えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「おい、奏太。アザゼルはまだ来ないのか?」
「うーん、たぶんもうちょっとじゃない? 先生も仕事で忙しいだろうからさ」
六月の初旬。少し前まで必要だった上着もいらなくなり、夏の暑さがだんだんと近づいてきたように感じる日々。今日は魔法使いの仕事はお休みなので、ラフな格好で俺は『
なんでも、上着はカッコよくポケットに手を入れる仕草のために必須のアイテムで、マフラーはマントの代わりらしい。アニメや漫画で、動きや風でバサァッー! と着ている衣服がはためく姿が、ヴァーくんの心の琴線に触れたようだ。マントはさすがに戦いづらいと判断して、朱璃さんに作ってもらった長めのマフラーを首に巻いて過ごすようになった。動くたびにマフラーが揺れたり、靡いたりするのがヴァーくんなりのおすすめポイントらしい。
「奏太、『ドラグ・ソボール』のシリーズはまだあるのか?」
「あれ、無印編はもう読み終わっちゃった?」
「嘗めるな、すでに五周目だ」
「……めっちゃハマっているようで何より」
そんなヴァーくんは、俺が持ってきた『ドラグ・ソボール』の漫画と時計をちらちら見ながら、不機嫌そうに眉を顰める。さっきまで『ドラゴン破ッ!!』って叫びながら、カッコよく魔力弾を放つ特訓をしていたけど、どうやらお腹が空いてきたらしい。そんな俺の答えに唇を尖らせたヴァーくんは、テーブルの上に置いてあるお菓子が目に入ったようだけど、ブンブンと首を振って誘惑を打ち消そうとしている。
時計を見ると十二時半を過ぎた頃で、俺もちょっと小腹が空いてきたな。特にヴァーくんは、朝にバラキエルさんの訓練を受け、さっきまで元気に動き回っていたから、空腹を感じて当然だろう。俺は協会の内職をちまちま片付けていたからそこまで気にならなかったけど、「食」に貪欲なドラゴンとしては、空腹は余計に気になってしまうのかもしれない。
「お腹が空いているのなら、少しぐらい食べてもいいんじゃない?」
「……ダメだ。今日は待ちに待った『ラーメン』を食べに行く日なんだぞ。空腹であるからこそ、ラーメンのおいしさをより深く味わえるというもの。だから俺は、……菓子には負けられないんだッ!」
「そ、そっか、なんかごめん…。ヴァーくんなりにこだわりがあるんだね」
俺の甘い言葉に断腸の思いで拳を握りしめ、欲望に抗おうと声を張り上げるヴァーくんに、思わず謝ってしまった。この白龍皇様、どんだけラーメンを楽しみにしているんだ。これまで朱璃さんのご飯で和風の麺類、ラヴィニアのご飯で洋風の麺類を味わえたヴァーくんだったけど、中華風はまだだったりする。テレビや雑誌でラーメンを知ったヴァーくんは、普段の無表情が崩れるぐらいきらきらとした目で画像に釘付けになっていた。
だが、残念ながら俺はカップ麺ぐらいしか作り方を知らないし、朱璃さんとラヴィニアも本格的なラーメンは作ったことがなかった。だけど、さすがにここでカップ麺を渡すのは情緒がないし、こんなに楽しみにしている子どもがいるなら、本場のラーメンをせっかくなら食べさせてやりたいと思うのが親心ってやつだろう。そこでアザゼル先生にみんなで連絡し、ヴァーくんが外に出かけてもいいのか相談したのである。
それに最初は悩まし気な顔をしたアザゼル先生だったけど、総督である自分と俺が一緒ならいいだろうと許可を出してくれた。ヴァーくんが『
ただ、さすがに不特定多数の人間がいるラーメン屋に連れていくのは、安全やヴァーくんの心理的な配慮から難色を示した。そこで以前から考えていた俺の案を出してみると、ものすごく何か言いたげな顔で唸られたが、最終的には了承を得ることができたのだ。そうしてアザゼル先生の都合のいい日に合わせ、俺もラーメン屋を貸し切り予約して、ついに今日『ヴァーくんの初ラーメンの日』が決行されることになったのであった。
「先に店へ行っておくのはダメなのか? 注文する時間だってかかるんだ。アザゼルは後からくればいいだろ」
「それこそ、安全上ダメだよ。ヴァーくんも俺も、護衛なしで外を出歩けるほど強くないんだから」
