えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百十四話 狗

 

 

 

 20XX年。駒王町はミルキーサンタの筋肉に包まれたっ!

 

 胸元やお尻がミチミチし、ちょっと力を入れると張り裂け、全ての住人が目を逸らしたかのように見えた降誕祭。だが、勇者は死滅していなかった。駒王町の歴史を刻み、受け継がれてきた恐るべき適応力。子どもの無邪気さという名のクリスマスプレゼント争奪戦が、ついに始まったのだ!

 

 天空に連なる駒王町の教会勢力、住人の安全のために監視役の押し付けを巡っては悲劇が繰り返され、解き放たれた魔法少女パワーに魔王少女様(黒幕)がニッコリと微笑む。「アーメン」とミルキーサンタに襲い掛かる幼女がいる。軍師となり高笑いする幼女がいる。ツッコミにキレが生じてきた男の子がいる。普通に戸惑う子ども達をノリで扇動する、童心に生きるカイザーの演説も光っていた。

 

 飛び散るミルキー。街に流れるクリスマス尻子玉ラップ。冬はやっぱり豚骨ラーメン。ツリーに飾られる魔除けのお札。マスコット役のゴリラファミリー。乱舞する胃薬。そりを引くデュラハンと当主(ライドオン済み)。謳われる「アーメン」賛歌。それは駒王町が魔法少女で溢れた宿命。見よ! 今、あまりの手遅れさにパパの胃に再び終止符が打たれる!!

 

 こうして、駒王町はミルキーサンタの筋肉に包まれたのであった…(大事なことだから二回言った)

 

 

「――はぁッ!? ……あぁー、なんだ。クリスマスの時の夢か…」

「ボス、せっかく私も忘れようと頑張っている大惨事を…。いや、夢にまで焼き付いても仕方がない恐ろしさでしたが」

「あれ、ちょっと待ってよ。今日はお正月だぞ。少し仮眠をとったつもりが、まさかの初夢がミルキーでカウントされてしまった疑惑がッ!?」

「ボスの今年の運勢も、ミルキーなんでしょう」

 

 数日前に実際に目にした駒王町の襲撃イベントを夢でうっかり思い出してしまった俺は、遠い目で顔に手をやる。『MMC(ミルキーマジカル)448(フォーフォーエイト)☆』達が駒王町の街中へ文字通り解き放たれ、ミルキーサンタ達で彩られたクリスマス。そして、ミルキーサンタたちへ襲撃し、自らのプレゼントを手に入れるために奮闘した子ども達。大人組はもう慣れを感じてきていたな…。そして、教会はもうファイトとしか言えなかった。

 

 思い出してしまったあれやこれやに、うたた寝していたソファーから起き上がり、思わず膝から崩れ落ちた俺の肩へポンッと柔らかい肉球が慰めるように置かれた。見た目は真っ黒の毛並みを持つ小犬サイズのシーサーで愛嬌はあるが、口調や声音は渋い。カイザーさんの相棒として長年いたみたいだから実年齢はかなり上らしいが、本人(犬?)からも了承をもらい、タメ口で話す様にしている。

 

 確か本名は、彷徨大元帥(ほうこうだいげんすい)ファイナルデスシーサーだったっけ? 顔を上げると、きょとんとした顔を向けられた。くそっ、実年齢はおっさんのはずなのに普通に可愛くて困るな。俺は慰めてくれたお礼を告げると、溜息を吐きながらソファーに座り直す。リビングの時計を見ると、午前五時を指していて、二時間ぐらい眠っていたことに気づく。出かけた女性陣はまだ帰ってきていないようだな。

 

「というか、普通にしゃべっているけど、父さんはいないのか?」

「お父上殿でしたら、あそこで酔っ払って寝ていらっしゃいますよ」

「父さん、テレビつけっぱなしじゃねぇか…」

 

 リビングから居間の方へ向かうと、お正月用のおつまみとビールが散らかったテーブルの床に顔が真っ赤な父がいびきをかいていた。こりゃあ、父さんは初詣は無理そうだな。たぶん昼まで起きない。大みそかから年明けに続けて音楽番組を見ていたはずだから、そのまま寝落ちしてしまったのだろう。俺はテレビを消し、その辺にあったタオルケットを取り出すと父さんの身体の上にかけて、一緒にエアコンと加湿器もつけておいた。

