えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百二十九話 縁

 

 

 

「あら、いけないわ。調味料が切れてしまったみたい」

「あっ…。すみません、朱芭叔母さま。つい熱中してしまったみたいで」

 

 突発! 幾瀬家お料理教室が終了して、俺以外のみんなが「いい汗かいたぁー」とのんびりしていた頃。せっかくなら晩御飯も一緒に食べていきなさい、と朱芭さんに言われ、そこで冷蔵庫の中を確認しながらポツリと呟かれた台詞に、全員の視線がそちらに向かう。まぁ確かに、お料理教室が開かれたのはハプニングみたいなものだったし、材料が足りなくなってしまったのは仕方がない事だろう。それに朱璃さんも、困ったように頬に手を当てていた。

 

「あの、それなら急いで買ってきましょうか? 私も成り行きで参加しちゃいましたから」

「そんな気にしなくていいのよ、紗枝ちゃん」

「なら、俺がパッと買ってくるけど…」

「でも鳶雄兄さま、私がやりたいって我儘を言っちゃった所為なのに」

「それこそ、気にしなくていいよ。朱乃ちゃんの提案のおかげで、みんなで楽しめたんだから」

 

 料理大好きメンバーにとって、必要な調味料が一つでも足りないのは大事なのだろう。みんながみんな自分で責任をもって買ってきます、と手を上げるあたり真面目な性格が窺える。そんな幾瀬家組と姫島家組で互いに主張をし合う光景に、俺はちょっと呆れながらパンパンッ、と軽く手を打つ。突然の甲高い音に、全員の視線がこちらへ向いたことを確認した俺は、肩を竦めながら口を開いた。

 

「鳶雄、東城。よかったら、朱乃ちゃんと一緒にスーパーへ買い物に行ってきてくれないか。朱乃ちゃんはこの地域に来るのは初めてで、街の中を探索してみたがっていたからさ。ついでに見て回ってきたらいいよ。女の子同士である東城が一緒なら緊張もしないだろうし、荷物持ちは鳶雄がいれば十分だろう」

 

 せっかくなら友好を深めてきな、と背中を押すように告げる。こういう時は、一歩離れたところで状況を把握できる立場の人間が指示した方が早い。俺からの指示と説明を聞き、みんなが一斉に顔を見合わせる。そこには納得の表情を浮かべているように見えるが、俺は彼らが買い物という名の散歩へ行きやすいように、さらに三人に聞こえるぐらいの小声で言葉を重ねることにした。

 

「実はさ、姫島家のみんなをここに呼んだ理由の一つに、姫島の家のことで朱璃さんが朱芭さんに話したいことが色々あるんだよ。俺、そのあたりの事情も知っているし。でも、あんまり面白い話じゃないからさ」

「あっ、なるほど。わかりました、それなら私たちは席を外した方がいいですね」

 

 実際、姫島の裏について話すつもりで幾瀬家へ来たのも事実だ。今日は交流がメインだったので、そこまで時間をかけるつもりはないが、多少は話をしておいた方がいいだろう。でも、さすがに小学生の子どもや表側の住人がいる場所で話す内容ではない。鳶雄と東城は幼い朱乃ちゃんへの配慮だと考え、朱乃ちゃんは表の住人である二人への配慮だと気づき、それぞれ頷いてみせた。少しの説明でそのあたりを察してくれるあたり、非常に助かります。

 

 朱芭さんと朱璃さんも異存はないのか、俺の提案にこくりと頷く。それほど遠い距離じゃないし、朱乃ちゃんの様子を探るため、朱璃さんが式紙をつけておくから何かあったらすぐに俺が跳んでいくことができるだろう。原作で朱乃さんも「常に動く時はリアスさんの傍にいること」という約定はあったが、イッセーとデート(隠れてリアスさんがつけていたが)したり出来ていたので、そのあたりは監視の目がちゃんとあれば大丈夫だろう、とアザゼル先生も言っていた。一応、姫島の血筋持ちの鳶雄も傍にいるしな。

 

