えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十四話 終息

 

 

 

 シスコンのシンパシーと安全確認のために、成り行きで集まってしまった超越者と魔王級と黒猫の九名による、ナベリウス家の研究所攻略。研究所の魔方陣から侵入者を感知した刺客達は、ナベリウス家の屋敷へバックアタックを仕掛けたが、逆に防御結界と怪獣と鬼畜により理不尽なバックアタックを決められる。そして、悪の組織を制圧するために突入した戦隊ヒーロー達は、(敵側にとって)悪夢としか言いようがないRTAを無事に完了させたのであった。

 

「お疲れー、みんな! 研究所の大元は抑えられたし、まさに大戦果だったね☆」

「今までゲームで魔王級の実力者だって敬われてきたけど、本物の魔王様たちってやっぱりすごいのね…。あっ、レヴィアタン様。研究所の通信機能を回復させました。ルシファー様が合流できるように、こちらから通信を送りますか?」

「あっ、お願いね。ショタコンピンク! あと、今の私は謎の美少女戦隊ヒーロー、シスコンブルーだからね☆」

「その設定、まだ続けるのですね…」

 

 片手でVサインを作り、キランとポーズを決めるセラフォルーへ、三年間皇帝に鍛えられてきたロイガンは特に触れることなく、そのままスルーして頷いた。慣れを感じる。そして通信を送った後、二人は凍らせた研究員たちを一ヵ所に集め、防衛側のファルビウムへ経過の報告を行っておく。向こうも特に問題なく制圧できたようだが、ファルビウムはめんどくさそうな声で『戦果は嬉しいけど、これからの後始末に一番気が遠くなりそう…』とボヤいていた。

 

 ルシファー直属六家の一つである、ネビロス家。内戦後、断絶されたと思われていた一族は、裏で非合法の研究を続けていた。その証拠を手に入れるために、彼らは最大戦力で迅速な攻略を行い、研究資料や実験体などを敵に消される前に押さえる必要があったのだ。サーゼクスが消滅させた『アレ』は、内戦で都市一つを壊滅寸前にまで追い込んだ化け物の模造品だろう。内戦後、それに関する資料や成果物をどれだけ探しても、何一つ見つけることができなかった苦い経験が四大魔王達にはある。人工超越者の理論も含め、あんなものを本気で研究して創り出そうと考える者など、他にいない。

 

 

「ゲーム大好きグリーン様。その…、ネビロス家の痕跡などは辿れましたか?」

「俺は別に普段通りに呼んでもらっていいんだが…。とりあえず、ネビロスの使者が最後に使おうとしていた魔方陣を調べてみたが、ただ研究所の外に逃げるためだけのものだな。あの用心深い御仁のことだ、自分の下へ直接繋がるルートを残しているとは思えない」

 

 真面目に設定を守る皇帝に呆れながら、アジュカは淡々と無数の魔方陣を指先で動かし、研究所のシステム関係を掌握していく。研究所のシステムを破壊するコードのようなものがいくつも仕掛けられていたので、おそらくアジュカぐらいの技術者でなければ、安全に解除することはできなかっただろう。大元を叩くことはできなかったが、これまで影も形も掴めなかった相手の尻尾をようやく掴めたのだ。超越者の火力と技術があったからこそ、ここまでの戦果をあげられたのは間違いない。

 

「……あの子には、またとんでもない恩が出来てしまったな」

「あの子の一言があったからこそ、魔王様方に連絡を取ることを迷いませんでしたからね…。クレーリアの救出だけでなく、レーティングゲームの改革を促し、それによって古き悪魔たちの動きを鈍らせ、二人を広告塔として見せることで和平への道筋を立てる。それだけでなく、今回の件で違法な研究所を摘発し、人工超越者の研究を暴き、さらにルシファー六家のネビロス家を表側へ引きずり出すこともできた」

「こちらにとっては、良いことではあるはずなんだが…。改めて並べられると、頭痛がしてくるな……」

 

 周りに会話が聞こえないように声を抑えながら、アジュカとディハウザーは深くため息をついた。本来なら後々になって連鎖的に爆発していくはずだった大量の問題を、着火する寸前に全力で押さえこみに行っている状態だ。爆発しなくてよかったと喜びたいが、それまでの過程が大変すぎる。それでも、実際に爆発した時の被害を考えれば、為政者である魔王として無視するわけにもいかない。一番厄介なのが、これをやらかしている元凶本人が無自覚であることだろうが。

