えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 6月から仕事が再開するので、更新がまた不定期に戻ると思います。時間を見つけてはコツコツ書き溜めをしていきますが、今後もよろしくお願いします。
 さて、第6章前半の山場の一つについに入ります。朱芭編はこれからの事や、主人公のもう一つの起源について触れていくことになるので、内容は結構真面目な感じになると思います。


第百五十一話 分岐

 

 

 

「ほれ、これが白龍皇用に作った通信デバイスだ」

「うわっ、可愛い」

「小っちゃな白いドラゴンさんなのです」

「ぬいぐるみだ!」

「…………」

 

 男三人でラーメンを食べに行き、魔法少女の奇跡によって二天龍の一角、「白い龍(バニシング・ドラゴン)」である白龍皇アルビオンの覚醒を目のあたりにしてから数日が過ぎた。ヴァーくんはアルビオンと話せるようになったのがよっぽど嬉しかったのか、「このポーズやセリフはどうだ、アルビオン!」とよく宙に向かって話しかけている姿を見せている。傍から見たら独り言をブツブツ言いながらポーズを取っているように見えるので、俺も相棒に語り掛けている時はあんな感じなのかとしみじみした。ちょっと気を付けよう…。

 

 思念のみの相棒とは違って、明確に話ができるアルビオンは独立した意思をしっかり持っている。となれば、宿主のみでなく、周囲との会話をアルビオンが望むのは当然でもあるだろう。そういえば、俺は相棒が言いたいことが何となく伝わるから気にしていなかったけど、外に向かって相棒が発信したがったことはなかったなと思い出した。相棒は俺とだけ話せればいい、みたいな人見知りスタンスなのか、先生からのアプローチとかもだいたい知らんぷりしているらしい。それはそれでどうかと思うけど、無理強いはしたくない。相棒の性格? もあるだろうしね。

 

 ちょっと論点がズレたが、要はアルビオンが今後のことも考えて外とのやり取りを望んだわけだ。しかし、俺達と会話をするには少々難しいところがあった。宿主であるヴァーくんとは淀みなく会話ができても、外に声を発するのはノイズが混じったり、途中で途切れてしまったりでまだまだ安定して声を届けられなかったのだ。前回は『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』をヴァーくんが顕現(けんげん)させたから声を届かせられたけど、毎回会話をする度に神器を発動させるのは大変すぎる。

 

 そこでアザゼル先生はヴァーくんとアルビオンの波長を研究し、その念波を外部に発信する装置を開発してくれることになったのだ。先生も二天龍であり、神器でもあり、ヴァーくんの保護者でもあるアルビオンから色々話を聞きたいこともあったため、結構前から開発を進めてくれていたらしい。そうしてアルビオンの協力もあり、無事にデバイスは完成した。そのデバイスこそが、目の前にある白いドラゴンのぬいぐるみだったわけだ。

 

 某ペタンとしたパンダのように身体を伸ばし、可愛い白い翼を広げているスタイル。手に持ってみると、柔らかくて柔軟性もあって触り心地もいい。特に愛嬌のある目が、ゆるキャラっぽさをより際立たせていて、普通にお店に売っていたら欲しがる女性客も多そうだ。現に朱乃ちゃんは目をキラキラさせて、ぬいぐるみを手で触っている。ラヴィニアは人形が苦手だから触るのは遠慮していたけど、白いドラゴンの姿は気に入ったようだ。

 

「……おい、アザゼル。なんでぬいぐるみなんだ」

「こいつには俺との緊急連絡用の役割も持たせている。その形なら、子どもが持っていても別に不審に思われないだろ。白龍皇用のデバイスなんだ、かたちもそれに合わせてみたのさ」

「だからって、何でぬいぐるみ…」

「お前、余計なものはあんまり持ちたくないタイプだろ。だから、一々取り出すタイプだと出し入れさえめんどくさがりそうだったからな。それなら、外付けでいつでも持ち運べる物の方がいいと思ったんだよ」

 

 さすがはアザゼル先生、ヴァーくんのことをよくわかっている。朱乃ちゃんからもらった白いドラゴンのぬいぐるみを手の中で弄りながら、不貞腐れたような口調で呟くヴァーくん。でも、興味深そうに白い羽や尻尾を触っているので、意外と気に入ったのかもしれない。

 

 先生の言うとおり、ヴァーくんはあまり物を持つタイプじゃない。余計な武器や道具はいらないと持ちたがらないし、活発に動き回るヴァーくんのことを考えたら、普通の通信機だと落としたり、壊したりしそうだ。それなら、白いドラゴンのかたちにして、愛着を多少は持たせるように仕向けたのだろう。

