えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百五十六話 準備

 

 

 

 『ハイスクールD×D』の世界に転生して九年が経ち、裏世界に足を踏み入れてから五度目の夏がやってきた。去年はネビロス家のヤバい研究が発覚し、冥界がてんやわんやしていた。堕天使側も飛び火で大変だった気がする。その関係で、俺自身は人間界で平和に過ごすことができたんだよな。アジュカ様曰く、俺の「嫌な予感」の一言が原因なのにとか言われたけど、魔王級八名が戦隊ヒーローになってRTAしていた向こうも大概だとはちょっと思っている。

 

 とりあえず、この一年で悪魔側はナベリウス家のようにネビロス家と関わりを持っている家がないかを徹底的に調査していたそうだ。ネビロス家に関しては古き悪魔側であるバアル家も協力的で、それだけ元ルシファー六家の存在は冥界でも大事件だったのだろう。頭のネジが外れていると冥界で有名だった研究チートの一族が、裏で非合法のヤバい研究をしまくっていたとか怖すぎるもんな。現在はだいぶ落ち着いてきたようで、表面上は平常通りの冥界になっていると思う。警戒態勢は完全に解かれたわけではないだろうけど。

 

 今年も冥界修行でドラゴンの巣へお邪魔する予定だけど、最上級悪魔であるタンニーンさんは様々な魔物や異種族から慕われている王である。ネビロス家の調査のために、最上級悪魔の仕事として悪魔以外の異種族達から話を聞いて回っているので未だに忙しいらしい。そのため、今年は冥界へ数日ほど顔を見せに行くぐらいになりそうだ。こちらは眷属の火龍さんから娘さんを預かっている手前、年に一回ぐらいはちゃんと挨拶をしておきたいしな。

 

 あと、今年こそあるかもしれない魔龍聖との模擬戦に備えて、朱乃ちゃんに雷光マガジンを大量にお願いしたし、悪魔の弱点になりそうな道具の準備もしたので、そのあたりはバッチリである。それにラヴィニアの神滅具の能力は、強力過ぎてあんまり表に出せないんだけど、タンニーンさんが相手なら遠慮なくぶつけられた。『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』や『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』は、そこら辺の人間にやったら完全にオーバーキルだし、他種族に使うにも政治的なあれこれとかもあるしな。

 

 なお、俺とラヴィニアが冥界のタンニーンさんの所へ修行しに行くと告げると、ヴァーくんがものすごくごねた。アルビオン以外のドラゴン、それも王の中の王と呼ばれる魔龍聖と是非とも戦いたい! とアザゼル先生へ突貫したのだ。アザゼル先生はそれに頭を抱えていたけど、保護者のアルビオンもタンニーンさんと話がしたいと宿主の背中を押し、結果的に今年は彼も一緒に来ることになった。

 

 ヴァーくんの素性や神器のことがあるけど、メフィスト様の女王であるタンニーンさんなら、堕天使のことや魔王のことなどに理解がある。彼も眷属の正臣さん同様に、色々と巻き込まれる運命らしい。原作でも、世間には隠されているオーフィスやクロウ・クルワッハの保護者みたいな役割になっていたしな。自分よりも強いだろう龍神様と二天龍に匹敵するかもしれない実力を持った邪龍を諭せるって、さすがは王様である。ヴァーくんが一緒に来る時点で戦闘は避けられないだろうし、俺達も遠慮なく胸を借りさせてもらおう。

 

 そんなわけで、今年の夏もなかなかイベント盛り沢山な感じになりそうだ。朱芭さんとの修行も最後の山場に入り、海外留学についてもそろそろ本腰を入れないとまずいだろう。そして、世間では夏休みが始まって数日ほど経っただろう今日。俺にとって、最初の夏のイベントが始まった。ドイツにある『薔薇十字団(ローゼン・クロイツァー)』の本部に招かれた俺は、手に持つクラッカーの紐を勢いよく引っ張った。

 

 

「リーベくん、三歳のお誕生日おめでとう!」

Danke(ありがとう)!」

 

 パンッ! と破裂音が響き、部屋に色とりどりの紙吹雪が舞う。ドイツ語でお礼を告げるリーベくんは、嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれた。父親であるリュディガーさんと同じ銀色の髪を揺らし、母親と同じ空色の瞳を細める。三年前に赤ん坊だった彼を初めて抱き上げた頃を思い出し、本当に大きくなったなとしみじみと思ってしまった。

 

 それからリーベくんはお母さんに抱っこされながら、バースデーケーキについていた蝋燭に息を吹きかけ、明かりを一つずつ頑張って消していく。その様子をリュディガーさんの眷属さんと一緒に撮影し、全ての火を消すことができたリーベくんにまた拍手が溢れかえった。リーベくんの体調を考慮して、ほぼ身内だけのパーティーのため少人数だけど、みんなが笑顔で祝福をしていた。

 

「奏太くん、今年もリーベのために来てくれてありがとう」

「いえいえ、リーベくんも体調が良いようでよかったです」

「ふふっ、昨日は興奮し過ぎて寝かしつけるのが大変だったのよ」

 