 

 ちなみに倉本奏太は、今回のナベリウス家に関する問題をほとんどわかっていなかった。「人工超越者とかネビロス家とか、何それ?」と半端な原作知識に彼は呆然と呟くだろう。ただ黒歌が自分の主を殺してしまうことは覚えていたので、何とかならないかなと警告を発してみたら、大人たちが過剰に反応してしまったことで結果的に解決できただけのことなのだ。勘違いという訳ではないが、本人が意図していた以上に実績だけが積まれてしまっていた。

 

「前回はフェレス会長との契約だと表向き偽り、俺が師となり、後ろ盾となることで彼に恩を返していくつもりだったが…。さすがに今回の件に、表だって感謝を述べる訳にもいかないしな」

「こちらでお礼をするにも、私やローゼンクロイツ殿は基本冥界にいますし、アバドン殿は気質的に難しく、そしてベルフェゴール殿は事案を起こしそうなので絶対に会わせられません」

「賢明な判断だ。……そういえば、前にあの子が先生を探していると言っていた術があったな」

「そういえば…」

 

 アジュカの呟きから、二人は自然と同じ方向に目線を動かす。そこにいるのは、不機嫌なオーラが滲み出ているが、それでも繊細に能力をコントロールしようと集中する黒歌がいた。彼女の主の容体はだいぶ安定したようで、腹の出血も止まり、えぐれた肉も少しずつ修復されてきている。それにディハウザーは、思わず感心したような声を上げた。種族的に悪魔を癒す方法はあまり多くない。まず悪魔の中で仙術を使える者が少ないため、未だに未知の領域扱いなのだ。試合ではその凶悪さが目立っていたが、気を操る術はかなり特殊なことがうかがえた。

 

「……何?」

「いや、素晴らしい技術だと思ってね。気を散らしてしまったのなら、すまない」

「別に、もう十分に傷は塞がったと思うし。……まさかこの私が、バカマスターを助けることになるなんてね」

「……よく耐えたね」

 

 ディハウザーが告げたのは短い言葉だが、その意味を黒歌は正確に理解する。それに少し睨んでしまったが、フンと鼻だけ鳴らしておいた。魔王や皇帝達に「主を殺すな」と言われていたから、ということも確かにある。だが、今でも彼女の中にある主に対する怒りが消えたわけではない。それらの声を無視して、内側で荒れ狂っている怒りのまま、自らの爪を目の前の喉笛に突き立てることだってできただろう。きっとその行為に罪悪感なんてわかないだろうし、後悔だってしない。

 

 しかし、黒歌は約束したのだ。三年前のあの日に、たった一人の大切な家族の夢を叶えてみせると。姉妹二人で太陽の下を笑って歩いていこう、と温かい光を妹はくれたから。もしここで怒りのままに主を殺し、自分の手を血で汚してしまったら、白音の真っ白な手を握れなくなる。その資格を自らの行いで、失ってしまうだろう。だから、彼女は「殺さない」ことを選んだ。ただ、それだけのこと。

 

「バカマスターなんかの血で、私の手を汚したくなかっただけ。知らないの、猫って綺麗好きなのよ?」

「そうか。どうやら、いらない心配をしてしまったようだね」

 

 黒歌のツンとした態度に、皇帝は小さく噴き出す。心配なんて必要ないと告げるように、彼女は弱みを見せることなく、十分に自分の足で強く生きていけると示していた。一切の迷いなく言い切った黒歌に、安心したように彼は笑った。

 

「私のことはいいわ。……それで、これからどうするの?」

「さっきアスモデウス様が、外にいる眷属のみなさんと連絡を取ってくれたみたいだ。ネビロス家の刺客達を引き渡した後、彼らと一緒にこちらへ来るそうだね。危険な研究資料も多いし、さっきのような研究成果がまだ眠っているかもしれない。合流後に人海戦術で、この研究所を隈なく調べることになりそうだ」

「えぇー。私、早く白音に癒されたいんだけどー」

「ふっ…。とりあえず、アスモデウス様たちが来るまでは待機だよ。それまでは捕まえた研究員が逃げたり、研究所のシステムを奪取されたりしないように見張って――」

 

