えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百四十四話 兄

 

 

 

『ヴァーくん、右から来る』

「あぁ」

 

 右耳につけている通信用の魔道具から聞こえた忠告に従い、ヴァーリ・ルシファーは『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の翼を大きく広げ、羽ばたかせた勢いで左側へと避ける。すると、先ほどまでヴァーリがいた場所へ紫電が走り、さらに追尾するように小柄な少年へ追いすがろうと迫ってきた。

 

ベクトルの消去(デリート)

 

 そこへ後方から倉本奏太が光力銃を撃ち込み、ヴァーリに迫っていた雷へ当てることで援護する。この威力の雷を何度も消滅させようとすれば、奏太のオーラはすぐに枯渇してしまうだろう。だが、一瞬だけ動きを止めるぐらいなら消耗量は少ない。それにヴァーリ・ルシファーにとっては、それで十分だった。ヴァーリは瞬時にオーラを右拳に溜め、雷を払いのけるように勢いよく腕を払った。

 

Divide(ディバイド)

 

 同時に白龍皇の異能を発動させ、拳に触れた雷の威力を「半減」させる。そして「半減」によってヴァーリへと吸収された力を使い、そのまま威力が落ちた雷を消し飛ばした。これにより吸収した分を合わせれば、ヴァーリ自身が消費したオーラ量はほとんどない。対象に触れた瞬間に能力を発動させ、オーラを正確にコントロールする。それを感覚的に行えるようになったのは、彼が持つ天性の才能だろう。

 

「ほう…。なかなかの制御だ」

「……必要に駆られたからな」

 

 手のひらに雷光を溜めながら、感心するようにバラキエルは告げる。『神の子を見張るもの(グリゴリ)』の施設にもだいぶ慣れ、ヴァーリと教官との模擬戦も少しずつ変化していた。今回はヴァーリと奏太がタッグを組み、バラキエルと相対している。訓練ということで奏太は主にサポートとしてヴァーリを助け、連携の強化も行っていた。

 

 そんなバラキエルからの賛辞に、ヴァーリは少々ムスッとした顔で答える。彼のオーラコントロールが向上したきっかけは、倉本奏太との鬼ごっこの経験があったからだ。ドラゴン系統の神器のオーラと膨大な魔力を持つヴァーリだが、未成熟で小柄な体躯を支えるためにその消耗量はかなりの量になっている。だが、本来ならその余りある力によって、そこまで気にする要素ではない。しかし奏太は、そんなヴァーリの弱点を遠慮なく狙ってくるので、とにかくオーラや体力を消耗させるようなムーブを当然のように行ってくるのだ。

 

 そのため、鬼ごっこでのヴァーリのだいたいの敗因は、体力やオーラ切れによることが多い。故に負けず嫌いなヴァーリが、オーラの消耗をできる限り抑えていこうと考えるのは必然だった。成長によって身体が出来上がっていけば自然と消える弱点ではあるが、それで何も対処しないままなのはありえない。それに消耗が激しいという弱点を残しておけば、確実に何らかの方法で奏太に付け込まれる。それぐらいの予想が立てられるぐらいには、ヴァーリは倉本奏太という人間についてわかってきていた。

 

「それで、ここからどうする」

「このままあんたに向かって行っても、ただのいい的だからな」

 

 何度かバラキエルへ近づこうと接近を試みたが、今のように雷光で防がれてしまうだろう。ヴァーリの持つ白龍皇の異能は、接敵して相手に触れなければ効果が発動しない。当然ながら異能の効果を理解しているバラキエルが、むざむざヴァーリを近づけさせるようなことはさせない。遠距離からの雷光を掻い潜って近づくしかないが、今のヴァーリの実力では完全に避けることや対処することは難しいだろう。しかし、このままではじり貧だ。

 

