えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十二話 最悪

 

 

 

 四大魔王の一角であり、冥界の軍事を統括しているファルビウム・アスモデウスにとって、今回の遠征は友人達に誘われてついてきた気晴らしのようなものだった。一応公務として捉えるのなら、三年前に冥界を大混乱へ導いた皇帝ベリアルたち改革組と面識を持つため。現在の冥界は、未だに三年前の混乱の波が残っており、むしろそれを契機にさらに変わっていこうとしている、まさに悪魔の転換期だ。その発端となった悪魔について知っておくことは、為政者である魔王として当然ではあるだろう。

 

 しかし、ファルビウムには皇帝ベリアル達への伝手がなかった。皇帝も忙しい身の上で、魔王として呼びつけるのも世間体が色々めんどくさい。『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』の制作者であり、レーティングゲームの基礎理論を構築したアジュカや、シスコンのシンパシーで友情を築いたシスコン達に頼めば会えるだろうが、彼自身の生来のめんどくさがりも相まって、いずれ機会は訪れるだろう、と積極的に会合を望まなかった。緊急性のある事態ではなかったし、自分以外の魔王三人は彼らを知っていたのだから。

 

 そういった経緯もあり、今回のシスコン同盟からの皇帝の手伝いの誘いに「まぁ、ちょうどいいかな」と彼は考えたのだ。現在、冥界に対して最も影響力を持っている悪魔との会合。魔王として動くと世間体があるので、あくまでプライベートでこっそりと会う分には問題ないだろう。サーゼクス達からすれば、プライベートとはいえ魔王が現地へ向かうのに、ファルビウムにだけ何も伝えないのは…、と気にかけた結果だ。それにファルビウムだけ顔合わせができていなかったので、ついでにその時間も取れる。

 

 冥界の民へ絶大な人気を誇る皇帝達が動けば、民衆もそれにつられるのは明白。悪魔を統治する為政者として、今後の彼らの動きを把握しておく必要があり、出来ることなら友好的な関係を築いていきたい。そういった思惑も含めながら、シスコン達は自分の眷属達に「皇帝の誘いに乗るのは公務だから! これ、公務だから!」と説得して、時間を作ってもらったのだ。ルシファー眷属の女王であるグレイフィアは色々な意味で頭を抱えたが、必要性は理解したので、魔王眷属達のまとめ役として四人がいない間の指示を受け持った。彼女なら魔王が不在でも、しばらくは上手く誤魔化すことができるだろう。

 

『ぼくは気晴らしにいいかとノっただけだったけど、アジュカも来るとは思わなかったよ』

『……そうか?』

『あぁ。だって君、本当に必要な時以外は、自分の興味を引くものがあるかを重視するだろう。今回の件、そこまでアジュカの興味を引く要素なんてあったかな? と思ってさ』

 

 あと、ファルビウムが気になった事として、今回の遠征にアジュカ・ベルゼブブが協力的だったことだ。シスコン二人の思考回路はシスコンだからで理解した。しかし、こちらの友人は面白そうなら損得関係なく動くが、逆に言えば気になるものがなければ基本無関心だ。そんなアジュカの性格を理解しているからこそ、ファルビウムは純粋に疑問を持った。

 

 今回の件、ぶっちゃけ言ってしまえば魔王が四人も現地に行く必要はない。むしろ、魔王が関わるほどの案件かとすら思う。不正をしているならそれはゲームの運営に訴えるべきで、昏いことがあるなら衛兵に協力を仰ぐべきだ。言うなれば、とあるスポーツチームのトップが不正をしていて、それで部下が困っているみたいだから、総理大臣を助けに呼ぶような暴挙である。戦力としても過剰すぎるぐらいで、魔王が一人ぐらい残っていた方がグレイフィア達の負担も減るだろう。冷静なアジュカなら、それぐらいわかっているはずだ。

 

 だが、アジュカは今回の遠征へ当たり前のように参加を表明し、正体を隠すためにサーゼクスが考案したヒーローショーの台本を流し読みし出すほどである。台本を片手に持ったまま通信を交わすアジュカは、そんなファルビウムからの言葉にどこか疲れたように嘆息する。哀愁さえ漂っていそうだった。

 