 奥さんは肩を竦めながら、でも温かな笑顔で膝の上に乗っているリーベくんの銀色の髪を撫でている。それにくすぐったそうに目を瞑り、お母さんの手に身を任せる幼子に俺も自然と笑みを浮かべていた。リーベくんの体調的にお誕生日会はそんなに長くできないし、大人数を招くこともできないためこじんまりとしているけど、楽しんでくれて本当によかった。

 

 リュディガーさんの「女王(クイーン)」さんから、きれいに切り分けたケーキをもらったので口に含むと、そのおいしさに俺も頬が緩む。それからしばらく談笑しあった後、リーベくんお楽しみのプレゼントお披露目会となった。お誕生日会に参加はできなくても、せめてプレゼントだけでもと数多くの包みが届けられていたのだ。さすがはトッププレイヤーを父に持つからか、色々なところで繋がりを持っているらしい。

 

 せっかくならと俺もプレゼントの仕分けの手伝いを申し出て、いくつか手に取って調べてみると、世界中のおもちゃや絵本、洋服やらと色々なものが入っている。ふと赤い家紋の入ったプレゼントを見つけて持ち上げてみると、ベリアル家の紋章が目に入ったため、俺はさっそくそれをリーベくんに持っていった。リーベくんは目をキラキラさせて、「こーていからだっ!」と箱を嬉しそうに上下に持ち上げていた。さすがはディハウザーさん、相変わらず子どもに大人気である。

 

「ディハウザーさんも来れたらよかったんですけどね」

「仕事なら仕方がないさ。それに、また後日改めて祝いに来てくれるらしい。ところで、奏太くんはリーベに何をあげたんだい?」

「えーと、リーベくんが好きなものをあげたいなって思ったので…。セラフォルー様に頼んだら、譲ってくれたんですよ。魔法少女スペシャル回でゲスト出演したディハウザーさんが演じた、『皇帝仮面』の限定ものフィギュア」

「……それ、世間に出回ったらオークションで数十億は軽く超える人形じゃ」

 

 三歳の子どもにポンッとあげたプレゼントの内容に、お父さんからドン引きされた。いやだって、小さい子どもが欲しがりそうなプレゼントを考えて周りに相談したら、「いつも魔法少女の活動に協力してくれているカナたんへのお礼だよ☆」って魔王様がくれたものですから。従姉妹のクレーリアさんが、フィギュアを見るとガタガタ震えて写真に収めて、額縁に飾るぐらいにはレア度がすごかったらしいけど。

 

「奏太くん、その、リーベはまだ三歳だ。さすがに子どものおもちゃとして渡すには、価値とのつり合いが色々…」

「あっ、それなら大丈夫ですよ! ちゃんと子どもが遊んでも問題ないように、メフィスト様やアジュカ様に頼んで、魔術で超強固な『保存』の術式を埋め込んでもらいましたし、防犯用にアザゼル先生がマイクロチップを埋め込んでくれましたから」

「キミと私の大丈夫のズレ…。息子のプレゼントの件で、いったいどれだけの方に……」

 

 人脈は持っているだけだと勿体ないから、ちゃんと使えるときには使っていかないとね。リーベくんも俺からのプレゼントに大喜びしてくれたし。その後、頭を抱えるリュディガーさんから事情を聞いた奥さんや眷属の皆様に、次からはもうちょっと胃に優しいプレゼントを頼むと頭を下げられてしまった。俺自身は周りに頼んだだけで、ほぼ元手ゼロだったんだけど、気持ちの問題って難しいものである。

 

 

「そうだ、リュディガーさん。この前リュディガーさんから習ったやり方で、無事に交渉することができたんですよ。ありがとうございました」

「おや、役に立ってよかったよ。奏太くんのようなタイプは下手に策略を練るより、その邪気のない笑顔で敵意を消して、油断しているところを自分に都合の良い方向へ転がす方が向いているからね」

「確か嘘はつかない、真実しか言わない、約束は破らない。だけどこちらは全てを語らず、次の交渉の余地を残しながら、相手の言質を取ることが大切なんですよね」

「そうそう、よくできました」

 

 にっこりと良い笑顔を浮かべるリュディガーさんに、俺も上手くできてよかったと笑顔を浮かべ合った。なんせ交渉した相手が、世界でもトップクラスの実力者である「白龍皇アルビオン」だ。俺みたいなちっぽけな子どもが挑むには、あまりにも強大な相手。ただ彼が寛大であることはわかっていたし、最強のドラゴン故の傲慢と誇り、そしてドライグに対する因縁も理解していたので、そのあたりをちょっと突かせてもらうことはできた。

 

 リュディガーさん曰く、俺はちょっと知り合ったぐらいの相手なら油断させやすいので、だいたいの交渉を有利に進めやすくできるらしい。多少なりとも知り合えば、俺は嘘が苦手で、正直そこまで頭が良いとも思われない。だからこそ、油断させやすいみたいなのだ。初対面だと警戒されてしまうし、よく知られてしまうと俺に油断してくれなくなる。一度目は油断してくれたタンニーンさんが、二度目から警戒心バリバリで模擬戦をしたあの状態と似たような感じだ。

