えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十八話 晩夏

 

 

 

 倉本家はどこにでもある、普通の一般家庭だ。両親は仕事内容は違うけど同じ職場で働いていて、共働きで家庭をやりくりしていた。そして四つ上の姉がいて、俺と一緒にゲームで遊んだり、特に用もなく暇だからと普通に駄弁ったりもしていたので、姉弟仲は良いのだろう。そんな中で、幾瀬鳶雄の神滅具のオーラによって呼び起こされた前世の記憶と知識。それを得たことで自意識をしっかりと持ち、この世界で生きる目標を掲げ、それに向かって走ってきた。神器に目覚めてからこれまで、俺は忙しなく活動してきたと思う。

 

 神器に目覚めて四年。裏関係に足を踏み入れて四年。思えば、こんなにも月日が経ったのかと感じる。兵藤一誠でさえ、家族ばれしたのは裏世界に入って一年の間だったというのに、自分でもよく八年間も隠してこれたと思った。それは協力してくれているメフィスト様のおかげもあるし、魔法を使って誤魔化したことだってあるし、俺が意識して気を付けていたこともある。表で暮らす不自由さはいつも感じていたけど、それを手放したいとは不思議と思わなかった。

 

 それは、どれだけ裏との関わりを深めても、協会に自分の居場所をしっかり作ったとしても、俺にとってこの倉本家が『自分が帰るべき家』だと認識していたからだろう。何だかんだ文句や不満があっても、俺は家族といる空間を大切だと思っている。だから、自分でも意識して気を付けるほど家族をこちら側へ巻き込まないようにしてきた。彼らが裏関係に巻き込まれて被害を受けてほしくない気持ちは当然あったけど、俺が何故そこまでして隠そうとしてきたのかは何となくわかっているつもりだ。

 

「カナくん、ここにいたのですね」

「……ラヴィニア」

「隣、いいですか?」

 

 別荘地の二階のベランダでぼぉーと星空を眺めていた俺を見つけ、ラヴィニアは優しく微笑む。静かに考え事をしたくてここにいたけど、だいたいのもやもやは認識することが出来た頃だ。おそらく彼女もそれぐらいの時間を考えて、俺に声をかけてくれたのだろう。俺はこくりと頷いて隣のスペースを空けると、金色の髪を夜風に靡かせながらラヴィニアはベランダの手すりに手を置き、少しの間お互いに無言で星空を眺めた。

 

「綺麗ですね。協会で見るより、数が多いのです」

「あそこは夜中でも研究している魔法使いが多いからな。さすがは別荘地なだけあって絶景だよ」

 

 見える時間に違いはあるけど、日本と海外で眺める星に違いはない。夏の大三角形を視界の端に見つけ、指で星座をなぞってみる。俺とラヴィニアは冬生まれで同じ天秤座なので、季節的にそろそろ見られるかと一緒に探してみたが、どうやらまだ見えないようだ。そんな風に時間を使っていたが、やっぱり思考はどこか散漫気味だった。

 

「……悪いな、ラヴィニア。本当だったら、クレーリアさん達と一緒に今日も色々イベントを考えてくれていたんだろ?」

「いいのですよ。それにカナくんにとっても、そしてカナくんのご家族の皆さんにとっても大切なことです。いつか話し合わないといけないのは、みんなわかっていましたよ」

 

 今日の朝、俺は家族に留学の話を切り出した。今年の春にメフィスト様から与えられた選択肢。これまでのように、ちょっと魔法を使って誤魔化すことはさすがにできない。だから、俺の気持ちを素直に話した。俺自身、まだ決め切れなくて迷っていることも。みんなもまさか中学を卒業して外国に行くとは思っていなかったからか戸惑っていた。ポツポツと質問はされたので、それも正直に答えていった。

 

『家族として、まだまだ子どものお前を遠くに送ることは、心配なのが正直な気持ちだ』

『えぇ…、突然すぎて頭がちょっと追いつかないけど……。でも、奏太がどうしてもやりたいことがあるって強い気持ちがあるのなら、それを支えてあげたいと思うのもまた家族の気持ちとしてあるわ』

『来年留学しちゃうかもっていうのは、ちょっとびっくりしたけど…。でも、ちゃんと時々は家に帰ってくるんでしょ? 帰ってこなかったら、突撃自宅訪問するぐらいの権利は姉としてあるわよね』

『えっと、反対はしないんだ…?』

 

 普通なら、中学を卒業して海外留学とか親として不安に思うかと、反対されるかと思っていた。俺は迷っていることも含めて話したはずなのに、家族三人の顔は何を言っているのかと首を傾げていた。

 

『何だかんだで奏太ってやると決めたらやるでしょ。小学生の時、親に内緒で『小学生夏休みの語学研修の旅』に応募して当選したらそのまま一ヵ月間、本当に一人で行っちゃうし』

『私から見たら、奏太は迷っているというより、踏ん切りがつかないだけじゃないかと思ったわ』

『さすがに一人で行かせるとなったら反対したかもしれないが、お前の傍にはこんなにも奏太のことを考えてくれる人たちがいるとわかった。私たちの支えがなくても、お前だけの力で築き上げた信頼関係だ。むしろ、親として誇らしく思うべきだろう』

