えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百三十九話 雪

 

 

 

「はぁー、さみぃ…。もうすっかり冬になったよなぁー」

「天気予報で、これから雪が降るって言ってたよぉー」

「マジか、雪が降るのか…。リン、ちょっと抱っこしていい?」

「ショコラショーで手を打とう」

 

 確かフランス版のホットチョコレートだっけ。それぐらいならと交換条件を了承すると、腕の中にリンを抱き寄せて街の中を歩き出した。リンは朱炎龍(フレイム・ドラゴン)という炎を司る種族だからか、ほんのり温かくて冬の間は大活躍だったりする。ぬいぐるみサイズで持ち運びも楽だしな。それから欧州の街中をリンと二人でのんびり歩き、二人分のおやつを買うと約束の時間までベンチに座って待つことにした。

 

 今日は魔法使いとしての仕事用に使っている灰色のローブを俺は着ていて、リンも一般人には犬に見える仕事用の魔導具を首にかけている。昔師匠が着ていたような認識阻害のルーンが刻まれているので、ちょっとコスプレっぽいこの格好でも問題なく街の中を歩ける。普段はこうやって外に出るときは、正臣さんやラヴィニアに付き添ってもらうんだけど、今日は事情があってリンと二人っきりだ。

 

「ねぇ、カナー。副総督はまだ来ないのー?」

「シェムハザさんも仕事で忙しいみたいだからなぁ…。少し遅れるかもしれないとは聞いていたけど」

「リンたちを呼び出したの、副総督なのにね」

 

 まぁ、それはそうだけど。リンとショコラショーを飲みながら、初めて訪れた欧州の街の景色をぼんやりと眺める。長かった夏休みが終わると瞬く間に月日は過ぎ去り、気づけば学校も冬休みに入った。中学卒業後は海外留学することを担任に伝え、クラスや後輩たちに伝えるとものすごく驚かれたが、長期休みは絶対に遊ぼうと約束したな。とりあえず、今は受験生の友人達の手伝いをしながら、もうすぐ年末だと感慨深く感じていただろう。

 

 しかし、そんな時に俺の下に届いた一本の通信。相手は堕天使組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』の副総督であるシェムハザさんからだった。神器関係や雑談でアザゼル先生、姫島一家でバラキエルさんと連絡を取り合うことは多かったけど、シェムハザさんとはあんまりなかったのでびっくりしたな。俺にとっては光力を使った術の先生って感じなので時々相談はするけど、普段から忙しそうなのでちょっと遠慮してしまうんだよね。そんな彼からの連絡ということに首を傾げたし、さらにその内容にも訝しんだだろう。

 

「メフィスト様にシェムハザさんが俺の力を借りたいって依頼を出したけど、何を手伝うのかの詳細を今は俺だけに話したい…だもんな。しかも少人数で動きたいから、護衛も副総督である自分が行うだし…」

「リンはいいんだよねー?」

「むしろ、リンの手伝いも欲しいって聞いたよ。ドラゴンを使い魔にしていて、さらに感知タイプである俺の手伝いがあると助かるってさ」

 

 人間界の依頼でリンを連れて行くのは珍しいことなので、なんとも不思議なお願いだと思った。依頼したシェムハザさん自身もこちらへ無茶なお願いをしているのはわかっていたけど、それでも俺に頼んできたって感じだった。メフィスト様から俺の意思を聞かれたので、とりあえず依頼は受けたいと返事を返しただろう。俺の能力が役に立つというのなら手伝いたいと思ったのが、素直な気持ちだしな。

 

 たぶんだけど、堕天使の組織に関係する仕事だから、他組織にはあまり公にしたくないのだろう。シェムハザさん自身、まだ確証がないって言っていたし。その検証も含めて、俺の力を借りたいと話していたと思う。一応俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いなんだけど、総督や教官の弟子で、正直堕天使側のプライベートにめっちゃ関わっているから今更っぽい気持ちもある。どうせ事実確認ができたら、俺も関わることになりそうだしなぁー。

