えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十五話 童戯

 

 

 

 夏がやってきた。学生にとっては、夏休みという長期休暇を味わえる至福な季節。夏だからこそのイベントだって多く、普段はなかなか会えない人に会いに行くこともでき、子どもにとっては興奮冷めやらぬ毎日だろう。そんなわくわくするはずだった夏が近づくと、俺にとっては憂鬱な気持ちになりだしたのは、間違いなく裏の世界に入ってからだと思う。必要なことなのは理解しているけど、それでも遠い目をしたくなるのは仕方がない気もした。

 

 夏が来れば思い出す。ドラゴンと堕天使に振り回されたあの日々を…。タンニーンさんに扱かれ、タンニーンさんに追いかけられ、タンニーンさんに尻尾で吹っ飛ばされ、子龍軍団におもちゃにされ、リアルサバイバルをさせられ、先生に無茶振りされ、雷光と鉄球のセットがフラッシュバックされ、キレのあるシェムハザさんの説教が耳にこだまする。だいたいの元凶が、マジでドラゴンと堕天使な件。長期休みを利用して『冥界(あの世)』へ修行に行くことが多かったから、その分濃厚な毎日だっただろう。去年の夏の始めなんて、姫島家の襲撃事件まであったしな。俺だけ夏のイベントが物騒すぎないかなぁ…。

 

 そんな夏の思い出ばっかりだったので、今年もかなり覚悟をしていた。ラヴィニアと一緒に仮想敵をタンニーンさんとし、この数か月間でいかに彼を嵌めようか作戦を真剣に考えていたのだ。その様子を見ていたクレーリアさんから「一度ぐらい真正面から戦ってあげたら…?」とおずおずと言われたけど、ドラゴンの王様相手に真正面からとか絶対にやらない。常識である。先生の作った秘密道具、リュディガーさんからもらった錬金道具、カイザーさんが量産した改造道具などもしっかり準備するつもりだった。

 

 だが、そんな俺たちの想定が完全に外れたことを知ったのは、7月の始め頃のことである。アジュカ様からの通信で知った、ネビロス家の介入が表沙汰になったナベリウス分家で起こった事件。どうやら冥界の上層部でもかなりの大騒動になったようで、魔王様や最上級悪魔クラスの方々は特に忙しくしているらしい。冥界の防衛や情報の共有が必要だと考え、夏の間は会議の連続のようだ。それだけネビロス家のネームバリューと、彼らが研究していた内容がヤバいものだったのだろう。

 

 そんな訳で、今年の夏は冥界修業ができなくなった。さらに堕天使側もメフィスト様からネビロス家のことを聞いて、対策が必要な相手だと判断したようで、情報集めに奔走しているらしい。悪魔と堕天使の突然の佳境期に伴い、とても俺の面倒を見ていられる状況じゃなくなったのである。最後にメフィスト様から「カナくんもそれなりに実力はついてきたんだし、今年ぐらいのんびり過ごしてみたらいいよ」というお墨付きをもらってしまった。

 

 中学校生活最後の夏。いつも通り協会の仕事はあるし、俺なりに修行は続けていくけど、裏世界に入って初めてのんびりできる時間がこうしてできたのであった。

 

 

「とはいっても、それなりにこっちもイベントが盛りだくさんだけどね。朱芭さんとの修行は当然続けているし、倉本家が協会へ挨拶にだって来る。あと朱乃ちゃんと約束した海のイベントもあるだろ。そういえば、リンと協会周りの大丈夫な飲食店の開拓をする約束もしていたっけ…」

 

 俺は持っていた地図を確認しながら、夏休みに入るまでの出来事をぼんやりと考えていた。なんだかんだで、俺も忙しい身の上である。駒王町にも遊びに行くし、ドイツのローゼンクロイツ家にお呼ばれもしている。個人的に一番大変そうなのが、姫島一家監修の下、夏らしく悪霊除霊ツアーに行くことだろう。俺はホラーゲームなら好きだけど、本物は正直勘弁してほしいのが本音である。朱芭さんのスパルタが相変わらずヤバいです。

 

「さてと、そんな楽しみなような、恐ろしいような夏イベントの数々の中で、トップバッターを飾るのがこれだもんなぁー」

 

