えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十七話 旅行

 

 

 

 夏休みに入って三週間ほど経ち、日差しもどんどん暑くなり八月となった。冥界修行の時と比べゆっくりできる時間はあるが、この四年間で関わりを持ったヒト達へ挨拶回りに行っていたら、気づいたらもう半分も過ぎていた気分だ。夏休みの宿題は同じクラスの友達と一緒にだいたい済ませ、その次の日に佐々木からのSOSで幾瀬家へ集まり、後輩たちの面倒を見ながら残りの宿題を終わらせていった。英語で毎回泣きついてくるのは、そろそろやめてほしい。将来、うちの姉ちゃんみたいになるぞ。

 

 なお、自由研究の宿題は朱芭さんから教わった『仏教の歴史とそれに関わる国家の在り方』について作文用紙五十枚近くでまとめたら、周りから普通にドン引きされた。手もみする佐々木に「学年が違うからいけるはず。先輩、自由研究を写させてくださぁーい!」と言われたので、仕方なく見せたら題名と作文の厚さを見た瞬間にこの反応だよ。朱芭さんが後で監修するから、真面目に書かないと修行が倍プッシュされるんだよ。「これ、宿題の確認で強制的に読まされる先生が一番可哀想…」とポツリと鳶雄に呟かれたが、お前のお祖母ちゃんが原因だからな。俺は悪くねぇー。

 

「えーと、あと夏休みにやっておかないといけないことは…」

 

 ピンッとペンでチェックをつけながら、俺はこれまでの記憶を遡っていく。イッセーのように優秀なマネージャーがいないので、自分用のスケジュール帳を眺めながら、リストをまとめておかないといけない。ちゃんとこれまでの付き合いは、一つひとつ大切にしていきたいしな。俺はスケジュール帳をパラパラと見ながら、七月の始めの方に作った夏休み中にやっておくことリストにペンを走らせた。

 

 そういえば、七月中にミルキー悪魔さんと魔法使いさんにも挨拶をしに行ったか。そこで、『MMC448(エムエムシーフォーフォーエイト)』の運用費や研究費をもうちょっと増やしてほしい、って熱く語られた記憶を思い出す。お前ら、億単位でも足りないとかどんだけだよ…。魔法少女はぶっちゃけ慈善事業で、ミルたんの契約者であり、スポンサーである俺が衣食住も含めて全部払っている。協会での治療行為によってまた預金通帳の桁がぶっ飛びそうで怖いから、散財するのは精神的に助かるので構わないけどさ。俺の金銭の4割が協会に還元され、3割が魔法少女に飛び、1割が色々寄付とかして、残り2割を貯金したり使ったりという感じだ。

 

 『MMC448』もついに正規メンバーと研修生を合わせて人員が五百名を超え、着実に数を増やしているようだ。原作には出てこなかった悪党が意外といるようで、気づいたら魔法少女に吸収合併していっている。悪の根絶は良いことだけど、それと同時に魔法少女も増えていっているんだよな…。最近は姉妹グループを作るべきかで議論を熱くしているらしい。俺はスケジュール帳に一応メモしておき、『予算増額は計画的に進めるように』とコメントを添えておいた。

 

 あと、八月に入ってすぐにドイツのローゼンクロイツ家に挨拶へ行ったが、父親であるリュディガーさんはシスコンレンジャー達でうっかり発見してしまった冥界の大事件の対策に忙しく、奥さんとリーベくんとでお茶をすることになったな。リーベくんは二歳ぐらいになり、結界が張られている部屋の中なら、激しい運動をしなければ発作は抑えられるらしい。という訳で、部屋の中で大人しく楽しめる遊びとして簡単なゲームを持ってきて、布教活動をしておいた。一緒にプレイするのは年齢的にまだ無理だけど、リーベくんも楽しそうにしていたから問題はないだろう。

 