 今後幾瀬家と姫島家の交流を続けていくなら、朱芭さんには詳しい事情を話し、姫島の約定を知る協力者になってもらう必要がある。さすがに俺が、毎回朱璃さん達を連れて一緒に来るのは難しいからだ。それこそ幾瀬家までの道中は、情緒はないが転移魔法だって使えるだろう。朱璃さん達だって裏関係の人達に囲まれる場所にずっといたら、さすがに息だって詰まるだろうしな。親戚である幾瀬家が、姫島家にとって肩の力を抜ける息抜きの場所になれたらと思った。

 

「それじゃあ買い物をしながら、街を見て回るなら…。朱乃ちゃんは、どこか見てみたいところってある?」

「うーん。……あっ、ここの近所なら奏太兄さまの家を見てみたいかも!」

「そういえば、私も倉本先輩の家は知らないなぁ…。なら、ついでに見に行こっか」

「いや、俺の家なんか見ても何も面白くないと思うんだけど…」

 

 そんな風に考えていたら、さらっと決定した追加の行き先に俺の頬が引きつる。特に駄目な理由はないが、自分の家を周りから興味津々に見られるのはちょっと気恥ずかしさがあるため遠慮したかった。しかし、ノリノリな様子の三人に特に何も言えず、ガクッと肩を落とすしかなかった。

 

 まぁ、いいや。どうせなら、ついでに晩御飯は幾瀬家でお世話になることを姉ちゃんに伝えてもらおう、と伝言をお願いしておく。今日も両親が共働きの日なので、姉と二人で晩御飯を作るか食べに行く予定だった。俺が幾瀬家で過ごすのはよくあることだし、朱乃ちゃんなら裏関係のことを口に出さないように気を付けてくれるだろう。そうして朱芭さんから買い物メモをもらった三人は、元気よく玄関の扉を開けて出発したのであった。

 

 

「聞き分けのいい優しい子ね。奏太さんから話は聞いていたけど、改めて何も心配がいらないようで安心したわ」

「叔母さま、本当にありがとうございます。朱乃のことを受け入れてくれて…」

「あらあら、お礼なんていいのよ。あなたこそ、鳶雄の内に宿るものをすでに聞き及んでいるのでしょう? 私の方こそ、あの子を受け入れてくれたことに感謝したいわ」

 

 三人が出発してから、裏の事情に精通する組は和室へと移動して、そのまま大人の話し合いが始まったようだ。俺は朱芭さんから教わったお茶の入った急須(きゅうす)や湯呑をお盆に乗せ、二人が向かい合うテーブルの上へ配膳していく。俺からある程度の事情は伝えているけど、やっぱり当事者同士でしっかりと事実を確認したいことだろう。今後親戚付き合いをしていくなら、それによる危険を事前に知っておくべきだ。『雷光の娘』と『狗』の保護者として関わっていくのなら特に。

 

 朱璃さんからは、姫島の家にいた頃から『雷光』と共に過ごすことになった日々、そして追放されるまでの出来事を掻い摘んで話していった。堕天使の組織と姫島本家で交わした約定についてや、朱乃ちゃんには『火』の素質はなく、『雷』の素質を色濃く受け継いだことなど、こちらから伝えられる情報は隠さずに渡している。朱芭さんを信用してのことだろうし、それだけ幾瀬家との関わりを大事にしたいという気持ちも感じられた。

 

 そしてそれは、朱芭さんも同じだったようで、俺も初耳だった姫島本家での朱芭さんのことや、追放されてからの日々について教えてもらった。そして鳶雄が宿した神滅具の危険、それを封印してからこれまで考えてきたこと、最後に姫島本家に『狗』について知られたら「危険だから」と粛清へ傾く可能性がある危惧。鳶雄を護るために朱芭さんが案じてきた思いを、俺と朱璃さんへ静かに語っていった。

 

「まったく、朱凰(すおう)は相変わらずのようね…。あの子は本当に昔っから堅物なんだから」

「ふふっ、叔父さまをそんな風に言えるのは、きっと叔母さまだけでしょうね」

「朱凰さんって、現姫島本家の当主さんですよね。朱芭さんにとっては…」

「弟よ。子どもの頃はよく喧嘩して、泣かせたわ」

 

