えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 今回も説明回のため、ちょっと短いです。進みが遅くて申し訳ない(´・ω・`)


第百五十五話 神

 

 

 

《……神器と魂の齟齬による、拒絶反応の治療か》

「うん、それが俺のしたいことなんだ。そのために俺は、神器症の治療に必要な魂に干渉できる技術を磨いてきたし、神器についても色々教わってきた」

《まったく、随分と難儀な問題を持ってきたものだ》

 

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』にあるヴァーくんの部屋で、俺は白いドラゴンのぬいぐるみと真正面から向き合っていた。傍から見たらなかなかシュールな光景かもしれないけど、こちらとしては真剣そのものである。宿主であるヴァーくんがぐっすりな今こそが、白龍皇アルビオンに相談できるチャンスだった。

 

 現在のアルビオンにとって一番大切なのは、赤と白の因縁の対決ではなく、宿主であるヴァーくんだろう。それぐらい、これまでの彼を見ていればわかる。赤龍帝ドライグにとって最も会話した宿主が兵藤一誠なら、白龍皇アルビオンにとっても自分という個を認めてくれた存在はヴァーリ・ルシファーだろうから。

 

 俺とヴァーくんは、神器に対する認識の部分が似ている。数年間、他者に頼ることができなかった孤独な時間。自分の内に宿る神器にしか頼ることができず、必死にその力で生き繋いできた幼少期。相棒が俺に対してこんなにも過保護になってしまった背景に、それが関係していないとは思えない。なら、アルビオンが相棒ほどでなくても、同じように感じてもおかしくないだろうと思った。

 

 だから、俺がやろうとしていることの大事がわかっても、堕天使の組織や世界のために彼が動く可能性は低いと考えていたのだ。それに、さっきこちらのことを口外しない約束もしてくれたし、ドラゴンって意外と契約的な部分は大切にしてくれたりするからな。

 

神器(セイクリッド・ギア)の視点から見ても、やっぱり?」

《お前が、リーベ・ローゼンクロイツ…。その子どもの治療を試みたいと告げた時は、あまりにも無謀なことを考えているとしか思えなかったぐらいにはな》

 

 そこまで言われるほどか…。だけど確かに、俺の『概念消滅』をよく知っているメフィスト様やアザゼル先生ですら、「俺に神器症の治療ができるかもしれない」と考えていない節がある。それだけ、聖書の神が創った『システム』は、聖書陣営のみんなにとって絶対的なものなのだろう。彼らは神器の不具合によって亡くなった命を、これまで何度も見てきただろうから。

 

 リーベくんの症状のことを知って、すでに三年が経過していた。教会と堕天使の技術のおかげもあって、彼の症状は落ち着いているけど、それでも成長と共に神器のオーラも高まっていくから悠長にできる時間はあまりない。成長すればするほど、加速度的に症状も悪化していくことになる。魂と神器の不具合の場合、十歳を越えて生きていることはほとんどないと世間的には言われていた。

 

 彼の神器が本格的に目覚める前になんとかしてあげたいけど、この世界の誰もが成しえなかった技術であり、俺が独自の方法で介入できないかと色々模索しているところだ。リーベくんの命がかかっている以上、失敗はできない。定められた命の刻限に焦りはあるけど、気持ちだけ急いても何かできるわけでもない。俺にできるのはコツコツと治療のために必要な技術を磨き、一歩ずつでも前に進んでいくしかなかった。

 

《しかし、ふむ…。この世界を構成する『概念』に干渉できる特殊な神器、魂への干渉を可能にする仏教の技術、仙術による生命エネルギーの補助、そして神器の『先』にいるだろう『意思』の存在。上手くいけば神器同士にラインを引き、『繋げる』ことなら可能か?》

「神器同士を繋げる?」

 

 最初は俺がやろうとしていることに呆れたオーラを滲ませていたが、数十分の時間をかけて俺がこれまでやってきたことを告げると、だんだんとアルビオンは考え込むようになっていった。可愛いドラゴンのぬいぐるみが小首を傾げる姿にちょっと癒されながら、俺はずいっと身体を前のめりにして疑問を聞き返した。

 