 

 それからアザゼル先生がデバイスの機能説明をし、ヴァーくんの右肩にセットされると、銀色の髪と白いドラゴンがよく映えていた。案外まんざらでもなさそうなヴァーくんに、女性陣は楽しそうに感想を言い合っている。ちやほやされて、ラヴィニアに抱き着かれて顔を真っ赤にしたヴァーくんが怒るのは、すでにいつものやり取りになっていた。

 

「むぅ、アザゼル。こいつらに俺の貴重性や凄さを、もっと強く言い聞かせないとダメじゃないだろうか」

「お前含めて言い聞かせて聞くような奴らなら、俺はこんなにも苦労してねぇよ」

 

 ラヴィニアにいい子いい子されるヴァーくんは口をへの字にしながら訴えると、先生は溜息を吐いて肩を落とした。えぇー、俺はわりと素直に先生の言うことを聞いているつもりなんだけどな。そう言うと、全員のなんとも言えない目線をもらった。解せぬ。

 

 

「さて、白龍皇アルビオン殿。前回はまともに話ができるような状態じゃなかったが、今なら落ち着いて話ができると思う。デバイスはどんな具合だろうか?」

《……前回のことは、記憶から消してくれると助かるなアザゼル総督。かなり切実に》

『おおぉっ……!』

 

 アザゼル先生が起動のスイッチを入れると、まるで生きているかのように白いドラゴンの口が流暢に動き出した。若干エコーがかかったように聞こえるけど、淀みなく聞こえてくる。アルビオンの感情に合わせてぬいぐるみの動きも表現しているのか、翼と尻尾が力なく項垂れているような気がした。アザゼル先生が起動の確認にいくつか質問をし、特に問題なく声を発することができているため、実験は無事に成功したようだ。

 

《さて、ヴァーリと総督以外で皆とこうして話すのは初めてか》

「あれ、俺は前回ラーメンを食べる前に声は聞いて…」

《そんな記憶は私にはない。これが私の初登場だ》

 

 厳かな声で全否定された。白いドラゴンの尻尾が、ビタンビタンしている。アルビオンの言葉に首を傾げた俺は、確認も兼ねてポケットに入れていた携帯端末の動画ボタンを押した。

 

『――うおぉぉぉぉぉんっ! うわぁぁぁぁぁああんっ!! 頼む、ヴァーリィィッ! お前はそっち側の世界に行かないでくれぇェェェッーー!!』

 

「ほら」

《ほらではないわぁぁぁぁあああッ!! なんで撮っているのだァァッーー!?》

「俺が『ヴァーくんの初ラーメンの日、ついでに白龍皇の目覚めで喜ぶヴァーくん』を録画しないわけがない」

《私はついでなのかァッ!?》

 

 兄として、子どもの成長記録は大事なものだからね。小さい頃ってすぐに大きくなっちゃうから、こういうのは大切に保管している。特に俺はオーラや魂の変化を感じ取れるから、成長の兆しを感じたら常にシャッターチャンスは見逃さないように気を付けていた。携帯だけじゃなくちゃんとパソコンにも保存して、パスワード付きでファイリングもしているし、いつデータが消えても問題ないようにバックアップも完璧だ。アジュカ様からデータ保存術はしっかり教わっている。

 

 そう胸を張って告げると、《ア゛ァ゛ァ゛ァァァァァ……》と何だか魂が抜けていくような呻き声が、可愛いぬいぐるみの口から発せられた。普通に怪奇現象というかホラーである。最初は二天龍と呼ばれる伝説のドラゴンとの会話に緊張していたラヴィニアと朱乃ちゃんだったけど、今は優しい目で白いドラゴンを見ている。うん、肩の力を抜くことができてよかったよね。

 

「えっと、ごめんね。奏太兄さまは昔からあんな感じなので」

《姫島朱乃か…。ヴァーリの中から見ていたが、そなたもよく動画や画像を撮られていただろう。アレはいいのか?》

「もう四年も前からだから。それで兄さまや姉さまや父さまが喜んでくれるなら、私はいいかなって…」

《健気すぎるというか、目が遠いぞ…》

 

 だって妹と弟の成長記録を撮るのは、俺の日課になっているし。朱乃ちゃんの記録に関しては、定期的に朱雀へ送ってやらないと禁断症状を発症させて大変なことになるから不可抗力だよ。朱雀の暴走癖は姫島一家全員が把握しているから、ちゃんと親御さん含めて許可はもらっています。サーゼクス様みたいに許可なく撮ったりせず、ちゃんと堂々と撮っているから大丈夫だよね。