 あっ、やっぱりそうですよね。朱芭さんみたいな強い姉がいたら、弟ならコテンパンにやり込められていただろうな。姫島朱凰(ひめじますおう)さん、原作では堕天使を拒絶して逃亡生活をしていた姫島朱乃さんを執拗に追いかけて、存在を消し去ろうとしていた人物。だから現当主さんにあまり良いイメージはなかったんだけど、ちょっと弟としてのシンパシーを感じてしまった。

 

朱凰(あの子)はまさに、姫島を体現した存在だった。火の素質を見出された時から、そうなるように姫島は教育していったわ。……火の素質が見出されなかった私に、朱凰へ進言できる権利はなかった。だから、鳶雄を裏の事情に巻き込むことが怖かったのよ。あの家の潔癖さは、私もよく知っていたから」

「朱芭叔母さま…」

 

 姫島を語る朱芭さんの顔は、まるで能面のように感情が消し去られていた。彼女は宗家に生まれ、豊かな才能に恵まれながらも、ただ一点火の加護だけは受け継げなかった。朱凰さんについて語る時、少しだけど朱芭さんの表情が和らいだから、きっと幼い頃は仲が良かったのかもしれない。しかし成長と共に素質がはっきりと分かれていったことが、その関係を決定的に変えてしまった。

 

 朱芭さんは五大宗家を運営する長老の一人に教えを受け、多くの術者達のために力を示してみせた。若い頃の彼女は、きっと姫島の家に認められようと必死に努力をしてきたのだと思う。宗家に生まれた娘として、家のために何かを残したかった。しかし、どれだけ才能を示しても、どれだけ多くの人に惜しまれても、姫島は追放という決定を覆さなかったのだ。

 

 朱芭さんと違い、火の加護を持って生まれた朱璃さんは、それを沈痛な面持ちで聞いている。彼女も結果的に姫島を追放されたとはいえ、それは自らの行いによる決定だった。朱芭さんのように、自分ではどうしようもない素質による差別を受けた訳じゃない。朱乃ちゃんと朱芭さんの立場は、きっと似ているのだろう。この世に生を受けた時から、すでに本人ではどうすることもできない定められた運命があることに。

 

 だからこそ、朱芭さんは生まれ持った素質で運命を決定づけることを(いと)うたのかもしれない。生まれと同時に『狗』を宿した鳶雄を、必死に生かし、愛することが出来たのは、きっと朱芭さんだったからこそなのだろう。彼女が堕天使の血を持つ姫島朱乃を受け入れられたのも、受け入れられない辛さを誰よりも理解しているからこそ、手を差し伸べたかったのかもしれない。

 

「あっ、昔を思い出してきたらなんだかムカムカしてきたわ。……姫島への最終兵器に、朱凰の子どもの頃の失敗談を書き残しておきましょうか。姉として弟の黒歴史は確保済みよ」

「あ、あらら…」

「さすがは朱芭さん。ただでは転ばない」

 

 昔を思い出して実際にムカついたのか、朱芭さんの表情は先ほどとは違って色づき、姉の特権パワーを振りかざしていた。そこに、過去に縛られた姿はない。鳶雄が言っていたが、朱芭さんは鳶雄のお祖父さんに出会って、新しい家族を作ったことで、彼女なりにきっと過去を乗り越えることができたのだろう。俺と朱璃さんはそっと目を合わせ、小さく笑みを浮かべ合う。たぶん朱芭さんも、姫島のことで慰められたいとは思っていないだろうから。

 

 なお、現当主さんの黒歴史ヒストリーは、もしかしたら何かに使えるかもしれないので、最終兵器にお願いしておく。基本、使えるものは何でも使う主義ですから。俺が朱芭さんにお願いすると、「相変わらず、冗談のようなことを現実にする子ね…」と朱璃さんと朱芭さんに呆れられた。息ピッタリに溜息を吐かないで下さいよ。そんなこんなで過去の話はこれぐらいにして、次は未来について話し合おうと姿勢を正しておいた。

 

 

「それにしても、堕天使の組織が鳶雄をすでに補足していたことは盲点だったわ。まさか七年前に知られていたなんて…」

「そういえば、去年の夏にやった男子中学生による怪談話大会で、七歳の冬に冒険と称して隣町の廃墟へ遊びに行ったら、黒い羽のオバケに出会ったとか言っていたっけ」

「……奏太さん、その話は初耳よ。鳶雄ったら、学区外に無断で出かけて、しかも不法侵入して遊んでいたなんて…」

 

