えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百四十三話 畏れ

 

 

 

「アザゼル、もっと強くなるには俺はどうしたらいい?」

「んん? それは今やっている、体力づくりや教養関係以外でってことか?」

「あぁ、今できることは少しでもやっておきたい」

 

 ヴァーリ・ルシファーが、堕天使の組織『神の子を見張る者(グリゴリ)』に保護されてから一ヵ月ほど経った。ヴァーリの出自や能力のこともあり、総督であるアザゼルの傍で彼は暮らしている。健康的な生活サイクルとバランスのとれた食生活によって、未成熟だった身体に肉が付き、少しずつ筋力もついてきている。さらに生きるために必要な知識や力を、アザゼルたちは段階を踏みながらヴァーリに教えていた。

 

 ルシファーの血筋のことは、堕天使ではアザゼルとシェムハザ、そしてバラキエルの三名にしかまだ伝えていない。奏太が関わったこともあり、保護者であるメフィスト・フェレスにも伝えられているが、悪魔である彼は当然ながらヴァーリの存在に胃を痛めた。彼の存在を秘匿することには当然賛成を示し、人間の子どもである奏太の存在が警戒心の強いヴァーリにとって良い緩衝材になることを考え、当面は傍にいることも了承したのだ。また、ヴァーリの持つルシファーの魔力は、大戦を戦った者や敏感な者なら気づく可能性があるため、魔力を完璧に操作できるまではアザゼルが用意した施設で暮らすことが決められた。

 

 読み書き計算といった教養や裏に関する知識などは、アザゼルが時間を見つけては教えている。悪魔の力の使い方は悪魔であるリンが、そして悪魔の恋人がいるため魔力について理解のあるシェムハザが中心になっている。そして体力づくりは、ハーフ堕天使である朱乃を娘に持つバラキエルが自主的に手を挙げた。半分人間の血を引き、父と祖父に疎まれ、母と引き離された幼子を心情的に放っておくことができなかったのだ。それでも訓練をする時は教官として厳しく見守り、健康管理も気遣っていた。

 

 また奏太に頼まれた朱璃も同様で、詳しい事情はわからなくとも子を持つ母親として、夫の分と一緒にヴァーリやリンの分の食事も積極的に作ってくれた。食べ盛りのヴァーリとリンの分を頼むことに奏太はペコペコと頭を下げたが、これから食堂でたくさん作る練習に良い機会だからと彼女は笑顔で微笑んだ。強くなることを決意したヴァーリは、彼らから与えられるものを貪欲に吸収し、徐々にその才能を開花していった。

 

「向上心があるのはいいことだが、今のお前にできるとすればか…。そうだな、まずはお前の中に眠る神滅具『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の使い方を知ることだな」

「むっ、『Divide(ディバイド)』なら使えるぞ」

「ちげぇよ。神器の能力を『使う』だけなら、半人前にだってできる」

 

 二天龍の片割れ、『白龍皇』アルビオンが持つ『半減』の能力。十秒ごとに触れた者の力を半分にすることができ、その半分にした力を吸収して自分のものにすることができる異能だ。敵の能力を下げながら、自分は常に最大レベルの力を維持できるという戦闘において類を見ない性能。能力を使用する際に消耗するスタミナの回復はできないが、吸収のサイクルを回し続ければ無尽蔵のエネルギーを補給し続けることも可能だった。

 

 グリゴリに保護されてすぐ、アザゼルから教わった白龍皇の能力だ。だから、改めて神器の使い方と言われて眉を顰めたが、神器研究のプロからの指摘にヴァーリは真剣な眼差しでアザゼルを見つめる。神滅具の所持者である白龍皇の自分が、半人前扱いされるのは納得できない。ヴァーリの負けず嫌い精神を刺激したと分かったアザゼルは、肩を竦めて笑みを浮かべた。

 

「いいか、神器は使い方を知らなければ、使いこなすことはできない。例えばその『Divide(ディバイド)』だって、能力の効果範囲はどこまであり、使用するために消耗するエネルギー量はどれだけになる? そしてお前の能力はどこまで作用し、その結果どのような効果をどこまで生み出すことができる?」

「……それが神器の使い方を知る、ということか」

「今言ったのはその一部だがな。細かいところだが、知っているのと知らないのとでは戦闘に大きな差を生むだろう。頭で理解するやつもいれば、感覚で理解できてしまうやつもいるから、やり方はお前に合うものを選ぶといい」