 

 

「えーと、女性陣三人組はまだな感じ?」

「先ほど主から連絡が来ましたが、あと三十分ぐらいで戻られるそうです。その後、初詣になりますね」

「ふーん、ふはぁぁー…。まぁまぁ、いい時間か。わざわざ正月早々から、晴れ着を着付けてもらうってすごいな。よくそんな元気があるわ」

「ボス、せっかく女性陣の晴れ着姿が見られるんですよ。そのようなテンションでどうするのですか!」

「ラヴィニアはちょっとわかるけど、母親と姉の着物姿を見ても、別に何とも思わんわ」

 

 それよりも眠気の方が強いんだよ。相棒、ちょっとすっきりしたいからよろしく。そう考えると同時に、スッと意識が覚醒したようなさっぱりした気分になる。いつもありがとうございます、相棒様。それにしてもこのワンコ、相変わらず欲望に忠実だな。話だけは聞いていたけど、一昨日ぐらいに紹介されてから、こうしてのんびり我が家で過ごしている。一応、シーサー似の小犬だと倉本家には伝え、家の中で放し飼いにしていた。吼えたり、噛みついたりしないから、姉ちゃんや母さんが大興奮していたな。

 

「それにしても、まさかラヴィニアの使い魔になるとはね。魔法使いの補佐としても、神器合体中の守護を任せるにしても、適任なのは間違いないけど」

「あのまま駒王町に残るのは、ちょっと危機感を感じまして…。それに夏の大決戦の最後、私が主に抱かれたあの瞬間に、この方しかいないと胸を打たれましたからな。美少女ハスハス」

「……目に余ったら、また性欲を消滅させるからな」

「イエス、ボスッ!!」

 

 冷や汗をダラダラ流しながら、ビシっと前足を器用に顔の前に持って来るワンコ。二日前にラヴィニアに連れられてやってきた時は、男の俺に対して態度がめっちゃでかかったんだけど、女性陣へのハラスメント的なところで物理的にお話した結果、ちゃんと節度を護ることを約束してもらった。そして、いつの間にかボス扱いになって、敬語になっていたのだ。お前、どんだけ性欲を消されて強制賢者モードへされたことに絶望したんだよ。

 

 グリンダさんのところから、協会へラヴィニアが帰ってきて数日が経った。クリスマスは間に合わなかったけど、せっかくだから正月は一緒に過ごそうと話し合い、倉本家へ数日お泊り会をすることになったのだ。今日はその二日目。このワンコは、夏の最後にラヴィニアへものすごくアピールしまくって契約だけお願いしていたらしい。カイザーさんは、最近は開発や勉強に専念しているから、守護者がお留守なのは特に問題ないようだ。

 

「そういえば、ワンコ。これから行く初詣の神社って、シーサーがお参りするのは宗教的に大丈夫なのか?」

「……あの、ボス。私にはファイナルデスシーサーという立派な名前がありますし、個人的には獅子的な凛々しいイメージが嬉しいのですが」

「えっ、あぁー。ファイナルデスシーサーだと長いし、外でその名前を呼ぶのはちょっと躊躇うんだよな…。ちなみに、ラヴィニアはお前のことを何て呼んでいるんだ?」

「ワンワン」

「……もうワンコで良くね?」

 

 そんな殺生なっ!? という顔をされた。いや、シーサーだとなんか面白みがないし、ファイとかナルとかだとどうもしっくりこない。むしろワンコの方がなんか言いやすいし、親しみやすいような気がするんだよね。時々はちゃんと名前を呼んでやるから。シーサーって、狛犬説と獅子説の両方あったと思うから、ワンコも間違ってはいないよ。

 

「宗教的な問題とのことでしたら、今回お参りする神社は仏教系統のところですから問題ないかと。狛犬やシーサーの伝来は似たようなものですからな」

「へぇー、狛犬やシーサーも仏教伝来だったんだ」

「犬……この場合、(いぬ)とも言いますか。狗と仏教は、それなりに縁があるものなんですよ。あんまり良い意味で使われないこともありますが」

 

 普段、普通に生活しているだけでは気づかないことが色々あって、勉強になるな。それにしても、最近は仏教関係の言葉にちょっと敏感になっているかもしれない。神道とか仏教とかあんまり意識したことがなかったけど、結構身近にあるもんなんだな。そういう知識が増えても、今のところ特に反映されていないが。

