えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

142 / 225
第百四十二話 生き方

 

 

 

「――――……」

 

 不意に目の前が真っ白になった感覚を覚えて、ヴァーリはゆっくりと瞼を開いた。何度か瞬きを行っていると、徐々に意識がはっきりとしてくる。まず目に映ったのは、人工的な白い光。少し顔を横にずらすと、白で統一された壁や床が見え、質素としか言えないような小さな部屋だとわかる。どうやらベッドに寝かされていたようで左腕には点滴が打たれ、チューブのようなものと繋がっていた。

 

 特に拘束されている様子はなく、服も新しいものになっている。欧州の町で空き巣狙いをしていた時、病院の窓から見えた患者衣のようなものと似ているとぼんやり思う。そんな風に現状を確認し終わると、自分の左腕についているチューブに違和感を感じてきた。いっそ取ってしまおうかと右腕を伸ばそうとしたが、思ったように動かない身体に眉を顰める。とりあえず、上半身だけでも起こそうと肘に力を入れ、なんとか起き上がることが出来たのであった。

 

《――! ――――!?》

「……なんだ、どうしたんだ?」

 

 宿主の意識が浮上したことに気付いた内なる意思――アルビオンが、歓喜を示すような念波を送ってきたことに、ヴァーリは思わず戸惑ってしまう。それに困惑するが、どうやらかなり心配させてしまったらしいとわかった。いきなり知らない場所にいることに警戒したが、少なくとも自分の神器がそのことを危険視していないことは感じられる。むしろ「まだ休んでいろ」と促すような思念に、どうするべきかと考えてしまった。

 

 とりあえず、左腕についている邪魔くさい点滴を取ってしまおうと腕を伸ばしたが、それに気づいたアルビオンから「今は我慢しろ!」的な思念できつく止められ、面白くなさそうにムスッと唇を尖らせる。何でここまで過剰に反応されるのか、と思わず首を傾げた。アルビオンと言葉を交わせればいいのだが、できないことを今考えても仕方がない。無視してもよかったが、全身から感じる重さに調子の悪さはわかっていたので、今は大人しくしておくことにした。

 

《――――――》

「あぁ、意識ははっきりした。ここは、あの町ではないよな?」

 

 現状を確認するために呟くと、「肯定」のような思念が返ってくる。この部屋には窓がないため、周囲の状況を確認することはできないが、今まで過ごしていた町とは空気が違うことはわかった。周囲に人気もないようで、声を出そうとしたら予想以上に枯れた感じに驚いてしまう。まだボォーとする頭を横に振り、ヴァーリはなぜ自分がここにいるのかと記憶を辿り出す。あまりに今までの生活とは違う現状に、何かヒントはないかと改めて周囲を見渡すと、――枕の横に魔方陣が描かれたメモが置かれていることに気付いた。

 

 訝し気に手を伸ばして魔方陣を確認すると、アルビオンからの思念でそこに魔力を流せと伝えられる。一種の伝達の魔法らしく、魔法使いが好んで使う投影型の音声メッセージらしい。それに少し悩んだが、ここは素直にメモに描かれている魔方陣に魔力を流しておく。今のヴァーリの状態について説明ができるのは、この魔方陣の先にいる者だけだろうと結論した。

 

 それと魔力を流す時、今まで以上にスムーズに力が使えたことに驚く。マジマジと先ほど魔力を流した手のひらを眺めてみると、カサカサだった肌に張りがあることに気付き、よく見ると身体もきれいになっているとわかった。身体中にあったはずの傷も消えている。おそらくこれまでの不衛生や怪我によって、自分でも知らない内に魔力の通りを悪くしていたらしいと感じ取った。

 

 そんな風に身体の調子を確かめていたヴァーリの目の前に、魔方陣からスッと灰色のローブを着た少年が映し出される。深めのフードは被っておらず、黒髪と黒目の東洋人らしい容貌。思えば出会ってからずっと灰色のローブで正体を隠していた少年の顔をしっかりと見たのは、これが初めてだ。それに頭の中の霞が晴れる様に、一瞬にしてこれまであった記憶が呼び覚まされた。

 

 それだけヴァーリにとっては、衝撃的な出来事の連続だったからだ。しんしんと降る雪の中、自分に手を伸ばした灰色の少年と紅い龍。堕天使の組織にヴァーリを保護しに来たと伝えられ、それについていく選択をしたのは自分だったと思い出したのだ。なら、ここはその堕天使の組織なのだろうか? ともう一度自分の辺りを見回していたら、魔方陣に映る少年の口がゆっくりと開かれた。

 

『おはよう、それともこんばんはかな。ヴァーくん、身体は大丈夫? 無理に起き上がろうとしちゃダメだよ。この魔方陣に魔力を流したら、俺達の方に知らせが行くようになっているから、すぐにそっちへ行くよ。あと、邪魔くさいと思っても点滴は勝手に抜かないようにね』

 

