えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 読者の皆さんの感想が、色々鍛えられすぎな件…(´・ω・`)ナンテコッタ


第百二十二話 本能

 

 

 

 襲撃者達が第六の鳥居に辿り着くよりも少し前――

 

 罠の最終確認を終えた倉本奏太は、山の木々にオーラを紛れ込ませながら、目を静かに閉じてこれからのイメージを固めておく。半分以上を気絶させることができたので、残る襲撃者は八人ほど。まだまだ油断はできないが、少なくともここまでは想定通りに動いていることにホッと小さく息を吐いた。

 

 姫島家のみんなと出会い、その家族の未来を護る決意を固めた奏太は、この約一年間で多くの準備を行ってきた。山全体に仕掛けた札束でぶん殴って作成されたミルキートラップ群、姫島朱雀の協力によって得たエグイ日本の技術、最高峰の錬金術師の力添えで作られた泥人形(数の暴力)。そのどれもが十分に相手の心をへし折るかの如くひどいものだったが、それでもまだ彼の中に不安は当然ながらあった。

 

 リュディガーから受け取ったゴーレムを第五の鳥居の先へ大量に放った時、奏太は顎に手を当てて思案したことがある。もし例の襲撃者が第五の鳥居さえも越えるとしたら、どんな状況だろうかと。自分で仕掛けた罠だが、『雷光』にえげつないと言わせたのだから、それなりに自信はある。しかし、術封じと武術封じを行っても、リュディガーとの話し合いで考えたようにブチ切れて裸族になってでも迫ってくる可能性は否定できない。

 

 そうなった場合、式紙も魔法少女もネチョネチョもそれほど効果を発揮できなくなるだろう。なんせ、相手はとんでもなくブチ切れている状態なのだから。今更社会的な部分に目を向けられるような余裕なんてわかないと考える。十全な解放感に身を包んだ裸族軍団相手に、生半可なやり方では気にも留められないだろう。さすがにそこまでいくと、もう彼らを止める手段がほとんどないため、緊急避難用のザゼルガァーの必要性を必死にアザゼルへ説いたのだ。

 

 倉本奏太は、自分の力を決して過信していない。例え冷静さを奪った襲撃者相手でも、精々数人を相手にするのが限界だろうし、負けることはなくても姫島家へ何人かは突破されるだろう。しかし、数ヶ月前に新たな手札が切れるようになったことで、ブチ切れた彼らにだからこそ効く方法を考えた。もう何も怖くない状態の彼らを、再び恐慌状態にして冷静さを失わせる方法を。注目すべき点は、相手は実力者で複数だが『人間』であることだ。

 

「ワンコ」

「はい、ボス」

「リン」

『格納庫へ行って、無事に朱璃達と合流できたよー』

 

 二度目の襲撃を懸念していた彼は、一度目の襲撃後から常に動けるように準備していた。そのおかげで緊急事態に気づいてすぐに動けた人間は、倉本奏太一人だった。しかし、もしものためにラヴィニアの使い魔である彷徨大元帥ファイナルデスシーサーを手元に預かっていたのだ。ラヴィニアにも連絡を入れているが、さすがに『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』からここまですぐに来るのは難しいだろうし、奏太のように山に詳しくもない。それでも、朱雀との約束を守るため彼女なりに出来ることを奏太へ託していたのだ。

 

 また使い魔であるリンとは思念で念話ができるため、連絡係として働いてもらっている。彼らを生け捕りにして、姫島へのカードとして突き出す場合、ドラゴンが堕天使側にいると思われるのは得策じゃない。何よりリンの保護者として、裸族集団を年下の女の子に見せちゃいけないと後方支援をお願いしたのだ。一緒に後方に下がりたそうなワンコは堂々と道連れにしたが。

 

「しかし、ボス。『それ』を使いますと、罠の一つが不発になってしまいますが」

「たぶん、問題ないかな。これは陽動目的でしかないし、『本命』に繋げられればそれでいい。それにジゾーくんから見ていたけど、残っている集団に女性はいないみたいだった。なら、アレが女性には効かないことをあいつらは知りようがない。しばらくはそれに気づかないだろうし、勝手に警戒してくれるだろう」

 

