そして、朱璃さんが殺され、朱乃ちゃんが堕天使を拒絶し、そしてバラキエルさんがそれ以上何も望まなかったから、お互いに険悪なまま何もできなくなってしまった。でも、ここで俺が介入して被害を無くし、その術者達を上手く『生け捕り』にして、姫島が雇った術者達が約定に背いた事実を姫島本家に訴えれば、彼らも組織としてそれなりの対応をしなくてはならなくなるだろう。

 

 故に、原作にあった例の襲撃事件さえなんとか凌げれば、姫島も下手に手を出せなくなるのではないかと思うのだ。少なくとも、堕天使側は朱乃ちゃんの存在を公にしないように配慮してくれているんだし。このあたり、本当に複雑でめんどくさくて、去年の悪魔陣営の問題みたいに頭が痛くなってくる。何で他組織の人間の俺が、こんなに考えないといけないんだろう…。

 

 

「ちくしょう…。もし襲撃者が来たら、絶対に容赦なく泣かせてやる……」

「倉本奏太くんが言うと、本当に洒落にならないだろうけどね。とりあえず、何かあれば相談してくれればいいさ。キミには、色々助けられているからね」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

 今回用意してもらうゴーレムの核のお金を用意したいと伝えたが、それに関しては大した値段じゃないから、とさりげなく断られてしまった。リーベくんのお見舞いのお礼だとか色々理由は言われたけど、ちょっと甘え過ぎな気がするんだけどなぁ…。そんな納得できない俺に、リュディガーさんは小さく笑ってみせた。

 

「それに、『コレ』をわざわざ届けてもらった見返りもある。さすがにタダ働きはさせられないさ。ちょうどいい依頼を出してくれたのは、こっちとしても助かるんだ」

 

 そう言って、二人っきりになった時に手渡した小さな箱を彼は片手で持ち上げた。一週間前にバラキエルさんから預かった、アザゼル先生の研究資料のデータである。教会の伝手だけでなく、さらに堕天使の伝手まで持っていたことに、リュディガーさんは驚きを通り越してもう呆れるしかなかったらしい。堕天使に関しては、通信ゲームで遊ぶぐらいには親しいですからね。

 

「今後も『あちら』との関係については、キミを仲介役としてお願いするだろう。本来なら、口止め料や危険手当も含めて、報酬に色をつけて渡すのが当然の仕事なんだ。だから気にしないでくれ」

「……わかりました」

 

 教会と堕天使の技術に関して、世間へ大っぴらに伝えられないため、なんだか含みのある言い方になるしかない。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとしてではなく、個人的に交流のある俺の方が怪しまれずに届けやすいのだ。万が一、ローゼンクロイツ家が教会や堕天使の技術を使っていることがバレても、まさか中学生の子どもが堕天使の仲介役として動いているとは思われないだろう。

 

 今回の依頼とは別に、ちゃんと運び屋としての正当な報酬を協会経由で渡してもらっているんだけど、こういう組織経由のお仕事はあんまり慣れないな。リュディガーさんとプライベートな付き合いがあるからってこともあるけど、どうも仕事とお手伝いの境界線が難しい。個人的には「それぐらいお安い御用ですよ!」と言いたいけど、メフィスト様やラヴィニアに「安請け合いはメッ!」とちゃんと契約を結ぶように言われている。

 

 今のところ俺がそのあたりボケボケしているから、周りの大人の皆さんの方が結構気を使ってやり取りをしてくれていた。非常に申し訳ないです。将来的に一人前の魔法使いとして自立しないといけないから、こういう交渉事も勉強していかないといけない。今は良識的な方達としか取引していないから問題ないだけなのだから。あぁー、修行も頑張らないといけないのに、勉強することも多すぎるよぉー。

 

 

 

「……そうだ、リュディガーさん。さっき話していたゴーレムなんですけど、核って今見ることはできますか?」

「ん、今か? 出来なくはないが…」

「えっと、駄目ですかね? 核っていうのを初めて聞いたので、興味があって」

 

 ローゼンクロイツ家にお邪魔して一時間ほど経ち、そろそろお(いとま)した方がいいだろう頃合いになってきた。もう一つのやりたいことができる機会をずっと窺っていたんだけど、さすがにお客さんと赤ちゃんを二人っきりにしてくれるチャンスは訪れなかったのだ。お手洗いぐらい行ってくれないかなー、と思っていたんだけど、まぁ普通はそうだよね。

 

 少し苦しいかもしれないが、他に方法が思い浮かばなかった。リーベくんのいるこの部屋には、念のために魔術的な物品は一切置かれていない。だから、錬金術の道具類は別室に置いてあるはずだろう。リュディガーさん以外に周りにはヒトがいないし、他のヒトを呼びつけるほどの用事でもないと思う。実際にゴーレムの核というものに興味はあったので、嘘は言っていない。