 

 アザゼルからの教えに、ヴァーリは無言で頷いた。彼の知識の深さはヴァーリ自身も認めており、強くなるために必要な手順を一つひとつ教えてくれる。最初は教えを乞うことに素直になれなかったが、自分の隣で堂々と「先生、これどうしたらいいですかー?」と勉強や神器のことだけじゃなく、ゲームの攻略法まで質問しに来る生徒(奏太)を見ていたら、なんかどうでもよく思うようになった。

 

 そうして疑問に思ったことを口にすれば、答えだけでなくその先の応用まで含めて丁寧に説明してくれるアザゼルに、ヴァーリの中で少なからず尊敬の念が芽生える。アザゼルとしてもヴァーリとコミュニケーションを図りたいと考えていたため、一つの疑問からどんどん吸収していく彼の才能に驚きながら、どこまで高みに行けるのかを楽しみに関わりを深めていった。

 

「覚えておけ、ヴァーリ。神器には確かに秘めたポテンシャルの違いや優劣がある。だが、決してそれで『強さ』は決まらない。神器に宿る能力の本質を理解し、真に使いこなす者は――『怖い』ぞ?」

「怖い…?」

《――――――》

 

 訝しむヴァーリだったが、アザゼルからの言葉に同意するようなアルビオンの思念も伝わる。アザゼルは『強い』ではなく、『怖い』と言った。万を生きるだろう堕天使の長である彼が、『(おそ)れ』を口にしたのだ。ヴァーリにとって、恐怖とは抗うことが出来ない暴力のことだ。祖父や父から受けたトラウマもあるだろうが、純粋に誰よりも強くなれば怖いものなどなくなるはずだと思っていた。

 

 眉を顰めるヴァーリに小さく肩を竦め、アザゼルは先生としてさらに言葉を重ねた。神器を真に理解できたとしても、直接的な『強さ』には繋がらないことがある。しかしその『怖さ』を侮れば、自分に届くはずがないと思いあがっていた強者に手を届かせることもある。宿主の想いの力が強ければ強いほど、神器はその意志に応えて進化する。その応えの先は、宿主と神器によって千差万別であり、導かれる答えは決して一つではなかったからだ。

 

 そして、神器にも当然ながら相性がある。どれだけ強い能力を使える神器を持っていても、相性次第では格下の神器に打ち取られることなどよくあることなのだ。実力でその相性差を埋めることはできるが、それには自分の神器が得意不得意としている間合いを知っておかなければならない。自分が苦手とする弱点を把握して防ぎ、逆に自分が得意とする技をどうやって相手に打ち込むかまでの道を構築する。それが、異能使いの戦闘スタイルの基礎だった。

 

 

「ヴァーリ。すでにアルビオンの思念は感じられるんだろう?」

「あぁ…」

「なら、まずはアルビオンとの『対話』を試みてみろ。魂を封じられたタイプの神器は、宿主とその封じられた魂とのパスが強くなればなるほどより濃く繋がっていく。白龍皇の力を最もよく知っているのは、白龍皇だろう」

「アルビオンと話せるのか?」

「できるぜ。俺の見立てじゃ、何かきっかけがあればいけると思うぞ」

 

 ずっと自分を見守ってくれた相棒の声が聴けるかもしれない。アザゼルのアドバイスに目を輝かせたヴァーリに、小さな笑みが口元に浮かぶ。この少年は無表情ながら、なかなか感情表現が豊かだと見ていて感じる。これまでは、表情の出し方がわからなかっただけ。それなら、今後は少しずつ感情も表に出てくるだろう。

 

「アザゼル、どうやったらアルビオンと『対話』ができる?」

「神器との同調率を上げる…。お前の場合、神器の中に潜るとも言うな。感覚的な部分が大きいのと、このあたりは個人差があるんだよなぁ…。なんだったら、カナタに聞いてみるのも一つの手だぞ?」

「はぁっ? ……あいつに?」

 

 思わず眉間に皺の寄ったヴァーリに、アザゼルはくつくつと笑う。ヴァーリが唯一知っている、自分以外の神器所有者。メフィスト・フェレスの許可が出たので、簡単にだがその能力をヴァーリは教えてもらったが、「色々消すことが出来るんだー」と本当に大雑把な説明だった。しかし、一応は納得できた。本人も言っていたが、なかなか初見殺し向きの性能だと改めて感じただろう。しかし、種がわかれば対処はできる。