 ここまで来た彼らなら、単独行動がどれだけ危険か身に染みて理解している。事実、彼らは集団で固まって、空と地でそれぞれ役割を分けて対処を行っていた。武器を持つ者が式紙を、術を使う者が泥人形を、レボリューションされたら即座にエボリューション(裸族へ進化)する。これぞ姫島の山を攻略するために築き上げたRTAだった。

 

 さすがはプロだからか、すでに彼らにとって罠の解除は作業感覚となってきている。人間から社会性を奪って追い詰めるとヤバいことになるとよくわかる事例であった。彼らは既に人間性を捧げ、本能のままに動く野獣と化している。追い詰められた精神と山の神秘に当てられ、見事に野生が解放されていた。

 

「可憐な乙女を護るためなら私自身やる気はありますが、敵が酷すぎてテンションはがた落ちですな。ボスは今からやることも含めて、よく平然としていられますね」

「……相棒にとってあいつらまとめて全部教育に悪いからなのか、俺にはほとんどモザイクにしか見えないんだよ」

「それはそれでどうかと…」

 

 襲撃者達の気配を辿る奏太は、ファイナル・デスシーサーへ非常に遠い目で告げた。全裸集団は見事に彼の神器からR指定基準を受けていたらしい。ヤバい連中が山の中を駆けまわっているのは知っているし、相手の動きもしっかりわかるが、肝心なところはモザイクという安心設計。槍さんの過保護は今日も絶好調であった。

 

 

「さて、そろそろか。リン、『最後の罠』が成功したら合図するから、ラストはそっちでよろしく頼む。あと失敗したら、即座に離脱な」

『オッケー、こっちもヤル気満々だよー。うちの娘の教育に悪いものを見せびらかすなんて、うふふふ――って朱璃がすごく良い笑顔で笑っているから』

「……あっ、恐怖よりドSスイッチの方が勝ったんだ」

『それとカナ。あとでお話だって』

「……はい」

 

 最初の魔法少女がジゾーくんの映像に映る瞬間には、愛娘の教育のために画面を消して、後はイヤホンで状況を把握することにしたお母さん。そういえばと奏太の酷過ぎる罠群を思い出し、何度目かわからない頭痛を起こしていた。感謝は当然あるが、味方にも恐ろしく被害がいく方法すぎる。なお、外の様子が気になる娘もさすがに母の尋常じゃないドSオーラを見て、大人しく待つことにした。大変良い子である。

 

「ボス、私の役割は変わらずでよろしいですかな?」

「あぁ、仕込みが成功しても失敗しても、『時間稼ぎ』を頼む」

「了解ですぞ。美しき女性達の笑顔を護るために、シーサーの本気を見せてやりましょう!」

 

 そこまで話し合うと、迎い討つべき敵が第六の鳥居の近くまで来たことを悟る。目線で定位置につくように促すと、ファイナル・デスシーサーも無言で頷く。奏太は神器の能力で瞬時に木の上へ登り、全体を見渡す。目の前に広がるのは、周りが木に囲まれた開けた場所。ここを越えられると、姫島家まで目と鼻の先になる。ここだけは、越えさせるわけにはいかない。

 

 バラキエルから指導を受け、姫島朱乃と一緒に訓練を行ったことで、この一年間で銃の扱いはだいぶマシになっただろう。アジュカとの『概念』修行の成果もあり、書き換えた光力に指向性や範囲指定などのある程度の細かい指示も出せるようになった。日に日に実力をつけていく朱乃との的当て勝負で、バチバチと雷光で複数の的を打ち抜く彼女と相対できるように頑張ったのである。兄としての威厳は保ちたかったらしい。

 

 しかし、さすがにプロ相手だと確実に当てられるのは、今の油断しきっている間に撃つ一発だけだろう。射撃が来るとわかれば、彼らはすぐに対応してくる。だから必要なのは、その一発で彼らの『足』と『思考』を確実に止めること。そして彼らが動けなくなった一瞬を逃さずに、『最後の仕込み』を行うことの二点。そこまで出来れば、後は上手く立ち回ればいい。

 

「社会性を捨て、野生を解放し、本能の赴くままに動く。それは確かに強力な一手だろうけどな、同時に大きな弱点だって存在する」

 