 リーベくんがお昼寝した時に相棒で身体検査をしたが、やっぱり神器のオーラの巡りが悪いように感じた。彼の身体で不調を感じた部分をこっそりと神器で消去しておいたが、一時しのぎなのはわかっている。アザゼル先生からの見解で、おそらくリーベくんの神器は『聖なる力』を扱うものの可能性が高いらしい。だから、生まれつき悪魔の力を持っていた彼の魂が、それに拒否反応を示してしまったのだろうと。転生悪魔は元が人間なので、それまでに神器と魂を馴染ませることができるけど、生まれつき悪魔の力を持っていたことが反発を起こし、適応障害に陥ったのかもしれない。確かに聖属性が弱点の悪魔が、聖属性の力を扱うと考えれば、魂から拒否反応を示してもおかしくないだろう。

 

 ただ、神と魔王が死んだ影響で聖と魔の境界線が曖昧になっていることを俺は知っている。木場祐斗(きばゆうと)さんという聖魔剣の存在を知っているからこそ、リーベくんが助かる抜け道は必ずある。治療が成功すれば、聖なる力を扱うハーフ悪魔という矛盾した存在を世界に生み出すことになるだろう。それはそれで混乱を生みそうな予感に、俺は自分が抱えている問題が山積みなことを改めて認識する。まずは治療法を習得することからだっ! で、まだあんまり未来のことを考えられていないけど、どうするのが一番いいんだろうなぁ……本当に。

 

 そうやって、これまでやったこと、これからやることを改めてリストにまとめる作業が終わったため、腕を上に伸ばして思わず欠神してしまう。朱雀の予定や先生たちの休暇の都合を考えた結果、夏休みの最後の週にみんなで海に行くことが決まった。いくつかある大きなイベントはだいたい済ませることはできたし、今回のイベントを無事に過ごせたら、残りの夏休みは少しぐらいゆっくりできそうだろう。

 

 

「ふぁぁー…。とりあえず、これでOKかなぁー」

「おっきな欠伸ねぇー。だからあれだけ、旅行前日の肝試しはやめといたらって言ったのに」

「……仕方がないだろ、都合のつく日が昨日だったんだから」

 

 つい出てしまった欠伸を見られたようで、隣に座っている姉から呆れたような視線をもらってしまう。さっきまで隣でずっと小説を読んでいたから、少し油断していた。俺は書いていたスケジュール帳を閉じ、窓から見える空模様をそっと眺める。昼ぐらいの便に乗ったが、ようやく夕暮れが見えてきた頃か。日本からヨーロッパまで約半日以上はかかるから、空の旅はまだまだ続きそうだな。

 

 現在俺は飛行機の座席に座り、のんびり海外へ向けて空を飛んでいる。いつも魔方陣の転移で移動していたので、改めて飛行機に乗るのは新鮮な気分だ。隣を見ると、小説を読み終えたらしい姉ちゃんが暇そうに航空雑誌をパラパラと読みだしている。母さんはイヤホンを耳につけて機内音楽を楽しんでいるようで、父さんは観光マップ片手ににらめっこしていた。

 

「ふーん。肝試しに行って、実際に幽霊とかいたの?」

「いたよ」

「……えっ、ちょっと、嘘。あんた、憑りつかれたりとかしていないわよね?」

「自分で聞いといて、ガチで引くなよ」

 

 ちなみに姉は、ホラー全般が苦手な人種だ。俺がホラー関連のゲームをする時やテレビを見る時は、絶対にリビングでやるなと厳命されている。リビングの方が大画面だから、個人的に物申したいけど。昔、子どもの頃の姉が好きだったアニメの映画を家族で見に行った時、一緒に同時上映された怪獣映画に大泣きして途中退場したのは今でも伝説である。あれ、パニック系でホラーじゃなかっただろう…。

 

「ど、どうせ私を驚かせようって魂胆でしょ。騙されないからね」

「写メで撮った証拠画像を…」

「無理っ! 見せないで! 何でそんな恐ろしいものを持っているのよっ!?」

愛実(まなみ)、うるさいわよ。大学生になったんだから、もう少し落ち着きを持ちなさい」

 

 隣に座る母さんから、頭をペシンッとはたかれる姉。うん、俺は悪くないよね。何でそんな恨めしそうな目で見てくるんだよ。

 

「奏太も愛実をからかうために携帯を使うなら、使用を考えることになるわよ」

「うえっ、飛び火…。わかった、気を付ける」

 

