えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

136 / 225
 今回は番外編みたいな感じになっています。本編だとなかなか書くタイミングがなかった人物や内容に焦点を当てました。


第百三十六話 余暇

 

 

 

 男の名は『瓢鯰(ひょうねん)』という。もちろん偽名だ。家族とは遠い昔に別れたため、今ではもうお互いに生きているかもわからない状態で独り身と言っていい。日本で仕事をすることを選んだときに、男は裏の世界での己の通り名を考え、日本に古くから伝わる『ぬらりひょん』という伝説の妖怪の名前を(あやか)った。『瓢箪鯰(ひょうたんなまず)』のように掴まえ所が無い化物とされる『ぬらりひょん』は、その存在を気づかれない、又は気づいてもそこにいることを不自然に思わせないという恐ろしい妖怪だ。そんな大妖怪の名前を肖るのは少々大袈裟かもしれないと思ったが、情報屋という仕事柄を考えると、まさにそのような存在になりたいと男は思った。

 

 若かったころはそれなりに無茶をすることもあったが、少しずつ落ち着いていき、今では自分の身の丈に合った仕事以外は決して受けない。もう冒険ができる年でもなく、野心を持つには彼は慎重すぎた。命が軽いこの裏の世界で、成り上がるには命を懸けるしかない。だから彼は自分の能力に見切りをつけ、地味にコツコツと生きる道を選択した。傍から見たら面白味はないかもしれないが、男はそれなりに満足している。そんな男が、一人の少年を弟子にしたのはちょっとしたお節介のつもりだった。

 

 命の軽いこの世界で、誰かを信じることは恐ろしく難しい行為だ。しかし、人間は一人では生き抜くことはできない。誰かを裏切れば、それがいつ自分に返ってくるかわからない世界。だから男は生きるために義理を重んじ、下の者を育てることにも肯定的だった。上の者が下の者へ施す恩という繋がりは、案外馬鹿にできない。上限が既に見えている者からすれば、可能性を持つひよっこを育てることで自分のアドバンテージを増やせるかもしれない。それは本当に稀ではあるが、師という立場を持つことで自分の地位を上げる手は実際にあるのだ。男はそれを狙っていた訳ではないが、自分を助けてくれる存在が増えることは素直に助かると思っていた。

 

 だから男は、手を差し伸べた。裏の世界に入るために自分を頼ってきた幼い少年があまりにもどうしようもなさすぎて、「あっ、これ自分が面倒見ないと死にそう」と判断したから。何かしら隠し事はありそうだったが、裏で生きるには感情が表に出過ぎで、根が素直すぎる子ども。弟子にとってみたら、その評価は変わらず、頭を抱えることも多かった。それでも、自分のような面白味のない人間を「師匠っ!」と嬉しそうに懐いてくる少年に、孫が出来たらこんな気持ちかと感慨深く思う。とりあえず、このどうしようもない弟子を一人前にすることを目標に、残りの人生を無難に過ごすかとのんびり考えていた。

 

 そんな男の予定を盛大に崩したのは、やっぱり弟子だった。なんと彼の弟子は魔法使いの最大勢力である『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に勧誘され、さらに理事長直属の部下となり、いつの間にか魔王やら皇帝やら龍王やら自分には到底関わりなんてできそうにない、文字通り住んでいる世界が違う異次元レベルの師を持つようになった。しかも弟子自身も『変革者(イノベーター)』という二つ名がつき、今では裏の世界で知らない方がモグリだと言われるほどになっている。

 

 何をどうしたらそうなる、と頭が痛かった。男が少年を導いたのは、たった三ヵ月ほど。本来なら自分のような凡庸な男のことなど忘れると思うが、少年は今でも自分を「師匠」と呼んで慕ってくれる。それに嬉しい気持ちもあるが、胃がかなりヤバいぐらいズキズキしだしたのもこの弟子の存在だろう。「こいつ死にそう」と思って善意で育ててみた子どもが、気づいたら「こっちが死にそう」と感じるようなとんでもない地位を手に入れてしまったのだから。

 