 

 メフィスト様やラヴィニア、そしてクレーリアさんや正臣さん達と過ごすこっちの俺の姿を見て、きっとやっていけるはずだと考えるきっかけになったらしい。あと俺の行動力に関する諦めも含まれているような気がしたけど、家族にすらそう思われる俺の行動力って……。

 

 だけどみんなからの言葉で、心のどこかで不安に思っていた言いしれないものが少し軽くなったように感じた。例え外国に行っても、家族のみんなは受け入れてくれて、いつでも帰ってきていいと言ってくれた言葉が。ちゃんと倉本家に俺の居場所は残るんだと、そう思えた安心感が確かに俺の中にあった。

 

 

「母さんに言われたんだ。俺は迷っているんじゃなくて、踏ん切りがつかないだけで、たぶんもう答えは俺の中にあるんだって。そう言われて俺が日本に残りたいと思っていた理由を改めてここで考えてみたらさ、俺は今の居場所がなくなるのが、壊れてしまうのが怖かったんだろうなって思ったんだ」

「今の、表でのカナくんの居場所ですか?」

「うん。本格的に裏の生活に足を踏み入れたら、表での『倉本奏太』は家族や友達、みんなの中から消えていく気がして、今まで俺がいた居場所がどんどんなくなっていくんじゃないのかって。それはある意味で仕方がない事だけど、やっぱり寂しくも思っていたんだ」

 

 生活が変われば、これまで付き合ってきた人間関係だって変わる。友人とだって何人かとは疎遠になるだろうし、ずっと付き合いを続けられる人はそうそういないことも理解している。俺が裏の世界で生き続ける限り、表の人間との間にはどうしたって大きな隔たりができる。こんな風に感じて悩んでしまうのは、表の世界と裏の世界を中途半端に渡り歩いてきた俺自身のツケだ。なら、それはいずれ払わないといけない。

 

「カナくんは裏での居場所をちゃんと作れています。それに、表で生きるカナくんもカナくんなのです。どっちの居場所も大切にしたいと思うのは当然ですよ」

「我が儘なだけじゃない?」

「我が儘を言ってもいいじゃないですか。私もメフィスト会長も手伝います」

「……俺の我が儘のために?」

「はい!」

 

 にっこりと笑顔を見せるラヴィニアに、難しく考えていた問題に一つの答えを見つけられたような気がして、俺も気づいたら笑っていた。導き出された答えに寂しさや不安はあるけど、俺自身の夢を叶えるために、そしてラヴィニアやみんなが傍にいてくれるのならきっと大丈夫な気がしたから。だから留学の件は、……前向きに考えていきたいと思えた。そのために必要なものをこれからは揃えていく必要がある。少しでも表の繋がりをなくさないために、今のうちに友人達との連絡手段とかを考えて、たくさん思い出を作っておきたい。

 

 何より、来年で朱芭さんとの修行は終わる。おそらくその頃には、協会での治療行為にも慣れているだろう。そして、リーベくんの治療に専念していきたいし、その後の問題についても考えていかないといけない。その時に、表の人間としての立場を持ったままだと俺は板挟みになって大きく動くことができなくなると思う。リーベくんの治療を行うと決めたのなら、留学の件は必要不可欠だったのだ。それを俺は最初からわかっていた。

 

 メフィスト様は俺が神器症の治療を考えていることを知らない。留学の件は組織の長としての彼なりの考えの結果だろうけど、俺の将来的に必要なピースだった。もし治療に成功したら、そのことが三大勢力に、そして世界に広がるだろう。さすがにそうなったら、俺の存在を隠し続けるのは困難だ。下手したら、高校生活の途中で転出する可能性だってある。リーベくんの体力的に、陵空(りょうくう)高校の卒業まで治療を待たせることなんてできないだろうから。

 

 

「……明日、家族には留学することを前向きに考えたいって伝えるよ」

「はい、たぶんその頃には皆さんの方向性も決まっているでしょうから」

 

 ラヴィニアの言葉に、俺の視線は一階にある部屋の方へ向かっていた。現在、一階の談話室でメフィスト様と家族が今後について話をしている。俺も参加するべきかと思ったけど、まずは保護者同士で話すからと言われたのでこうしてただ星を眺めていた。裏関係を知らない家族にうまく説明できない俺に代わって、メフィスト様が大丈夫だと受け持ってくれたのだ。表向きの俺の将来設計などを、たぶん両親に話してくれているのだろう。このあたり、本当に申し訳ない気持ちになる。

 

「メフィスト様にも迷惑をかけているよなぁ…。家族に裏関係のことを伝えれば、それで済む話だってわかっているのに。俺の立場や神器的に、ずっと表で暮らすのは元々不可能だっただろうからさ」

「カナくん…」

「それでも、ここまできてもまだ隠そうとしている。俺の出生のことだって、メフィスト様が護ってくれているけど、いつ裏の世界に広まってもおかしくないのに。自分でも言った方が楽になるし、家族だって……」

 

 そこまで言いかけて、うまく言葉が見つからなかった。みんななら『受け入れてくれる』という考えは、ただの甘えだろうか。楽観的すぎるだろうか。彼らなら裏関係のことも、俺の力のことも含めて受け入れてくれると思うのは――

