えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十三話 制圧

 

 

 

 祝福された黒猫の悲鳴が鳴り響いてから、数刻後。プルプルと顔を手で覆いながら震えるシスコンブラックの誕生と同時に、戦隊ヒーローたちは迅速に行動を開始した。まず彼らが始めたことは、ナベリウス家の屋敷を押さえることだった。黒歌は主を信用していないため、彼が屋敷にいる間は白音の傍を離れないように気を付けている。今回のように彼女が街中を散歩することができたのも、主が研究所へ出かけていたからだった。つまり、今なら眷属たちと接触しやすいと踏んだのだ。

 

 黒歌は一度屋敷に戻って眷属たちの様子を確認することになったため、魔力で普段の着物姿に戻ったが、どうせすぐに変身しないといけない現実に涙が出そうになる。屋敷へ戻る彼女の背中は、大変煤けていただろう。とりあえず、「白音の夢を叶えるためよ!」と若干自棄気味に自身を納得させ、彼女は眷属たちの中でも比較的事情を話しやすい相手を探しだす。眷属達とプライベートでの関わりなんてほとんどなかった黒歌だが、現状一番に救い手を求めているだろう相手をまずは味方に引き込もうと考えた。

 

 仙術を使えば、彼を探すのはそこまで難しくなかった。黒歌は相手のオーラを読み取ることができるからこそ、眷属達の中で最も『壊れかけている』のが誰かわかる。彼らは主の研究によって力を手に入れ、そしてその代償をずっと払い続けているのだから。そして先日、主が限界だと言っていた通り、ナベリウス眷属の『戦車(ルーク)』の目は全てを諦めていた。ここから逃げ出せるほどの実力がなく、それでいて身体はもう言うことを利かず、いつ主に処分されるのかと怯え続ける日々。黒歌が眷属達にあまり会いたくなかったのは、そんな絶望に塗り潰された彼らの目を見ていたくなかったからだ。自分は彼らとは違うと考え、未来を諦める気なんてなかったから。

 

 最初は突然現れた黒歌に『戦車(ルーク)』は訝し気な表情を見せたが、色々な意味で説明がめんどくさくなった黒歌は、「あんた達は成り行きで助かるから、とりあえず手伝いなさい!」と首根っこをつかんで眷属達と彼らの身内を集めさせる。ナベリウス眷属の中で最も孤立していただろう女性の行動に彼らは揃って呆然とし、そして突然現れた救い手の情報に唖然とするしかない。いきなりで信じられない気持ちが溢れるが、誰もが現状のままでいれば、いずれ遠くない内に破滅するだろうことはわかっていた。しかしそれでも――。主を裏切る恐ろしさと不安による沈黙が支配し、そんな突拍子のない話に混乱するナベリウス眷属達を前に、その救い手達はカッコよくポーズを決めながら現れたのであった。

 

「我らは、魔界戦隊シスコンレンジャー! 我々が来たからには、もう安心してほしい。黒歌くんから話は聞いただろうから詳しい説明は省くけど、私たちが君たちを助けに来たヒーローだっ!」

「……黒歌。我々はアレに救われるのか?」

「諦めなさい。私は諦めたわ」

 

 シャキーン! と謎の効果音を出しながら、シスコンレッドが代表して告げる。確かに誰でもいいからここから助けてほしい、と眷属全員が思ったことはあったが、現実に現れた救い手(戦隊ヒーロー)の存在に頭痛しかしない。これ、本当に信じていいの? 眷属達は遠い目で現実逃避をしだし、彼らの身内である子どもたちは戦隊ヒーローに目を輝かせた。シスコンイエローが子どもたちの相手をしている間に、シスコンブルーは呆然とする眷属達の診察へとすばやく入る。

 

 彼女の実家であるシトリー領は、冥界一の医療技術を誇っていた。その家の娘として、簡単な診察ぐらいならセラフォルーも出来たのだ。最初は戸惑っていた彼らだが、真剣な顔で自分たちを心配する女性に言われるがままに検査を受けた。戦隊衣装を着たままじゃなかったら、きっと白衣の天使にも見えただろう。シスコンブルーは眷属達の身体の状態に眉を顰め、これまでの投薬による強化でどれだけ彼らが酷使されてきたのかを感じ取った。

