えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第十三話 怒り

 

 

 

「『氷姫(こおりひめ)』のラヴィニアだな」

「そちらは、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の者、それもそれなりに名のある者を襲撃している方々の一人でしょうか?」

「えぇ、初めまして。あのフェレス卿の秘蔵とされる氷姫に、このような場所で会えるとは思いませんでした」

 

 俺の目の前にいる相手は、仰々しく腕を広げ、まるで芝居がかったような口調で話している。下手に動くことも話すこともできない俺としては、とにかく情報を得るために耳を澄ませ、頭の中を無理やりにでも回転させるしかないだろう。すると、ラヴィニアさんが俺を彼から庇うように前に進み出た。

 

「あなたの目的は私ですね。でしたら、彼をここから帰すまでは待っていただけませんか? 彼は魔法使いではない、偶然この国に来た旅行者です。その後なら、私が謹んであなたのお相手をしましょう」

「ふむ、確かにただの人間のようですな」

 

 低めの声の男は、彼女から初めて俺に視線を向けてきたが、その眼差しはどこか侮蔑を含んだものであった。人間――異能や魔法が使えない者に対して、全く興味がないのがよくわかる。彼はすぐに俺から目を離すと、ローブから少し見える目を彼女に向けた瞬間、まるで子どものような輝きを見せていた。

 

 どうやら本当に俺は、魔法使いの戦いに巻き込まれただけのようだ。襲撃事件の時にこの国を訪れてしまったことといい、運が悪いというか、タイミングが悪いというか。ラヴィニアさんに出会えたのは嬉しかったけど、命の危機にさらされることになるとは。美少女登場、そして戦闘へ――、みたいな原作じゃないんだから。

 

 だけど、本当に俺はどうするべきだ? 相手方は俺に興味がないようなので、もしかしたら本当に俺のことを逃がしてくれるかもしれない。もしそうなったら、俺はそれにしたがって素直に逃げるべきなのか? 彼女を置いて?

 

 ……それでも、逃げるべきだろう。ラヴィニアさんは先ほどまでの、ぽわんとした少女の顔から、相手の殺意を真っ直ぐに受け止められる強い眼差しに変わっている。この子は、戦えるんだ。魔法使い相手に、人相手に、戦う力を、そして勇気を持っている。彼女から焦りが見えないことから、この状況を打破できる方法もあるのだろう。

 

 それなら、俺の存在は彼女にとって足かせにすぎない。ただの子どもだと思われている俺を、ラヴィニアさんはきっと守ろうとする。ようやく彼女の目的である敵が現れたのに、彼女が優先したのはさっき出会ったばかりの俺の無事だったのだから。

 

 

「ショーくん、ごめんなさいです。私たちの事情に巻き込んでしまって。必ずあなたを無事に送り届けてみせますから」

「そんなの、俺こそごめん。俺がいなかったら、ラヴィニアさんはすぐに仕事ができたはずなのに」

「私はショーくんとお話できて、楽しかったですよ。だから、自分がいなかったらとか言ったらメッです。……ここから先ほど私たちが会った場所へ行って、右手の路地の方を真っ直ぐに向かって下さい。少し遠回りですが、そうしたらショーくんが元いた場所に戻れるはずです。どうか、気を付けて行って下さいね」

「……ラヴィニアさんは、本当に一人で大丈夫なのか? 俺にできることは何かないのか。ここに俺がいたら邪魔だってわかっているから、君の言うとおりにする。だけど、助けを呼ぶぐらいなら俺にだってできる」

「ふふっ、ショーくんは、やっぱりいい子ですね。でも、任せてください。私は、魔法少女なのですから」

 

 さっきと同じように、小さく胸を張って、俺を勇気づけるように彼女は綺麗に笑った。こんな状況でも、ラヴィニアさんは俺の心配を優先するのだ。俺の無事をただ願ってくれるのだ。本当に、本当にすごく優しい女の子だ。

 

 俺の胸中に渦巻いたのは、悔しさだった。なんで俺には、戦う覚悟がない。戦う力ならあるのに、なんで彼女を一人だけ危険な場所において、自分はただ逃げるしかない。魔法使いの戦いなんて知らない。俺は巻き込まれただけに過ぎない。それでも、何もできない自分が心底悔しくて、情けなかった。

 

 裏の世界に入っても、俺はまだ弱いままだ。強くなりたい気持ちはあっても、なんだかんだで後回しにして、師匠やラヴィニアさんのような人の後ろに隠れるしかない。それでいいと思っていた。後から頑張るんだ、ってそんな言葉を口にして、戦う覚悟なんて持ってこなかった。だから、これは当然の結末だ。俺が彼女に本来感じるべき気持ちは、彼女を守れない悔しさではなく、自分を守ってくれることに感謝するべきなのだから。

