えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「こうして、イッセーがオーフィスの力で『疑似龍神化』して、リゼヴィムを見事に撃退したんです! その後、ヴァーリがリゼヴィムを追い詰めたんですけど、最後にとどめを刺したのは復讐に身を焦がしたファーブニルだったわけですね」
「……龍の逆鱗と呪いですか。この世界で決して侵してはならない禁忌。なるほど、神や魔王さえもドラゴンを畏れたという逸話もわかる気がします」
六月頃から始まった原作知識の暴露は、ついに今日俺が知る中で最終巻にあたる二十巻までいきついた。第三章から先はおっぱいサクセスストーリーも相まって、世界が一気に動き出す内容だったので、俺も話していて何度か遠い目になってしまったな…。そうして幾瀬朱芭さんの体調を考慮しながら話していたので、気づいたら一ヶ月以上の月日がかかってしまった。でも、一巻ごとに話し終わるたびに胃を抑える朱芭さんを見続けていれば、そのあたりは仕方がないとも思う。
英雄派が出てきたあたりに起こった、神滅具や
少なくとも、吸血鬼の一族は滅亡寸前までの被害を受けていたし、敵に奪取されたアグレアスにだってそこで暮らしていた悪魔が大勢いただろう。天界だって邪龍たちに攻められたことで大打撃を受け、イッセーが戦っているところとは違う場所でいくつものテロが起きていたのも語られていた。イッセーの周辺は欠けたヒトがいなかったから実感が薄かったけど、世界中でたくさんのヒトが亡くなっただろうことは想像に難くない。
「改めて思うけど、この世界って本当にとんでもないことになるのね…」
「俺もこの世界に転生したとわかった瞬間には、心から理不尽を叫びたくなるぐらいにはヤバいと思いました」
「私はいいわ、奏太さんの語る未来までこの世にいられないもの。あぁ…、鳶雄、本当に強く生きて……」
顔を手で覆って、マジトーンで孫の幸せを祈るおばあちゃんに、何だか俺が悪いことをしてしまったような気分になる。この世界の
朱芭さんとしても、神滅具を持つ鳶雄が身を寄せるなら姫島朱璃さんと朱乃ちゃんを保護している『
俺が鳶雄が堕天使の組織に身を寄せた予想を話すと、朱芭さんは難しい表情で目を伏せて、肯定とも否定とも取れない態度が見えた。それに不思議と首を傾げたが、原作に載っていなかったことをいくら考えてもわからない。憶測ばかり話しても仕方がないのは事実なので、それ以上はあまり踏み込まなかった。
「ふぅ…、だけどそれで元凶が倒されたことで一件落着というわけね。あと残っている二匹の邪龍を何とかするのが、次の巻だったのかしら?」
「えーと、たぶん。第二十一巻が第四章の最後だって書かれていた記憶がありますので」
「伝説の邪龍『
イッセーたちが戦うことになっただろう二匹の邪龍に顔色を悪くしながらも、ホッと安心したように息を吐く朱芭さん。そんな彼女が放った言葉に、俺は「あっ」と声を出す。まずい、イッセーとヴァーリの戦いとファーブニルの雄姿に熱を入れ過ぎて、二十巻のラストの衝撃をまだ伝えていなかった。
「いえ、復活しましたよ。『
「…………はい?」
「確かリゼヴィムが自分の「死」を引き金にして、自分の魂を封印の解除のための最後の動力源にしたんですよ。それでその二匹の邪龍は、
『我ら邪龍と貴公ら『D×D』による最後の戦いをしよう』
『戦いを生きがいにするのなら、この状況で戦わないドラゴンは嘘だ!』
力あるドラゴンは、純粋なまでに全力で今を生きている。あらゆるものにぶつかり、勝利して、果てに散っていくのがドラゴンだと、アザゼル先生は語っていただろう。世界の命運はドラゴンによって握られ、最後の戦いもまたドラゴンによって決まる。大昔、聖書陣営の大戦を終わらせたきっかけが二天龍の介入であったように。
きっとこの後、イッセーとヴァーリの天龍同士が力を合わせて、邪龍の二匹を倒すんだろうと俺は予想している。
「朱芭さん……?」
「本当に復活したの…?