 人は、何故衣服を身に着けるのだろうか? 産まれた時は誰もが裸なのに、世界中にいるほぼ全てのヒトが自主的に衣服を着る。それは法律で定められているからでもあり、ヒトが文化的に生きるために必要なマナーでもあり、衣服がないと大変困った事態になったりするからだろう。故にその困った事態を、無理やりにでも引き起こす。

 

 光力銃を左手で握り、右手にもう一つの『銃』を構える。狙いはすでに決まっている。あの集団の中で一番年齢が若そうで、しっかりした肉体美だからなのかモザイクの量が少ない人物。アザゼルやシェムハザから暗殺者としての適性があるように言われた一番の理由は、『概念消滅』の異能のおかげで相手が裸族軍団だろうと変態だろうと冷静に対処することができるからだ。あとで朱璃からの説教の量は跳ね上がるだろうが。

 

「肌色率がヤバめだった『ハイスクールD×D』の世界観らしくってね」

 

 その時の少年の笑みは、間違いなく地獄の主の名にふさわしかったと後にワンコは語った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 レボリューションからエボリューションした襲撃者達は、解き放たれた本能のままに山を駆け抜けていた。すでに魔法少女やネチョネチョを乗り越えた彼らには、巻き起こるフラッシュさえ目に映らない。もうここまで来たら、意地でも目的を果たさないとやっていられなかった。

 

「キエェェェエエイッ!!」

「ふぉぉおおおぉぉッーー!!」

「ふんっ! ふんっ! フゥンンゥゥンンッ!!」

 

 奇声を上げまくる男共の雄たけびがこだまする。式神を一刀両断し、迫り来る泥を術でかき消し、どれだけ素早くパージができるかを極めだす。第五の鳥居を越えるためにブチ切れたテンションのまま、第六の鳥居まで彼らは真っ直ぐに迫っていた。上方へ目を向ければ、山頂まであと少しでたどり着くだろう。

 

「もう少しだッ! もう少しで我らの苦労が報われるぞっ!!」

「ふはははははっーー! もう誰も俺達を止められねぇッ! 堕天使どもの罠もここまでのようだな!!」

「そうだ、勇敢なる戦士達よ! 儂らが恐れるものなどもう何もない! ただ前を向いて進むのじゃァァーー!!」

 

 第六の鳥居までたどり着いた襲撃者達の顔には、興奮でギラギラした笑みが浮かびだす。覚悟の末に人間性を捨てた自分達に、今更どんな卑劣な罠が待ち受けていようと止まる訳がないと進軍は進む。膨れ上がった『雷光』への憎悪はすでに天元突破していた。もう絶対に堕天使は許さねぇ! と熱気によるボルテージの上がり具合がヤバかった。

 

 だからこそ、その一撃に気づく者はいなかった。

 

 

「――あっ?」

 

 木々が生い茂る雑木林の中から、明確な意思を宿す一筋の光線が放たれた。それに襲撃者達の反応が、一歩遅れる。ここにいる全員が、何者の気配も殺気も感じられなかったからだ。この山には姫島の母娘と自分達しかいない、と冷静さを失ったことで視野が狭まっていたため思い込まされていた。その隙をつかれた一撃だった。

 

 不意打ちからの射撃に、なすすべもなく仲間の一人が光線をあびる。二十代の青年が謎の光に包まれた姿に誰もが目を見開いたが、瞬時に防衛体制を築き上げようと動き出す。これ以上の射撃による攻撃を防ぐために、もはや反射のように身体が動いた。そこは人間性を失っていたとしてもプロ。運悪く射撃の一撃を受けてしまった仲間の犠牲を無駄にしないためにも、足を前に進ませようと思考したが――

 

 光が消えた瞬間にたゆん、と揺れた魅惑の肌色にその思考は奪われた。

 

『…………』

 

 本能全開だった男共の足が、全員止まった。

 

 

「え、えっ……? は? えっ? 乳が、生えた……?」

『ぶほっ…!?』

消滅せよ(デリート)

 

 大混乱中の当事者と『異性』の裸体をガン見してしまった何人かが鼻血を噴き出す大惨事を無視して、そのまま光力銃による無慈悲な二撃目が追加される。最初の一撃目は、ようやくお披露目された堕天使お手製の技術『性転換銃』だった。野生が目覚め、本能のままに衝動を爆発させていた男共の中に、突如異性を放り込んだらどうなるか。馬鹿と罵られてもいいさ、だって男だもん…、と哀れな襲撃者達の反応にワンコは達観しながら語った。