 言われてみれば七歳で隣町の廃墟に侵入とか、普通に考えてダメじゃん。裏の世界があると知っている俺からすれば、廃墟とか絶対に近づいたらヤバいスポットだ。アザゼル先生から話を聞いた今ならわかるけど、たぶんこの黒い羽のオバケが先生だったんだろうな。先生がいたってことは、もしかしたらその廃墟には本当に何かいたのかもしれないけど。見つかったのが先生で、ある意味で運がよかったのかもな…。

 

 ちなみにだが、有名な心霊スポットや出ると噂がある所には、俺は絶対に行かないことにしている。友人に誘われたら、むしろ行くなと忠告するぐらいだ。おかげで周りからはホラーが苦手と思われてしまったが、ホラーゲームは普通に好きだよ。あと鳶雄に俺が般若心経を勉強していたのは、ホラー対策のためにも? とかブツブツ言われたけど、もうめんどくさいからそういうことにしておいた。実際に幽霊が出たら、相棒をブン投げるか、お経を唱えるかの二択だ。相変わらず、除霊(物理)もできるうちの相棒は万能である。

 

 そんな訳で俺と同様に裏側を知る朱芭さんも、当然きつく幼い孫に言い含めていたのだろうな。だから、鳶雄。正直余計なことを言ったのはすまなかったけど、ちゃんと怒られておけ。中学二年生で七年前の説教を受けることが決定した後輩へ、謝罪も込めて黙祷した。

 

「奏太さん、『神の子を見張る者(グリゴリ)』は鳶雄には手を出さないと言ってくれたのよね?」

「はい、間違いなく。先生は狗の封印が完璧にされていたからこそ、逆に手を出す方が危険だと判断したようです」

「グリゴリの幹部である『雷光』の関係者の私たちが、幾瀬家と交流する許可をいただけたことから、朱芭叔母さま達と敵対する意思はないと思います」

 

 アザゼル先生から聞いた内容を踏まえ、朱芭さんにグリゴリの方針を話していく。朱璃さんもそれに頷き、フォローをするように協力してくれた。俺達の話を聞き、さすがにいきなり堕天使の組織を頼ることはできないが、姫島一家を通してなら友好関係を築きたいと認めてくれたのだ。原作のように堕天使の組織へ鳶雄が所属することになるのかはわからないけど、とりあえず小さいながらも繋がりは出来た事にホッと息を吐いた。

 

 少なくとも、『雷光』の家族である朱璃さんと朱乃ちゃんに関係がある幾瀬鳶雄を、先生も決して無碍にはしないだろう。万が一姫島本家に見つかった際は、彼を保護する名目も一応だが立つ。その時はあいつを日常から切り離すことになるかもしれないが、それでも最悪朱璃さんと朱乃ちゃんとの関係は残る。堕天使と関わる不安も、二人の存在が緩衝材になってくれると思った。朱芭さんも万が一を考え、その可能性を残しておきたいと思ったのだろう。

 

 

「……ところで、姫島朱雀さんも私たちに会いたいと言っているのよね? 今は継承の儀式の最中だから、今年の夏頃には帰ってくると聞いていますが…」

「あぁー、はい。本人曰く、絶対に夏には帰ってくると断言していました。それ以上は本人がもたないみたいで…」

 

 朱雀への報告で濁す俺へ、朱芭さんが不思議そうに首を傾げる。そして朱雀の暴走っぷりをよく知る朱璃さんは、恐る恐る俺へ耳打ちしてきた。

 

「す、朱雀ちゃん。色々な意味で大丈夫よね……?」

「たぶん。勢いで作っちゃったリニューアルトビーくん達を、最近は姫島の人達へ善意で配り歩いて布教しているらしいですけど…。姫島に送った映像記録のトビーくんとは違うタイプの式紙にして、姫島の次期当主の力作として五大宗家に配って、マスコット化トビーくんによる融和政策をまずは行っている、と真面目に報告されました」