 

「えっと、伝説のドラゴンさんなんですよね」

《うむ、改めて仕切り直させてもらおう。私は「白い龍(バニシング・ドラゴン)」こと白龍皇アルビオンという。挨拶が遅れてしまったことに関して詫びよう。それと、そなたたちにはヴァーリが世話になっている。口調も名も呼びやすいもので構わんよ》

「では、アルくんですね。よろしくお願いします、アルくんっ!」

「よろしくー、アルビオン。ねぇねぇ、翼とか尻尾とかも動いているけど、これってやっぱり感情とリンクしているの? もう一回触ってみてもいい?」

 

 俺の中で白龍皇アルビオンは、アルビオン呼びだったので気安い感じでも大丈夫でよかった。タンニーンさんは王様だからか、自然と身構えちゃって敬語になっちゃうんだけど。原作のドライグもそうだったけど、意外と二天龍は寛大なのかもしれない。さすがである。

 

《うおぉぉぉぉん…》

「アルビオンがまた泣いている…」

「兄さまと姉さまがごめんね。悪気は一切ないの」

「そこの天然コンビ。ナチュラルに天龍を泣かすなよ」

 

 ぬいぐるみの頭をよしよしするヴァーくんと朱乃ちゃんに、俺とラヴィニアは首を傾げ合った。それから忙しい合間を縫って来てくれたアザゼル先生は仕事に戻り、子ども組四人でヴァーくんの部屋でゲームをすることになった。アルビオンはこれまで話はできなくても、ずっと俺達の様子を見ていたからか特に紹介も必要ないようで、こっちのことはだいたい把握済みらしい。多少なら宿主と離れても声が届けられるそうなので、今はヴァーくんの隣でちょこんと座っていた。

 

 アルビオン自身はあまり会話が多い方ではなかったけど、子どもらしく遊ぶヴァーくんのことをそっと見守っているような気はした。謎解きやクイズなら彼も参加できるからか、ラヴィニアと対決した時はなかなか白熱した戦いが見られただろう。朱乃ちゃんには優しくヒントを言ってあげたりとフェミニストな面が見え、俺との対戦では全く容赦されなかった。くっ、やはりドラゴンの雄は男には手厳しいのか…。そんな風に新しい仲間を迎え入れながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

「……なぁ、アルビオン。今度、神器について詳しく聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

《神器についてか? それなら、私よりアザゼル総督の方が適任だろう》

「えーと、俺が知りたいのは『神器側の視点』なんだ。神器が魂と繋がっている様子について知りたい」

《……厄介事か》

 

 ゲームに夢中になっている子どもたちの様子を確認して、俺はヴァーくんの傍に置かれていたアルビオンをジッと見据える。ラヴィニアからちらりと視線を向けられたが、彼女は小さく頷くとヴァーくんと朱乃ちゃんの相手をしてくれた。何も言わなくても察してくれる彼女の存在に感謝しながら、俺はアルビオンの返答にあいまいな笑みを浮かべた。

 

 彼は聖書の神によって、その魂と神器を同化させられた存在だ。つまり、神器としての視点での話を聞ける貴重な相手なのである。相棒の思念は感じられるけど話をすることはできないから、神器と魂の構造について詳しく知ることは難しかった。アザゼル先生に聞くにも、下手に踏み込んだ話をすれば神器症のことを悟られる可能性がある。そんな中、アルビオンが覚醒したのは俺にとっても朗報だったのだ。

 

「ヴァーくんは巻き込ませないよ。俺がどうしてもやりたいことのために聞いているだけだから」

《そうか。……倉本奏太》

「ん?」

《お前には色々言いたいことは山ほどあるが、それでもヴァーリを救ってくれたことに心から感謝している。だからこそ、あまり危険な真似はするなよ。ヴァーリにこれ以上、失うことを慣れさせないでくれ》

「……うん、気を付ける」

 

 すごいな、こんな短い会話で俺がやろうとしていることを何となくでも察せられるなんて。アルビオンの忠告は、確かに俺の中へすんなり入った。ヴァーリ・ルシファーは半年前に、自分が持っていた全てを失った。居場所も大切な人もその思い出さえも…。彼に残ったのは、ルシファーの血による膨大な魔力と神滅具のみ。だからこそ、彼はその残された力を高める道を選んだ。それさえ失ってしまったら、本当に何も残らなくなってしまうかもしれなかったから。