 ハーフ悪魔であるヴァーリにとって、光の攻撃は弱点となる。一発でも当たれば戦闘不能にさせられる危険があった。以前までなら、多少の危険ぐらいなんだと膨大な魔力によるごり押しで突き進んだかもしれない。だが、その方法は格上が相手では決定的と言えず、いずれガス欠で動けなくなるだろう。それ故にヴァーリはちらりと奏太へ視線を向け、小さく頷く。それから何かを確認するように、トントンと足元の床をつま先で叩いた。

 

 

「十秒経ったな」

「何?」

 

Divide(ディバイド)

 

 白龍皇の翼から発せられた音声に、バラキエルは目を瞬かせる。ヴァーリとの距離は離れているため、触れることで力を発揮する「半減」の能力がバラキエルに届くことはない。それに、彼の手は何も触れていないはず。それなのに、いったい何に能力を使ったのかとバラキエルは考えを巡らせ、――白龍皇のオーラがヴァーリの足元に集中したことを感じとった。

 

「ハァッ!」

 

 ヴァーリは足に触れていた床の耐久値を「半減」させ、急速に劣化させる。そして自分の足に多量の魔力を込めた状態で、バラキエルへ向けて勢いよく床を蹴り上げた。魔力によって小柄な体躯からは想像もできないようなパワーが発揮され、劣化によって舞い上がった床石が豪雨のようになだれ込んだ。

 

「半減」の消去(デリート)空気抵抗の消去(デリート)!』

 

 それと同時に奏太が、広範囲に設定した光力銃を石礫(いしつぶて)となった床石へ撃ち込む。状態変化型であるヴァーリの異能は、対象に「半減」という状態変化を与える能力だ。故に『あらゆる状態を0に保つ』ことができる奏太の神器を当てれば、それを無効化させることができる。異能によって劣化していた石礫はその硬さを取り戻し、鋭い凶器へと変わった。

 

 さらに強い衝撃によって舞い上がり、視界を覆いつくすような石礫が指向性を与えられたことで散弾銃のようにバラキエルへと降り注いだ。それにバラキエルは瞬時に反応し、溜めていた雷光を放出することで迫りくる床石を難なく破壊したが、小さく舌打ちをする。彼らの目的が、バラキエルの視界を遮ることだったのは明白だったからだ。

 

 そして予想通り、次にバラキエルの目に映ったのは破壊された床石と自分以外の誰も見当たらない光景。先ほどまで相対していた奏太とヴァーリの気配が忽然と消えていた。『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の能力による疑似気配遮断。ヴァーリへ事前に『分割(セパレート)』した槍を渡しておけば、奏太と同様の効果を少しの間だけだが受けられる。

 

「……これだから、状態変化系の神器所有者は」

 

 相手にして感じる厄介さに、思わず溜め息が漏れてしまった。状態変化系の能力は、出来ることが明確に線引きされている。そのため対処法を知っていれば封殺することは難しくないが、逆に嵌まった時の効力は厄介極まりない代物が多い。バラキエルはこれまで教官としてヴァーリを鍛え、正当なパワータイプとして育ててきた。彼のようなタイプは純粋にその才能を伸ばし、自力そのものを上げる方が強くなることを理解していたからだ。

 

 その一方で、懸念する思いもあった。ヴァーリのような才能が溢れるタイプは、己の持つ力に溺れやすい。特に魔物や魔獣系が封印された神器所有者は、その傾向が強いのだ。さらに純粋な実力があるからこそ、自らに宿る異能をわざわざ研磨させる必要性があまり感じられなくなる。普通に攻撃するだけでだいたいの相手を倒せてしまうため、創意工夫がいらない場面が多いからだ。バラキエルは教官として、そういう者たちへ教えを説く難しさを長年の経験でわかっていた。

 

 そんな者が多い中で、才能がありながら己が宿す力を知ろうとさらに模索している。今回のような創意工夫まで行うヴァーリの姿は、教官として嬉しい反面、内心で冷や汗も感じてくる。確実に彼の兄貴分から影響を受けた所為だろうことは間違いない。堕天使の幹部として、武人の一人として、その将来に不安と期待が沸き上がる。果たして成長したこの少年は、どこまで高みに上っていくのかと…。

 