「は、はい。だけど、最後の方で破壊神シヴァ様が出てきて、『封じる』とか言っていたように思います。だから、きっと何とか――」
「無理よ、間違いなく世界は終末に向かうわ」
断言するように、俺の甘い考えを打ち消すように、朱芭さんの目は鬼気迫るものになっていた。
「全盛期のオーフィス、そしてグレートレッドぐらいでしか
「それは……」
確かに言っていた。アザゼル先生も、魔王様達も、その破壊神様までも。聖書の神様だって、命を懸けて封印することしかできなかった。強大な力を有した最強の生物とされる二匹のドラゴン以外、この世界の誰も滅することができない破滅の象徴。グレートレッドと同等の存在として黙示録で語られる、獣の数字の大元となった伝説の怪物。それこそが、『
「……奏太さん、あなたがその原作を信じているのはわかっています。その「正史」こそが、この世界が進むはずだった未来だと。その邪龍二匹や量産型の赤龍帝だけなら、あなたの言う通りなんとかなったかもしれないわ。だけど、
「じゃあ、この世界は…」
「少なくとも、崩壊寸前なまでの被害は受けたはずよ。その
「……お、おっぱいで奇跡を起こすことができればっ!」
「おっぱいだって万能じゃないわ! 現実を見なさい、おっぱいで解決できる次元を越えていることなのよっ!」
これまで多くの奇跡を起こしてきたおっぱい。スイッチ姫とおっぱいドラゴンによる奇跡と軌跡。最強の白龍皇に一目置かれ、乳首を突いて禁手に至らせ、荒れ狂う覇龍さえおっぱいの歌で鎮め、死神をおっぱいビームで蹂躙し、おっぱいと心を通わせたことで手に入れた『
真剣な表情でおっぱいの奇跡をもっても無理だと首を振る朱芭さんに、俺の顔色も悪くなっていく。俺と同じように「正史」を知った朱芭さんも、おっぱいのすごさを実感したはずだ。この世界に存在する最強の理不尽的な奇跡だと、これまで語ってきたことで受けた彼女の胃痛が証明している。そんなおっぱいの理を理解した彼女でさえも、
……俺は、バカだ。原作知識があったのに、これまで何も考えてこなかった。主人公がいれば、おっぱいさえあれば、この世界は大丈夫だって本気で思っていた。復活した絶望だって、彼らならきっと倒してくれると思っていた。
「でも、奏太さんの言う通り、
「……アザゼル先生の顔に、死相が出ているって破壊神様が前に話していました」
「十分にそれぐらいの被害はあり得ると思うわね」
「正史」の幾瀬鳶雄が世話になっただろう組織のトップへ、朱芭さんは目を伏せて事実を告げる。それを杞憂だと言うことが俺にはできなかった。
「ただこの世界は、奏太さんが話してくれた「正史」からだいぶ外れてきているわ。まず
「つまり俺は今後、
「復活しないのが、一番被害を食い止められるもの。それこそ、リリンが動く動機となった『異世界の存在』の公表を防ぐのも一つの手ね。奏太さんが語る様な事件を起こすリリンが存命というのも恐ろしいけど、『クリフォト』の設立を遅らせることができれば、その分修行に打ち込んで正攻法で倒せるようになるかもしれないわ。それにしても、その『乳神』という存在も、どうしてわざわざこの世界に接触してきたのかしら…?」
俺の目的が、原作よりもよりよい未来を目指すことなら、
しかし、朱芭さんの言う通り、どうして乳神様はこの世界に現れたのだろう。最初に乳神様が出てきたときはギャグシーンとして笑っていたけど、わざわざ異世界にいるイッセーのために加護を与えたのは何故なのか。異世界の存在を、何も知らなかったこの世界に明かした理由…。
「とにかく、奏太さんの今後の方針の一つは決まったわね。あなたから聞いた「正史」を私なりに吟味して、今後の奏太さんがどうすればいいのかはこっちでも考えてみるわ。相談相手が欲しかったのでしょう?」
「うっ、はい…。そうしてもらえるとありがたいです」
俺は深々と頭を下げて、朱芭さんの優しさを受け取った。俺が持つ原作知識をここまで丁寧に彼女へ話した背景には、今後の行動についても相談したかったからだ。ずっと隠していたことを打ち明けられたことで、俺の心も随分軽くなったように感じる。受け入れてもらえた嬉しさも合わせて、本当に朱芭さんには感謝の思いばかりが浮かんだ。