 

「奏太くんは今後『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いとして、表に出ていくことも増えるだろう。基本的な交渉は、フェレス卿やラヴィニア嬢に任せればいい。だけど、ここぞで交渉する時はキミの方が意外と向いている。表面的なキミの姿しか知らない相手なら、なおさらね」

「なるほど。……リンにまた悪魔だ何だと言われそうだけど」

「なんだ、ただの誉め言葉じゃないか」

 

 不思議そうに首を傾げる悪魔から悪魔と言われる元人間(リュディガー・ローゼンクロイツさん)に、俺は乾いた笑みを見せた。レーティングゲームの戦術的に、悪魔と言われるのは彼の中ですでに当たり前らしい。転生悪魔がトッププレイヤーになるためには、それぐらいは受け入れないといけないのかもしれないけど。交渉術とかを習うなら相談に乗りやすいリュディガーさんかなと思ってお願いしたけど、もしかしなくてもヤバかったのかもしれないと今更ながら思ってしまった。

 

 

「……ん? これって」

 

 それからも俺はプレゼントの整理をしていたら、微弱なオーラを感じ取った。特に危険は感じないけど、仙術もどきを持つ俺からすれば、どこか神聖な感覚を覚える小さな箱。悪魔に効果があるほどのものじゃないけど、このプレゼントはたぶん教会からなんじゃないかと思った。リュディガーさんが教会と交渉して技術を教えてもらったのは知っているけど、まさか悪魔と人間の子どもであるリーベくんへプレゼントを用意するヒトがいるとは思っていなかった。俺は恐る恐る箱にくっ付いていたメッセージカードを手に取ると、思わず息を呑んだ。

 

Alles Gute zu deinem 3 Geburtstag(三歳の誕生日おめでとう)Möge dein(キミの誕生日が) Geburtstag(愛で満ち溢れた) voller Liebe sein(ものでありますように)

 

 手書きで書かれたドイツ語の小さなカードには、送り主の思いがこもった心からの祝福が記されていた。心のこもった筆跡っていうのは、意外とそのヒトのオーラや魂が残っていることがある。指で字をそっと撫でると、微弱だけど祝福が施されているのがわかった。たぶん、悪魔と人間のハーフであるリーベくんの害にならないぐらいに込められたものなのだろう。

 

 本来なら、あり得ないことだ。まだこの世界は三大勢力の和平が成立していないため、悪魔と教会は未だに敵同士である。それなのにこの送り主は、悪魔の血を持つリーベくんへ分け隔てない愛を届けている。普通なら信じられないことだけど、俺はその人物の名前を見て納得してしまった。

 

「……デュリオ・ジェズアルド」

 

 天界の切り札である「ジョーカー」に位置づけられていた「御使い(ブレイブ・セイント)」の一人であり、テロ対策組織『D×D』ではリーダーとしてみんなを引っ張った「教会最強のエクソシスト」。そして、上位神滅具である『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』の所有者。

 

『俺はね、世界をどうにかしたいなんてことは、今のいままで一度も考えたことなんてありゃしません。俺はいつだって一つのことを実践してきただけに過ぎないんスよ。――俺の手の届く範囲にいるガキんちょどもの笑顔を守る。俺はそのために強くなった、ジョーカーになった』

 

 そして誰よりも優しく、みんなが平穏に暮らすことを願い、子どもたちの未来のために戦った青年だった。本来なら神滅具の中でも二番目に強い力を持つ『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』の禁手を、強化ではなくその人が大切に思うものや相手を思い出させる能力に応用したのだ。彼をよく知る相手からは、「教会一の甘い子」と言われていただろう。

 

「あの、リュディガーさん…。これ」

「あぁ、そうか。奏太くんには言っていなかったね。彼……デュリオとは、三年前から手紙で時々やり取りをしているんだ。さすがにお互いの立場や種族から公にできない繋がりだけど、それならせめて手紙だけでもとね」

 

 リュディガーさんは当たり前のように小箱を受け取り、デュリオさんが書いたメッセージカードへ微笑みを浮かべた。普段からよく浮かべている意味深な笑顔ではなく、本当に優し気な目で箱を見つめている。彼が心から気を許した相手にだけ見せる表情だと、この四年間付き合いのあった俺にもわかった。

 

 デュリオさんとは、三年前に行われた教会との交渉で知り合い、それからずっと関係が続いているらしい。本人はエクソシストであるため、直接『薔薇十字団(ローゼン・クロイツァー)』の本部に来られない代わりに、世界中を歩き回って見つけた珍しいものや美味しいものを届けてくれるようになったそうだ。リュディガーさんもさすがに申し訳ないと最初は断ったそうだけど、「俺っちがやりたいだけですから」と外の世界をせめてリーベくんに感じてほしいと笑ったみたい。

 