 

「これは、ひどいわね…。表面上に影響が出ないように調整によって偽造されているけど、内側は無理やり身体や魔力を弄られたことでボロボロだわ。すぐにでも病院に運んだ方がいいレベルよ。そこのキミは、すぐにベッドへ横になっておきなさい」

「摘発の証拠として使えますか?」

「少し弱いけど、冥界で許可されていない薬がいくつも使われている形跡があるわ。専門家に頼めば、もっと詳しくわかるはずよ」

 

 黒歌の話を信じていない訳ではなかったが、証拠はあればあるだけ揃えておくべきだ。ナベリウス眷属達が、人工超越者を創り出すために人体実験されていたのは間違いない。十分な機材がないため簡易的ではあるが、セラフォルーは患者達へ処置を行っていった。最初はおかしな格好をしたヒーロー達へ疑心を持っていた眷属達だが、彼らの誠実な対応に少しずつ協力を申し出ていく。第一段階をクリアしたことを確認したヒーロー達は、次に決定的な証拠を押さえるために研究所へ突入する第二段階へと移行した。

 

 

「待てー! ナリキン怪獣アバァードーン!」

「待て待てぇー!」

「ダァァァァッーー! だから、着ぐるみに張り付くなと言っているであろうがっ!?」

 

 そして、眷属とその身内達を一ヵ所へ集め、ファルビウムによる防衛線を築いた後。ナベリウス家に設置されている魔法陣へ向かった戦隊ヒーロー達と同じ格好に変身させられて引きずられていった黒猫を黙祷しながら見送った眷属達は、着ぐるみと遊ぶ子どもたちにホッと笑みを浮かべていた。こんな風に笑うことができたのは、いったいいつぶりだろうか。自分たちの主がいったい何を研究していたのかを、彼らは知らない。知らない方がいいとも聞いた。もう疲れ切っていた彼らにとって、この穏やかな時間が夢のような心地だった。

 

 なお、気絶から復活したアバァードンは、完全に置いてけぼりにされていることに怒りを感じたが、鬼畜ナレーターによって子どもたちが扇動され、そのままおもちゃにされていた。ファルビウムの護りの結界によって子どもたちが護られているため、怪我を気にすることなくアバァードンへどんどん向かっていく。幼い子ども達がパニックで混乱しないための配置だったが、彼はしっかり役目を果たしていた。本人は大変不本意であるだろうが。

 

「…………」

「おや、キミは彼女の妹だったね。一緒に遊ばないのかい?」

「あっ、えっと…」

「それとも、お姉さんが心配かな?」

「……はい」

 

 眷属達へ事情聴取を行い、護りを固めるために錬金術で強化を行っていたリュディガーは、ちらちらと姉が出ていった扉を見つめる幼子を見つける。年齢は八歳ぐらいで白い小猫のような少女。シスコンブラックに変身した姉が「白音、こんな私を見ないでぇぇ……」と涙目で引きずられていったら、そりゃあ心配だろう。幼い息子がいるリュディガーは、少女を安心させるように優しく微笑んで見せた。

 

「大丈夫、彼らは強いよ。私もアレらと敵対するなんて悪夢かと思うレベルの理不尽さだ。だから、彼らと一緒にキミのお姉さんは必ず帰ってくる」

「姉さまは、悪いヒトをやっつけに行ったんですよね?」

「あぁ、そうさ。彼らはヒーローだからね」

「……ヒーロー、うん。だって姉さまは、私にとってヒーローだもん」

 

 彼女の心の中で、姉が心配な気持ちはずっとある。だけど、それと同時に白音にとって一番のヒーローはやっぱり黒歌なのだ。一人ぼっちだった彼女にとって、家族である姉が唯一の心の支えだった。いつも一緒にいてくれて、自分を助けてくれて、そして自分が精いっぱいに支えたいと願った相手。だから、黒歌が危険な場所へ行くことに不安はあっても、白音は見送ることを選んだ。黒歌の目に覚悟が見えたからこそ、彼女は待つことを選んだのだ。

 

「息子と日本のアニメを見ていて知ったんだけどね、ヒーローは必ず勝つものらしい。彼らが勝つと信じる思いがある限り、ヒーローは決して挫けない」

「……じゃあ、私が願ったら姉さまの力になるかな?」

「もちろん。だから、安心して待っていなさい」

「はい…」

 