「さて、この話はここで一旦終わっておきましょう。未来のことも大切ですが、まずは目先の問題から解決していかないといけませんからね」
「神器症の治療の件ですよね。この前、アルビオンから話を聞いて考えた俺の考察を話しましたけど…」
約一ヶ月ほど前に行われた白龍皇とのやり取り。リュディガーさんから習った交渉術を参考にしながら、彼から神器視点での話を聞くことができただろう。そこで思い至った結論は、『聖書の神』が完璧に操作出来ていたシステムの状態をベースである「0」にして、今の異常事態を起こすエラー部分を「1」と認識することで消滅させる方法だった。システムに干渉できるだろう相棒の協力を得られれば、実現できるかもしれないと俺は考えた。
元々俺が持つ「概念消滅」を最も有効的に使用できるだろうやり方。『対象を選択し、己が定めたものに消滅の効果を及ぼす』能力は、俺の認識がかなり重要だとアザゼル先生から教えてもらった。俺自身が「在る」と認識した「
『これは私の考察ではあるけど…。奏太さんの神器が「物質」ではなく、「概念」にまで働いた原因は、あなたが原作知識を所有していたことで起こったバグなのかもしれないわ』
『俺の神器の能力がバグっていることはみんなから言われていましたけど、原作知識がですか?』
『あなたはこの世界を物語……、『観測者』として見た記憶を持っているわ。あなた自身はこの世界で生きていると自覚を持っていても、無意識に観測者としてこの世界を見てしまうことはなかったかしら? その神器の異能があなたの「認識」によって変わるものなら、この世界そのものを『観測』したことがあるあなたの視点に引っ張られてもおかしくないわ』
『それは…』
朱芭さんからの指摘は、確かに的を射っているように感じた。以前アザゼル先生が、俺と同じ『
そんな俺と彼らの一番の違いは何かと考えれば、やっぱり『原作知識』の有無に他ならない。『転生』も原因の一つとして考えていたけど、この世界では珍しいけどないわけじゃないし、「概念消滅」なんて突拍子もない異能のきっかけとしては弱い気がした。なんというか、俺の苦労の大半がこの原作知識の所為なんじゃないかと、ちょっと思ってしまう。いつも助けられてきたけど…。
『もしそうなら、……奏太さんの「概念消滅」が『聖書の神』がつくった神器の防衛システムさえも対象にできた理由になると思うの。あなたにとって、神だろうと魔王だろうと関係ない。それこそ、この世界のどんな上位存在だろうと、あなたの認識の中では『観測できたもの』でしかないから。だから、この世界を構成する「概念」すらも干渉することができた』
『それってつまり、俺がこの世界を『ハイスクールD×D』の物語の世界だと認識している限り……』
『この世界にある、あらゆるものを対象にできるということでしょうね。アザゼル総督が、あなたの神器の底が見えないと愚痴をこぼしたくなって当然よ。あなたにとって、ヒトも物も概念も神さえも関係ないんだから』
朱芭さん曰く、俺の神器が万が一抜き取られたとしても、抜き取った相手が「概念消滅」を使えることはないだろうと話してくれた。確かに俺の能力がバグった原因が『原作知識』の有無なら、この世界の者には不可能だろう。俺から話を聞いたとしても、この世界のヒトが本当の意味でここが物語の世界だと認識できるとは思えないしな。
そして、もし俺の中から「前世の記憶」が消えたら、この異能も本来の姿に戻るだろうとも言われた。この世界で「木」の起源を持って生まれた倉本奏太の魂に惹かれて、『
もちろん、何でも消せるといっても、俺の力量を越えるものは当然無理だ。そこは『状態変化系』の神器持ちの定めである。ただまぁ、俺の場合力量が足りないだけで、逆に力量さえ揃えば、この世界にあるあらゆるものを消してしまえる「可能性」があるというわけだけど…。あんまり深く考えたら真面目に頭が痛くなってくるやつだな、これ……。
「あなたの認識をもってすれば、確かに『聖書の神』が施した概念すら干渉できる可能性はあるわ。だけど、ちゃんと理解しているの? そのためには、あなたがその神器に宿る者と接触する必要があるって」