 それと同時に、バラキエルの本心としてはあんまり兄に似ないでほしいな、とも心底思ったが。

 

 

「…………」

 

 バラキエルは雷光を纏うように周囲へ静かに展開し、不意の一撃に備える。奏太もヴァーリもその厄介な異能故に、一撃でも受けるわけにはいかない。バチバチと雷光が迸る中、そろそろ能力の効力が切れるだろうと構えた途端、バラキエルの後方から一条の光線が放たれた。それを視線の端で確認し、奏太の光力銃だと判断して雷光ですぐさま相殺させる。光力を操って追尾性能をつけることもあるため、避けるよりも消し飛ばした方が安全なのだ。

 

 しかし、姿を見せた奏太が先ほどバラキエルへ撃った銃を目視し、ピシリと身体が固まった。先ほどまで使っていた光力銃だけじゃなく、何故か黄色いおもちゃのような光線銃も持っていたからだ。多くの悲劇を生みだした魔の山(実家)で起こった地獄の光景が蘇る。

 

「倉本奏太、それはなんだ」

「性転換銃です」

「幼い子どもの前で、そういうものを平気でヒトに撃つのはやめなさいっ! そんなところまで真似をしだしたらどうするんだァッ!?」

「……アルビオンがそれだけはやめてくれと言っているような気がするから、さすがにやらないぞ」

 

 バラキエルの説教に答えるように、上空から高めの呆れた声が響く。うっかり性転換銃に注目してしまったことで、ヴァーリへの意識が薄くなった瞬間を狙ったのだ。白い翼をはためかせたヴァーリは、雷光の真上の天井に手を当てていた。

 

Divide(ディバイド)

 

 今度は魔力を籠めた拳を振りかぶり、耐久値を「半減」させた天井を勢いよく貫いた。ガコンッ! と盛大な爆発音が響き、天井が重力によって崩落する。ヴァーリはすぐさま瓦礫の落下物の背後に身を隠し、真下で構えるバラキエルへ向かって突貫した。奏太も今度は光力銃をしっかり構え、先ほどと同じようにヴァーリの援護へと回る。最大限にオーラを高めるヴァーリの波動を感じ取り、雷光は彼らの最後の攻撃に目を細めた。

 

「光の(いかずち)よッ!」

 

 ヴァーリの攻撃を迎え撃つことを選んだ教官は、その手に雷光を纏う。手心を加えているとはいえ、生半可な雷では瓦礫を消し飛ばすことはできない。上空からの攻撃とヴァーリのオーラを考慮した威力になるように充電された雷光が、バチバチとまぶしい光を放って火花を散らす。その光を放とうとバラキエルが右手を上空へ構えた瞬間――瓦礫に隠れていたヴァーリがその手に隠し持っていた紅の槍を全力で投擲した。

 

「ッ……!?」

「ハァァァッーー!!」

 

 反射的に纏っていた雷光を左手に集めて光の槍を作り、『分割(セパレート)』された紅の槍を咄嗟に弾き飛ばす。だが意識が逸れたことで、右手に籠めていた雷光の練りが甘くなったことに舌打ちをする。その隙を見逃さず、ヴァーリは最大限に高めた魔力とオーラを全身に纏い、バラキエルから放たれた雷光と真正面から打ち合ったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ヴァーくん、そろそろ機嫌直しなよ。バラキエルさんと正面から打ち合えただけでもすごいじゃん」

「うるさい…。手加減されて、二対一で、あそこまでお膳立てされた状況で打ち込むことしかできなかったんだぞ」

「俺なんて未だに逃げることしかできないのに…」

 

 ムスッとした顔で俺からの治療を受けるヴァーくんに、目標が高くてすごいなと感心するしかない。彼としては、バラキエルさんにせめて一撃ぐらい入れたかったのだろう。俺からすれば、たった三ヶ月程度であそこまでの戦闘力を発揮できるヴァーくんの強さに驚きでいっぱいなんだが。

 