 教会という立場なんて関係なく、打算すらなく、ただリーベくんのためにデュリオさんは手紙を送り続けてくれたらしい。リーベくんも彼の書いてくれた手紙やプレゼントをいつも楽しみにしていて、写真でしか見たことがないデュリオさんを兄と慕っている。それに、素直に尊敬のようなものを俺は抱いた。人間はやろうと思っても、普通はここまで他人のために親身になれるものじゃないから。

 

「奏太くんが教会関係者に警戒するのはわかるけど、デュリオなら大丈夫だよ。……彼は、私と同じだからね」

「同じ……?」

「あの子は私よりもずっと多くの絶望をその目で見てきた。彼は教会の施設で、先天的に特殊な力を持って生まれた子どもが、力によって呪い殺される姿を何度も見てきている。普通なら耐えられるわけがない理不尽な死別を、彼はその優しさで何度も子どもたちを見送ってきたんだよ」

 

 リュディガーさんの言葉が、ズシリと俺の胸の中に残った。それは、……どれほどの強い覚悟だろうか。少なくとも、俺には無理だ。何度も理不尽な死別に立ち会って、それでも諦めずに子どもたちと真正面から向き合い続けるなんて、自分の心が保つとは思えない。それでもデュリオさんは「仕方がない」と諦めず、子どもたちを救う手立てを探し続けているのか。

 

「リーベのことだけで心が折れそうだった私など比べ物にならないぐらい、あの子は誰よりも命と向き合ってきた。正直デュリオに出会えなかったら、私の心はこの世の理不尽による怨嗟で蝕まれていたかもしれない」

「リュディガーさん…」

「ははっ、すまない。らしくない弱音を吐いてしまったね。リーベや彼の妹や弟たちのためにも、彼らを救う方法を諦めずに探してみせるさ」

「…………」

 

 俺は開きかけた口を、慌てて閉じた。喉まで出かかった希望を、俺はまだ口にしてはいけない。俺は『灰色の魔術師』の魔法使いで、メフィスト・フェレス様の部下だ。世界に混乱を起こすかもしれない大事だからこそ、慎重に事を進めないといけない。当事者であるリュディガーさんには、俺がやろうとしていることを伝えるには早すぎる。彼に全てを話すのは、文字通り全ての準備が終わってからでないといけないのだから。

 

 罪悪感で俯く俺に、リュディガーさんは「心配をかけてすまない」とポンポンと優しく頭を撫でてくれる。リーベくんのために、俺は神器症を何とかできないかとずっと手立てを考えてきた。そして、ようやく一つの希望を見つけることができたのだ。この方法が成功するかはまだわからないけど、それでも俺はやり遂げたいと改めて強く思った。リュディガーさんやデュリオさん、そしてきっと多くの子を思うヒト達のためにも。気づけば俺は、グッと拳を握りしめていた。

 

 

「はい、リーベくん。デュリオさんからのプレゼントだってさ」

Wirklich(本当に)!?」

 

 俺からの言葉にパッと明るい声をあげると、両手を広げて小さな小箱を受け取った。お母さんに開けてもらおうとわくわくした目で持って行った姿に、ちょっとリーベくんのもう一人の兄として複雑だけど、彼が相手では仕方がない。お母さんに開けてもらった箱からは、クリスタルのような透き通ったボールが入っていた。確かサンキャッチャーと呼ばれるインテリア用品で、クリスタルの中に鳥の羽のような模様が描かれキラキラと光っていた。

 

「ママ、パパ! エンジェルっ! パタパタ!」

「あらあら、きれいな羽ね。リーベの好きなものが入っているわ」

「よかったな、リーベ。だけど、あんまりはしゃぎすぎるとすぐに疲れてしまうよ」

 

 お父さんとお母さんに窘められ、それに元気に返事をしながら、窓枠につけてと眷属のヒトにお願いしている。リーベくんは皇帝も好きだけど、白い羽の天使も好きな男の子である。お父さんや自分が悪魔であることはわかっているみたいだけど、不思議と天使に憧れているようなのだ。神器症の発作の恐れがあるため、あまり部屋から出ることができないリーベくんのためにデュリオさんも好みのものを用意したのだろう。

 

 アザゼル先生が前に、リーベくんの神器が『聖なる力』を有するものの可能性が高いと言っていたので、もしかしたらその関係もあるのかもしれない。神器に宿る特異性を夢で感じとる場合が、神器所有者にはあるからだ。種族が悪魔で、しかも『聖書の神』が作った神器によって息子が苦しんでいるリュディガーさんが、それに近しい天使についてリーベくんに触れさせるとは思えないしな。

 

 そんな天使好きのリーベくんのことを考えながら様子を見ていると、窓から刺す日の光に当たって、クリスタルが七色に光り輝きだす。その美しさにお母さんと一緒に感嘆の声をあげるリーベくんに、俺達は肩を揺らして静かに笑った。俺がこれからやろうとしていることは、世界を混乱させる間違ったことなのかもしれない。だけど、子どもは元気なのが一番だし、こうやって楽しそうに笑う姿をこれからも見守りたいと思うことに間違いなんてないと断言できる。それだけは、確信できた。