《今の私の状態のように、神器に魂が宿っているものは、このように別のものに意識だけを移すことが可能だ。私にとって神器は、私の魂と力を封印するための仮の器。神器に魂を縛るためにリソースの大半を費やしているからか、精神に関する縛りはそれほど強くないのだ》

「つまり、魂や意思を持つ神器なら、その精神を別のものに移動させるのはそこまで難しくないってこと?」

《特に私なら、ドラゴン系統の神器と共鳴しやすいため、その神器の中に潜り込んで影響を与えることもできる。全ての神器は天界にある『神器システム』とラインで繋がっているだろう。私のラインと別の神器のラインを途中で繋ぐことができれば、そのラインを通って私の思念を届けることも、その神器に干渉することもできるわけだ》

 

 アルビオンから聞く神器側の事情に、感心したようにうなずく。そういえば原作で、天龍であるドライグの影響によって匙さんのヴリトラの意識が目覚めて、彼の神器へ思念を届けたり、干渉できたりしていたな。しかも、白龍皇の中にいた残留思念(兵藤一誠被害者の会の皆さん)を説得した後は、ドライグもアルビオンもそろってお互いの神器の奥底へ潜っているという描写もあったはずだ。もちろん、相手の神器側の了承や相性もあっただろうけどね。

 

 そして俺には、相棒がいる。俺の『概念消滅』と組み合わせれば、相棒の思念を他人の神器の中へ送り込むことも可能かもしれない。ドライグがアルビオンとヴリトラの神器に対してそこまでできたのは、ドラゴン系統の神器同士という制約があったかもしれないけど。でも相棒は神器の『先』にいて、俺と朱芭さんしか知らないけど『システム』に介入だってできるかもしれない存在なのだ。たぶん、神器に封印されている意思よりも自由度は高いんじゃないだろうか。

 

 相棒はすでに『神器システム』のラインを通して、俺の持つ『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』にめっちゃ干渉しまくっている。それと同じことを、もしかしたら他の神器にもできるかもしれないわけか。

 

 

「相棒の意思を『神器システム』のラインを通して、リーベくんの神器に送り込むってことか?」

《普通なら無理だ。私がドラゴン系統の神器に介入できるのも、龍門(ドラゴン・ゲート)の応用だからな。しかし、倉本奏太が修めている仏教の魂の理念。あれを応用すれば、他者の神器に介入することもできるかもしれん》

「仏教の魂の理念の応用…」

《『神器システム』は聖書の神が創ったが、何もかも単独で考えたわけではない。神器に封印されてから独自に調べてみたが、様々な神話体系の技術が取り入れられているのがわかる。例えば、アースガルドにある世界樹ユグドラシルのもつ『世界を接続する役割』。アレを『システム』にも取り入れたことで、天界と地上と冥界を繋ぐ楔としているのだ。そして、仏教のもつ『輪廻転生』による魂の循環を取り入れたことで、神器は生まれ変わったばかりの魂をすぐに感知し、現世へ送られる前に宿ることを可能にした》

 

 アルビオンからの説明に、思わず目を瞬かせてしまった。つまり、『システム』は聖書の神様が創ったものだけど、そこに含まれる多くの技術はいろいろな神話体系の良いところを組み合わせたって訳か。これは何というか、節操がないとも言えるし、思考が柔軟とも言える。アザゼル先生から神様って種族は、かなり頑固で自分の神話こそが一番だと考える節があるらしい。だから、他神話の技術なんて普通は取り入れることに抵抗を持つものだけど、聖書の神様は神様らしいプライドよりも『システム』の完成度を優先したわけか。

 

神器(セイクリッド・ギア)を開発した神はすごい。俺が唯一、奴を尊敬するところだ』

 

 原作でも、アザゼル先生は聖書の神様が創った『神器システム』に関しては、本心からの称賛を送っていた。それに三大勢力の和平や他神話の同盟によって、『システム』を補強することができたって描写があったのも、様々な神話の技術を取り入れていたからこそ、その分野なら手を出すことができたってことか。

 

 なるほどなぁー、これはミカエル様たちが『システム』の掌握に苦労するのは当然だわ。自分たちのところ以外の神話の技術まで混ざっていたら、頭の一つや二つぐらい抱えたくもなる。天使たちが率先して他神話への同盟を進めていたのは、そういった背景もあったのかもしれない。

