えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
幾瀬家にお邪魔してから二日目のこと。原作知識について朱芭さんへ暴露することを決めた俺は、まず原作の第二章までを語ることにした。第一章では、赤龍帝や姫島朱乃さんのことで朱芭さんは頭を抱えていたけど、そのあたりは無理やり納得できたらしい。第一章は悪魔関係に関することが中心だったので、人間の朱芭さんにとってはそういうものだと思えばいけたようだ。しかし、問題は世界全体に影響を及ぼすことになる第二章からだった。
第二章でコカビエルが悪魔と天使に喧嘩を吹っ掛けて危うく戦争になりかけたり、白龍皇が登場して現在俺が可愛がっていたり、聖書の神様が亡くなっていたりしたことを伝えたあたりで、朱芭さんからの一度目の撃沈報告がなされた。朱芭さんは遠い目で天を仰ぎ、顔を手で覆っている。そういえば、「あぁー、聖書の神様は亡くなっているんだよなぁー」と俺は転生初日にあっさり納得してしまったけど、普通にこの世界の人にとってはヤバいことだったわ。
「奏太さん。確かそのデュランダルの使い手のお嬢さんは、聖書の神の死を知ってしまったから、教会を追放されてしまったのよね?」
「あっ、はい。ミカエル様からの説明では、『システム』への影響が原因だと言っていたと思います。『システム』に影響を及ぼす可能性のあるものを遠ざける必要があるって。そのために『悪魔と堕天使を回復できる神器』を持っていたアーシアさんも、追放せざるを得なかったって話していました」
「あなたが『
顔色が悪そうな朱芭さんの言葉に、俺はパチクリと目を瞬かせた。言われてみれば、俺は魔法使いなので教会関係の建物には絶対に近づかないようにしていた。『神の死』を知っている俺が、一度でも教会に足を踏み入れていたら、死亡フラグが一気に立ってもおかしくなかったという訳か。その考えに至り、今更ながら青ざめてしまう。原作知識持ちって、教会との相性が悪すぎるだろ。
「……いえ、待って。奏太さん、『神の死』を知る人間はその時どれぐらいいたの?」
「えっ、えーと、原作が進む頃には何人かいたかもしれないですけど、第三巻あたりでは一部の上位天使以外は知らないとか言っていたような気が…」
「………」
「朱芭さん?」
必死に原作知識を思い出しながら伝えると、朱芭さんの表情が明らかに変わった。俺はもう一度原作知識を思い出そうと、相棒の能力で『忘却』の概念を消して原作の内容を精査していく。人間は基本忘れる生き物だけど、記憶は案外残っているものらしい。俺が何年経っても、ある程度原作知識を思い出せるのは、相棒の能力のおかげもあるだろう。朱芭さんの質問の答えが正しいかどうか思い出してみたが、確かにそんな風に言っていたはずだと思う。
コカビエルとかは『神の死』を知っていたので、三大勢力の上層部は知っていたとしてもおかしくない。だけど、そこに人間はいなかったと思う。その後の展開で出てきた北欧や仏教陣営などは、聖書の神の死は口に出さないだけで察していた可能性は高いけど。そうじゃなければ、和平なんて大ごとで天界のトップが一切顔を出さない理由に納得できるわけがないと思うし…。
確かオーディン様は、和平後に聖書の神の崩御を知った後も、今更世界を巻き込むような戦争を始めることに難色を示していたはずだ。神や神秘と距離が近かった昔と違い、現代は人間だけの力で営みを築いている。そんな世界で、すでに広まった聖書神話を崩壊させるような宗教戦争を起こせば、確実に人間界は大混乱し、多くの人間の人生が歪むだろう。だからこそ彼らは、昔の確執より今を生きる人間達のために和平を受け入れてくれたのだ。