 

Bis dann(またね)、バイバイ!」

「あぁ、またリーベくんのところに遊びに来るからね」

「うん」

 

 あっという間に終わってしまった誕生日会。リュディガーさんに抱っこされながら、ブンブンと手を振ってくれるリーベくんの頭をよしよしと撫でる。柔らかな銀髪の手触りに目を細め、俺はリーベくんの顔をもう一度しっかりと見据えた。窓から入る夏の日差しに照らされる親子を目に焼き付けながら、俺は力強く踵を返した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっ、『学友』の紹介って何のことですか?」

「あっ、そういえば一般にはないんだっけ。冥界の貴族にとっては当たり前の感覚だったんだけど」

「そりゃあ、はい。普通は学校に行ってから、友達をつくるものだと思っていましたから」

 

 きょとんと目を瞬かせた俺に、昼食を用意してくれたクレーリアさんが簡単に「学友」について教えてくれた。貴族のような他家との付き合いが当たり前の家だと、学校に入学する前から「友人」というカテゴライズをつくっておくものらしい。クレーリアさんも冥界の学校に通っていた頃は、ベリアル家の傘下に入っていたご令嬢と顔合わせをして、それぞれの役割とかも決めていたそうだ。元庶民からすれば、完全に別世界の話である。

 

 時々忘れそうになるけど、クレーリアさんって貴族のご令嬢なんだよな。しかもベリアル家って、グレモリー公爵家よりも実は爵位が上だったりする。危うく断絶寸前なほどの貧困を経験したからか、庶民感覚がベリアル家全体に根付いてしまったみたいだけど。彼女自身は分家だったからと笑っているけど、親戚一同で暮らしている背景を考えても、本家とそれほど扱いの差はなかっただろう。そもそもベリアル家当主から娘のように可愛がられていたみたいだし。

 

 そんなことを考えてしまったが、とりあえず話を戻そう。今日はメフィスト様のところにお客さんが来ているようで、どうやら後で俺も顔合わせをするらしい。それを聞いて「誰だろう?」と口にした俺に答えをくれたのが、クレーリアさんだったのだ。確かにあと一ヶ月ちょっとで留学が始まるんだし、そろそろ本格的に考えないといけないとわかっていたけど、まさか友達を紹介されるとは思っていなかった。

 

「ほら、さすがに学校まで正臣が護衛でついていくのは不自然でしょう。年齢だって違うし、彼が大悪魔の眷属だって知る人には知られているもの。カナくんは表向き『灰色の魔術師』に所属する、一魔法使いとして入学する予定なんだから」

「『変革者(イノベーター)』の名前は、さすがに表に出したらまずいですものね」

「そうね、だけど護衛なしで学校に行かせて、本当に何かあったら困るでしょう? それに、裏の学校って派閥とかもあって大変だしね。だから、カナくんの事情を把握しながら、何かあった時にフォローや護衛の役割もこなせる同じ年の同性をメフィスト理事長は探していたみたいよ」

「うわぁ、マジですか…」

 

 クレーリアさんの説明に大げさなという気持ちがないわけじゃないけど、『変革者(イノベーター)』の名前は魔法使いの中でもかなり重要に扱われている。最大人数を有する魔法使い組織のトップの部下で、魔王の弟子で、さらには治療だって行える。そんな人物を味方にできれば、それだけで派閥内で優位に立てるだろう。

 

 裏の学校は家同士の繋がりや多様な派閥があるみたいだけど、俺の存在は完全にそういったものを簡単に吹っ飛ばせるアンタッチャブルな領域なわけだ。俺もメフィスト様も派閥争いに興味がないので参加するつもりはないけど、向こうはそうもいかないと出てくるかもしれない。逆にこっちに喧嘩を売られても困る。

 

 という訳で、平穏な留学生活のためにも俺のことは隠しておくのが一番だとなったわけである。俺のことは、以前『変革者』として治療した患者さんに後ろ盾をお願いして、日本から魔法を学びに来たちょっと変わった学生という設定らしい。後ろ盾に選んだ人は中立派の方らしいので、よっぽどのことがなければ派閥争いに巻き込まれないだろうと言われた。もちろん絶対はないけど、そのあたりをフォローする人材として「学友」の選定がされていたわけか。

 

 それにしても、裏で同じ年の同性の友達…。同年代って俺より一つ年下が多かったし、ラヴィニアと朱雀は異性だったからな。正臣さん以外の男の友達ができるって、なんだかちょっとわくわくする。せっかく学友として一緒に過ごすなら、ぜひ仲良くなりたいものだ。メフィスト様なら、俺の性格も考慮して選んでくれるだろうしな。海外留学だから知り合いゼロスタートは覚悟していたけど、とりあえずボッチだけは脱却できたらしい。

 