「……
「はっきり言うわ。私の目から見ても、あなたの神器の奥にいる者は『人が触れていい存在ではない』。それでもその力の一端に手を伸ばすなら、それ相応の対価が求められることでしょう」
厳しい口調で告げる彼女の言葉に、内心その通りだろうと思う。相棒はきっと、俺では決して手の届かないような存在なのだろうと。それでも俺は、運がいいのか偶然なのか相棒と出会うことができた。きっと俺もわかっていないようなたくさんの奇跡によって、この関係は続くことができたのだろう。三年前に『
初めて相棒の聲を聞いて、初めて相棒の傍にいられたような感覚。そして、再びあの場所へ行くために必要な
「神器症の治療は、この世界にとってとても大きなことだわ。成功すれば、きっとたくさんの命だって救えるでしょう。でも、奏太さん。あなたはそのためにこれまでの全てを捨てられるの? 今後あなたに求められる役割は、あなた一人ではとても抱えきれないものになるわ。知り合いの子どもを救いたいという気持ちだけで、本当に踏み込んでしまっていいの?」
俺が治療法を見つけたということは、これまでただの空想の絵空事だったことが現実味を帯びてきたのと同じこと。朱芭さんが話す内容は脅しでもなく、現実に起こって当然の内容なのだ。リーベくんのため、という思いは間違いなく俺の中にある。だけど彼女の言う通り、彼のためだけに俺は踏み込んではいけない領域に踏み込んで本当にいいのだろうか。
神器症の治療をすると決めてから、ずっと隣にあり続けた不安。俺が目を背け続けていた現実に、そろそろ向き合わないといけないと思ったのは、果たしていつ頃からだっただろうか。俺が神器症の治療のために費やしてきた三年間。そこで得たものは技術だけでなく、多くのことを俺に教えてくれた。
「……師匠に頼んだり、リュディガーさんが調べた資料を見せてもらったりして知ったんです。神器への抵抗力が低いことで亡くなる子どもの数は、年々増加しているって。その症状も、危険性も、辛さや絶望も、俺が知れる限り目を通して…。たくさんのヒト達が何とかしたいって頑張って、それでもどうすることもできなかった歴史をたくさん知りました」
「…………」
「確かに、本来なら俺には関係ないことかもしれない。だけど、俺だけがどうにかできるかもしれない方法を見つけることができたんです」
「それは、あなただけという強迫観念に捉われているとも言えるわ」
「かもしれません。でも、俺に治療ができるかもしれないって知った時、俺は間違いなく『嬉しい』と感じたんですよ」
硬い表情で告げる朱芭さんへ向け、俺はニッと笑って見せた。俺が神器症の治療をしたことで、大きな混乱が起こることは何となくわかっている。たくさんのヒトに迷惑をかけるだろうことも。正直そこまで頭がよくない俺では、何が起こるのか具体的には想像できていないと思う。それでも、こんな俺の背中を押してくれるヒト達だってちゃんといてくれることを俺は知っているのだ。
「それに神器症のことを初めて知った時も思いましたけど、はっきり言って悔しいんですよ。神器の存在は、多くの人の人生を変えます。俺のように神器のおかげで救われた者もいれば、ラヴィニアのように神器の所為で悲しい思いをした人もいる。鳶雄のように、神滅具を宿したことで平穏から切り離されるかもしれない人だっています」
「そうね…」
「俺は神器に救われた人間として、少しでも神器を持った所為で悲しい思いをする人が減ってほしいって思っています。神器があることで不幸になる場合だってあります。だけど、それで諦めてほしくないんです。いつか前を向いて、神器と向き合ってほしい。俺は原作知識をもっていたおかげで、その知識から神器と「対話」ができることを知っていました。理不尽に持ってしまった力だけど、それでも自分が自分らしく生きるために協力してくれる相棒として見れるようになればって思いました」