 こくり、と小さく頷く白猫。声は小さかったが、その金眼は強い意志を宿すように輝いていた。その強い目の輝きが、先ほど決着をつけたいと決意を固めた姉とよく似ている。それに、魔術師は優し気に目を細めた。

 

「ちなみに、あそこにいるナリキン怪獣アバァードンはヒーローと敵対していてね。キミのお姉さんへの思いを届かせるために、みんなと一緒にキミも力を貸してあげて欲しい」

「……いってきます」

 

 怪獣に指をさして、堂々と差し向けるリュディガー。姉の力になると言われ、白音もアバァードンへ突撃していった。スッと腰を落とし、的確に着ぐるみの死角を狙うあたり天性の才能を感じる。向こうで「この、鬼畜ナレータァァァーー!!」と増えた子どもに文句の声が上がるが、当然スルーする。子どもは元気が一番である。

 

 だからこそ、この笑顔を守るのが自分たちの仕事だろう。

 

 

「……来たみたいですね」

「サーゼクス達が魔方陣に突入して、まだ数分も経っていないだろうにね。元々配置されていたと見るべきか」

「私の探りに気づいていた可能性もありましたし、黒歌くんの様子がおかしいことに感づかれていた可能性もあります。どちらにしても、私たちのやるべきことは変わりません」

 

 ナベリウス家の周辺に配置しておいた探知の魔道具から、屋敷への侵入者を感知する。リュディガーの声に、ファルビウムも静かに頷いた。リュディガーは子どもたちに弄ばれていたアバァードンを起こし、子どもたちを眷属達へ預けた後、ファルビウムへ合図を送る。

 

「屋敷への侵入を確認。どうやらこちらの逃走を防ぐために、出入口を完全に封鎖したようです」

「なら、その上から結界でさらに閉じ込めようか。相手を逃がしたくないのは、こちらも同じだからね」

 

 ネビロス家が送り込んだ刺客なら、当然警戒はしているだろう。相応の人数を揃えただろうし、最上級悪魔クラスとされる黒歌を相手にするかもしれないと考えれば、戦力的にも間違いなく強者が揃えられているはず。原作で黒歌がただ逃げるしかなかったと言わせたほどの敵だ。しかし、今回は相手が悪かった。彼らもまさかナベリウス家の侵入者が、最上級悪魔を超えた魔王級が複数。それも一人は、防衛において随一の実力をもつ者だったとは思いもよらなかったのだから。

 

「僕に延長の仕事をさせた報い、しっかり晴らさせてもらうよ」

 

 個人的な文句を口にしながら、覆面に『ファルビー』のロゴ入りスタッフTシャツを着た男は、オレンジ色の魔力を(ほとばし)らせる。ナベリウス家の屋敷を一瞬で完全に囲み、転移による逃走を遮り、外との連絡手段さえも遮断させた。侵入者たちがどれだけ対策をしていようと、次元が違う力を前に成すすべもなく結界が張られていくのを呆然と見るしかない。ファルビウムは自身の力を表へあまり出すことがないため、敵がそれに対抗する術を研究できる機会がほとんどない。ネビロス家の刺客が、すぐにこれを対処するのは不可能に近いだろう。

 

「チッ、今回だけだぞ! 鬼畜魔術師っ!」

「おや、アバドン家の固有能力をじっくり研究するせっかくの機会なんですけどね…」

「だから、嫌なんだろうがッ!?」

 

 それと同時に、ビィディゼは目の前に大人二人ぐらいが入れるだろう『(ホール)』を開き、入り口付近で混乱しているだろう刺客達の前に突如姿を現す。謎の仮面男と怪獣の着ぐるみの登場に、目が点になる刺客達。自分よりも化け物レベルに囲まれて鬱憤が溜まっていたアバァードンは、そんな彼らへニヤリと笑みを浮かべながら空間に干渉し、挨拶代わりの魔力を込めた。

 

「では、開幕の合図といこう」

 