 

 朱雀に相談をしてから約一週間が経ったが、未だに進歩はなし。クリスマスや正月で忙しかったのもあるけど、この問題は下手に焦らない方がいいような気はしている。まずは姫島家の襲撃事件をなんとかしてから、本格的に動く方が気持ちの持ち様も違うだろう。神器症に関しては大人組に頼れない現状、あまり大っぴらに行動したら不審に思われるかもしれない。

 

 朱雀はあれから姫島的な佳境期に入ったためか、最低一ヶ月は忙しいらしい。彼女から聞いた姫島朱芭(あげは)さんの資料が残っているか、または居場所についての情報があればいいんだけど、もう何十年も前に追放されてしまった人のことだから、期待はしないでほしいと言われている。五大宗家関連は素人が下手に調べると危険があるかもしれないから、こっちは朱雀に頼るしかないんだよな。俺も別口で探すしかない。

 

「むしろ、宗教的な意味ならそちらは大丈夫ですか? ボスと主は魔法使いでしょう?」

「うーん、確かに魔法使いは日本的には異教なんだけど、人間が主体の組織ではあるから大目に見てもらいやすいんだって。一般人でもオカルトを研究したり、悪魔と契約したり、魔法をちょっと齧ったりする人はいるから、そんな人達を一々排するのは不可能だろう? だから、迷惑さえかけなければ、参拝ぐらいなら問題ないらしいよ」

 

 これは『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に所属する時に、メフィスト様にちゃんと確認を取った事なので大丈夫だろう。日本人の俺にとって、初詣やお参りに行けないのは寂しいからな。さすがに、仏教や日本神話の神にとって踏み込んでほしくない重要な地はあるので、そこには行かないように気をつけている。

 

 ただ今回心配なのは、ラヴィニアの方なんだよな。魔法使いだからではなく、神滅具を持っているから神聖な存在達をあんまり刺激しないように注意しないといけない。これに関しては一応の解決策はあるんだけど、ちょっと恥ずかしいんだよなぁ…。ラヴィニアも参拝を楽しみにしているし、俺も一緒に初詣へ行きたいから、恥ずかしがっていても仕方がないけど。

 

 

「おや、戻られたようです」

「おっ」

 

 ファイナルデスシーサーと話をしている間に、どうやら美容院に着付けへ行っていた女性陣達が帰ってきたらしい。せっかくラヴィニアが正月に遊びに来るのなら、ぜひ着物を着せてあげたいと母と姉の方が楽しみにしていたな。玄関の鍵が開く音が耳に入ると同時に、姉ちゃんの朝一発目の声が響き渡った。

 

「たっだいまー! お父さん、奏太、起きているー!? 早速初詣に行くよぉー!」

「そんな大声を出さなくても聞こえているよ。あと、父さんは完全に出来上がっているから無理そう」

「えぇー、やっぱり…。お母さんの言う通りになってた。そんなに強くないんだから、お酒はやめた方がいいって言ったのに……」

 

 玄関からバタバタした音が聞こえ、次にリビングまでやってきた姉はいびきをかく父さんへ半眼の眼差しを向けている。俺は年越しそばと一緒に酒を飲み出した時点で、うすうす感づいていた。中まで顔を見せに来た姉は、朱色に袖部分が黄色の鮮やかな花模様の着物を着て、髪は横でまとめているようだ。化粧もされていて、なんだか大人っぽく見えることに驚いた。俺の膝あたりでハスハスし出したワンコには、人の姉に興奮するな、とベシッと頭を叩いておいたが。

 

 遅れて顔を見せに来た母さんは、落ち着いた黒地の着物に、白や金色の花が散りばめられている。今まではあんまり意識していなかったけど、着物って色々な柄や色合いがあるんだな。とりあえず、財布があれば問題ないだろうとポケットに突っ込み、座っていたソファーから立ち上がった。

 