 母さんの視線に慌てて携帯端末をポケットの中へしまっておいた。本来なら高校生で持たされる予定だった携帯だが、俺が海外へよく行く関係で例外的に持つことを家族に許可してもらっていたのだ。ただ子どもだからということで、電話とメールとカメラ機能ぐらいしか使えないけど。裏関係では基本魔法による通信で済んでしまうから、主な使用用途は写真を撮って、朱雀やバラキエルさんに爆撃するぐらいだろう。時々面白画像をアザゼル先生にも送っている。

 

 ちなみに姉に話した肝試しは、前回師匠からもらった情報を下に、姫島一家と一緒に行った除霊ツアーのことである。俺一人だとまだまだ未熟であるため、プロの腕前を持つ朱璃さんが保護者としてついてきてくれた。朱芭さんはさすがに年齢的な理由で遠出は厳しかったので、三人で向かうことになったのだ。朱乃ちゃんもお母さんから習った除霊術を実践できるいい機会だったので、一緒に頑張ろうと励ましあったな。

 

 そうして、雰囲気のある廃墟にたどり着き、緊張に汗が滲んだ。本来なら男である俺が先頭に立ってカッコよく先陣を切るべきだっただろうけど、姫島の高度な教育を受けていた朱璃さんが「入口付近にはいい悪霊(練習台)がいないわねぇー」と朗らかに笑顔を浮かべながら、そこらへんに漂っている浮遊霊をバッサバッサ切り捨て除霊していった。確かに限られた時間内で、しかも除霊初心者である俺と朱乃ちゃんのことを考えれば、朱璃さん曰く『雑魚』より、ちゃんとした悪霊を相手にした方が経験値はもらえるだろう。

 

 楽しそうな笑みを浮かべて無常に除霊する朱璃さんを写真に収めたが、正直朱璃さんのドS顔を見た幽霊たちの表情からして、ホラー体験をしていたのは間違いなく向こうの方だったと思う。最初に侵入した時はこっちを驚かせよう、または呪おうと迫っていた幽霊たちが、気づいたら朱璃さんから逃げるために本気で隠れだしたからな。そして、それをいとも簡単に見つけて「ふふっ、他愛無いわね」と除霊していく女王様。俺達に除霊の手本を見せてくれたんだろうけど、無慈悲すぎてヤバい。隣で「母さま、カッコイイ!」と影響を受ける朱乃ちゃんに、姫島家のドSはこうして受け継がれていくのかと戦慄した。

 

『あらあら、ようやくいい練習台(悪霊)を見つけたわ』

 

 にっこりと微笑みを浮かべる女王様と、必死に命乞いをする悪霊の図。もう「練習台」って心の声が表に出てきていたよ。朱璃さんが怯える悪霊と交渉したようで、俺と朱乃ちゃんで除霊を行い、俺達に勝てたら(ただし命に関わるものはなしで)見逃してあげる約束を交わしたようだ。おかしいな、除霊ってこんなのだったっけ…? ホラー要素が皆無どころか、もう悪霊の方が可哀想に思えてきたよ。やる気マックスな朱乃ちゃんへ水を差さないように、真面目に除霊は頑張ったけどさ。

 

 そうして、朱璃さんからアドバイスをもらいながら、朱乃ちゃんとの共同作業で無事に悪霊を天に還すことに成功した。朱璃さんが練習台に選ぶだけあってなかなかハードだったけど、二人でしっかり役割をこなせば十分に対応できるいい塩梅だった。さすがはプロ。夏休みにあと二回ほど除霊をやる予定だけど、しばらくは初心者モードで経験値を稼ぐ感じになるらしい。俺達って襲撃者側だけど、襲撃される悪霊の皆さんのご冥福をお祈りします。

 

 

「まったく、お前たちは元気だなぁ…。それはそうと奏太、寝不足なら早めに寝ておきなさい。早朝に目的地へ着く便だから、しっかり頭が働くようにしておくように」

「えっ、うん…。けど、珍しいね。父さんがそういう注意をするのって」

 

 倉本家はどちらかというと母さんがしっかり派で、父さんはマイペースでのほほんとしている方だ。大らかでワンテンポどこかズレる父さんを軌道修正するのが、だいたい母の役割である。姉の性格は父親似で、根が真面目なところは母さん似だろう。俺は母さん似だと思うけど、家族曰く俺は根が父親似らしい。個人的に解せぬ。絶対にしっかりしている方だと思うんだけどなぁー。