 今回の件がレーティングゲームの不正に関すること『だけ』なら、アジュカはサーゼクス達に任せて残っただろう。彼らが裏で不正問題を暴いたら、表で魔王として迅速に動けるように裏方へ回る。ファルビウムが今回ついていくことを選んだのも、アジュカならそうするだろうと考えていたからだ。まさか四大魔王全員で現地に向かうことになるとは、とファルビウムは内心で考えていた。

 

『興味……とは違うな。今回のはどちらかといえば、『安全確認』のためだ』

『あ、安全確認?』

 

 アジュカから告げられた全く予想だにしていなかった解答に、ファルビウムは瞠目した。魔王が直々に確認しないとまずい安全って何だ。そんな彼の反応にアジュカは小さく笑いながら、遠い目をして答えた。

 

『『あの子』の能力も含め、その理不尽さをよく知っているのは、この中では俺だけだからな。彼の『嫌な予感』がどれだけの精度を誇るのか、自分の目で確かめるいい機会だろう』

『……『あの子』って、もしかしてアジュカが育てている弟子のこと?』

『あぁ、聞いたことはあるだろう。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』。メフィスト・フェレス会長が念入りに隠す秘蔵っ子。だが、今後は彼を少しずつ表へ出していくつもりらしいから、キミともいずれ相まみえる機会はあるだろう』

 

 時々、アジュカが楽しそうに話している時に出てくる『あの子』。三年前に魔法使いの理事長から依頼され、関わることになったと言われている。四大魔王の中でも、特に気難しそうなアジュカが気に入っている人間の子ども。メフィストとの契約があったため、その少年に関して四大魔王達も詳しくは聞けない。だが、アジュカが意欲的に修行をつけているらしいことは何となくうかがえた。

 

『皇帝が、そういえば言っていたね。『あの子』の嫌な予感もあって、こちらへ連絡したって』

『俺に向けたメッセージだろうな。……『あの子』の嫌な予感を無視したら、ろくなことにはならない。最初は小さなきっかけでも、後々になって事が大きくなった状態で結果的にこちらへ返ってくる危険性がある』

『そこまで?』

『残念なことに、実績がありすぎる。……この前、俺が新しいゲームを作ったのを覚えているか?』

 

 そう言われ、そういえばテストプレイをして欲しいとアジュカに頼まれ、魔王や眷属達でやったゲームを思い出す。あれはあれでなかなかカオスなことになった、とファルビウムはしみじみ反芻した。

 

『あぁ、あの闇鍋恋愛シミュレーションゲーム? アジュカがそれを持ってきた時は、サーゼクスの顔がすごいことになっていたよね。キミに恋愛って、一番遠そうなものだったから』

『俺はグラフィックやシステム面を担当しただけで、キャラクターやルート関係はさすがに眷属や専門に頼んださ。まぁ、そこはいい。俺が言いたいのは、そのゲームを作ったきっかけだ』

『確か、久しぶりにアジュカが実家に顔を出したら、アスタロト家の次期当主候補が敬虔なシスターを闇堕ちさせる性癖に目覚めて、実行に移そうとしていたんでしょ。それに頭が痛くなってめんどくさくなったアジュカが、「ゲームの世界でやっていろ」って放り込んだんだっけ?』

 

 今更ながら、ひどい理由である。シスコンという性癖に振り回されてきたアジュカにとって、これ以上めんどうな性癖はごめんだった。アジュカが作った闇鍋恋愛シミュレーションゲームの恋愛対象は、同族の悪魔のみでなく、人間や堕天使、妖怪や教会関係者とより取り見取りの内容となっていた。対象が対象なので、男主人公が女性を攻略する内容だ。サーゼクスは銀髪の女性を選び、後で頬を赤らめたグレイフィアに頬をつねられ、セラフォルーは迷いなく義妹ルートへ突入していた。やり終えたセラフォルーの感想は、『次回作の義妹は黒髪の眼鏡っ子を希望』と書かれていた。性癖に忠実過ぎる。

 

 アジュカがわざわざそこまで動いた理由の一つに、三大勢力との和平を見据えていたからだ。八重垣正臣とクレーリア・ベリアルという、サーゼクス達の念願だった和平の看板をようやく掲げることに成功したのに、こんなつまらないことで台無しにされては困る。和平を謳う魔王の血縁者が、喜々として教会に所属するシスターを堕落させる性癖持ちなど、信用のガタ落ちもいいところだ。だが、まだ和平に関する情報を表へ出せない現状で、敵対関係である教会のシスターを堕落させるな、とも言えない。友人達のおかげで、性癖を矯正する不可能さは身に染みて理解している。