 

 シェムハザさんからは、欧州の山奥にある町へ人探しを行い、保護をすることが目的らしいと聞いた。堕天使の組織的に、神器持ちの人間の保護だろうか? しかし、それなら別に俺達へ詳細を隠す必要はないと思う。それに俺の手伝いを頼んだことから、いずれ魔法使いの組織にばれることも想定済みだろう。そんな不思議な依頼であったが、他ならないお世話になっているシェムハザさんからの頼みである。仕事として、しっかりこなしていこう。

 

 

「すみません、カナタくん。お待たせしてしまいましたね」

「あっ、シェムハザ……さん?」

「あれ、副総督。いつもとオーラがちがう?」

 

 リンと二人で街の小さな公園で待っていると、俺達を呼ぶ優し気な声の方へ振り向く。そこにいたのは確かにシェムハザさんだったが、いつもと雰囲気が違って驚いた。ニット帽と厚めのコートを着込んだ、肩口に揃えられた銀髪を持つ三十代ぐらいの男性。普通に街中に溶け込んでいることもそうだが、感じるオーラが人間っぽい気がする。少なくとも、瞬時に堕天使だと見抜くのは難しいと感じた。

 

「ふふっ、これは人間に偽装する時に用いている手法です。我々は人間の神器所有者を見極めるために、人間の中に紛れて捜索することがありますからね」

「なるほど…。確かにオーラが人間っぽいから、一瞬人違いかと思っちゃいましたよ」

 

 くすりと小さく笑いながら説明してくれたシェムハザさんに、俺は納得がいったように頷く。堕天使のレイナーレも最初に兵藤一誠の中に神器があるのかを確かめるために人間として近づいてきたし、アザゼル先生も和平の会談まで人間の依頼者のふりをしてイッセーに近づいて探っていたはずだ。神器持ちの人間を探すための潜入捜査として、そういう研究が進められてきたのだろう。

 

「でも、組織の副総督がわざわざ偽装してまで捜索しに行くの?」

「……今回の情報は私自身まだ半信半疑ではありますが、もし事実だった場合、時間があまりありません。目的地まで車で移動しますので、その道中に説明しましょう」

 

 リンからのもっともな疑問に、少し眉を顰めたシェムハザさん。時間がないという言葉に訝しんだが、とりあえず説明してくれるのなら聞くべきだろう。俺は飲んでいたカップをゴミ箱へ捨てると、速足で歩きだした彼の後ろを遅れないようについていく。しばらくすると、どこにでもありそうな一台の軽自動車が止められていたので、それに三人で乗り込んだ。彼が約束の時間に遅れたのは、このレンタカーを借りる手続きのためだったらしい。ここまで徹底的だと、よほど堕天使の介入を周りへ知られたくないのかもしれない。

 

 それから街の道路を車はすいすいと進んでいき、山奥へと続く人気の少ない道を走っていった。俺は助手席に座って、目的地だという山奥の町までの地図と道のりを確認しながらナビをしておく。人通りはほとんどなくなり、車のエンジン音だけが響く中、山の麓へまっすぐに俺達は向かって行った。しばらく車から流れる景色をリンと眺めた後、シェムハザさんは今回の経緯についてポツポツと話し出した。

 

「さて、どこから説明しましょう…。そうですね、まず今回の件については私の独断で動いています。最終的に堕天使の組織へ保護する予定ではありますが、この神器所有者のことはアザゼルにもまだ知らせていません」

「えっ!? そ、そうなんですか?」

「情報提供者の件も含めて、確証がありませんでしたから。そして、組織へ伝えるにも事が大きくなる可能性があり、今は迅速に動かないとまずい状況でもありました」

「さっきも言っていましたけど、時間がないって…」

「……ヴァチカンの上級エージェントが、その神器所有者らしき者を『処理』するために派遣される寸前なんですよ」

 