 

 つまり、様々な神話体系から技術を取り入れたため『システム』の完成度は高くなったけど、その分他組織の技術からでも介入できる余地を作ってしまったわけだ。聖書の神が天使さえも入れない、誰も踏み込めない第七天に『システム』を置いたのはそのためだったのかもしれない。他の神話に『システム』を奪われないために、よほど用心していたのだろう。

 

《もちろん、そのあたりの防衛システムを奴も組んでいるはずだ。そう簡単に他神話が神器や『システム』に介入できないようにな。だが、神器の中に介入できる糸口の一つであることは間違いないだろう》

「つまり、魂から干渉しようと考えた俺のやり方は間違っていなかったってことか」

《神器そのものにいきなり介入しようとすれば、神器の防衛システムが発動しかねないが、一心同体になっている魂から入り込めば神器内部まで入り込めるかもしれん。さすがに、私も未知の部分であるため断言はできんがな》

 

 いつもだったらドラゴンらしく威風堂々なアルビオンの声音だけど、今回のことに関しては悩まし気な様子だ。彼も話しているけど、成功するかは本人もわからないが、理論上は可能かもしれないという感じみたいだな。アルビオンの言うとおり、普通なら仏教の技術があるからって無謀すぎるけど、相棒なら入り込めるかもしれない。現在進行形で俺の神器に介入して、どんどん手を加えていっているしなぁ…。

 

 

《それに、昔はお前の言う神器症など『存在していなかった』からな…》

「…………はっ?」

 

 さらっと呟いたアルビオンの言葉に、俺はポカンと口を開いてしまう。思わずぬいぐるみをガシッと掴み、どういうことかと迫ってしまった。アザゼル先生から教わった、人間の魂と神器の神秘のオーラが拒絶反応を起こすことで発症する不治の病。所有者の神器に対する抵抗力が低いことで、本来の作用が変質して身体に異常をきたしたり、魂を蝕んで呪い殺したりしてしまう現象。

 

 ――それが『昔』はなかったのか。

 

《お、落ち着けっ……! ――お前も神器にバグや不具合が起きていることは、総督から聞いているだろう》

「あ、あぁ」

《お前の言う神器症の類いもそれと同様のものだ。人間の魂と神器がズレることなど、『昔』はなかった現象だったからな》

 

 バグや不具合の原因である『聖書の神の死』は伏せられているけど、世界の均衡を崩すようなバグの発生や、世界に影響を与えるような不具合はすでに色々なところで確認されている。そのバグの象徴とも呼べる神滅具所有者達と関係を持ち、神器研究の第一人者であるアザゼル先生の生徒として、俺もそのぐらいは先生に教えられていた。

 

 アルビオンの言葉をゆっくりと頭の中で咀嚼してまとめると、つまり『聖書の神』が生きていた間は神器症なんて病は存在していなかった。『聖書の神の死』によって起こった不具合が進行したことで、魂と神器に齟齬を起こして子どもを呪い殺すような病気が生まれたのだ。システムさえ正常に働いていれば、このような病は一切発生することはなかった。

 

 それは聖書の神様が、完璧に『システム』を掌握していたことの証明だろう。世界中に目を配らせ、人間一人ひとりを見ることができた。それは素直にすごいし、鬼才だとしか思えない。さすがは神様だって思う。だけど、今のこの世界を思うと孤独な天才だと思ってしまった。聖書の神様は、自己で全てを完結してしまっている。『システム』や神器について誰とも語り合うことはなく、後継者を残すこともしなかった。

 

 自分がいなくなれば、誰も『システム』を操作できないことをわかっていたはずなのに。純粋な天使だって二度と生まれなくなって、ミカエル様たちが苦労することだって目に見えていたはずだ。自分が死ぬことが想定外のことだったとしても、自分のことを信じて慕う人間(信徒たち)のことを思えば、もうちょっと何か手立てだってあったと思う。原作では三大勢力の大戦の裏で、この世界のために動いてくれていたって書かれていたのは知っている。それでも、やるせない気持ちが湧いてしまった。