 

『そんなの、今まで通りに暮らしたいに決まっているわ……。私はもう、あんな目になんかあいたくない…。悪魔だとか、三大勢力だとか、裏だとかなんて、私はもう関わりたくなんてないっ!』

 

 ――ふと頭によぎった彼女の言葉がよみがえる。神器を宿して生まれた俺は、最初から裏に足を突っ込んだ状態だった。でも彼女は、何も持っていない普通の一般人だった。俺の家族と同じで、抵抗する力なんて何もない普通の人間。何も知らなかった頃に戻りたいと、忘れたいと願った彼女の思いに応えるために、俺は初めて人を刺した。大切な友人を失い、無力さを味わい、世界に絶望して涙を流すしかなかった彼女を救うには、もうそれしかなかったから。

 

 裏の世界で『力』は絶対だ。それは武力や権力や交渉力、何でもいいけどとにかく『力』がなければ生き残れない。それを俺は、ずっとこの目で見てきた。だから、どれだけ修行しても、立場を築いてきても、心から安心できないのだ。それに俺のように実力は足りないけど、便利な能力持ちの人間は食い物にされやすい。俺のことを守ってくれるヒト達がいることはわかっていても、裏の世界に対する根本的な恐怖心は、未だに俺の中にあるのだから。

 

「一般の方へ、超常的な存在や力のことを伝えることに抵抗を持つのは当然ですよ。カナくんは間違っていません」

「そうかな…? 俺自身、かなりヘタレというか、グダグダ悩みすぎだって思うけど」

「私のママとパパは、私を愛してくれました。けど、私が『氷姫』のことを話しても幼少期によくある妄想だと、冗談だと真剣に取り合ってはくれませんでした。そして、親類縁者は常々『氷のお化け』の話をする私を薄気味悪がり、誰も引き取ってはくれませんでした。私が私として受け入れることができたのは、グリンダやカナくんが、……理解してくれるみんながいてくれたからです」

 

 ラヴィニアの言葉に、俺は星空を眺めていた視線を彼女へ思わず移す。ずっと前に聞いた彼女の過去。俺と同じように一般人の家族を持ち、表の世界で育ってきたラヴィニアは、裏の世界で生きることでようやく自己を見つけることが出来たのだ。

 

「私が幼かったから、何も知らなかったから、そんな風になってしまったのかもしれません。今のカナくんを見ていて思うのです。もし、両親が事故で死なず、あのまま成長していたら私はどうなっていたんだろうって。カナくんと同じように大切な人達へ本当のことを話すべきか、きっと誰よりも悩むと思います。神滅具(ロンギヌス)を持つ私がずっと表の世界で暮らすことは、どうしたって不可能だったでしょうから」

「うん…」

「だから、いっぱい悩んでいいのです。考えていいのです。私からカナくんに伝えられるのは、……後悔だけはしないでほしいことですから」

「……後悔?」

「私は、もう伝えることができないですから」

 

 儚げに微笑むラヴィニアの笑みに、俺は何も言えなかった。彼女の両親はすでに亡くなっている。自分の娘が生まれ持ってしまった『力』を何も知ることなく、彼女の家族は逝ってしまった。だからラヴィニアは、永遠に答えを得ることができない。自分の全てを、自分を愛してくれた人達が本当に受け入れてくれたのかどうか、これから先、ずっと…。ただ拒絶されるかもしれないことを恐れていた俺にとって、ラヴィニアの後悔の言葉は胸に強く残った。

 

「……ありがとう、ラヴィニア。教えてくれて」

「いいえ。私にとってもカナくんの家族の皆さんは、もう大切な人達ですから」

「うん、本当にありがとう」

 

 ずっと誤魔化して、嘘を重ねてきたこと。本当のことを伝えるべきか曖昧だった気持ちが、彼女のおかげで定まった。今はまだ勇気が持てないけど、いずれちゃんと自分の口から伝えられるようにしよう。原作の兵藤家のように他者からバラされる危険性だって、決してない訳じゃないのだから。その時に後悔する結果だけには、なりたくないと思った。

 

「その時は、私もパートナーとして一緒にいます。怖いことも二人ならへっちゃらなのです」

「それは男として、ちょっと情けない気もするけど…。でも、うん。その時は、よろしくお願いします」

 

 自分のヘタレさと彼女の励ましに気恥ずかしさを感じながら、俺は手すりにかけていた手をそっとラヴィニアに差し出す。それにラヴィニアも片手を重ね、パートナー同士で握手を交わした。俺の傍に彼女がいてくれて、本当によかった。一緒に夏の夜空を指差し、星座や流れ星を二人で探しながら心からそう思った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ずっと悩んでいた将来の目的が俺の中で定まったことで、その後は色々と精力的に動くことができるようになった。家族とメフィスト様は今後のことを話し合い、俺も自分の選択をみんなに告げたことで、ようやく今後に向けて目を向けることが出来た気がする。メフィスト様には後で個人的に心配されたけど、俺なりに表での交流も続けられるように努力はしたいと我が儘を言ったら、仕方がなさそうに肩を竦められた。