 

 裸族になった相手が集団で固まって行動していることを考え、そこに狙いをつけた。『ハイスクールD×D』の原作では、主人公の性欲を敵に利用され、窮地に陥る場面が何回かある。その状況を意図的に作り出したのだ。全員の足が止まり、避けたり防御したりするために必要な思考を今は割けない。それを待っていた地獄の主はモザイク集団へ向けて、最大出力で光力を容赦なく撃ち放ったのだ。

 

 光力銃という武器が出来上がるまで、槍の穂先にしか能力付与の効果がなかったため、奏太は今まで点と線でしか攻撃ができなかった。しかし光力は不定形であり、自由に形を変えられる。最大出力で放たれた光力は宿主の『概念消滅』の能力を籠められたまま、襲撃者全員に当たるように分裂した。制御する数が増える分、当然難度は増すが足が止まった状態の相手なら問題ない。威力は落ちるが、そこに籠められた『異能』は襲撃者達へと送り込まれた。

 

「ガァァッ!」

「くっ、何だ!?」

「ふ、不覚…。おのれ堕天使めッ! こ、このようなふしだらな攻撃をっ……!?」

「まったくだ! 貴様らに常識はないのかっ!?」

 

 裸族集団(お前ら)には言われたくない、と少年は心の中でR指定のモザイク共へ告げた。

 

「……痛ッ。だが、この程度なら…」

「『雷光』が籠められていたようだが、威力を分散させた所為で大したダメージにはなっていないらしいな」

「はっ! つまり相手は欲張った所為で、絶好のチャンスを無駄にしたということか…」

 

 もし二撃目の光力を分散させずに撃っていれば、この中の一人ぐらいは落とせていただろう。だが、射撃の主は判断を誤った。一気に全員を倒そうとでも考えたようだが、あの程度の威力では自分達を倒すには足りなかったのだ。それに嘲笑を浮かべる襲撃者達に、もう先ほどまでの油断や慢心はない。『性転換光線』には驚かされたが、二度も同じ手には引っかからない。迫ってきた式紙や泥も、彼らは冷静に対処していった。

 

 

「まっ、そうだよな」

 

 最初のポイントから移動し、奏太はすぐさま性転換ビームを撃ちこむが、敵の剣士に妨害され、カウンターで術がこちらに向かってくるのを素早く避けて移動する。性転換銃は陽動にしか使えないだろうことは、最初から分かっていた。この山に入ってから、襲撃者達にとって予想外の展開ばかりが起き続けているのだ。それを立て直す速さも上がるのは当たり前だろう。このまま性転換銃で進路を邪魔することはできるが、間違いなく数人は抜けられる。

 

「だからこそ、『仕込み』をさせてもらった」

 

『妖艶な人妻とめんこい幼女を傷つけようなどと、万死に値するッ! 紳士はノータッチの精神を持たんかバリアァァァッーー!!』

 

 彷徨大元帥ファイナルデスシーサー。守護に特化した性能を持ち、原作ではメインヒロインであるゼノヴィア・クァルタの使い魔になるほどの実力を持っている。彼が守護(まも)ると決めた時の防御力は、ミルたんの拳さえ最初は弾き飛ばしたのだ。彼らの進路をふさぐように現れた強固な壁に、襲撃者達は息を呑む。自分達を取り囲むように展開された結界だが、彼らの足は止まらなかった。

 

「……ッ、嘗めるな! これほどの広範囲にわたる結界、早々長持ちはせん!」

「ここが正念場だっ! ありったけの術と力を打ち込め!!」

「おそらくこの結界は、『雷光』が来るまでの時間稼ぎのためだろう! ここを突破すれば、我らの勝利だッ!!」

 

 攻防戦の最終決戦。ファイナル・デスシーサーは歯を食いしばりながら結界を維持し、奏太は性転換銃と光力銃で撹乱(かくらん)し、式紙と泥人形が四方八方から襲い掛かる。しかし襲撃者達も全てを出し切る勢いで刀を振るい、法術を撃ち、瞬間パージし、的確に結界へダメージを蓄積させていく。

 