 クレーリアさんに作ってもらった昼食をモグモグと食べながら、どんな人が来るのか楽しみになってきた。『変革者』である俺の護衛も兼ねるなら、実力者であるのは間違いない。それでいて、派閥争いに加わることのない中立、あるいは孤立しながらもその存在感を保てる相手。ただ俺だけメリットをもらう訳にもいかないから、多分向こうにも俺に求めるものがあるだろうけど…。そのあたりは相手の話を聞いてからだな。

 

「うーん、どんな人が果たして来るんだろう?」

「そうねぇ…。カナくんの人脈チートっぷりを考えると、またとんでもないヒトを呼び込みそうだよねー」

「えぇー、まっさかぁー」

 

 いやいや、クレーリアさん。さすがに『蝶』の起源を持つ「縁」持ちの俺だって、そう毎回ネームドキャラを呼び込むとは思わないよ。駒王町の事件に介入してから、どうも不思議と縁を持つことが増えた気がするのは否定しないけど。原作の登場人物はだいたいがイッセーたちと同世代だし、俺と同じ年と言われるとあんまり思いつかないしな。俺はクレーリアさんの言葉を冗談のように笑い飛ばしながら、俺の人脈チートにガクブルする彼女を諭した。

 

 うん、そのはずだったんだけどなぁー。

 

 

「やぁ、カナくん。わざわざ呼びだしてすまなかったねぇ。来月から通う学校でね、キミと一緒に通える子を探して見つけてみたんだ。向こうも複雑な事情があって困っていたみたいだから、カナくんとなら良い関係が作れるんじゃないかと思ってねぇ」

「は、はい」

 

 そうしてメフィスト様から通信が入り、訪れた理事長室には一人の青年がソファーに座っていた。金髪で西洋人らしい整った顔立ちで、たぶん俺よりも背がちょっと高いかもしれない。だけど、俺の目を一番引いたのは彼の目元を覆う包帯だった。あれでは何も見えないだろうし、完全に視界が遮られている状態だ。もしかして、盲目の人なのか? と困惑を顔に浮かべてしまった。

 

 とりあえずメフィスト様に促されるまま、金髪の青年の対面側に座らされる。まじまじと見据える俺に、相手側もちょっと戸惑っているような雰囲気がある。どうやら目は見えなくても、気配には敏感なようだ。それに何だろう、この人もしかして魔力を持っている? だけど、悪魔というには薄められたかのような不思議な魔力だ。あとこの人の隠された目元から、別のオーラが流れ込んでいるのがわかる。俺は口元に手を当て、おずおずと話しかけた。

 

「あの、初めまして。あなたが俺の「学友」の方でいいんですよね?」

「あっ、あぁ…。だけど、この目のこともあるためまだ正式には……」

「もしかして、神器所有者の方ですか?」

 

 本人のオーラとは違う別の力が流れ込んでいるような感覚。神器症の治療のために磨いてきた能力は、彼が神器持ちであることを告げていた。俺からの言葉に、驚愕を表すような表情を浮かべた彼は、メフィスト様の方へ顔を向けている。メフィスト様は楽し気な笑みを受かべながら首を横に振ると、続きを促すように俺の方に目を向けた。

 

「すみません、俺はそういう感覚に気づきやすいんです。あと、悪魔と人間のハーフの方だと思うんですけど…」

「……えぇ、俺が悪魔の血を引いているのは事実です。こちらの事情はほとんど筒抜けのようですね」

「カナくんの感知能力は、この世界でも上から数えた方が早いぐらいだからねぇ。さて、先ほども言った事情だけど、彼の場合は目に宿った神器が問題でね。それが理由で、こうして目元を包帯で巻いているのさ」

「神器が…」

 

 メフィスト様の説明から考えるに、たぶん彼の神器は「視力」を媒介に発動する仕組みなのだろう。神器の発動条件が肉体を介して行われるタイプは、簡単に能力を発現しやすい反面、非常に制御が難しいのだ。例えば、リアスさんの眷属であるギャスパー・ヴラディは、自分の視界に入ったものの時間を停止できる時間系神器を持っていた。彼の持つ『停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)』は視界に映すだけという簡単な発動条件だったことが災いとなり、能力をコントロールすることができなくて、目に映る人を停止してしまう欠点があっただろう。

 

 イッセーのドラゴンの血を呑むことで能力を安定させることに成功したり、アザゼル先生の指導のおかげもあったりして、なんとか彼は能力をコントロールする術を身につけることができた。だけど、普通の人間なら制御するのに苦労して当然だろう。「目で見る」という生きものとして当然の内容が能力の発動条件だと、制御できなかったら日常生活だって支障をきたしてしまうのだから。

 

「リーバンくん、その包帯を取ってカナくんの方を見てくれるかな?」

「なっ! そんなことをしたら、彼はッ!?」

「大丈夫、キミの能力が『状態変化系』の神器である限り、カナくんなら問題ないよ。彼の異能は、キミのような能力者にとっては天敵のようなものだからねぇ」

 

 焦りをあらわにする青年を宥める様に、こちらへウインクを飛ばすメフィスト様。突然の事態に目を瞬かせるしかない俺だけど、確かに彼の言う通り『状態変化系』の異能が相手なら相棒の能力で消し飛ばすことができるだろう。それに彼の目に宿る神器のオーラの密度的に最近発現したばかりのようで、相棒が押し負けるような相手でもない。実際に相手になってやる! 的な思念を発する相棒もやる気満々のようだ。