 最後の攻撃でギリギリまで雷光を削り取ることはできたが、オーラを出し尽くしたヴァーくんはバラキエルさんが纏う光力のオーラを突破することができず、互いに拳を打ち合うまでで模擬戦は終了した。それでも、あのバラキエルさん相手に触れる寸前までいったのだ。ヴァーくんの異能の怖さは、「触れる」ことが発動のキーになっているのだから。

 

 まぁでも、ヴァーくんの言う通り、「半減」の不意打ちでいいところまでいったんだよなぁー。元々勝率なんて全くないような格上が相手だったけど。俺は光力のオーラで吹っ飛ばされて打ち身だらけになったヴァーくんへ槍を刺し、赤くなっているところを消していく。修行にのめり込み過ぎて怪我の多いヴァーくんにとって、俺からの治療はすでに慣れたものになっていた。

 

「飲み物を持ってきた。体調は問題なさそうか?」

「ありがとうございます、バラキエルさん。俺が見た限り、問題はないかと。ほら、ヴァーくんも」

「別に俺は頼んでなんか…。――――、…………感謝する」

 

 スポーツドリンクを持ってきてくれたバラキエルさんにお礼を告げ、こういうことに関しては素直に言えないヴァーくんをじっと見つめる。年上に尊大な態度をとってしまうのは、ヴァーくんの性格だから仕方がないと思うし俺は気にしないけど、最低限お礼と謝罪はしっかり言える子になってほしい。そのことで毎回注意する俺にめんどくさそうな態度をヴァーくんは隠さないけど、何だかんだでこうして聞いてくれる。

 

 ちょっとひねくれているところがあって、カッコつけたがるお年頃みたいだけど、根はやっぱり素直なんだよな。ヴァーくんがちゃんとお礼を言えたことが嬉しくてニコニコしていたら、その顔をやめろと頭を叩かれる。それから、朱の走った頬を冷ますようにゴクゴクとスポーツドリンクに口をつけるヴァーくんに倣って、俺も水分補給を行っておいた。

 

 

「まったく、戦闘用の仮想空間を使っていたからよかったものの、床や天井を派手に壊したものだ」

「あはははっ…。施設の方々の迷惑にならなくてよかったです」

「ふん」

 

 堂々と施設を破壊しまくったヴァーくんへ呆れたように告げるバラキエルさんに、俺は頭をぺこりと下げる。それからバラキエルさんからの今回の戦闘に関する反省が始まり、先ほどまでのヴァーくんの異能の使い方に気難し気な顔で腕を組んでいた。

 

「ところで、ヴァーリ。アザゼルから聞いていた白龍皇の能力は、「10秒ごとに触れた者の力を半分にし、半分にした力を吸収して自分のものにする」ものだったはずだが…」

「あぁ、俺もアザゼルからそう教わっていた。だが、アルビオンに「半減」の幅を広げてみたいと言ったら、能力の訓練に付き合ってくれたんだ」

《――――……》

 

 口元を引きつらせて質問をしたバラキエルさんに向け、自慢げに胸を張るヴァーくん。そして、ヴァーくんの中にいるアルビオンから、どこかたそがれているような念波を感じた。新しい技術に貪欲だった宿主に、ずっと付き合っていたから疲れたのかもしれない。まぁ、俺も色々口を出したと思うけど。

 

「ちなみに、何故やってみたいと考えた?」

「ん? 俺のアルビオンは、二天龍と称される最強の神滅具(ロンギヌス)だ。それなのに、奏太の神器に性能で負けるわけにはいかないだろう」

「……性能?」

「戦闘以外に能がないと思われるのは心外だ。俺の神器だって、掃除や調理ぐらいできる」

《――――!! ――――――!!》

 

 ふふんと鼻を鳴らすヴァーくん。すごい勢いでこっちに視線を向けてくるバラキエルさん。なんか荒ぶっているような気がするドラゴンのオーラ。えーと、俺は特に変なことを言ったつもりはないんだけどな…。だって、俺の「消滅」とヴァーくんの「半減」って、能力の方向性はよく似ていると思ったのだ。『吸収』の能力の発動条件は満たせなくなるけど、「半減」の能力を他にも作用できないかなって。