 

 そんな弱い心が、こんなにも辛いだなんて思わなかった。

 

「……わかった。ラヴィニアさん」

「はい」

「今度、俺は絶対またこの国に来ます。その時、よかったら俺にここの名物とかを教えてください。俺も日本のおみやげをいっぱい持ってきますから。今日のお礼とか、絶対にします。だから、どうか無事でいて下さい」

「……はい。ありがとうございます。約束ですね」

「はい、約束です」

 

 俺にできることは、彼女の邪魔にならないこと。どれだけ心情が荒れても、俺はそれを押しとどめるべきなのだ。ただの子どもだったら、きっと「君を置いて行けない」とか無謀にも言っていただろう。ただの大人なら、もっと合理的に考えることだってできたかもしれないだろう。物語の主人公なら、きっとどんなに自分が弱くても、可愛い女の子のために立ち向かえたはずだろう。自分の中途半端さが、本当によくわかる。子どものように無邪気に、大人のように理知的に、主人公のように勇敢になることもできず、全部が中途半端なのだ。

 

 それでも、今は動く。俺がやらなければならないことを、俺がしなくてはならないことを。彼女は「俺を必ず無事に送り届ける」と言った。なら、俺はその通りに動くんだ。それが、弱い俺にできる精一杯の彼女への報いなのだから。

 

 俺は向かっていた路地から身体を反転し、彼女と最初に出会った場所に戻る様に足を進める。ラヴィニアさんと対峙している魔法使いは、俺に興味がないのか、それに一瞥すらよこして来ない。口には出さないが、相手方も俺が逃げることを許容してくれるらしい。問答無用で巻き込んでくれたら、――とどこかで思っていた心を打ち消し、俺は彼女に背を向けて走り出した。

 

 俺は、彼女を置いて逃げる。その事実を、俺は真っ直ぐに受け止めた。涙で視界が歪むが、これが今の俺にできる最善で、結果的にこの行動が彼女を守れるはずだ。

 

「ちくしょうッ……」

 

 奥歯を噛み締め、溢れる悔しさに俺は吐き捨てた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「この路地を、確か真っ直ぐだったよな」

 

 ラヴィニアさんたちから離れた俺は、彼女に言われたとおりに道を進んでいた。神器を使って、彼女を隠れて助けに行くべきかも迷ったが、俺は魔法使いの戦いを知らない。高速で飛び交う魔法の雨の中、俺が流れ弾に当たったらまずい。さらにそれが彼女の魔法だったら、より最悪だ。俺は彼女の誓いを無下にしたくない。

 

 何より、前回のはぐれ悪魔の時と違い、彼女には戦う力がある。そしておそらく、俺よりもずっと強いだろう。だから、俺が無茶をして飛び込む方が、かえって俺と彼女も危険にさらすとわかった。……わかってしまったのだ。

 

「はぐれ魔法使い、原作にも出ていたな…。あいつらは確か、はぐれ悪魔や吸血鬼のように無差別に一般人を傷つけるようなことはしない。だけど、逆に目的がある場合は、遠慮なく不可侵の領域にもズカズカと入り込んでくる連中だった」

 

 はぐれ魔法使いは、名のある魔法使いの協会から異端として、放逐された人間たちのことだ。彼らの思想は確かに危険だったから、理事長であるメフィスト・フェレスの判断は間違っていなかったのだろう。厳しいが、もし自分が所属している組織から違反者が出ると、その責任をとるのはトップだ。それと、はぐれになったやつらは、総じて自分たちを追い払った協会のやつらを見返したい、なんて思想に囚われていたような気がする。

 

 思い出すのは、駒王学園を自らの好奇心のために、魔法使いたちが襲撃したことだ。若手悪魔のランキングが協会から発表され、その上位に位置した悪魔に己の力を試したい。その悪魔に勝てば、協会が発表したランキングよりも上位の存在になれるとか、そんな理由だったと思う。それもお昼の一般人が多くいる中で、さらに彼らを人質にまで使って、目的を完遂しようとしたのだ。

 

 彼らの中にあるのは、貪欲なまでの好奇心。はぐれ悪魔が空腹と欲望で動くなら、彼らの行動起源はそれだ。一応、一般人を殺したりはしていなかったが、被害者に大きな心の傷を作らせた。それに俺は拳を握りしめながら、歩みを止めることなく前へ進む。

 

「まずは、師匠と合流しよう。それで事情を話して、何か手助けできることはないか意見をもらうんだ。師匠の伝手なら、協会関係者の協力を得て、彼女の援護をお願いできるかもしれない。そうすれば――」

