えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百十七話 朱芭

 

 

 

 幾瀬鳶雄の運命は、この世に生を受けたその時から定められていた。本来の神器所有者の多くは、自身に神器が宿っていることすら知覚することが出来ず、形として具現化することもなくそのまま一生を終える者が多い。神器の発現には、環境や一定以上の条件を満たす『力』が必要とされているからだ。だがこの世界で、産まれた瞬間から神器が覚醒している者は少なからずいる。幾瀬鳶雄もその内の一人だった。

 

 しかし、彼はそんな稀な現象の中で、さらに数千年に数件という希少な『力』を有していた。神器には、『禁手化(バランス・ブレイク)』と呼称される現象が存在する。神器の力を高め、ある領域に至った者が発揮する神器の最終到達地点。所有者の力量、または心と身体に劇的な変化が訪れた時、所有者の想いや願いが世界に漂う「流れ」に逆らうほど劇的な転じ方をした時に至ることができる領域。この領域へ辿り着ける者は、それこそ神器を発現出来る以上に希少とされていた。

 

 幾瀬鳶雄は、その『禁手化(バランス・ブレイク)』へ生まれながらにして至ってしまった存在であった。本来なら、世界のバランスを崩しかねない力を有した赤子など、災厄そのものでしかない。神器は宿主の意思や感情によって、その能力を発揮する。赤子という善悪の区別もなく、思考すらできない存在が、感情のまま大いなる災厄を周囲へところかまわず撒き散らすのだ。しかもそれが神すらも葬るとされる『神滅具(ロンギヌス)』など、最悪どころの話ではない。赤ん坊の時点で、抹消されて当然の存在だろう。

 

 しかし、幾瀬鳶雄は生き残った。他でもない、彼の両親が、祖母が、彼の命を選択したからだ。この世界のことを思うのならば、それはあまりにも愚かであり、償いきれないほどの業にも等しい行為。彼の祖母はそれを誰よりも理解しながら、……いや、理解していたからこそ、己の孫へ一心の愛情を注ぎ、見事に狗を封じきったのだ。誰よりも厳しく、誰よりも愛おしみ、誰よりも思いやりのある優しい子に育つように護り続けた。

 

 その優しさが、少しでも彼の幸せに繋がるように。その愛が、少しでも彼の救いになるようにと――

 

 

「私に残された時間は、おそらく……」

 

 日本でも古くから続く由緒正しき神道の家系に生まれ、その宗家の血筋を汲んでいた一人の老年の女性。聡明な彼女は、家由来の才能には恵まれていないと幼いながらに気づき、それでも自分に何かできないかと必死にそれ以外の才能を伸ばした。しかし、結局はその伸ばした才能によって、異端だと家を追放されてしまう。それに泣いた日もあったが、誰よりも愛する夫と出会い、息子が産まれ、そして可愛い孫が出来た。彼女の人生は、十分に満たされたものだったと胸を張って言えただろう。

 

 そんな彼女に心残りがあるとすれば、それは『(まが)いものの神』を有することになってしまった、たった一人の孫の存在。魂の術に精通していたからこそ、彼女は誰よりも己の寿命の限界を知っていた。おそらく自分の寿命は、あと2、3年。孫が高校生になる前に、この世界から他界してしまうだろう。せめて彼が成人するまでは、見守ってあげたかった。しかし、その望みだけは叶えることが出来ない。それが、『ヒト』として終えるということなのだから。

 

「私に出来ることは、私が逝った後にあの子へ託せるものは――」

 

 自分の死期を悟った日から、彼女の中で焦りと祈りが徐々に溢れてくる。『神滅具』を宿して生まれてきてしまった以上、己の孫が世界の流れに絡めとられるのは決定事項だろう。さらに自分に流れる一族の血が、『漆黒の狗』を宿す孫の存在を認めないだろうこともわかっていた。彼の身に起こるだろう血濡れた闘争は、おそらく避けられない。だからこそ、仮初だろうとせめて平和な時間を知っていてほしかった。愛される優しさを知っていてほしかった。あなたが、決して望まれない存在じゃないのだと、絶望に負けないでほしかった。少しでも幸せに生きてほしい、とただそれだけを願ったのだ。

 