俺の気持ちを他者も同じように感じてほしいと思うのは、傲慢なことなのかもしれない。数日前に学友となった神器持ちのリーバンに、「毎日おはようとおやすみを神器に向かって言おう」と神器を使いこなすためのアドバイスを言ったのに変な人を見る目で見られたからな。リーバンの場合は、鏡に映る自分の目に向かって言えばいいだけじゃん。俺がやってきた「対話」方法に文句でもあるのかと。そのうち、「今日の晩御飯は何がいいと思う?」とかの相談だって乗ってくれるようになるぞ。
話がちょっと逸れたけど、とにかく俺は「神器を持って生まれた=不幸になる」という図式に物申したいのだ。神器を持ってしまったからこそ絶対に救われない人間なんて、そんな理不尽で悲しいことがあってたまるか。俺は兵藤一誠たちのように華々しく戦って、敵を打ち倒すみたいな実力はない。だけど、この世界から零れ落ちそうな命を守るぐらいならやってやりたい。それを目標に、俺はこの裏の世界に足を踏み入れたんだ。
責任を負うのは怖い。悪意を向けられるのは怖い。抱えきれないほどの重荷を背負う立場になることは怖い。それでも、怖がってばかりでは何も変わらない。俺が考えている強欲で傲慢なやり方を世界に認めさせるには、俺から踏み込んで変えていくしかないんだ。この世界の理に、真正面から喧嘩を売る。それぐらいの覚悟がなければ叶わない夢だというのなら、その覚悟を持つしかないじゃないか。
「俺がやろうとしていることって、世界に喧嘩を売るぐらいの気持ちが必要なんです。俺一人だったら、確実に潰れますからね。だったらまずは、味方をつくらないといけません。その第一歩こそが、俺が一番信頼している相棒の協力を得ることなんです。世界を相手にしようとしているのに、自分の相棒を怖がっていたらダメでしょう?」
「奏太さん…」
「対価とか、人を越えるとかは、正直いって実感がわいていません。だけど、ここで自分の願いに嘘をついて、怖いからって逃げてばかりいたら、絶対に後悔するってそれぐらい俺にだってわかりますよ。それに何よりも――」
五年前の夏、ドラゴンと堕天使に虐められながら、俺は一つの誓いを心に決めた。当時の俺は、自分にとって誇りになるようなものなんて何もなくて、ぶっちゃけ弱すぎてどうしようもなかった。だからこそ、たった一つでもいいから作ろうと決めたのだ。俺が誇りに思える唯一を。胸に手を当てながら、俺は自分自身に誓った思いを真っすぐに口にした。
「この神器を使いこなせるのは俺しかいない。生涯まで付き合いのある相棒に、相応しい使い手になることを俺は自分とこいつ自身に誓ったんです。だって禁手って要は、神器の最終奥義みたいなもんでしょう? それができないのに、誓いを果たしたなんてカッコ悪くて言えません。たった一つの誇りすら守れない男に、俺はなりたくないんです!」
もうはっきり言って、ただのバカみたいな意地だ。だけど、俺の気持ちを素直に表すならこれしかない。人間を越えるとか、対価を払うとかいっぱいヤバいことはあるけど、それで相棒と向き合わずになぁなぁで生きていくなんて俺が嫌だった。確かに禁手の手立てを知った時は驚いたし、人を越える手段なんてなくていいと今でも思っている。それでも、力とか関係なく、相棒とまた話をしたいとはずっと考えていたのだ。
だから、神器症の治療に禁手が必要になったのは結果論だけど、ある意味で禁手に踏み込むのに良い理由ができたと思ってしまった。俺は相棒の使い手として誓いを守れて、リーベくんのような症状の子どもも助けられる。そんな風に考えれば、なかなかお得な結果になるんじゃないかと思ったのだ。俺のこの考えを聞いた朱芭さんが、ものすごく頭が痛そうに俯いているけど。ごめんね、俺ってよく悩みはするけど、根本的なところは根拠のないポジティブ思考だから。
「はぁー、何だか真面目に諭している私が馬鹿みたいに思えてくるわ」
「えっ、いや、そんなつもりじゃ…」
「……でも、そうね。持って生まれた力を怖がっているだけじゃ、泣いているだけじゃ前に進めないわ。それに奏太さんなら例え人を越えたとしても、きっとあなたのままでマイペースに過ごしていきそうだもの」
くすくすと袖で口元を隠しながら肩を揺らす朱芭さんに、俺は頬を掻いて羞恥を紛らわすしかない。でも、確かに朱芭さんの言葉に納得もした。正臣さんが悪魔に転生した時と同じことだ。たとえその人の在り方が変わったとしても、それで全てが変わるわけじゃない。ちゃんと大切な根っこみたいなところは、変わらずにいられるような気がする。根拠はないけど、俺に対して過保護な相棒のことだ。対価とかもそんな理不尽すぎるものを持っていくことはないだろう。だって相棒だし…。