 

『カナくんは一度こうすると決めたら、それまで悩んでいた障害を今度はどう乗り越えるかに考えが移行して、恐ろしいほど前向きになって実行しようとするからねぇ。まぁ、そこがカナくんの良いところではあるんだけど』

 

 ボソッと乾いた笑みを浮かべて呟かれた保護者のセリフ。両親にそれとなくどういうことか聞いてみたら、「不肖の息子を本当によろしくお願いします」と頭を下げられた。いや、悩んでうじうじするより、前向きなのは良いことじゃん。メフィスト様にも褒められたんだよな、たぶん…。そんなことがありながらも、三、四日目の旅行はみんなで海外の有名な観光スポットをいくつも回り、記念写真を撮ってお土産などを購入していった。せっかくなので民族衣装なんかも着て、踊ってみたり歌ってみたりと普通に観光を楽しんだだろう。

 

 そしてお盆休みももうすぐ終わりに近づいた頃、倉本家は大量のお土産を空港便で届けながら、日本へと帰って行った。俺はしばらくこっちで協会の仕事をして過ごすつもりだったので、夏休みが終わる少し前に帰国する予定だ。お盆休みの間は協会の仕事もお休みしていたので、一週間分の溜まった仕事を解消しておかないとまずい。顧客がたくさんいてくれるのはありがたいけど、コツコツ(さば)いていかないと依頼が溜まり続ける未来しか見えないので、必死に頑張りました。

 

 それから夏休みは瞬く間に過ぎていき、気づけば夏休み最後のイベントの日となっていた。去年の今頃、姫島家の襲撃事件を乗り越え、その後のゴタゴタがすべて片付いた頃に姫島家のみんなで行った『初めての海』。あの時は堕天使側も忙しく、朱雀も霊獣『朱雀』を習得したばかりで訓練に忙しそうにしていた。魔法使い側もプライベートということで遠慮していたが、今年はそれぞれ予定を空けられるようにお願いしていたのだ。

 

『来年は、朱雀姉さまやラヴィニア姉さま、それにリンちゃんや髭のおじさん達も呼んで、みんなで盛り上がろうね』

 

 朱乃ちゃんの兄として、妹と約束したお願いを叶えないなどあり得ない。そこは朱雀も全面的に同意して、姫島本家の予定などもその日だけは絶対に空けるようにあらゆる手を使ったらしい。朱雀のご家族の皆様、ご協力真にありがとうございました。ルンルン気分で「小うるさい家の者たちは黙らせてきたわ」と満面の笑顔で伝えられたからな。うん、ご愁傷様です。

 

 

「では、八重垣正臣殿。今日の晩御飯を得るためと、水中での訓練を行うための狩りに出かけるとしようか」

「あ、あのー、バラキエル殿。僕はみんなと海へ遊びに来たつもりだったのですが…。クレーリアとの砂浜デートに、テンションを上げてきたのですけど……」

「アザゼルとメフィスト・フェレスからの依頼だ。水中を自在に泳げるぐらい、魔力の使い方をついでに覚えさせてこいと」

「雇い主と主が容赦ないッ!?」

 

 海に来て早速教官に引きずられていった正臣さん。イベントの最中でも、彼の苦労は変わらないらしい。去年の雷光を使った素潜り漁はすごかったですからね。男連中は着換えにそこまで時間がかからないので、二人はそのまま海へ飛び込んでいった。さっき朱乃ちゃんに応援されていたから、教官のやる気が天元突破している。

 

 正臣さんは人工神器の実験で堕天使の研究所へ行くので、そこでバラキエルさんと顔を合わせ、よく一緒に模擬戦をしたり、お互いに恋人と妻の惚れ気を話したりしているらしい。戦闘民族で他種族同士の恋愛関係ありということもあって、悪魔と堕天使という間柄だが意外と気は合ったようだ。

 

「おうおう、元気だなぁーあいつらは」

「原因の一人が何を言っているんですか、アザゼル先生」

「いやな、あいつは教会の戦士として長らく過ごしていたからか、すでに完成された戦闘スタイルができていた。だが、悪魔に転生したことで向上した身体能力、そして新たに得た魔力という力、この二つも考慮した新たな戦い方を今後あいつは見つけていかなくちゃならねぇ。その手助けをしているだけだよ」

「へぇー」

「それにあいつの能力が向上すれば、もっと色々実験できるしな」

「……へぇー」

 

 俺は大きな水柱が立った海を眺めながら、そっと手を合わせて拝んでおいた。研究大好き、戦闘大好き堕天使に振り回される友人に強く生きてほしいと思う。俺の場合、戦闘力そのものが低いし、相棒の過保護のおかげか変な実験をされる心配がないからなぁ…。その分、戦闘力もあって、下っ端根性もあって、頑丈で器用で伸びしろのある正臣さんは、まさに堕天使たちにとっていいカモだったのだろう。メフィスト様の眷属って、もれなく堕天使もセットでついてくるからねー。

 

「そういえば、こうして先生と直接話すのも何だか久しぶりですね。最近はずっと忙しそうでしたし」

「あぁー、まぁな…。こっちも色々あってな。というか、俺らが忙しくなった原因の一つは、お前の『嫌な予感』の所為だろうが。人工超越者の研究に『ネビロス家』とか何を掘り当てているんだよ、お前は」