 ディハウザーの言葉は、そこまでだった。最初にそれに気づいたのは、アジュカ・ベルゼブブだった。掌握していたシステムへ突如何者かのラインが侵入したことを悟り、瞬時に研究データを消されないように防御へ回ったが、正体不明のパスはそれらを無視して、まっすぐにこの部屋に備え付けられている液晶モニターをジャックしたのだ。決して油断していたわけではないが、アジュカが咄嗟に防御へ回るしかなかったほどの技術力を持つ相手。ザザッと乱れた画面が映ったことに、誰もが驚愕に視線を向けた。

 

 

「……まさか、ここであなたが登場してくるとはね」

『ははは…。さすがに、ここまでしてやられてしまうとね。皇帝ベリアル達は警戒していましたが、まさか四大魔王も全員乗り込んでくるのは想定外です。皇帝達だけなら、研究所の制圧もナベリウス家の防衛も満足にできず、必ずどこかで穴ができると思っていましたからね』

 

 モニターに姿は映らず、加工の入った声が部屋に響き渡る。ディハウザーはその内容に眉根を顰めたが、確かにこの声の言う通りだろう。『アレ』と一度戦ったことがあり、最も火力が出せるサーゼクス・ルシファーでなければ、あの化け物と戦うのは危険だっただろう。皇帝達だけなら倒せないことはなくても、それでも時間を取られていたのは間違いない。その間に研究所から資料や成果物は全て消され、ナベリウス家の主は証拠隠滅のために亡き者にされていたと想像がつく。

 

 また、屋敷の方でもファルビウム・アスモデウスという防衛における最高峰の使い手がいたからこそ、あのような少人数で守り通すことができたのだ。ネビロス家の刺客達は容赦なくナベリウス眷属達を人質にしようとしただろうし、反撃のチャンスなど決して与えないようにしただろう。だからこそ『ネビロス』は皇帝達を警戒しながらも、すぐに動ける準備だけは怠らず、しばらくは静観の構えをとっていたのだ。

 

 しかし、そんな『ネビロス』の想定を根元からひっくり返す事態が起こったことには、さすがの彼も乾いた笑いが漏れるしかなかった。

 

『おかげで、こちらに繋がる痕跡を消すだけで精一杯でした。あなた方が相手では、他のものは諦めるしかありません。それなら、そちらの応援が来るまでの僅かな間だけですが、せめてこちらが気になったことを聞いておこうかと思いまして』

「……答えると思うのか」

『私は研究者ですからね。気になるものは知りたくなる性分なのです。こうして、わざわざ危険を冒してでもね』

 

 己の欲望に従い、研究意欲を満たすこと以外に興味を抱かない。『ネビロス』にとって大切なのは未知への探求だけであり、それ以外は本当にどうでもいいのだ。人工超越者の研究にも、ここで捕らえられた研究員や刺客達のことなどにも、一切彼は触れてこない。それにギリッと歯を鳴らした黒歌は、怒りを爆発させながらモニターに向けて糾弾した。

 

「さっきからグダグダと、ふざけないでよっ…。あんたがバカマスターを誑かして、私の両親を巻き込んで、あんなろくでもない研究を進めさせていた黒幕なんでしょッ!?」

『これは、勘違いしないでもらいたいですね。(おのれ)らは未知に対する研究を突き進めたいだけで、人工超越者の研究はそちらに『依頼』されたから、それに応えただけのことです』

「――ハァッ!?」

「黒歌くん、今は抑えて…」

 

 ふぅーふぅー、と肩を上下させる黒歌へ、ディハウザーはそっとその肩に手を当てる。このままモニターを壊しかねない勢いだったが、彼女もジッと堪える様に拳を握り締めていた。『ネビロス』側の答えは確かに研究者らしい見解だが、それで被害者側が納得しろという方が無理だろう。例え人工超越者の研究をナベリウス側が始めたことだったとしても、そこにネビロス家が介入していなければ、ここまで大きな事態にはならなかったのは間違いない。

 

 アジュカはちらりと皇帝達の方を一瞥し、またモニターへ視線を移す。できる限り会話を引き延ばし、回線のパスの特定を急ぎたいが、向こうもそれは十分に警戒しているだろう。それに、向こうがこちらへ告げた「気になることがある」というのも、それはこちらにとっても同じなのだ。『ネビロス』について、自分たちはあまりに知らなさすぎる。