 年賀状という名の近況報告に毎年お腹を痛め、自分のためにと目が飛び出るようなお土産を毎回送ってくる。弟子の金銭感覚がヤバかった頃など、値段に換算するのが恐ろしくなるような高価な魔導具やらが届いただろう。弟子が遊びに来たときなど、数億レベルは取れる裏の情報をポンポンと世間話レベルで放出してくる。さらに弟子を最初に保護してくれた感謝にと、理事長やら魔王やらからお礼のメッセージが届いたときには気が遠くなった。いつかこっちへ遊びに来てください、とかやめてほしい。胃が死ぬ。

 

 

「……胃痛がすごいから、そろそろ引退すべきだろうか」

「えっ、師匠。どっか悪いの? 相棒の能力で治そうか? それか、セラフォルー様に頼んでシトリー領の医療機関とかにお願いを…」

「今元気になった。だから、その神器と通信用の魔方陣はしまいなさい。よけいにお腹にくるから」

 

 大変心配そうに見つめてくる弟子に、師は冷や汗を流して説得する。善意しか感じないため、理不尽に弟子を叱る訳にもいかない。そのあたり「人が良い」と男が言われる所以(ゆえん)だろう。彼は以前お土産にもらった『アガレス印の高級胃薬』を飲みながら、夏休みに遊びに来た弟子を出迎えていた。独り身で仕事人間である自分を気遣ってくれる相手など、何だかんだでこの困った弟子しかいないのだ。身長は自分と同じぐらいになり、随分と成長しただろう。常識のズレなども余計にひどくなったような気がしなくもないが…。

 

 思えば、最初からちぐはぐした弟子だった。裏で生きていくために必要な初歩的な知識はないのに、時々世界の裏を見通すような深い知識が出てきたりもする。それに何だかんだでこの少年は、裏で生きていくために一番重要な要素を持っていた。強さや知識や才能はなかったが、『勘』は恐ろしいほどに冴えていた。こちらが何も言わなくても、危険な人物や場所には決して近づかない。自分で依頼を選ぶときも、不思議と危険なものを避けていた。偶然かと首を傾げたこともあったが、『勘』が良いことは生きるために必須だ。『運』の良さも立派な力である。

 

 今ではその『勘』の良さについて理解でき、彼の運に関しても恵まれていると感じる。自分という人間がこの弟子と出会えたのも、彼の持つ『運』であることは間違いない。だが、幸運とは呼べない気がする。間違いなく良いことではあるはずなのに、どこか素直に喜べないあたりが特に…。

 

「大丈夫ならいいですけど…。そういえば、師匠。最近の人間界とかはどうですか? 特に事件とかもなさそう?」

「むっ、そうだな。大きな事件はないが、日本でといえば五代宗家で姫島家と真羅(しんら)家の次期当主が正式に決定したと通達があり、今日本の政界はかなり慌ただしくなっているな」

「へぇー、さすがは日本の裏側を牛耳っている五代宗家かぁー。姫島は朱雀からの通信で知っていたけど、真羅家もなんですね」

「まぁ、うん。……姫島の次期当主と何で普通に連絡を取り合っているんだ、この弟子は」

 

 のほほんとお茶を飲む少年に、最近は深く考えない方が健康に良いことを悟った師匠は、追究することをやめた。たぶん質問したら、また数億レベルの世間話が飛び出てくる。『取り扱い説明書』はもう目にしたくない。興味本位で深淵を覗き込んではいけないのだ。

 

「あと人間界で気になるところといえば、駒王町の方はどうですか? 俺、なかなかそっちに行けないので最新情報が欲しいんですけど」

「……なんでもこの夏から、弾丸のように降り注ぐ魔法少女流星群が見られるらしいぞ」

 

 魔法少女が巨大なリボンを凧のように駆使して、空を優雅に移動する景色が見られるようになったようだ。「これこそ、魔法少女と忍法を組み合わせた最新技術!」とそういえばカイザーが高笑いしていたと、少年は遠くなりそうな意識の中で思い出す。何か事件が起きたら、空を漂っていた複数の魔法少女達が地面に向かって次々と降下していく。その様子が、まさに流星群のようだと語られたのだろう。

 

「……今日も駒王町の治安は大丈夫だとわかったので、ちょっと心の準備ができるまでもうしばらく様子を見ることにします」

「そ、そうか」

 

 マジであの街どうしよう…、と本気で項垂れる弟子に、師匠もそれ以上は何も言えなかった。教会への特急胃薬宅配と、ツッコミを頑張る小さな後輩にカウンセリング電話だけは後でちゃんとしようと心に決めた瞬間だった。ちなみにその電話の後、おっぱい信仰にさらに磨きがかかっていた小さな後輩の精神安定のために、金にものを言わせてカイザーに作ってもらった御社(おやしろ)をプレゼントしたらしい。もう深淵すら恐れる大渦になっていた。