 

 週に二、三回は顔を見せる奏太へ、ヴァーリは鬼ごっこを挑むようにしていた。模擬戦に関しては本人から、「ドラゴンと正面からとか絶対にやだ」と拒否されるので、仕方なく遊びの延長みたいな勝負となったのだ。それでも、現在の戦績は未だに勝ち星を拾えない。とにかく逃げ足が速く、ヴァーリがどれだけ死角を突いても、まるで見えているかのように避けられる。その悔しさを思い出してしまい、不貞腐れたようにヴァーリは腕を組んだ。

 

 また、勝負以外でも色々構ってくる。ヴァーリが記憶を辿ると、正月だからとすごろくゲームやら羽根つきやらを持ってきて、いつも遊びに誘ってきた。グリゴリのヴァーリの部屋にはすでにゲーム機が設置され、当たり前のようにコントローラーを渡してくる。勉強や修行も大事だけど、遊ぶのも子どもの仕事だとよく付き合わされたことをヴァーリは思い出した。思い返しても、遊んだ記憶しかない。少し微妙な表情になった。

 

「くくっ、そう胡乱気な顔をすんなよ。あいつが感知を得意とした、サポートタイプなのは知っているだろ。カナタのあの未来を予知するような『直観』は、いわば神器の予知めいた危機察知能力をタイムラグなく正確に拾っているからできる芸道だ」

「つまり、あいつぐらい同調率が高くなれば、俺にも同じことができるということか?」

「『勘』は確かに鍛えられるだろうが、……絶対にやめておけ。かなりの確率で自滅するぞ」

 

 奏太の持つ感知能力の便利さを知っているため軽い気持ちで口にしたヴァーリへ、アザゼルは真剣な表情で忠告を下す。いきなりの『自滅』という結果を口にしたアザゼルに、絶句したように言葉を失う。決して見下していた訳ではないが、奏太にできるのなら自分もいずれ出来るようになるだろうと当たり前のように思っていたのだ。

 

 ヴァーリからすれば、自分と比較できる対象は奏太しかいない。魔王の血筋と神滅具を持ち、アザゼルから才能を認められるヴァーリ・ルシファー。逆に一般家庭出身の人間で特殊な力はあるが神滅具ではない神器を持つ、アザゼルから才能がないと言われる倉本奏太。普通に考えれば、圧倒的にヴァーリの方が有利だろう。現にアザゼルと奏太自身からもあと一、二年訓練をすれば、ヴァーリは奏太を追い抜くだろうとあっさり言われたのだから。

 

「あいつはこれまで俺が見てきた使い手の中で、最も高い同調率を誇っている。カナタは常日頃から神器と『対話』し、そのオーラを纏い続けて感覚を共有しているんだ。本来なら危険値とされるレベルを超えてな」

「危険値だと……?」

「同調率を上げることでメリットはあるが、同時にデメリットもある。それが、神器からの『浸食』だ。同調が進んでいくと、神器の持つ思想に宿主も影響されていくんだ。中には神器の意思に、宿主の意思が乗っ取られることだってある」

 

 それは、どの神器にも起こりうる現象だ。例え意思のない神器でも、その神器を扱うにふさわしい精神性へと宿主を無意識に導くことがある。それはある意味で優しさであり、慈悲でもある。例えば炎を扱う能力を持つ者が現れたとして、普通自分の手からいきなり火が出たら恐怖するだろう。その恐怖を緩和するために、「この炎は大丈夫だよ」とその精神に働きかけるのだ。

 

 同調によって神器の力を引き出すということは、その力を扱う神器に近づくということ。そうやって、宿主の元々持っていた感性や価値観を本人に気付かせぬまま影響を及ぼし、神器にとって都合のいい人間を創り出すことがある。人間が神器を使うのではなく、神器が人間を使うようになる。それが『浸食』と呼ばれるデメリットだった。宿主もそれに抗うことで自我を保つことができるが、それには強い精神力が必要とされた。

 

「ドラゴンの神器を持つ者が陥りやすいのは、ドラゴンの持つ強大な力に溺れ、暴力的なまでの力に酔うことで暴走しやすくなることだな。特に白龍皇には赤い龍という『宿命』がいる。過去の所有者を見たことがあるが、そりゃあ壮絶だったぜ」

「そんな話はいい。俺はそいつらのようにはならない。それより、あいつが危険値を超えているっていうのはどういう意味だ?」

 