 シェムハザさんからの説明に、思わずギョッと目を見開いた。ヴァチカンの上級エージェントと言えば、紫藤さんのような聖剣使いが所属しているような、『教会が討たなければならない』と判断した時に動かされる戦闘に特化した組織だ。ヴァンパイアや悪魔などといった、人外と当たり前のように相対することを想定している集団。普通なら、神器持ちの人間一人のために動かされるような戦力じゃない。

 

 そして、その説明によってシェムハザさんがこれほど慎重、且つ迅速に動く理由もわかった。教会側が動いているような案件に、堕天使の介入を悟られたらまずいだろう。それにその町には、すでに教会の関係者がいるかもしれない。そんな状態で教会関係者を出し抜いて、神器所有者を奪取すると考えれば、副総督ぐらいの実力者じゃないと難しいと思った。

 

「……俺が今回の件に呼ばれたのは、感知能力があるからですか?」

「えぇ、本来なら私と数人の部下だけで行く予定でしたが、確実性は上げていくべきです。カナタくんは私が知る中で、最も精度の高い探知ができますから」

「でも、何でその神器所有者は討伐隊まで組まれるようなことになったの? もしかして、ものすごーく狂暴な感じ?」

「いえ、その子は町で空き巣狙いをして暮らしていたようです。警察は捕まえようとしたそうですが、異能の力を使って逃げられていたようです」

 

 その説明には、俺もリンも首を傾げるしかない。いや、空き巣狙いはダメなことだけど、わざわざ討伐隊が組まれるほどの悪事じゃないからだ。シェムハザさんの話しぶりからしても、その警察の人達を殺したわけでもなく、退けるために力を使っていただけみたいだしな。

 

「でも、それなら普通、教会側も俺達のように『保護』に動きませんか? その異能の力が神器だとわかれば、自分たちの戦力として確保したいと思いそうですが」

「実際、最初はそのつもりで動いていたようですよ。警察の被害を知った教会側は、もしかしたら神器所有者かもしれないとヴァチカンからエージェントを送ったみたいです。しかし、彼らもまた同じように返り討ちにあいました」

「えぇッ!?」

 

 思わず驚きから声を上げてしまう。神器持ちの俺から言わせてもらうと、ありえないことだからだ。教会のエージェントって人達は、ちょっと異能が使えるだけで勝てるような相手じゃない。俺だって何年も訓練を重ねて、ようやくまともに戦闘ができるだろうってレベルなのだ。才能がない俺と比べるのもアレかもしれないが、空き巣狙いなんかしているってことは、まともな生活も送れないような状態だろう。神器だって使いこなせているか怪しい。そんな状態で、戦闘訓練を受けてきた実力者を退けたのだ。

 

「でも、副総督。エージェントを返り討ちにされたヴァチカンがさらに強い人を派遣しようとするのはわかるけど、どうして『処理』のためって言い切れるの? そんなに強い異能者なら、『保護』して自陣に組み込もうと考えると思うけど」

「あっ、確かにリンの言うとおりだな」

「いえ、それに関しては断言できます。教会はその子を『悪』と断じて、必ず『処理』するために動きますよ」

 

 シェムハザさんからの断定的な言葉に、俺とリンは沈黙してしまう。リンの考察は本来なら間違っていない。派遣したエージェントを返り討ちにされたからって、それで『悪』と断じて問答無用で『処理』に動くことは本来ならないはずだ。つまりそのエージェントたちは、その人物が『悪』だと証明できる何かを知った。それも教会側にとって、交渉の余地もないほどに決定的な何かを――

 

 

「……あっ」

 

 そこまで考えていたら、窓に白いものがちらりと見えた。首を少し傾けると、雨雲のような暗い空が広がっていて、そこから白い粒が降り注いでいる。どうやら、天気予報どおりに雪が降り始めたようだ。目に映る白い雪を見ていると、四年前の悪魔と教会で起こった事件を思いだす。あの時も、こんな寒い雪の降る日だったな。そういえば、当時の教会も今回のような頑なな態度を示していたと記憶によぎった。