「ちっ…。早く強くなって、一人でラーメンを食いに行けるようになってやる」
「うんうん、そうだね。その意気だよ、ヴァーくん」
《――――――》
不貞腐れたように頬杖をつき、メラメラと目標を新たに立てるヴァーくん。ラーメンのために強くなるのは果たしていいのかはわからないが、向上心に繋がるのはいいことだろう。俺は微笑まし気に頷いていると、なんだかヴァーくんの中にいるアルビオンからオーラを感じた気がする。俺の魂の感知精度が上がったおかげか、アルビオンの感情の起伏程度なら俺も何となくわかるようになった。何か言いたげな思念を感じたので、きっとドラゴンらしくヴァーくんが強くなることに意欲的だから嬉しかったのかもしれない。
「ん? どうかしたのか、アルビオン」
「ヴァーくんが強くなるのを、一緒に応援したかったんじゃない?」
「むっ、そうなのか? 何か言いたげな気はしたが、これは応援だったのか。ふっ…、任せろアルビオン。俺は最強の白龍皇になる男だ。そう遠からず、世界中のラーメンを一人で食いに行けるぐらい強くなってみせるさ!」
《――――! ――――!!》
あれ、アルビオンの魂がビッタンビッタンしているような気がするけど、俺の解釈であっていたのだろうか? もしかして、間違っていた? でも、ヴァーくんが大変ご満悦そうなので、今更違ったかもというのは気が引ける。うん、宿主がご機嫌ならたぶん大丈夫だろう。
「お前ら、相変わらずかみ合っているようでズレたやり取りをしてんな…」
「あっ、先生。お仕事お疲れさまでしたー」
「遅いぞ、アザゼル!」
「はいはい、俺が悪かったよ。ほれ、俺も腹が減ったから、さっさとそれを片付けて準備してこい」
仕事終わりの
「先生、今日はありがとうございます。わざわざ来てもらえて」
「これぐらい気にすんな。たまには、ラーメンみたいなこってりとしたものを無性に食いたくなる時があるだけだよ。それに、ヴァーリにも少しずつ他者へ慣れる段階を踏んでもらわねぇとならねぇしな」
「なんだか、すっかりお父さんですねー」
「言ってろ、アホ。……お前らや姫島一家には、本当に感謝しているんだぜ。たぶん俺だけだったら、あいつの心を開かせるのにもっと時間がかかっただろうからな」
気安い感じの会話の中にポツリと呟かれた、先生からの感謝の言葉。それと同時に、ぐしゃりと軽く髪を掻き撫でられた。先生なりの照れ隠しなのだろう。俺もちょっと照れてしまったが、ぶっちゃけ俺はヴァーくんを遊びに誘ってばっかりだからな。でも、それが少しでもヴァーくんや先生のためになっているのならよかったと思う。
「ところで、奏太。メフィストからお前の起源について聞いたが、それを自覚したことで何か変化とかはあったのか?」
「えっ? うーん、そうですね…。異能を使う時に「木」をイメージして、オーラを枝や根を伸ばすような感じで広げると前より効力や範囲が上がったように思います。あと集中する時も、俺の中にある「木」にオーラを集めるようにすると、やっぱりやりやすかったかもしれません」
「お前の中で、イメージしやすい「かたち」ができたおかげだろう。それと、お前がオーラコントロールに優れているのは神器の『概念消滅』のおかげもあるが、「木」が生命の象徴とも言えたからだろうな」
俺の本質は「神依木」で、才能のほぼ全てを『神性の降霊』に特化させた体質らしいけど、「木」そのものの本質も一応受け継いでいるらしい。思えば、戦闘センス抜群の正臣さんは何年も訓練してようやく使えるようになった仙術もどきを、俺は相棒の手伝いがあったとはいえほぼ一発で習得できていた。あの時はやったらなんかできた的なノリだったけど、意外と「起源」の恩恵を気づかない内に受けていたんだな。これが才能だって俺が全然わかっていなかったけど。
「オーラで思い出したが、確か魔王が保護した悪魔から仙術を正式に教えてもらうらしいじゃないか。あれ、去年の夏ぐらいに話があったはずだが、まだ教わってねぇのか?」