 

 俺には、アジュカ・ベルゼブブ様という奇才の先生がいる。はっきり言って、アジュカ様のやっていることを完璧に理解することは誰にもできない。アジュカ様は自分の才能が異端であると理解しているから、自分と同じことを他者へ求めない。彼の代わりになる存在は冥界にはいないし、万が一彼の身に何かあれば、冥界の技術は大いに揺らぐだろう。そこは聖書の神様と似ているかもしれない。

 

 だけど、彼は彼なりに周りへ伝える努力をしていた。自分と同じことができないのなら代わりの代案を用意して、眷属や部下と何度も意見を交わしていた。アジュカ様は自分が創った技術に遊び要素を入れて秘匿することはあっても、バグや不具合に関しては遠慮なく周りに頼っていた。彼の傑作の一つである『レーティングゲーム』だって、不測の事態を想定して『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』のティアマットに管理者の権限を渡していたのだから。

 

 神様だって完璧じゃない。アザゼル先生も愚痴で言っていたっけ、神様は大体自分本位な存在だって。あのトラブルメーカーのアザゼル先生が言うなんて、ただのブーメランの可能性もあるけど、よっぽどだったのかもしれない。俺は白いドラゴンのぬいぐるみをそっと降ろし、大きく息を吸って心を落ち着かせておいた。今更、すでに起こってしまったことに文句を言っても仕方がない。大事なのは、起こってしまった不具合の解消なのだから。

 

 

「急にごめん、アルビオン。でも、ちょっと希望が見えた。神器症が不具合によって引き起こされた病なら、相棒の能力で消滅させることだって可能かもしれない。元々『存在しなかった病(0だったもの)』が、不具合によって『付け加えられた病(1)』になったわけだしな」

《大したことは話せなかったと思うが、何か掴めたのか?》

「……うん、一応。だけど今のところ、成功するかもわからないただの絵空事だよ」

 

 訝し気なアルビオンへ、俺は小さな笑みを返すだけにとどめた。今自分が考えている方法が、相当ぶっ飛んだやり方だと理解していたから。

 

《倉本奏太。私からは、総督たちへ今回の事は告げない。お前の言う通り、ただの絵空事で終わる可能性の方が高い事案だからな。だが、本当に事を起こすことができると確信した時は、必ず伝えるようにしろ》

「わかった。……先生やメフィスト様へ神器症の治療が出来ないのかって最初に話した時は、『どうしようもないことだから諦めろ』って言われたのに、アルビオンは言わないんだな」

《誰にものを言っている。私は二天龍の一角である『白龍皇アルビオン』。この世界の理に従う必要もなければ、それで己の限界を定めるなど笑止。本来なら神の創ったものに人間が介入するなどあり得ないことだが、神滅具(ロンギヌス)という人が神を越える可能性はすでに世界へ示されている。世界の秩序を考える総督には悪いが、神器に封印された身としては、誰よりも『システム』に触れられることを厭うた『聖書の神()』に一矢報いるチャンスだからな》

 

 くつくつと邪悪に笑うアルビオンに、神器に封印されたのはやっぱり根に持っているんだなと少し頬が引きつった。世界の混乱よりも、自分の楽しみを優先するあたりは、まさしくドラゴンらしいのかもしれない。そんな二天龍としての傲慢さと畏れを感じさせるアルビオンに、俺はドライグがリゼヴィムへ向けて()えた口上を思い出した。

 

『我らは、その気になればただの力任せの暴力だけで世界を何度も滅ぼせるのだ。それをしないのは、お前よりも自分の生き方を楽しめているからだ。――神如きが、魔王如きが、俺たちの楽しみの邪魔をしてくれるなよ』

 

 乳龍帝だったり、ケツ龍皇だったり、周りから色々言われて精神的ダメージを受けていた二天龍だけど、本質はやっぱりカッコいいと思う。俺もつい肩を揺らして笑みを浮かべると、協力してくれたアルビオンへお礼を告げておいた。アルビオンに言われて気づいたが、俺がやろうとしていることって聖書の神様に喧嘩を売る様なものなのかもしれない。だけど――

 