 ちょっと愚痴りながら、事前に約束していた街はずれの公園へと俺は足を踏み入れた。その瞬間、ざわりと肌が少し(あわ)立ったので、相手の張った結界の中へ入ったことを感知する。ここは都心部からそれほど遠くない位置にある小さな公園で、人通りがほとんどない場所だ。今は人払いの結界のおかげで、何者の気配も感じられない。それに小さく肩を竦めながら、俺は持っていた地図をポケットに入れて奥へと歩いて行った。

 

 仙術もどきを使って周囲を確認すると、うっすらとした気配が公園の中にいくつも点在しているのがわかる。なるほど、俺の感知能力から完全に逃れることができないなら、撹乱用のダミー(式紙)を先に配置しておいた訳ね。相手の本気具合にちょっと頭痛を感じながら、とりあえず地形の把握を行い、いつ仕掛けられても動けるように光力銃と相棒を準備しておいた。

 

 友人との一年ぶりの再会。それをただ喜び合うだけで終わらないのは、最初からわかっていた。なぜなら俺は、一年前から朱乃ちゃんの可愛い仕草や成長記録を、随時あいつに送り続けていたからだ。『朱乃ちゃんのおいしい手料理を食べたよ!』とか『朱乃ちゃんとやった初めてシリーズだよ!』とかを毎回写真に収めては、あいつに送り続けるのは当たり前。さらに幾瀬家と姫島家(+俺も入った)記念写真を撮っては大量に送ったな。みんなで料理しているところを撮って、『今日の極上手料理 パート○○』と題名を打っては彼女に送ったっけ。

 

 一応、善意な気持ちでみんなの様子を送ったのは間違いない。だが、傍にいられないことを悔しがりそうな友人の姿を思い浮かべて送ったことも否定できない。すまん、ぶっちゃけ自慢したい気持ちもあった。この一年間で聞き続けた愚痴の量もすごかったしな。あいつと俺は感性のあたりがそれなりに似ているので、相手が喜ぶことや悔しがることがなんとなくわかるのだ。だからまぁ、穏やかな再会にはならないだろうことは予想がついていた。

 

 だって俺なら、「自分は会いたくても会えないのに、羨ましいんじゃこのやろうっーー!!」と確実に思うので。

 

 

「――燃えなさい」

「やっぱ、いきなりだなっ!?」

 

 一年前よりはるかに火力の増した強大な火炎が突然現れ、俺の周囲を包囲しようと火柱が上がり出す。俺は地面を勢いよく蹴り、重力を消して空へと逃げるが、俺を包もうとしていた炎が意思を持つかのように動き出し、まるで蛇のようにこちらへ真っ直ぐに伸びてきた。全てを燃やし尽くすような濃密なオーラを宿す劫火が矢のように飛んできて、しかも幾つもの火球が同時に狙ってくる。天高く燃え盛る炎の熱気を相棒の能力で消し飛ばし、光力銃で解析も含めて縋ってくる火炎を消していくが、火炎の威力はほとんど変わらない。これだけの大質量を操りながら、周囲の環境に影響を与えないようにコントロールもできているようだ。

 

 相変わらずの才能とパワーである。消滅の異能がなかったら、この熱気だけで火傷を負って消耗だってしていただろう。この炎を消すことは俺の力量では無理だろうし、雷光で慣れているとはいえ、さすがに炎という不定形の攻撃からずっと逃げ続けるのは厳しそうだ。巻き起こる熱気で風に舞っていた木の葉が瞬時に燃え尽きる様子を確認した俺はそう判断し、先ほど仙術もどきで把握した公園内の地形を思い出し、一気に空を駆け抜けた。

 

「俺じゃ消せないから、自主的に消してもらおう」

 

 ここは一般人も使う公園だ。今は結界で強化され、人払いもされているが、さすがに自然破壊はまずい。俺は公園の砂場や花壇があるところに行き、近所の小学校の子どもたちが植えたらしい花壇の前に堂々と降り立つ。すると、先ほどまで執拗に俺を追いかけていた炎がピタッと止まった。このままこっちを狙えば、俺がいる環境まで影響を受けるだろう。地面の抉れや多少の破壊の後ぐらいなら直せるけど、生きているものは元に戻せない。子どもたちが頑張って育てただろう花を花質にして、俺はニヤリと笑った。