 

 ところで、先ほどメフィスト様が金髪さんに言った「リーバン」という名前。そして、視力を媒介に発動する神器持ちで、悪魔を祖先に持つ末裔。クレーリアさんと話している時は冗談みたいに笑っていたはずが、現実に起こるとちょっと俺の「縁」は本気でどうなっているのかお腹が痛くなってくる。遠い目になってきた俺に対して、意を決したように巻いていた包帯を取ったリーバンさんは、俺の方へゆっくりと金色に輝く目を動かして視界に捕らえた。

 

「――ッグ!?」

 

 上空からこちらを圧しようと押し潰すような暴力的なまでの力。ソファーに座っていた身体が床に倒れそうになったので、足に力を入れてジッと耐えた。……なるほど、俺程度で耐えられるぐらいならそこまでまだ強くないな。このままの体勢でいるのは普通にキツイけど。原作ではロスヴァイセさんの動きを封じて戦う姿を見せていたので、どうやら今はそこまでの出力はまだないらしい。

 

「……『魔眼の生む枷(グラヴィティ・ジェイル)』。宿主の視界に捉えた範囲内に重力場を発生させて、敵の動きを封じる時間・空間系の神器か」

「なっ!? 俺の神器のことを」

「神器の情報はある程度ね。うーん、空間に干渉するタイプだからちょっと手間取ったけど…。相棒、そろそろ解析はできた?」

 

 俺の身に降りかかる「概念」を消す。それが物理的なものでも、精神的なものでも、重力のような捉えようのないものでも、相棒の能力の前では全てが「無」に還る。そもそも普段から俺は、重力や空気抵抗なんかを程よく消しては操作して、空を跳んだり色々してきたりしたからな。これまで自然相手にやっていたことが、人工相手になっただけだ。

 

己に向かう重力を消滅しろ(デリート)

 

 紅の思念に従って身体中から感じる人工的な重力の圧を一気に消し飛ばした。倉本奏太に向かう重力の矢印を、俺に当たった瞬間に無効化し続ける。もちろん、彼の神器は未だに発動したままの状態なので、このまま消滅し続けているだけだったら俺のオーラの方が先に尽きてしまうだろう。それよりも早く、相手の神器の暴走を何とかすればいいだけだ。

 

 俺はソファーからそっと立ち上がり、金髪の青年に向かって軽い足取りで真っすぐに歩き出した。重力場を発生させた空間を散歩感覚のように歩く俺に、彼の目は零れんばかりに見開かれ、驚愕を浮かべている。おそらくこれまで、この神器の暴走でたくさんの人に迷惑をかけてきてしまったのだろう。目の前の青年が、将来『彼』の眷属になった背景には、断絶した悪魔の家の末裔としての矜持だけでなく、この神器を制御するためでもあったのかもしれない。

 

「あっ、えっ……」

「それじゃあ、神器の暴走を止めるからちょっと我慢してね」

「ちょっと、待っ!?」

 

 目の前まで歩いてきた俺に思考停止する彼の視界をそっと右手で覆い隠すと、左手に持つ相棒を相手の眉間に軽く突き刺した。「ぐおぉッ!?」と叫ばれたけど、見えないように配慮はしたんだし、男の子なんだから頑張りなさい。痛みは消しているから感じないはずだけど、眉間に尖ったものが突き刺さっている感覚はあるかもしれないので、そこはちょっと我慢してもらいたい。

 

「えーと、特に意思があるタイプじゃないみたいだけど『対話』はできそうかな。ほら、お前の宿主がお前の能力の所為で困っているぞ。このままだと宿主に嫌われてしまうし、それはお前も嫌だろ?」

「何を言って、というより誰に話しかけて…」

「あぁー、リーバンさんでしたよね。どうか、この神器のことを嫌いにならないであげてくださいね。神器は宿主の思いに応えたいって一生懸命なんだけど、能力が安定するには宿主の信頼も大切なんですから」

 

 リーバンさんのオーラと重ねる様に自分のオーラを紛れ込ませ、そのまま彼の目に集中していたオーラの下へとたどり着く。それから「概念消滅」を発動させ、神器の興奮を抑え込むようにゆっくりと力を注いでいく。原作でヴァーリ・ルシファーが、『覇龍』によって能力が暴走したイッセーを「半減」の能力で抑え込んだように、「消滅」の異能で徐々に沈静化させていった。

 

 時間にすればほんの数秒ほどの出来事だったけど、問題なく神器を止めることができたようだ。俺が目を覆っていた手を外すと、黄金色に輝いていた瞳は元の色を取り戻し、真夏の青空に映るような深く濃い紺碧(こんぺき)色に変わっていた。彼は呆然と目を瞬かせ、自分の能力が止まったことに信じられないような表情を浮かべている。俺やヴァーくんみたいな、「概念」に干渉できるような力は当然ながら少ない。彼のような能力をコントロールすることが難しいタイプにとっては、俺みたいな能力者は希少なんだろうな。