 

 それに、原作での『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の能力を俺は知っている。確かに原作のヴァーリ・ルシファーは、敵の力や攻撃を「半減」して戦うスタイルだった。他にも、『覇龍』と化して暴走したイッセーを鎮める時にも利用されていたっけ。確かにこれだけなら、対象が「生き物」で「何かしらの力」が相手じゃないと発動しないのではないかと思う。

 

 だけど、リアスさんのおっぱいを半分にするという、「質量」を対象にできそうなことをアザゼル先生は口にしていた。さらに禁手化した状態で使えた、『Half Dimension(ハーフ ディメンション)』という技がある。それこそ、物体だろうと空間だろうと『周囲のあらゆるもの』を半分にする領域を展開するヤバい力だ。そう、この能力が使えるなら『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』が、決して生き物や異能だけに作用するとは言えないと考えた。

 

 さすがに禁手と同じように『領域』まで展開するのは無理だろうけど、能力が「定義する対象」の幅を広げることは不可能ではないんじゃないかと思ったのだ。

 

 

『うわっ、やっべ砂糖を入れ過ぎた! ねぇねぇ、ヴァーくん。「半減」の能力で、俺のコーヒーに入れちゃった砂糖の量を減らしてくれない?』

『はぁ? ……できるわけないだろ』

『えっ、ヴァーくんの神器ってそういうことはできないの?』

 

 ある日、俺がなんとなくヴァーくんへお願いしたことが発端だった。相棒の能力でもよかったんだけど、ちょうど半分ぐらい消してほしいなと思ったので頼んでみたのだ。そうしたら、アホを見るような目でヴァーくんに見られたので、逆にきょとんとしてしまった。相棒みたいにできると思っていたから、まさか断られるとは思っていなかったのだ。そんな俺の言い方にカチンと来たらしいヴァーくんに詰め寄られたので、俺は思ったことを口に出した。

 

『白龍皇の能力を極めれば、周囲にあるあらゆるものを「半減」できるんだろ? だったら今だって、ヒトじゃなくても簡単なものぐらいなら効果を発動できるんじゃないかと思ったんだ』

『……ヒトじゃなくても』

『うん、例えば…。食べ物の苦みを半分にしたり、お肉の硬さを半分にしたり、重い荷物の重量を半分にしたり、頑固な汚れを落としたりとか、色々使い道があるだろ』

『……それに何の意味がある?』

『便利じゃん』

 

 真顔で答えた。俺と違ってヴァーくんの異能は、「触れる」ことで発動させることができる便利仕様だ。槍で「刺す」ことで異能が発動する俺と違って、使用しやすい場面は多いと思う。二分の一カットや四分の一カットもお手の物だ。光力銃という不定形の発動媒体を手に入れたとはいえ、皿洗いに毎回銃を撃つわけにはいかない。その点、ヴァーくんなら触れるだけでいいから掃除も簡単である。

 

 最初は呆れていたヴァーくんだったけど、次第に能力を進化させることに内心わくわくしてきたようで、後半はノリノリで一緒に修行方法を考えたな。実験している間、ヴァーくんの中でオーラがざわざわしていたような気がしたけど、もしかしたらアルビオンも新技開発に参加したかったのかもしれない。タンニーンさんというカッコいいドラゴンを知っているから、俺も伝説の二天龍とされるアルビオンといつか対話できたらいいな。

 

 そうしてヴァーくんは、アザゼル先生からもらったというノートを広げ、『最強の白龍皇によるカッコいい技集』みたいなのものをメモし、俺やリンにも色々意見を聞いてきたと思う。その時に床や天井の破壊や、敵の武器の耐久力を下げてカッコよく破壊する方法なんかも一緒に考えたのだ。どうやら技名も付けようと悩んでいたようで、うんうんと真剣に頭をひねるヴァーくんは大変生き生きしていました。

 

 