 

 こういう制限された場所や特殊な状況下での戦闘は、俺の得意分野だ。相手が常識的な人物ならなおのこと、そこを狙って本来の実力を出させないように利用する。自分の八つ当たりのために、表の人間へ迷惑をかけることをあいつは許容できない。俺の魂胆がわかったのか、空を埋め尽くしていた劫火が徐々にしぼんでいき、鋭い黄金色の瞳を持つ鳥の形へと変わっていった。小さくなった火の鳥はくるりと空中で一回転すると、羽を広げて俺から少し離れた地面へと向かう。そして、その先にいた少女の伸ばしていた腕へ静かに降り立ったのであった。

 

 燃え盛る火の鳥を肩に乗せながら、艶やかな黒髪を後ろへ一つに束ねてポニーテールにした少女は、大変不機嫌そうな様子で俺と目を合わせた。朱色を基調としたブレザーを着こなし、夕陽色の力強い瞳を持った俺と一つ違いの友人。

 

「……相変わらずね、奏太」

「そっちこそ相変わらずだな、朱雀」

「一年ぶりの再会を祝って、一発ぐらい当たりなさいよ」

「死ぬわ、この破天荒娘」

 

 お互いに軽口を言い合いながら、戦闘態勢を解いて溜め息を吐き合った。さっきまでのやり取りは、俺たちにとっては挨拶みたいなもんだろう。なんだかんだで変わりのない友人に、呆れと一緒に安堵が広がった。さらっとヤバイ攻撃を加えてくるのは、俺の安全的にやめてほしいけどね。本当に当たりそうになったら、さすがに寸止めしてくれたとは思うけど…。えっと、してくれたよね?

 

「それが姫島が継承している『朱雀』か…」

「そうよ。先に言っておくけど、今回のような手を次は使わせないわ。この子の炎は対象を調整することができるの。次は草木を燃やさず、あなただけを燃やせるようになるわ」

「怖ぇよッ!?」

 

 やっぱり根に持っていた! そして、さすがは姫島家が崇める炎の霊獣か…。彼女の放つ莫大な炎のオーラは去年とは比べものにならないし、灼熱の熱気はラヴィニアの氷姫と同じフィールド支配型の能力も持っていた。正直、俺が真正面から勝つのはかなり厳しい。先ほどの炎を見ても、この一年間で相当鍛えてきたのが窺えた。本当にこの一年で、『霊獣朱雀』をコントロール出来る様に頑張ったのだろう。

 

 そんな俺のツッコミに満足したのか、彼女は口元にS気の含まれた笑みを浮かべ、『朱雀』の頭を優しく撫でて己の中へとそっと収めた。彼女が纏っていた火のオーラが消えていき、先ほどまでの攻防などなかったかのように、周囲の空気も穏やかに変わっていく。俺も光力銃や相棒を収め、肩を竦めながら軽く手を振った。

 

「何はともあれ。おかえり、朱雀」

「ただいま。おばさまと朱乃のこと、本当にありがとう」

「おう、早く元気な顔を見せに行くか。みんな待ってる」

「……えぇ」

 

 俺の言葉に嬉し気に目を細めた姫島朱雀の表情は、姫島の次期当主としてではなく、一人の女の子らしい輝くような笑顔だった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ねぇ、鳶雄。姫島本家の親戚さんを倉本先輩が迎えに行っているんだよね?」

「あぁ…。遠いところに住んでいるみたいだから、先輩が俺の家まで案内するとは聞いたけど」

「鳶雄とは、もう一人の『はとこ』に当たるんだっけ? 倉本先輩の人脈の広さには、いつも驚かされるよね」

 

 夏休みに入って数日、以前から予定されていた人物との邂逅の日に、幾瀬鳶雄と東城紗枝は並んで歩きながらスーパーから家までの道のりを歩いていた。本日の幾瀬家には、すでに姫島朱璃と朱乃親子も訪れており、幾瀬朱芭と一緒に出迎えの準備をしていることだろう。自分たちも含めれば、全員で七名になる大所帯だ。なんでもその『はとこ』たってのお願いから、幾瀬家の手料理をぜひ味わいたいと言われていたので、気合を入れて買い物へ行っていたのだ。