 

 

「……あなたから聞きたいことがあるのは、むしろ俺達の方ですね。内戦で初代ベルゼブブの青年が変貌したあの『蠅のキメラ』、そして先ほど目にした『アレ』は、いったい何なんだ?」

『ふむ、こちらの質問に答えてくれるのでしたら答えてもいいでしょう。そこの『猫魈(ねこしょう)』や『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』の不穏な動きは感知していましたが、決定的な証拠までは掴ませていなかったと確実に言えます。それなのに下調べもなく、魔王であるあなた方を動かし、これほどの戦力を投入できた訳が知りたいのです』

 

 危険を冒してまで『ネビロス』が知りたがった情報に、アジュカは小さく眉間に皺を寄せた。おそらく『ネビロス』からすれば、どれだけ考えても理解できなかったのだろう。相手側からすれば、これまで完璧に隠れられていたのに、突然何の脈絡もなく頭のおかしい戦力で襲われたようなものだ。『ネビロス』が次の隠れ蓑を見つけたとしても、また今回のように理不尽に強襲されるかもしれない。それを考えれば、こちらが知りたい情報を取引に使ってもいいと判断したのだろう。

 

 だが、アジュカは口を噤むしかない。なんせ人間の子どもの「嫌な予感がする」というたった一言でトップクラスの実力者達が安全確認のために集ったなど、普通なら信じられないからだ。いや、信じられないならそれでいい。問題はそれを本気で捉え、『ネビロス』の手がその少年の方へ行くことの方がまずいだろう。もしかしたら、こちらの虚言を見極める術が向こうにはあるのかもしれないのだから。だが、こちらが何も答えないというのも、向こうへ要らぬ憶測を生ませる。

 

 内心で焦燥を浮かべていたアジュカだったが、カツンッと部屋の床を蹴るような足音に意識を引き戻した。後ろを振り返ると、普段の優し気な相貌とは打って変わり、モニターを鋭く射抜くように見据える紅髪の魔王の姿を見つける。命を冒涜し、憐れな姿となった『キメラ』と戦い、それを二度も己の消滅の魔力で消し去ったのだ。彼の中の怒りが紅色のオーラとして、目に見えるかのようだった。

 

「そこまで知りたいのなら、教えてあげるさ『ネビロス』。私たちがここへ集った訳を」

『これはこれは、『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』殿。それは、ぜひとも聞きたいですね』

「確かに我々は魔王だ。だが、その前に大切な絆があっただけのこと。可愛い妹を持ち、護り慈しむ兄と姉が持つとされる『妹愛の絆』という繋がりがっ! その絆こそが、魔王である私たちをここまで動かしたのだッ!!」

 

 ビシッとカッコよく真剣な表情で答えを突き付ける、サーゼクス・ルシファー(シスコン魔王様)。沈黙するモニター。神妙に頷くシスコンレンジャー。ドン引く黒猫。だがシスコン共にとっては、全くもって嘘偽りのない真実。魔王らしく胸を張って本気で告げるサーゼクスに、しばらく沈黙が流れた。

 

『……アジュカ・ベルゼブブ殿』

「……何だ?」

『真実か?』

「真実だ(彼らにとっては)」

 

 思わず確認をとった『ネビロス』に、アジュカは無我の境地で力強く肯定した。『魔王』と自分も一括りにされたことにツッコミたかったが、アジュカは特に触れることなく、そのままスルーして頷く。慣れを感じた。

 

 

『確か、世間一般的には『シスターコンプレックス』といったか。まさか性癖にそのような現象があるとは、この世界にはまだまだ研究しがいのある未知があるという訳か……』

「さぁ、こちらの情報は伝えた。約束通り、『アレ』について答えてもらおう!」

 

 ここで『ネビロス』を捕まえられないのなら、せめて少しでも情報を手に入れたい。正直あんな答えで相手が素直に答えるとは思わないが、サーゼクス達は相手の反応を伺うように口を閉じた。

 

『……冥界に封印されし伝説』

「何……?」

『我らはあなた方と敵対するつもりはありませんが、そちらは今後も我らを追ってくるのでしょう。だから、必死に逃げさせてもらいますよ。こちらは少しでも追手の数を減らしたいのでね』