 

 アスタロト家の次期当主候補は、面倒な性癖を拗らせてはいたが一応まだ未遂だ。故にアジュカが取った行動こそが、己の得意分野であるゲーム技術を生かした、疑似的に性癖を満足させる方法だった。最初は出来上がったゲームに無理やり突っ込んだが、元々十歳の持つ無邪気さと自己中心さを、思春期の妄想でさらに拗らせていただけの少年は、自分の思い通りになるゲーム世界へ見事に嵌まってくれた。おかげで今では、全キャラクターの攻略を目指しながら、二次元のハーレムに盛り上がる次期当主候補となったのだ。アスタロト家の両親は泣いていた。

 

『……さっきの話の流れ的に、もしかしてアスタロト家の次期当主候補の性癖暴走をその子は『予感』したってことかな?』

『魔王になってから、俺が実家にほとんど帰っていないことをあの子は随分気にしていてね。それでたまたま理由を聞いてみたら、『ちょっと嫌な予感がして…』と曖昧に笑みを浮かべられたんだ。すぐに確認をしてみたらコレだった』

『性癖は下手に拗らせると、後々怖いからね…』

 

 アジュカとファルビウムは、身近にいる重度のシスコン二名を思い出しながら、悟ったように乾いた笑みを浮かべ合った。ちなみにその元凶も、まさか自分の何気ない一言でここまで重鎮の方々を動かしている自覚がなかったので、後で別の意味で頭を抱えることだろう。

 

 

『とりあえず、アジュカの関心の理由はわかったよ。……ちなみに、今回のその嫌な予感はキミ的に当たりそうなのかな?』

『おそらく、当たるだろうと思っている。むしろ、俺が気にしているのはその最悪の『規模』だ。現在の冥界で勢いを持つ皇帝ベリアル達でさえ『手に負えない』ことを前提に考えた場合、正直何が飛び出してくるのか予想がつかない』

『なるほど。だから僕らという『最大戦力』で安全確認をしたかった訳か』

 

 アジュカの懸念を理解し、ファルビウムはゆっくりと手で顎を撫でた。ファルビウムは友人の告げる『あの子』を知らないため、彼と同じように考えるのは難しかった。今だって、頭の中では友人の懸念を大げさだと考えてしまっている。しかし、軍師として長年勤めてきた勘が、不思議とそれを無視するべきではないと告げてくる。その未知の感覚に、彼は小さく笑う。めんどくさがりやの自分が、どうやら珍しく興味を抱いたらしい。故に、ファルビウムも今回の遠征でアジュカと同じように見極めてみようと考えた。

 

 超越者二名と魔王級六名という明らかな過剰戦力で向かうことになるナベリウス領。常識的に考えれば、決して打つことはなかっただろう選択。いったいどんな『最悪』が待ち受けているというのか。この時のファルビウムは、そんな風に考えられる余裕があったのだ。

 

 

 ――しかしそれは、ヒーローショーの打ち上げと称して堂々と拉致ってきたナベリウス眷属の僧侶の口から出てきた『ネビロス家』という家名を聞いて、一瞬で消え去ることになる。数百年前、魔王軍と反政府軍との内戦で消息がつかめなくなってしまった闇。旧首都であるルシファードでの内戦決着後、反政府軍がどれだけ探しても、何一つ足取りさえ掴むことが出来なかった相手。『彼』が内戦で亡くなった可能性も考えたが、心のどこかで生きているだろうと思っていた。それほどまでに『彼』は用心深く、そして己の研究のためなら全てを捧げる男だったのだから。

 

「そうか、やはり生きていたのか…。ザオロマ・ネビロス」

 

 断絶されたネビロス家の最後の当主。己の研究にしか興味を抱かず、その好奇心を満たすためならあらゆる禁忌にすら手を伸ばす悪魔。あの内戦でネビロス家の研究によって残った爪痕は、今も彼らの心に忘れられない傷として残っている。内戦によってサーゼクス達は多くの命を奪われ、そして同時に奪ってきた。四大魔王達にとって、決して忘れられない、忘れてはならない戦争。