「俺も迂闊だったとは思いますが、あんな展開になることを予想するとか無理ですよ…」

 

 妙に似合うアロハシャツを着た先生に胡乱気な目で見られたが、これに関しては俺も想定外だったとしか答えられない。夏の終わり頃には、冥界側もある程度落ち着きを取り戻してきたようだ。ナベリウス家の主から伝えられた研究内容や冥界に眠る伝説について、上から下へ大混乱していたからなぁー。

 

 魔王様達は旧四大魔王の家に伝説に関する資料が残されているのではないかと探っているみたいだけど、当然ながら旧魔王派は協力を拒否している。古き悪魔達もさすがに旧魔王派に追究しているようだが、結果は著しくないらしい。彼らは自分たちを選ばなかった冥界の民にも怒りを向けていたから、『ネビロス家』が騒動を起こそうと関係ないのだろう。それか、裏ですでに『ネビロス家』と関係を持っていてそれを隠しているのか…。

 

 でも、旧魔王派と『ネビロス家』が裏で繋がっているのなら、色々納得のいく点も多いんだよね。原作での旧魔王派の情報力や技術力って、おかしな部分も時々あったから。『禍の団(カオス・ブリゲード)』という一つの組織でありながら、彼らは協力など無視して、基本自分たちの考えで行動していた。そんな彼らが、アジュカ様が創ったレーティングゲームを乗っ取ったりとか、『魔獣創造(アナイアレイション・メーカー)』の持ち主だったレオナルドを無理やり禁手化させたりとかどうやってできたのか。今回のナベリウス家の主のように、裏で支援して暗躍していたのならあり得るのかもしれない。同じ悪魔で、旧魔王に仕えていた六家の一つなら、自尊心の高い彼らも手を組むことができると思う。

 

 あと、原作ではリゼヴィムからの提供ということで色々なヤバい技術や情報が出てきたけど、あれも本当に全部リゼヴィムが出したものだったのだろうか。確かに彼だけが持つものはあっただろうけど、自分の孫を虐待する以外特に楽しみもなく、自分の息子もつまらないからと殺すような、ずっと酒を飲んで無我なまま過ごしていた悪魔だ。その側近だったユーグリット・ルキフグスだって、イッセーの活躍を耳にするまで同じような状況だったらしい。

 

 『乳神』が降臨し、彼らが異世界を知ったのは確か原作で九月頃だっただろう。そして、そこから動き出して表舞台に立ったのが確か十一月頃。つまり、そんなグロッキー状態だった彼らが、たった二ヵ月程度の時間で裏から吸血鬼達を操り、各方面の最新技術を手玉に取り、聖書の神のプロテクトコードさえ扱い、聖杯を使って生命の理さえも理解し、厳重に封印されていた『666』を復活させる。それと同時並行で世界に喧嘩も売る。おい、どこの化け物だよ。知力と技術力がチートすぎる。禍の団を乗っ取ったとしても、ここまでインフレできねぇよ。これを原作でリゼヴィムが本当に一人でやったのなら、ヤバいを通り越してドン引きする。

 

 それに『ネビロス家』の話で出ていた異常な『合成獣(キメラ)』の存在。確証はないけど、嫌な予感はする。原作で俺はその異常を見せた存在を二人ほど知っているし、吸血鬼の国で邪龍と合成された吸血鬼達の成れの果ても知っている。合成された獣という共通点を、『ネビロス家』と『禍の団』と『クリフォト』は持っている。原作を知る俺からすれば、技術チート持ちの敵が暗躍していたと言われた方が、よっぽど納得できるような気がした。

 

 

「……先生たちも『ネビロス家』を追っているんですか?」

「ナベリウス眷属の中に、神器持ちの『兵士(ポーン)』がいてな。そいつの神器の力を引き出すために使われていた技術に、……堕天使(俺たち)のものが使われていた形跡があったんだよ」

「堕天使の技術が、『ネビロス家』に漏洩されている?」

「おそらくな。さすがにそれを無視する訳にはいかねぇだろ。おかげで組織管理の引き締めに、こっちもてんてこ舞いだよ」

 

 特大のため息を吐きながらサングラスをかけ、アザゼル先生はパラソルの下にあるレジャーシートの上に寝転がった。目の下に隈がちょっと見えたから、たぶんよっぽど疲れていたのだろう。今回の海計画で、シェムハザさんが「気分転換に行ってきなさい」と快く先生を送り出した訳がなんとなくわかった。組織の長であるアザゼル先生が、疲れた姿を周りに見せる訳にはいかないしな。

 

 そんな疲れた先生の姿に、生徒として黙っている訳にはいかない。俺はパーカーの袖を捲り、これまで協会で頑張ってきた治療の成果を見せるときだろうとやる気に満ちる。相棒を手に呼び出し、寝転ぶアザゼル先生の傍に駆け寄った。

 