 

 

「まさか、本当に能力を止められるだなんて…」

「キミが心配していた能力の暴発は、カナくんが傍にいれば抑え込むことができる。それにこの子は、神器についての知識があるからねぇ。その力をコントロールできるように、キミを導いてくれるはずさ」

「えーと、つまり…。この人は不安定な神器の制御で日常生活から困っている。俺は留学先でのフォローができる同じ年の実力者が欲しい。そこで「学友」として傍にいることで、相互利益な関係を築きましょうってことですか?」

「うん、そういうこと」

 

 ニッコリと微笑みを浮かべるメフィスト様に、俺は頬を指で掻いて何ともいえない表情になる。別に嫌という訳ではないけど、まさかこの人と「学友」になるとは思っていなかった。俺が知っている『彼』は、『魔眼の生む枷(グラヴィティ・ジェイル)』を原作で使いこなすことができていたけど、今の時代ではまだまだ先のことだ。俺にとっては、そこまで大変って訳じゃないし、力を貸せるのなら貸してもいいと思う。

 

 原作での彼は魔法も使えて、剣の腕もある万能型で、神器によるサポートを駆使するタイプだった。それに『彼』の眷属に選ばれたことを考えると、実力も折り紙付きだろう。それに断絶した「元七十二柱」の悪魔の末裔は、人間界に住む上級悪魔から保護を受けることになっているため、人間の派閥側も悪魔関係には慎重になるはずだ。メフィスト様がこの人を連れてきたのも、こういった条件に合いそうだからっぽいしな。

 

 本来なら数年後に『彼』によって見出されるはずだった男が、俺の「学友」として表に出ることになる。もしかしたら、眷属の交渉をしに『彼』ともいずれ会えるのかもしれない。そんな俺の持つ「縁」の象徴に呆れながら、こうして新しい交友関係が広まっていった。

 

「その、助かった。改めて、自己紹介をさせてほしい。俺はリーバン・クロセル。察しの通り、断絶された「元七十二柱」であるクロセル家の末裔さ。俺自身の研鑽のためにも、あなたの力を貸していただきたい」

「あっ、はい。俺は『変革者(イノベーター)』の倉本奏太です。こちらこそ、色々助けてもらうことになると思うのでよろしくお願いします」

「カナくんは箱入りなぐらい大事に育ててきてしまったから、一般的な裏の世界にはほとんど触れてこなくてねぇ。キミにとっても有益な取引となる様に、こちらもフォローは入れさせてもらうよ」

「いえ、フェレス理事長に目をかけてもらえただけでも、クロセル家の地位向上のためになっていますから」

 

 (うやうや)しくメフィスト様へ頭を垂れるリーバンさん。確か断絶された家の末裔は、現政府にとって保護対象になっているにも関わらず、一部の上役から厄介払いとして蔑まれていると語られていたと思う。人間の血と混じってまで生き残ることを選んだ悪魔に、純血の古き悪魔たちは誇りを忘れた卑しい者たちと軽蔑したのだ。

 

 そんな彼らは生き残ることはできても、そこから先が訪れることはなかった。古き悪魔たちから無視され、蔑まれていた彼らは、どうしたって活躍の場を得ることができなかったのだ。その実力を発揮することができず、朽ちていくしかないかと嘆いた彼らの前に一人の悪魔が現れるまでは。

 

『能力があれば、どんな身分の者でも受け入れる。それが、サイラオーグ・バアルの考えだ』

『我が主、サイラオーグ様は人間と混じってまで生き永らえた我らの一族を迎え入れてくれた』

『サイラオーグ様の夢は、僕たちの夢』

 

 リーバン・クロセルは、サイラオーグ・バアルの『騎士(ナイト)』になる青年だった。誰もが夢を追い求めることができる冥界をつくるために、魔王になる決心をしたサイラオーグさんをずっと支え続けた眷属の一人。

 

「さて、それではまず俺たちが所属する予定の学科や科目の擦り合わせをしようか」

「選択できる科目が多くて、どれも迷うなぁ…。一緒に過ごすなら、お互いに興味がある科目の方がいいよね」

「一回生は必修科目の方が多いから、まずはそちらから決めていこう。魔術言語はどうする? 黒魔術、白魔術、エノク式やラテン式もあるが…」

「……俺、裏の学校の単位ちゃんと取れるのかな?」

 

 普通の数学や化学のような項目もあるんだけど、当たり前のように魔術や裏に関する授業も入っていて、さすがは裏世界の住人の多くが通うことになる学校だと呆気にとられる。裏関係の仕事に理解もあるから、最悪レポート課題をしっかりやっておいたら合格はもらえるらしいけど、せっかく学校に行って学べるなら学びたいと思う。とにかく単位を落とすのだけは絶対に阻止して、頑張っていこうと心に誓った。

 

 こうして五年目の夏は、新しい風と共に始まったのであった。

 

 


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