 

 

「それで、確か依頼もあるんだったか?」

「あっ、はい。師匠に調べてほしいことがあって。できれば関東方面がありがたいけど、裏関係と繋がりのない幽霊屋敷とか廃墟とか心霊スポットとかを教えて欲しいんです」

「肝試しか何かか?」

「ううん、悪霊除霊ツアーをしに」

 

 お茶請けの菓子を美味しそうにもぐもぐしながら、相変わらず予想の斜め上な回答をする弟子であった。たぶんこれも深く聞いたらヤバい案件だと危機察知を発動させた師匠は、引きつりそうになる口元を抑えながら、テーブルに関東方面の地図を広げる。仕事としての依頼は、しっかり請け負うのが信条だ。人間界で情報を収集する際、少年は自分の師を頼ることが多く、金払いも大変いいので上客だろう。しかも危険な依頼はしてこない。おいしい喫茶店探しや隠れた観光スポットが主な依頼だった。

 

「悪霊がいるという保証はできんが、出ると噂のあるスポットならいくつか紹介できるだろう。あと、除霊をするなら日本の組織や妖怪側ともめないようにしておけ。あそこと揉めると面倒になる。それと人間にとり憑いている場合は、その背後関係も洗っておけよ。裏に呪詛を放った術士がいた場合、呪詛返しされたことで敵対する可能性も出てくる。まぁお前さんの背後を知れば、相手側から引くだろうがな」

「うわぁ…、除霊ってやる前から結構面倒な部分もあるんですね……」

除霊(それ)で食っている者もいるからな。逆に言えば、食い物にならない除霊は放置されることも多い。狙い目はそこだろう。別に報酬が欲しいという訳ではないのだろう?」

「うん、修行の一環みたいなもの。剥き出しの魂に直に触れて、直接感じることが課題みたいなものだから。除霊はあくまでそのついで。……悪霊ならすでに自我が崩壊している分、魂の書き換えを学びやすいし」

 

 真剣な表情で呟いた弟子に、男は小さく肩をすくめた。なぜ少年がそんなことをするのか、という疑問はあるが、依頼者の事情には深く突っ込まないことはマナーだ。それが例え、自分の弟子だろうと。それでも、少しでも弟子の助けになれるようにしたいと思うのは、贔屓目もあるかもしれないが師匠として当然だろう。地図に指をさし、現在放置されている場所を記憶と照らし合わせながら紹介していった。

 

 この弟子が何やら裏関係の保護者達に隠れてこそこそしていそうなことは、何となく理解している。神器症の症状や症例について詳しく調べて欲しい、と依頼されたこともある。自分よりも確実に情報を集められるだろう上位者達に聞かず、何故それをこっちに頼んだのかと疑問はあった。それでもこの弟子なら、決して悪用はしないだろうと考えたのだ。最初にこの少年を弟子にしようと思ったきっかけ。何故危険のある裏の世界に入りたいと思ったのかと問うた時、少年――倉本奏太は気まずげに、しかしはっきりと意思を持って答えた。

 

『『ありがとう』って言われたから…。俺でも助けられる人がいるなら、ほんの少しでも助けられるようになりたいって思ったんです』

 

 師は、こっそりと溜息を吐く。後で奏太の隠し事が露見した時、おそらく自分にとっては雲の上にいるような保護者達は頭を抱えるような事態になっていることだろうと。それでも、この困った弟子の頑張りを応援してやりたい。大した力にはなれないが、後で盛大に怒られるだろう少年に「お前は頑張った」と労わるぐらいならできるだろう。

 

「ありがとうございます、師匠。助かりました」

「正式に依頼として頼まれたんだ、当然だろう。……決して無理はしないようにな」

「自分のできる範囲をちゃんと見極めろ、ですよね。俺に出来そうにないと思ったら、ちゃんと出来るヒト達にお願いするので大丈夫です!」

「う、うむ…」

 