 魔方陣から聞こえる心配を滲ませた声音と、『ヴァーくん』の一言で記憶を鮮明に思い出すあたり、大きなため息をついてしまう。このメッセージを残したのが彼であることは、これで間違いないだろう。あと点滴について指摘されたことに、なんとも言えない気持ちになる。そこまで自分はわかりやすいだろうか? と別の意味で悩んでしまった。ヴァーリの中にいるアルビオンもメッセージを確認して、うんうんと頷いているような念波を感じる。どうやら点滴を外していい、という味方はいないらしい。

 

 そうしてしばらく待っていると、人気のなかった廊下をバタバタと走ってくる騒音が聞こえてきた。思わず眉根を顰めるヴァーリだったが、そのまま開かれた扉から見えた黒髪に目を向ける。あの時、ローブから見えた黒い瞳と同じようにヴァーリを見てくるので、同一人物だと判断するのに時間はかからなかった。その少年から少し遅れて、紅いドラゴンもひょっこりと首を出していた。

 

 

「ヴァーくん、目を覚ましたんだなっ!?」

「……うるさい。騒がしいだろ」

「ヴァーおはよー。丸三日も寝るなんてお寝坊さんすぎるぞぉー」

「……はっ、三日?」

 

 部屋に急いでやってきた倉本奏太につい文句が出てしまったが、リンからの言葉に呆然と復唱してしまう。奏太へ視線を向けると、肯定するように頷かれる。その顔に映るのは心底安心したという安堵の表情で、それが気恥ずかしくなりそっぽを向いてしまった。そんなヴァーリに、奏太はもう慣れたように笑っていた。

 

「ちなみに、どこまで覚えている?」

「あの魔剣士の男から逃げて、車に乗ったあたりまでは…」

「そっ、そこから三日間もヴァーくんは眠り続けていたんだ。呪詛の影響とこれまでの不衛生による体調の悪化、それと極度のストレスや疲れが溜まっていたのが一気にきたんじゃないかって。あの町をなんとか脱出できたのはよかったけど、本当に焦ったよ」

「なら、やはりここは堕天使の施設なのか」

 

 ヴァーリの質問に奏太は頷き、ここが欧州地域に建てられた堕天使の研究施設の一つらしいと説明を受ける。副総督であるシェムハザが共にいたので施設の使用は自由に出来たが、さすがにハーフ悪魔のヴァーリの存在を他の堕天使に伝えるのはまずい。呪詛によって意識のないヴァーリを動かすのも危険かもしれないため、シェムハザは急いで信頼できる部下を呼び出し、この施設での治療を続けていたのだ。

 

 奏太も神器の能力でヴァーリの中に残る呪詛のオーラを消し去り、傷ついていた身体の治療をしたりなどできる限りのことはしたが、あとはヴァーリの生命力次第だと言われていたのだ。ただ、シェムハザはヴァーリの中に眠る神滅具に気付いたため、ほぼ心配はいらないだろうとは告げていた。すでに目覚めている白龍皇(アルビオン)が宿主のためにオーラを巡らせている。熱さえ下がれば、問題ないだろうと考えていたのである。

 

「魔帝剣グラムの龍殺しの呪詛はそれだけ凶悪なんだ。それこそ並みのドラゴンなら、そのオーラに当てられただけでも恐怖で狂うぐらいにはヤバいって聞いた。そんな龍殺しの呪詛を、オーラも魔力もほぼない状態で健康面だってよくなかったヴァーくんが、距離はあったとはいえまともに食らったんだ。下手したら、そのまま衰弱死する可能性だって否めなかった」

「リンもしばらくは食べ物が喉を通らなかったよー」

「衰弱死…」

 

 奏太からの深刻な表情に、ヴァーリは口を閉ざした。大通りの先から感じた極悪なまでの殺意。突然襲われた悪寒に本能から身体が震え、恐怖で動けなくなったことは記憶に新しい。自分の祖父に恐怖を抱いたことはあったが、アレは本能に直接「死」という概念を植え付けてきた。時に凶悪なまでの殺気は、相手に自分が死んだように思わせるほどの「死」を連想させる。皮肉ではあるが、幼い頃からの苛烈なネグレクトによって、死の恐怖が身近にあったヴァーリだからこそ多少の耐性が備わっていたのだ。

 

 あれだけ点滴を外すな、と言われたのはそのためかとヴァーリは納得する。施設で精密検査を受けて治療された後も、ヴァーリは二日間は下がらない熱で魘されていたようだが、悪魔とドラゴンの生命力によって山場さえ越えれば体調はすぐに安定した。熱がある間は目覚めないだろうと言われていたため奏太も家に戻ったが、この三日間はちょこちょこ様子を見に来ていたのだ。ちなみに奏太の忙しない姿を、中で見ていたアルビオンが呆れたように見ていたのは言うまでもない。

 

「堕天使側は、俺の神器のことを…」

「まぁ、驚いていたよ。世界に十三個しか確認されていない神滅具(ロンギヌス)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』。二天龍の一角である白龍皇『アルビオン』の魂が封じられた光翼だろ」

「……その割に、お前は驚いていないな」

「あぁー、俺はね。俺は感知タイプで魂の気配も多少わかるんだ。最初に会ったときからヴァーくんの中に、白い龍の気配はずっとしていたから」

 