 数分間の激しい攻防は、徐々にその結果を表していった。ピシリッ、と罅が割れ出した結界に、襲撃者達の猛攻はさらに力を増していく。もう長くは持たないだろうことは、誰が見ても明らか。式神も泥人形も性転換銃も、もはや彼らを止める手段にはなり得ない。襲撃者達は興奮からか震えだした身体に叱咤を入れ、最後の攻撃へと繋げていった。

 

「結界を破壊次第、すぐに『雷光』の妻と娘を確保するのだ! 数人は儂と残り、結界の維持者と邪魔者を捕えよッ!!」

 

 長と呼ばれた男が、興奮に白い息を吐きながら仲間へ向けて果敢に指示を出す。

 

「もうすぐだ、もうすぐ堕天使どもに鉄槌を下せるッ……!」

 

 手を伸ばせば届く距離まで目標が見えてきたからか、興奮に男の身体はさらに震えだす。緊張からか強張りだした刀を持つ指にさらに力を入れなおし、式紙を斬り割いた。

 

「は、はははっ…、いける、いけ、る…ぞ……!」

 

 一瞬ぐらりと揺れた視点に別の男は困惑しながらも、特に『不調』を感じないことから(かぶり)を入れる。先ほどまで『不思議と』止まらなかった震えもなくなったはずなのに、今度は一定しない思考回路に疑問が起こる。しかし、それすらも時間が経つにつれて『不思議と』どうでもよくなってくる。

 

「結界を壊し、て、あっ…? なん、で……?」

 

 結界に一撃を見舞った男の手から、『うっかり』刀が零れ落ちる。慌てて刀を持ち直すが、何故か刀を握っているはずの手の感覚が鈍い。強く握っているはずなのに、それがわからない。わからなくなってくる。

 

「なん、何なんだ、これは…。 身体が……思う、ように…う、ごか、ない?」

 

 そして、ようやく気づく。自分達の変化を。身体に起こる危険信号を。あと少しで破れたはずの結界へ向かう一歩が、どうしても踏み出せない。何故そうなったのかの過程が理解できなかった。最初は毒かと思ったが、毒耐性は事前の準備で行ってきたはずだ。何より異変や予兆があれば、確実に気づくはずだろう。それなのに、ここにいる八名全員が気づかなかった。理解できなかった。

 

 思考が纏まらない。身体が言うことをきかない。息が乱れ、心臓の音が不規則に感じてくる。明らかにおかしいはずなのに、不思議と不安が感じられない。それどころか、もう眠ってしまいたくなる。時間が経つにつれて、戦意が失われていく男たちと並行して、何故か式神と泥人形の動きも鈍くなる。それでも、襲撃者達の動きを止めるように罠たちは活動し、すでに動くことすら億劫になっていた者たちは次々に地面へ倒されていった。

 

 

「うーん、なるほど。さすがにこの『環境』は、紙や泥にも厳しかったか」

 

 ポツリと呟かれた先に立っていたのは、フードを被った一人の子どもらしき姿。倉本奏太は、襲撃者達の身に何が起こったのかをよく理解していた。だから、慎重になりながらも姿を現したのだ。動けなくなった襲撃者の内、異性にしてしまった者に再び性転換銃を当て、動きが鈍くなっていた泥人形をブン投げて物理的に拘束しておく。慢心駄目、絶対。

 

 長は微かに残る理性で少年を見つめ、明らかに不自然な出で立ちに眉を顰める。何故ならその子どもは、『防寒具』を身に着けていたからだ。だいぶ日が落ちたとはいえ、まだまだ夏の暑い日が続く中、あんな厚着をするなど熱中症になってもおかしくない。むしろ馬鹿じゃないかとさえ思う。裸族となった襲撃者達が山の中を問題なく駆け回れたのだって、その暖かな気候のおかげだったのだから。

 

 そこまで考えて、長は気づく。第六の鳥居に来るまで感じていたはずの『暑さ』が、今は全く感じられないことに。地に伏せ、自分の口から吐かれる白い息にカチカチと歯が鳴る。先ほどまで興奮で気づかなかった変化を、ようやく脳が『認識』したのだ。

 

「何故って顔の人も多いけど、動けなくなって当然だろう。こんな『寒さ』の中、裸でいるんだからさ」

 