「さて、奏太さんの中でそれなりに覚悟があることはわかりました。なら、あとはどうやってメフィスト理事長達を説得するかですね」
「……そこのところは、マジでどうしようか悩んでいるんですけど。普通に治療法を見つけました! じゃヤバいですよね」
「ヤバいわね。少なくとも、三大勢力による和平が確実なものになるまでは、下手に動けないと思うわ。あなたの治療に一番関心を寄せるのは、間違いなく天界側ですもの。あなたの力がシステム面にまで及ぶとわかれば、是が非でも欲しがるでしょう」
「そこで戦争になるか、和平に向かうかがわからないのがネックなんだよなぁ…」
俺は原作で三大勢力が和平をすることを知っているけど、この世界ではまだ実現できるか不明な状態なのだ。三勢力とも、戦争なんてもうできないとわかっていながら、それでもにらみ合って機会をずっと探っている感じなのである。特に天界側はシステムによる『堕天』の危険性があるため、最も慎重に事を進める必要があった。原作ではミカエル様が、システムの『堕天』をある程度掌握できていたらしいけど、この時代では可能なのかはわからない。
そんな天界の不透明さというか、引きこもりがすごすぎて、全く情報がないのが辛い。それに俺は魔法使い側の人間なので、天界側は当然俺の身柄の引き渡しを協会に申し出てくるだろう。人間の組織である『
また、堕天使との繋がりを公にできないのでアザゼル先生を介入させる動機がつくれない。魔法使いVS天界&教会という図式だと、確実にこっちが負ける。神器症の治療という名目だと、天界だけを刺激してしまう恐れがある。逆に考えれば、悪魔勢力と堕天使勢力も介入できる何か口実があれば、天界側も迂闊に動くことはできないだろう。
「はぁー、もうめんどくさいよぉー。いっそ神器症の治療なんかよりも、もっとインパクトのある大事が起きて、三大勢力同士が協力しないといけない! みたいな状況に強制的になればいいのに」
「さらっと恐ろしいことを言わないで、奏太さん。それに「正史」で聖書陣営があっさり同盟できたのも、裏で『
「強大な敵か…。現実に起こったらヤバいけど、そんなのが出てきたら一気に話が進みそう」
「奏太さんの話す「正史」が始まるのは、まだまだ先なのでしょう。ほら、今できることをちゃんと考えましょう」
「はーい」
それから鳶雄が家に帰ってくるまで、俺と朱芭さんの間で様々な意見を交換し合った。いい方法はまだ思いつかなかったけど、それに関しては今後も考えていくしかない。なんとか天界と戦争にならない方法を見つけるしかないだろう。せっかく治療法を見つけても、まだまだ前途多難である。それでも、頑張るしかないんだけどね。俺はあと一歩だと拳を握りしめながら、何かいい手はないかを悩み続けた。
なお、そんな悩みは冥界のドラゴン修行を終えた後ぐらいに、文字通り吹っ飛ぶことになる。神器症の治療なんかよりも、もっとインパクトのある大事。それがまさか現実に起こることになるとは、それも俺の介入の所為で起こったバタフライ・エフェクトによる所為だとは、この時の俺は全く意識していなかったのであった。
――――――
「おっぱい」
『おっぱい』
悪魔と教会が管理していた街は、いつの間にか魔法少女が守護する場所となってしまった――原作の重要拠点であった駒王町。縦横無尽に放たれた魔法少女によって、犯罪率は恐ろしいほどに下がり、最も安全な街だと言われている。ちょっと外を出歩けば、十人に一人が魔法少女という街なのでさもありなん。精神の安全に関しては、ノーコメントである。そんなもはや悪魔とか教会とかどこに行った? と言いたくなる土地は、現在悪魔の管理者不在の中、教会が一手に苦労をしょい込むことになってしまっていた。