 

 悪魔を『悪』だと断じて、クレーリアさんと正臣さんを引き裂こうと教会側は強引な手を使った。無事に和解することはできたけど、あの当時は本当に大変だったなぁ…。そんな不意に思い出された情景に、俺はハッと息をのむ。神器所有者と聞いて、当たり前のように『人間』だと思っていたけど、そもそも前提が違うのではないかと。何故なら、俺は異形側に分類されながらも神器を持つヒト達を知っているのだから。

 

「まさか、その神器所有者のヒトは『人間』じゃなくて、……人間と人外の間で生まれた子だったから、教会は『処理』することを選んだ?」

「その通りです。……今回の情報を提供してきたのは、悪魔側からでした」

 

 悪魔が堕天使に救援を求めたってことか…。なるほど、これは確かに堕天使の組織へ下手に言えないよな。自分の組織の長であるアザゼル先生を巻き込んでいいのか、副総督として判断に迷うと思う。教会が粛清に動こうとする寸前だというのなら、情報について議論する時間も惜しい。でも、罠である可能性も決して捨てきれない。

 

 それならまずは自分の目で確かめて、本当のことならとりあえず保護してから今後どうしていくのか相談しよう、と決断したって感じか。シェムハザさんも一応自分で調べてみたみたいで、それらしい人物がいることは把握していたから、事実である可能性が高いことはわかっていたみたいだけど。

 

 ちなみに、どうしてシェムハザさんだけに今回のことが伝わったのかと疑問に思ったけど、原作で彼には悪魔の恋人がいたって言われていた。たぶんだけど、彼だけが持つ悪魔と繋がるラインを使って、連絡を取った第三者がいたのだと思う。敵対する他組織へ悪魔の子を保護してもらうのは危険な賭けだと思うけど、神器研究を優先する堕天使なら生き残れる可能性が高いと踏んだのだろう。

 

「教会はその『少年』を確認し、悪魔と人間のハーフだと判明しました。悪魔の力を宿す子どもに、最初に派遣されたエージェントたちは処理に動きましたが、悪魔の魔力と少年の宿す強大な神器の力の前に撃退されたそうです」

「悪魔と人間のハーフ…」

 

 教会の定義を考えれば、彼らが問答無用で『処理』に動くことを決断したことに納得してしまった。彼らは恐れたのだ。異形の力だけでなく、神器の異能まで扱う子どもが成長し、自分たちの脅威となる可能性に。俺は堕天使とのハーフである姫島朱乃ちゃんや、悪魔とのハーフであるリーベ・ローゼンクロイツくんを知っている。彼らは異形側だけど、決して人間に悪意を向けるような子たちじゃない。それでも、それを知らない相手からすれば、異形側というだけで恐ろしいものなのだろう。

 

「種族同士の(いさか)いってめんどくさいよねー。でも、副総督も堕天使だよね? 悪魔の力を持っている子を保護しても大丈夫なの?」

「我々にとってみれば、種族よりも神器を持っているか否かが重要ですからね。それに研究者視点から見れば、大変興味深い研究対象でもありますので」

「副総督もやっぱりマッドなんだねー」

 

 まぁ、シェムハザさんは真面目で優しい方だけど、そこはやっぱり堕天使だからね。

 

「それにしても、強大な力を持つ神器ですか?」

「えぇ、そのような情報をもらっています。そして、その神器があるからこそ、カナタくんとリンくんなら見つけられると思ったんです。なんでも報告によると、強大なドラゴンのパワーを内包しているらしいですからね。特にドラゴンは、同種のオーラに敏感だと伺っています」

「ドラゴンの神器っ! 悪魔でドラゴンって、なんだかリンと同じだねぇー」

 