「じゃあ、行くか。帰りにコンビニとかに寄ってなんか買うなら、買い物バックも持っていっておくけど?」

「それじゃあ、帰りに牛乳を買っておきたいからお願いできる?」

「了解」

「というか、奏太そのまんま過ぎない? せっかくの初詣なのに、普通に私服だし」

「男だからいいだろ、別に。男の着物なんて、七五三と卒業式と成人式ぐらいで着ていれば十分だよ」

「もう、せっかくラヴィニアちゃんが来てくれたんだから、お揃いで着物を着ればよかったのに…」

 

 さすがにそういうのを意識してやるのは、気恥ずかしいわ。こっちは思春期なんだよ。

 

 

「あれ、そういうラヴィニアは?」

「もちろん、ちゃんと着飾ってきたわよ。ほらっ!」

 

 そう言って姉が身体を横にずらすと、珍しく頬を薄っすらと赤く染めて、気恥ずかし気に手をもじもじするラヴィニアがいた。淡い水色の着物に桃色や黄色、白色などの色とりどりの花が咲き、明るめだけど主張しすぎない色合いが、彼女にはよく映えていた。丁寧に編み込まれた金色の髪に氷の結晶のような簪を差し、透き通るような青い瞳と、すらりとした白い肌にもよく合っている。

 

 これはなんというか、すごい破壊力だ。俺の語彙力がアレすぎるが、大変よく似合っていると思う。ラヴィニアは俺と視線が合うと、更に赤みが増した頬と一緒にそっと視線を逸らされたが、おずおずといった様子で尋ねてきた。

 

「えっと、愛実にこの着物を選んでもらったのです」

「どうどう? 我ながら、良い仕事をしたと思っているんだけど」

 

 ふふん、と胸を張る姉。とりあえず、親指でサムズアップを送っておくと、同じようにサムズアップで返された。これで通じるあたり、俺達って姉弟だと思う。

 

「あの、カナくん。この恰好、私に似合っているでしょうか?」

「もちろん。すげぇ、よく似合ってる」

 

 笑顔で返答すると、ホッと息を吐きながら、はにかむように微笑みを返してくれた。普段は天然なラヴィニアも、一生懸命におしゃれをしたら似合っているか気になるもんなんだな。実際に可愛いから問題なし。あと、こっそり使い魔になったワンコにも感想を尋ねていた。超しっぽを振っているな…。

 

「で、奏太。お姉ちゃんの着物姿の感想は?」

「あぁー、似合ってる。似合ってる」

「心が籠っていないっ!?」

 

 まず、そういう感想を弟に求めるなよ。心を籠めて感想を言ったら言ったで、ニヤニヤと揶揄ってくるくせに…。そんな俺と姉ちゃんのやり取りに、小さく噴き出したラヴィニアは、口元に手を当てながら肩を揺らしていた。年始から騒がしい姉弟ですまんね。

 

「ほら、初詣に早く行こうぜ。朝方組とぶつかると混みそうだし」

「はい、楽しみなのです」

 

 テキパキと出かける準備を終えると、冬の寒空へと身体を向かわせる。時間的にそろそろ初日の出が出てくる頃だろう。薄暗闇の中を歩くから、着物に慣れていないラヴィニアがこけたりしても大丈夫なように隣を歩いた。人込みがそれなりにあるので、ワンコは姉ちゃん達についてもらい、もしはぐれたら通信ができるようにしておけばいいかな。

 

 夏休みぶりにしっかり顔を合わせることになったラヴィニアと二人、道中を積もる話で盛り上がりながら、会えなかった時間を埋めるように語り合った。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ここ、ですね。人がたくさんいるのです」

「まぁ、これぐらいなら三十分もあればいけるか。ラヴィニア、先にお参りへ行くか?」

「えっと、愛実達は?」

「あっちはあっちで行くってさ。姉ちゃんは高校の友達と会う約束をしていたみたいだから、先にそっちへ顔を出すみたい。毎年境内の傍にあるイチョウの木を集合場所にしているから、後で合流できるだろ」

 

 これでも、倉本家は毎年初詣はお参りに行く派だからな。父さんは後日に行くことがたびたびあるけど。今の時間は、海に初日の出を見に行く客と被るから、地元民はねらい目の時間帯なのだ。

 

「ここの神社は並んでいる間に冷えるから、甘酒を呑みながら待つんだ」

「甘酒…。イタリアでいうところの、スプマンテのようなものですね」

「スプ……?」

「シャンパンなのですよ。イタリアのお正月は、スプマンテの栓でポンッと音を立てて、花火を見ながらみんなで乾杯します。子どもはノンアルコールのものを飲んでいたのです」