 

「注意をするのは当たり前だろう。いいか奏太、よく聞きなさい。この倉本家で、まともに英会話ができるのはお前しかいないんだ。倉本家が無事にフェレスさんの家にたどり着けるかの命運は、お前にかかっていると言っていいんだぞ」

「ドヤ顔で情けないこと言うなよ、一家の大黒柱」

「お母さんもヨーロッパに旅行に行くのは初めてだから、心配なお父さんより奏太に任せるわね」

「そうね、私も戦力外だから任せたわ!」

「一番年下に全権渡すか、普通!?」

 

 清々しいほどに丸投げしてくる倉本一家だった。最初にヨーロッパに旅行計画を立てたの、確かこっちだったよね!? なお、このことを後で協会のみんなに愚痴ったら、「さすがはカナくんのご家族だねぇー」と生暖かい目で見られた。やっぱり解せぬ。こうして、夏休みが半分ほど過ぎた頃。春に予定していた倉本家の挨拶&観光旅行が、わいわいと始まったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「いやぁー、メフィストさん。本日はお招きくださり、本当にありがとうございます。倉本一家一同、大変お世話になります」

「ハハハ、こちらこそ大事な息子さんを預けてもらえて感謝していますよ」

「いえいえ、こちらこそ…」

 

 あれからしっかりと睡眠を取り、空港に着いたら俺が案内板に沿ってみんなを誘導し、きょろきょろと初めてのヨーロッパに目を輝かせる三人を引き連れて移動していった。父さん達は道中で迷子にならないかを心配していたが、はっきり言えばそれは杞憂だった。表向き有名な会社の社長であるメフィスト様が、俺達用に迎えを用意していない訳がなく、ピカピカに輝くリムジンが止められていたのだ。庶民である倉本家は完全に委縮してしまったが、運転手がベリアル眷属のお姉さん(元日本人)だったので、コミュニケーションの壁を越えられさえすれば何とかなったようだ。

 

 そうしてリムジンを走らせて一時間。高級別荘地が立ち並ぶような区間を抜けていき、立派な庭付きの大きな家の前へ車は止まった。俺も一度下見に来たけど、さすがは大会社の社長が住んでいる設定に選ばれただけあって、間違いなく豪邸だ。今回は俺の家族が来ることを考慮して、俺の事情を知っていて、さらに悪魔だから日本語もバッチリなベリアル眷属のみんながメイドとして働いてくれるらしい。こっちの事情で申し訳ないと頭を下げたけど、「あなたから受けた恩を返す良い機会だから、気にしないで」と頭をポンポンと撫でられた。本当にありがとうございます。

 

 どうやら完璧にこちらを迎え入れる体制が出来ていたようで、料理長のクレーリアさんが腕によりをかけてランチを作ってくれた。また、メイド長のルシャナさんに、警備員の正臣さんとそれぞれ役割を決めていたようだ。本人たちも役になりきって楽しんでいるようなので、彼らの負担になっていないのはよかった。玄関ホールでまずはペコペコと挨拶を交わし、時間もちょうどよかったのでお昼をいただきながら会話をすることになったみたいだ。

 

「それにしても、奏太から聞いていましたが、メフィスト・フェレスさんが本名と聞いて驚きましたね。だって、すごく有名な大悪魔と同じ名前ですよね?」

「うん、そうなんだ。僕の家がフェレス家だから、せっかくなら名前もメフィストにしちゃおうと考えたみたいでね」

「日本でいうキラキラネームの海外版なのかしら。悪魔と同じ名前ってインパクトはあるけど、色々苦労もあったのではないですか?」

「ハハハハハっ、そうだねぇ」

 

 そういうきわどい質問はやめて、父さん、母さん。純粋に心配しているのはわかるけど、その大悪魔であるメフィスト・フェレスの名前の張本人だから。メフィスト様と日本語でスムーズに会話ができることに喜んだ両親は、緊張もだんだんと解れたようで世間話に花を咲かせている。協会に所属した当初の俺もそうだったけど、メフィスト様の雰囲気ってすごく話しやすいんだよね。気づいたら懐に入り込んでいるというか、さすがは何万年も生きる大悪魔様である。

 