「あの子の行動力もどうなっているの…」

 

 せっかくはとこに会えると思ったら、霊獣『朱雀』継承の儀式で一年間もおあずけをくらった朱雀の拗らせ方が地味にヤバい。あいつものすごく生真面目な性格だけど、猪突猛進的な暴走癖もあるから、それが見事に合体した時の斜め上の行動力がスゴイ。きっと勢いでうっかり作っちゃった大量の式紙を、真面目に有効活用しようと考えた結果、布教活動へと繋がってしまったのだろう。

 

 姫島本家に幾瀬鳶雄のことがバレたら、トビーくんの名前的に別の意味で注目されそう。『狗』を所持していることによる恐怖もあるけど、マスコットと似た名前的なニュアンスで生温かい目でも見られそう。本人は何もしていないのに、周りの行いによってどんどん積み重なっていく鳶雄の受難がヤバい。あいつ、神器だけじゃなくて別のものも引き寄せているんじゃないか、とちょっと考えてしまった。

 

 鳶雄とトビーくんの名前の類似的に、姫島の次期当主が幾瀬家と関わりがあったのか? という疑問を持たれるかもしれないが、朱雀ならさらっと白を切り通すんだろうな。朱雀って地位もあって、頭も良くて、有能な実力者で、何だかんだで優しいというパーフェクトお嬢様なのに。血縁関係で拗らせさえしなければ、本当に頼もしいはずなのになぁ…。

 

「……朱芭さん。朱雀のこと、本当によろしくお願いします」

「すみません、叔母さま。朱雀ちゃん、普通に良い子なんです。ちょっと暴走しちゃうだけなんです。本当に本当に、あの子のことをよろしくお願いします…」

「ちょっと待ちなさい、二人共。わかったから頭を上げて、お願いだからね…。朱凰、後継者の育成をちゃんとやっているのかしら……?」

 

 朱芭さんが遠い目で呟くが、あの朱雀だしな。完全な実力主義でその素質と才能にのみ重点を置く姫島本家だからこそ、ある意味で朱雀は当主になるために邁進できるのだろう。そうじゃなきゃ、本来古くからの慣習を尊び、外の異物に対して厳しい対応をする姫島家の次期当主に、あの破天荒娘は選ばないと思う。朱雀も今は本性を隠しているだろうが、譲らないところは譲らないだろうしね。その点、現当主は次期当主の教育に苦労はしているのかもしれない。同情はしないが。

 

 それからも今後についての予定をすり合わせていき、姫島一家は週に何度かは幾瀬家へお邪魔することになったらしい。朱乃ちゃんは鳶雄と東城に懐いていたし、表での生活を味わうのに最適だろう。朱璃さんも朱芭さんから姫島の技術で色々教わりたいことがあるみたいで、和食以外のレシピのレパートリーをぜひ増やしていきたいそうだ。マンションの管理人の仕事は、まだ住人がいないため手持無沙汰な状態だったらしいので、ちょうどよかったのだろう。

 

 鳶雄にとっても今はまだ遠慮があるだろうが、慣れていけば頼ることが出来る大人の存在は重要だ。幼馴染である東城の両親とも関わりはあるだろうが、それでも他人であることには変わらない。鳶雄ならお世話になっている東城家だからこそ、余計に迷惑はかけられないと確実に遠慮するだろう。さすがは朱芭さん、お孫さんの性格をよく理解していらっしゃる。

 

 そんな幾瀬家と姫島家のお互いの利点を考慮した話し合いにより、まずは一年間定期的に幾瀬家へ通ってもらい、今後のことをまた決めていこうと決定したようだ。フリーの神滅具持ちの近況を常に知ることが出来るし、堕天使側も損はないだろう。また朱芭さんから、もし鳶雄が大人になって神滅具や裏のことを知ったら、鳶雄の意思で将来を決めさせてあげて欲しいと頭を下げていた。朱璃さんも自分に出来るだけの力で協力していきたい、と話していたと思う。

 

 

「うーん、つまり。結果的に朱璃さんも朱芭さんの弟子になるから、俺にとっては妹弟子になるんですかね」

「あら、本当ね。じゃあこれからは奏太くんのこと、兄弟子さまと呼んだ方がいいかしら?」

「……い、今まで通りの呼び方でお願いします」

 