 人間界で同種族であるドラゴンに会える機会なんて滅多にないからか、リンは嬉しそうに尻尾を振っている。悪魔の血を半分引き、そしてドラゴンのパワーも持っている子ども。確かに転生悪魔とドラゴンの両親を持つリンと共通点がある。それに相手が子どもなら、同じ子どもで年が近い俺やリンの方が敵愾心(てきがいしん)を持たれないかもしれない。シェムハザさんがリンを護衛に連れてきてほしい、と頼んだ理由に納得した。

 

 それと同時に、俺自身は背中にちょっと嫌な汗が流れていた。今までなんとなく話を聞いていたけど、今から保護に向かう人物になんとなく心当たりが思い浮かんでしまったからだ。悪魔と人間のハーフで、強大なドラゴンの神器を宿していて、そしてこれから『神の子を見張る者(グリゴリ)』に保護されるかもしれない『少年』。ここまで条件がきれいに揃っていて、俺が思い浮かべている人物と全くの別人の方が驚きなぐらい、ぴったりと当て嵌まっていた。

 

「……マジかよ」

 

 思わず呆然と呟いてしまった俺は悪くないと思う。いつかその日が来るだろうとは思っていたけど、その時期までは把握していなかった。残念ながら俺が持つ原作知識では、幼少期の『彼』についての情報はほとんどなかったからだ。だから、まさか今年のこのタイミングで、この様な状況で『彼』と鉢合わせることになるとは全く想像できていなかった。

 

 

『死んだ先代の魔王ルシファーの血を引く者なんだ。けど、俺は旧魔王の孫である父と人間の母との間に生まれた混血児。――『白い龍(バニシング・ドラゴン)』の神器は半分人間だから手に入れたものだ。偶然だけどな。でも、ルシファーの真の血縁者でもあり、『白い龍(バニシング・ドラゴン)』でもある俺が誕生した。運命、奇跡というものがあるなら、俺のことかもしれない』

 

 純白の光の翼と漆黒の悪魔の羽を背に幾重(いくえ)にも広げながら、空を悠々と羽ばたいていた白を纏うドラゴンの化身。あまりのマイペースさと戦闘狂すぎる性格で、何度も周囲を唖然とさせていただろう。あの幾瀬鳶雄(いくせとびお)の出生の秘密すら、文字通り霞んでしまうほどの奇跡のオンパレード。これでもかと属性がてんこ盛りに盛られた、まさに奇跡の集大成。

 

『もし、冗談のような存在がいるとしたら、こいつのことさ。俺が知っている中でも過去現在、おそらく未来永劫においても最強の――『白龍皇(はくりゅうこう)』になる』

 

 キッとブレーキ音が鳴り、気づけば車は目的地にたどり着いていたようだ。小さなパーキングエリアに駐車された車から降りたシェムハザさんに続いて、俺とリンも慌てて一緒に地面へ足をつけた。先ほどまでちらちらしていた雪が強まり、頭の上に積もりそうだったので、フードを深めにかぶっておく。どうやら本降りになってきたようだ。リンも顔の上に積もりそうな雪にブンブンと首を振って落とすと、避難のためか俺のローブの中へと入ってきた。

 

 薄暗い空が広がっているが、山や森が近いからか自然に溢れた空気とオーラが胸いっぱいに広がる。それに人口はそれなりにある大きめの町のようで、農作業に勤しむ人々や明るい生活の営みも同時に感じた。今は降り始めた雪に備えてバタバタしているようだが、どこにでもあるようなのどかな町だと思った。

 

「さぁ、着きましたよ。この町のどこかに、例の少年がいるはずです」

「おー! 悪魔ドラゴンの子を見つけるぞっー!」

「……あの、シェムハザさん。今更ですけど、その子どもに「キミを保護しに来たよ」と言って、素直についてきてくれるのでしょうか?」

「状況から考えるに、まずついてこないでしょうね。教会のエージェントに襲われた後ですから、確実に警戒態勢でしょう。そこは仕方がありませんので、今回は問答無用で捕まえてから後で丁寧にお話をすることにしましょう」

「あ、あはははっ…。で、ですよね……」

 