「へぇー。そういえば、イタリアの正月ってすごく賑やかなんだっけ?」

「はい。あらゆる道端で花火やクラッカー、爆竹をみんなで鳴らしたり、お店は一面の赤い下着だらけだったり、窓から電化製品やいらなくなったものがポンポンと飛んできたり、大変賑やかなのです!」

 

 文化の違いってすごいな。イタリアの正月が、話を聞くだけでやべぇ…。そんなことを話している時、不意にラヴィニアの足が石段の前で止まる。逡巡したように目の前の石段の上を見つめる彼女を見て、俺は事前に聞いていた通りに手を差し出した。

 

「手、握ることになるけどいいか? 人も多いし、今は着物だし、手を繋いでいても変には思われないと思う。ラヴィニアの神滅具のオーラを俺のオーラで外に漏れないように消すから、ここの神社にいる神様も怖がらせないと思うよ」

「……はい、よろしくお願いします」

 

 アジュカ様に初めて会った時に教えてもらった、俺のオーラや魔法力に能力を発動させる方法の応用だ。間接的にだからあんまり効力は高くないけど、お参りするぐらいの短時間なら問題ないだろう。右手に『分解(アナライズ)』で小さくした相棒を持ち、オーラを纏わせて『概念消滅』を発動させる。そこにラヴィニアの手を重ね、俺のオーラが流れたことで彼女の纏うオーラを一時的に外へ感じなくさせた。

 

 こうやって手を繋げば、相手の神器のオーラを感じなくさせたり、俺がよく使う疑似気配遮断の効果も付与できたりする。だから便利ではあるんだけど、その代わり効果を持続させるためにはずっと手を繋いでいないといけないのがネックだ。やはり恥ずかしさがある。一瞬でいいなら、相棒を手渡すだけでいいんだけどな。

 

 先ほどまで石段の上から見られているような視線を感じていたが、ラヴィニアが俺の神器の能力を纏ったと同時に、スッとその気配が薄まった。まだ観察はされているようだが、これなら許容できる範囲らしい。日本の神様は、相手がどの神話体系出身や異能を持っていたとしても、己の領域を汚さなければ基本気にしないでくれる。だからここの神社の神様は、たぶんすごく寛容な方なのだろう。

 

 確か日本に他神話が拠点を作ることを許してくれたのも、他神話側が日本の神様が嫌がることはしないと制約を交わしたかららしいし。そのあたり大らかというか、興味のあること以外我関せずというか、日本の神様ってドラゴンっぽいのかもな。自分のお宝は大事にするし、それに触れようとするものには牽制するけど、それ以外には無関心を示す。むしろ気を付けるべきは、神を祀る側だと教わっただろう。

 

 とりあえず、今回はラヴィニアの神滅具のオーラにビックリしただけで、刺激さえしなければ参拝ぐらいは大丈夫ということみたいだ。強力な異能を持っていると、地味に大変なものだな。確認するようにラヴィニアと視線を合わせると、お互いに問題ない事を頷いて、手を繋いだまま一緒に石段をゆっくりと登った。

 

 

「では、私もその朱乃という女の子に会えるのですね」

「うん、バラキエルさんや朱璃さんにも了承をもらえたからね。魔法の勉強をするなら、やっぱりラヴィニアが適任だろうし。ただ会うのは春頃になるかな…。冬の時期は、朱雀の方も忙しいみたいだから」

「その方が、こちらもありがたいのです。私も協会に帰ってきたばかりで、長らく空けていましたから。しばらくお仕事で忙しいと思います」

「あっ、そっか。もし俺に手伝えることがあったら、声をかけてくれよ」

 

 お参りの列に並んでいる間に、これからのことについての話になった。俺のパートナーであるラヴィニアのことは、随分前から姫島家には話していたし、組織公認の同盟を結んだ朱雀にも伝えている。どちらも神滅具を持つ彼女のことを知っていて、最初は少し考え込んでいたが「あの奏太のパートナーを務められる子なら大丈夫か」と最終的には頷いてくれたのだ。これは俺への信頼に喜ぶべきか、なんかちょっと引っかかるような言い方にツッコむべきか、どっちなんだろう…。

 