 

『魔王の血と力は、必ず今後も貴殿らの前に立つ』

 

 グッと無言で拳を握りしめたサーゼクスは、耳に残る復讐の亡者の遺言が頭を掠める。初代魔王の嫡子たちは、あの戦争でほとんどが亡くなった。他ならない、自分達の手によって。残った血縁者達も、冥界の辺境で尊き血筋を保つために生かされている。彼らの居場所を奪ったのは自分達だ。奪ったからこそ、冥界の未来のために彼らは責任を果たさなければならない。

 

 その未来を脅かす存在が、尻尾を掴ませることなく陰で蠢いていた初代魔王の関係者の痕跡が、ついに現四大魔王達の前に現れたのだ。本来の歴史なら、アジュカ・ベルゼブブ以外の魔王達は復活した『黙示録の皇獣(アポカリプティック・ビースト)』である『666(トライヘキサ)』と相対するために、隔離結界領域(かくりけっかいりょういき)に旅立った後に発覚するはずだった闇。四大魔王として、あの内戦を終わらせた者として、ネビロス家の闇を次代に残す訳にはいかない。

 

「なるほど、まさに『最悪』な相手だね。まさか『四大魔王込み』でようやく相手の尻尾を掴むことが出来るかもしれないレベルとは」

 

 皇帝達だけでは、ナベリウス家の王は抑えられても、ネビロス家には確実に逃げられていた。原作のように黒歌が主を殺害して逃げ出した後のように、ネビロス家が関わっていた証拠も含め、魔王達が介入する頃には全てを抹消された後だっただろう。『彼』なら、それが出来てもおかしくない。今回のような『偶然』のチャンスが訪れなければ、出し抜くことなどできなかった『最悪』の相手。

 

 ここには内戦を経験したことで、ネビロス家の闇を誰よりも理解している魔王達がいる。あの用心深い『彼』のことなので、己の居場所に繋がる痕跡はほとんどないだろう。しかし、ネビロス家が裏で暗躍していたという証拠なら手に入れられるかもしれない。全てに手を打たれる前に、迅速に証拠を集める必要がある。

 

「……『ネビロス家』を騙る偽物、という可能性は?」

「たぶん、ないかな。それだけ、旧ルシファーに仕えた六家の名前の持つ意味は大きいし、私たちもその名前を耳にすれば黙っていないのはわかっているはずだ」

「それにあの家は、ほとんど情報を表に出さなかった。偽物を騙るにも、情報が少なすぎるだろう。それにネビロス家は、俺とは違う方面で抜きんでた技術力を持っていた。『後天的に超越者を作り出す実験』のような常軌を逸した研究も、彼らならやりかねない」

 

 深刻な表情で疑問を口にしたセラフォルーへ、サーゼクスとアジュカも渋い顔でそれぞれ『ネビロス家』について知っている情報を話し合う。彼らは過去の内戦で、その狂気の研究の一端を見せられた。それによって変わり果てた姿となった魔王軍の青年を、サーゼクス自身の手で討ち取ったのだから。彼女も希望的観測を口にしただけで、おそらく本物だろうと心の中では思っていた。

 

「何より、本当に偽物が現れたら『ネビロス』自身の手で裏から処理に動くだろう。偽物とはいえ、『ネビロス』の名前が表に出るのを(いと)うはずだ。あの用心深い『彼』なら、長い年月をかけてようやく風化させた『ネビロス』の名前を、そんな偽物なんかの所為で再熱されるなんてごめんだろうからね」

 

 魔王三人の会話を聞きながら、ついでにとファルビウムは淡々と静かに考察を述べる。内戦を知るバアル大王や、古き悪魔達にとっても決して無視できない家の一つ。その暗躍の確証が得られれば、重い腰を上げさせることは難しくない。

 

「……皇帝、どうやら今回の件。僕らにとっても他人事じゃなくなったみたいだ」

「魔王である皆さんが、そこまで言うほどの相手という訳ですか」

「本当にね…。公務という名の気晴らしに来ただけだったはずなのに、とんだ残業だよ……」

 