 

 でも『神の子を見張る者(グリゴリ)』に保護されたヴァーくんの周りには、たくさんの繋がりがまたできた。彼がこの繋がりをどう思っているかはわからないけど、それでも大切にしてくれていると感じる。一度全てを失ってしまった彼にとって、二度目の居場所。アルビオンの心配は、わかるような気がする。それが再び失われたら、失う損失にヴァーくんが耐えられなくなったら、彼はきっと……。

 

《孤独は何も生まなかった。だからこそ私は、あいつと共に――》

「アルビオン?」

《……何でもない。少し、懐かしい記憶を思い出しただけだ》

 

 おそらく無意識に呟いてしまったのだろう囁き。少し気になったが、アルビオンの声音的に深く聞かないでほしいと感じたため、俺は無言で頷いておく。朱芭さんとの修行はあと数ヶ月で終わりを迎える。これまで俺が磨いてきた技術がどこまで通用するのか、アルビオンなら教えてくれるかもしれない。神器として長い時を生き、宿主の魂をいくつも移り変わり、その終わりをずっと見届けてきた彼ならば…。ヴァーくんにはできれば内緒にしたいので、うまくタイミングを計って話をしてみよう。俺は再び、テレビ画面へと視線を戻した。

 

 こうして、『神の子を見張る者(グリゴリ)』に白龍皇アルビオンを加えた、賑やかな日々がまた始まっていったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「それじゃあ、行ってきますけど…。本当にいいんですか?」

「大丈夫だって言ってるだろ。明日は朱璃さんだって来るし、俺もいるんだ。中学最後の修学旅行だろ、しっかり楽しんで来いよ」

「ほら、鳶雄。倉本先輩だってこう言ってくれているし、こういう時は甘えちゃいなさい」

「あ、あぁ。ありがとうございます、奏太先輩」

 

 昨日も散々頭を下げてくれたのに、本当に律儀な後輩である。六月のとある週末、中学三年生の後輩たちにとっては、大イベントの日になる。今日から二泊三日間、陵空(りょうくう)中学校では修学旅行が行われるのだ。関東地方にある中学校は、だいたい関西の奈良や京都に行くことが多いけど、鳶雄達も例にもれず定番の旅行先になった。俺も去年はお寺巡りや食べ歩きをして楽しんだから、後輩たちもぜひ良い思い出を作ってきてほしい。

 

 このイベントが終わると、ぽつぽつと受験勉強にシフトチェンジしていくことになるため、中学三年生にとって大はしゃぎできる大切な日である。こっちのことは心配せず、仲の良い友人同士で楽しんで来てほしい、と思うのは朱芭さんも願うことだ。幾瀬家まで迎えに来てくれた東城の言葉に頬を搔き、鳶雄は大きめの旅行鞄を肩にかけた。

 

「いってらっしゃいね、鳶雄。アレはちゃんと付けた?」

「祖母ちゃん、いってきます。お守りだろ、もちろんちゃんとつけているよ」

「あっ、それいつも遠出する時に鳶雄がつけているものだよね」

 

 玄関まで見送りに来た朱芭さんに鳶雄は笑みを浮かべ、左手首につけた数珠を見せる。乳白色で真珠のような上品な輝きを放つ数珠は、おしゃれなアクセサリーのようにも映る。俺の目からは、強力な呪がきめ細やかに施されているのが見え、ちょっと頬が引きつった。しかもこれ、ちょっと見ただけではわからないように細工もされていて、俺も今マジマジと見てようやく違和感に気づいたぐらいだ。朱芭さん、どんだけ孫のために技術を奮発したのか…。

 

「その、祖母ちゃんも…。何ていうかさ、俺が留守の間は気を付けてくれよ」

「あらあら、これから遠くへ出かける鳶雄じゃなくて、ずっと家にいる私の心配?」

「気ぃ付けるのは、お前らだよ。特に鳶雄。佐々木はあいつ、絶対に羽目を外すから一緒になって羽目を外し過ぎるなよ」

「ぐっ…」

 

 前日までの佐々木のテンションを思い出したのか、苦い顔で呻く鳶雄にみんなで笑ってしまった。どうせ友達思いの鳶雄は佐々木の宥め役として付き合うだろうから、今からそのことに思い至ったのだろう。それから集合時間も迫ってきたため、鳶雄と東城はもう一度こちらへ頭を下げると、玄関の扉を二人で一緒にくぐっていった。肩を並べて笑顔を浮かべ合う二人に手を振り、俺は玄関の扉をそっと閉めた。