 奏太からの説明に、ヴァーリは碧眼の瞳を揺らした。悪魔である父親にすら恐れられた神滅具の力に、まさか最初から気づかれていたとは思っていなかったのだ。それだけ、奏太の態度はあまりにも友好的だった。人間だけでなく異形側にとっても、災厄と呼ばれる神滅具の一つ。周りに不幸を呼ぶ系譜。ヴァーリが虐待される理由を声高々に話した祖父の言葉は、今でもヴァーリの中で呪いのように残っている。

 

 そんなヴァーリに対して、奏太は頬を掻くとあっけらかんと告げた。

 

「まぁ、神滅具の知り合いというか友達はヴァーくんを入れて三人目だからな。今さらそこまで驚かないよ」

「……は? 神滅具の友達?」

「うん。一人は俺のパートナーで、詳しくは言えないけどもう一人いるんだ。二人ともすごく良い人だから、もし出会う機会があればきっとヴァーくんも友達になれるよ」

《――――――》

 

 何でもないように世界に十三個あるという災厄の内、約四分の一が友人だと告げる奏太に二人は唖然とする。笑顔で話す姿から嘘は全く感じられず、だがこれが本当ならヤバすぎる人脈だ。ちなみに赤龍帝である兵藤一誠のことはさすがに言えなかったので、神滅具の友達は実質四人で本当は約三分の一である。

 

 さらに堕天使の組織の人間ではないのに自由気ままに施設へ出入りしているし、堕天使のトップ陣から直々に依頼を頼まれているし、足手まといになってしまったヴァーリ達を抱えた状態で、教会の上級エージェントから無傷で逃げおおせている。今さらだが、そういえばこいつはいったい何者なんだと考えを巡らせた。

 

 あまりに普通というか、自然体過ぎて警戒心が不思議と湧きづらい。あと、雰囲気からあんまり強そうに見えないのだ。しかし、万全ではなかったとはいえ、ヴァーリは一度敗北している。何より、今のヴァーリの目ではとても追いつけない速度で放たれた氷柱の檻を完璧に切り抜け、背後から襲った魔剣の暴風をひらりと躱し、切り札どころか敵に手札すら晒すことなく逃げ切ったことを覚えている。傍で能力を見ていたヴァーリですら、奏太の能力を解析し切れていなかった。

 

 祖父や父親のような強大な力は感じない。龍殺しのような威圧や殺意も感じない。合流する時に見た副総督という堕天使のような存在感も感じない。相手の正体も能力もわからない状態なのに、何故かするりと懐に入ってくる。それに一瞬、恐怖とは違う寒気を感じた。

 

 

「……お前は、何者なんだ?」

「俺が何者か、か…」

 

 感じた畏れを振り払うように声を上げ、神妙な表情で告げるヴァーリ。それに奏太も笑みを浮かべていた表情を消し、真剣な眼差しを返す。その空気にピリッとした何かを感じたヴァーリとアルビオンは、静かに相手の次の行動を待った。そして奏太はスッと魔方陣を指先で展開し、魔法を発動する。敵意はないようだが、何が起こるのかと肩を強張らせたヴァーリの前に。

 

 ――ストンと、一冊の本が落ちてきた。

 

「はい。それじゃあまずは、この『取り扱い説明書』を読んでね。俺の身の上話は、心臓に悪いって友人から言われているから。いつも話をする時は、これをまず読んでもらっているんだ」

《――――――!!》

 

 あの空気は何だったんだァッーー!! というアルビオンの咆哮が思念で伝わったヴァーリだが、それよりも深刻な問題が発覚したため正直に告げた。

 

「すまない、俺は字がわからない」

「えっ、ごめん。それは俺の配慮不足だった」

《――――――!?》

 

 問題はそこじゃないよねっ!? というアルビオンの困惑が思念で伝わったヴァーリだが、せっかく説明してくれるというのに字が読めないことで中断させてしまったことに、普通にどうしようかと悩んだ。

 

「じゃあ、今回は俺が音読するよ。今度朱雀に『English(イングリッシュ)』バージョンも作ってもらうから、読み書きの勉強もしていこうな」

「あぁ、わかった」

「さっそくいくぞ。一つ目は、俺の話を聞く際、健康・精神状態共に問題ないかを確かめること。いけるか?」

「ふっ、嘗めるな。俺はドラゴンだ。軟な精神などしていない」

《――! ――――!?》

 

 えっ、このままこいつの取り扱い説明書の下り続けちゃうの!? と、一人だけ話についていけないアルビオンの思念が伝わったヴァーリは、普段は教えてもらうことが多い相棒に俺が教えてやれるな、と不敵に笑う。善意のすれ違いだった。

 