「ねぇねぇ、ラヴィニアちゃん。後でブティックとかお店を一緒に見に行きましょう。お小遣いも貯めてきたし、せっかくなら海外メーカーの洋服をゲットしたいもの!」

「それなら、クレーリアも一緒がいいのですよ。私の洋服を購入する時、いつもクレーリアが色々見てくれるのです」

「美人で料理もできて、さらに面倒見がよくてセンスもいい。そして彼氏持ちでラブラブ…。もう理想のお姉さまって呼ぼうかしら」

 

 そして、姉ちゃんは久しぶりに会えたラヴィニアとの再会に嬉しそうに抱きついていた。ラヴィニアは十四歳だけどスラッと背が高いから、大学生の姉ちゃんともうそこまで背に違いはない。でも、姉ちゃんの中では気持ち小学生の頃のラヴィニアのままなようで、今でも妹のように可愛がっている。やり過ぎだったら止めるけど、ラヴィニアが嫌がっていないのはわかるので、あんまり男の俺がツッコむのも野暮かと思って二人の関係には口を出さないようにしていた。

 

「あら、みんなで買い物も楽しそうね。食材の買い足しもしないといけないし、それなら同伴させてもらおっかな」

「はい、それじゃあ私と愛実とクレーリアと、カナくんのみんなで行きましょう!」

「ぶほっ……!」

 

 当たり前のようにラヴィニアから名前を入れられ、思わずむせてしまった。えっ、待って。どう考えても、女の子同士のキャピキャピ(死語)した感じの集まりだよね。普通に男の俺も入れられたことにビックリなんだけど。俺の反応に不思議そうに首を傾げるラヴィニアの天然っぷりと、ニヤニヤとわかっていて笑う姉と、あららーと双方の反応に微笑むクレーリアさん。普通に母さんが買ってきた服でいっか、と考えるような男子を連れて行っても役に立たないよ。

 

「今度カナくんとみんなで海に行くのです。去年買った水着はもう入らなくなってしまったので、新しいものを用意しないといけませんから」

「……うん、そうだね。大学生の私でさえ、羨ましく思うほどの成長っぷりだもんね」

「私もそれなりにあるつもりだけど、ラヴィニアちゃんはまだまだ将来性が高いよね…」

 

 姉とクレーリアさんの視点がどこを向いているのか悟り、頼むからそういう会話を男の前でするのは勘弁してください。初対面の時は妖精のような可愛らしさが際立っていたラヴィニアだが、同年代の女子の中では一回りほど高い背丈もあり、今では誰もが思わず振り返るような美人になってきたと思う。普段の魔法少女スタイルはコスプレっぽいおかげで逆に安心するんだけど、今みたいな女の子らしい服の時はちょっと反応に困る。

 

 なお、朱雀もどちらかと言えばラヴィニアと同じように美人だとわかっているが、あいつは不思議と別枠でなんとなく対処できるんだよな。普通に美人だとは思うけど、こいつに見惚れるのは俺のプライド的になんか許せない的な別枠だ。それに絶対、こっちを揶揄ってくると懸けていい。あと、俺的に朱雀は残念な美人というか、『ハイスクールD×D』でいうロスヴァイセさんと似たようなポジションなのだ。いや、良いやつなのは間違いないけど、ファミコンの印象が強すぎるんだよなぁ…。

 

「よし、水着なら男の意見は大事ね。奏太、一緒に行くわよ!」

「いやいやいや、何で『ハイ、決定!』みたいなノリで勝手に話を進めようとするんだよ!?」

「そんなことを言っていられるのも今の内よ。ラヴィニアちゃん、奏太に向かってうるうるお願い攻撃よっ!」

「やめてッ! それ本気で俺に『こうかはばつぐんだ』なのをわかって言っているだろッ!?」

 

 ちなみに、ホラーゲーム以外は普通に姉弟でゲームをして遊んでいます。結果、ラヴィニアのお願いに秒で屈してゲットされた俺は、そこら辺にいた正臣さんを「クレーリアさんの水着チャンス」の一言で巻き添えにすることで、なんとか女性陣に囲まれる空間だけは避けることに成功した。俺と姉ちゃんのいつものやりとりに、慣れている側は生暖かい目で見られたけど、メフィスト様やクレーリアさん達には驚かれたみたい。すみません、騒がしくしてしまって。