『神の死』を知るイッセー達が天界本部に訪れる展開もあったので、天使側である程度『システム』のエラーは何とか出来たんだろうけど…。それでも、少人数しか無理だったのは間違いない。そうじゃなければ、デュランダル持ちのゼノヴィアさんを追放しなくてもよかったはずだから。たぶん原作でも『神の死』を伝えたのは、『
「人間は誰も知らない。つまり、神器所有者も当然誰も知らなかった」
「そう、なりますよね…」
「なんで、あなたは見逃されたの? いいえ、わざと見逃されたということ…。『神の死』を知るあなたを、『システム』を操作する者が見て見ぬ振りをしたということなの?」
「えっ?」
朱芭さんの訝しむ視線が俺の方へ――いや、俺の胸のあたりへ向けられていた。『神の死』を知る者が天界に関連するものに近づくと、『システム』が反応するんだよな? 俺は今まで天界関係に近づいたことはなかったはずだけど、どうして見逃されたことになるんだ。
「……奏太さん。あなたにとっては当たり前すぎて、身近過ぎて意識していなかったと思うけど、あなたはすでに天界のシステムと繋がりを持っているわ」
「どういう意味ですか?」
「
俺の中にある神器に向けて、朱芭さんは険しい顔で口にする。一瞬、俺は思考が真っ白になった。俺にとって、相棒が『原作知識』を理解してくれているのは当たり前になっていたから。確かに言われてみれば、神器を通して『システム』に影響を与えていてもおかしくない。だけど、俺はこれまで何も問題がなかった。何も問題が起こらなかったのだ。それが普通だったらあり得ないことを、俺は今更ながら気がついた。
もし俺の『神の死』の知識によって『システム』に悪影響を与えていたら、天界側が黙っている訳がない。天使達が総出で原因を探し出すだろうし、きっと大騒ぎになっていたはずだ。それなのにこの九年間、全く音沙汰はなかった。アザゼル先生や魔王様達の様子から、天界で何か騒動が起きたような気配はなかったと思う。つまり、天界側は俺の存在に気づいていない。
朱芭さんの言う通り、天使達に気づかれないように『システム』を操作する者が俺の存在を見逃さない限りは――
「あなたの先生から奏太さんの神器に宿っている意思は、『
「はい、そう聞きました。あと朱雀からは、俺の『神依木』の性質との相性の良さから、おそらく神性を宿す者だろうって」
「だけど、聖書の神はすでにいない。そしてあなたの話が真実なら、天使も容易に『システム』に近づけない現状なのよね。当然他の神性を近づけるなんて、以ての外のはず。じゃあ、『誰』が『システム』を操作できたというのかしら? あなたの存在を見逃した何者かは、どうやって『神の死』を知った『システム』の影響を、管理している天使達に誤魔化したというの?」
俺の語った原作知識から推理する朱芭さんの推測に、俺の思考も混乱してくる。改めて問われてみれば、その通りだとしか思えなかった。俺にとっては当たり前の知識だったけど、朱芭さんからの視点で語られる真実は、明らかな矛盾を指摘していた。俺は原作知識を知って、この世界の未来に対してどうするかばかり考えていたけど、それよりも前に考えなければならないことがあったのだ。
原作知識持ちのオリ主が転生する。前世の俺はそんな二次創作を当たり前のように読んでいたから、俺の場合もそんな不思議体験と似たような感じだろうって深く考えてこなかった。だけど、原作知識をよく知っているからこそ、朱芭さんの言う通りだと思った。この時期に『システム』に介入できる者がいるはずがないことを、『俺』が一番よく知っている。
じゃあ、相棒は何者なんだ? 相棒が俺のことを天使の皆さんにバレないように『システム』の影響を隠してくれているのは、朱芭さんの指摘で間違いないだろう。相棒が俺の味方であることに疑いは一切ない。そもそも、これまでは相棒の正体を確かめる術がなかったし、相棒は思念でしか応えられないため、俺は正体を探るのを考えても現状仕方がないと思っていた。だけど、まさか神様以外が扱うのは難しいと言われていた『システム』を、相棒が操作できたかもしれないということに愕然とした。