 真面目な表情で自分の取り扱い説明書を解説する奏太と、真面目に話を聞くヴァーリと、真面目にこれは何の話だと挙動不審になるドラゴン。それから始まった奏太の身の上話は、ほぼまっさらな状態のヴァーリはスムーズに入ったが、話半分に説明書を聞かされたアルビオンの方が「何なのこいつ!?」と頭痛に悩まされた。身体がないのに頭痛は感じるという矛盾を、この時期に知ってしまう白龍皇だった。それを傍から見ていたリンは、ヴァーリの中で荒ぶる白いドラゴンのオーラを幻視したという。

 

 そんな風に話し込んでいると、ヴァーリのお腹から盛大な音が鳴り響いた。よく見れば、時計の針は昼の時刻を指している。奏太とリンの生暖かい視線に、恥ずかしさからものすごい勢いでヴァーリは顔を背ける。三日間も何も食べていない状態で、これだけ活動すれば空腹ぐらい感じるだろう。ちょうど点滴もなくなったことを確認し、シェムハザに連絡を入れようと考える。その前に奏太は小さく笑うと、ヴァーリに見えるように指を一本立てた。

 

 

「さて、俺についてきてくれたヴァーくんと契約した内容を遂行しないとね。病み上がりだからあんまり食べられないだろうけど、美味しいご飯を用意するよ」

「ヴァーは、何か食べたいものとかある?」

「俺が、食べたいもの…」

 

 奏太達と話している間に多少動けるようになったが、まだ立ち上がるのは難しい状態だ。食事を用意してもらうことに羞恥はあるが、空腹を訴える腹には負けてしまう。ここは素直に食事をもらうべきだと考えたが、いざ何が食べたいかと考えると答えが出てこない。言葉が詰まったヴァーリに、二人は心配そうに見てくる。応えたいのに、答えが咄嗟に浮かばなかった。

 

 自分が食べたい食べ物。美味しいと感じる食事。好きなものが何かもわからない。必要最低限の食事しかとらせてもらえず、生ものを食べることで飢えをしのぐこともあった。腹いっぱいに満たされたことだって、ほとんどない。そんな生活を思い出し無表情になったヴァーリだが、その中から一つだけ鮮明に覚えている記憶が蘇った。

 

『――ごめんね、こんなものしかなくて』

 

 悲しそうな目で自分を見つめる母の眼差し。彼女は祖父と父親の目を盗んで、ヴァーリに食事を作ってくれたのだ。その時作ってくれた食事を、自分は夢中になって食べたことを覚えている。微かに残る満たされたと感じた記憶は、これのことだと思い出した。父親に味付けとニオイでバレないために、塩と胡椒のみで作られた薄味のパスタ。だけどそれが、ヴァーリにとっては何よりのごちそうだった。

 

「……パスタが、食べたい」

「おぉー、パスタっておいしいよねー。リンはカルボナーラが好きだよー。ヴァーは?」

「俺は、味はわからないが…。細長い食べ物がおいしいと思う」

 

 ヴァーリの中に残る母との思い出は少ない。それでも、思い出せた温かい記憶に小さく微笑むヴァーリに、奏太は微かに目を見開く。ずっと不機嫌そうな顔や無表情を見続けていたので、こんな風に微かにでも笑えることに驚きながらも心から安堵する。おそらくヴァーリ本人も自分が笑っていると気づいていないだろうから、不審に思われる前に表情は戻しておいた。

 

 奏太は原作知識で、ヴァーリが壮絶な虐待をされていたことを知っている。彼の祖父であるリゼヴィムが自分の息子に「ヴァーリを迫害しろ」と命じ、息子の才能に恐怖した父親は無抵抗の子どもを上から殴ることで安堵を覚えたのだ。ヴァーリは幼い頃に受けたその仕打ちから復讐を誓い、それを目標の一つに掲げることで強くなる決意を抱き、ずっとルシファーの一族を探し続けていた。

 

 ヴァーリは自分を殴った父親より、誰よりも祖父であるリゼヴィムに対して憎悪を膨れ上がらせていた。それは、彼が息子に下した命令がただの『退屈しのぎの遊び』でしかなかったと気づいていたからだろう。父親は確かにヴァーリの才能に恐怖していたが、あの命令さえなければここまで苛烈なことにはならなかった。ヴァーリよりも恐怖の化身だったリゼヴィムに逆らえない哀れな父親。だからヴァーリは、心のどこかで父親を憐れんでいたのだ。

 

 血の繋がった家族を憎むことで生きてきた少年。そんな彼の中にも、ちゃんと温かな時間があったのだとわかり、奏太はホッとしたように目を細めた。自分の存在がどこまで彼に影響を与えるかはわからない。大したことはできないかもしれないが、差し伸べた手を掴んだ責任は果たす。

 

 人間にも悪魔にもなれなかった少年は、自らをドラゴンとすることで道を示した。最強の白龍皇の力と悪魔の王であるルシファーの血統を持つ戦闘狂。将来は戦いを望むためにグリゴリを離反し、『ハイスクールD×D』の主人公である『赤龍帝』兵藤一誠の前に何度も立ちふさがる。その未来に何か変化を与えられるかはわからないが、今は難しいことを考えずに自分が与えられるものを与えていけばいいだろうと思った。

 