 自分の目の前の空間へ複数に展開した『(ホール)』を浮かべ、そこに魔力の弾丸を撃ち込んだ。それらは『(ホール)』に吸い込まれ、忽然と消えた魔力は刺客達の背後へと発生した『(ホール)』に繋がり、不意打ちの攻撃が彼らに襲い掛かった。慌てて防御に回るが、その威力は咄嗟に張った程度の防御魔法などあっさり貫いていく。それによる損害に悲鳴が上がるが、それでも反撃しようと怪獣に向けて、魔力の雨が、必殺の一撃が降り注いだ。

 

 しかしそれらの攻撃を、アバァードンは余裕でいなす。降りかかる魔力を『(ホール)』で吸収し、こちらへ向かってきていた刺客へ跳ね返すように『(ホール)』を繋げて迎撃する。また、自身も『(ホール)』で移動し、怪獣の着ぐるみによる全体重でタックルを仕掛け、怪獣の尻尾で転倒させ、軽やかなステップで翻弄していく。着ぐるみに精鋭を減らされる現実に、刺客達の精神にも大ダメージが入っていた。

 

「こんな、ふざけた着ぐるみ風情にっ……!」

「まぁ、その気持ちはわかるが、今回は味方なのでね。あの性根は好きになれないが、己の特性を最大限に生かす『才能』は本物だ。それが例え、貰い物だとしてもね」

「――ガッ!?」

 

 見た目や能力から目立つビィディゼを囮に使い、リュディガーはコツコツと裏から刺客達を排除していった。潜んでいた最後の一人を気絶させ、死屍累々な玄関口の前に踏ん反り返っているアバァードンの前に姿を現す。一応、魔王達からネビロス家の証拠確保のために彼らを生かしたままにしてほしいと頼まれていたので、死者は誰もいない。『(ホール)』で現れてからすぐに姿を消していたリュディガーを見つけ、ビィディゼは相手に聞こえるように舌打ちをした。

 

「私を囮にしておいて、自分の力はこちらへ見せる気がないか…」

「そういう性分でね。手札を堂々と(さら)せるほどの『力』がないからこそ、それ以外のあらゆる『力』で補って、私はここまで登ってきた」

「ふん、可哀想だな。『才能』を地位や金で手に入れられない者は」

「だからあなたとは、相容れないのでしょうね。……いずれその『才能』を返上するのでしょう?」

 

 暗に数年後、『王』の駒を魔王へ返却するのだろうと伝えると、ビィディゼは忌々しそうに睨んだが、すぐに不遜な態度で鼻を鳴らした。

 

「すでに今後の振る舞いは考えているさ。私の生き方にまで、そちらに口を出される筋合いはない」

「わかっていますよ、この話に関しては平行線になるだろうことは。……さて、次は研究所に繋がる魔方陣あたりの掃除に行きますか。アスモデウス様の結界を突破できず、溜まっているようですからね」

 

 お互いにそれ以上の会話をやめ、ビィディゼが作り出した『(ホール)』へ身を躍らせていった。彼らが行動している間にも何ヵ所かで爆発音が響いたが、おそらく魔王の結界を破壊しようとして攻撃をした結果、カウンターによって殲滅させられた音だろう。どれだけの精鋭を揃えようと、守護者であるファルビウムによる強固な結界の前に成す術もなく、さらに狭い建物内で自由に移動できるビィディゼの『(ホール)』による奇襲を受け、リュディガーが漏れを許さずに始末していく。

 

 魔王級三名による容赦のない迎撃。ナベリウス家の防衛戦は、恙無(つつがな)く遂行されていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「くそっ、侵入者共はまだ始末できないのかッ!?」

「も、申し訳ありません!」

 

 ガンッ、とモニターに映る侵入者を一瞥し、黒歌の主である男は苛立ちを隠すことができなかった。数分前に突如響き渡った警報に研究所は騒然とし、さらにその侵入者の出で立ちに唖然とするしかなかった。彼らがナベリウス家の屋敷に設置している魔方陣から侵入してきたのは、すでに確認されている。本来なら研究所へのパスがなければ起動しないはずの魔方陣を、起動できた時点で相手がただ者ではないのは理解しているのだ。しかし、頭がおかしいとしか思えない戦隊ヒーローの衣装で突撃してきた相手に、主の怒りは一気に爆発した。

 

「――っ!? また監視媒体を破壊されたようです!」

「クッ! 早く復旧させろっ! こんなこと、ネビロス様に知られたら……」

 