 

 『ネビロス』の言葉に、魔王達は揃って表情を硬くした。こちら側へ断片的な情報を渡すことで、ネビロスを追うものと情報を調べるものをつくり、捜索の手を分散させる目的なのだと。それにこの情報が偽物の可能性は十分にあり、全く関係ないことを調べさせて時間を浪費させることもできる。だが、僅かでも可能性があるのなら調査する手を緩めるわけにもいかない。やはり一筋縄ではいかないか、と歯を噛みしめた。

 

 その後、ザザッとモニターに砂嵐が起き、そこに映っていた気配が消えたことを悟る。黒猫は肩を押さえられていた手を外し、もう消えてしまった画面に向けて怒りから悪態をつく。自分の主にはしっかりけじめをつけることが出来たが、研究を進めた黒幕には何も響かせることができなかった。それに苛立ちから目の前のパネルへ拳を叩きつけ、悔し気に身体を震わせた。

 

 再び陰に潜った悪魔の闇。彼らを捕らえることが、どれだけ難しいことなのかは理解している。だが、隠されていた彼らの存在を表側へ引きずり出すことはできたのだ。雲を掴むような相手だが、決して不可能ではないだろう。その後、少しして研究室へ合流を果たしたファルビウムと眷属達に状況を説明し、魔王として冥界の未来を護るために彼らは再び動き出した。

 

 こうして、ナベリウス家の騒動は無事に終息し、そして冥界での新たな戦いが始まったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『という訳で、倉本奏太。キミが探しているらしい仙術関連の師匠候補をたまたま保護することができたため、少し情勢が落ち着いたら紹介したいと思う』

「……何がどうしてそうなったんですか?」

『言っておくが、全ての元凶はキミの一言だぞ』

 

 いやいや、アジュカ様。なんでずっと前にリュディガーさんへ言ってみただけの俺の一言が、魔王様方にまで飛び火して、しかもナベリウス家の分家を制圧するなんて事態に繋がるんですか。あと戦隊ヒーローって、原作でリアスさんとイッセーの前で見せていたアレだよね。この時期からすでに用意されていたんだ…。もう頭がパンクしそうなレベルの突然の原作ブレイク情報に、俺は頭が痛くなるしかなかった。これ、マジで俺の所為なの……?

 

 梅雨の時期が明けてだいぶ経ち、日差しの強さや日照の時間から、もうすぐ夏が来るなぁー、と朱芭さんの修行のスパルタさに遠い目をしながら頑張っていたこの頃。通信でアジュカ様から話があると告げられ、ナベリウス家で起こった事件について掻い摘んで教えてもらったのだ。

 

 黒歌さんや白音ちゃんが助かってよかったという気持ちは当然あるけど、もうヤバいぐらい混沌としてきた現状に、乾いた笑みを浮かべるしかない気持ちもある。朱乃ちゃんのフラグを盛大にブレイクしてしまったのに、さらに白音ちゃんのフラグまで完全に変わっちゃいそうだし、イッセーのお嫁さん候補はどうなっちゃうんだろう…。俺、いつかプロデュース企画を立てないといけないのかもしれない。

 

 なお、本来関係のない俺に冥界側の情報を渡してくれたのは、結果的に俺の一言で事態が動いたことと、もう一つそのネビロス家? という家に注意してもらいたいからだそうだ。サーゼクス様がある意味で天然を発動させて、うまく誤魔化してくれたからよかったものの、俺の『予感』が結果的にやらかしたのは事実。俺は魔王側と改革組の両方と繋がりを持っているため、目をつけられる可能性はなくもない。仙術関連を考えれば、元ナベリウス眷属の黒歌さんとも交流を持つかもしれないのだから。

 

『ちなみに聞くが、……他に嫌な予感を感じることはないか? あるなら今すぐに言いなさい』

「えっ…。いや、いきなりそんなことを言われましても……」

『ファルビウムが面倒ごとが事前にわかるのなら、早めに対処できるように眷属達へ仕事を振らせたいと言っていてな』

 