 そんな風に裏関係のことは多少小声で話しながら、待ち時間を過ごしていく。ある程度話し終わると、俺は一週間前に朱雀に相談した内容をラヴィニアにも伝えるべきか考える。さすがにここで詳しく話すつもりはないが、心の準備ぐらいはさせておいた方がいい気はする。朱雀曰く、とんでもなく非常識なことらしいから。俺が言いよどむような様子に気づいたのか、ラヴィニアの方から疑問を口に出され、おずおずと口を開いた。

 

「えーと、ラヴィニア。今度ゆっくり時間が取れる時にでも、相談したいことがあるんだ。その、結構大事なことで、出来ればメフィスト様とか保護者組にはまだ伝えない方針でお願いしたくて…」

「……カナくん、今度は何をやらかすつもりなのですか?」

「いや、やらかす予定ではあったけど、すでに断定されたっ!?」

 

 俺に対するパートナーの話の理解っぷりに、思わず涙が出そうになった。俺、そんなに毎回やらかして……いたか。うん、いつもご迷惑をかけてすみません。

 

「ちなみに、迷惑の規模はどれぐらいなのですか?」

「迷惑の規模…。えっと、……最悪、三大勢力の戦争が勃発するレベル?」

「えぇー…」

 

 ラヴィニアが素で言葉を失っていた。ごめん、俺も自分で言っていて「おいおい」と思った。事実なんだけど。

 

「その、ごめん。でも、どうしてもやりたいんだ」

「……それは、カナくんじゃないとできないことなのですか?」

「うん、俺にしかできないみたい」

「どうしても、やるのですか?」

「……俺は、やりたい」

 

 「やる」と断言できないのは、俺にまだそこまでの覚悟がないからだろう。でも、正直な俺の気持ちは「やりたい」なのだ。その想いが揺らぐことはない。ジト目で俺のことを見てくる碧眼と目が合い、なんだか居た堪れない気持ちになる。裏の組織に所属する彼女にしてみたら、何をアホなことを言っているんだって思われても仕方がないだろうから。

 

 

「先に私の気持ちを言うなら、すごく心配です。カナくんに危ない事をしてほしくないですし、辛い目にだってあってほしくないのです。だから、本来なら私はカナくんを止めるべきで、パートナーとして諭すべきで、メフィスト様に報告をするべきなのでしょう」

「……本来なら?」

「だって、私のパートナーはやると決めたら止まらないって知っていますから」

 

 繋がれた手に、彼女からの力が籠る。そして、呆れたように、困ったように、寂しそうに、嬉しそうに、様々な表情が混ざったような微笑みを、ラヴィニアは浮かべた。

 

「だから、例え何があっても私はカナくんのパートナーとして隣にいます。カナくんはうっかりなところがあるので、そこを私が傍で支えればきっと最悪は起こらないのです。いいえ、起こさせません」

「ラヴィニア…」

「『俺がしんどい時は助けて。俺もラヴィニアがしんどい時は助けるから。そうやって、一緒に前を向いて頑張っていこうよ』」

 

 それは、半年前に俺がラヴィニアへ伝えた言葉だ。それを今度は、彼女が俺へ返してくれる。目を見開く俺へ向け、ラヴィニアはえっへんと胸を張った。

 

「なので、辛い時は助けを求めてください。あなたの手を、私が一番に掴ませてください。私達にできることを一生懸命に頑張ったその後で、メフィスト会長に一緒に怒られましょう」

「……やっぱり、怒られることは確定?」

「間違いなく、お説教のフルコースなのです」

「うっ…」

 

 メフィスト様のお説教は、ものすごく申し訳ない気持ちになるんだよな。メフィスト様は決して怒鳴ったりしないけど、懇懇と何がいけなかったのか理路整然と静かに説かれるのだ。アレは、地味に辛い。それだけのことをするのだとわかってはいても、怒られると事前に理解していることを進んでやるのは、自分でも気分がちょっと重くなる。それでも、やるんだけどさ…。

 

 俺がガックリと肩を落とす様子に、ラヴィニアはふふっと笑いをこぼした。彼女を巻き込むことに、罪悪感があることは事実だ。迷惑をかけているし、駒王町の時と同じようにまた巻き込んでしまっている。だけど、ラヴィニアも俺と同じように決して折れないだろう。あの時と同じように、当たり前のように傍にいてくれる。お互いに変なところで、頑固者同士なんだな。今回のことで、改めてそう思ったよ。