 人間は恒温動物である。人間の身体は、暖かく重要な臓器が詰まった中心部を、それよりも温度の低い筋肉や脂肪や皮膚で覆うという構造になっている。人間の皮膚、脂肪、筋肉は、外界の干渉から生命維持に大切な器官を護るためのもの。そして衣服とは、人間が自ら体温調節をするために必要な要素なのだ。服を脱ぎ捨てた裸族達は脅威であったが、だからこそ逆にその『弱点』を突かせてもらったのだ。

 

「ちなみに、種はみなさんの足元に『最初から』展開されていた初級魔法だ。よく飲み物を冷やす時に使うような、簡単な冷却魔法だよ」

「ば、かな…」

 

 少年の言葉に地面を見れば、どうして今まで気づかなかったのか理解できないような、この辺一帯を囲む大型の魔方陣が輝いていた。彼の言う通り、術者なら誰でも使えるような初歩的な魔法。これだけの大きさなら、確かに数分あれば辺りの気温をマイナスにまで下げられるだろう。しかし、最初からこんな魔方陣が張られていたのなら、自分も含め誰かが確実に気づくはずだ。それなのに、まるでそこにあることがわからなかった。

 

「ま、さか…、結界を…儂等の周りに張ったのは、『雷光』への時間稼ぎや、儂等の行く手を阻む…ためでなく……」

「あぁ。冷気を外へ逃がさずに、あんたらが凍えるまでの『時間稼ぎ』のためだよ」

 

 戦いとは、事前の準備によって勝敗を大きく分ける。彼らを『倒す』ための準備は、襲撃者達が第六の鳥居へ足を踏み入れる前からとっくに完了していたのだ。彼らの足元に展開させていた魔方陣は、神器の能力で存在を隠されていたもの。術に詳しい姫島朱雀や野生の直感を持つリンでさえ、感知できなかった組み合わせだ。魔法を発動させるには、魔方陣を展開させるのが常識。その魔方陣が感知できなかったが故に、彼らは魔法が使われていることを認識できなかった。

 

 しかし、さすがに彼らだって周囲の気温がだんだんと下がってきたら気づくだろう。術で寒さを防護したり、魔法少女になる罠をあえて受けて防寒着の代わりにしたりできた。だが、襲撃者の誰もがそれを行わず、下がり続ける気温に気づくことなく、不調を訴える身体の信号に目を向けることができず、最後は寒さに身体が耐え切れずに地に伏したのだ。そう彼らが一番理解できないのはそこだろう。どうして『寒さを認識することができなかったのか』を。

 

 今回奏太が籠めた異能は、そんな単純なものだった。だからこそ、実力者である複数の相手へしっかり効果を発動させることができたのだ。彼らの意識を完全に奪うことや、能力を封じるといった大技も考えたが、敵の力量は不明の状態だったため、下手な博打は打てない。奏太は決して自分の力量が、高いとは思っていないのだから。

 

 自身が弱いと理解しているからこそ、常に相手の弱点と優位性を探し出し、そこからメスを入れるように心がける。それを決して敵に気づかせないようにしながら、無意識に油断させる。現に彼らは、己の細かい変化に気づけなかった。彼らにとって『致命的な弱点』が狙われたことに、攻められていたことがわからなかった。性転換銃で気を逸らし、全員に『異能』を打ち込めた時点で、全ての仕上げは終わっていたのだ。

 

「どうして気づけなかったのか気になるだろうけど…。そこは悪いが、企業秘密ってやつだ」

 

 人差し指を一本口元に当てながら少年が笑みを浮かべると同時に、地響きが山全体を揺らし出す。何故わざわざこうやって姿を見せて、ネタ晴らしする時間を取ったのか。単純に魔法力の限界によって、冷却の魔法の維持がすでに出来なくなっていたためだ。万が一、形振り構わず逃げ出されないようにするため、これもラストを飾るための『時間稼ぎ(追い打ち)』。彼らは、大変お怒りになっている地母神様のドSを静めるための大切な生贄なのだから。

 

 にっこりと良い笑顔で、倉本奏太は容赦なく襲撃者達の心を圧し折るためのトドメのGOサインを出していた。

 

 