 ファルビウムは残念そうに肩を竦めるが、普段の覇気のない姿とは違い、手に入れた最大のチャンスを掴むためのパターンを頭の中で組んでいく。そんな隣でアジュカは「あの子の嫌な予感は、毎回魔王を巻き込んでくるな…」と頭が痛そうに手を当て、リュディガーは同情の眼差しでアジュカを見つめていた。ロイガンは「あっ、これまた厄介事に巻き込まれた口だ」と遠い目になっていた。

 

 

「……真剣な話をしているところ悪いけど、まずはそのふざけた戦隊スーツを脱いでからやりなさいよ」

 

 そんなレーティングゲームのトップ陣三名(着ぐるみ一名気絶中)と、冥界を治める四大魔王達が、揃って厳しい表情で話し合うヒーローショーの打ち上げ会の中で、一人完全についていけない黒歌は諦観の眼差しで嘆息したのだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あり得ない…。あんな内容の手紙で皇帝が本当に来たこともそうだけど、魔王級を複数も引き連れて、しかも魔王まで全員集合でヒーローショーをやっているって何よ? 暇なの、この人達…」

「安心してくれ、ちゃんと公務と言って来たから」

「あなたたちのフォローに回る側の苦労がよくわかるわ」

 

 普段なら周りを振り回すのは黒歌の方なのだが、ここに集まったゴーイングマイウェイ共の勢いにはさすがに頭を抱える側に回るしかなかった。変装だからとスーツは脱いでくれなかったものの、一応顔見せとして素顔を見せてもらったが、全員テレビで見たことがあり過ぎる顔だった。これが悪魔のトップ陣…、と黒歌の目からハイライトが消えかけたのは言うまでもない。

 

 そんな黒歌の下へキラキラな眼差しで近づいたセラフォルーは、嬉しさを隠すことなく彼女の手を握りしめる。突然の魔王の行動にギョッと黒猫は肩をビクつかせるが、完全に好意しか感じない眼差しにたじろぐしかない。ギスギスした生活を送り、周りを信用することなく生きてきた黒歌にとって、いきなり現れた救い手たちに戸惑う気持ちの方が強かった。

 

 本当なら初対面の彼らをそう簡単に信じるなんてできないのだが、さすがに自分なんかのために超越者や魔王級複数が助けに来る方が、あまりにも現実味がなさ過ぎて頭が麻痺してしまっていた。信用できないと突っぱねるには、あまりにも相手が大物過ぎる。それに彼らなら、本当に自分も妹も救ってくれる『力』を持っているだろう。彼らにどんな思惑があったとしても、ナベリウス家はその影響を間違いなく受ける。握りしめられた手に力が入り、無意識に身体が微かに震えた。

 

「大丈夫よ、黒歌ちゃん☆ ディハウザーちゃんと一緒にあなたの妹ちゃんは、私達が絶対に助けてあげるからね!」

「ちゃん付けっ!? あぁー、えーと…本気、なのよね……?」

「もちろん、心配はいらないさ。だって、ちゃんと救ってみせるとキミと約束したからね。任せてくれ」

「ヒーローショーの勢いで大事な契約をしないでよ…」

「遠慮なんて要らないさ、黒歌くん。妹のために必死に頑張ってきたキミの行動に、私たちは感動したんだ。キミのような妹思いの優しい女性を助けるのは、お兄ちゃん仮面として当たり前さっ!」

「このヒト達、なんで私への好感度がこんなに高いのにゃッ!?」

 

 シスコンに垣根などない。妹を思う気持ち、それこそがジャスティス…。シスコン三名の琴線に触れた時点で、黒歌の扱いはこの三名の中ではすでに決まってしまっていた。完全な好意100%の言葉と今まで言われたこともないような賛辞に、悪意ばかりに触れてきたためこういったことに全く慣れていない黒歌は「もう勘弁して…」と羞恥に顔を赤らめる。そんなつもりであの手紙を書いたわけじゃ…、と謙遜してももう遅いのは言うまでもないだろう。

 

 

「……はいはい。盛り上がっているところ悪いけど、相手が相手だからそろそろ作戦を練ろうかぁー」

「それなんだが、ファルビウム。今回動くのは私達だけでいいのか?」

「そっ、まさに少数精鋭だね。相手が『彼』ならどこに協力者がいて、情報網を張り巡らせているかわかったもんじゃない。それだけの魅力的な技術力を持つ、本当にめんどくさい相手だよ。まっ、今回は人材も戦力も豊富だから『力技』でねじ伏せられる分、幾分か楽だけどね」