 良い笑顔で言いつけを守る少年に、師はちょっと「あれ、これでいいんだよね…?」と首を傾げながらも頷く。ちなみに、この師匠の受け売りをしっかり受け継いでしまったために、自分では無理だと悟ったら遠慮なく周りを巻き込むことに躊躇しなくなった根本の原因だったりする。その真実を彼が知ったら、胃に穴が開くだろうから知らない方が救いだろう。

 

「あっ、そうだ。師匠、よかったら今度プライベートビーチへ遊びに行くんですけど、一緒に行きませんか?」

「……すまん、私ももう年だからな。心臓を悪くしたくない」

「えっ?」

 

 師匠の中で、弟子の誘いが絶叫系と同レベル扱いだった。こうして情報屋『瓢鯰(ひょうねん)』は、今日も無難に生きていくために必死にイベントフラグを折るのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そっか、奏太くんの師匠さんは来れないのか…。一度ぐらい挨拶したいと思ったんだけど、忙しいのなら仕方がないね」

「師匠も自分で年だって言っていたので、海メンバーの年齢層的に参加しづらかったのかもしれませんね。今度のお土産には、健康関連のグッズでも送ろうかな」

 

 師匠から情報をもらい、朱芭さんと朱璃さんと一緒に除霊ツアーのルート確認が終わった頃。今度は魔法使いの協会へと転移で飛ぶことになった。午前中は内職と新しく始めた治療を行い、現在は休憩時間だ。協会に所属する魔法使いの治療は、すでに数十件ぐらいこなしている。治療を受けた魔法使い達はメフィスト様が推薦するだけあって、俺でもちょこちょこ名前を聞く有名人も多かった。協会は多くの魔法使いを抱えている分、派閥が多数存在する。治療の条件に俺の後ろ盾になることも挙げられていたため、俺の存在もかなり認知されることになっただろう。

 

 神器が見られないように相手が眠った状態での治療になったが、一応今のところ全員成功している。まずは病原菌やがん細胞など物理的に取り除ける病を中心に治療を行い、それに慣れたら今度は崩れた体内や免疫バランスを消すことで調整する作業も行っていた。俺は悪いところを消すことしかできないから、あとは患者自身のリハビリで健康を取り戻してもらうしかないけど、経過観察を聞く限りみんな順調だと聞いている。

 

 それに安堵から、ホッと肩をなで下ろしただろう。やっぱり人の身体を直接弄るからか、ものすごく精神的に負担を感じる。これまでは「受けた傷を消す」という反則技だけだったから、気軽に選択して消すことができた。しかし、治療に関しては一人ひとり症状が違うので、しっかり悪い部分だけを選択しないといけない。成功させないといけない、というプレッシャーがすごい。始めの頃は、治療中に相棒の能力で俺自身の焦りや恐怖心を抑えておかないと、とてもじゃないが冷静に治療なんてできなかった。今では多少慣れたけど、人を治すって本当に大変だと痛感する。

 

 目標であるリーベくんの治療を成功させるためにも、今は経験を積むことを第一に頑張るしかない。肉体の治療が出来るようにならなくちゃ、それ以上に繊細な魂の治療なんてとても実行できないだろう。堕天使と教会の技術のおかげでリーベくんの体調は安定しているみたいだけど、それでも十歳まで生きられるかわからないと診断を受けている。まだ時間はあると思うけど、同時に言いしれない焦りもある。とにかく少しでも成功率を上げるために、俺に出来ることを一歩ずつこなしていくしかないんだろうな。

 

「カナー、今日はどこのお店を開拓するのー?」

「あっ、あぁ…。えーと、確かこの通りをまっすぐに行って、緑の看板を右に曲がった先にあるってさ」

 

 リンの声にぼぉーとしていた頭を振り、今考えてもどうしようもないことを振り払っておく。すっかり着慣れた灰色のローブを纏いながら、俺はリンと正臣さんと一緒に『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』のお膝元にある街の中を歩いていた。安全な飲食店マップつくりは、地道に四年間頑張ったためだいぶ埋まってきている。当たりはずれも多かったが、状態異常を無効にできる俺だから調べられたマップだろう。状態異常を起こすような食事が普通に出てくるかもしれないところが、協会のとんでもないところの一つだけど…。

 

 これまでの頑張りを思い出すと、ちょっと遠い目になってしまった。ここの開拓は俺の趣味の一つになっているが、本当に「何でそんなものを作ろうと思ったの?」という作品がポンポン出てくる。おかげで、ここの料理が出てきたらまずは相棒を刺して危険物を除去するのがセオリーになっていた。魔王様も言っていた通り、安全確認は大切である。それでも、時々当たりがあるから宝くじ感覚でお店回りはしちゃうんだけどね…。