 白龍皇の『宿命』とされるライバルである赤龍帝のこと。過去の白龍皇たちの末路について確かに気にならないわけではなかったが、それよりもヴァーリが気になったのは灰色の少年のことだった。いつも能天気に笑って遊びに誘ってくる相手が、神器に『浸食』されているかもしれないのだ。倉本奏太という人間が変貌し、神器という全く違う別ものに代わる。それにゾッとしたものが背筋を走った。

 

 

「安心しろ、本来ならって言っただろ。あいつもあいつの神器も『普通』の定義からすでに外れている。あいつらみたいな宿主と神器は、今後現れることはないだろうってぐらいにな」

「……『浸食』はされていないということか?」

「いや、ガッツリされているぞ。あいつは神器を一切拒んでいない。むしろ、全面的に受け入れているからな」

「はァッ!?」

《――――――!?》

 

 一瞬、アザゼルの言葉に理解が出来なかった。宿主にとってデメリットになるはずの『浸食』を、抗いもせずに宿主自身が率先して受け入れているというのだ。自分が自分ではなくなる恐怖と、常に寄り添っているようなものである。普通の人間なら、発狂してもおかしくない。

 

「だから、『常人』からすでに外れているって言っているだろ。あいつは自分がやっていることが当然って思っているから、自分がどれだけ非常識なことをやらかしているのか意識すらしていないけどな」

「……バカなのか?」

「ぶっちゃけると、ただのバカだ。だが、ああいうバカはこっちの予想をはるかに越える結果を叩きだしてくることがある」

 

 正直、開いた口がふさがらなかった。ヴァーリより永くドラゴンとして、神器として生きてきたアルビオンは、ズキズキと頭痛がする思いだった。二天龍である自分の思想とオーラが、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を宿した者へ与える影響力を理解しているからだ。過去に自分を宿した宿主がその思想に塗りつぶされ、白龍皇の力を振るうために闘争を望み、その命を燃やしてきたからだ。全てを破壊し、自分も周囲も不幸にする業を背負い過ぎたために自壊する者だっていただろう。

 

 特に白龍皇である自分の中に眠る歴代白龍皇の残留思念を思えば、ヴァーリとの同調をどれだけ調節するべきか考えるほどだというのに…。アレらはすでにアルビオンですら手出しができないほどの恨み辛みを纏い、憎悪と復讐を宿主の心に植え付けようと『浸食』してくる。いずれヴァーリも向き合う時が来ることは理解しているが、それでもまだそれらに触れさせる訳にはいかないのだから。

 

 

「ちなみに、その宿主以上におかしいのは神器の方だけどな」

「あいつ以上におかしいのか…」

「さっきも言ったが、カナタ自身が『浸食』を受け入れて、自分の全てを神器に明け渡している。だが、本来なら『浸食』し放題の神器の方が、あいつを『浸食』しないように……違うな。あいつの本質を変えないように細心の注意を払って『変質』させている、の方が正しいな」

 

 いくらでも神器の持つ思想に塗りつぶせる宿主を、神器自身がそれを拒んで宿主の思想を守っている。さすがに神器からの『浸食』を完全になくすことはできない。だから、奏太に悪影響が起きないように長い年月をかけて少しずつ『変質』するぐらいにとどめているのだ。彼のオーラが神器のオーラに近づいたことも、その『変質』が原因の一つではあるだろう。

 

 もうなんだそれは、と神器の知識に乏しいヴァーリだって思った。先ほどアザゼルが宿主も神器も『普通』じゃない、と言った意味に納得する。ある意味で、両方が『普通』じゃないから成り立っている関係なのだ。これは真似をしようとして真似できるような関係ではない。

 

「何で、その神器はそこまでするんだ?」

「わからん。ただ、あの過保護ぶりを見るに、……よっぽど宿主が好きなんじゃね?」

「……宿主と合わせて、その神器もバカなのか?」

「否定はできん」

 

 盛大な溜め息を吐くアザゼルに、彼がこれまで奏太と神器を研究してきた苦労が感じられる。なんせ研究者としては明らかに危険値を超えているのに、あっちは平然としたまま能天気に過ごしているのだ。危険を知らせようにも、何をどう注意したらいいのかもわからない。もう彼らはそういうもんだと割り切って接しないと、こっちの胃が逆に持たないと悟ったぐらいだ。

 