「あぁー、こっちの事情と向こうの事情によって、俺が海外留学してからになると思います。まずは黒歌さん達がグレモリー家に馴染むことが最優先でしたし、しばらくは世間の注目もありましたから。あと、俺の仙術の先生予定になるはずの黒歌さんが相当やんちゃだったらしくて…」
アザゼル先生からふと思い出したように聞かれ、俺は乾いた笑みを浮かべてしまった。個人的に朱芭さんの仏教修行の真っ最中なので、仙術の修行まで同時進行できなかったから遅いのは別にいいんだけどさ…。俺の仙術授業が多分に遅れている理由の大半は、向こう側の事情によるものだったりする。
アジュカ様と『概念』の修行をする時に、ついでにグレモリー家の近況も聞いていたのだが、まぁ賑やかなことになっていたらしい。まず猫又姉妹はグレモリー家に保護され、黒歌さんはリアス・グレモリーのレーティングゲームの家庭教師になった。白音ちゃんも住み込みで一緒に暮らし、リアスちゃんと勉強するようになったらしい。三人の最初の顔合わせは無難に終えられたらしいけど、問題は初日の授業から起こってしまった。
俺が提案した内容とはいえ、まったく性格の違う三人が最初から上手くいくわけもなく…。レーティングゲームに嫌な思い出しかなかった黒歌さんと、レーティングゲーム大好きなリアスちゃんは、お互いの価値観でまず正面衝突してしまったみたいだ。気まぐれで悪猫な黒歌さんと、真面目で負けず嫌いなリアスちゃんと、対人経験がほとんどない最年少の白音ちゃん。このメンツでまともに授業が進む方が奇跡だと思う。
年上で仕事なんだから割り切って家庭教師ができればよかったんだけど、基本自分に正直に生きる黒歌さんは言わなくてもいいことをズバズバ言っちゃって、それがレーティングゲームに夢を見ていたリアスちゃんへクリティカルヒット。そこから子どものような言い合いで喧嘩が始まり、白音ちゃんは止めることができずに半泣きでオロオロするしかなかった。結果的にグレイフィアさんからのお尻叩きを双方共に受け、その後二人揃って正座で数時間説教されたらしい。すさまじいことになってる…。
元ナベリウス眷属の悪魔たちは、主である『
しかし、世間は彼女の傷が癒えるのを待ってくれない。レーティングゲームで好成績を残していた『
そのことをグレイフィアさんは黒歌さんへ滾々と説教し、せめて白音ちゃんが自分の将来を選べる年齢になるまでは、そして自分でもネビロス家を追うと決めたから魔王家の庇護を選んだのでしょう、と正論を鈍器で叩きこむ勢いだったらしい。ナベリウス家での扱いとネビロス家が関わっていた『最悪』の中、こうして姉妹が二人揃って共に光の中を生きられる奇跡をちゃんと掴み取ったことを忘れてはいけない。厳しさの中に、彼女なりの優しさを滲ませながら、グレイフィアさんは真正面から接したのだ。
そうして時間が過ぎた頃には、黒猫がブルブルと尻尾を震わせ、平謝りするぐらいには最強の女王様の説教はヤバかったみたいだ。難しい話はわからないリアスちゃんと白音ちゃんはその勢いにガチ泣きして、二人で抱き合って震えるしかなかったって聞いた。でもそのおかげで、二人は恐怖を分かち合った仲になったらしいけど。
それから数日ほど時間をおいて、再び三人は顔を合わせた。ちらちらと視線が泳ぐ黒歌さんへ、まず謝ったのはリアスちゃんだったようだ。詳しい事情はわからなくても、白音ちゃんから黒歌さんがずっと頑張っていたことを聞いて、自分なりに気持ちを整理したみたい。それに自分にも非があることがわかっていて、しかも妹と二つしか違わない子どもに謝られ、これには黒歌さんも素直に折れた。
『ねぇ、黒歌。私はレーティングゲームが好きよ。あなたがレーティングゲームの嫌いなところばっかりを見てきたのはわかったわ。でも、それだけで終わっちゃったらもったいないと思うの。私はあなたが見てきたレーティングゲームの嫌いなところをちゃんと知るわ。だからあなたは、私が見てきたレーティングゲームの好きなところを知ってほしいの。本当に嫌いになるのは、それからでも遅くないでしょう?』