 

 そんな感じでのんびり会話をしながら、見つけたお店に入った俺たちはそれぞれ料理を注文したのであった。

 

 

「それで、今回の料理店はどうだったの?」

「あそこで倒れこんでいる正臣さんが答えです。リン的な感想は?」

「三十七点。口直しにクレーリアのおいしいイタリア料理を所望する」

「はいはい、軽くパスタでも作っちゃうわ」

 

 リンの注文にクレーリアさんは笑うと、エプロンの紐を後ろ手に縛って厨房へと駆けていった。ここはこの夏にようやく開店したクレーリアさんとベリアル眷属のみんなで経営している協会系列の喫茶店である。日本食だけでなく、色々な国の味も美味しく食べられるため好評らしい。何より相棒で毒見をしなくていい安全な店、というだけでポイントが高い。クレーリアさんとは入れ替わりでキッチンから出てきたルシャナさんは、頭を抱える正臣さんを一瞥しながら、水を配ってくれた。

 

「……悪魔に転生した八重垣さんが撃沈するレベルの味だったんですか?」

「いや、むしろ逆です。あまりの微妙な味に店主の腕が上がるようにと善意でうっかり祈っちゃった結果、頭痛で苦しんでいるだけです」

 

 ルシャナさんの目が、残念なものを見る目になっていた。幼少期から染みついた習慣はなかなか取れませんよ。正臣さんの場合、意識していないときにうっかり忘れるから。今年の春に悪魔となった友人は、やっぱり教会関係者のテンプレからは逃れられなかったようだ。彼が人間の頃から普段の生活では祈らないように気を付けて過ごすようにしていたみたいだけど、うっかり祈る姿はしばしば見ちゃっていたからね。当たり付き自販機の前でうっかり祈って頭痛を起こした時は、そっと二本分のジュースを奢ってあげました。

 

「あぁー、痛たたっ…。この頭痛だけは、未だに慣れないなぁ……」

「慣れないで学習してください。いいですか八重垣さん、もう悪魔に転生して二ヵ月ほど経ったんですよ。大悪魔であらせられるメフィスト・フェレス会長の眷属悪魔として、もうちょっと自覚をもってください。特に『騎士(ナイト)』とは、危険地へ向かう『(キング)』を護衛するために唯一の付き添いとして就く権利もあるため、時に『女王(クイーン)』より大切な――」

 

 腰に手を当てながら説教するルシャナさんに、すごすごと頭を下げる正臣さん。それが今までの関係と全く変わっていないことに、俺は小さく噴いてしまった。悪魔に転生したことに戸惑いはあったみたいだけど、問題なく馴染めてはいるようだ。この二ヵ月ほど正臣さんは悪魔の羽で飛ぶ練習をしているようで、空中戦の特訓に精を出しているらしい。悪魔に転生したことで向上した能力を把握するために、仕事もどんどん受けているようだ。

 

 下級悪魔となった正臣さんは、原作のイッセー達同様に人間との契約を行っているらしい。ちなみに契約相手は、ここの魔法使いが主であるため、人間だったころと同様に遠慮なく振り回されているみたいだ。正臣さんって悪魔に転生しても、下っ端根性が根付いている所為かあんまり威厳がないんだよなぁ…。そこが要課題なのかもしれない。戦闘スイッチが入ったら、ものすごく頼もしくなるのに。

 

「ふふっ、ルシャナそこまでにしてあげなよ。メフィスト会長の騎士として、正臣は立派に頑張っているよ」

「もう、クレーリア。またそうやって恋人を甘やかすんじゃありません」

「えへへー、正式に恋人として周知できるようになったんだもんねぇー」

 

 ルシャナさんの「恋人」という言葉に、ニマニマと笑みを浮かべるクレーリアさん。それに頭が痛そうに唸る女王様。平常運転な光景である。そう、正臣さんが悪魔に転生したことをきっかけに、二人の交際は正式に表に出せるようになったのだ。おかげで普段から恋人といちゃつくようになり、それを目撃した独身の魔法使いが歯軋りして、正臣さんに無茶振りするというループが出来ている。悪魔である彼が魔法使いのみんなから畏怖される日は、果たして来るのだろうか…。それに乾いた笑みが浮かんだが、そこは頑張ってもらうしかない。