「ちなみに、アザゼル先生にはちゃんと修行許可はもらっていましたよ。バラキエルさんには、模擬戦で見せたいと思っていたから黙っていましたけど」

「はぁー、そうか…。そういえば、足で能力を発動させていたのも……」

「あぁ、俺の能力は『触れてさえいれば』発動できるはずだと、奏太と白龍皇の能力について話している時に気づいたんだ。手以外にも足で使えれば、蹴りとしても使える。それに奏太の使う鎖の魔法も、俺に触れた瞬間に耐久力を「半減」できれば、引きちぎるのに必要なオーラも減らせると思ったんだ」

「それ本当にビビったし、ヴァーくん相手にさらにきつくなったよ」

「ふん。うかうかしていれば、すぐにでも追い越すぞ」

 

 俺に向かって不敵な笑みを浮かべるヴァーくんは、先ほどまでの不機嫌がなおったみたいで何よりである。俺とヴァーくんで盛り上がっていたら、バラキエルさんが眉間に指を当て、遠い目で天井を眺めていた。「今代の白龍皇は、もう若干手遅れかもしれない…」ってどういう意味ですか。新技について相談しに行った時のアザゼル先生みたいなことを言わないでくださいよ。

 

 

 

「さて、今日の昼食は転移で移動することになる。まさかたった三ヶ月で魔力を制御できるようになるとは思わなかったがな」

「はーい、待ってましたー。しっかしこれが才能の差ってやつか…。ちょっとぐらい俺に才能を分けてくれてもいいのに、このこのこのっ!」

「おい、こらっ! ヒトの髪をグシャグシャにするな!」

 

 模擬戦の反省会が終わると、あれから軽くみんなでシャワーを浴び、昼食にちょうどいい時間帯になっていた。さっさと服を着ると半渇きのままの銀髪で出歩こうとするヴァーくんを捕まえ、後ろからタオルでゴシゴシしている。こういう生活面は、まだまだ無頓着なことが多いんだよな。ついつい世話を焼いちゃう所為か、なんだか手のかかる弟ができた気分である。まさか最強の白龍皇とこんな風に接することになるとは思っていなかったけど。

 

「えーと確か、今日は姫島家でお昼を食べるんですよね。ヴァーくんの歓迎会も兼ねて」

「これまでは他者との接触を禁じていたが、そろそろ慣れていかなければならない時期だろう。朱璃と朱乃が全員分の食事を用意して待ってくれているそうだ」

 

 バラキエルさんからの言葉通り、今日はヴァーくんの歓迎会を行う予定だった。「神の子を見張る者(グリゴリ)」に彼が保護されてからそれなりに月日が経ち、そういえばお祝いとかしていなかったなと思ったのだ。そういう状況じゃなかったのも間違っていないけど、それでやらないというのも味気ない。アザゼル先生にお願いすると斜め上なことになりそうだったので、姫島一家に色々と相談していたのだ。

 

 二年前の時の俺と同じように、バラキエルさんなりにヴァーくんとの三ヶ月間を過ごしてきた。俺の時とは状況が違うけど、それでも異形と人間の間に生まれた子どもを持つ親として、家族によって傷つけられたヴァーくんを放っておけなかったのだろう。それはヴァーくんの事情を知って、ずっと彼のために食事を作ってくれていた朱璃さんにとっても。朱乃ちゃんも自分以外のハーフの男の子にドキドキしていたと思う。

 

 だからこそ、ヴァーくんの魔力制御ができたら、姫島家へ彼を招待したいと考えていた。リンは先に姫島家へ向かっていて、朱乃ちゃんと小鬼と一緒にヴァーくんの歓迎会の準備をしていると思う。その後、みんなでゲーム大会ができると楽しそうにしていたな。俺にとってゲームは大切なコミュニケーションツールだから、俺の知り合いの子どもたちは大体ゲームができるようになるんだよね。ヴァーくんも朱乃ちゃんも一緒に共有できる遊びがあるから、初対面でも溶け込みやすいだろう。

 