四年前のストライキによって冥界全土へ影響を与えた、皇帝ベリアルによる改革宣言。これまでは漠然とトッププレイヤーへの憧れだけだったリアスちゃんは、ディハウザーさんの語った「夢」に夢を見るようになった。自分も彼のように誰かに「夢」を与えられるようなプレイヤーになりたい。全力で楽しんで、全力で戦って、全力で観客を沸かせたい。そんな幼子の憧れは目指すべき目標へと代わり、強い決意へと変化していった。
『私の夢は、グレモリー家の次期当主として恥じないレーティングゲームのプレイヤーになって、色々な大会で優勝して、そしてみんなに『夢』を届けること。だけど、私の周りにはゲームについて詳しく聞けるヒトがいなかったわ。だから黒歌、どうか私にレーティングゲームを教えて。私の夢のためには、あなたの力がどうしても必要なのよ』
『……どうしてもって言うなら、仕方がないわね』
『えぇ、どうしてもよ!』
勝気に笑うリアスちゃんから伸ばされた、真っすぐな手。それに黒歌さんは憎まれ口を叩き、白音ちゃんに仕方がなさそうに笑われながら、それでも彼女たちの道はようやく交じり合い、同じ方向を向くようになった。ぎこちなかった三人はその日から一緒に過ごすようになり、この一年で活発に意見を言い合うぐらいにはなったらしい。先生と生徒というにはかなり変則的な関係みたいだけど、こうして猫又姉妹は腰を落ち着ける居場所をようやく得られたのだ。
なお、これらの内容は陰でこっそり涙と鼻血を出しながら撮影し続けたサーゼクス様が、『リーアたんメモリアル ~美しき姉妹愛~ (お兄ちゃんもそこに入りたかった!)』という題名の記録媒体として、他の魔王様たちにどうしても自慢したくて焼きまわしたものを見せてもらって知ったことだ。
「去年のネビロス家の騒動もこの一年間でだいぶ落ち着いたことで、お偉いさんや周囲からの目も黒歌さんたちから逸れてきているようですからね。それに俺も日本にいる間はちょっと他に頑張りたいことがあったので、仙術に関しては焦らなくていいかと思いまして」
「ふーん、なるほどね。まっ、理解したわ。仙術の知識は俺たちも専門外だから何とも言えんが、訓練する時はくれぐれも注意しろよ。お前の場合、何がどうやってやらかしに繋がるかわからんからな」
「なんでやらかすこと前提で話を進めるんですか…」
「なぁ、カナタ。お前は自分のやらかしで、俺たちが今まで飲んできた胃薬の数を覚えているのか?」
「……ごめんなさい」
目が遠いアザゼル先生へ、素直に謝るしかなかった。
「アザゼル、終わったぞ! さぁ、早くラーメン屋へ向かうぞっ!」
「はいはい、わぁーたから落ち着けヴァーリ。というか、カナタ。そのラーメン屋は、お前がスポンサーをしている組織のなんだよな。今更だが、堕天使が普通に食いに行っていいのか?」
「魔王や魔法少女や全身タイツや怪人や魚介類や獣人や妖怪や一般人や子どもや聖職者などが普通に入店するぐらいには、種族とか関係なくフリーダムですよ。今日は元『
「安心要素って何だっけな…」
アザゼル先生の入店で、三大勢力が食べたラーメン屋になるね。ちなみに駒王町にあるラーメン屋だと、白龍皇のヴァーくんと総督のアザゼル先生に赤龍帝の兵藤一誠のことがバレかねないので、今回はカイザーさんにお願いして元『渦の団』が使っていた場所を用意してもらった。
そうして、アザゼル先生と連れ立ってグリゴリに設置されている転移魔方陣へ向かい、男三人組でラーメンを食べに早足で目的地を目指したのであった。
――――――
「ここが待ち合わせの場所か?」
「うん、元『
あれから転移で辿り着いた場所からしばらく歩き、街外れの人通りのない場所で俺達は足を止めた。ヴァーくんは初めて歩く日本の街並みに興味津々なようで、きょろきょろと辺りを見回している。先生は俺の言葉に感心したように頷き、ニヤニヤと顎髭を撫でだした。
「ほぉ、送迎付きか。お前、なかなか組織のボスらしいじゃないか」
「実質組織を経営しているのはカイザーさんで、魔法少女のトップがミルたんで、後ろ盾がセラフォルー様ですよ。俺、本当に名ばかりでお金を出しているだけなんだけどなぁ…」