 それからシェムハザへ連絡を入れ、パスタが茹であがるまでの時間に健診を受けることになったヴァーリ。異形の男性への警戒心と空腹からか不機嫌そうだったが、リンからもらった飴を口に入れながら大人しく待っていた。いくつか質問をするシェムハザに、特に抵抗することなく話す様子からは警戒はあっても敵意はない。奏太達と話している時よりは口数は少なかったが、それでもヴァーリなりに彼らを見極めようとしているようだった。

 

 そうして時間が過ぎ、食べやすいようにスープ状にしたパスタを持ってきた奏太に、ヴァーリは衝撃を受ける。スープの入った麺というのは、彼の中で大きなカルチャーショックだったらしい。ズルズルと無心で食べるヴァーリの姿に、アザゼルから許可をもらえたら、今度元『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』の幹部だった豚丸骨(げんこつ)大将のラーメンを食べに行かせてあげよう、心に決めた奏太であった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「よお、お前さんが今世の白龍皇か。奏太や龍殺しに追いかけられるとか災難だったな」

「ちょっと、アザゼル先生。俺とあのヤバい魔剣使いを同列にしないでくれますか?」

 

 ヴァーくんが目覚めてからさらに一日経ち、しっかり歩けるまで回復したため施設を立ち去ることになった。目覚めてすぐなのに大丈夫かと心配したが、ドラゴンの回復力はすごいのか元気が有り余っている感じだ。むしろ外に出たくて堪らないという様子だった。俺が外にいるときに買ってきておいた子ども服を着て、シェムハザさんに新しく連れてこられた施設をヴァーくんは興味深そうに眺めている。

 

 そうしてたどり着いた先で、ヴァーくんを保護した日から連絡を受けていたアザゼル先生が今か今かと待っていた。まさか先生もシェムハザさんが保護したハーフ悪魔の子どもが、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の持ち主だとは思っていなかったようでかなり慌てた様子だった。研究者としては気になるけど、同時に危険因子でもある。シェムハザさんからの報告で苛烈な虐待による影響を知っていたため、体調が回復するまではこうして待っていてくれたらしい。

 

「……あんたが、堕天使の総督か」

「アザゼルっていうんだ。好きに呼んでもらっていいぜ、白龍皇アルビオン」

「……ヴァーリだ。ヴァーリ・ルシファー」

「なるほどな。シェムハザから報告を聞いて、どんな冗談のような存在かと最初は思ったよ」

 

 顎鬚(あごひげ)を撫でながらニヤリと胡散臭そうに笑うアザゼル先生に、警戒した視線を隠さないヴァーくん。彼のファミリーネームは、昨日の内にシェムハザさんからの質問で聞いていた。それにポロリと聴診器を落とすレアなシェムハザさんも見られました。なお、それを隣で見ていた俺が「ルシファー」の名前にあんまり驚いていないことをヴァーくんに不機嫌そうに指摘されたので、とりあえずリアクションをとったら白々しいと怒られた。ナイーブな年ごろである。

 

「ふっ、しばらく様子を見るつもりだったが、思ったより話せそうだな。警戒すんなって言っても難しいのはわかっているから率直に聞くが、お前はこれからどうしたい?」

「俺が、どうしたい…?」

「シェムハザから、ある程度の状況は聞いているんだろ。はっきり言えば、お前さんはとんでもない爆弾だ。天界の連中がお前の存在を知れば色めき立ち、魔王の血筋を絶やすために全力で殺しに来るだろう。悪魔側に知られれば都合の悪い存在として抹消されるか傀儡だな」

「……随分、嫌われているな」

「魔王にドラゴンだ。悪の代名詞の二枚看板だぜ?」

 

 先生は口元に笑みを浮かべながら、その目は真剣な眼差しでヴァーくんを見ていた。彼を虐めるような言い方にムッとするが、わざと煽っているとわかっているので口は挟まない。実際、ヴァーくんを取り巻く世界は決して優しくないからだ。だけど、彼は賢くて強い。そのことをちゃんと知っているし、受け止めることもできる。アザゼル先生からの言葉に、わかっていると言いたげに肩を竦めていた。

 

 

 昨日の昼食の後、シェムハザさんから聞いた話だ。シェムハザさんは、三日前にヴァーくんの保護を頼んだ悪魔について語ってくれた。彼を保護してから連絡をすると一度だけ繋がったそうだ。ヴァーくんの情報をグリゴリへ伝えたのは、リゼヴィムに仕えていた使用人の下級悪魔だったらしい。

 

 彼はこのままだと父親からの虐待によっていずれヴァーくんの命は尽きてしまうと悟り、隙をついて人間界へなんとかヴァーくんを逃がした。その後、人間界へ逃れた彼を生かすためにグリゴリへ連絡しようと必死に伝手を探し、なんとか繋がったのがちょうど三日前だったそうだ。そう考えると、本当にギリギリのタイミングで間に合ったんだとホッとする。少しでも遅かったら、ヴァーくんの命はなかっただろう。その使用人さんは、ヴァーくんの命の恩人だな。

 