「アザゼル先生、よかったら相棒式鍼灸(しんきゅう)治療でも受けますか?」

「……お前の神器は、ついにツボ押しまでやるようになったのか」

「ツボだけじゃなくて、物理的に悪いところも消しますよ。副作用も起こしませんし、安心安全の相棒印です」

「あぁー、ヤベェ…。頭も痛くなってきやがった……」

 

 それは大変だ。急いで相棒を刺さないと。俺は協会でやっているように肩こりから腰痛、目の疲れや胃の調子も含めて治療を施していった。これはちょっとしたサービス的な治療なんだけど、協会のおじいちゃんやおばあちゃんにかなり受けているものだ。大きな治療が特にない時にやる簡易治療版なのだが、日常的に困っている人が多いからか予約がすぐに埋まってしまうぐらい人気である。あと、メフィスト様にも時々やっています。

 

 一瞬ビクリとされたが、じわじわと効いてきたのか全身から徐々に脱力していっている。メフィスト様から俺の治療行為について聞いていただろうから、特に抵抗もないようだ。ラスボスレベルの先生が、こうして生徒の俺の治療を何でもないように受けてくれることが、何だか誇らしくて嬉しい。いつもお世話になっているので、こういう時にしっかりと役に立ちたいと思う。女性陣の着換えが終わるまでの間だが、他愛のない話をしながらせっせと手を動かしていった。

 

 

「いやあぁぁぁーーー、やめてぇぇぇっーーー!! ちょっとした出来心でェェッーー!!??」

 

 そんなのほほんとした時間は、思わず耳を塞いでしまったほどの大声量にかき消された。アザゼル先生は大きくいびきをかいて寝てしまっているので被害は俺だけだが、半眼の眼差しで悲鳴の方へ振り向く。そこには、いつの間にかいなくなっていたラヴィニアの使い魔である彷徨大元帥ファイナルデスシーサーが、俺の使い魔のリンに甘噛みされてブンブン振り回されていた。うちの使い魔の暴挙とワンコのセリフから、俺は数秒ほど考えて結論を出した。

 

「リン、ぶん回しをパワーアップ」

「ふぁじゃー」

「何で理由も聞かずに、あぁぁぁあああぁぁっーー!!」

「どうせ女性陣の着換えを覗きに行こうとして、リンにバレてしめられているだけだろ」

「…………」

 

 大人しく白目を向きながら振り回されるワンコ。図星だったらしい。下手に言い訳をしたら、俺の神器が火を噴くことを学習しているようだ。それにしては、このエロワンコの行動が治らないことに頭は痛いが…。念のためにリンに更衣室を見張らせておいて正解だったな。

 

「うぅぅぅ…、せっかく目の前に桃源郷があるのに……。あ、あんまりです、ボスッ! ボスには雄としての本能がないのですかっ!?」

「号泣しながら失礼なことを言うんじゃねぇよ…。むしろ俺は、お前の命を救ってやったんだぞ」

「えっ?」

「現在着替えている女性陣五人。うち、クレーリアさんと朱璃さんには武闘派の恋人と夫がいるんだぞ。そして朱乃ちゃんの傍には、恐ろしい朱雀(シスコン)がいる。確実に切られて、雷光で焦がされて、塵も残さずに燃やされてたぞ、お前」

 

 俺からの説明に死んだ目で遠くを見据え出したワンコは、深々と俺へ頭を下げた。海というテンションが上がるイベントで、目の前の桃源郷に思考が花畑になっていたみたいだが、冷静に考えたらヤバいと気づいたらしい。こいつ何度か朱乃ちゃんと朱璃さんにデレデレして、朱雀に燃やされかけただろうに、一年の歳月でうっかり忘れていたようだ。

 

「まったく、相変わらず騒がしいわね」

「ワンワン、総督さんが眠っているので大きな声はダメなのですよ」

「お待たせ、兄さまー!」

 

 そうこうしているうちに女性陣の着換えも終わったようで、プライベートビーチに五人とも姿を現した。ラヴィニアは以前姉ちゃんと買い物に行ったときに買った水色のワンピースタイプを着て、長い髪を後ろで一纏めにしている。朱雀と朱乃ちゃんは同じお団子型の髪型で、姫島一家で買ったお揃いの水着を着て、ご機嫌で手をつないでいた。朱璃さんとクレーリアさんは、さすがのプロポーションだとしか言えなかった。

 

 燃え尽きていたワンコの活力が一気に回復したようでハスハスしだしたが、まぁ気持ちはわかる。朱雀に見られて、尻尾が一瞬で内側に丸まったけど。眼福なのは肯定するしかない。今年の夏休みも色々な意味で大変だったが、こうして夏の終わりに女性陣の華やかな姿を見られたのは男としてよかったと断言できる。今までの夏休みってだいたい冥界修行に使われていたから、海がない代わりに山ばっかりだったもんなぁ…。

 

 それから男としてしっかりと女性陣を褒め、感想を伝えておくことを忘れず、待ちに待った海イベントが開催された。初めての海にリンが恐る恐る足をつけようとして、波に驚いて引き返すを何度か繰り返していたので、仕方なくリンを抱き上げて一緒に海に挑戦した。炎のドラゴンだけど、水浴びぐらいはリンもするのでダメージはないだろう。途中めっちゃよじ登られたり、尻尾で海の水を押し返そうとバシャバシャされて俺がダメージを受けたり、リンの目に塩水が入った時は暴れられたりと大変だったが、無事に海デビューを果たすことはできた。主の方はボロボロだけどなっ! 今はゴーグルをつけて、浮き輪で浅瀬にプカプカと浮かんで遊んでいた。