 ちなみに、今アザゼルが語った内容を、奏太には話していない。話しても無駄というか、話されなくてもこれらのことを全て納得済みで彼は神器に己を託している。自分の命すら、神器にあっさり任せてしまっているのだから。なら、今更伝えたところで奏太の神器への信頼は揺るがないだろう。逆に宿主を不安にさせたかもしれない、と神器の方がアザゼル達を警戒する可能性がある。

 

 

「……アザゼル。何故、あいつのことを俺に話した?」

「あいつと神器の『異常性』は、どうせお前もいずれ気づいただろうからな。だから先に伝えておいた。正直、奏太と神器に関しては、俺達も下手に手が出せない。万が一今のバランスが崩れたら、倉本奏太の精神にどんな影響を与えるか判断できないからだ。……最悪の可能性だってある」

「…………」

 

 これは、忠告だろう。アザゼルにとって、倉本奏太はすでに大事な生徒であり、護るべき子どもの一人なのだ。ラヴィニアは神器の恐ろしさを自分の身を持って知っているため、奏太の神器についてもあえて触れないようにしている。これまで他に目覚めている神器所有者の知り合いがいなかったから触れてこなかったが、ここでヴァーリという存在が現れた。だからこそ、あえて話しておいたのだろう。同じ神器所有者なら、その『異常性』を誰よりも理解できるからこそ。

 

「ふん、言われなくても俺には関係ない。あいつはあいつだ。元々おかしいやつが、普段からおかしいことをしているってだけのことだろ」

「くくっ、まぁそういうことだな。それで、ここまで聞いてもアルビオンとの同調はやるのか?」

「……やるさ。俺が強くなるためなら」

 

 奏太の神器に関して、暗に触れることはしないと告げたヴァーリに、アザゼルは目を細めて笑う。そして、先ほどまでの説明を聞いても上等だと覚悟を決める少年に、仕方がなさそうに肩を竦めた。『強くなれ』とヴァーリに目標を与えたのはアザゼル自身だ。そして少年もまた、自分が生まれ持った力がどこまで通じるのか試したい欲求を感じていた。

 

 そんなヴァーリを見て顎鬚を思案気に撫でたアザゼルは、『強さ』について考えを巡らせる。この少年はおそらく、現在・過去・未来永劫において史上最強の白龍皇となるだろう。それだけのポテンシャルと才能をその身に秘めている。あらゆるものを蹂躙できるだろう圧倒的なまでの『強さ』。そしてそれほどの『強さ』はいずれ……彼に孤独を与えることになるかもしれない。

 

 だが、『強さ』とは決して一つではない。それをどう伝えたものかと考えたが、ふとそれに適任な者がいることを思い出した。アザゼルの口から言うだけでは、おそらくこの少年には響かない。ならば、少しぐらいヴァーリの兄がわりらしいところを見せてやってもいいだろうとニヤリと悪い笑みを浮かべた。

 

 

「ところで、ヴァーリ。以前あと一、二年あれば、お前は奏太を追い抜けるって言ったよな」

「ん? あぁ」

「だが、勝てるとは言っていないからな」

「……は?」

 

 アザゼルからの突然の宣言に、明らかに不機嫌そうにヴァーリは睨みつける。完全にアタッカータイプのヴァーリと、サポートを専門にする奏太ではそもそも競い合う土俵が違うのだ。一年も経てば奏太の能力を解析することだってできるだろう。文句を言いたそうな少年に、アザゼルはクツクツと楽しそうに肩を揺らすと、人差し指を一本立てた。

 

「俺から理由を言っても、お前は心から納得しないだろう。だから、奏太にこう質問してみろ。おそらくそれだけで、俺が言いたいことをお前なら理解できる」

「数年後に俺が勝てるかわからない理由が、質問だけでわかるのか?」

「あいつはな、はっきり言えば強くない。才能もなければ、特殊な神器を持っているだけのアホなガキだ。だけどな、あいつ自身が絶対に負けられない戦いだと定めた時、……どんな手を使ってでも確実な勝ちを狙ってくる。最後の瞬間まで諦めることなく、その弱さすらも武器にしてな」

「…………」

《――――――》

 

 ワインレッドの瞳を楽し気に細めながら、堕天使は一つの道を龍の子へ示した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっ? もしあの時、ジークフリートから逃げられなかったら?」

「あぁ、アザゼルから聞いてみろと言われた」

「何でまたそんな質問を…」

「ジークフリートって、あの怖い龍殺しのことだよねー」

 