 幾瀬朱芭(いくせあげは)、――旧姓姫島朱芭(ひめじまあげは)は、中学校に進学して、友だちと楽し気に笑顔を浮かべる孫の顔を思い出す。『神滅具』と『姫島の血筋』という二つの爆弾を抱えている彼の存在を、下手に裏の世界の者へ悟られたら、今のこの平穏さえ奪われるかもしれない。その危惧から、彼女には幾瀬鳶雄の今後を託せる存在がいなかった。それこそ、本来の未来では孫の幼馴染である一般人の少女の家族に、後を託すしか選択肢がなかったほどに。

 

 しかし、この世界の流れは七年前に紅き槍と黒き狗が偶然邂逅したことによって、少しずつ変化していた。その流れは本来あった流れすら無視できないほどのうねりを及ぼし、この時代に再び出会った紅と黒が交わったことで、その変化は決定的なものへとなっていく。本来なら出会うはずがなかった二人が、この日出会うことによって。

 

 

「ただいまー。祖母(ばあ)ちゃん、友だちを連れてきたよぉー」

「あら、はいはい」

 

 朱芭は先ほどまで考えていた未来を頭を振って散らし、今は可愛い孫が帰ってきたことへ思考を切り替える。今日は以前から友人を家へ招待することが伝わっていたため、おやつを準備して待っていたのだ。年々重く感じてきた腰を上げ、玄関まで歩を進める。「今日はこのゲームをしようぜ!」や「家からジュースを持ってきた」と騒がし気な少年たちの声が耳を打ち、それに「お前ら落ち着けよ」と困った声で宥める孫の声に、くすくすと笑みが浮かんでしまった。

 

 そうして玄関までたどり着くと、五人の少年たちが靴を脱いでいるところだった。朱芭が顔を出すと、その内の四人の少年たちが一斉に頭を下げて元気に挨拶をする。それを笑顔で迎え入れると、テレビのあるリビングへと案内し、自分は台所で今日の晩御飯の準備をしておこうと考えた。見覚えのある子が二人いて、その子達は小学校の頃から何度か家へ遊びに来た子達だろう。初めて目にした二人の少年は、中学校で仲良くなった同級生と先輩だと教えてもらったはずだ。

 

「幾瀬のおばあちゃん、今日はよろしくお願いします! 俺、同じクラスの佐々木って言います」

「ご丁寧にありがとうね。こちらこそ、鳶雄といつも一緒に遊んでくれて嬉しいわ」

「ば、祖母ちゃん。恥ずかしいから、そういうことは言わなくていいよ…」

「おっ、おばあちゃんからの言葉に幾瀬が照れております」

「実況みたいに言うな!」

 

 気恥ずかし気に頬を染める孫と、それを見てニヤニヤと笑みを浮かべる佐々木少年。なんとなく、二人の立ち位置がわかってくる。あまり押しの強くない孫だったが、こうやって元気にツッコミを入れている姿に、良い友達ができたみたいで安心した。年寄りの自分に時間をかけさせて、玄関で待たせたままなのはいけないと自分は退散しようとした瞬間、一人の少年がおずおずと学生バックから取り出した紙袋を手に前へ出てきた。

 

「すみません、今日はお邪魔します。俺は倉本と言います。幾瀬から好きだと聞いたので、これよかったら食べてください」

「まぁ、気を遣わせちゃってごめんなさいね。わざわざありがとう」

「いえ…」

 

 紙袋を受け取る時、他の子どもたちよりも少し背が高い少年と真っ直ぐに目が合う。おそらく、この少年が鳶雄が話していたお世話になっている先輩だろうと当たりをつける。他の子ども達とは、少し雰囲気が違う。それが年上故なのかはわからないが、ジッとこちらを見つめる目は不自然にならないように朱芭を観察しているように感じた。それに気づいたのは、ひとえに彼女が裏の世界の出身だったからだろう。むしろ、よく隠しているとさえ思った。

 

 それに一瞬目を細めたが、少なくともこの少年は裏の世界の人間特有のオーラを感じない。裏に関わる者は、無意識に只人とは一線を引いている。しかし、目の前の少年はあまりにも自然体なのだ。異能の気配も感じないことから、気にし過ぎかと思わず首を傾げてしまう。手にした紙袋に目を移しながら、朱芭は感謝を告げるように笑顔を浮かべた。

 

「うおっ、さすがは倉本先輩。こういう気配りがモテる秘訣か……!」

「何アホなことを言っているんだ、お前は」

「わざわざすみません、先輩」

「幾瀬もいいって。俺がやりたかっただけなんだから」

 