 

 さすがに堕天使の居住区へ姫島の次期当主を招き入れるのは、色々と危険があるかもしれない。そこで姫島家と繋がりのある幾瀬家でなら安全に話し合いができるだろうと裏でやり取りをし、今日という日を迎えたのだ。その『はとこ』本人が、幾瀬家に是非とも挨拶をしたいと強く願っていたことも大きな理由の一つだろう。鳶雄達からすれば、姫島本家と幾瀬家の確執なんてさっぱりわからない。それでも、親戚同士で仲良くできればいいなとのんびり考えていた。

 

「姫島朱雀さんかぁ…。すごくカッコいい名前だよねー」

「朱乃ちゃんからは、優しくてクールな女性だって聞いたな。ただ奏太先輩にどんな人なのか聞いてみたら、最後まで教えてくれなかったんだよなぁ…。下手な人物像を俺に教えたら、あいつに燃やされるとか何とか言われて……」

「も、燃やされるの……?」

 

 優しいとは正反対の過激な対応に、二人は今更ながら乾いた笑みを浮かべあう。さすがに『燃やす』は比喩表現であろうが…。朱璃にもそのあたりを聞いてみたが、ものすごく困ったような笑みを浮かべながら、「すごく優しい子よ。ただちょっと……うん、ズレたところはあるかもしれないけど…」と言い淀んでいたかもしれない。

 

 それに多少の不安は生まれたが、鳶雄はブンブンと首を横に振って気持ちを落ち着かせる。せっかく遠いところから、自分達に会いに来てくれた親戚なのだ。人柄なんて自分の目でしっかり確かめたらいいし、仲良くなりたい気持ちに嘘偽りはないのだから。

 

「というか、紗枝も当たり前のように来るんだな」

「だって鳶雄の親戚でしょ? 私だって気になるもの、同じ年だっていうし」

 

 両手で買い物袋を持ちながら、東城紗枝は楽し気に鼻を鳴らした。当たり前のように好奇心でついてきた幼馴染に、鳶雄は仕方がないなという表情で頭を掻いた。同じ中学二年生らしいので、大人の女性だった朱璃や小学生だった朱乃よりも、このグイグイ来る幼馴染の少女のおかげでそれなりに免疫はできているはず。前回のようなガチガチにならずに、しっかり挨拶をしようと心の中で決意を固める鳶雄だった。

 

 ちなみにその決意は、ものの数秒で粉々に砕けるようなものであったが――

 

 

「……鳶雄?」

 

 もうすぐ幾瀬家へたどり着く寸前、不意に自分の名前を呼ぶ声に鳶雄は足を止めた。聞き覚えのない声のはずなのに、どこか親しみが感じられるような響きを含んでいる。反射的に向かい側の道へ振り返った鳶雄の目に映ったのは、赤――いや、朱色のブレザーに腰まで伸びた嫋やかな黒髪を持つ端正な顔立ちの少女だった。

 

 年齢は自分とそれほど変わらなさそうだが、大人っぽい落ち着いた雰囲気を纏っているためか年上にも見える。それに初対面ではあるが、雰囲気がどこか祖母に似ていたことで警戒心が不思議と薄れてしまった。何より、可愛がっている妹分とお世話になっている叔母にそっくりな彼女に不審感も抱けない。不思議な雰囲気を纏う同世代の美少女に、幼馴染と一緒に思わず言葉をなくしてしまった。

 

 そんな固まる鳶雄を見つけた姫島朱雀は、完全に獲物(はとこ)のロックオンを完了していた。奏太からさんざん自慢気に幾瀬家の写真を送られ続けていた彼女からすれば、この一年間ずっと会いたいと思っていた幾瀬鳶雄を間違えるはずがない。朱雀は感動から思わず涙ぐみ、感極まった表情で距離を詰めて彼の目の前に立った。興奮によって扇情的(せんじょうてき)になっている美少女の突然のどアップに、幾瀬鳶雄のキャパシティはパンク寸前だった。

 

「鳶雄、……会いたかったわっ!!」

「えっ…? ――――ッ!?!?」

 