みんなからボス呼ばわりされているけど、幹部より下の人たちは俺のことをほとんど知らないだろう。カイザーさんやミルたんや幹部のみんなが俺のことを持ち上げている所為で、魔法少女の組織には謎のボスなる人物がいるらしいという認識が広まってしまっている。確かに俺は私用で組織にお願いをすることはあるけど、本当にそれぐらいの権限しかない。俺としては、スポンサーとしての優遇特典ぐらいの認識なのだ。
お金以外で俺がやったことって、魔王少女様を紹介したり、姫島家を襲撃した人たちを突っ込んだり、知り合いに頭を下げたりしたぐらいだ。組織経営には、全くと言っていいほど手を付けていない。というか、俺にそこまでの余裕がない。だから一番頑張っているみんなを差し置いてトップ扱いはちょっと申し訳ないというか、せめて名誉会員ぐらいの立ち位置ではダメだろうかと常々思ってしまうのだ。
「いや、言っておくけどなカナタ。普通新規組織がそこまで順調に育つことなんてありえねぇんだよ。どれだけ実力があろうと、世界の情勢ってのはそんなに甘くない。現にその『渦の団』ってのは、ずっと潜伏していつか上に立つ機会を狙っていたんだろう。あのクリーチャー組織が大々的に動きながら下手に他が手を出せないのは、安定した多額の資金提供に悪魔の後ろ盾だけじゃなく、非公式に教会も認知していて、しかもお前経由で魔法使いの協会と堕天使も許容しているからだぞ。大組織四つが黙認している組織なんか、とてもじゃないが怖すぎて手を出せるわけがない」
「えっ、そんなことになっていたんですか…」
「外から見たら、本当にわけがわからない組織だぞ、アレ。内情を調べたって、そのカイザーや魔法少女クリーチャーや幹部連中に、大組織を認めさせるような繋がりは見つからない。そうなったら、そいつら全員が認める謎のボスこそが一番ヤバいやつなんじゃないかって考えに辿り着いて当然だろ。お前という名ばかりのボスが、他の組織にとってとんでもない抑止力になっているんだよ。あながち、間違いでもないしな」
教会は成り行きだったけど、悪魔と堕天使と協会は確かに俺が「こんな組織ができましたので、よろしくお願いします!」って頼んだのが背景にある。名ばかりだと思っていたけど、意外と謎のボスって存在は必要だったのか。個人的に『魔法少女組織のボス』という名前にもやもやした部分は少しあるが、ミルたん達のためになるのなら、ここは俺が受け入れるべきだろう。どうせ本当に名ばかりなんだし。
「なぁ、さっきから聞いていたが、奏太は組織を持っているのか? お前は『
「えーと、『魔法少女ミルキー☆カタストロフィ』は、俺がお金を出して支援している個人経営の組織なんだよ。規模も五百人をいつの間にか超えちゃって、思っていた以上に大きくなっちゃったけど」
「魔法少女? つまり、ラヴィニアみたいなのが五百人もいる組織なのか」
「えっ、違うよ?」
五百人のラヴィニアに顔色を悪くしたヴァーくんだったけど、俺からの否定に困惑した顔で見てくる。そうか、ヴァーくんは『魔法少女』という存在を初めて知るのか。これは兄として、この世界の常識を教えてやらなければいけない。アザゼル先生がものすごく何か言いたげな目で見てくるけど、俺は神妙な顔でヴァーくんへ告げた。
「ヴァーくん、『魔法少女』はね…。この世界では、理不尽の代表格の一つに分類される『概念』的な超越存在なんだよ」
「なッ…、そんなものが超越の存在だとっ……!?」
「魔法少女にはね、無限の可能性が溢れているんだ。魔法少女に種族は関係ない。なりたいと思えば誰でもなれる存在。必要なのはただ一つ、奇跡を信じる心だけ。あらゆる困難をその奇跡のパワーによって捻じ伏せ、敵にはトラウマを与えるほどの精神的ダメージを与え、世界の平和と愛を守る
俺からの説明に、ヴァーくんがすごい勢いでアザゼル先生を見た。アザゼル先生にサッと目を逸らされ、ショックを受けたようにヴァーくんの身体が固まる。アルビオンの思念も固まる。知識が豊富なアザゼル先生なら否定してくれるだろうと思ったのだろうけど、無駄だよヴァーくん。このヒト、魔法少女と一緒にロボを発進させるような大人だから。
この世界で生きていくなら、しっかり知っておかなければならない。原作でも彼はその理不尽を体感し、強さとは別の次元の強さを知ったのだから。シリアス時空からギャグ時空へと『概念』をひっくり返してくる奇跡の力を…。あの時は『おっぱい』だったが、『魔法少女』も属性的には似たようなものだからね。