『システム』の操作は、原作でもミカエル様だって困難を極めていたはずだ。だから、それが行える相棒のような存在は、原作には存在していなかった。だいたい『システム』を操作できるような者が実在していたら、この世界で奇跡を司る機能が正常に動かないなんて事態が起こるわけがない。だけど、現実に『システム』と繋がっている俺が、無事な理由を他に説明できなかった。
「相棒は、神器や奇跡を管理する『システム』に介入できる。だけど、俺の原作知識にはそんな存在はいない。もしかしたら、20巻以降に発売された新刊に載っていた可能性はあるけど…」
「本当にあなたの神器に宿る意思は、謎が多いわ。奏太さんの絶対的な味方であることが、唯一の救いね。『神の死』を知るあなたを受け入れ、『システム』への影響を誤魔化し、奏太さんのやり方を容認している。というより、奏太さんの話を聞く限り、本当にあなたのため以外には動く気さえないように思えてきたわ」
大きなため息と一緒に、俺に向けて困ったような視線を向ける朱芭さん。相棒が完全に困ったちゃんのように見られている。まぁ朱芭さん視点からすれば、一生懸命に働く天使さん達のことを完全無視で、『システム』を俺のために乱用して、しかも『正史』を変える手助けさえしてくれているのだ。これは他者から見れば、頭が痛いとしか思えない。
『システム』を操作することができる何者かの存在。だけど、それに不意な違和感を感じてしまう。本当にそんな存在が『ハイスクールD×D』にいるのだろうか? それよりも、俺が何かを見落としているような気がする。『システム』は聖書の神様が作って、この世界の奇跡を司る機械的なものだよな…。それを操作できる可能性があるのは、本当に神様だけなのだろうか。むしろ、もっと答えはシンプルな気が……。
「とりあえず、奏太さん。念のため、今後も教会関係には近づかないようにしなさいね」
「あっ、はい。もちろんです」
「ただ…。あなたの神器が、本当に『システム』に介入できるなら……。奏太さんが『神の死』を知った状態でも、教会や天界関係に近づいてもバレないように誤魔化すこともできるかもしれないけどね…」
「えっ、いや、それはさすがに……」
二人揃って頬が引きつり、そっと胸元に感じる相棒へ視線を向ける。すると、なんだか相棒が明後日の方向に目を逸らしているような、白を切るような思念を感じた。あっ、これやらかす時はやらかす気満々だ…。俺は乾いた笑みを朱芭さんへ向けると、彼女は大変綺麗な笑顔を浮かべながら胃薬と一緒に水を飲んでいた。俺もちょっと飲んでおこうかな。
それ以降は三大勢力の和平、テロ組織である『
俺の中では『まだマシ』の分類だった第二章でこれだ。これでまだ原作の四分の一を越えたぐらいで、むしろここからが『ハイスクールD×D』の本番だと告げたら、朱芭さん倒れたりしないだろうか? 修学旅行から元気に帰ってきた孫も倒れかねない。というか、俺が鳶雄にどつかれる。明日の話し合いは、もうちょっと軽い感じで伝えられるように頑張ろう。
――そして、三日目。
「という訳で、第三章は「乳龍帝おっぱいドラゴン」がヒーローになっていく話ですね。北欧の神様であるオーディン様が、日本の神々との和平のために話し合いにやってきて、ついでに悪神ロキがフェンリルを引きつれてテロりに来ましたが、乳神様っていう異世界の神様に仕えるおっぱいの精霊がイッセーに加護を与えて、おっぱいブーストで神を撃退したところから始まります!」
「もうどこもかしこも、ツッコミどころしかないッ……!」