『あの、シェムハザさん。その使用人さんとの連絡ってまだつくんですか? ヴァーくんは元気ですって、声を聞かせてあげた方がいいんじゃないかって思うんですけど』

『おい。別に俺は――』

『……一度だけ、連絡がとれたと言いましたよね。それ以降、いくら繋ごうとしても繋がることはありませんでした』

 

 おそらく――、と言いかけて止めたシェムハザさんに、俺とヴァーくんは察してしまった。ヴァーくんを逃がしたことがばれた可能性。グリゴリに直接働きかけるほど精力的に動いていたのなら、むしろ気づかれない方がおかしいだろう。もしそうなら、下級悪魔に逃げられる術はない。本当の意味でその使用人は、命を懸けてヴァーくんを救ったのだ。

 

『最後に繋がった連絡で、彼は覚悟を決めているようでした。あなたを頼むと』

『……バカ、だな』

 

 ヴァーくんの口から呟かれるように漏れた言葉は、掠れたように弱弱しかった。彼自身も無意識に出てしまった思いなのかもしれない。顔は俯き、小さく握りしめられる拳は震えていた。その使用人さんがどういう目的でヴァーくんを助けたのかはわからない。それでも、彼のおかげでヴァーリ・ルシファーは生き永らえた。その事実は決して変わらない。

 

『そして、これは彼からのあなたへの最後の言葉です。あなたの母は生きて人間界のどこかにいるだろうと』

『っ!?』

『ラゼヴァン・ルシファーは、虐待していたあなたが逃げたことで報復を恐れていたそうです。それに母親である女性に何かあったら、あなたは確実に激怒する。リゼヴィムが戯れに殺す可能性もあり、それを恐れたのでしょうね。だから、あなたの母親から記憶を消し去り、人間界へ捨てたそうです』

 

 シェムハザさんからの話にずっと感情を抑えつけていたヴァーくんの拳が、ガンッとベッドへ振り下ろされていた。自分がいなくなった後の母親をずっと心配していたのだろう。だけど返ってきたのは、生きていることはわかっても、これまであったヴァーくんとの思い出を全て消されたという事実。それも全部、父親の身勝手によって。

 

 ただ、リゼヴィムの性格を考えると、母親を捨てたのは正解ではあっただろう。リゼヴィムなら本当に戯れで殺しかねなかっただろうし、わざとヴァーくんを煽るための餌として利用されていたかもしれない。さすがにどこに捨てたのかもわからない人間の女性を探すほど、あのリゼヴィムが他者に興味を持つとは思えないだろう。俺は俯くヴァーくんに、どう声をかけていいのかわからなかった。

 

 彼は地獄のような鳥籠から出され、ようやく外に向かって羽ばたくことができた。しかしその代償に、自分を気にかけてくれた母親と使用人を失ったのだ。

 

『……そうか』

『ヴァーくん…』

『生きてくれているのなら、それでいい』

 

 俯かれていた銀髪が徐々に上がり、透き通るほどに澄んだ碧眼はどこか遠くを見つめている。彼の顔に涙はない。こんなの、泣いていいじゃないか。むしろ、何で泣いてくれないんだろうと思う。彼の握りしめられている拳は、こんなにも震えているのに。それでも、ヴァーリ・ルシファーは強くあろうとする。その名に残る最後の誇りと、母の血から受け継いだ力にかけて。それが、全てをなくした彼に唯一残されていたものだから。

 

 全てを話し終わった頃には、空に浮かぶ太陽が傾きだしていた。少しすれば、ヴァーくんはいつも通りのふてぶてしい態度に戻っていたけど、オーラが不安定に揺れているのはわかっていた。彼が慰められたり、同情されたりすることを望んでいないことはわかる。ヴァーくんは決して弱さを見せようとしないだろう。だから、俺は俺なりのやり方で表に出せない彼の中に溜まっているものを発散させてやればいい。

 

 

『よし、ヴァーくん。俺との契約をさっそく施行だ。アザゼル先生との挨拶は明日で、今日はもう何もないから今からゲーム大会をするぞっ!』

『……は?』

『リン、シェムハザさんに頼んで大型テレビを借りてきてくれるか? 俺はちょっと家に帰って、ゲーム機を持ってくるわ』

『いいぞー』

『いや、おい…』

 

 思いついたら即行動な主と使い魔である。俺は有言実行でゲーム機を家から持ってきて、大画面テレビにつないでコントローラーを当たり前のようにヴァーくんに渡した。目を白黒させるヴァーくんだが、元々頭が良いのでルールがわかればすぐに動かせるようになるだろう。あと、やっぱり性格的に負けず嫌いなのはわかっていたので、意地でも負かせて悔しがらせて白熱させてやった。

 

 こちとら妖怪や人妻や生粋のお嬢様たちにゲームをやらせて、馴染ませてきた実績持ちだ。男の子としてゲームの魅力に飲み込まれるがいい。さすがに夕方になる頃には、シェムハザさんに病み上がりだからこれ以上はやめなさいと三人で叱られた。ヴァーくんにジト目で見られたが、その表情は少しだけすっきりしているように見えた気がした。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そっちこそ、そんな爆弾を保護してどうする。俺に何かを求めないのか?」