 

「うちの子どもたちが申し訳ありません。あいつらは、旅行先でも相変わらず…」

「いえ、構いませんよ。子どもは元気なのが一番だからねぇ。それに、あんな風にカナくんが怒っているのを見るのは新鮮ですよ」

「あら、こっちでは随分大人しいのかしら。なら聞いてください、メフィストさん。家での奏太はもっとヤンチャで、あの子は昔っから変なところでやらかすことがあるんですよ」

「……よくやらかすのは知っています」

「あら……、息子がいつもすみません」

 

 メフィスト様、ものすごくやらかしてきたのは事実だけど、マジトーンはやめて。母さんも冷静に謝罪しないで。大人側は俺の話をしだし、大変居た堪れない。共通の話題が俺に関することだから仕方がないけど、俺の失敗談で盛り上がるのは勘弁してほしい。さすがに両親に怒るわけにもいかないため、これはさっさと退散するに限る。メフィスト様にひらひらと手を振られたので、両親のことは任せて大丈夫そうだ。それに頭を下げ、俺達は買い物をするために近くの街へ降り立ったのであった。

 

 なお、女性陣の買い物の付き添いはなかなか大変だったけど、特に何も事件は起こらずに無事に済んだ。何も起きないことが一番平和である。結構チラチラと見られたが、戦闘とクレーリアさんのことに関しては一気に頼りになる正臣さんのおかげで、事前にクレーリアさん達へ声をかけようとした相手にピンポイントで殺気を飛ばして退けていた。感知タイプの俺でないと気づかないレベルに凝縮された威圧のおかげで、女性陣は楽しく買い物が出来たようだ。お礼に後でクレーリアさんに正臣さんの陰の頑張りを報告して、良い雰囲気にしてあげようと思う。

 

 そしてラヴィニアの水着選びに関しては、相棒の能力で平静を保ちながら、ちゃんと友人として健全に似合うものを選びました。こちとら、油断したら半裸でベッドに潜り込んでくるラヴィニアの対応を四年間やってきたプロだぞ。着崩れないパジャマの購入だって余念なく行い、目が覚めて気配を察知した瞬間には冷静に対処できるように相棒のセットも忘れない入念さ。無我の境地(物理)に関しては、朱芭さんから一発合格をもらったレベルである。ちなみに、俺の心頭滅却の訓練方法を聞いた朱芭さんからは無言のエールをもらった。泣ける。

 

 こうして、倉本家の旅行一日目は、ドタバタしながら過ぎていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「おはよぉー。もうみんな起きていたんだ」

「おはよう、奏太。朝ごはん、あと二十分ぐらいで出来上がるみたいだぞ」

「お客様としてお邪魔しちゃっているから、なんだか申し訳ないわね」

「本当。メフィストさんやラヴィニアちゃんはお仕事で出かけたのに、私たちだけのんびりしちゃっているし…」

「ラヴィニアは午前中だけみたいだし、メフィストさんは社長だからね」

 

 昨日は買い物が終わった後、ラヴィニア直伝のイタリア式バーベキューを家の庭で行って、肉料理を存分に楽しんだだろう。今回は俺もお客さん扱いみたいで、家族とこうしてのんびりする時間を久しぶりに取れた気がする。父さんも母さんも俺が小さい頃から共働きで、姉ちゃんは部活に精を出していて、俺は俺で裏の世界に足を踏み入れて忙しかった。だから、こんな風に四人揃ってぼぉーとするのは、何だか不思議な気分だった。

 

「そういえば、奏太って就職はこっちでするんでしょ? やっぱりこの家で暮らす感じなの?」

「えっ、あぁー、どうだろう…。さすがに住む家は職場に近いところを選ぶかも?」

 

 姉ちゃんからの質問に、俺は曖昧な笑みを浮かべながら頬を掻いた。この家は表向きの理由で使っているだけで、実際に俺が使っている部屋が協会の中にすでにあるのだ。実質、職場に住み込みで働いているようなものである。それに、メフィスト様が結界魔法で守ってくれているから、たぶん俺が知る中では一番安全性の高い場所だと思う。

 