 

 

「それじゃあ、朱芭さん。今日から三日間、よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそよろしくね。奏太さん」

 

 幾瀬鳶雄が修学旅行で三日間、この家を空ける。一般人として暮らす鳶雄に配慮して、俺と朱芭さんの修行は平日の朝から夕方までが期限となっていた。鳶雄には悪いけど、だからこそこの三日間は大事に使っていきたい。朱芭さんからも、この三日間は必ず予定をあけていてほしいと頼まれていたので、メフィスト様にお願いして協会の仕事なども融通してもらっている。

 

 倉本家にも鳶雄達が修学旅行に行っている間、朱芭さんの傍にいることを了承してもらい、二泊三日分のお泊りセットを用意していた。明日の昼頃に朱璃さんが様子を見に来る以外は、朱芭さんとずっと二人きりになるだろう。ここまで整えた場を用意して思うが、どんなスパルタ修行が開始されるのか、ちょっと想像すると身体が震えてくる。一日中、お経を唱えるとかないよね?

 

「それで、朱芭さん。いったいこれからどんな修行をするんですか? 三日も使うなんて、そんな大掛かりなことをするんですか?」

「そんなに震えなくても、大丈夫よ。奏太さんとは、時間を気にせずにじっくり話したいことと聞きたいことがあったから」

「話したいことと、聞きたいことですか?」

 

 意味深な朱芭さんの言葉に首を傾げると、彼女はいつもの和室へと足を進めていた。朱芭さんから話したいことがあると言われたのはわかるが、俺に聞きたいこととは何だろう。俺の背後関係やこれからのことも含めて、朱芭さんには一切の隠し事なく教えている。それなのに、こんな風にわざわざ話をする時間を作ってまで、俺と朱芭さん二人だけの閉ざされた空間を作った。それに、ごくりとつばを飲み込んだ。

 

 俺も続いて和室に入ると、朱芭さんが座布団を引いてくれて、綺麗な所作でお茶を入れてくれていた。ちゃぶ台の上に和菓子も置いてあって、本当に話をするだけみたいで困惑する。個人的に、ものすごい大変な修行が始まると思っていたから、肩透かしを食らった気分だ。いそいそと俺も対面にある座布団に腰を下ろし、朱芭さんの入れてくれたお茶を嗜む。相変わらずの腕前で、ホッと息を吐いた。

 

「さて、奏太さん。こうして時間をとってくれたこと、まずは感謝します。そして、まずは謝罪をさせてもらうわ。これから私は、あなたにとっては聞きたくないことと、触れられたくないことに土足で踏み込みます」

「朱芭さん……?」

「あなたは私のたった一人の弟子。私のもつ技術の全てを受け継ぐ子。あなたから私は、たくさんの希望をもらったわ。だからこそ師として、あなたが抱えているものをちゃんと背負わせてほしいの。こんなおばあちゃんで申し訳ないけどね」

 

 その口調は陽だまりのように暖かく、同時に強い決意が含まれているのも感じた。お茶の入った湯飲みを持つ指に、知らずに力が入ってしまう。これは、直感だろう。嫌な感じはしない。だけど、朱芭さんの言うとおり、これから話し合われる内容は、本当に俺にとっては重要な分岐点な気がする。この三日間が、俺のこれまでとこれからを左右するほどの大きな分かれ道になる。そう漠然と感じてしまった。

 

 

「まずは話しておきます。といっても、薄々あなたなら気づいていたことでしょう。……私は、もう長くありません」

「……っ」

「今年中、長くもってもおそらく来年の春を越えることはできないと思います。あの子が高校生に上がる姿を見られないのは、とても残念なことだけどね」

 

 淡々とだけど優しい口調で己の死期を口にする朱芭さんに、思考が停止しそうになる。どうしてそんなに冷静なんだ、と口から出そうになって、だけど俺だって口に出さないだけでずっとわかっていたことだった。それでも、逃れようのない現実がはっきりと目に見えてしまったことが辛くて、俺は自分でも震えた声で尋ねてしまった。

 

「え、延命はできないんですか。朱芭さんぐらいの腕なら、もうちょっとぐらい長生きできるでしょう? それに俺の神器だって使えば、悪いところとかを全部消して…」

「私の死は寿命――天命よ。人として最後まで精いっぱいに生きた証。それを覆してしまったら、私は人ではなくなるわ」

「だけどっ! それならせめて、鳶雄が高校生になった後でもッ……!」

「そうやって我が儘を言えば、きっと同じことを繰り返してしまうわ。あの子が高校生になるまで、あの子が成人するまで、あの子に家族が出来るまで……。きっとそうやって、私の中に何度も何度も我が儘と欲が生まれてしまう。私は強くないから、一度でも理を外れてしまったら、死を受け入れられなくなる」