 そして、朱雀は鳶雄を胸元に引き寄せて、そのまま優しく抱きしめてしまった。女性特有の柔らかな感触に、鳶雄の思考能力は完全に停止した。

 

「と、と、ととととととと、ととっ、鳶雄ぉぉっーー!!」

 

 隣で起こった突然の幼馴染と美少女の抱擁に、東城紗枝も正常な判断を失う。彼女の場合、元来のまじめな性格も相まって、とにかくこの状況がまずいことだけは無意識に感じ、ガシッと鳶雄を後ろから抱き寄せた。

 

「――だ、駄目だよ、鳶雄ッ! 中学二年生でR指定が入るようなエッチなことをする子に、私は育てた覚えなんてないよっ!?」

「ちょッ……!?」

 

 どこかズレた紗枝の注意に一瞬意識が回復しかけたが、超至近距離でのダブルスキンシップに鳶雄の脳内は再びオーバーフローを起こす。前と後ろから感じる柔らかい感触に、思春期真っただ中の健全な青少年のメンタルは崩壊寸前だった。もうほとんど意識が飛んでいただろう。

 

 

「……なるほど、これが生の修羅場か」

 

 一名、精神的に死にかけている後輩を後ろから眺めていた倉本奏太は、しみじみと呟いたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「先輩、後ろで見ていたのならもっと早く助けてくださいっ……!」

「ブラコン発動中の朱雀と、テンパっていた東城という約束された修羅場を俺がすぐに止められる訳がないだろ」

 

 俺からの言葉に顔を手で覆ってガクッと肩を落とす鳶雄と、少し離れたところで自分の大胆な行動を思い出してしまって真っ赤になって座り込む東城。初々しい反応な後輩達である。たぶん俺が朱雀を一年間煽りすぎた所為で、ブラコンのタガが外れてやらかしたのは黙っておこう…。あいつの性格的に、男女の意識よりも身内感覚の延長だったんだろうしなぁー。

 

「初対面の女の子に、だ、抱き着かれるなんて…。お、俺、これからどんな顔で姫島さんに会えば……」

「そこは気にしなくていいぞ、ほれ」

 

 顔を赤らめて悶える鳶雄へ、俺は幾瀬家の玄関の方を指さした。

 

「会いたかったわ、朱乃っ!」

「私も会いたかったです、朱雀姉さまっ!」

 

 ガシッと熱い抱擁を交わす朱雀と朱乃ちゃん。まるで先ほどの焼きまわしのような光景である。アレを見ていると、一応鳶雄には手加減したんだなとわかる。恍惚とした表情で、大好きな妹の頭を撫でる朱雀のマイペースさよ。鳶雄の目が若干死んでいるが、お前のはとこはそういうやつだって割り切っておいた方がいいぞ。今後も苦労するのが目に見えているからな。

 

 なお、朱璃さんとはお互いに存在を確かめるような抱擁だったけど、それだけで一年間の空白をお互いに交し合うようだった。去年姫島を追放された朱璃さんと朱雀は、戸籍的な縁は切れたとされているが、そんなの関係ないのだと二人の様子を見れば感じる。俺は未だに精神的ダメージでボロボロな後輩たちを支えながら、幾瀬家へお邪魔するのだった。

 

 

「お初にお目にかかります、幾瀬朱芭様。姫島宗家の次期当主として正式に拝命されました、姫島朱雀です。この度は、幾瀬家へ招待していただき感謝いたします」

 

 幾瀬家を案内された朱雀は朱芭さんが待っていた和室へと入室し、さすがは名家のご令嬢だと感じる美しい所作で頭を下げた。鳶雄と東城が感嘆に思わず吐息を吐いていたが、最初のブラコン暴走がひどすぎたためか、そこまで緊張してはいないみたいだ。俺は朱芭さんからのアイコンタクトに頷くと、鳶雄と東城と朱乃ちゃんを連れて、昼食作りを行うことにした。調理大好き三人組のおかげで、俺は簡単な手伝いだけで済んだけど。

 