 次の日になり、ヴァーリは遊びに来た奏太とゲームをしながら過ごしていた。現在二人プレイで進むアクションゲームをして、赤色と緑色のおっさんたちがテレビ画面で元気に跳ね回っている。リンは大きな欠伸をしながらベッドに転がっていたが、ヴァーリの質問を聞いて首を傾げていた。一ヵ月ほど前、三人が遭遇したヴァチカンの上級エージェント。未だに三人の中で忘れられない記憶として残っている。

 

 ヴァーリとリンにとっては最悪な相手であり、奏太にとってもパワー・スピード・テクニック、どれをとっても勝てる要素のない相手だ。だからこそ、奏太はなりふり構わず全力で逃走する選択を選んだのだ。少しでも迷いがあれば、切り裂かれていただろうギリギリの勝負。初見に強い奏太の能力によって無事に逃げきることはできたが、魔剣の能力を避けきれない可能性だってあった。ヴァーリの質問は、実際に起こり得てもおかしくない状況だったのだ。

 

「うーん、まぁ頭の隅で考えてはいたよ」

「あっ、考えてはいたんだ」

「そりゃあ、そうだろ。あの時動けるのは、俺だけだったんだから。ヴァーくんとリンを死なせるわけにもいかないし、俺だって死にたくなかったし」

「だが、実際にそうなっていたらどうしようもなかっただろ」

 

 昨日アザゼルから言われた奏太への質問に、ヴァーリは何故そんなことを聞くのかと思った。どう考えても、あの時奏太達に勝ち目はなかった。あの状況ではどう足掻いてもヴァーリとリンは助けにならなかっただろうし、シェムハザが助けに入るにも間に合わなかっただろう。あの状況を実際に経験したヴァーリだからこそはっきりとわかる。あそこで逃げ切れなければ、自分は死んでいただろうと。

 

 もちろん、動けないながらもヴァーリとリンは抵抗しただろう。奏太だってその能力を使って抗っただろうが、完全に格上相手には神器の効果が薄いことは明白。多少の手傷ぐらいなら、アレは間違いなく物ともせずに斬り殺してきただろう。おそらく時間稼ぎをしようにも、向こうも仲間の可能性を考えて行動するはずだ。奏太なら『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の名前を出せば捕虜ぐらいにはなったかもしれないが、ヴァーリが見逃されることはなかっただろう。シェムハザが乱入して庇うこともできるが、そうなれば堕天使と教会の戦争が始まるリスクもある。

 

「確かにね、あそこで逃げ切れたのが間違いなく最善だった」

「うんうん」

「次善は、ジークフリートを倒すしかなかったしね」

 

 何でもないようにあっけらかんと言い放った奏太へ、ヴァーリとリンと中で聞いていたアルビオンも言葉が出ずに視線を向ける。それでヴァーリが操っていたキャラが敵に当たり、天に昇って逝った。

 

「あぁッーー!? ヴァーくん、何をやっているんだよっ!」

「いや、お前こそ何を言っている? ……勝てたのか、あの魔剣使いに」

「えっ、普通にやったら勝てないよ。だけど、勝たないとヴァーくんやリンを殺されちゃったかもしれないだろ。なら、何をやっても勝つしかないじゃん」

 

 コントローラーのボタンを押してポーズ画面にすると、奏太は不思議そうにヴァーリへ視線を向ける。何を当たり前のことを聞くのかと語る黒い瞳に、彼が本気でそう考えていることが理解できた。あの時の絶望的な状況は、当事者である奏太も一番わかっているはずだ。それなのに、彼の眼は一切の迷いがない。

 

 奏太は本気で、もしあの状況で逃げ切れなかったら、ジークフリートと相対して勝つつもりだったのだ。

 

 

「えーと、カナ。根性論とかはダメだよ?」

「いやいや、ちゃんと作戦はあったよ? ジークフリートには、明確な弱点があったからね」

「……弱点? アレにか?」

 

 ヴァーリとリンの態度から片手間ではダメかと感じたようで、コントローラーをベッドの上に置き、奏太は二人に向き直るように座りなおす。奏太の語る弱点に、ヴァーリもリンもアルビオンも心当たりはない。当然だ、突発的に出てきた相手のことを深く知っている訳がない。何より、あの一瞬の攻防で敵の弱点を看破するなどどんな慧眼だとさえ思う。

 