 にっこりと容赦のないシェムハザさんの笑顔に、俺も引きつりそうになる笑みを返す。つまり、ほぼ戦闘というか、相対は避けられない。話し合いができないか試したいけど、こちらを信用してくれる可能性は低いだろうから。原作で歴代最強と称されることになる『白龍皇』をとっつかまえることが、今回の俺達の目的なのだ。まだイッセーくんたちと同じ年ぐらいで、戦闘訓練だって受けていないとわかっているのに、手がちょっと震えてくるんだけど…。

 

 きっと『彼』は、いつの間にか堕天使の組織に保護されているのだろうなと思っていた。そしてなんか気づいたら、アザゼル先生に紹介されて顔を合わせるんじゃないかな? と勝手に想像していた白龍皇との対面。堕天使の組織と懇意にしている状態だったので、いつか出会うことになるだろうと覚悟は心の中でしていた。だけど、まさかこんなかたちで初対面(はつたいめん)することになるとは完全に想定外だった。

 

「それでは、暗くなる前に向かいましょう。教会の動きも気になりますからね」

「それに、雪もどんどん積もっちゃいそうだもんねー」

「そうだな、うん。もう行くしかないかぁ…」

 

 シェムハザさんとリンの言葉に乾いた笑みが浮かんだが、気持ちを入れ替えるように頬を叩いておく。天気も悪くなりそうだし、教会のエージェントの動きも確かに気になるので、ここでグダグダ悩んでいても仕方がない。それに、ここには堕天使の副総督様だっているのだ。もうなんとかなると信じて、やってやるしかない。

 

 町に移動するため、ローブの中に避難していたリンを俺の肩の上に乗せておく。雪にぶるぶるとしながら、元気いっぱいにキョロキョロと景色を眺めるリンを連れ、雪で白くなっていく町の中へと俺達は足を踏み入れた。

 

 こうして、シェムハザさんのお手伝いをしようと意気込んで受けた依頼によって、『白龍皇』こと幼少期のヴァーリ・ルシファーとの鬼ごっこが開始されたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……雪か」

 

 ポツリと掠れたような声を、少年は不意にこぼした。頬に伝った冷たい感触にそっと指をあて、蒼い碧眼を空へ向けてねめつける。今日は随分冷え込むと思っていたが、まさか雪が降りだすとは思っていなかった。自分の口から吐かれた白い吐息に寒さを実感すると、すでにボロボロでほとんど衣服としての役目を果たせないだろう布をギュッと身体に巻き付けるように抱え込んだ。

 

《――――――》

「……わかっている。さすがにこんな寒空の下で寝たら、俺もまずいことぐらい理解している」

 

 少年は己の奥底から感じる念波へ、了承するように頷く。『それ』の姿を見ることや、言葉を交わすことはできないが、幼い頃からずっと自分を見守ってくれる存在。これまでも自分へ向けて忠告を告げるように、心配するように共に在って、そっと導いてくれた。普通の子どもと比べて自分の身を頑丈だと自覚している少年でも、さすがに雪が降る町の外で眠ったら凍死しかねない。それに、万が一また襲撃にあった場合、冷えすぎた体では満足に戦うこともできないだろう。

 

 最近は己の中の念波に従い、普段行っていた空き巣狙いの頻度を落とし、身を隠すように過ごしていた。数日前、この町の人間とは明らかに違う集団に少年は襲われたからだ。普段相手にする警察とは纏う雰囲気が全く違い、こちらを明確に殺しにきていた。悪魔の力だ何だの(わめ)いていたので、おそらく悪魔と敵対する組織に目をつけられてしまったのだろう。少年は記憶に残る母の教えから、そのように理解した。

 

 その集団は悪魔の魔力と異能の力でなんとか撃退することはできたが、その時に受けた傷は身体中にまだ残っている。新しくできた傷も染みるが、運悪くこれまで受けてきた古傷も開いてしまったようで、ここ数日は身体を動かすことすら億劫だった。しかし、泣き言を言っていられるような状況ではなくなってしまった。貯蓄していた食料も底が尽きそうだったのに、さらに防寒用の対策も考えなくてはならないのだ。