 

 朱芭さんの言葉は、彼女の中で何回も考え続けて選んだ答えなのだろう。それほどまでに、彼女の言葉には迷いがない。頭ではわかっていても、それでもどうしても納得したくない思いがぐるぐるとかき乱してくる。彼女の弟子として、師の決定と思いを受け入れるべきなのに、言葉にすることがどうしてもできなかった。

 

「人間はね、一度でも道を誤ると際限がなくなってしまうものよ。姫島を追放されて自暴自棄になりかけた私を支えてくれたあの人がいたから、私は今もこうやって真っすぐに歩くことができたわ。私は姫島朱芭(ひめじまあげは)として、そしてあの人が愛してくれた幾瀬朱芭(いくせあげは)として、この生を終わらせるつもりよ」

「鳶雄のことが、心配じゃないんですか…」

「心配に決まっているわ。でも、いつか別れの時が来ることは、あの子が生まれた時から覚悟していたこと。だからこそ、私はあの子に……私があの人からもらったように愛を注いだわ。誰よりも思いやりを持った優しい子となるように育てました。鳶雄は私の自慢の孫よ、きっと強く生きてくれるわ」

「でも……」

「それに、私がこうやって自分の死期を真っすぐに受け入れられたのは、奏太さん。あなたがいてくれたおかげよ」

 

 朱芭さんの言葉に、バッと思わず視線が上がる。一瞬俺の所為なのかという考えが過ったけど、朱芭さんの笑顔がそれを打ち消してくる。彼女は穏やかな笑みを浮かべながら、聞き分けのない弟子を諭すように優しく語り掛けてきた。

 

「二年半前、あなたと出会うまでは鳶雄を一人残すしかないことをずっと悔やんでいたわ。姫島を追放されて裏との関わりを絶ったことで、鳶雄の神滅具について相談できる相手もいなくて、誰もあの子のことを託せる存在がいなかった。紗枝ちゃんがあの子の傍にいてくれることが救いだったけど、あの子は表で幸せになるべき子。いつか鳶雄に運命の日が訪れた時、別れが来ないとは言い切れなかったわ。それでも、何も知らないあの子に託すしかないと思っていた」

「東城が鳶雄の『枷』になるから?」

「あら、枷なんて言っちゃだめ。『愛』の力よ」

 

 ふふっ、と楽し気に微笑む朱芭さんに、俺は乾いた笑みを浮かべながら、修学旅行へ出かけて行った鳶雄と東城の後ろ姿を思い浮かべる。なんというか、幼馴染同士でまだそういった感情はお互いに芽生えていないようだけど、朱芭さんには全部お見通しらしい。そういえばアザゼル先生からも、神器の暴走を止める手立てに恋人の存在があった事象があるって授業で聞いたことがあったな。愛は偉大ってやつか。

 

「でもね、そんな私の前にあなたが現れてくれた」

「それは、でも…。俺が図々しく弟子にして欲しい、ってお願いしたことで」

「ただ私の技術が欲しいだけだったら、こんなにも鳶雄のために動かなくてよかったでしょう。姫島朱璃さんや朱乃ちゃん、そして姫島朱雀ちゃんとの繋がり。そして、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督にも、鳶雄のことをお願いしてくれたわ。あなたがどれだけ鳶雄のことを考えてくれていたか、それぐらい見ていればわかるもの」

 

 姫島一家との親戚付き合い、そして姫島朱雀との話し合い。それらは確かに幾瀬家のことを知った俺が、何とかできないかと考えて実現させた会合だ。たぶんもし『ハイスクールD×D』の原作通りに進んでいたら、この出会いは決して起こらなかっただろう。たまたま俺という双方と関われる立場の人間がいて、それを偶然にも結び付けられるだけの伝手を持っていたからこそ、つくることができた縁なのだ。

 

「あなたがいてくれるなら、鳶雄が一人になることはない。私との契約なんて関係なく、そう確信できるだけのものを奏太さんは私に見せてくれた。だから、私は安心して私がやるべきことに目を向けられたわ」