 すぐに多くの警備兵や魔物を向かわせ、研究所の扉をロックし、ありとあらゆる罠を起動させている。だが、一向に成功の報告は上がってこない。ネビロス家から研究を任されていた身として、とんでもない失態だ。敵に侵入され、未だに始末もできず、挙句の果てに敵の目的も正体も全く掴めていない。このままでは見捨てられるどころか、後始末でこちらが消されかねない。焦りから喉がカラカラに乾きだし、悪魔は血走った眼で壊された映像端末を睨みつけた。

 

 少しでも敵の情報を拾えればよかったのだが、真面目に戦隊ヒーローの格好で突撃してくるようなとち狂ったとしか言いようがない相手に、何も案が思い浮かばない。いや、なんで本当にそれで侵入してきたの? もうちょっとシリアスができるような空気を大事にしろよ。一々警備兵を倒すたびにカッコよくポーズを決め、映像端末を見つければ決めポーズを必ず決めてから破壊し、どこの無双ゲームかと言いたくなるぐらい容赦なくレッドとブルーによって吹っ飛ばされていく。高く跳んで蹴りを入れるわ、意味もなくバク転をするわ、謎のステッキから☆や♡マークが飛び出すわ、自由過ぎる侵入者に頭が痛かった。

 

 ロックしたはずの扉もグリーンによっていつの間にか開けられ、逆に閉じ込めてもピンクの『裂け目』によって開けられ、罠を発動させてもイエローの『無価値』によって無効化され、ブラックの仙術の力で最適なルートが選ばれる。正面突破でありながら、恐ろしく最適化されたRTAのように最速で突破されていく研究所。まさに悪夢だった。

 

 

「しかし、先ほど通っていたルートから推測するに、おそらく彼らはこのルートを通るだろうと思われます」

「……『被検体D―149号』を出せ」

「なっ!? しかし、アレはこちらも制御できるかわからないもので、危険だと……!」

「黙れッ!! こんなふざけた者たちに虚仮にされたままなど、許せるわけがない! なら、いっそのこと全てを壊してくれるッ!!」

 

 怯える研究員を突き飛ばし、主はコンソールパネルを操作して、特殊な麻酔によって眠らせていた『絶望(被検体D―149号)』の眠りを覚まさせていく。それに、周りにいた研究員たちは悲鳴をあげ、これから訪れるだろう蹂躙に身体を震わせた。『強い』とか、そんな生易しいものではない。いくら相手が実力者であろうと、ネビロス家の技術によって『変異』したアレが相手では、もうどうすることもできないだろう。同時に解き放たれたアレをその後どうすればいいのか、という問題も起こるがそれを今の怒りに支配された男に言っても無意味であろう。

 

 ネビロス家から贈られた『力』の一端を取り込ませた被検体の多くは、その『力』を受けきることができず、奇怪な生物へと変わり果て、絶叫を上げながら息絶えている。辛うじて生き残った者は(おぞ)ましい姿へと変わり果てた末に、意思なく憎悪に暴れまわるだけの生物となっていた。肉体は腐り落ち、激痛が常に蝕みながらも、再生され続ける身体に精神は完全に崩壊される。さすがの主もこれを自らの眷属に試すのはまずいと理性を働かせたほど、ネビロス家から贈られた『力』は異質だった。

 

「『スカルミリョーネ』……、確か『乱雑な汚い髪をした者』だったか」

「しゅ、主任?」

「いや、ネビロス様からあの『力』について聞いたとき、呟かれたお言葉だ。詳しくはわからないが、我々では未だ測ることができない領域の先にある『力』なのだろう」

 

 研究用として贈られた『力』は、ネビロス家にとってみれば本当に一端でしかない。それに無意識な震えが身体に起きる。今回侵入者相手に開放したのは、なんでも昔あった内戦で都市一つを壊滅寸前にまで追いやったとされる化け物の劣化品らしい。アレで劣化品だということに恐れを覚えたことだろう。腐食の力を纏い、生半可な攻撃などものともせず再生し、常に猛毒の霧を周囲にまき散らす。犬や鳥や虫など様々な生き物が複雑に絡み合い、大型のドラゴンと同様の大きさはあるだろう怪物。生きとし生きる者を拒絶する、悪魔の使者。