 

 この雪の降り方からして、おそらく一日中降り続けるだろう。せめて今日の夜を過ごすために、屋根のある寝床を見つける必要がある。銀色のくすんだ髪に積もった雪を振り払いつつ、少年はふらつきそうになった足に力を入れ、毅然とした表情で歩き出した。誰にも弱さを見せることなく、誰にも頼ることなく、必死に生き繋いできた少年の意地。己が宿す血と力を思うが故に、それが少年――ヴァーリ・ルシファーにとっての小さな誇りだった。

 

 

《――――?》

「どうかしたのか?」

 

 しばらく町の路地裏を忍び足で歩き、めぼしい場所を探っていたヴァーリは、己の中に宿る『それ』が訝しむような念波を送ってきたことに気付く。これまで育ってきた環境のおかげか、周囲の気配を敏感に感じ取ることができるが、少なくともヴァーリは何も感じ取ることが出来なかった。念のために注意深く周囲を探ってみるが、特に違和感は感じない。しかし、一瞬小さな影がふと地面に映ったような気がして、バッと上空へ目を向けると、一羽の鳥のようなものが飛んでいることに気付いた。

 

 それに、直感のようなものが働く。こんな雪が降りしきる中で、そもそも鳥が飛んでいるのだろうか。普通の人間の視力なら到底見えないだろう高度だが、ヴァーリは魔力によってイメージを固め、雪が目に入らないように気をつけながら目を凝らした。それによって、少年はその鳥の正体に気づく。この地方によく飛んでいる鳥の中であのような種類は見たことがなく、何よりも『生きている気配』が感じられない。そんな鳥の無機物のような目と不意に合ったと思った瞬間、『覗き見られた』ような感覚に背筋を強張らせた。

 

《――――――!》

「――ちっ!」

 

 母からの教えや、家にあった書庫から得た知識だけでは、『アレ』の正体は判断できない。しかし、間違いなく何者かに捕捉されたと己の直感が告げる。ヴァーリは盛大に舌打ちをすると、上空を飛ぶ鳥の目から逃げるように裏路地へと身体を滑り込ませた。とにかく今は、追跡から逃れないといけない。前回のような戦闘になっても負ける気はないが、今は相手にしていられるほどの余裕もないのだ。

 

 雪で凍結しだしている地面を踏みしめ、小さい身体をさらに低くし、縦横無尽に町の路地を駆け抜ける。生き残るために覚えたこの町の地理は、全て少年の頭の中に入っている。前回の襲撃者を撃退できたのも、地の利を生かしたことで有利に動くことが出来たからだ。降りしきる雪に人の気配がほとんど感じられないので、少年の行く手を阻むものは特にない。走り出してから数分後、鳥の姿は消え失せており、問題なく()くことに成功したようだ。

 

「ふぅ…。しかし、アレは何だったんだ? 前に襲ってきた奴らが使っていた術式の一つか?」

 

 すでに視界からは見えなくなった鳥がいた方角に目を向けながら、ヴァーリは己の中にいる存在へ疑問をぶつけるように声を出す。以前襲撃されたあの時も、己の中にいる存在が念波で相手の術や能力の危険性などを伝えようとしてくれたからだ。その思念を感じようと胸に手を当てて集中しようした少年の耳に、ザリッと雪を踏みしめて歩くような音が耳に届いた。

 

 その音に、瞬時に顔を上げる。驚愕に目を見開き、すぐに動けるようにじっと息をひそめた。少なくとも、自分の周囲には何者の気配も感じなかったはずだ。それなのに、自分の耳に足音が入るほど接近されていたことに気付かなかった。そのことに、唇を噛みしめて慎重に辺りを伺うが、雪によって視界が悪いため見つけることが出来ない。それなのに、足音だけは迷うことなくヴァーリへ近づいてくるのだ。

 