 先輩と呼ばれた少年は、佐々木に呆れた目を向け、鳶雄へ小さく笑って気にするなと手を振っていた。その表情は先ほどまでの雰囲気が消え、年相応の友人同士のやり取りにしか見えなかった。その目は穏やかで、恐縮する後輩へ仕方がなさそうに笑っている。鳶雄から友達の暴走を抑えてくれる頼りになる先輩だと聞いていたが、その言葉に間違いはないのだろう。孫をよく知るからこそ、鳶雄が彼にだいぶ気を許しているのがわかった。

 

 

「今日は五人だから、ミニゲーム系のゲームをみんなで回していくか?」

「じゃあ、負けたら交代のサバイバル形式で!」

「その次は、レースをやろうぜ。新作をこの前買ってもらってさ――」

「マジで!? やるやる!」

 

 わいわいと雑談しながら、さっそくゲーム機をみんなで準備する子ども達の後ろ姿を見つめ、この平穏がずっと鳶雄に続いてほしいと心の中で祈ってしまった。それに静かに目を伏せ、リビングからキッチンへと足を向け、五人分の麦茶をコップへ注いでいく。三十分ぐらいしたら、冷蔵庫で冷やしているおやつを持って行こうと予定を立てる。それまでは、賑やかな子ども達の声を聞きながら、晩御飯の下ごしらえを始めようと考えた。

 

 そして、手に持っていたお土産の紙袋を目にとめ、中身を取り出そうとテーブルの上に置く。紙袋の絵柄から、少年が告げていた通り朱芭の好きな菓子が入っているのだろう。食事の後にでもいただこうと菓子を冷蔵庫へ入れるために袋から取り出し、包装紙を開けようとした彼女の手は、ふと止まる。包装紙に小さな紙が挟まっていたのが、目に入ったのだ。

 

 傍目から見れば、おそらくメッセージカードだろうと思い浮かぶ。お土産だけでもありがたいのに随分律儀な子ね、と感想を抱きながら、そっとカードを手に取る。朱芭はゆっくりと添えられていたカードを開き、簡単な挨拶文の後、さらにそこに書かれていた一文を目にし、――思わず息を呑んだ。一瞬呼吸すら忘れ、ドクドクと流れる心臓の音が聞こえてくるような錯覚を覚える。まさか、と思う心のまま、もう一度文章に目を通すが、そこに書かれている内容に変化はなかった。

 

 書かれている内容は、普通の文章だ。他の誰が見ても、これがどうかしたのか? と思うような一文。鳶雄や佐々木がこの文章を見ても、何も感じないだろう。しかし、この内容の意味を理解できる者からすれば、急所を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。それほどまでに、朱芭にとって無視できない一文がそこにはあったのだ。

 

『イヌについて相談したいことがあります』

 

 犬という漢字ではなく、……わざわざ『イヌ』と書かれた文章。そこに含まれている意味に、朱芭は表情を青ざめさせる。幾瀬朱芭が一般人だったのなら、『犬』について相談したいとそのままの意味で捉えただろう。鳶雄から祖母が犬好きだと聞いていたため、このカードを送った人物は世間話のようにシーサー似のワンコの扱いを表側から不審に思われない範囲で相談するだけで終わるつもりだった。しかし、裏側へ精通している人物ならば、その意図に気づく。わざわざお土産を持ってきたのは、この一文を朱芭だけに伝えるためだったのだろうと。

 

 グッと拳を握りしめ、冷静になろうと彼女は頭の回転を速める。まだ裏の人間と決まった訳ではない。本当に犬について相談したいと思っていて、こちらが勘違いしているだけの可能性も一応あるのだ。それに、ここには裏のことを何も知らない孫とその友人達がいる。もし裏の人間だったのなら、表で暮らす彼らを巻き込む訳にはいかない。それに戦力も未知数である相手に、実力行使はできないだろう。まずは、書かれている通りに話を聞き、目的を見極める必要があると判断した。

 

「何者、なのでしょうね…」

 

 自分が永くないと死期を悟ったこの時期に、突然現れた一人の少年。それは、福となすか凶となすか。どちらに転がってもおかしくない。だが、自分がやるべきことは変わらない。あの子に悪意や害意を向けるというのなら、私が決して許さないと覚悟を決める。