 山の中に重々しい太鼓の音がリズミカルに響き渡る。軽快なラッパの力強い音が鳴り響き、それに合わせるようにデンドンデンドンとイントロが流れ出す。度重なる理不尽を受けてきた襲撃者達の目が、「えっ、俺達もう限界なんだけど…」とハイライトが消えだした。地響きと共に山頂付近が割れ出し、徐々にそれが下からせり上がってくる。文字通り姿を現した最終兵器は、沈む直前の黄金の光を浴びながら堂々と仁王立ちしていた。

 

『うふふふっ…。よくもさんざん子どもの教育に悪いものを見せてくれたものねぇ…』

 

 仁王立ちどころか、仁王その者かのようなオーラを纏ったドSが降臨する。山のてっぺんに静かに佇むザゼルガァーから流れる鈴を鳴らしたかのような女性の声。穏やかな口調のはずなのに、聞いている者全ての背筋を凍らせるかのような冷徹な響きが耳に入る。

 

 十五メートル級のロボが自分達を見下ろしていることに気づいた襲撃者達は、必死になって逃げようともがくが、泥と魔法少女と寒さで凍えた身体ではまともに動くことも叶わない。しかもこんな開けた場所では、隠れることも不可能だった。そしてちゃっかりワンコを抱えて安全圏に避難した奏太は、一緒に手を合わせてご冥福を祈った。

 

『やっぱり、お仕置きが必要よねぇ?』

 

 ザゼルガァーの右腕から暗黒の炎が噴き出し、身動きできぬ襲撃者達へ着火。悲鳴が上がる。

 

『あらあら、まだ元気そうね? じゃあ、もう一発』

 

 躊躇なく左腕から黒炎があがり、再び襲撃者達へ襲い掛かる。絶叫が轟く。だが、両腕が無くなったザゼルガァーに、ぴくぴくと痙攣をおこしながらも襲撃者達は顔を上げ、ようやく解放されたと思ったのも束の間。

 

『まだまだいけそうですわね』

 

 ドSは止まらない。両腕に暗黒の魔方陣が浮かび上がると同時に、爆破したはずの腕が再補填される。アザゼルの改造によって、操縦者の『嗜虐』の心を糧にエネルギーを補給するようになったザゼルガァーは、朱璃の溢れんばかりのドSの本能に呼び覚まされ、その興奮を受けるようにビカビカと目を光らせていた。絶望しかない。

 

『はい、もう一発! もう一発! おまけでもう一発!』

 

 お茶目な掛け声と一緒に、断末魔に近い声と煙が次々と上がる。まるでこれまで抑圧されてきた九年間をぶつけるかの如く、朱璃のドSの興奮を糧にザゼルガァーは火を噴き続けた。

 

『うふふふふ。どこまで耐えきれるのかしらね? ねぇ、襲撃者の皆さん。子ども達が見ているから、死んでは駄目よ? 夫にしっかり引き渡さないといけないんだから。オホホホホホホホッ!』

 

 女王様は楽し気な高笑いを上げながら、紙屑のように男達を吹き飛ばしていく。彼らは姫島の娘のヤバさを、身に染みて理解する。こんなのを妻にした『雷光』に戦慄するしかなかった。

 

『うふっ、れ・ん・しゃ!』

 

 

 それからバラキエルが来るまでの数分間、土煙と悲鳴が消えることはなかった。大量の汗をかき、大急ぎで愛する妻と娘の名前を叫びながら空から駆け付けたバラキエルは、眼前に広がる地獄にしばらく放心して見つめるしかない。もうプライドをかなぐり捨てて、「頼む、『雷光』! この究極のドSを何とかしてくれェェッ!!」と血反吐を吐いて懇願する襲撃者側の長の姿を見つけ、ようやく止めに入ったことで終結したのだった。

 

 こうして、朱璃だけは絶対に怒らせないようにしようと全員が心から誓いを立てた襲撃事件は、夜の訪れと共に幕を閉じる。完全に心が折れた襲撃者達の身柄を全員押さえ、ジゾーくんやトビーくん達が撮った映像や写真から不都合な部分(第六の鳥居の攻防)だけは取り除いてしっかり最後まで編集する。約定を破った首謀者の末路と、姫島朱璃が元気に過ごしている証拠として今後の話し合いのためにとりあえず姫島へ映像を送ったのであった。

 

 


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