『神がいない世界は間違いだと思うか? 神がいない世界は衰退すると思うか? 残念ながらそうじゃなかった。俺もお前たちも今こうやって元気に生きている。――神がいなくても世界は回るのさ』

 

 俺たちは「今」この世界で生きている。聖書の神様がどういう意図で神器を創ったのかも、どうして『システム』に誰も触れさせなかったのかも、何を考えていたのかもさっぱりわからないけど、今を生きる人間として最善だと思う方法を選ぶだけだ。

 

 

 とりあえず、今回はこれぐらいでいいだろう。アルビオンの方でも、また改めて考えてくれるようだし、正臣さんたちがいつ帰ってきてもおかしくない。それに、朱芭さんに相談したいこともできた。俺が思いついた方法が実現できるかはわからないけど、一つ神器症を治せるかもしれない指針を手に入れることができたと思う。俺は肩の力を抜くように、ホッと息を吐きだした。

 

 俺が考えた方法は、これまでやってきた治療行為の神器版である。聖書の神様が完璧に『システム』を操作していた時代の神器を『0』に設定すれば、それ以降に起こった不具合を『1』と定めて悪いところを消せるかもしれないことだ。いつもやっている治療で、その人の魂の情報から最も健康だった状態をベースに、そこから悪くなったところを消すのと似たような要領でできるかもしれない。魂と神器に齟齬を起こす原因そのものを突き止められるかもしれないのだ。

 

 だけど問題は、聖書の神様が直接操作していただろう時代のベースがわからないこと。『システム』が健常だった時代は聖書の神様以外誰も近づけなかったため、神様以外は誰も正常な『システム』を知らないのだ。ミカエル様やセラフのメンバーも、聖書の神様が亡くなって『システム』に不具合が起き始めてから知っただろうから。だけど俺は、一人だけ健常だった『システム』を知っている可能性がある者を知っている。

 

「相棒…」

 

 聖書の神様しか操作できないはずの『システム』に介入できる、相棒の存在だ。相棒が何者かはまだわからないけど、聖書の神様に近しい存在だったのは何となくわかる。孤独な天才だった聖書の神様が、唯一隣にいることを許した存在。相棒はこの世界で、正常だった『システム』を唯一知っているかもしれない鍵なのだ。

 

 だけど俺と相棒は繋がっているようで、本当の意味で繋がっていない。今の俺のままじゃ、越えることができない壁がある。この世界の流れと共に歩む生き方だけでは、越えることができない境界が。相棒の思念しか受け取れない現状、その先を知るためにはさらに深く潜って直接「聲」を聞く必要がある。そこへ至るために捧げる(うた)を、俺はすでに手にしているのだから。

 

《倉本奏太。私との約束を違えるなよ》

「えっ、うん。当然だろう。ちゃんと約束通り、ドライグに『これまでの』映像記録は見せないよ」

《……う、うむ。おかしい、何故悪寒が》

 

 ぶるりと震えるアルビオンに、ぬいぐるみでも寒さを感じるのだろうかと首を傾げた。もうすぐ七月に入るから、どっちかというとだんだんと梅雨も明けてきて、暑くなってきているんだけどな。もちろん、アルビオンと約束した言葉通りにしっかり守るよ。

 

《いや、それもあるがな。……以前伝えた、もう一つの方もだ》

 

 ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いたアルビオンの言葉に、俺はすぐに思い出した。ヴァーくんに失うことを慣れさせるな、という彼とした約束を。アレはヴァーくんのことを思っての忠告であり、そして俺に向けた彼なりの気遣いの言葉だとわかっていた。……何というか、それがヴァーくんのツンデレっぽいやり取りと被ってしまい、思わず噴き出してしまう。飼い主とペットは似るというけど、宿主と神器も案外似るのかもしれない。

 

「うん、俺はどこにもいかないよ。これからも兄として、ヴァーくんと朱乃ちゃんの成長記録を撮らないといけないからね」

《そっちはほどほどにしろ》

 

 バシバシッと尻尾を床に叩きつけるアルビオンを宥めながら、俺は目を細めて笑い返した。こうして六月の雨期は過ぎ去り、裏世界に足を踏み入れてから五回目の夏が訪れるのであった。

 

 


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