 

 老年とは思えないほど強い輝きを見せるその瞳は、姫島の血筋を色濃く映していた。

 

 

 

――――――

 

 

 

 真正面からぶつかる。それが、今回俺が選んだ手段だった。策なんて何もない。というより、俺には朱雀とか大人達みたいな高度な駆け引きや、交渉みたいなカッコいい会話ややり取りは無理そうだと判断した。将来的にそれだとまずいから勉強はするつもりだけど、今はそんなスキルを残念ながら持ち合わせていない。そんな俺が、遠回しに色々したって空回りするだけだろう。

 

 それなら、誤解されないように真正面から本音でぶつかる方が得意だ。タンニーンさんに昔言われたけど、『余計なことは気にせず、お前はお前らしく今まで通りにぶつかってこい』と送られた言葉もある。だから得意分野で挑むと考えれば、今回の手段はたぶん悪手ではないと思いたい。それに幾瀬のこれからのことを考えれば、俺に敵対する意思がないとその家族に知っていてもらうのは大切だ。裏の人間でありながら表の世界で生きることを選んだ人にとって、俺という存在は気になるはずだから。

 

 幾瀬家へ遊びに行くことが決定し、さりげなく幾瀬のおばあちゃんの好きなものを聞き出していた俺は、お土産と一緒にメッセージカードを添えることにした。さすがに友達の家へ遊びに来て、おばあちゃんとお話がしたいと言うのは不自然だろう。俺はこれからも、幾瀬達と友人関係でいたいのだ。それに、彼女が裏なんて何も知らない一般人である可能性も否定できない。そこで、表でも裏でも通じる一文を送ることにした。狗でも犬でも、相談したい内容があるのは本当である。ぶっちゃけ、両方について話がしたい。

 

 これまで俺は、ペットなんて夏祭りで掬った金魚ぐらいしか飼ったことがない人間だ。ラヴィニアも、生き物を飼うのは初めて。使い魔で言葉もしゃべれるワンコをペット扱いするのは自分でもどうかと思うが、実際の飼い方を知らないというのもダメな気がする。犬が好きなことや行動について本で調べたことはあるけど、あまり為になったとは言えない。それなら、犬好きの人に意見をもらおう、と思う流れは自然だろう。幾瀬の幼馴染は犬好きだと聞いたから、機会があったらそっちにも話を聞いてみたいけど。

 

 とにかく、これで反応があればいいんだけど…。幾瀬のおばあちゃんを目にした時、ふと誰かと雰囲気が似ているな、と思わず見つめてしまった。彼女の纏うオーラも、どこかで感じたことがあるような既視感を覚えたのだ。それにうっかり集中してしまって、首を傾げられた時はちょっと焦った。俺の方はいつも通り神器の効果で一般人に見えるはずだし、朱雀からもお墨付きをもらっているけど、油断は禁物。それにしても、佐々木のテンションには、いつも微妙に助けられているな。調子に乗るから、感謝は口にしないが。

 

「ふははは、喰らえ先輩っ! 後輩からの赤甲羅(プレゼント)を受けとるがいい!」

「はい、背後に忍ばせた緑甲羅(防御)

「アァァッーー!?」

 

 現在、某有名なレースゲームで激闘中。ジャストタイミングで、後輩からの妨害を無慈悲に阻止し、見事にゴールまで完走した。それにしても、相棒。いくら危機感知があるとはいえ、ゲームの中の危機まで俺に教えなくてもいいよ? なんだか、この俺でさえ「これでいいのか?」と思ってしまう能力の無駄遣いすぎる。いや、後輩に負けたくない意地はあるから助かるけど、ちょっとズルい気もしましてね…。

 

「くそぉー、俺が最下位かよー」

「いや、ちょっと休憩をしたいから俺が交代するわ。お手洗いと、喉が渇いたからついでに飲み物をもらってくる」

「あっ、はーい。了解でーす」

 

 そう言って、俺は後ろで応援していた後輩にコントローラーを手渡す。幾瀬が「俺の家なので、俺が飲み物をもらってきますよ」と立ち上がりかけたので、それもしっかり阻止した。その気配り上手な高い女子力をここで発揮しなくてもいいんだよ、幾瀬。お前、カラオケでもさらっと人数分の食べ物をお皿に分けてくれたり、インターフォン係をやってくれたり、地味にフォローする姿から秘かにブラウニー呼びをしそうになっちゃうから。