悲痛な声でちゃぶ台に倒れ込む朱芭さんに、原作の暴露は一巻ごとに日数を置いて行っていくことが決定した瞬間であった。
――――――
『そんな訳でな、奏太。ヴァーリの戦闘訓練に尻尾頭を借りたいんだが、構わないか?』
「本当にいきなりですね…」
朱芭さんとの濃密な三日間は過ぎ去り、あれから数日が経過した。鳶雄が修学旅行から帰って来た時に朱芭さんの体調を考慮するため、カミングアウトの後は普通に仏教系統の修行を行うことになったのだ。鳶雄の神滅具の封印は特に複雑で、もう呪文の手順だけで頭がパンクしそうだったけど。ちゃぶ台の上に倒れ込む俺は、原作知識に倒れ込む朱芭さんと同じような状態だったと思う。
朱芭さんの寿命と鳶雄の封印から始まり、俺の前世やもう一つの「起源」の発覚、さらには原作知識まで朱芭さんと話し合うことになるとは思っていなかった。あの三日間は、間違いなく俺にとって大きな分岐点だっただろう。特に原作について相談できる点は大きい。朱芭さんの視点から、新たに気づいたことも教えてもらえる。聖書の神様の死を知ることのヤバさ以上に、相棒の過保護さを再認識することもできたしなぁ…。
「というより、正臣さんに関しては主のメフィスト様に聞いてくださいよ」
『そのメフィストから、カナタが許可をすればって言われたんだよ。あいつの今の仕事はお前の護衛だろう? 回復役のカナタがいれば、多少は暴れても問題ないしな』
「俺がいること前提という訳ですか…」
さて、協会の部屋でちまちまと内職をしていた俺の下に、アザゼル先生から通信が送られてきた。内容はヴァーくんの戦闘訓練のお誘いである。ヴァーくんが『
対戦相手の年齢を引き上げているようだけど、真正面からヴァーくんを追い込めるほどの人材はそうそういない。神器持ちとはいえ普通の人間が、ハーフ悪魔で才能がある彼と差ができるのは仕方がないだろう。だけど、他の人外をヴァーくんに会わせるのは難しい。バラキエルさんとばかり戦っても、経験を積ませるという点では違うだろう。雷光との戦闘はどの攻撃も光を纏うため、一撃でも受けられないので戦い方も変わるしな。
そう考えると、今のヴァーくんにとって正臣さんはちょうどいい相手という訳か。人工神器のテスターとして様々な神器を扱える正臣さんと戦えるし、ヴァーくんのガチンコにも普通に付き合える。メフィスト様の部下で堕天使にも理解があるし、ルシファーの血筋に関しても黙っていてくれるだろう。正臣さん、堕天使の皆さんにとって本当に都合のいい立場になってきているなぁー。
「ヴァーくんのことは、全部教えてもいいんですか?」
『ヴァーリには全力で戦わせてやりたいからな』
なるほど、ヴァーくんの戦闘欲求を満たしてあげる
「ということらしいですよ、正臣さん」
「ねぇ、奏太くん。これ僕、またいいように扱われようとしていない?」
「気のせいですよ」
アザゼル先生の通信の傍ら、俺の隣で作業をしていた正臣さんの引きつった表情に、にっこりと笑顔を浮かべておいた。ごめん、正臣さん。俺も
「そのヴァーくんって、グリゴリに保護されている奏太くんが可愛がっているハーフ悪魔の子だよね?」
「はい、ヴァーくんのことを教えてもいいですか?」
「えっ? うん…」
俺からの前置きに首を傾げる正臣さんに取説を見せて笑うと、サッと顔色が変わった。ちゃんと頷いてくれたので、構わず話しますけど。
「ヴァーくんはですね、神滅具『
「え゛っ…」
「さらに本名は、ヴァーリ・ルシファーって言いましてね」
「……もしかして、悪魔にとっては『殿下』的な扱い?」
「うん」
『いやぁー、ヴァーリのことはこっちでも最重要機密なんだよなぁー。それを知っちゃったんだから、協力の一つぐらいしてくれてもいいと思うんだけどなぁー』
「この師弟、性質が悪すぎるッ……!」