 美人の奥様に兄弟子さま呼びされて、ちょっと心にクリティカルヒットした。それに顔が赤くなったが、朱芭さんの俺を見る冷たい目と相棒の呆れた思念に、慌てて冷静になりました。朱璃さんも少し揶揄ってみただけみたいで、俺の反応にくすくすと笑っていた。

 

「そういえば、奏太くんは朱芭叔母さまから仏教関連のことを教わっているのよね。魔法使いのお仕事って、そっち方面の知識も必要なの?」

「えっ! あぁー、それはその…」

「いいえ。ただ幽霊が怖いから、除霊の仕方を教えて欲しいと頼まれただけよ」

 

 ちょっと、朱芭さんッ! もうちょっとマシな理由はなかったんですかっ!? それ、鳶雄へ誤魔化すために教えた方便だって知っているでしょう! 朱璃さんの俺を見る眼差しが、ものすごく生温かくなったんですけどッ……! そりゃあ、神器症云々は言えないし、魔法使いの仕事とも関係ないから、仕方がないんだけどさ…。姫島の血筋の人って、何でシレッとS気をぶっ込んでくるの?

 

 それに溜息を吐いたが、そういえば仏教関連の修行や将来のことについて、朱芭さんに相談したいことがあったと思い出す。俺の記憶から思い出されるのは、一週間ほど前にメフィスト様から告げられた留学へのお誘いだ。その悩みは、未だに俺の中でぐるぐると巡っている。少なくとも、俺一人では簡単に答えが出せない問題だし、何より朱芭さんとの関係的にかなり重要なことがあるとわかったからだ。

 

 まず、俺は現在朱芭さんの弟子として、仏教関連の技術を教わっている。しかも約三年間の計画で。現在は一年と少しが経ったところなので、今年と来年いっぱいほど、俺は幾瀬家へ通わないといけないだろう。こちらから弟子にしてくれと頼んだことで、しかもちゃんと契約だって交わしたのだ。それを途中で投げ出すなんてできないし、神器症の治療のためにも必要なことである。

 

 しかし、このことをメフィスト様は知らない。そしてアザゼル先生がわざわざ防音にしてから話をしていたのだから、『狗』に関してもおそらく知らないだろう。朱芭さんのことを説明するとなると、必然的に保護者組に俺のやっていることが露見する可能性だってある。俺が何かしらコソコソ動いているとわかれば、当然向こうだって気にするだろう。そのため、迂闊に幾瀬家の契約のことは話せない。それらを踏まえて考えるなら、朱芭さんへの相談は必要不可欠だった。

 

「あの、朱芭さん。ちょっと将来のことで相談したいことがあるんですけど、いいですか?」

「将来のこと?」

「はい、実はメフィスト様から来年の進路について提案されたんです。それで――」

 

 朱璃さんがいるためメフィスト様から聞いた話だけを伝えたが、俺が心配していることは朱芭さんにもだいたい伝わったのだろう。朱璃さんも俺の話を聞いて、目を瞬かせて驚いている。たぶん二人とも、俺と同じように来年も普通に日本で暮らすのだろうと考えていたんだと思う。朱芭さんは俺の話を聞きながら、難しい顔で考えを巡らせているようだった。

 

 朱芭さんとの契約のことを考えれば、俺は日本に残った方がいいだろう。神滅具持ちである鳶雄のことをちゃんと見ておいた方がいいだろうし、朱芭さんの修行を行うには日本の方が都合がいい。でも、将来的なことを考えれば、留学した方がいいのは事実。だからこそ、それをちゃんと確認したかったのだと思う。自分の将来ぐらい、自分で選ばなくちゃいけないのはわかっている。それでも朱芭さんから駄目だと言われれば、それで決めるきっかけにも出来るかもしれないとうっすらと思ってしまった。

 

 しかし、そんな俺の迷いを朱芭さんは一瞬で看破したのだろう。どこかで朱芭さんに決めてもらえたらと甘く考えてしまっていた俺の優柔不断さを、彼女は見逃すことなく鋭く切り込んだ。

 