 

 とりあえず、これでしばらくは四人でゲームを盛り上がることだろう。俺は一人リビングを出て、宣言通りにお手洗いを済ませた後、幾瀬のおばあちゃんがいるだろう台所へ向けて足を進めた。二人暮らしだからかそれほど広い間取りではないけど、緊張からか少し距離が遠く感じる。俺はふぅと一度息を吐き、心を落ち着かせるように務めた。

 

 もし幾瀬のおばあちゃんが裏に精通した人間だったら、俺が話すべき内容は二つ。一つ目は、俺は幾瀬と敵対する意思がないこと。彼が望むのなら、このまま表の世界で過ごすのを見守ってやりたいし、裏の世界へ関わることになるのならそれを助けてやりたい。俺のこの気持ちをしっかり彼女へ伝えられるかが、一番大事だ。俺の後ろ盾には、魔法使いの協会、悪魔陣営、隠されているけど堕天使陣営がいる。普通ならこんな怪しいやつ、早々信じられない。それでも、幾瀬を放っておけないのは事実だし、これからのために信頼関係を築いておきたい。

 

 二つ目は急ぐつもりはないけど、幾瀬の神器の封印について聞きたい。これは信頼関係が出来ていない内に聞き出すのは無理っぽい気がするので、今回の話し合い次第になりそう。だけど、リーベくんの治療のためにもいずれ聞かせてもらわないといけない。こっちは焦らず、タイミングをはかってだろう。神滅具を完全封印するとか、秘術扱いでもおかしくないのだから。

 

 

「……よし」

 

 心の中で気合いを一発入れ、俺はキッチンへ繋がる扉をゆっくりと開けた。そして、すぐに目的の人物を見つける。幾瀬のおばあちゃんは椅子に座って、俺の書いたメッセージカードをテーブルの上に置いて待っていた。それに、ゴクリと唾を呑み込む。彼女の雰囲気が、玄関で初めて会った時とは違うと肌で感じたのだ。

 

「メッセージカードを読みました。イヌについて、相談したいことがあるようね」

「……はい」

「とにかく、おかけになりなさい。立ったまま、話す内容でもないでしょうから」

 

 幾瀬がおばあちゃんのことを優しいけど、厳しいと言っていた理由がよくわかった。彼女の言葉には、どこか逆らいづらいオーラが含まれているのだ。この状態で怒られたら、子どもなら必死に謝りそう。裏の世界で揉まれてきた俺でさえも、ちょっと気圧されそうになる。それに俺は溜まっていた息を吐き出し、意を決して彼女の向かい側の椅子へと腰掛ける。そんな俺の行動を、ジッと彼女は見つめていた。

 

 さて、座ってから考えるのもアレだが、どうやって話を切り出そうか。正直これ、これから普通に犬の相談をします、という雰囲気じゃないよね? 明らかに臨戦態勢だよね、幾瀬のおばあちゃん! 俺のやり方が真正面から果たし状を叩き付けたようなものだったから、完全にこちらを警戒されてしまっている。ここは冷静に、天気や季節の挨拶から入るべきだろうか。それともお見合いの定型文から入ってみる? うん、自分でも地味にテンパっているのがわかった。

 

「…………」

 

 ただ、それにしてもと不意に思う。こうして彼女の真っ直ぐな眼差しを直で受けることで、改めて既視感を感じたというか、とある猪突猛進少女の面影と重なって見えたような気がした。年だって大きく離れているはずなのに、不思議と彼女が俺に見せた強い輝きを放つ夕陽色と同じように感じる。彼女がこの目をしている時は、いつだって譲れない何かを語る時だった。

 

 思い出すのは、「叔母と従姉妹に会わせろ!」と身一つで堕天使の領土へ単身特攻をかましてきた姿。「姫島家を自分が変革してみせる!」と本来なら無謀とも思えるような夢を力強く語った姿。「従姉妹を認めない愚か者は全力で燃やす!」とシスコンを拗らせていた姿。いや、ある意味で彼女らしくはあるんだけど、改めて羅列するとひどいなこれ。だけど、この時の彼女に共通している気持ちはいつも一緒だった。

 

 大切に思う誰かのためなら、自分の身を業火に置くことも(いと)わない。自分が護るべき者のためなら、どれだけ周りから否定されたって諦めはしない。俺はそんな姫島朱雀の覚悟と頑固さを、半年以上傍で見続けてきたのだ。そんな彼女と同じような目をした幾瀬のおばあちゃんに、ちょっと遠い目になる。なんでよりにもよって、一番めんどくさそうな女子と似ているんだよ。朱雀が二人とか、俺なら脱兎の如く逃げ出すぞ。無茶ぶりされるから!