 ヴァーリは、静かにスイッチを切り替える。浅い呼吸を繰り返し、魔力の探知を広げていく。もはや相対は避けられない。視界を塞ぐような雪の中、いつ奇襲を受けてもおかしくない状況。気づいたときには、自分が血だまりの中に沈んでいたとしてもおかしくない。なんせ足音は聞こえるのに、気配や姿すらもわからないような者が相手なのだ。雪が降っていなければ、もしかしたら音すらも感じ取れなかったかもしれない。

 

「……誰だ、出てこい」

 

 敵意を乗せて告げたはずの声音は、自分が思っていた以上に小さいものだった。そして、この言葉が苦し紛れのものだと理解している。ヴァーリが敵側なら、相手から見られていない状況で姿を現すなどしない。そのまま相手に気取られることなく、一撃で仕留めてしまえばいいのだから。じっとりとした冷や汗が背に流れるが、それでもヴァーリは生き残るためにオーラを纏い、諦めることなく力強く瞳を輝かせた。

 

 いつ戦闘に入ってもいいように神経を尖らせていたヴァーリだったが、ふと気づくと先ほどまで鳴り響いていた足音は聞こえなくなっていた。思わず周囲を見回そうとした目は、一ヵ所に固定される。先ほどまで白以外何もなかったはずの場所に、新たな色がついていたからだ。

 

 ――灰色。普段なら地味な色合いだと感じたが、白に囲まれたこの空間では嫌に目につく。そしてその色が、人だということに気付いた。己より少し高めの身長に、目元まで覆うように深くフードをかぶり、足元まで伸びた灰色のローブを身に纏っている。そして、そこにいるとわかるのに何故か希薄に感じる気配。ただ、まっすぐにヴァーリへ向ける視線だけは強く感じた。

 

「……はじめまして、キミがこの町で空き巣狙いをしているっていう神器所有者の子であっているかな?」

「何者だ」

「あぁ、うん。警戒して当然だよな。どうしよ、でもさすがにほっとけないしなぁ…。しかも、こんなにボロボロとか聞いてないんだけど……」

 

 わざわざ優位だった状況を蹴ってまで姿を現した人物に、ヴァーリは最大限に警戒心を向ける。声の高さから自分より年上だが子どもだとわかり、以前のように大人が来ると思っていたため、それに多少面を食らう。それに何より、これまで当たり前のように感じてきた敵意が相手から全く感じられないのだ。この町に住む人間も、泥棒をするような見知らぬ浮浪児へ向ける目は冷たいのに。

 

 だが、目の前の少年からは困ったような、心配するような、まるで母や自分の内にいる存在のような目をこちらへ向けてくる。それにやりづらさを感じるが、それでもこちらの察知を潜り抜けて接近することができる得体の知れない相手であることも間違いない。警戒を解くことなく、隙を伺うように構えるヴァーリに灰色の少年は頬を掻くと、意を決して声をあげた。

 

「俺は、キミを保護しにこの町へ来た。よかったら、こちらの話を聞いてくれないだろうか?」

「…………」

 

 フードから覗く黒い瞳とまっすぐに合わさる。しんしんと空を舞う雪によって、全てが白く染まる中に現れた灰色。『白龍皇(はくりゅうこう)』と『変革者(イノベーター)』の道は、こうして交わったのであった。

 

 




※ヴァーリの瞳の色ですが、原作では蒼い碧眼、HSDDの表紙では金眼、狗神の表紙では銀色で描かれていて素直に困惑。なのでもう個人的な好みとして、普段は光の加減で銀色っぽくも見える碧眼だけど、戦闘になるとドラゴンのオーラで金眼になるという厨二のような設定でいこうと思いました(`・ω・´)+

《お知らせ 2/20》
 年度末の追い込みでしばらく多忙になりそうなので、更新が遅くなると思います。あとHSDDの最新刊は覚悟が必要とのことなので、設定の確認もしておきたいです。落ち着いたら、また書き溜めをしていきますのでよろしくお願いします。

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