 ジークフリートの弱点というものに胡乱気なヴァーリ達に、奏太は収納の魔方陣を描き、そこからリストのようなものを取り出した。取り出されたものを覗き込むと、教会に所属する要注意人物の一覧表だとわかる。メフィスト・フェレスが奏太やラヴィニアのために制作したリストで、教会が魔女狩りとして狩りに来る可能性があるため、危険人物に関しては事前に知らされていたのだ。パラパラとめくった先に、灰色に近い白髪と腰に複数の魔剣を所持する少年の写真を見つけた。

 

「『魔帝(カオスエッジ)ジーク』、ジークフリートと呼ばれる『シグルド機関』の出身者。その機関の長年の宿願だった「魔帝剣グラムを扱える真の英雄シグルドの末裔」の完成形。さらにグラム以外に複数の魔剣を所持し、神器『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』と合わせることで、同時に六本もの魔剣と光の剣を自由自在に操ることもできる」

「……うわぁ、何これ。もうヤバいとしか言いようがないステータスだらけじゃん」

 

 リンがジークフリートに関する項目を見て、自分達はこんな恐ろしい相手に追いかけられていたのかとぶるりと身体を震わせる。ヴァーリとアルビオンも真剣にその項目を眺め、納得がいくように頷く。確かにこれぐらいの実績と強さを兼ね備えていてもおかしくない相手だった。だからこそ、疑問に思う。ここには奏太の言う『弱点』など一つも載っていない。それなのに、何故あそこまで自信満々に『弱点』があると言えるのか。

 

「気づかない? ジークフリートの弱点」

「……この情報だけでか?」

「そっ、明らかな矛盾点がここにはある。俺にとったら、起死回生なぐらいにね」

 

 渡されたリストを何度も読み込んでも、奏太の言う『弱点』が見えてこない。書かれているのはジークフリートの経歴と使用する武器や能力などで、彼の強さだけは嫌と言うほど伝わってくる。龍殺しでさえ恐ろしい相手なのに、さらに複数の魔剣や神器まで備わっているのだ。それにこのリストは、教会側が表に出しても問題ないと判断してあえて出している情報だろう。そんな見たらわかる程度の情報しか載っていない。

 

 そんなヴァーリ達の様子に、奏太はくすりと笑う。全員の視線がこちらに向いたとわかると、答え合わせをするように彼はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「ジークフリートはね、コアラなんだ」

『…………はっ?』

「あっ、色的にパンダでもいいよ。白黒だったし」

《――――??》

 

 ドヤ顔をする奏太に向けて、「いや、お前は何を言っている?」と全員の心情が一致した。

 

「あいつはユーカリや笹でも食っているのか」

「似たようなものだね」

「カナ、さすがにそれ聞かれたら龍殺しにキレられるよ」

 

 まさかジークフリートも、遠い地で自分がコアラやパンダ扱いされているとは思っていないだろう。

 

「うーん、説明いる?」

「むしろ、説明しかない」

「そっか、じゃあちょっと長くなるけど。『シグルド機関』ってところは、「魔帝剣グラムを扱える真の英雄シグルドの末裔」を創り出すことが目的だった。そのために素養のありそうな子どもを連れてきては処置を施したり、試験管ベイビーで子どもを創ったり、色々やっていた訳。彼らは魔帝剣グラムを扱えるために連れてこられ、そのために創られた子どもたちだった」

 

 リストに載ってある冊子を捲り、教会の機関について説明されているページを開く。その機関の人達は何度も実験を繰り返し、ついに念願だった使い手こそがジークフリートだったのだ。彼の素養は魔帝剣グラムに認められ、多くの者が彼の存在を祝福した。ただ一点、神から与えられた『奇跡』以外は。

 

《――――――!》

「アルビオン? 龍殺しの剣がどうかしたのか」

「そう、魔帝剣グラムは龍殺しの剣だ。龍の属性を持つ者全てに、あの凶悪な呪詛は効果を及ぼす。当然、その担い手にもな」

「……『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』」

 

 そう、教会が信仰する聖書の神が与えた神器が、ジークフリートの魔帝剣グラムの素養を潰してしまったのだ。神を信仰する教会としては、皮肉以外の何ものでもなかっただろう。神から与えられたものを、彼らは否定することもできない。ジークフリート以上に才能のある子どもは生まれず、その一点のみの不安はあれど、『シグルド機関』の目的は達することとなったのだ。

 