 

「そうだな、せっかく見るなら動いているところも見てみるかい?」

「えっ、いいんですか!?」

「あぁ、少し待っていてくれ」

 

 思わず素で喜んでしまった。そんな俺の様子に、リュディガーさんはおかしそうに笑うと立ち上がり、部屋の外へと歩いて行った。なんだか騙したようで申し訳ない気持ちになったが、今の内にやることをやっておかないといけない。俺は仙術もどきで部屋の周りに気配がないことを確かめ、リーベくんのベッドへと静かに近づいた。

 

 すやすやと眠るリーベくんの手に触れてみたが、起きる気配はない。俺の神器のことをリュディガーさんに伝えられないから、なんだか悪い事をしているみたいだけど、ちょっと調べるだけなので心の中で謝っておく。扉に背中を向けて手元は見えないようにしているので、見られても待っている間にリーベくんの寝顔を見ていたぐらいに思われるだろう。俺は小さくした相棒を手の中に呼び出し、リーベくんをビックリさせないように『痛覚の消去』を付与する。そして、意を決して小さな手に紅い槍を優しく突き刺した。

 

 

「……これ」

 

 俺がまず感じたのは、二種類の別々のオーラだった。おそらく、力強く流れているのがリーベくんのオーラで、もう一つの細々とした流れが彼の神器が纏うオーラなのだろう。こうして他者のオーラに直に触れてみると、確かに全く別の存在なのだな、とちょっと驚いてしまった。俺の場合、相棒のオーラと見分けがつかないから。これが一般的な神器所有者の反応なら、アザゼル先生が頭を痛そうにする訳である。

 

 俺はその二つの中から、細く流れているオーラへと意識を近づけていく。俺のオーラは、神器の神秘のオーラと似ている。なら、リーベくんの神器のオーラに同化させるように入り込むことができるかもしれない。俺は神器の能力で、限りなく彼の神器のオーラに近づけるように自分のオーラを『無色』に書き換えて混じらせていく。

 

 彼の神器のオーラにない要素を消し、俺のオーラが同じものであるように『錯覚』させる。それによって、俺のオーラを異物だと思わせることなく、最初に感じた抵抗がだんだんと薄れていった。光力にオーラを混じらせるやり方の応用だったんだけど、どうやら他の神器でも似たようなことはできるらしい。光力の時にも思ったけど、『聖書の神』関連の能力とはやっぱり相性がいいのかもな。

 

 今回は、リーベくんの神器が目覚めていなかったから、ここまで『同化』がスムーズにいけたのだろう。祐斗さんの『魔剣創造(ソード・バース)』やアーシアさんの『聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)』のような神器なら問題ないけど、これが赤龍帝とか白龍皇とか独立具現型のような別の魂や意思が宿っている神器だったら、その強大な存在に神器の神秘のオーラが呑まれ、俺では入り込むことができなかったと思う。

 

 意思持ちの神器だったら、たぶん俺がいくら同じものだと『偽装』しても、すぐにバレる。抵抗されたら、確実に弾かれるだろう。逆に、意思持ちなら許可をもらえればいいのかもしれないが、自分の中を勝手に探られるって普通なら嫌だと思う。このあたりはちょっと気になるけど、今はゆっくりしていられない。無事に成功したことにホッと息を吐き、慌てずに『同調』を始めた。

 

 まずは、原因の究明だ。俺が今混じっている彼の神器のオーラと、リーベくんの『何』が不具合を起こしているのかを調べる。それがわかれば、その不具合を起こしている部分を『消去』して、正常になるように『書き換える』ことだってできるかもしれないだろう。そこまで出来なくても、調べた結果をアザゼル先生に伝えることが出来れば、さらに研究だって進めてくれるかもしれない。

 

オーラの書き換え(リライト)

 

 俺は相棒が示す通りに、紅い光を意識して追っていく。リーベくんの小さな身体をオーラに沿って隅々まで流れていくが、どうも『身体』には根本の原因が見つからない。相棒の思念からも、異常がない事が伝わる。頭から足先までオーラを通して不具合を探してみたけど、さっぱりわからないのだ。

 

「おかしいな…。身体には異常が見られない……」

 

 絶対にどこかで不具合が起きているはずなのに、リーベくんの『身体』からは何も反応が感じられない。それに怪訝な気持ちになったが、ふと『神の子を見張る者(グリゴリ)』の検診の時に、アザゼル先生が教えてくれた神器の抵抗力についての話が頭を過ぎった。

 

『神器の放つ神秘のオーラへの抵抗力がないと、身体や精神、それこそ魂すら拒絶反応を起こすことがあるんだ』

 

「……まさか」

 