 

「はい、あんまり時間をかけたらリンちゃんが拗ねちゃいそうだから、イタリア風のカルボナーラにしました。お好みで黒コショウもかけてね」

「へぇー、イタリアのカルボナーラってマカロニなんだ」

「これも好きー。クレーリア、リンのはチーズいっぱいだよ!」

 

 うちのドラゴンは、相変わらず食欲旺盛である。魔力で体型を自由に変えられるらしいから、見た目からはあんまり変化が見えない。本来の大きさを考えれば、これぐらいの量ならどれだけ食べても問題ないのかもしれないけど。

 

「リン、お前女の子なのにカロリーとか気にしないの? 食べ過ぎはダメだって、火龍のお父さんにも言われているんだろ」

「カロリー超えたら、カナの神器を使えばいいもん」

「……それもそうか」

「納得しないで、カナくん! リンちゃんの主として、使い魔が暴食する前に止めようね!」

 

 ごめんクレーリアさん、どっちかというと俺もリンと同じ考えだった。もう日常的に相棒のお世話になっているからね、俺。ちなみに相棒へカロリー調整について聞いてみたら、呆れの思念をもらったけど「まったく自分がいないとダメなんだから…」と了承してくれた。さすが相棒、俺を甘やかすことに関しては右に出る者がいないだけはある。その分、周りが手厳しくなっている気がするけど…。リンにお願いされたので黒コショウをせっせとパスタにかけてあげ、手を合わせてマカロニパスタを食べる。うん、さすがの腕前であった。

 

 

「ははっ、奏太くんも神器くんも相変わらずみたいだね」

「おかげさまで。そういえば、正臣さんの(くろ)れ――双刀の使い心地はどうですか?」

「……今何か、ものすごく不本意な名前で呼ぼうとしなかった?」

「気のせいですよ」

 

 『閃光(ブレイザー・シャイニング)(・オア・)暗黒の(ダークネス・)双龍絶刀(ツインソード)』でしょ。正式名が長すぎるんだよ、正臣さんの黒歴史ソード。

 

「まぁ、そうだね。今のところ、ほどほどって感じかな。武器として使いこなすことはできてきたんだけど、刀に宿る異能を使おうとすると、どうも出力が安定しないんだ。うまく光と闇の属性を引き出せればいいんだけど、なかなか難儀しているよ」

「確か魔と聖という相反する属性を反発させ合って、それで生まれたエネルギーを高出力で放出できるんですよね。ソードビームを実現させるとか、さすがはアザゼル先生。ファンタジーのロマンをわかっている」

「僕個人としては、別に刀からビームは出なくていいんだけど…。遠距離攻撃ができるのは助かるけど、なんでビームなのかなぁ…」

 

 元教会の戦士として、刀剣からビーム光線はちょっと物申したい性能だったらしい。それでも真面目に訓練するあたり、正臣さんの性格がうかがえる。他にもアザゼル先生の遊び心満載な厨二機能があるようで、闇属性の刀で斬ると漆黒の炎が現れたり、最大限までエネルギーを貯めると腕に(うず)き出しそうな怪しげな文様が浮かんだり、光属性のもつ光の反射を使って片目だけ色違いに見えたりできる機能もあるようだ。

 

 うん、もう明らかに遊んでいるとしか思えないな、あの黒歴史先生! 自分の妄想を極限なまでに詰め込んでいやがるっ! 他にも隠し要素が潜んでいそうで、使う側も相対する相手にとっても本心から恐ろしい人工神器に仕上がっている。アジュカ様みたいなワクワクできる隠し特性じゃなくて、もはや恐怖の特性だ。何が飛び出してきてもおかしくないあたりが。あの先生の厨二心が詰まった、もはや歩く黒歴史だった。

 

「……性能に関しては、本当に文句がないぐらい高性能で強力だから使うしかないんだけどね。クレーリアを護る力を手に入れることができるのなら、僕はなんだって乗り越えてみせるさっ……!」

「正臣さんッ……!」

 