 

 先ほどまでの雰囲気が消え、軽い調子で告げる軍師にシスコン達も口を閉じて話を促す様に頷く。まさか相手も、『妹を助けて』というたった一文だけの手紙で、これほどの戦力が一気に集まるとは想定していないだろう。相手がどんな護りを築いていても、この戦力を前には無に等しい。アジュカという技術部門のプロもいるため、『ネビロス』の技術とも対抗できるだろう。

 

「確か黒歌ちゃんの話では、ナベリウス家に研究室へ行くための魔方陣が設置されているのよね。そこにみんなで突入する感じ?」

「さすがに突入組と待機組の二班に分けるよ。ナベリウス家の魔方陣を消されたら困るし、ちゃんと突入組の退路を確保する必要もあるからね。ナベリウス家の眷属達への事情聴取も必要だし、僕らの介入に対する混乱を最小限に抑えるべきだ。何より、……外からの敵勢力を迎え撃つ戦力もいる」

「……やはり、『後処理』に動く可能性は高いか」

「ちょっと待って、後処理ってまさか…」

 

 ファルビウムとサーゼクスの言葉に、黒歌はサッと顔色を悪くする。混乱したナベリウス家を狙う敵勢力。普通なら悪魔貴族の家を襲撃するなど、あり得ない暴挙だろう。しかし、ナベリウス家に設置した魔方陣から侵入者が来たと察知されれば、魔方陣の先で迎撃態勢を組みながら、裏でその証拠をもみ消すために『ネビロス』が子飼いをナベリウス家に向かわせる可能性は十分にある。実際に原作では、黒歌が主を殺害した瞬間には何らかの方法でそれを察知した相手側の迅速な行動で、全ての証拠は消されたのだから。

 

 そのため、ナベリウス家の研究の証拠を消されないための戦力も必要だった。また、侵入者を手引きした可能性も考慮して、ついでにナベリウス家の眷属達も証拠隠滅のために処理される危険性もある。彼らは望まずに実験の被験者にされていたが、投薬されていたなどの証拠の証でもあるのだから。故に彼らと証拠を警護するために、屋敷に待機する人材は必須だろう。

 

「まぁでも、待機組には僕が残るからそこまで人数はいらないけどね」

「……アスモデウス様の守護の力は聞き及んでいますが、それほどの力が?」

「ファルビーの持つ『絶対的な防御』の魔力。それこそファルビーに傷をつけるには、魔王級でもトップの実力者が本気で攻撃を加える必要があるわ」

「しかし、人数を揃えられたら…」

「逆だ。守りに入ったファルビウムと相対するなら、生半可な火力と戦力は格好の餌だ」

 

 四大魔王達の中で、世間一般的に一番実力が不明なのは間違いなくファルビウム・アスモデウスだろう。彼自らが動くことはほとんどなく、公式に残っている戦闘の記録も指で数えるぐらいしかない。故にレーティングゲームの改革組は噂でしかわからないため不安を口にしたが、四大魔王達は揃って信頼を口にする。それだけ、ファルビウムの守りに対して信を置いていた。

 

 彼の持つ『絶対的な防御』は守りだけでなく、食らった攻撃をカウンターの魔力に転換する能力もある。つまり、数をもらえばもらうほど、威力が強ければ強いほど、カウンターに転換される魔力の攻撃力が上がっていくのだ。その凶悪さは、過去の内戦で二百名にも及ぶ魔王軍の精鋭部隊の攻撃を彼一人で守り切り、溜め込んだカウンターの魔力を反射させた結果、生き残ったのはほんの数名だけだったという事実が残った。

 

 屋敷に残る妹が狙われるかもしれない、ということに焦った黒歌も、仙術によって感知できるファルビウムが常に纏っているオレンジ色のオーラに冷や汗が流れる。本能的に、このオーラと敵対することを恐れた。ここにいるのは、自分では足元にも及ばない超常の存在ばかりなのだ。先ほどまではとんでもない現実の所為で思い至らなかったが、そのことを徐々に理解していった。

 

「なら、私がアスモデウス様を補佐しましょう。ナベリウス眷属について調べていたので、彼らを説得する材料も揃えています。民衆への誤魔化しや、こちらの後処理のための情報操作も手伝えますから」