 

 ただそのおかげで、ある意味で冷静になれた。あいつのおかげで慣れていたから、すぐに切り替えられたとも言う。幾瀬のおばあちゃんは、ただ幾瀬鳶雄を護りたいだけなんだってわかったから。純粋なまでの決意を見せる瞳に、嘘は見えない。それなら、俺がやるべきことは一つだ。俺は彼女の眼差しに負けないように、逸らすことなくしっかりと前を見据え、丁寧に頭を下げた。それに、僅かだけど彼女の目が見開かれた。

 

 

「俺は、倉本奏太って言います。陵空(りょうくう)中学校に通う二年生で、幾瀬の一つ上の先輩です。生まれも育ちもこの街で、幾瀬とは中学校の入学式の時に出会いました。佐々木は俺と同小の後輩で、前からよく遊んでいた関係で、あいつの友だちの幾瀬とも交流を始めたのがきっかけでした」

 

 幾瀬のおばあちゃんに必要なのは、俺の情報だ。俺の背後や過去のことじゃなくて、一番伝えるべきは俺が幾瀬鳶雄をどう思っているのかだ。幾瀬を危険な目にあわせないかを見極めていた彼女にとって、俺の存在はイレギュラー以外の何者でもない。だからこそ、言葉にして伝えないといけない。俺という人間を知ってもらわなければいけない。人は未知を恐れる。知らないから、理解できないからこそ、拒絶してしまう。それがその人にとって大切なものだというのなら、なおさら真摯に向き合わなくてはならない。

 

「俺はゲームや漫画、アニメが好きで、それについてみんなでよく話をしました。佐々木に引っ張られて、一緒にゲーセンにも遊びに行きました。カラオケなら、男子特有のバカ騒ぎをしながら幾瀬の気配りっぷりに感心しました。さっきだって、レースゲームで幾瀬が一位でゴールしそうになった瞬間に、全員でアイコンタクトをとった後に落雷で動きを止めて、トゲ甲羅をブン投げて、スターでぶっ飛ばすコンボが見事に決まってみんなで祝勝をあげました。『大人げない!?』って、後でめっちゃツッコまれました。幾瀬はリアクションが良いのもあるけど、ちゃんと笑って仕方がないなって心から許してくれるんです」

 

 俺ならいじめかこのやろう! と普通に怒る。だけど、幾瀬はそういう時に笑って受け入れてくれるのだ。幾瀬のすごいところは、理不尽な仕打ちにはちゃんと怒りを見せるけど、こういったことには懐が深い事だと思う。人から頼まれたら、断れなくてなんだかんだで引き受けているし。それがわかるから、佐々木や他のヤツらもちょっと弄りながらも、幾瀬のことを友人として大切にしているのだ。

 

 ちなみにずっと受けっぱなしはストレスになるかもしれないから、時々やり返してもいいぞ、と俺が秘かに立場逆転に向けて発破をかけているんだけど、今のところ幾瀬からは首を横に振られてしまっている。良いヤツ過ぎるぞ、幾瀬鳶雄。もうちょっと猛禽類的な名前っぽいところを見せないと、マジで陵空(りょうくう)のブラウニーになっちゃうぞ。今度スパナでも持たせてみようかな。

 

「そういう幾瀬の人が良いところが心配でもあり、俺がこれからも友達でいたいと思える部分だと思っています」

 

 伝えるべきことをまずは伝え、そこまで言い切ると俺は幾瀬のおばあちゃんからの言葉を待った。朱雀の時もそうだったけど、あの当時の俺は彼女について何も知らなかった。突然現れたと思ったら突拍子もないことやらかして、だけど気づいたら信じてしまっていた。それは、彼女に嘘がなかったからだ。彼女が朱璃さんや朱乃ちゃんを思う気持ちは本物だと理解できたから、彼女が何者だろうと、何を思おうと俺は信じられたのだ。それはきっと、朱雀も同じだったと思うから。

 