「……おい、カナタ。さっき迎えが来るって言っていたが、車に乗って行くって意味じゃなかったのかよ」
「えっ、違いますよ。魔法少女の姉妹ユニットの訓練を元『渦の団』の基地を利用してやっているみたいなので、ついでに迎えに来てくれるって言われましたから。魔法少女として」
アザゼル先生が上空の方へ目を向けて、俺も気配を感じて上を向き、ヴァーくんも恐る恐るそれに続いた。遥か遠くの空に見えたのは、長細い黒い巨体が猛スピードで飛んでくる姿。どうやら一般人には見えないように、ちゃんと魔法は使われているようだ。なるほど、魔女っ娘らしく箒に
そして、ついに黒い巨大な影は俺たちの目の前まで迫り、数メートル離れたところへ急行落下してきた。そのスピードに息を呑んだ瞬間、大音量と共に土煙が舞い上がり、地面に十メートルほどのクレーターが出来ていた。しかし、搭乗者は無傷で問題なかったようで、その濃い顔を嬉しそうに破顔させながら、ゆっくりと天に聳え立つような巨体をさらしている。
フリルのついたカチューシャと猫耳をつけた、黒髪のツインテールを揺らす圧倒的な存在感を放つ巨人。彼が乗ってきた巨木に負けないぐらい太い上腕と胸板の筋肉を震わせながら、割れた地面を踏みしめるように足をつける。ピチピチで張り裂けそうな純白衣装と可愛らしい黄色のフリルスカートから覗く、女性の腰回りよりも太い足が俺たちの方へ迷いなく向かってきた。背中についたオレンジ色のリボンを揺らしながら、魔法少女は燦然と俺たちの目の前に現れた。
「久しぶりだにょ、カナたん」
「久しぶり、ミルたん。元気そうでよかったよ。それが前に言っていたミルたんの
「そうだにょ。ミルたんは相棒の箒に乗って、困っている人がいるところへ超特急で空を駆け抜けるんだにょ!」
どうやらミルたんは俺に新しくできた
「か、奏太。奏太」
「どうしたの、ヴァーくん?」
「何だ、アレは? あの威圧感と存在感、それに見ているだけで信じられないほどのプレッシャーを感じる。頭部から察するに猫又の類いなのか? それに服装から考えるなら、あれは雌の分類に入るのか……? いや、だが、あんなトロルのような生き物が存在するものなのか?」
「落ち着いて、ヴァーくん。さっき話したでしょ、アレが『魔法少女』なんだよ」
「――――!?」
ヴァーくんの中にこれまであったどの常識にも当てはまらない存在。彼の中で明らかに次元がどっかズレているミルたんを理解しようにも、脳がそれを全力で拒否しているのだろう。それこそが、(常識から)超越された存在だと示している証拠だ。どれだけ否定しようにも、現実に魔法少女は存在して活動しているのだから。
なら、認めてしまえばいい。『魔法少女』という存在がこの世界にはいて、だけど深く考えてはいけないアンタッチャブル的なものなのだと。そういうものなんだって新たな括りを作ってしまえば、それについて難しく考えなくてよくなる。たとえ彼らがピラニアのように犯罪者に群がっていようとも、流星群のように空から降臨してこようとも、『魔法少女』なんだから仕方がないと思えばいい。俺はそうやって、『魔法少女』という存在に折り合いをつけて、これまで生きてきたんだから。
「……奏太の言っていた組織には、『魔法少女』が五百人はいるんだよな」
「うん」
「アレが五百人もいるのか?」
「そうだね」
「……そうか。アレが五百人もいて、さらに勢力が拡大していっているのか…」
一応、女性も何人かいるし、種族も年齢もバラバラだし、ミルたんレベルはそこまで数はいないけど、ミルたんが『魔法少女』の代表だと覚えておいて問題はないだろう。そんな俺からの肯定に、ヴァーくんはごくりと唾を飲み込む。そして先ほどまでの混乱していた精神を律し、ミルたんを見極めるようにジッと見据えだした。
ミルたんの持つあり得ない質量の筋肉から発せられる威圧と、猫耳ゴスロリ漢の娘衣装の破壊力に、思わず目を逸らしてしまいたくなる自分を必死に抑えているようだ。すごい、初対面で真正面からミルたんをガン見するなんて…。さすがは将来、最強の白龍皇になる男である。