 

「……奏太さんは、どう思っているのかしら?」

「えっと、俺は…。その、確かに留学は必要なことだと思っています。でも、日本でやるべきことだってあるし、鳶雄のことだって心配で――」

「ふぅ…、もう一度聞くわ。奏太さん、あなたはどうしたいのかしら?」

 

 俺がどうしたいのか。そう朱芭さんから真っ直ぐに向けられた視線に、悪いことをしていないはずなのに、思わずしどろもどろになってしまった。だけど、俺が将来を決めるには朱芭さんとの契約があって、それを無視して考えるなんてできないと思う。それに俺が答えを出せずに狼狽えていると、仕方がなさそうに肩を竦めた朱芭さんはゆっくりと立ち上がる。そして俺の目の前まで来ると、膝を折って俺の目線に合わせるように優しく頭を撫でた。

 

「奏太さん。鳶雄のことを心配してくれるのは嬉しいわ。だけどね、何も全部あなたに背負ってもらわないといけないほど、……鳶雄は決して弱くないのよ。あの子は、私が大切に育てた自慢の子なんだから」

「だけど…」

「わかっています。だけどね、私との約束を気にしているのなら、どうか間違えないで。私は奏太さんに、『鳶雄を護って』なんて一言もお願いしていないわ」

 

 朱璃さんに配慮して、そっと小声で伝えられた内容に目を見開く。俺の目を見て真剣に伝えられたその言葉に、一年前に朱芭さんと交わした契約が思い出された。

 

『奏太さんが求める私の持つ技術を、あなたへ託します。私が生涯を懸けて築いた秘術の全てです。そしてあなたに求める対価は、……たとえ鳶雄が『ヒト』を終えることになったとしても、どうかあの子の傍にいてあげてほしいことです』

 

「前にあなたは言ったわね。『あいつがこれから先どんな道へ進もうとも、……友達として、先輩としてそこにいたい』って」

「は、はい」

「それは奏太さん、あなたにだって当てはまるのよ。鳶雄の人生もあなたの人生も、決して蔑ろにしていいものじゃないわ。傍にいるって、そういうことじゃないの。あなたがどんな道へ進もうとも、あの子の友達として、先輩として、共に『在って』ほしい。それが私の願いなのよ」

 

 優しく諭すように髪を撫でる温かい手。俺の将来を決める理由に、自分との契約を含めるなと。ちゃんと俺が選んだ未来から、鳶雄との関係をまた考えたらいいのだと伝える声音。きっと朱芭さんにとったら、事情に詳しく年の近い俺が鳶雄の傍にずっといてくれた方がいいと思うはずだろう。だけど、彼女はそれを口にしない。それは強がりなんかではなく、純粋に信じているのだ。幾瀬鳶雄の強さを、想いを。

 

「それに考えてみたけど、例え外国への留学を選んだとしても修行の件は何とかなると思うわ」

「……えっ?」

「外国の入学式って、確か九月じゃなかったかしら。協会ですでに生活基盤を築いている奏太さんなら、中学を卒業してからの半年間を日本で過ごしたいってお願いすれば、自由に使っても問題ないと思うのよ。本来の予定なら、残りの一年間をあなたが高校へ行きながら放課後や休日の合間に教えることになったでしょうけど、これなら半年かけて集中的に修行をさせられると思う。むしろ、連日修行に使える分、効率も上がると思うわ」

 

 そういえば、四月に入学式があるのは、日本特有だって聞いたことがあるかもしれない。メフィスト様から留学用の学校のパンフレットをいくつかもらっていたけど、思い出してみれば入学式は九月だって書かれていたかもしれない。新入生として入学するつもりなら、確かに九月まで時間が空くことになる。そして、朱芭さんの言う通り、メフィスト様ならその半年間は日本で過ごしたいと願えば、間違いなく叶えてくれるだろう。

 

 そうなれば、学校へ行く分の時間は必要ないので、半年間フリーになるのか。確かに高校へ行くことで時間が限られること前提の一年間計画より、丸々半年間みっちり修行が出来る方が効率がいいのは当然だろう。向こうに留学した後だって、鳶雄にさえ見つからなければ別に転移で朱芭さんの教えを受けに行ってもいいのだから。