 あのファルビウム様、俺のことをどう思っているの? 災害発見器のような扱いというか、別に面倒ごとを毎回発見する訳じゃないんだよ? 俺の胃のためにも、冥界の重鎮の皆さんが俺の一言でガタガタするのはちょっと勘弁してもらいたい。だいたい、俺は原作知識と相棒の感覚のおかげで、ちょっと危機察知ができるだけなんだから。うーん、それにしても嫌な予感ね…。なんかあったっけ? 旧魔王派はぶっちゃけ常時地雷状態だし、今の時期から悪魔関係で対処できそうなことといえば……。

 

 あっ、そういえば。ファルビウム様のご実家って確か、グラシャラボラス家だったっけ? 不慮の事故(暗殺?)が起こって、真面目だった次期当主さんが亡くなったとか原作で言われていたかも…。

 

「あの、一個だけ。たぶん数年後な気がするんですけど、ファルビウム様のご実家の次期当主さんのことについて!」

『俺たちの実家の次期当主、問題ありすぎじゃないか?』

「えっ、いえ、それは何とも言えませんが…。えーと、とりあえず気を付けてあげてください?」

『……ファルビウムに伝えておく』

 

 後日、アジュカ様から実家に『嫌な予感』を告げられたと聞いたファルビウム様は、一瞬で目のハイライトを消したらしい。

 

 

「えーと、とりあえず話を戻して…。その、黒歌さんでしたっけ? 俺の仙術の師匠になってくれそうな女性は」

『あぁ、ナベリウス眷属全員が現在診察と治療のため、シトリー領の病院に入院しているけどね。彼女はレーティングゲームで蓄積された邪気を払うためと、長らく緊張状態だった心を落ち着かせるために、しばらく休養を取らせることになっているから、それ以降の話になるだろう』

「はぁ…」

 

 アジュカ様からの話を聞きながら、現実味がわかない感覚に俺は生返事で返してしまった。だって、あの黒歌さんだ。『ハイスクールD×D』ではグレモリー眷属の『戦車(ルーク)』だった白音さんこと、塔城小猫(とうじょうこねこ)さんのお姉さんである。SSランクのはぐれ悪魔でテロ組織に加入していた女性。後にヴァーリチームとして活動し、気づいたら赤龍帝の家でゴロゴロしていた気がするな。それが魔王様と改革組の尽力によって主を殺すことなく、違法な研究を摘発し、眷属も妹も一緒に魔王に保護されているのだ。そんな彼女から仙術を教わるって、なんだか不思議な気分である。

 

 俺の使う仙術もどきは、人間の未知の力を無理やり開花させて、相棒の能力でごり押しで使っているだけのものだ。当然ながら正規の使い方ではないし、俺のような消滅の異能がなければ、確実に邪気によって寿命を縮めていただろう。だから問題なく使えているからと言って、ずっとそのまま使い続けるのは危険なのは当然だ。それに、仙術は感知だけでなく、身体強化や浄化、癒しの効果などもあっただろう。特に身体強化は人間の身で非力な俺にとっては、是非とも習得したい項目であった。

 

「そういえば、ナベリウス眷属のみなさんって今後どうなるんですか?」

『彼女以外のナベリウス眷属は、限界まで身体を酷使されていたため、完全に回復するのは随分先だろう。彼らの身内と一緒に、シトリー領の郊外で護衛をつけながら過ごしてもらうことになる。そして、彼女とその妹はおそらく魔王家の預かりになるだろうな』

「ネビロス家に狙われるかもしれないからですか?」

『あぁ。それと、彼女自身が『ネビロス』を追いたいと話していてね。やられっぱなしでは、収まりがつかないそうだ』

 

 なるほど、ある意味でやられたらやり返す黒歌さんらしい。原作では『ネビロス家』なんて知らなかっただろうし、きっと数年後に知ってもそこまで怒りは持続しなかったのだろう。彼女はそれ以上の荒波に、揉まれ続けていたのだから。しかし、今の黒歌さんは魔王家に預けられることになり、白音ちゃんも一緒だから精神的に余裕もある。自分と妹の人生をめちゃくちゃにされた仕返しをきっちり返したい、と思う気持ちが強くあるのは当然だろう。

 

『だが、保護するにもどういう名目で預かるか話し合っていてね。ネビロス家について表向き名前が出せない以上、世間への理由も必要だろうし、……彼女たちもただ家に置いてもらうだけなのは居心地が悪いだろう』

「あぁー、なるほど」

 