 今回の姫島宗家の次期当主と、姫島を追放された幾瀬家の話し合いに関しては、俺も参加するのは遠慮しておいた。俺は話を聞いて知っているだけで、二つの家の確執についてちゃんと理解できている訳じゃない。朱芭さんを追放したのは朱雀じゃないけど、それでも彼女はこれからの姫島を体現する当主となる人物だ。鳶雄のこれからに関して、姫島本家の対応に一番不安を持っているのは朱芭さんである。こればっかりは、朱雀自身の言葉で思いを伝えるしかない。

 

「姫島さんと朱芭さん、難しそうな話をしていそうだね…」

「奏太先輩は、事情を知っているんですよね?」

「朱雀は姫島宗家…、朱芭さんや朱璃さんを家から追い出した側だからな。朱雀は関係の改善を図りたいと思っているけど、あいつの家ってものすごく融通が利かなくってさ。朱芭さんや朱璃さんも自分のことだけなら割り切れても、鳶雄や朱乃ちゃんまで家のゴタゴタに巻き込ませたくないと思うのは当然だろう? そのあたりの兼ね合いが、色々難しいんだよ」

 

 朱璃さんや朱芭さんとしても、姫島朱雀が行おうとしている改革には理解を示しているし、賛成ではあるだろう。だけど、姫島を知る二人だからこそ、その難しさと危険性をよくわかっているのだ。万が一、姫島の次期当主である朱雀と、追放された二人が繋がっているとばれたら、姫島は確実に激怒するだろう。次期当主を誑かせたと事情なんて考えずに糾弾し、粛清に動く可能性だってある。まだ追放されていなかった頃の朱璃さんとだったら、何とか誤魔化しが効くだろうけど、完全に他人だと切り捨てられた今ではかなり危険な交流なのだ。

 

 次期当主になることが確定した朱雀は、これまで以上に姫島の家に縛られるだろう。今は『霊獣朱雀』の継承が終わったばかりだから、力を安定させるための休息の期間をもらっているだけなのだ。姫島家や幾瀬家に遊びに行けるのも数ヶ月に一回、下手したら半年に一回ぐらいの頻度になるだろうと事前に聞いていた。俺の話を聞いて不安そうに瞳を揺らした朱乃ちゃんの頭をポンポンと軽くあやし、ニッと安心させるように笑った。

 

「大丈夫、あいつはやると決めたからにはやるからな。向こうの家のことは朱雀に任せて、お前らはこれまで通りに過ごしていればいいし、あいつが遊びに来た時は思いっきり一緒に遊ぶぐらいの気持ちでいいんだよ。それがきっと、朱雀にとって一番嬉しいことだろうからさ」

 

 一般人である鳶雄達と幼い朱乃ちゃんには、できる限り姫島本家の闇には関わらせたくないと考えているだろう。彼女が望むのは、自分が守りたいと願った人達が当たり前のように笑っていることなのだから。それに、俺や組織のトップ陣があいつを陰ながら支えていくしな。

 

「……俺、普通の家で育って、普通に育てられてきたから、姫島家のこととか全然わからないけど。姫島さんに怖いイメージはわかなかった。だから、仲良くできるのならしたいと思う」

「うん、私も最初はその、驚いちゃったけど…。姫島さんと仲良くなれるのなら、なりたいかな」

 

 頬を掻きながら、お互いに顔を赤らめて頷く鳶雄と東城に俺は小さく笑った。あれだけ初対面でやらかした朱雀に、こうやって寄り添おうと考えてくれる二人の気持ちに心の中でそっとお礼を言っておく。たぶん今後も暴走するだろうけど、温かい心でよろしく頼む。鳶雄ならきっと強く生きてくれると信じている! あと東城も頑張れよ。

 

「……朱乃も大きくなったら父さまの手伝いをしながら、朱雀姉さまのこと応援する。だから今は、母さまや大叔母さまからお料理をいっぱい習って、頑張ってって美味しいご飯を作ってあげるの」

 

 そして、俺の服の袖をギュッと握った朱乃ちゃんは、夕闇色の瞳を強く輝かせながら決意を固めていた。小声で「隠し味の雷光ももっと鍛えないと…」と目標を決めたらしい。バラキエルさんとの修行も順調なようで何よりである。それから改めて気合いを入れた料理組は、最高のものをご馳走しようと腕に()りを掛けて勤しんだ。俺はそんな三人を見守りながら、サラダ用の野菜をせっせと切っていく。相棒が使えそうな料理全般に朱芭さんから禁止令が出たことは微妙に遺憾な気持ちではあるが、俺も渾身のサラダ作りを頑張ろう。