 嫌な汗がじっとりと背中に伝わってくる。一ヵ所だけ、調べていない場所がある。俺はゆっくりと唾を呑み込み、相棒の思念に沿って『そこ』へ向けてオーラを慎重に流していく。アザゼル先生から受けた検査の記憶を思い出しながら、相棒と同調し、深く――深く沈んでいく。

 

 原作にもあった神器の抵抗力がなかった少女は、足が速くなる神器の不具合によって『足』が動かないという障がいを負っていた。リュディガーさんから聞いた話だと、こういった『身体的な障がい』として表に出ている神器症の患者は、比較的『軽症』の分類なのだ。つまり、原作でその少女がようやく歩けるようになったということは、十年後のアザゼル先生達でも『軽症』の子ども達しか助けられないのだ。

 

 何故、アザゼル先生達でもどうにもできなかったのか。神器症の中でも『重症』とされるリーベくんのような子は、何が不具合の原因になっていたのか。それを俺は、理解してしまった。知ってしまった。

 

 

「不具合を起こしているのは、リーベくんの『魂』そのものなのかよ…」

 

 思わず、呆然と呟くしかない。神器と魂は繋がっている。赤龍帝、兵藤一誠は二度死んで、二度蘇った。一度目は、堕天使に殺されたけど、悪魔の駒によって転生して生き返った。二度目は、彼の身体全てがサマエルの毒で無くなった後、二匹の龍神の力で新しく『身体』を創ってもらったことで蘇った。赤龍帝の神器もそのままに。つまり、神器にとって最も必要なのは『器』ではなく、『魂』なのだとわかる。『器』は、神器の能力を引き出すためのものでしかない。

 

 『魂』は、とても繊細だ。強い輝きを放つこともあれば、脆く崩れやすくもある。『器』に対する不具合なら、先生が前に言っていたように外付けに回路を作ったり、『器』の代わりになる別のものを用意することだってできたかもしれない。だけど、『魂』だけは代わりが作れない。どれだけ肉体を鍛えても、どれだけ意思を強く持っても、変質することはあっても『魂』はずっと同じなのだ。

 

「キリスト教の『魂』の定義ってなんだっけ? いや、そもそもこの世界の『魂』の定義ってなんだよ。あぁー、もうっ!」

 

 ガシガシと神器を持っていない方の手で、イラつきから頭を掻く。『器』に対する不具合だったら、俺でもまだなんとか『理解』できたかもしれない。だけど、『魂』なんてスピリチュアル的な要素、俺には全くもって理解できない。前世の記憶なんてものを思い出している自分という存在すらわかっていないのに、こんなの理解しろって方が無理難題だ。もはや精神論の領域だぞ、これ。

 

 アザゼル先生ですら、お手上げ状態だったことに納得した。『魂』なんてちょっと突けば吹っ飛びそうなものを弄るなんてできないし、刺激した瞬間にパンッ! と消し飛んでもおかしくない。そんな超繊細な危ないものに、神器なんてものをくっ付けるなよ、聖書の神様ァッ!? 神器を封印することすら命の危険がある、と言われているのは、神器にくっ付いている魂にどんな影響を及ぼすかわからないからだ。それぐらい、扱いに気をつけないといけない代物なのである。

 

 それこそ、完璧に神器を封印できるぐらいに『魂』に精通した技術や知識、理解を持っていなければとてもじゃないが実行できない。『概念消滅』というすごい力を持っていても、いくら何でも『魂』に相棒の力を使うなんてできない。だって、正しい消し方が『分からない』から。俺が神器の能力で、時間空間因果関係に干渉することができないのと同じだ。知識も理解も実力も、何もかも届いていない。

 

 しかもこっちは、余計に質が悪い。試すことすら怖い。だって失敗したら、俺はリーベくんの『魂』そのものを『消滅』させてしまうかもしれないのだ。この子を、殺してしまうかもしれない。

 

 そんな覚悟、――俺にある訳がないだろ。

 

 

「――ッ、はぁ、ぁ……」

 

 リーベくんの手の傷を消し、俺はベビーベッドから離れた壁に背を倒した。だいぶ深く潜っていたからか、精神的にかなり疲れてしまった。潜った時間自体は、ほんの数十秒ぐらいだっただろう。リュディガーさんが戻ってくるまでに、息を整えておかないといけない。冷静になろうとする頭とは裏腹に、落ち込みそうになる気持ちに唇を噛みしめた。

 

 これ以上は下手に調べられないし、踏み込めない。不具合を起こしている箇所はわかった。だけど、詳しい不具合の原因を調べるためには、それこそ『魂』に直接干渉しないと無理だ。そして、俺にはぶっつけ本番で『魂』に触れるような覚悟なんてない。失敗したら、リーベくんを殺してしまうだけじゃない。最悪、その『魂』すら消し飛ばしてしまうかもしれない。

 