「……ヴァーリ。この前話したと思うが、今日は私の妻と娘をお前に紹介したいと思っている」

「…………」

 

 まっすぐに視線を向けるバラキエルさんの言葉に、ヴァーくんは返事を返さなかった。それは無視をしたわけではなく、どう返答すればいいのかどうしても言葉が出てこず、困惑を浮かべているようだった。父に怖れられ、母を守れなかったヴァーくんにとって、姫島家との交流は複雑だと思う。だけど、朱璃さんや朱乃ちゃんとの関わりが、ヴァーくんの受けた心の傷の癒しに少しでもなればいいと思った。

 

「……白木」

「えっ」

「あいつのためにアレを用意してくれた人なんだろ。食事も含めて、礼ぐらい自分の口で言いたい」

 

 普段の堂々とした声と違って、小さく呟かれた言葉。しかし、そこに含まれる強い意思はしっかりと感じられた。ヴァーくんが言った「白木」に関する記憶を、俺はすぐに思い出す。ヴァーくんがグリゴリに保護されて幾日か経った頃に、事情を聞いた朱璃さんが朱乃ちゃんと一緒に作った「霊璽(れいじ)」のことだと。ヴァーくんの部屋に飾られている小さな白い箱。本物の巫女さんが作ったからか、清らかで澄んだ力が感じられたと思う。

 

 「霊璽(れいじ)」は亡くなった故人を供養するために作られた「御霊をうつす依代」のことである。仏教でなら「位牌(いはい)」と呼ばれ、神道の「霊璽(れいじ)」と役割自体はそんなに違いがない。位牌との違いも、色が塗られているかぐらいだったと思う。これをヴァーくんに渡すかを朱璃さんは最後まで迷ったらしいけど、故人を思う気持ちに悪魔も宗教も関係ない。大切なヒトに安らかな眠りを願うことは、決して間違ってはいないからとヴァーくんへ贈ったのだ。

 

 ヴァーくんを助けるために命がけで動いてくれた下級悪魔の使用人さん。姫島の家は神道を重んじる家系であったため「霊璽(れいじ)」となったが、故人を偲び、供養をする気持ちを届けることはできる。死した後の悪魔の魂がどうなるのかは正直わからない。天界へ行くのか、冥府に行くのか、まったく別のところへ行くのか、消えてなくなってしまうのか。原作の駒王町の前任者問題で、死した八重垣さんとクレーリアさんの魂が再び出会えたという描写があったように思うけど、その使用人さんがどうなってしまったのかは想像するしかない。

 

 それでも、彼の魂が少しでも安らかなままでいられるように。朱芭さんから教わった仏教の教えでは、亡くなった人の魂は四十九日間成仏せず、この世をさまよっている。そのため、亡くなった人の魂がさまよわずに成仏できるように供養をするのだ。悪魔の魂だと扱いは違うだろうけど、供養に大切なのは感謝と尊敬の念。その思いはきっと届いてくれると思う。バラキエルさんから「霊璽(れいじ)」を受け取ったヴァーくんは、悪魔としての体質故に天に祈ることはできなくても、毎日リンと一緒にお供え物を用意していた。

 

「……そうか。お前のためになったのなら、きっと朱璃と朱乃も喜ぶ」

「喜ぶ…。それならいい」

 

 ぷいっとそっぽを向きながら、大人しく髪を拭かれるヴァーくん。初めて出会った時は色褪せ、傷んでいた銀髪。それが今ではサラサラと指通しのよい感じになっている。こうして三ヶ月間一緒にいると、彼の色々な表情が見られたと思う。ヴァーリ・ルシファーの持つ、その強さと優しさを。俺に務まるのかはわからないけど、それでもヴァーくんにとって兄代わりみたいな存在になれたらと思った。

 

 そういえば、これまで後輩の面倒を見てきたことはあるけど、弟みたいに思うのは初めてかもしれないかな。前世も今世も、俺自身が弟ポジションだったしね。なるほど、弟かぁー。朱雀が鳶雄にブラコンを発動させていた気持ちが、なんだかちょっとわかるかもしれない…。そんなことを思いながら、少しでも兄らしくなれるように頑張ろうと心に決めたのであった。