「あぁ、それは助かるよ。そっち方面の操作は、やっぱりめんどくさいしねぇー」

 

 さらに待機組として名乗りを上げたリュディガーへ、ファルビウムも嬉しそうに頷く。あとは、未だに気絶している金色の怪獣も(強制的に)待機組に割り振られた。目立つぬいぐるみ姿は、ナベリウス家に保護されている子ども達のおもちゃとして最適で、敵にとってもいいカモになってくれることだろう。煽りの上手いリュディガーと組ませておけば問題ない。ヒーロー達によって容赦なく吹っ飛ばされ、気絶中に勝手に役割を振られていくビィディゼの扱いに、黒歌は思わず黙祷を捧げた。

 

「ふむ…。それなら、我々戦隊ヒーロー達で悪の組織に突入するかたちになるってことかな」

「そっち側は、戦力がいくらあってもいいだろうからね。……キミたちの実力的に心配はしていないけど、警戒はしておいて。たぶん、後天的に超越者を作り出す過程で生まれた『ろくでもない研究成果』が相手だろうからね」

「……気分が悪くなる話ですね」

 

 技術面に明るいアジュカ、火力担当としてサーゼクスとセラフォルー、『無価値』の能力で防衛機能を切り崩せるディハウザー、そして『裂け目』を操ることで様々な事象に干渉できるロイガンがいれば、大抵の難事は乗り越えられるだろう。彼らの役目は研究所の制圧だけでなく、『ネビロス家』が関わった証拠の確保もある。迅速且つ、火力重視で障害を吹っ飛ばしてもらうべきだ。

 

 

 そんなやる気満々な八名を、黒歌はジッと見つめる。自分の助けを求める手紙から、ここに集まってくれた過剰戦力。優しかった母親を失い、妹を護るために悪魔へ転生し、ずっとたった一人で戦ってきた彼女にとって、全てが夢なんじゃないかと思ってしまうほど、信じられない光景だろう。そんな彼女の思いが、ポツリと思わず口から零れてしまった。

 

「……今更だけど、よく私の話なんて信じてくれたわよね」

「黒歌くんの話は、真実味があったからね」

「だけど、私は転生悪魔なのよ。しかも、自分の主を裏切るような行為だもの。あなたたちのような貴族の高貴な生まれで、純血の悪魔にとって面白いとは思わないと思うけど」

 

 黒歌の言葉に皇帝は当たり前のように答えたが、彼女の言う通り未だに多くの貴族悪魔の価値観はそうだろう。彼女の持つ悪魔への不信感は、これまで根付いてきた軌跡だ。それを解消するには、時間と彼女自身が変わらない限り難しいだろう。ディハウザーはそんな黒歌を諭すようなことはせず、小さく笑うだけで済ませた。彼女には言葉ではなく、きっとこれからの行動で示す方が伝わる。そんな気がしたのだ。

 

「それに、魔王やプロプレイヤーが眷属からの証言だけで、大した証拠もなく貴族の家に突入なんて、普通に考えてヤバいと思うんだけど?」

「だからこうして、しっかり変装しているのさ。まさかその魔王やプロプレイヤーが、堂々とこんな格好で活動しているとは思われないだろう?」

「それ、わかってやっていたんだ…。もっとまともな変装方法はなかったの?」

「常識で測れない、理解できないインパクトの威力ってすごいんだよ。真意を探る気力を根こそぎ奪ってくるからね。経験したからこそ、よくわかるのさ…」

 

 ディハウザーからの実感の籠った経験則に、黒歌は口を閉ざす。背中の煤け具合が見えた気がした。

 

 

「さて、それではこちらもそろそろ動こうか。黒歌くん、ナベリウス家の魔方陣までの案内を頼んでもいいだろうか。屋敷へは気づかれないように、こちらも上手く潜入しておくから」

「……わかったわ」

 

 シスコンレッドとして、リーダーのサーゼクスが全員に呼びかける。それに顔を見合わせながら頷き合い、打ち上げ会で用意していたものを片付けていく。戦隊ヒーロー達を引き連れて帰宅という羞恥イベントは回避できたらしい。それにホッとしながら、準備に動くヒーロー達へ向けて黒歌はおずおずと声をあげた。

 