 

「朱乃、あそこの岩場まで泳ぐわよ」

「はい、朱雀姉さま!」

 

 そしてこっちでは、遊びながら修行を始める二人組。朱璃さんがスタートの合図を出し、霊獣『朱雀』を召喚して噴射する朱雀と、雷光で水の流れを作り出す朱乃ちゃんのデッドヒート。二人ともしっかり力をコントロールしているようで、猛スピードで岩へと突撃していった。俺とラヴィニアは純粋に二人の健闘を褒めていたけど、クレーリアさんがどう表現したらいいのかわからない的な顔をしていた。だいたい俺達はいつもこんな感じだよ。

 

 ちょっと疲れたら、ラヴィニアに氷を出してもらって、俺が持参したシロップをお裾分けしてかき氷にして食べる。ビーチバレーもしたけど、「さすがに能力ありだと私が死んじゃう!」とクレーリアさんに訴えられたので、普通のゲームルールにして楽しみました。お互いに負けず嫌いな俺と朱雀でいつの間にか熾烈な戦いをしていたけど、あいつ年下で女子のはずなのにマジで強かった。ちなみに一番強かったのは朱璃さんである。あの抉り込むような角度はドSすぎだった。

 

 

「はぁー、こんなに身体を動かして遊んだのは久しぶりだなぁー」

「うん、私もみんなと一緒に遊べて楽しかった! 奏太兄さま、約束を守ってくれてありがとう」

「俺は声をかけて、予定を空けてもらっただけだけどな。でも、約束を守れてよかったよ」

 

 しばらくはみんなで遊びまくったが、去年からお母さんと練習した泳ぎを披露する朱乃ちゃんと海でのんびりしながら休憩していた。時間的に正臣さんとバラキエルさんも帰ってくるだろうし、そろそろバーベキューの準備をしておくべきだろう。リンが夏のバーベキューを楽しみにしていたし、大人数だから色々用意しておくものも多い。そう考えて、俺は陸に上がろうと朱乃ちゃんに声をかけようとしたが、ふと仙術もどきの感覚に反応があったことに気付いた。

 

 何だろうと俺は水平線の向こう側に目をやると、……巨大な背びれが見えた。しかも二つ。いや、小っちゃいのもいくつかあるから子連れみたいだ。それが俺と朱乃ちゃんの方へ向かって、だんだんと近づいてくる。……えっ、この感じマジか。陸にいたみんなもそれに気づいたのか、こっちへ呼びかける大声が聞こえた。

 

「かっ、奏太兄さま! あの大きな背びれっても、もしかしてっ……! 早く陸に逃げないと!?」

「あぁー、待って朱乃ちゃん」

「兄さま、何でそんなに平静なの!? このままだと食べられてっ……!」

「ごめん、あれ知り合いだわ」

「――えっ?」

 

 俺の言葉に固まった朱乃ちゃんがポカンと口を開けると同時に、巨大な背びれは俺達の目の前まで来て、大きな水しぶきを上げた。そして俺達の目の前に現れたのは大きな背びれを持った……人型のキングサーモンだった。頭が鮭で首から下がふんどし一丁のキングサーモン。そしてその隣を泳いでいたのはこれまた人型サイズはある半魚人。全体的な魚のシルエットに手足が文字通り生えている見た目はまさにクリーチャー。そんな彼らの周りに、鮭や鮪っぽいチビクリーチャーたちも元気に泳いでいた。

 

「よう、サーモン・キングと人魚の奥さん。どうしたんだ、こんなところで」

「これはボス! いやぁー、妻と子どもたちと海を泳いでいましたら、ファイナルデスシーサー様とボスを見かけたので、これは部下として挨拶に来なければと思いまして」

「そうか、わざわざ家族連れでありがとうな」

「いえいえ、ボスのおかげでこうして家族みんなを食わせていくことが出来ましたから」

 

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げる鮭の頭をした怪人と、半魚人の夫婦に俺はへらりと笑みを浮かべて手を振っておく。彼は二年前に駒王町を攻めてきた元『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の一員で、イッセーくんの鳥の親子丼を鮭の親子丼にして、食事処を征服しようとしていた『反逆の鮭王(リミテットオーバー・サーモン)』と呼ばれた怪人だ。

 

 三十年以上本能に逆らって生きてきた彼だが、あの戦いで人魚の彼女と海で死闘を繰り広げた末、愛に目覚めてそのまま籍を入れてしまったらしい。俺もご祝儀を渡したしな。それにしても敵同士の男女が戦い、愛に目覚める。まさにクレーリアさん達も憧れていた、第二のサーゼクス様とグレイフィア様だな。見た目はクリーチャーだけど。

 