 

 

 

「あの、初めまして! 私は姫島朱乃って言います。あっ、こっちはキィくんって言うんだよ」

「オニニー!」

「……ヴァーリだ。よろしく」

 

 それから魔方陣のジャンプで人間界に向かい、堕天使が経営するマンションへと転移した。憮然とした表情だけど、どこかそわそわしているヴァーくんにくすりと笑みが浮かぶ。教官が家の玄関の扉を開けると、黒髪をポニーテールにした女の子が満面の笑みで飛び込んできた。元気な娘を抱き上げたバラキエルさんのデレデレ顔に、軽く引くヴァーくんの背中を押すとお客さんがいることを思い出したのか、わたわたと朱乃ちゃんは頭を下げた。

 

 朱乃ちゃんの肩にくっついていた小鬼が、ヴァーくんへ向けて握手を求めるように手を挙げる。それに戸惑いながらも、小さな小鬼の手と合わせるように指をくっつけていた。それが嬉しかったのか、ぴょんぴょん飛び跳ねる小鬼を興味深そうにヴァーくんは眺める。なんだかんだで好奇心は旺盛なんだよな。

 

「これは、小鬼なのか?」

「うん、もしかして妖怪って初めて見る? えっと、ヴァーリくんって呼んでいいのかな?」

「別に、変なものじゃなければ好きに呼べばいい。呼び方に関しては、あんまり気にしても仕方がないとわかったからな…」

「どうしたのヴァーくん。遠い目になって」

「カナとヴァー来たー。もう御馳走ができているから、早く来てよぉー」

 

 俺とリンが首をかしげると、ヴァーくんと一緒に朱乃ちゃんの目もちょっと遠くなっていた。えっ、どうかしたの?

 

「あぁー、うん。奏太兄さまとリンちゃんがごめんね」

「いい。こいつらとの付き合いは、そっちの方が長いんだろ」

「あははは…」

 

  最初はたどたどしかったようだけど、どうやら共通の話題ができたようで会話が弾んでいるらしい。さすがは子ども同士、仲良くなるのが早くてさすがである。それから家の中へ入り、キッチンから顔を見せた朱璃さんとも挨拶を交わして、姫島家でのヴァーくん歓迎会が行われたのであった。

 

 大きめのテーブルに並べられたたくさんの食事。バイキングのような形式になっているみたいで、麺類が大好きなヴァーくんは多種多様に用意された麺に目を輝かせていた。特に朱璃さん手作りのこしの入ったうどんは絶品で、何回もおかわりしてしまった。そんな風にみんなが食事に夢中になりながら、少しずつ交流を重ねていけたと思う。

 

 あと大人の女性に慣れていないからか、お母さんのことを思ってしまうからか、朱璃さんに対してはどうしても遠慮気味になってしまうヴァーくん。彼が他者に慣れるまでまだまだ時間はかかりそうだけど、ゆっくり時間をかけて見守っていきたいと思う。なお、その後に行ったゲーム大会では、当たり前のようにコントローラーを握る小鬼に、ヴァーくんが目を点にしながら妖怪の生態を学んでいったのであった。

 

 

 

 そうして、また四季は巡っていく。白龍皇と出会った冬が過ぎ去っていき、気づけば青々とした葉が芽を吹きだす季節になっていた。三月も中旬になり、少し早い開花によって白い花びらが地面に散っている。

 

 中学校生活で過ごした三年間。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとして本格的な活動が始まり、かけがえのないたくさんの出会いを経験し、そして達成したいと心に決めた目標ができた。俺にとって忘れられない数々の思い出が、流れるようによみがえってくる。

 

 暖かな春の陽気が頬を撫でるのを感じながら、中学生として最後になるだろう門をまっすぐに潜り抜けた。俺にとって大きな一つの節目を乗り越え、新たな一歩を踏み出す時期になっていた。

 

 


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