「……アザゼル。俺はまだまだ世界を知らなかったようだ」
「おう、この混沌な状況の中、ここで俺に話を振るのか」
「俺は強くなると決めた。誰よりも高みへ登り、何者にも負けない強さを手に入れると決めたんだ。だが、どうやら俺が超えなければならない標的は、この世界には思っていた以上にいたらしい」
「アレは超えちゃいけない一線だと俺は心から思うぞ。アレは勝てなくていいんだ、むしろ勝っちゃいけないんだ。今すぐに目を覚まそうなっ、ヴァーリ!」
お目目がぐるぐるになっているヴァーくんの肩に手を置き、わりと真剣に説得しようとするアザゼル先生。ミルたんに勝てると断言できるような存在を想像しようにも、どう考えても恐ろしいことになる未来しか見えない件。銀髪で巨躯の筋肉マッチョに、厨二病や尻や魔法少女やアルビオンを組み合わせたら、もしかして勝てるだろうか? そこまでして勝たないといけないほど、高みとは難しいものなのだろうか…。
《――――!! ――――――!!》
そして、もう暴れまわっているぐらいジッタンバッタンしているような気がするアルビオンの魂。なんだか声まで聞こえてきそうである。
「……あれ?」
ふと、俺の持つ感覚に違和感を持った。ヴァーくんの中で、神器に宿る魂が天龍とかプライドをかなぐり捨てるような勢いで荒れ狂っていたからか、ピシリと音が響いたような気がする。それは現実には響かない魂の震えが起こした現象。相手に流れるオーラや魂の波動を感じ取れる俺だったから気づいた、ヴァーリ・ルシファーとアルビオンが一つの大きな壁を超える瞬間。
ヴァーくんの強くなりたいという思いの力と、アルビオンの「届け、俺の気持ちよッ!」と叫び続ける思いの力が合わさり、ついに一つの奇跡がこの世に生まれた。
《――うおぉぉぉぉぉんっ! うわぁぁぁぁぁああんっ!! 頼む、ヴァーリィィッ! お前はそっち側の世界に行かないでくれぇェェェッーー!!》
ヴァーくんの背中から突如真っ白な翼が展開され、二天龍の一角にして、最強のドラゴンとして伝説を残す白龍皇アルビオンの第一声(大号泣)が、周囲に大音量で響き渡ったのであった。
「……やったぞ、アザゼルっ! アルビオンが、アルビオンがついにしゃべった!」
「お、おう。伝説のドラゴンの目覚めが本当にこれでよかったのか疑問しかないが、もうなんかいいわ」
「これが、魔法少女の奇跡だにょ」
「奇跡(インパクト)なあたりは、あながち間違いじゃないのがすごいですね…」
えぐえぐ嗚咽を漏らすアルビオンに、ヴァーくんが後ろ手に手を回して、よしよしと慰めている。どうやら泣き叫ぶのに必死過ぎて、自分の声が外に出ていることをまだ認識できていないらしい。アザゼル先生がものすごく可哀想な目でアルビオンを見ながら、今はそっとしておくことを選んだみたいだ。下手にさっきの空気に戻ってほしくなかったのだろう。俺もヴァーくんの成長記録用に動画を撮りながら、アルビオンが落ち着くのを待つことにした。
それから数分後。俺たちはミルたんが乗ってきた
そうして無事にお店についた俺たちは、お腹が空いて低下した思考能力を捨て、大将の作るラーメンに夢中になった。どのラーメンを食べるべきかで真剣に悩みながら、ここは大将お勧めのとんこつラーメンをみんなでいただくことにした。長時間丁寧に煮込まれた脂ののった白濁としたスープと程よい硬さと太さの麺。厚く切られたチャーシューはプルプルで、全員がしゃべる暇すらなく完食してしまっていた。さすがは、大将…。また腕をあげている。
ヴァーくんはアルビオンと話ができるようになった嬉しさと、初めて食べたラーメンのおいしさに感動して、どうやらさっきまでの混乱は程よく抜けていったらしい。ようやく落ち着いたアルビオンは、アザゼル先生に「神器に効く薬はないのか?」と困惑させながら、思い思いにもう一品ラーメンを注文して幸せな時間を過ごした。
こうして、『ヴァーくんの初ラーメンの日』は、魔法少女の奇跡によってアルビオンとの会話を成功させ、笑顔のヴァーくんで幕を閉じたのであった。