 

「ごめん、ラヴィニア。そして、ありがとう」

「はいなのです」

 

 せっかくの新年に、これ以上辛気臭い顔はなしだな。二人して笑い合っていると、ついに賽銭箱の前まで順番が回ってきたようだ。相棒をラヴィニアの手に渡し、少しの間なら効果を発動してくれるだろう。一緒にお賽銭を投げ入れ、手を合わせてお参りする。ここで強い願望をイメージすることが大事だとどこかで教わったと思うので、「治療法が見つかって、その後もなんとかなりますように!」と真面目に願っておいた。

 

 それから、また相棒を手の中へ呼び出し、参拝が終わったラヴィニアと手を繋いで石段を下っていく。正月はまだまだこれからだ。今は家族やラヴィニアと過ごす時間を全力で楽しもう。そしてゆっくり英気を養ったら、また改めて頑張っていこう。俺に出来ることを一歩ずつ。

 

「そういえば今度、時間が取れた時にでも買い物へ行く予定だったよな。何か買いたいものとかってある?」

「あっ、そうですね…。えっと、その、もうすぐカナくんの誕生日でしたから、プレゼントを買いたいのです」

「それ、俺が一緒でいいのか…? まぁ、ラヴィニアの誕生日も1月の後半だったし、お互いにプレゼントを交換し合うことにするか?」

「わぁ、楽しそうなのです!」

 

 初詣で並んでいる間に日が昇ったのか、空には徐々に青空が広がっていく。朝日が顔を見せると同時に参拝客が増えてきたことに気づいた俺達は、急ぎ足で待ち合わせに使っているイチョウの木へ急いだのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おーい、倉本っ! この段ボール、どこに運ぶんだっけ!?」

「さっき先生に言われたばっかりだろうが! 一年生の入学式が終わったら、一部の飾りを片付けるから体育館の入口に置いておいてくれって!」

「そこの二年生っ! そろそろ一年生の入学式が終わるから、手の空いている担当は案内の方に回ってくれ!」

「あっ、先輩。じゃあ俺が行ってきます!」

 

 体育館で粛々と中学校の入学式が執り行われている中、俺達新一年生の仕事担当になった二、三年生は、バタバタと先生に怒られない程度に駆け回っていた。裏の世界に入って三年目に入った俺も、ついに中学二年生だ。去年の一年生の時に決めていた仕事だから、中学の始業式が終わると同時に先生の手伝いをすることになっていた。

 

 小学校から中学校へと進学し、近隣の小学校から一斉に集結するため、毎年の一年生の人数は三百人以上である。さすがに先生達だけでは手が回らないため、学生の俺達も手伝いとして駆り出されるのだ。三年生の先輩からの指示に声をあげ、一年生の教室付近の最後の掃除をしていた俺は、途中ですれ違う保護者らしき人達に頭を下げながら体育館へと急ぎ足で向かった。

 

 放課後が基本忙しい俺は、居残るタイプの委員会や仕事はできないし、部活にも入っていない。だからちょっと大変だけど、こういう時に動いて色々点数稼ぎをしておかないといけないのだ。地味に忙しかった冬が巡り、少し肌寒さを感じながらも桜が舞い散る春の季節になった今日。また新しい一年が始まったことに感慨深く思いながら、ぞろぞろと入り口から出てきた一年生たちへ声掛けを始めた。

 

「あれ、倉本先輩だ」

「えっ? おぉー、佐々木じゃん。小学校の時の委員会ぶりだから、一年ぶりか」

「はい、無事に中学生になりましたよ!」

 

 そんな時、ふと俺へ向けて一年生の軍団から、こちらの名前を呼ぶ声が聞こえた。思わず目を向けると、小学校の時に一緒に委員会で活動していた後輩が元気に手を振っているのが見えた。短めの黒髪に背も少し伸びたようだが、まだまだ幼さの残る容貌には見覚えがある。知り合いを見つけて嬉しくなったのか、佐々木は新しくできたのだろう友人を連れて、俺の方へ向かってきた。

 