 それに、こんな大きな家にずっと住むのは、元々小市民気質な俺の精神的に休まらなさそうだしな。今だって相棒におんぶに抱っこ状態なのに、メイドさんのいる生活まで当たり前になったら、俺はもう真っ当な人間に戻れなくなる気がするよ。

 

「ふむ、メフィストさんとお酒を昨日飲み合ったが、さすがは大会社のトップだ。ユーモアもあって、懐の深い方だったよ。あの人なら、お前を預けていいと思えたな」

「そうね。そういえば、奏太は大学……もしかして高校を卒業したら、こっちへ移る予定なの?」

「……あっ」

 

 将来俺が外国に就職することは伝えていたけど、いつこっちへ行くつもりなのかは家族に話していなかった。いや、その話を俺が意識的に避けていた。俺も今年の春までは、陵空(りょうくう)高校に入学するつもりだったし、家族にもそう伝えていた。だけど、メフィスト様から与えられた新たな選択肢に、俺の中でもまだ迷いがある。俺自身が決め切れていない状態で、家族に伝えるのは混乱させてしまうのではないかと思ったのだ。だけど、さすがにもう夏になり、選択の結果を決める時間はあまり残されていない。

 

 俺が不自然に言葉を止めたことを不可解に思ったのか、三人の視線がこちらを向く。俺は一瞬躊躇したが、それでもこうやって時間をとって家族に相談できるチャンスはあまりないだろう。中学を卒業して、こっち側の高等学校に入学するのなら、当然日本で暮らす家族に会えるのは稀になるだろう。なんせ飛行機で半日以上も物理的にかかる距離なのだから。

 

『カナくん、もう一度言うけどこれはあくまで将来の選択肢の一つだ。僕はキミが、どちらの道を選んでもいいと思っている。家族や友人達と過ごす時間だって、キミにとってはかけがえのない大切なものだろう。キミは将来、裏の世界へ進むことを選んでくれている。だから表の世界で暮らす穏やかな時間だって、決して無駄にはならないさ』

 

 あの時のメフィスト様の言葉が脳裏に蘇る。頭の中で、俺が日本の高校に通うメリットがほとんどない事は理解しているのだ。今までだって、表の学校に通うために一日のほとんどの時間を縛られてきた。俺の協会での仕事のことを考えれば、あまり良いことだとは言えない。それでも、普通に学校に通って、同じ教室で学んで、友達とふざけながら遊んだ時間が不要な時間だったとは思えない。

 

 何より、家族に会えなくなるのは寂しいと思った。そりゃあ、時々一人になりたいって思うときもあれば、煩わしさを感じることもある。前世の知識の影響で、普通の子どもだった倉本奏太としての価値観や感性も変わっただろう。それでも、俺にとって当たり前のように傍にあるものだと思っていた存在なのだ。別に離れても電話だってできるし、長期休みになったら実家に帰ればいい。ずっと一緒にいられるわけじゃないことも理解している。もう会えない訳じゃない、それはわかっている。

 

『奏太さん、あなたはどうしたいのかしら?』

 

 俺がどうしたいのか。俺はどういう結果になれば、納得するのだろう。まだ迷いは消えないけど、それでもちゃんと俺の気持ちをみんなに話しておくべきだとは思ったのだ。そんな俺の考えに同調するように、身体の奥で紅い思念が背中をそっと押してくれたような気がした。心の中がホッとするような温かさ。そんな相棒の心意気に、俺は緊張していた肩の力が自然と抜けていくのを感じた。

 

 そうだ、どんな時だって相棒は傍にいてこうやって俺を支えてくれる。ふぅと一度呼吸を整え、難しく考えていた頭をクリアにするように深く息を吐きだした。みんながどんな反応を返すのかわからない怖さはあるけど、それでもこれは俺の人生なのだ。俺が自分で道を決めて前に進むしかない。

 

「……実は、メフィストさんからそのことで話があったんだ。それでみんなに聞いてほしいんだけど――」

 

 ルシャナさんが朝食に俺達を呼びに来るまでの間に、俺は自分の将来についてポツポツと語る。普段はすぐにちょっかいをかけてくる姉ちゃんも真剣に耳を傾け、両親も難しそうな顔をしながらも最後まで話を聞いてくれたのであった。

 

 


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