悪の組織を吸収した魔法少女組織を監視する役目を成り行きで負ってしまったため、なんとか彼らに自粛を申せないかと考えたが、やっていることは完全に善意で良いことばかり。しかもどこからか贈られてくる多額の資金提供によって組織が揺らぐことは一切なく、そもそも無駄に実力がありすぎる者も多すぎた。そして、監督者代表になってしまった紫藤トウジは、魔法少女に大きな借りがあるため、あまり強いことも言えない涙目な状況になっていたのだ。
教会の十字架にいくら祈っても「これが試練だ」と言わんばかりに神は救ってくれず、教会本部に助けを求めても聞こえないふりをされ、悪魔側は未だに
しかし、人間はずっと頑張れる生き物ではない。どこからか贈られてくる最高級の胃薬で誤魔化してきたが、彼らの精神はかなり追い詰められていた。中には「もう俺も魔法少女になればいいんじゃ…」と精神異常を起こすものまで出てきたのだ。むしろ、常識人が四年間もこの混沌の中でよく頑張ったと称賛を送られてもいいと思う。
そんな救済を求める彼らに手を伸ばしたのは、方向性は違うが同じ悩みを抱えていた一人の少年だった。
「イリナのおじさん。そういう時はね、おっぱいに祈ればいいんだよ」
「何を言っているの、イッセーくん?」
「俺はね、気づいてしまったんだ。おっぱいの尊さに…。この世にどれほどの苦しいことや辛いことがあっても、必ずおっぱいは存在して、俺達の心を優しく包み込んでくれる母性に溢れているんだって」
「どれほどの苦しみや辛さがあっても…。だ、だけど、僕は教会の信徒として、神以外を崇めるなんてッ……!」
己の中の信仰と煩悩に板挟みとなる紫藤トウジに、イッセーは菩薩のような目でそっと頭を撫でた。彼がおっぱいに目覚めてすでに二年以上経っているのだ。幼女軍団の保護者として奔走し、日々のツッコミに磨きをかけ、魔法少女に成敗される方々に黙祷を捧げる。そんな日々を癒してくれるおっぱいは、イッセーにとってかけがえのない存在となっていた。その信仰っぷりに箔がつくのは当然である。
「おじさん、おっぱいは癒しなんだよ。おっぱいへの愛は、俺達の心の中にあるんだ。それに神様だっておっぱいがちゃんとあるじゃないか。つまり、おっぱいを持つ神様がおっぱいへの愛を否定するわけがないんだ」
「――はっ、確かに!」
「おっぱいは万物が宿す愛の象徴なんだよ。俺達はみんな、赤ん坊の頃におっぱいに包まれて育ってきた。つまり、おっぱい無くして人は生きられない。俺達がおっぱいに癒されるのは、人として当然のことなんだよ」
後光が差すかのような温かい微笑みに、疲れ切っていた紫藤トウジ含む教会の信徒たちはゆっくりと頭を垂れた。癒しが欲しい。ものすごく欲しい。そんな荒ぶる彼らの心に、おっぱいは輝かんばかりの光を与えたのだ。多くの男はおっぱいが好きだ。普通に好きだ。それを愛でて何が悪い。宗教を押し付けるのはダメだけど、おっぱいの素晴らしさをみんなで共有するのは別に普通のこと。だってそこにおっぱいがあるんだもん。
倉本奏太が用意したお社は教会の隣にある小さな敷地に丁寧に設置され、おっぱいの愛を思う者が集う憩いの場所となっていた。この場所では、難しいことは一切考えずに癒されるだけでいい。ここにはおっぱいを愛する男たちだけでなく、駒王町の現状に疲れた一般市民も訪れていた。こんな訳の分からない集団、普通なら女性陣から非難が飛んでくるものだが、そこは一人の少女の存在が救った。
「おっぱい、素晴らしいものよね!」
興奮気味に鼻息を荒くする
そんな彼女は、おっぱいに悩む女性陣をまずは味方につけた。イッセーの語るおっぱいへの愛は、大きいものも中ぐらいのものも小さいものも全てを包み込む愛なのだ。ならば、胸の大きさやそれによる辛さを語り合える場を提供し、そしてお互いの苦労を分かち合うことで女性の心を救う場にしてしまったのだ。おっぱいへの愛の前にはみんな平等なのだと、桐生藍華はやり切った笑顔で微笑んだ。
「うむむ、おっぱい。おっぱい…」
「おーい、イッセー。またいつものアレをやっているの?」
「あっ、桐生。今日も色々ありがとう」
「いいのよ、私たち友達でしょ。水臭いわねー」