「朱芭さん…」

「私の死に、どうか悲しみで目を曇らせないで。あなたを信じて託せる喜びを、こうして笑って鳶雄と過ごせる幸せに悔いなんてないわ。師である私が幸せだって言っているのよ、弟子として誇りに思ってほしいぐらいよ」

 

 相変わらず、手厳しくてスパルタな師匠である。目尻にたまった涙が頬に流れてしまったけど、俺は小さく噴き出してしまった。今すぐに受け止めることは難しいかもしれないけど、それでも彼女の言霊は真っすぐに俺の心に届いた。

 

「それに、あの人はきっと向こうで私を待ってくれているわ。何年も待たせているもの、これ以上待たせたら他の女に目を向けかねないじゃない」

「えーと、鳶雄のじいちゃんって、モテたんですか?」

「えぇ、本当に大変だったのよ、あの人を射止めるのは。無自覚でどんどん女を落としていくから、見ていて何度ハラハラさせられたことか…。タイミングがいいのか悪いのか、女難の相でもあったのか、不可抗力だとわかっていても何度も女性とのハプニングを起こしてね」

 

 困ったように頬に手を当て、亡き夫の所業に溜め息を吐くおばあちゃん。話を聞くだけでも、それどこのラッキースケベ持ちの主人公だという気持ちが湧いてくる。そしてそれ、確実に鳶雄に遺伝してますよね。そうか、あいつの女難は幾瀬家の業だったのか…。俺は心の中で鳶雄の今後に関して、ご冥福をお祈りしておいた。

 

 俺の気持ちが落ち着いたことを察したのか、朱芭さんはそっと立ち上がり、和室のふすまを開けると小さな木箱のようなものを持ってきた。正方形の桐箱には呪術めいた文字の札が張られていて、見ているだけでざわりと背筋に冷たいものが走ったように思う。相棒の思念からもざわざわしたものを感じ、これがただの箱ではないことは明らかだ。朱芭さんは真言を唱えて箱の封印を解くと、そっと中身を見せてくれた。

 

 

「……水晶玉?」

「えぇ、十五年前。生まれながらにして禁じられた手段を有してしまった鳶雄の力を、封じるために用いた水晶よ。ここにあの子の『神殺しの刃』を封じたわ」

「つまり、ここに鳶雄の禁手(バランス・ブレイカー)を…」

「私が鳶雄に施した封印は二つ。一つは鳶雄自身に施した狗を封じる呪い、そしてこれがあの子の『禁じられた刃狗()の歌声』を封じた呪いよ。この二つが揃うことで、あの子はヒトを終え、一本の『神殺しの刃』へと至ることになるわ」

 

 引っ込んだ涙の代わりに、冷や汗が流れてくるのを感じる。ここまで幾瀬鳶雄のルーツに関わる深い内容を、教わることになるとは思っていなかった。きっと朱芭さんは、俺にこの真実を告げる日をずっと考えていたのだろう。本来これは、朱芭さん自身の手で鳶雄に渡したかったはずだ。でも、彼女にはその時間がない。

 

 なら、彼女がこのことを俺に話す理由は何か。それに思い当たると同時に、身体が無意識に震えてしまった。

 

「これを、あなたに託します」

「そんなのっ――!?」

「あの子の成人まで裏のことを教えたくないというのは、私の我が儘よ。あの子がヒトを終える未来は、きっと避けられない。だからこそ、これをあなたに託したいの。あなたの手で、鳶雄に相応しいと思った時に渡してあげて」

「俺に、……俺に鳶雄がヒトじゃなくなる手段を、あいつに渡せって言うんですかッ!?」

「酷なことをお願いしているのはわかっているわ。でも、あなたしかいないと確信できる。朱璃さんや朱雀ちゃんじゃなくて、あなたに託すと選んだのは私の意志よ。あなたなら鳶雄に必要だと思った時、決断してくれるはずだから」

 

 言葉が出なかった。反論も言い訳も思い浮かばない。何か言おうと口は動こうとするのに、声が掠れたように出てこない。表で平穏に暮らす鳶雄へ、血塗られた裏への道を歩ませる選択を俺に託される。それがどれだけ重大な内容なのか、俺が一番わかっていた。あいつがヒトを終える分岐点を、俺が決めるのだと。

 

「俺じゃ、渡せ…ないかもしれない……」

「渡せるわ、あなたなら。鳶雄のことを思ってくれるあなたなら、あの子に必要だと判断した時に」

「必要だって、思わなかったら…」

「その時は、そのまま奏太さんが預かっていて構わないわ。必要な時が訪れないのなら、その方がいいもの。でもね、きっとその時は来る。そしてその時、あの子は間違いなくあなたの前に立つわ。運命から逃げることなくね」