 白音ちゃんがグレモリー家へ保護された時は、リアスさんの眷属候補として連れてきた側面もあったのだろう。だけど、黒歌さんも一緒となるとそれは難しいと感じる。さんざん悪魔の主に利用されてきた黒歌さんだ。未だに悪魔への不信感は拭えていないだろうし、主を持つことに拒否反応を示しても仕方がない。それと同時に、白音ちゃんもお姉さんの影響を受けるだろう。

 

 うーん、黒歌さん達が魔王家に預けられる理由か…。彼女の近況が落ち着かないと、たぶん俺の仙術の師匠になるかもって話も後回しになりそうだしな。というか、やっぱり黒歌さんが俺の師匠になるかもってことに違和感がスゴイ。正直に言っては何だが、果たして彼女に『教える』という行為ができるのだろうか。原作での彼女しか知らないからなんとも言えないが、すごく悪戯好きでめんどくさがり屋で、有事の時以外は兵藤家でダラダラしていた印象しかない。ものすごく心配である。

 

 そこまで考えて、「あれ、ちょっと待てよ」と思わずポンッと手を叩いた。視界の隅で魔方陣に映るアジュカ様の肩が跳ねた気がするけど、気のせいだろう。俺の仙術の先生ができるのか心配なら、まずは『先生』という職の実践経験を彼女に積んでもらったらいいんじゃないだろうか。グレモリー家には、グレイフィアさんというキッチリした方がいるし、リアスさんにとってもいい経験になるんじゃないだろうか。

 

「アジュカ様、ちょっと思いついたんですけどね。その黒歌さんに、子どもの家庭教師をさせてみたらどうでしょうか?」

『……家庭教師? 確かにサーゼクスには妹がいるが、彼女にはすでに教師が就いているだろう。それに、そもそも教える側の不安が強いが…』

「違います。勉強の家庭教師じゃなくて、レーティングゲームの家庭教師ですよ。黒歌さん、少し前まで選手として実際に試合に出ていたんですよね。以前ディハウザーさんから、サーゼクス様の妹さんが「皇帝のような選手になりたい!」って言っていて、それに魔王様がいじけていたと話を聞いたことがあるんです。将来妹さんがゲームの世界に入るつもりなら、生の選手の話や、ゲームの特性について直接教えてもらえるのは、きっと力になると思うんですよ」

 

 これまでの自分の経験を語るだけなら、『先生』初心者である黒歌さんでもこなせるんじゃないだろうか。レーティングゲームには特殊なルールやステージなんかも多いので、それらを実体験で話すだけでもレーティングゲームに興味のある子どもなら確実に食いつく。俺もクレーリアさんのゲーム解説や、リュディガーさんの戦術の講座の時は楽しんで聞いているし。もちろん彼女の意思が大切だけど、黒歌さんだからこそできる仕事だとも思った。

 

『なるほど…、その案をサーゼクスに相談してみよう。わざわざすまない、助かった』

「いえいえ、俺の先生になってくれるかもしれないのなら、他人事じゃありませんし」

 

 実際に黒歌さんと会えるのは、まだ当分先のことだろうけどね。黒歌さんにも療養は必要だろうし、魔王様達はネビロス家の対策を話し合ったりしないといけないから、来年ぐらいはかかってもおかしくないだろう。こっちも朱芭さんとの修業で忙しいので、仙術の修行を急ぐ必要はない。

 

 それにやっぱり、リアスさんと猫又姉妹の二人をちゃんと会わせてあげたかった。原作とは出会い方が全然違うけど、それでも黒歌さんのハチャメチャな行動に注意しながら、なんだかんだで面倒を見ていた姿や、白音さんを妹のように可愛がりながら、一緒に姉を諫める真面目さを発揮していた姿。リアスさんや猫又姉妹にとって、その出会いが大切なものになってほしい。それが例え、原作とは違う関係になったのだとしても。

 

 それからもアジュカ様と色々な話をし、しばらく冥界の後始末で時間が取れないことを残念に思いながらも、これからの未来に向けて考える。なんだか俺の知らないところで、いつの間にか変わっていく世界に不安はあるけど、みんなで一歩ずつ前に進んでいけたらいいと思う。

 

 時間は止まることなく季節がどんどん変わっていき、気づけば蝉の鳴き声が聞こえだしそうな暑さの中。中学校生活の最後の夏が、始まるのであった。

 

 


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