 しかも、もし原因を調べられても、それを俺が治せるのかもわからないのだ。『魂』や『神器』そのものに干渉できるほどの能力を、俺が扱えるのかすらも。もっとも治せるとしても、失敗したら殺してしまうかもしれないリスクは変わらない。俺はただ助けられるのなら助けたい、という気持ちしかなかった。そんな甘い考えしか持っていなかった。

 

「……なぁ、相棒。教えて欲しい。その答えを知ることで、俺が後悔することになるとしても、教えて欲しい…」

 

 目を瞑り、手のひらに握りこむ相棒へ向けて『同調』し、意識をさらに奥へと沈み込ませる。思念による応えではなく、明確な答えが欲しかったから。リーベくんはお医者様や研究者のヒト達から、おそらく十年も生きられないだろうと言われていた。そして原作である十年後で、ようやく『軽症』の症状を軽減できるようになっていた。

 

 そこから導き出される答えに、嫌でも辿り着いてしまう。リーベくんはこのままだとおそらく、『助からない』。あの小さな温かい手に、十年後の未来は訪れない。

 

「俺に、リーベくんを助ける力はあるのか?」

 

 ずっとこの問いかけに沈黙を貫いていた相棒の考えが、今はなんとなくわかる。相棒はたぶん、最初から答えを知っていた。だから安易に、答えられなかったんだ。状況に流されたからじゃなくて、ちゃんと俺の意思で向き合う必要があったから。助けるリスクを知っても、それでもやり遂げる覚悟があるのかを。

 

 闇しかなかった空間に、紅の光が徐々に広がっていく。鍵の開け方は、なんとなく覚えている。沈み込んでいく意識と一緒に、沁み込んでいくみたいに『(うた)』がまた聞こえてきたような気がした。

 

 そして俺の願いを聞き届けるように、どこか寂し気な聲が響いた。

 

 

 

「……そっか」

 

 相棒の聲は、本当に一言だけだった。だけど、それだけで十分だ。仙術もどきの感覚から、誰かがこの部屋に近づいてくるのがわかる。たぶん、リュディガーさんだろう。俺は座り込んでいた状態から勢いよく立ち上がり、先ほどまで座っていた椅子に座り直す。ついでに、テーブルの上に残っていたお菓子を口の中に放り込んでおいた。

 

「すまない、待たせて……。どうかしたのかい?」

「自棄食い中です」

「いや、うん。見ればわかるけど…」

 

 たぶん俺の様子がおかしいのはわかるけど、意味がわからないという感じだろう。まさにその通りです。すみません、しばらくエネルギー補給兼、現実を直視する時間を下さい。それからお菓子を食べながらだけど、リュディガーさんが持ってきてくれたゴーレム用の核を見せてもらい、簡単な人形を見せてもらう。リュディガーさんが操作すると、テーブルの上でくるくると踊り出す人形に思わず拍手してしまった。

 

 俺の変化には気づいているだろうけど、あえて触れずにいてくれるリュディガーさんの配慮に感謝しながら、俺は全てのお菓子を食べ終わった余韻にしばらく耽った。そして、ゆっくりとさっきまでのことを少しずつ受け入れていくことで、俺の中にあった迷いに答えを一つずつ導いていく。答えに至るまでの道はいくつもあるが、結局はこの二択が残るんだな、と俺は小さく笑ってしまった。

 

「ねぇ、リュディガーさん。ちょっと自分の中で最終確認がしたいんですけど、いいですか?」

「私で答えられることなら、構わないが」

「『足りていない』って、どういうことだと思いますか?」

「……目標を達成するために必要な何らかの要素が欠如している、という意味だろう」

「それってつまり、その『足りていない』ところを『満たす』ことが出来れば、目標を達成することが出来るってことですよね」

「奏太くん……?」

 

 心配気なリュディガーさんに向け、俺は何でもないように肩を竦めて笑みを浮かべてみせた。不安はある。恐怖もある。覚悟だって全然出来ていない。それどころか出来るかどうかも分からない。それでも、止まることだけはもうできない。とにかく俺にできることを、我武者羅にやっていくしか方法はないのだから。

 

 去年の駒王町事件や、姫島家の問題と一緒だ。あれこれ難しく考えたって、結局はリーベくんを助けたいか、助けたくないのか、の二択しかない。そして俺の答えは、あの子をこの腕に抱いた時点で、もう決まっている。悩んで立ち止まっているだけじゃ、何も変わらない。考えて動けなくなるぐらいなら、まずはその目標を叶えるために必要な結晶集めから始めればいい。一歩ずつ着実に必要な結晶を集めながら、……俺も覚悟を決めていこう。

 

 直感だけど、たぶん俺に必要とされる結晶は集められる。集まる気がする。『今』はまだその時じゃないけど、たぶん近い内に俺に足りない部分を満たしてくれる何かが起こる。不思議と、そんな気がした。

 

 


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