 

 小言を口にし、頭の中を整理しながら歩いていた俺の足は、唐突に止まった。口を間抜けにも開いて、驚きに硬直した俺の前に、一人の人物が立っていたからだ。俺が進もうとした道の先に、そいつは現れた。まるで、俺をここから出さないように、俺に意識を向けながら立ちふさがっている。

 

 協会の魔法使いの加勢、そんなことを思ったのは、一瞬だった。だって、似ているのだ。先ほど対峙したはぐれ魔法使いと雰囲気が。俺を観察するように見る無機質な眼差しと、それでいながら子どものような好奇心に支配された瞳の奥。

 

『そちらは、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の者、それもそれなりに名のある者を襲撃している方々の一人(・・・・・)でしょうか?』

 

 ラヴィニアさんのセリフを思い出す。……俺は馬鹿か。協会を襲撃するようなやつが、一人で行動するわけがないだろう。仲間がいたとしても、おかしくない。俺は未だに危険のど真ん中にいたことすら、気づかなかったのだ。

 

 バクバクと鳴る心臓を深く呼吸することで、俺はなんとか自分を落ち着かせる。おそらく、はぐれ魔法使いのこの行動は、ラヴィニアさんにとっても予想外だったのだろう。だって、彼らの目的は『灰色の魔術師』だ。魔法の魔の字も知らない、たまたま巻き込まれただけの子どもを気にする訳がないと思って当然だ。実際、さっきのやつだって、俺のことなんて全く興味がなさそうだった。

 

 落ち着け、俺。やつらの思考はイカレテいるが、それでも何かしら理由を持って行動していた。つまり、ただの子どもであり、巻き込まれただけの人間に、こいつは用があるということだ。きっと碌でもないことだろうけど、それでも何かしらの打開のきっかけにはなるかもしれない。俺は震えそうになる身体に力を入れ、相手を見据えながら声をかけた。

 

 

「あなたは、さっきラヴィニアさんに用事があると言っていた人の仲間ですか?」

「まぁ、そうなるな。しかし、本当に何も感じないな。氷姫も暇なお方だ。何も価値がなさそうな子どものために、無駄な時間を使うなど」

「価値観は人それぞれだと思いますよ。それで、その無駄な時間をわざわざ使って、俺の前に現れたのはどうしてですか?」

 

 少々言葉に棘がついてしまったが、優しい彼女を悪く言われれば、俺だって口でぐらい言い返したい気持ちを持つ。一応、あまり刺激をしないように気を付けたが、相手は俺の文句に特に何も感じていないらしい。本当に、俺のことなんてどうでもいいと考えているな、これは。

 

「何、少々面白そうなことを思いついたのと、保険があるといいかと思っただけだ。彼女に俺の力を試したいが、さすがに『氷姫』が相手だからな。協会に捕まる訳にはいかん身の上だ。故に、安全策を用意しておこうと考えるのは当然であろう?」

 

 こいつらの思いつきって、一番関わりたくないんだが。そして、独自理論を振りかざしながら、俺に同意を求めてこないで下さい。あと、どうやら俺の想像通り、やっぱり碌でもなさそうな理由だった。

 

 面白そうなことはわからないが、保険の意味ならなんとなく気づく。こいつらがこれだけ警戒しているのだから、ラヴィニアさんはきっと凄腕の魔法使いなのだろう。それなりに名のある魔法使いが、狙われていたって彼女は言っていた。たぶん、彼女が一人であんな風に路地裏を歩いていたのは、自分を囮にしている面もあったのだ。そんな時に、俺は彼女と関わってしまったという訳か。

 

 そして、そんな彼女に己の力を試したいが、それが諸刃の剣であることも相手はわかっている。つまり保険というのは、自分や仲間が敗れた時のための交渉の材料。そう思い至った俺は、頭が煮えたぎるかと思った。よりにもよってこいつらは、自分の欲望のために勝手に襲撃しておきながら、自分たちの都合のために(無関係な人間)を巻き込ませようとしているのだ。それも、彼女にとって最悪な形で。

 

『ショーくん、ごめんなさいです。私たちの事情に巻き込んでしまって。必ずあなたを無事に送り届けてみせますから』

 

 悲しそうに、辛そうに俺を巻き込ませてしまったことを彼女は謝っていた。俺をあいつから庇うように前に出て、守ろうとしてくれた。心配する俺を安心させるために、彼女は笑って約束を交わしてくれた。出会って、たった数分だ。ただの知り合いぐらいの関係でしかない。それでも、俺にとっても、ラヴィニアさんとの邂逅は楽しかった。可愛くて、強くて、優しい子だと素直に思った。