 

「あと鳶雄への心配だって、ある意味で今日解決したでしょう。奏太さんだけじゃなくて、朱璃さんと朱乃ちゃん、それとこれから来る予定の朱雀ちゃんだって鳶雄の傍にいてくれるのよ。もし何かあったら、彼女達から奏太さんにだって近況が伝わるんじゃないかしら」

 

 一つひとつわかりやすく説明してくれる、朱芭さんの言う通りだった。この世界は、原作とは違う。本来なら叶うことがなかった幾瀬家と姫島家が交友関係を持ち、これからも一緒にいてくれるのだ。一年前に朱芭さんと契約した時と比べ、明らかに事情だって変わってきている。俺が全部背負う必要はないのだと、先ほど言ってくれた朱芭さんの言葉を、今なら素直に受け止められる自分がいた。

 

 

「ねぇ、朱璃さん。もし奏太さんが留学したその時は、どうか鳶雄が寂しい思いをしないようにたくさん遊びに来て頂戴ね」

「ふふっ、えぇ。その時はもちろんです。これはもしかしたら、朱乃のお兄ちゃんの座は鳶雄くんになってしまうかもしれませんね」

「えっ!? それはちょっと由々しき事態というか、兄として留学を考え直さないといけない重大事項なんですけどっ!」

 

 朱乃ちゃんの兄さまの座を天秤にかけて思わず叫んだ俺に、朱芭さんから呆れ顔で頭をグリグリされる。すみません、真面目に考えますので痛いです。それでも、ずっと悩んでいたことが綺麗になくなったことで、ようやく将来について真っ直ぐに考えることが出来るようになったと思う。俺の手が届かないところは、こうしてちゃんと俺が築いてきた(繋がり)が助けてくれる。それを改めて、実感できたと思う。

 

 だから、ちゃんと考えていこう。朱芭さんから言われた通り、俺がどう思い、どうしていきたいのかを。それと俺と朱芭さんとの関係を深く問いたださないでくれる朱璃さんの優しさにも感謝して、そっと頭を下げておく。俺の将来について、朱芭さんと朱璃さんに今回ちゃんと相談できてよかった、と心からそう思えた。

 

 

 それから買い物から帰ってきた鳶雄達と、何故か「私も美味しい晩御飯が食べたいです!」と頭を下げてやってきた姉にドン引きしながら、大所帯になってしまった幾瀬家での晩御飯は始まった。倉本家からいつも弟がお世話になっていますと菓子折りと食材を持って、姉は押し掛けてきたようだ。俺だけ美味しいものを食べるなんてズルいと言われ、よっぽど俺が時々持って帰ってくる幾瀬家の晩御飯に興味があったのだろう。朱芭さんはそれに笑顔で了承してくれたけど、弟である俺は姉のマイペースさに恥ずかしさでいっぱいだった。

 

 そして姉ちゃんはさすがのコミュニケーション能力なのか、すぐに幾瀬家と姫島家のみんなと交流を深めていく。俺と朱璃さん達との関係に色々フォローを入れる必要があったけど、我が姉ながらあんまり難しいことは深く考えないでフィーリングで生きるところはさすがだと思う。そして間近で見た鳶雄の女子力に、「今度家に来ない?」と真顔で誘う姉。だから修羅場を増やすな、とクッションをブン投げてツッコミを入れておいた。

 

 とりあえず鳶雄の隣でちらりちらりと見ていた東城に謝ると、「わ、私と鳶雄は別にそんな関係じゃッ……!?」と顔を紅潮させてぷしゅーと煙を上げていた。なんかすまん…。それを見た朱乃ちゃんが、思わずよしよしと東城の頭を撫でて落ち着かせようとするレベルの慌てぶりだった。まぁ倉本家に幾瀬家や姫島家のことを説明するのは難しかったから、ある意味姉が突撃してきたおかげで、少し助かった部分もあるだろう。こうなったら仕方がない、と切り替えた俺は賑やかな食事風景に自分も参加することにしたのだった。

 

 こうして、楽し気な笑い声が響き渡る中、中学三年生の春は春嵐と共に過ぎていったのであった。

 

 


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