 彼の心境は、おそらく四年前に彼らのために魔法少女になることを決意したあの時の俺と同じレベルの覚悟なのだろう。それに思わず、共感から目頭が熱くなる。男だよ、正臣さん。大切なヒトのためなら、己の意思で黒歴史を身に纏うことすら厭わない。俺の護衛が厨二病全開とか、色々な意味でこっちも泣きたくなってくるけど。とりあえず、今度先生に会ったら魔法少女変身コンパクトをぶん投げようと決意した。

 

 

「そんな訳で、双剣の訓練はずっと続けているね。あとはアザゼル総督の手伝いで、他の人工神器のテスターもしているけど、あれはあれで大変だったよ」

「へぇー、俺でも使えそうだったりします?」

「いや、奏太くんというか、人間はやめておいた方がいい。まだ悪魔に転生していない時に試しに人工神器を使ってみたら、死ぬかと思ったからね。それに本物の神器を持っている状態で、後付けで入手すると元の性能に悪影響を与える可能性が高いって総督から聞いているよ」

 

 興味本位で聞いてみたら、なかなかハードな答えが返ってきた。やっぱりまだ試験的な運用期間だからか、実験段階故の様々なリスクがあるらしい。正臣さんの黒歴史ソードとかちょっと気になっていたけど、触るのは絶対にやめておこう。ソードビームは見るだけにします。あと相棒、本当に興味本位で聞いてみただけだから、不貞腐(ふてくさ)れないでよ。自分もビームを出せないか、とか考えなくていいから。

 

 先生に連れていかれたあの日から、ちょくちょく堕天使の研究施設に連行されているらしい正臣さん。詳しい事情を聞こうとすると目が死にそうになるので、あんまり深く聞かないようにしていた。悪魔に転生した所為で頑丈になったからと、人間の頃より扱き使われているらしい。彼に安息の日はあるのだろうか…。

 

 正臣さんが行っている人工神器の訓練は、本当に様々な種類があるらしい。攻撃用の武器タイプや防御用の鎧タイプ、味方を助ける補助タイプなど用途はたくさんだ。身体が鉄壁になったり、ただ足が速くなったりという人工神器もあるみたい。正臣さんはどれも使うことはできたみたいだけど、疲労感がとんでもなかったと聞いている。人工神器の欠点をあげるとしたら、使用に伴う激しい消耗感らしい。悪魔である彼が動けなくなるレベルと考えると、今のところ設計的に人外専用となっているようだ。

 

 一つ使うだけで動けなくなると考えると、人工神器の同時使用とかなんてしたら命が危険だろう。そんな感じでいくつもの制限がかけられているし、副作用も少なからずあるらしい。クレーリアさんの『無価値』の能力で人工神器を使用した後の影響を消しながら実験を行っていたようだが、まだまだ実戦で使うのは難しいようだ。一応、正臣さん用に調整された『黒歴史ソード』は彼専用に作られただけあって戦闘でも使えるレベルみたいだけど、なかなか大変なようである。

 

「ふーん、やっぱり簡単にはすごい力は手に入らないもんですねー」

「リンもすごいビーム撃ってみたかったなー」

「ふふっ、だよね。私も人工神器にちょっと夢を見たけど、正臣でさえボロボロになるのを見て、さすがに私じゃ無理そうだって諦めたもの」

「人工神器は、たぶんこの世界にはまだ早すぎる力なんだと思う。少しずつ改良はできるみたいだけど、時間はかかるだろうって言っていた。何より本物の神器でさえ、まだ完璧に解析し切れていない状態みたいだし。アザゼル総督が、この技術を慎重に取り扱っているのは間違っていないよ」

 

 そんな技術で黒歴史ソードをつくるのも先生ですけどね。そういえば、バラキエルさんが前にアザゼル先生とサタナエルさんの間で意見の食い違いが起きるのが、この人工神器についてだって教えてもらったかも。そのことも含めて、まだまだ人工神器は不安要素が大きそうだけど、これからに向けて少しずつでも実を結んだらいいなと思う。カルボナーラを完食し、俺は手を合わせながら堕天使組織の皆さんの頑張りを祈ったのであった。

 

 

 その後、午後の仕事のために正臣さん達と協会へ戻り、本日二回目の治療のために精神統一をしておいた。メフィスト様やラヴィニアに心配されてしまったので、しっかり依頼達成が出来るように気張らないとな。ゆっくり余暇も過ごせたことだし、自分のために使える時間は大切にしないといけない。軽く頬を手で張り、今日も目標を成し遂げるために相棒を握り締めたのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。