「俺か? 俺がお前に求めるものは三つだけだよ」

 

 昨日のやり取りを思い出していると、ヴァーくんとアザゼル先生の会話は進んでいるようだった。アザゼル先生がヴァーくんに対して求めるもの。訝し気な表情で先生を見据える白龍皇へ、まずは一つ目というように指を一本立てた。

 

「一つ目は、『強くなれ』だ」

「…………」

「お前は『宿命』という名の運命の下に生まれた。ヴァーリ・ルシファー、お前が宿す血と神滅具は壮絶な運命へとお前を導くだろう。だからこそ、お前自身が強くならなければ跡形もなく飲み込まれる。俺はこれまで、天から一方的に与えられた運命に翻弄され、力に溺れ、自分も周りも不幸にしていく者を幾人も見てきたからな」

「俺もそうなると?」

「それはお前次第だが、……できればそんな空しい結果にはなってほしくないってのが本音だ。魔王の血に神滅具を持つなんて、どんな確率だってぐらいの奇跡だぞ。研究者として、是非ともお前が見せてくれる神器の先ってものを見てみたい」

「……望むところだ」

 

 堕天使の長として長年神器を研究し、そして幾重もの宿主の結末をその目で見てきたのだろう。それだけ先生の声は実感がこもっているように感じた。裏の世界は強くなければ生き残ることも、自分の意見を押し通すこともできない。それは四年間、この世界で過ごしてきた俺も否定することが出来ないことだ。

 

 それにヴァーくんに修行をつけていれば、必然的に白龍皇の研究もできるので、先生からすれば一石二鳥という訳だな。そしてヴァーくんもまた、この条件に了承の返事を返した。四日前に「死」の本能を直接植え付けられた龍殺しとの邂逅は、彼の中で悔しさを生んだらしい。ドラゴンであろうとした自分が、龍殺し(ドラゴンスレイヤー)を恐れてしまったことがお(かんむり)のようだ。正直アレは仕方がなかったと思うけど、彼の二天龍としてのプライドがそれを許せなかったらしい。

 

「二つ目は、『世界を滅ぼす要因だけは作るな』」

「模範的だな」

「これでも世界の均衡を保つために頑張っている組織なんでね。条件として入れておくのは当然だろう」

 

 続いて二つ目だと示すように、指が二本立つ。戦争なんて二度とやりたくない先生からすれば、当然と言えば当然の条件だ。むしろ、かなり甘めだろう。先生は世界の均衡さえ崩さないのなら、最悪ヴァーくんが堕天使の組織を抜けることも、敵対することも仕方がないと考えているのだ。現に原作の彼は、裏切られた後もずっとヴァーリのことを気にかけていたのだから。

 

 それにしても、これまでの二つの条件は原作でも見たことがある気がする。駒王町で行われた和平会談の時、ヴァーリが『禍の団』へ下ったことを知ったアザゼル先生が彼に言っていた言葉だ。真の魔王の血と神滅具を持つヴァーリ・ルシファーが、本気で騒乱を望めば幾らでも火種ぐらいできてしまうのだから。そこまで考えて納得したが、最後の三つ目がわからない。俺は二つしか知らないのだが、実は三つ目があったのだろうか。

 

 最後の条件はなんだろうと首を傾げていると、不意にアザゼル先生の視線が俺の方へ向いた気がした。それにきょとんと見返すと、さっきまでの真面目モードがいつの間にか消え、肩を竦めて笑みを浮かべてくる。えっ、どうかしましたか? ヴァーくんもアザゼル先生の態度に困惑しているようで、俺と先生を交互に見ている。そんな俺達の戸惑いに先生は小さく笑いながら、最後の三本目の指をゆっくりと広げたのであった。

 

 

「三つ目はな、ヴァーリ。『お前がお前らしくバカみたいに笑って生きられる道を、これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方を探せ』」

「――――――」

《………………》

 

 最後の条件は、最初の二つとは明らかに違っていた。魔王の血と神滅具という危険な力を持つが故に、生きるために必要な目標と自戒を告げた先で、最後に彼は人生を楽しめと告げたのだ。祖父への復讐に燃え、強さをただ求めるだけだった原作のヴァーリ・ルシファー。その彼の生き方と、今何かが変わったような気がした。これは組織の長としての言葉ではなく、きっとアザゼル先生自身がヴァーくんのために送りたいと考えた言葉なのだろう。だからこそ、ヴァーくんの中に強い楔として残るような気がしたのだ。

 

 四年前の夏、自分の自信のなさを悩んでいた俺に、アザゼル先生が教えてくれた生き方だ。この教えがあったからこそ、俺は自分の道を胸を張って進むことを迷わなくなった。誰かと衝突することになったとしても、叶えたい願いがあるなら諦めたらダメだと強く思えるようになったのだ。自分にとっての最高の自分になる。今だってどうやったらそうなれるのか、いつも悩みながら手探りで探している状態だけど、そんな自分を俺は嫌っていない。

 