通信映像に映るアザゼル先生の顔は、輝くような笑顔を見せながら、キランと歯を見せていた。ちゃんと後でクレーリアさんと良い雰囲気になるように手伝いますから、ヴァーくんの笑顔のために協力してください。俺とアザゼル先生からのお願いに、ものすごく渋い顔を隠さない正臣さんだったけど、最後には疲れた顔で了承を返してくれた。そんな正臣さんのヒトの良さに、いつも俺たちは助かっています。
そして、ヴァーくんとの初顔合わせにて。
「
「なっ、神器名を叫ぶと同時に片目だけ色違いになって、腕から怪しげな文様が浮かび上がっただとっ……!?」
「
「カッコいいセリフと同時にオーラが爆発的に高まり、刀に白い雷と黒い炎が纏われるなんてっ……! クッ、こんな熱い男がいたとは…。やっぱり世界は広いようだな、アザゼルッ!」
「おぉー、喜んでもらえて何よりだわぁー」
ヴァーくんの大歓喜に、この場を用意したアザゼル先生の声が遠い。いや、正臣さんの『黒歴史ソード』を作ったのあなたですよね。しかも、正臣さんの人工神器が本来の力を発揮するには、あのセリフを言わないといけないようにした元凶ですよね。正臣さんの目が、若干死んでますよ。目をキラキラと輝かせるヴァーくん相手には、全く問題ないようだけど。
「ふっ、俺達も負けられないな、アルビオンッ! これは最強の天龍である『
《うおぉぉぉぉぉぉん! なんで倉本奏太の知り合いには、マシなのがいないのだァァァッーー!!》
内から溢れるオーラで黒のゴシック服をカッコよく靡かせる正臣さんと対峙するように、顔を片手を覆いながら戦意を高めるヴァーくん。そして、何故か俺の所為だと泣き叫ぶアルビオン。いや、アルビオンさん…。これに関して、俺は関係なくね? このヒト、真面目に俺の護衛なんだよ。このセリフを毎回隣で聞くことになる俺の身にもなってほしい。
そんな両者とも燃え上がる展開から始まった戦闘は、ヴァーくんの表情的に大変有意義な時間だったようだ。実力的には正臣さんの方に軍配は上がるけど、自分の実力を全力で発揮できる相手を見つけられたのはヴァーくんの琴線に触れたみたい。ボロボロになった後も「もう一回やるぞ!」と、俺に治療を頼んでからのエンドレスループが続きそうだった。
そして、俺がヴァーくんを全回復させるたびに、目が遠くなっていく正臣さん。ごめん、ヴァーくんに頼まれると断れなくて…。治療のバーゲンセールと、ヴァーくんのバトルジャンキーの循環性がヤバい。これ治療に使う俺のオーラが保つ限り、ヴァーくんの特攻は止まらなくないか…。俺との訓練の所為か戦闘継続用の体力配分とかを考えるようになったし、まだまだ元気そうである。
それから一時間後。気絶するように満足げな顔で眠ったヴァーくんに、正臣さんがものすごくげっそりしていた。子どもの体力に真正面から付き合ったら、疲れて当然だよな。でもこれ、完全に白龍皇に目を付けられたよね。原作の鳶雄のように、毎度のごとく勝負を吹っ掛けられるフラグが立っちゃったような気がする…。メフィスト様に頼んで、クレーリアさんとのデート用の休暇をもらえるようにお願いしよう。
「ふぅ…、だいぶ重くなったなぁー。最初に抱えた時とは大違いだ」
《ここでの生活は、ヴァーリに合っているようだからな。朱璃殿のおかげも大きいが…》
「朱璃さんのご飯、おいしいからね。それに健康的な生活習慣になるように、見てくれているみたいだし」
よっこいせと、ヴァーくんの部屋にあるベッドへすやすや眠る少年を横にする。普段は眠っていても気配に敏感なヴァーくんがぐっすりなので、よっぽど正臣さんとの戦闘ではしゃいでしまったようだ。正臣さんは少し休憩した後、アザゼル先生との人工神器の研究についていって今はいない。俺はヴァーくんの面倒を見ると離れたので、二人の研究が終わるまではここで待つことになった。