「そうです、よかったら先ほど漁で取ってきた鮭はいかがですか? 脂のノリもよくて、鮭の王である私の目から見てもなかなかのものですよ」

「鮭としてその発言はいいのかは迷うが、もらえるのなら嬉しいな。それにしても、魔法少女の仕事って漁もするのか?」

「いえいえ、私は組織全体の食材を調達する担当の一人ですよ。……最初の頃は仕方ありませんでしたが、さすがにそろそろその……未成年に養われるヒモのままはヤバいだろうと、みんなで話し合いまして。はい…」

 

 子どものまま大人になり、悪の組織を全力で運営してきた『渦の団』であったが、スポンサーである俺が未成年の子どもだと知って、「いや、さすがにこのまま養われるのは一応大人として…」と組織内で意見が勃発したようだ。ただでさえ魔法少女は増えていて、運営費や研究費も俺持ち。そこからさらに衣食住も養ってもらいっぱなしは、全身スーツを着ることに羞恥心を捨てた軍団でも、さすがに恥ずかしいと思ったのだそうだ。お前ら、元悪の組織なのにそういうところは真面目だよな。

 

 それでまずは自分たちでお金を稼ぐ当てを探して、色々と開拓ルートを考えたらしい。魔法少女は正義の味方という慈善事業だから、お金をもらうことはできない。だから、違う方面から金銭面をやりくりすることを決めたらしい。幹部であり、元『渦の団』の財政担当だった豚丸骨(げんこつ)大将が中心になって、怪人というアドバンテージを使った事業を始める予定のようだ。

 

「私と妻は海を自由に泳げますので、新鮮な魚介類を卸したり、海の底に沈んでいるものをサルベージしたりしています。もしボスもご利用になられたいと思った時は、いつでも声をかけてください」

「なるほどなぁー、教えてくれてありがとう。そっか、カイザーさん達も色々考えてくれていたんだな…。家族みんなで仕事して、頑張ってくれているんだ」

『ギョギョ、ギョギョギョッ!!』

「シャーケッケッケッケッ! 妻も子どもたちもやりがいを感じているようですな。それでは、我々はまた漁に戻ります。時間を取っていただき、ありがとうございました」

「あぁ、気を付けていけよ」

 

 ビシッと敬礼をするクリーチャー達に俺も手を振ると、彼らはまた水平線に向かって猛スピードで泳いでいき、静かに消えていった。まさかこんなところで駒王町の組織のことを聞けるとは思わなかったが、元気そうで何よりだ。彼らなりに組織を頑張って支えていこうとしているみたいだし、俺も手伝えるところは手伝ってやりたいな。今度カイザーさんやミルたんにも相談してみよう。

 

「良かったね、朱乃ちゃん。こんなに立派な鮭をもらうことが出来たよ。バーベキューが楽しみだね」

「…………」

「朱乃ちゃん?」

「私、母さまや朱雀姉さまが常々言っていた奏太兄さまの人脈の怖さというものを、今日初めて実感した気がしました」

「えっ」

 

 それから陸に上がると、『渦の団』を知っているラヴィニアとワンコ以外の全員から素で引かれた。サーモン・キングさんと人魚さんの見た目はクリーチャーだけど、普通に良い方たちだよ。ミルたんとの衝撃的な出会いを経て、『渦の団』のみんなと関わるようになってから、そんじょそこらのクリーチャーぐらいなら驚かなくなったからね。人間何だかんだで慣れる生き物だと実感した、裏世界の四年間だった。

 

 巨大な鮭の解体は朱璃さんに任せ、みんなで石を運んできて台を作り、持ってきた金網をかぶせてセットしていく。火の扱いはリンと朱雀が一番よくわかっているから調整は任せ、野菜などをせっせと切っていった。ピーマンの種の部分や玉ねぎの芯の部分などを相棒で消しておけば処理に困らず、環境にも優しいので完璧だ。「便利だけど、便利なんだけど……」と頭に手を当てるクレーリアさんと朱璃さんが印象的だったけど。

 

 そうして準備が完了する頃には、バラキエルさんとぐったりした正臣さんが大量に魚介類を持って帰り、ぐっすり眠れたからかコキコキと首を曲げながらすっきりした様子のアザゼル先生も参加していた。みんなで笑い、たくさん食べて、色々な話をした中学校生活最後の夏休み。あらかじめ買ってきておいた花火の袋を開け、夜の砂浜にたくさんの光が彩られていった。

 

 こんな風にまたみんなで集まれるのは、いつになるかはわからない。それでも、いつかまたこうしてみんなで笑い合えたらいいと思う。たぶん今後はそれぞれの道を歩いて行くために、こういう何でもない時間を取ることも難しくなっていくと思うけど。それでも今日の楽しかった思い出を胸に、俺達は「またいつか」を約束しあったのであった。

 

 

 こうして、俺達の夏は過ぎていくこととなる。気持ちを新しく入れ替え、夏が明けて慌ただしく始まった毎日を全力で駆け抜けていく。それぞれが目指す目標を叶えるために、一歩ずつ足を進めていった日々。それから季節は瞬く間に過ぎ去り、吐く息が白くなりだした頃。今年もそろそろ終わりかと感慨深く思っていた俺の下に、一本の通信が届くことになる。

 

 ――中学校生活最後の冬、空に白く儚い雪が舞い始めていた。

 

 

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