『ただ戦いを求める。典型的なドラゴンに憑かれた者だな、おまえは。――で、強い奴を全部倒した後、お前はどうするんだ?』

『――死ぬよ。そんなつまらない世界に興味ないんだ』

 

 ……少なくとも、これだけは決めた。これだけは、変えてやろうと思った。ヴァーくんが原作みたいに戦闘(バトル)マニアになったり、堕天使の組織を原作みたいに出奔してしまったりするのかはわからない。それでも、このセリフだけは言わせないようにしようと思った。ヴァーくんの口から「つまらないから死ぬ」なんて言わせたくない。人生をもうちょっと柔軟に楽しめ、このやろう。

 

 原作の彼は兵藤一誠という最高のライバルと出会えたことで、だんだんと年相応の感情を芽生えさせていった。ヴァーリチームのリーダーとして仲間を思って引っ張り、悪友とラーメンを食べて喧嘩したり、未知の遺跡や宝探しを楽しんだりする姿。そんな自分のやりたいことをやって、「人生楽しんでるなぁー、こいつ」と原作を読んで思えた彼というライバルを俺はカッコいいと思ったのだから。

 

 

「生き方に関しては、すぐに見つかるとは思ってねぇよ。かくいう俺も、まだまだ自分にとっての最高の自分ってものを実現できてねぇ。この年になっても、やらないといけないことが多いってのも考えものだけどな」

「俺は……」

「難しく考えず、まずはお前がやってみたいことをやってみろ。強くなりてぇっていうのなら、必要なものはこっちで用意してやるさ。ただし、視野だけは狭めずに色々やってみろよ。お前みたいな生意気なクソガキは、大人に頼れるうちにいっぱい迷惑をかけてデカくなっていけばいいんだからな」

 

 そう言ってアザゼル先生はヴァーくんと開いていた距離をゆっくりとつめて、銀色の髪をくしゃくしゃと掻き撫でた。いきなりの暴挙にカチンと固まったヴァーくんだったが、すぐに威嚇する猫のようにその手を叩いていた。それにニヤニヤ笑う先生と、眉を顰めながらプイッと顔を横に背けて腕を組むヴァーくん。

 

 なんというか、アザゼル先生。初対面のはずのヴァーくんの扱いが、ちょっと上手くない? 普通にできる大人って感じに見えたんだけど。俺との初対面の時に見せた、あのちょい悪おっさんモードはどこにいった? それか、もうちょっと組織の長モードでいくのかと思っていた。

 

「それは、カナタくんのおかげでしょう。いつも何をやらかすかわからない子どもの面倒を四年間見てきていますからね、アザゼルは」

「シェムハザさん。それ、褒めていないですよね」

「まぁ、迷惑はかけまくっているからね。カナは」

 

 しみじみとした口調でアザゼル先生が子ども慣れしている理由を告げられ、俺の所為かよと頬が引くついた。アザゼル先生に初めて会った時は、子どもの接し方なんてわからねぇよとか言われた気がするけど…。うん、確かに今思い出すと四年前のセリフだわ、これ。

 

 しかもこの四年間で、ラヴィニアとも普通に接することが増えたし、朱乃ちゃんからおじさんと言われて一緒に遊んでいるし、時々朱雀と姫島の今後の展開について話したりもしている。意外に子どもと関わっているわ、アザゼル先生。あとバラキエルさんという育児パパも近くにいるから、子育ての大変さとかも愚痴で聞いているらしいしなぁ…。

 

「それと、あなたの持つ感覚を信用しているのですよ」

「俺の感覚をですか?」

「あなたは最初からヴァーリくんに好意的だったでしょう。相手からは敵意を向けられたにも関わらずね。白龍皇と魔王の魔力という強大な力を持つ相手に、あなたはいつも無防備に傍にいます。それが一番の答えですよ」

 

 そう言われて、確かに俺はヴァーくんに警戒心なんてわかないなと思った。別に警戒なんてしなくても、ヴァーくんが理由もなくこちらを攻撃なんてしないと考えているからだ。ただ俺が能天気なだけなのか、原作知識の影響なのか、俺の持つ善悪センサーがそう思わせるのかはわからないけど。

 

「そうじゃなければ、アザゼルももっと時間をかけて見極めてから歩み寄ったことでしょう。もし彼が道を誤れば、その内に眠る強大な力故に私たちは彼を始末するしかありませんから」

「ヴァーくんは、いい子ですよ」

「えぇ、私たちもそう信じています」

 

 ふわりと微笑んだシェムハザさんにつられて、俺も小さく笑っておいた。アザゼル先生からの神器講座で白龍皇の使い方をレクチャーされているようで、ヴァーくんは感心したように頷いている。色々前後してしまった気がする白龍皇の保護だったが、ようやく無事に達成できたのだとその光景を見て思った。これからヴァーくんのグリゴリ生活が始まる訳だが、果たして大丈夫なのだろうか。ちょっと心配ではあるけど、今後も見守っていくしかないだろう。

 

 こうして、ヴァーくんを交えた『神の子を見張る者(グリゴリ)』での新しい日々が始まったのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。