 佐々木はゲームが大好きで、小学生からゲーセンにもよく行っていた猛者だ。確か一年ぐらい前、休みの日にアジュカ様がゲーセンで無双していた時にたまたま知り合って、学年は違ったんだけどそのまま仲良くなったんだよな。アジュカ様の魔王のごときゲーム無双に、一緒に観戦しながら戦慄したのを覚えている。実際に魔王だし。

 

「本当に久しぶりです。先輩、中学に行ったら付き合い悪くなってひどいですよ」

「わるいわるい。こっちも色々忙しかったんだよ。そっちは友達か?」

「あっ、はい。別の小学校のやつなんですけど、たまたま同じクラスみたいだったから、友人第一号にしました」

「おい、なんだよ。その友人第一号にしたって…」

 

 佐々木についてきた少年は、お調子者のテンションに溜息を吐きながら半眼の目を向けていた。なんだかんだで早速仲良くなっているあたり、相変わらず人付き合いが上手い後輩である。俺はそれに小さく笑うと、改めて佐々木の友人になった相手の方へ視線を向けて、――不意にドクンッと心臓が跳ねたような気がした。

 

 佐々木と同様にまだ幼さの残る容貌。黒髪と黒目でどちらかと言えば整っている方だと思うが、特に目を引くほどの特異さはない普通の少年だろう。それでも、俺の中の『何か』が脈動を打つように跳ね、彼に惹かれるように不思議と目が離せない。少なくとも、俺の記憶にこの少年と出会った記憶はない。そのはずなのに、どこかで感じたことがあるような懐かしいオーラを纏っている気がした。

 

「ほら、先輩は仕事中なんだから迷惑をかけたらまずいだろ」

「えぇー、倉本先輩はゲームが好きだから、絶対にお前とも話が合うって。じゃあさ、今度お久しぶり会でゲーセンにみんなで行きません? 俺、あの魔王様のテクニックを手に入れるために日々レベルアップしているんすよ!」

「はいはい。……えっと、先輩? どうかしましたか?」

 

 ジッと見てしまっていたことに気づかれたみたいで、俺は慌てて笑って誤魔化した。友人くんの言う通り、俺は今仕事中だ。このままおしゃべりを続ける訳にはいかないだろう。それでも、これだけはどうしても聞いておかなければならないような焦燥感が芽生えた。

 

「その、悪い。たぶん、こいつ騒がしいから色々迷惑をかけると思うけど、よろしく頼む。俺はこいつと同小だった、倉本奏太だ。ちなみに、キミの名前を聞いておいてもいいかな?」

「はぁ…、まぁ、俺も友人が出来たのは安心しましたから。えっと、それで俺の名前ですか?」

 

 多少困惑したような表情をされたが、根が素直なのだろう。軽く頭を下げながら、はっきりとした声音で響いた彼の名前は、俺に理解できなかった言い知れない感覚への答えを導いてくれたのであった。

 

 

「幾瀬です。幾瀬鳶雄(いくせとびお)と言います。倉本先輩、これからよろしくお願いします」

 

 丁寧に告げられた挨拶の後、後ろから詰まっていた人込みに流され、二人はお互いの教室へとそのまま流れていった。佐々木だけは「今度、遊びましょうねー!」とちょっとうるさかったが、働いていない頭のまま俺はとりあえず片手だけ挙げて了承を返しておいた。

 

 あまりに衝撃的な事が起こると、人間ってどう反応をしていいのかわからず、呆然とするしかないんだな。今の俺がまさにその状態だ。とにかく無心になって、残っている一年生を誘導しまくった。耳に残る事実と、うるさいぐらいに鳴っている心臓の音だけが、頭の中で何度もこだましていた。

 

「……マジで?」

 

 どうやら裏の世界二、三年目の激動は、まだまだ続くらしい。思わず、晴れ渡った青空へ遠い目を向けてしまったのは、仕方がないと思った。

 

 

 ――こうして、紅き槍と黒き狗は巡り合うように再び邂逅を果たしたのであった。

 

 




※この主人公の立場や性格的に、原作の『堕天の狗神 -SLASHDØG-』と同じ展開にはならないよなーと考え、トビーの成長フラグとか流れとかを色々悩んでいた時に、天啓が下りた。いずれブレイク確定なら、もうブレイクしちゃってもいいんじゃないかと!
 そんなノリです(・ω・)

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