 

 そして、眠りから解放された怪物に理性はなく、あるのは生きる者への憎悪のみ。侵入者が向かうルートへ配置したため、アレは問答無用で襲い掛かるだろう。それから数刻も経たない内に、ついに生者と邂逅した化け物は呻き声を上げながら、魂を竦ませるほどの絶叫と共に戦隊ヒーロー達へその巨体を向かわせた。その『異常』にピンクとブラックは思わず身体を竦ませたが、彼女たちを守るようにシスコンレッドが無言で前へ出る。ブルーとグリーンへ二人を頼むと合図を送り、その手に『滅びの魔力』を纏わせた。

 

『旧ヴァレフォールの戦いで、キミと似た相手と一度戦ったことがあるから知っているよ。その暴虐なまでの『力』を。この世に存在してはならない『力』を。そうか、やはり『アレ』はネビロス家の仕業だったわけか…』

 

 シスコンレッドは憐憫の眼差しで、生者への憎しみに支配された哀れな怪物に目で黙祷を捧げ、決意を胸に紅の魔力を最大出力で燃え上がらせる。

 

『せめてこれ以上の苦しみなく、逝かせてあげよう』

 

「……はっ?」

 

 主は、そこにいた研究員の誰もが信じられない光景に、呆然と見ることしかできなかった。画面に映っていた男の言葉もそうだが、ありえないほどの魔力量と全てを消し去る『滅び』の力に。シスコンレッド――サーゼクス・ルシファーは、己の力を隠すことをやめ、紅の魔力を解き放った。彼は知っていたからだ、この化け物を。内戦の時に戦った相手とは違うが、それでも忘れることなどできない『異常』を覚えている。だからこそ、彼は躊躇わなかった。

 

 本来なら証拠のために生かしておくべきだろうが、『それ』は存在する生者全てに害を与える。何より、憎悪で理性を壊された者を、これ以上この世に曝し続けることを憐れんだ。意思などとうに消えたはずの怪物は、自分の全てを消し去る力の奔流を前に本能的に怯える。恐怖から我武者羅に暴れまわり、その咢を届かせようと迫った。だが、それが怪物の最期となる。

 

滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)

 

 少し前にヒーローショーで放った魔力とは比べ物にならない滅びの力が、怪物を無へとかえす。あれほど荒れ狂っていた暴虐なる『力』の全てを、その存在ごと消し飛ばしたのだ。本当にあっけないほど、たった一人の手によって『絶望』は消え去った。残ったのは、痛いぐらいの静寂。ナベリウス家の男は現実を直視したくないと首を横に振り、侵入者の正体に震えが起きる。カチカチと歯を震わせ、焦点の合わない視線が彷徨った。

 

 これが、本物の超越者。『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』の異名を持つ悪魔の力。己が目指していた極致。己の目でその『力』を目にしてしまったからこそ、その理不尽さに怖れを抱いた。映像越しのはずなのに、こちらを射抜く魔王の瞳に「ヒッ!?」と悲鳴が上がる。ネビロス家から齎された『力』に溺れた自身を決して許さない、と訴えるかのように。

 

 

「……まさか、魔王が自ら乗り込んでくるなんて」

「ど、どうすれば…。本物の超越者相手に、わ、私はどうすれば……。ネビロス様に助けを――」

「ここまで知られて、助ける訳がない。あなたはネビロス家について知り過ぎている。魔王にこれ以上情報を掴まれるのは困りますね」

 

 先ほどコンソールパネルを操作するために突き飛ばした研究員の男から、温度の感じない声が届く。狼狽えていた表情からは打って変わり、そこに浮かぶのは氷のような相貌。こいつは何を言っている? と身体を向けようと動いた主は、突如腹部に受けた一撃に血反吐を吐き、悲鳴をあげた。研究員の男から無慈悲に放たれた魔力の一撃に肌が焼かれ、ドクドクと血が流れだす。突然の凶行に混乱する現場で、研究員の男は小さく舌打ちをした。

 

「主任、時間をかけさせないでください。動いたら、証拠の隠滅ができないでしょう」

「きさ、まは…。まさか、ネビロス様の……」

「えぇ、監視ですよ。主任がヘマをしたときに、あなたを消し去るためのね。『アレ』をよりにもよってサーゼクス・ルシファーに見せてしまった以上、できる限りの証拠を消さなくてはならない」