ベッドの毛布をヴァーくんの身体にかけ、くたびれた銀髪をそっと手で撫でる。初めてヴァーくんと出会った日に、ジークフリートから逃げるために抱えたことはあったけど、ずいぶん大きくなったとしみじみする。たった半年だけど、子どもの成長を実感できることが嬉しく思った。このまま健やかに成長してほしいものである。
《それで、わざわざヴァーリの部屋で待つと告げたのは、私に話があったからだろう?》
「あぁ、うん。さすがに気づくか。そのために正臣さんには、ちょっと申し訳ないことをしちゃったけど」
《ヴァーリの体力切れまで回復をやめなかった理由に使われるとは、お前の護衛が不憫すぎるだろう。さすがに後で労わってやれ》
二天龍という最強の一角でありながら、気遣いのできるドラゴン様である。アルビオンの言う通り、ヴァーくんに彼との内緒話を聞かせないようにするのは難しい。宿主であるヴァーくんから、アルビオンのデバイスを離すことができないし、眠っていても気配に敏感な彼はすぐに起きてしまう。最近のヴァーくんは、体力の温存を考えるようになったので、疲れて眠ることはほとんどなくなってしまった。だから、アザゼル先生からの誘いは渡りに船だったのだ。
「たぶん時間はあるはずだから、最初から全部話すよ。俺がこれからやろうと考えていることを」
《ふむ、こうしてこそこそするということは、その悪だくみを総督たちは知らないということか?》
「あぁー、うん。その、内緒にしてくれる?」
《さて、どうしようか》
ふふん、と白いぬいぐるみが意地悪そうに鼻を鳴らす。それに俺は困ったように眉を下げると、右手に携帯端末を取り出した。そして、ポチっと再生ボタンを押した。
『うおぉぉぉぉぉぉん! なんで倉本奏太の知り合いには、マシなのがいないのだァァァッーー!!』
「みんなに言ったら、アルビオンの永遠のライバルであるドライグに、これまで撮ってきたヴァーくんメモリアルを……」
《きっ、貴様ァァァッーー!! お前に慈悲の心はないのかァァァアアアアアッ!?》
「俺、使えるものは遠慮なく使う主義なんだ」
俺がにっこりと笑みを浮かべると、ガクブルしだす白いぬいぐるみ。大丈夫、俺にとって不都合なことが起きない限り、この記録は俺が自分用に大切に保管するだけだから。兄として撮った、ヴァーくんの大事な成長記録だからね。少なくとも、ヴァーくんが容認しない限りは勝手に見せないよ。そのことを今ここでアルビオンに伝えはしないけど。俺は途中で言葉を止めただけで、見せるとは明言していないからね。
《あ、赤いのにそれを見せるのだけはやめてくれ…》
「うん、わかった。アルビオンがそういうのなら見せないよ」
《お前の秘密は絶対に漏らさん。だから絶対にそれだけはっ!》
「もちろん、ドラゴンとの約束を破るなんて怖いことを、俺みたいな小市民がするわけないじゃん」
安心してもらおうと笑顔で頷いているのに、アルビオンの尻尾が警戒するようにバシンバシンしている。まるでお前のような小市民なんているかっ!? と言わんばかりのオーラだ。心外である。アルビオンが良識的なドラゴンだと、ちゃんと理解しているからできることなんだけどな。少なくともアルビオンは、約束を破らない限りその逆鱗を見せることはない。その境界線がわかれば、そこまで怖がる必要はないと思っている。
だけど正直、ここまで効果覿面とは思わなかったけど。それでもアザゼル先生たちに、神器症のことを知られるのはどうしても避けなければならないことだ。アルビオンには申し訳ないけど、こればっかりはこちらの頼みを聞いてもらわないとまずかった。俺が手を合わせて謝罪のポーズを取ると、疲れたようにアルビオンはグデーンと倒れ込んだ。
とりあえず、これで話し合いを始めるのは問題なさそうだと、俺はホッと息を吐いたのであった。