 

 ちなみに話し合いにだいたいの区切りがつき、こちらの料理ができた後、朱雀に鳶雄や朱乃ちゃんと料理ができてズルいとプンプン文句を言われた。俺、キャベツとコーンを茹でて混ぜただけだけどな。あと、サラダ用の特製ドレッシングは鳶雄の自作である。俺の後輩がどんどん女子力をアップさせていく件…。念願の鳶雄の手料理に感激した朱雀が、瞳をウルウルさせて後輩の手を握りだして鳶雄と東城をあうあうさせたが、朱乃ちゃんが自分が作った料理だと紹介するとくるっと反転して妹に抱きつきだす。呆然と握られていた手を虚しく上げる鳶雄に、俺はポンっと肩を叩いた。慣れろ。

 

 それから食事をいただきながら朱芭さんと朱雀の様子を窺ったが、少なくとも険悪な空気はない。それにホッとしながら、裏関係には触れない程度にそれぞれの一年間の空白を埋めるように会話を楽しんだ。表に出しても問題ない姫島宗家のしきたりやお金持ちっぷりに鳶雄たちは驚き、代わりに中学校での日常について話していた。俺の方で朱雀と連絡は取っていたので、俺が間に入って補足をしながら、幾瀬家での交流を楽しんだだろう。

 

 

「よーし、子どもが大人数で揃ったらやることは決まっているな。ゲームで複数対戦するぞー!」

「奏太先輩、本気ですか。姫島さん、生粋のお嬢様ですよ」

「心配いらないわ、鳶雄。奏太と付き合っていたら、当たり前のようにコントローラーを渡されて、強制的にゲームをやらされたから」

「私も奏太兄さまに漫画やゲームを教えてもらったよ!」

「教育的に悪いんじゃないか、この先輩」

 

 ちなみに姫島家が山奥で暮らしていた頃は、俺とリンと小鬼と朱雀と朱乃ちゃんの五人でよくゲームもやったものだ。ラヴィニアとワンコも参加するようになったら、朱璃さんにも入ってもらって四対四のチーム戦をして盛り上がったと記憶にある。そしてうちの妻に何をさせているんだ、とバラキエルさんにグリグリされたのもいい思い出だ。思い出したら、頭の側面がズキズキしてきた気がするけど。

 

 それから、俺と鳶雄と朱乃ちゃんと朱雀でまずはコントローラーを握り、『修羅ブラ』や『ゴーカート』や『パーティー』系などの定番を選んだ。真剣勝負になると容赦がなくなる朱雀のラスボスっぷりに、三人で悲鳴をあげまくっただろう。ゲーム経験があまりなくて困惑する東城にも時々コントローラーを渡し、わたわたする彼女の後ろから朱璃さんがアドバイスしながら進めていった。

 

 子ども同士で仲良くなるのに、そこまで難しい手順なんていらない。とりあえず、思いっきり一緒に遊んでみたらいいのだ。遠慮なく大きな声を出して、お互いに笑い合いながら。俺はそうやって見えない壁を壊してきた。一時間もすれば、『姫島さん』と呼んでいた鳶雄と東城も『朱雀』と呼ぶことに抵抗をなくしていった。あれだけ容赦なく画面の外へ吹っ飛ばされたら、初対面の遠慮も取れるもんだろう。ここには『姫島さん』が三人もいるしね。

 

 そんな俺たちの様子を呆れたように眺めた朱芭さんは、朱璃さんと一緒に三時のおやつ作りをはじめ、幾瀬家の後半はほとんど遊んで大騒ぎをして終わっただろう。今日は朱雀のお疲れ様会のつもりだったし、難しい話を改めて行う時間もまだある。俺も朱雀もまだ義務教育を受けているような子どもなのだから、こんな風に友達とただ遊ぶだけな日があってもいいだろう。最後の別れの時は、また遊ぼうと自然と約束を交わし合えたのだから。

 

 裏世界四年目の夏休み、これまで築いてきた絆を改めて強く実感するようなそんな日々が始まったのであった。

 

 


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