 

 これ以上伝えることはない、と絶望に倒れ伏す悪魔を跡形もなく消し去るために、ネビロスの使者は躊躇なく凶弾を放った。

 

 

「それは困るな」

 

 ネビロスの使者の放った魔弾が、その一言で突如ベクトルを変え、サーゼクスが映っていた映像画面に衝突する。他者が起こした現象を、まるで己のもののように操る超越の力。あらゆる異能者や術者にとって天敵となるだろう、『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』の持ち主。それが、二人目の超越者の力。

 

 誰もが呆気にとられた中で部屋の壁に突然『裂け目』が現れ、そこから五人の戦隊ヒーロー達が迅速に制圧にかかる。あの怪物が現れ、サーゼクスが魔力を開放することで敵はこちらの正体に見当がつく。だからこそ、アジュカ達はサーゼクス・ルシファーを囮にしたのだ。彼ならあの程度の相手に手こずることはない。故に、敵が魔王の存在に気を取られている内に、黒歌の仙術による案内の下、本拠地へ一気に乗り込んだのだ。

 

 何より、あのネビロス家がナベリウス家の主を監視する目を用意しない訳がない、と彼らは考えていた。ファルビウムからも、一番厄介なのが不利を悟ったネビロスの使者が、ナベリウス家の主を始末にかかる可能性だったのだから。だからこそ、サーゼクス達は事前に打ち合わせを行い、『わざと』超越者の力を見せることで隙を狙ったのだ。人工超越者を創ろうと考えていた者たちが、本物に目を奪われない訳がない。その奇襲は、見事に成功した。

 

 ネビロス家の使者は慌てて転移魔法を発動させようとしたがアジュカによって魔方陣を消され、部屋に仕掛けていた隠滅用の攻撃は皇帝によって安全に『無効化』される。セラフォルーが逃げ出そうとしていた研究員たちを凍らせ、ロイガンはその間にコンソールパネルを操作し、管理システムの奪取を図る。そして黒歌は、血だらけになり、浅い呼吸音を吐きながら呻く己の主の下へゆっくりと向かった。

 

 足元に倒れた主を、黒歌は無感動な瞳で見つめる。ほんの少し力を出すだけで、自分はこの男を殺せる。母親の命を、姉妹の運命を狂わせた男に復讐ができるのだ。これまで自分が味わってきた絶望と同じ目に遭わせられる。それに、このまま放置すれば遠くないうちに息を引き取るだろう。その前に自分の手でけじめをつけたい気持ちが沸き上がった。彼女の中にあった怒りは、決して消えたわけではないのだから。

 

「どう、バカマスター? 飼い猫に殺生を握られる感想は?」

「……お、前は」

「十発ぐらい殴るつもりだったけど、これじゃあ一発で終わっちゃうかもしれないわね」

 

 スッと手を振りかざす黒歌に、主は絶望に震えた。黒猫は大きく深呼吸をし、情けなく悲鳴を上げる男へ――ニヤリと悪猫らしい笑みを浮かべた。

 

「だから、こんなところで死なせてなんてやらない。二十発ぐらい殴っても死なないぐらいに回復したら、覚えておきなさいよ」

「へ? ――ゴフッ!?」

 

 振り下ろした手を手加減しながら主の顔面に打ち込み、仙術による癒しのオーラを送った。この三年間で主を観察し続けたことで、オーラや魔力の波長はとっくに覚えている。致命傷に近かった主の症状は、黒歌の仙術による回復で徐々に安定していく。すでに気絶している男へ、不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、黒歌は真剣な表情で仙術をコントロールしていった。暴力的に力を使うことの方が得意な黒歌だが、幼い頃に母から教わった技術は今も彼女の中にあるのだから。

 

 セラフォルーの氷によって、死なないぐらいに拘束された研究者達。この研究施設に残された『ネビロス家』から渡されただろう力の一端は、今頃サーゼクスが制圧に向かっているだろう。そして、生存したナベリウス家の主からの研究の証言も取れる。こちらの目的が達成できたことに、戦隊ヒーロー達は笑みを浮かべあった。こうして、悪の組織の制圧は無事に完了したのであった。

 

 

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