 

 まるで未来を見通すような、揺れることのない強い意思。朱芭さんの目はどこまでも澄んでいて、真っすぐで、何度も悩んで考えた末に覚悟を決めた人の目だった。世界と敵対することになっても、愛する人のために戦うことを決めた八重垣正臣さん。姫島の宿命に身を焦がしながら、それでも愛する人のために業火を背負うことを決めた姫島朱雀。彼らの不屈の精神を、逃げることなく立ち向かう姿を、俺はずっと傍で見てきた。

 

 正直に言えば、受け取りたくない。あいつがヒトのままでいられるなら、それが一番いいじゃないかって思ってしまう。俺がそんな重要な選択を握ってしまっていいのかって、不安がぐるぐると渦巻く。はっきり言えば、怖いのだ。誰かの一生を左右する役割を受ける入れることに。俺じゃなくてもいいじゃないかって、そんな思いがないわけじゃなかった。朱芭さんとの契約だって、ここまでのことは含まれていないはず。断ったって、いいはずなんだ。

 

 

『――協会での貢献度も高まった。だからそろそろ頃合いだろう、とメフィスト会長から告げられたんだ』

『『悪魔の駒(イービル・ピース)』を使った悪魔への転生、ですか』

『うん。たぶんこの半月の間に、僕は『ヒトをやめる』よ』

 

 しかし、そんな俺の弱気をたしなめる様に、一年前に正臣さんが悪魔へ転生する時に話した内容が頭に浮かんだ。『ヒトをやめる』選択をした彼の道。正臣さんの選択を、俺は確かに受け入れた。悪魔となる友人の背中を押して、これからもずっと友達だって変わらない思いを貫くことを決めた。

 

『もし鳶雄の前に『ヒトを終える』選択肢が現れたその時は、せめて選ばせてやりたいと。それがあいつの運命なのだとしても、自分の意思で『ヒトを終える』ことを選べるように。それまでは、俺があいつを『ヒト』でいさせてやりたい。友人として、先輩として、朱芭さんの弟子として』

 

 あの時に思った気持ちは、間違いなく俺の本心だった。その気持ちに嘘をついて、怖がっているだけでどうする。一番怖いのは、ヒトをやめる選択を選ぶことになる幾瀬鳶雄自身だろう。あの誰よりもお人好しで負けず嫌いで、そこら辺の女子よりも女子力が高くて、女難や受難が今後も待ち受けているだろう後輩を、ちゃんと導いてやるのが先輩としての俺の役目じゃないのか。

 

 その役目だけは、誰にも譲っちゃいけない。譲れるわけがない。幾瀬鳶雄に関わると決めて、あいつの友人として、先輩として、朱芭さんの弟子として傍にいることを決めたのは俺自身なのだから。

 

 

 ――俺は、水晶の入った木箱へと手を伸ばした。

 

 

「ごめんなさい。そして、ありがとう奏太さん」

「俺が、決めたことですから。先輩としてカッコぐらいつけたいじゃないですか」

「その水晶の封印を解く呪文を教えるわ。かなり難しいから、心して覚えてね。ちなみに、二つあるからしっかり覚えるように」

「ふ、二つもですか……?」

 

 朱芭さんがかなり難しいって言うなんて、それ絶対に大変なやつ…。

 

「そ、そういえば、朱芭さんが言っていた『話したいこと』ってこの水晶のことですよね? もう一つ、さっき俺に聞きたいこともあるって…」

「えぇ、でも少し休憩にしましょう。まだ三日もあるのよ。一気に詰め込んだら、あなたの頭がパンクしてしまうわ」

「俺の頭がパンクすることは、すでに決定事項なんですねー」

 

 力なく項垂れるように、ちゃぶ台の上に上半身を倒す。泊まり込み修行の初日始めから、もういきなり精神的に大ダメージを受けましたよ、俺。くすくすと俺の様子を見て朱芭さんは微笑むと、冷蔵庫から手作りの冷菓子を持ってきてくれた。普通においしそうで、それでやる気をちょっとでも回復してしまう俺自身の現金さに呆れてしまう。ちゃんと味わっていただきますけどね。

 

 懐に手を触れると、小さな桐箱の感触が伝わってくる。朱芭さんから受け取った意志を弟子として、最後まで果たせるように頑張ろう。こうして、朱芭さんと過ごす短いようで長い三日間は、まだまだ続くのであった。

 

 

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