「だが、やつは魔帝剣グラムを使いこなしていた」

「うん、きっと血の滲むような努力であの呪詛に耐えてきたんだろうね。剣に認められているのに、自分が宿す龍の因子が呪いを運んでくる。機関の方針上、英雄シグルドを創るために何度も呪いを受けながらも耐え抜いてきたんだと思う。自分が生き残るために、グラムを扱えるようになるために、彼は『龍殺しの呪い()』をその身に受け続けてきたんだ」

「……なるほど、その例えがコアラでパンダという訳か」

 

 奏太の説明によって、ジークフリートが龍の因子を持ちながらも魔帝剣グラムを扱うために、血の滲むような努力の末、龍殺しの呪詛に対する耐性をつけていったのだとわかった。その努力の末に彼は毒を克服し、魔帝剣グラムをその手に握ることができた。魔帝剣グラム()を扱うために、毒を征する身体に自らを進化させた。それが、ジークフリートという人間だったのだ。

 

 つまり、これはすでに克服された『弱点』という訳である。彼は魔帝剣グラムを扱えるし、呪詛への耐性もついている。『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』があるため全力での力の開放は難しいかもしれないが、普通に一振り振り下ろすだけでこちらの命を奪うことが出来る。だから、本来ならこの事実が彼の『弱点』になるはずがなかった。

 

 相手が概念を消滅させるなんて反則技を持ってさえいなければ――

 

 

「そう、俺がやるべきことは一つだ。ジークフリートが長年の努力によって手に入れた、その魔帝剣グラムの呪詛に対する『耐性』を消滅させてやったらいい」

『…………』

「俺じゃあジークフリートには勝てない。だから、魔帝剣グラムにジークフリートを倒してもらう。自分の持つ『剣』の呪詛で自滅してもらうんだ」

 

 自分では勝てないから、勝てるものに丸投げする。勝利を掴むためなら、敵の力だって利用する。たった一本の槍。それが己の敗北に繋がるなど、誰が想像できるだろうか。その一本を刺すために最後まで弱者を演じ、油断を誘い、勝利への糸口を探り続ける。そして、気づいたときには相手に本来の力を発揮させることなく、完全に想定外の方向から容赦なく潰すのだ。

 

 奏太の口から語られる内容に悪意はなく、ただ淡々と貪欲に強欲に勝ちにいく道を口に出しているだけ。だが、言葉のトーンとは裏腹に、その瞳に映る勝利に対する苛烈さが感じられた。それに初めてヴァーリは、ゾクリと肌が泡立った。それは恐怖とは違う感情。『強さ』とは別の『畏れ』ともいうべき見方。

 

 アザゼルと奏太自身も認めている通り、ヴァーリ・ルシファーは今後も強くなっていくことだろう。神滅具とされる白龍皇の力と魔王ルシファーの膨大な魔力、そしてその秘められた圧倒的な才能によって。それこそ、他の追随を許さないほどの遥か高みにまで――。だが……

 

「……アザゼル、何となくわかったよ」

 

 ポツリと呟かれたヴァーリの言葉は、内に眠るアルビオンしか気づくことはなかった。そして、普段は無表情で過ごすヴァーリの口元に楽し気な笑みが浮かんだことも。目の前で使い魔のドラゴンに「やっぱり、悪魔だー!」と呆れられながら叫ばれ、それに「戦術と言えっ!」と胸を張って言い返す灰色の魔法使い。そこに先ほどまで感じた苛烈さはなくなり、普段通りの様子しかうかがえなかった。

 

「……奏太」

「えっ? うん?」

「俺は強くなる。お前よりもな」

「そりゃあ、うん。ヴァーくんの方が強くなるに決まっているじゃん。俺、元々そこまで強くないんだし」

「うるさい、言ったからな」

 

 プイッと顔を逸らすと、さっさと続きをやるぞとベッドの上に置いていたコントローラーを奏太へ投げつける。それに奏太は慌ててキャッチすると、ゲームは投げちゃだめだと注意しながら、そっと頭を掻いた。さっきまではどこか不機嫌そうだったのに、なんだかよくわからない内にヴァーリのオーラが機嫌良くなっているように感じたのだ。そんな子どものテンションの上げ下げに首を傾げながらも、せっかくやる気を出してくれているのならいっか、とコントローラーを握り締めた。

 

 この日、ヴァーリ・ルシファーにとって一つ目標が出来上がったことを白き龍だけが見ていた。

 

 


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