「ねぇ、案内が終わったら私はどうしたらいいの?」

「研究所では、何があるかわからない。安全を考えれば、キミにはそのまま眷属達と一緒にナベリウス家の屋敷で待機していて欲しいと思っている」

「それなんだけど、……私も研究所に行くのは駄目かしら」

 

 言いづらそうに口にした黒歌へ、全員の手が止まる。彼女は最上級悪魔並みの実力を持っているが、この中では一番戦力的に低いのだ。元々戦力的には十分すぎるほどで、先ほども話していた通り『ろくでもない研究成果』を目にすることになるだろう。突入組の安全と迅速な行動が必要な中、下手したら足手纏いになりかねない。

 

 『ネビロス家』が後処理に動くかもしれない中、妹の白音を置いていくことに不安はあるが、このまま全てを突然現れた彼らに任せて終わらせてしまうことに納得がいかない思いもある。黒歌はこれまで、ずっとナベリウス家から逃れるために生きてきたのだから。

 

「無茶言っているのは、わかってる。でも、バカマスターとの繋がりを私自身の手で終わらせたい。それに父親(あの男)の業を、私の両親が関わった研究を知る権利が、娘の私にはあると思う」

「危険もあるだろうし、知らない方がいいこともある」

「嘗めないでよ。何より、バカマスターに一発入れる権利ぐらい、私にあってもいいでしょ?」

 

 主の研究の失敗によって亡くなった両親。悪魔の眷属になったことで自由を奪われ、大切な妹にさえ手を出そうとしていた己の主。彼女の中に蓄積されていた怒りは、決して消えた訳じゃない。黒歌がここまで証拠を集められたのも、その怒りが発端だったのだから。ギラギラと好戦的な笑みを浮かべる黒歌へ、ディハウザー達は仕方がないと肩を竦め合った。

 

 レーティングゲームの不正問題や『ネビロス家』という闇は、こちら側の事情だ。これは元々、一匹の黒猫が始めた戦いだった。理屈ではない。それを最後まで見届けたいと願う権利は、確かに彼女にはあった。

 

「……こちらの指示には従ってもらう。キミの主の処遇も含めてね」

「三発ぐらい殴るのはオッケー?」

「なんか増えているんだけど…」

 

 シュッシュッ、と猫パンチをシャドーボクシングのように繰り出す黒歌へ、サーゼクスは乾いた笑みを浮かべる。振り回され続けた彼女も、ようやく本調子が出てきたのだろう。もうここまで来たら、腹だって括る。魔王と鬼畜ナレーターへ「妹を絶対に守ってよ」と頼み、気合いを入れるように頬を軽く叩いた。「救ってくれるって言うなら、救ってみなさいよ」と最初に契約を口にしたのは自分なのだ。

 

 だから、一度だけ他者を信じてみよう。唯一自分の声を聞き届けてくれた彼らへ、この手を伸ばしてみよう。この道こそが、これからも妹と日の当たる場所を歩ける希望への道筋だと願って。

 

 

「あっ、そうだ! 黒歌くんが突入組(こっち側)に参加するなら、当然ユニフォームが必要だね」

「……えっ?」

 

 ポンッと朗らかに手を打った魔王様の声音に、突如寒気が走った気がした黒歌は、恐る恐るそちらに振り向くと――黒色の戦隊スーツを持って佇むシスコンレッドがいた。黒歌の頬が全力で引きつった。

 

「さぁ、これで今日からキミもシスコンレンジャーの仲間入りだ。黒歌くん、いや――シスコンブラックよっ!」

「おめでとう、シスコンブラック☆ 私と一緒に妹の素晴らしさを世に知らしめていきましょうね!」

「これからよろしく頼む、シスコンブラック。我らの同盟に新しい仲間が加わった事、心から歓迎するよ」

 

 シスコン共の有無を言わせないお祝いモードに、先ほどまでの勢いが物理的に削られた黒歌は助けを求めて視線を巡らせるが、全員からサッと逸らされる。信じた自分が、バカだった。プルプルと思わず涙目になった黒猫は、無駄に実力のあるシスコン達から逃げられる訳もなく、悲痛な猫の鳴き声のような悲鳴がこだまする中で全力で祝福されるのであった。

 

 




※アーシアさんフラグについては、次の6章とかで書ければいいなと思っています。

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