 しばらく、お互いに沈黙が続いた。だけどその静かさは、最初にあったピリピリしたものとは違うことがわかる。先ほどまでとは違い、どこか戸惑ったオーラを感じるが、上手く彼女の感情を拾うことが出来ない。たぶん、そういった技術を元々持っている人なんだと思う。俺の中で、幾瀬のおばあちゃんが裏の関係者だろうという当たりはつけられたけど、結構深いところまで精通している人なのかもしれない。

 

 そこまで思考が働いていたが、向かい側に座る彼女が小さく息を吐いたことで、ピンと張った糸のような緊張感がようやく霧散したのがわかった。俺と真っ直ぐに目を合わせる彼女の目からは、少なくとも先ほどまでの苛烈さは見当たらない。ようやく落ち着いて話が出来そうだと、俺もホッと息を吐いた。

 

 

「……鳶雄は、良い子かしら?」

「俺の心の中で、そろそろブラウニー認定されそうなぐらいにはお人好しですよ」

「そう、私はあの子を誰よりも思いやりを持った優しい子となるように育てたわ。あの子が将来、背負うことになる運命に絶望しないように」

「幾瀬は確かにお人好しだけど、自分が納得できないことはちゃんと跳ね返します。それにあいつ、結構負けず嫌いなんですよ。弱みとか絶対に見せるか! ってすげぇ意地を張るし」

 

 ゲーセンのUFOキャッチャーで、俺と佐々木だけが賞品を取れた時、絶対に自分も取ると目がギラギラしていたからな。それで失敗しまくってお金が無くなりそうで、ちょっと涙目になった幾瀬にそっと五百円玉を差し出そうとしたけど、情けはいらねぇ! というキリッとした顔で断られた。それからちゃんと自分の金銭でやっとゲットして喜んでいたけど、暫くはお金のかからない遊びをしてやれよ、と佐々木へ視線を向けたら、無言で頷いていたな。こういう時の後輩は、ちゃんと空気を読めるやつである。

 

 お互いに決定的な部分には触れずに会話を進めるが、それでも必要な部分は外さずに口に出していく。ぶっちゃけ俺の場合、自分の背後関係がとんでもなさすぎるから、まずは信頼してもらわないと先に進みづらい。朱雀に真実をぶちまけたら、「マジで何なのコイツ?」という目を無遠慮に向けられた過去があるからな。人脈に関しては、自分でもどうしてこうなったと時々遠い目をしたくなるので、反論できないけど。

 

「あなたは、鳶雄とこれからも友達でいたいと言ったわね」

「はい。あいつがこれから先どんな道へ進もうとも、……友達として、先輩としてそこにいたいです」

 

 ずっと傍にいるのは、物理的に難しいかもしれない。学年だって違うし、俺は魔法使いとしていずれ外国へ旅立たないといけないから。それに、幾瀬には幾瀬の進みたい道だってあるだろう。それでも、後輩が道を誤りそうになっていたら叱ってやって、困っていたら颯爽と助けてやれる、そんなカッコいい先輩ではいたい。表でも、裏でも。それが、俺の素直な気持ちだった。

 

 そうして、また無言の時間が流れたけど、幾瀬のおばあちゃんは、深く――深く盛大な溜息を吐いた。なんだか疲れているように見えるし、ちょっと頭が痛そうに手を当てていた。えーと、大丈夫ですか? あんまりお年寄りの人に無理はさせたくないんだけど。少し焦ったが、「自分の中で整理をつけていただけよ」と乾いた笑みを浮かべられた。なんかすみません。いつも勢いで突っ込んでいるものでして。

 

「それにしても、随分場数を踏んでいるのね。鳶雄にこの空気を出すと、すごく挙動不審になるのよ」

「最初はガチガチになりましたけど、あなたとよく似た友達がいたおかげで慣れていました」

「その答えは予想していなかったわ…」

 

 もっと疲れたようにこめかみに手を置かれたけど、その仕草がなんだか朱雀とそっくりで、不思議な気分になる。やっぱりどこかで、彼女のことを他人に思えない。そういえば、幾瀬の呆れた時の雰囲気とかにも少し似ているかも。俺、そんなに普段から朱雀を呆れさせていたんだろうか。記憶を辿るのは、地味に心にきそうだからやらないけど。

 

 