 

 そんな彼女の思いを、優しい気持ちを傷つけようとすることを、こいつは平気で口にした。俺が人質にされたとわかれば、彼女は俺を一人で行かせたことを確実に後悔する。確かに彼女の見通しが甘かったのは事実だろう。だけど、自分の都合だけ押し付けるようなこいつらのやり方に、俺は何よりも吐き気がした。

 

 

「ふざけんな、下種野郎…」

 

 恐怖よりも、俺の中に滾ったのは、純粋な怒りだった。怖い気持ちは今でも変わらない。人質として使うのなら、俺が殺されることはないのかもしれない。だけど、今俺が一番恐れているのは、俺の所為で彼女が傷つく姿を見ることだった。彼女が勝てば、俺を交渉の材料に提示する。自分たちが優勢だったら、それはそれで、彼女を痛めつける方向できっと俺は道具のように使われる。

 

 俺自身のため、何よりも彼女のために、ここで逃げたら一生後悔するに決まっているだろう。何より、相手は俺を逃がす気がないようだ。逃げ出すという手があるのもわかっているが、こいつを一発ぶん殴ってやらないと気が済まないぐらいの怒りもあった。

 

 そんな煮えたぎっていた俺の気持ちが、一瞬だけふっと消えた。それに驚きで身体が硬直したが、すぐにまた元に戻った。今のはなんだ、と混乱する俺の頭の中に紅の光が一瞬走る。それにきょとんとしてしまったが、あぁそういうことかと笑ってしまった。

 

「……ごめん相棒。ありがとう」

 

 神器は宿主を守るために、そして思いによって応えてくれる。相棒は俺の思考が怒りで塗りつぶされたことを危ないと思い、一瞬だけ『俺の怒りによる興奮』を消したのだ。今でも怒りは変わらずあるが、一瞬でも冷静になったおかげか、思考がクリアになった。確かにあのままだと、力ずくで無理やり突っ込んでいた。相棒には、感謝しかないな。

 

 俺は真っ直ぐに相手を見据えながら、己の勝利条件を並べていく。優先順位は、あいつを殴ることじゃない。すごいあのムカつく顔を殴ってやりたいと思うが、それは心の内に秘めておく。一番大切なのは、俺がはぐれ魔法使いに捕まったり、殺されたりしないこと。逆にこれを成し遂げれば、俺の勝利なのだ。ラヴィニアさんが勝つこと前提の考え方かもしれないけどな。

 

 不安要素はいっぱいある。まだ他にも、仲間だっているかもしれない。でも、それは向こうも同じ。ラヴィニアさんが勝てば、彼女はすぐに俺の異変を察知してくるだろう。他の協会の加勢だってくるかもしれない。それこそ俺は、こいつを倒さず、時間稼ぎにのみ力を注いだっていいのだ。逃げ回ることや隠れることだったら、得意なのだから。

 

 何よりも、こいつは俺相手に完全に慢心し、油断をしている。自分の勝利に揺らぎはなく、己の好奇心を満たすための成功された未来しか頭にない。ならば、俺はそれを遠慮なく突けばいい。好奇心は猫を殺す。相手は魔法使いで、俺にとっては格上の存在。だけど、やり方なら色々あるはずだ。

 

 

「さて、俺は無駄な時間を費やすのが嫌いだ。大人しくついて来れば、怪我はさせないと約束しよう」

「……小さな女の子一人相手に、人質を使うような相手との約束なんて信じられないですね」

「口が悪いな、最近のお子様は。それにしても、無知とは時に恐ろしいな。あの『氷姫』を小さな女の子と同列扱いとは、アレはそんなか弱い存在ではないのだがな。……まぁ、いい」

 

 うるさい、ラヴィニアさんがどれだけ凄腕の魔法使いだからって、俺にとってみれば子犬に帽子をとられて、パンツ丸出しで半泣きになっていた天然少女だ。幼くても仕事をするしっかりした面もあったし、はぐれ魔法使い相手に一歩も引かない強さを持っていたけど、それでも年相応の可愛らしい子だった。俺には、それだけで十分だ。それ以上の情報を知ったって、それが変わる訳じゃないんだから。

 

 今から俺がするのは、喧嘩じゃない。戦いだ。勝利条件は、別に相手を倒すだけではないが、それでもこれは、今の己の全てをかけた戦いである。はぐれ悪魔の時は、同じ舞台に上がることすらせずに、一方的に蹂躙した。あれは戦いとは言わないだろう。つまり、これが俺にとっての初戦ということになる。

 

 こうして、俺の初めての戦いの火ぶたが切られたのであった。

 

 


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