「さて、とりあえずお茶を入れるわね。あまり時間はないでしょうけど、お互いに知らなければいけないことは多そうだから」

「あっ、はい。ありがとうございます。俺も手伝いましょうか?」

「それなら、そこの戸棚に入ってる湯呑を取ってくれるかしら」

「わかりました」

 

 それから俺が湯呑を用意している間に、彼女は瞬時に印を組み、人払いの術を発動させた。今から話す内容は、幾瀬達には万が一にでも聴かせられないからな。どうやら、もうそのあたりを隠すのはやめたらしい。それにしても、今のは朱雀と朱璃さんから教えてもらった日本の術式の一つだ。確か日本の方術、神道、陰陽道は、『隠す』『退ける』といった『祓い』に秀でた力とされている。なんだか、さっきから既視感が多いような気がするな。

 

 それから俺は湯呑に入れられた湯気の立つお茶を、ゆっくりと喉に流した。やっぱりそれなりに緊張はしていたのか、温かいものが流れ込んでくる感覚にホッと人心地つく。それにしても、このお茶マジでおいしい。クレーリアさんが、地味にお茶に嵌まっていたからお土産にどこの茶葉なのか聞いて帰ろう。

 

「……躊躇なく飲むのね。警戒ぐらいするかと思ったわ」

「ぶほっ……!?」

「ふふっ。安心して、普通のお茶よ」

 

 神妙に告げられた台詞にギョッとしたが、そんな俺の表情を見て、小さく噴き出された。どうやら揶揄われたらしい。いや、俺には状態異常を無効化する能力(物理)があるから、大丈夫と言えば大丈夫なんだけど、確かに無警戒すぎたかもしれない。まぁ、彼女から嫌な感じがしなかったのもあるけど。俺、本当に相棒がいなかったら、裏の世界で生きていく自信がないです。

 

「そうね、まずは何から話せばいいのかしら…。こんな風に鳶雄のことを他者に語ることになるなんて、思ってもいなかったから」

「あぁー、俺もどこからどう話せばいいか」

「とりあえず、まずは自己紹介からね」

 

 こほん、と一つ咳払いをすると、幾瀬のおばあちゃんは俺へ向け、にっこりと微笑みを浮かべた。

 

「私は幾瀬朱芭(あげは)。鳶雄の祖母よ、よろしくね」

「……えっ、朱芭(あげは)? あれ、その名前って確か数十年前に姫島家を追放された人と同じ名前じゃ――」

 

 俺は今、自分がやらかしたことに気づく。珍しい名前だったから、うっかり口に出してしまった。明らかに、おばあちゃんの笑顔が絶対零度になったよ!? やばい、たぶん俺、さらっと地雷を踏んだっ! 普通、姫島にとって汚点とされる追放者の名前なんて、秘匿している情報を俺みたいな人間が知っている訳がないじゃん! えっ、ということはまさかのご本人ッ!? そう考えれば、同じ姫島である朱雀にどこか似ていたのも納得だけど、この俺のやらかし癖はちょっとどうにかしないとまずいよね!

 

「……ふふふふっ、ちょっとキリキリ吐いてもらおうかしらね」

「お、お手柔らかにお願いします」

 

 真剣に土下座する勢いで頭を下げた。神器のことや朱乃ちゃんのことはさすがに詳しく言えないけど、魔法使いの協会に所属していることや、朱雀との同盟関係、たぶん神器症の治療のことまでは勢いで言っちゃった方がいい気がする。どうして姫島朱芭さんの名前を知っていたのか、絶対に言及が来ると思うし。数十年前に追放された人の名前なんて、普通覚えている訳がないからな。

 

 ……あれ、ちょっと待てよ。朱芭(あげは)さんが朱雀と親戚関係ということは、その孫である幾瀬とも親戚ということだよな。つまり、幾瀬も姫島の人間? 原作でも三人しか姫島の登場人物を知らなかったのに、この一年で姫島の血筋を持つ人間に五人も俺は出会っちゃったぞ。えぇー、世間がちょっと狭すぎやしませんか。とりあえず、幾瀬に姫島のドSの血が覚醒しないことを祈るしかない。お前は癒し枠のノーマルのままでいてくれよ、幾瀬!

 

 こうして、幾瀬朱芭(いくせあげは)さんとの邂逅を果たした俺は、ぺこぺこ頭を下げながら事の顛末を語ったのであった。

 

 

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