イッセーがおっぱいに目覚めた時は驚いたが、友人として支えてあげたいと思ったのは彼女なりの善意である。彼が真剣な気持ちでおっぱいのことを思っているとわかった幼馴染たちは、今まで彼に支えてもらったお礼にそれをバカにすることなく、むしろ全面的に協力をしたのだ。これぞ友情の証である。なお、その所為でここまでヤバいことになったと言ってもいいだろう。
「またおっぱいに祈っているの?」
「うん…。なぁ、桐生。俺さ、やっぱりおっぱいの声を聞いてみたいと思うんだ。大きいおっぱい、中くらいのおっぱい、小さいおっぱいの人達とたくさん話してきたけど、おっぱい自身の胸の声はどうなんだろうって最近思うようになったんだ」
「胸の声ねぇー。胸の声が聞こえたら、乙女の秘密とかもバレちゃうのかしら。そんなことができたら、将来儲かりそうだけど、あんた絶対に刺されるわね!」
「怖いこと言うなよっ!」
すごく良い笑顔でビシッと指をさしてくる幼馴染に、イッセーはツッコミながら溜め息を吐いた。彼女が茶化すのも無理はない。イッセー自身、心の中でそんなファンタジーなことが現実に起こるわけがない、と思う気持ちがないわけではないのだ。でも、本心から胸の声を聞いてみたいという渇望もあった。
「うーん、仕方がないなぁー。この藍華様の胸を貸してあげようじゃないの」
「む、胸を貸すって…」
「ほらほら、私も成長してちょっとは大きくなってきているでしょ? お社に祈るだけじゃなくて、本物のおっぱいにも直接祈ってみてもいいんじゃない?」
「そ、そんなものかなぁ…?」
面白がる桐生のペースに乗せられているだけな気もするが、確かに本物に祈ってみるのもいいかと考え直す。相手が女性であるため、やはり男がじっくりと胸を真正面から見る機会は少ない。イッセーも小学校の中学年になったため、体育の着替えも男女で別れるようになった現在、この元気な幼馴染の胸の声はどんな感じなのだろうと、好奇心と思春期の感情が膨れ上がった。
そんな煩悩と信仰心を糧にして、早速イッセーは藍華の胸の前で手を合わせて祈りを捧げた。教会出身の幼馴染であるイリナのおかげで、祈り方とアーメンはしっかり習得している。自分から面白半分に言ってみたが、実際にやられるとちょっと恥ずかしくなってきた藍華の赤くなった頬に気づかぬほど、イッセーは集中して胸に祈りを捧げ続けた。
『あぁ…、おっぱい。桐生のおっぱい。どうか俺におっぱいたちの声を聞かせてくれッ……!』
それはきっと、奇跡と呼べるものだったのだろう。イッセーの真摯なまでの祈りは、おっぱいへの
『――あなたのおっぱいへの渇望、しかと見届けさせてもらいました』
「えっ――!?」
「イッセー?」
突然耳に反響したように聞こえた謎の『聲』に、イッセーは驚愕に目を見開く。彼女のいたずらかと思ったが、藍華はイッセーの行動に目を白黒させているため違うとわかる。次にきょろきょろと周りを見渡すが、ここには自分と彼女以外には誰もいない。なら、先ほどの声はいったい――
『ここです。この娘の胸を介してあなたに話しかけています。赤き龍を宿す者よ』
「き、桐生の胸がしゃべったッ……!」
「ちょっと人の胸に向かって、怪奇現象を見たような目で見ないでよ。というか、声って何も聞こえないけど…」
イッセーの反応に今度は藍華の方が揶揄っているのかと思ったが、それにしては様子が明らかにおかしい。思わず自分の胸を揉んでみるが、よくわからない。首を傾げる藍華には悪いが、それよりもこの声が聞こえるのはイッセーだけらしいと悟る。幻聴にしてはあまりにも鮮明で、そして存在感のあるものだった。
「というか、赤き龍って何のこと? 俺は、兵藤一誠なんだけど…」
『ふむ、あなたの中に眠る存在のことですが、今は多くを語らない方がいいでしょう。あなたのおっぱいへの愛を考えれば、乳龍帝とも呼べるかもしれませんね』
「は、はぁ…」
あっ、これこっちの話とかは聞かないで、自分のペースでどんどん進めていくタイプだ。これまでのツッコミ人生で早々に相手の本質を理解するイッセーであった。でも、龍とかはよくわからないけど、『乳龍帝』はなんか響きがカッコいいかも…。ちょっと遠い目になってしまったが、そんなことは意に介さず藍華のおっぱいに宿った神性は、高らかに『聲』を張り上げた。
『ふふっ、あなたの愛が私を呼んだのですよ? 私は全てのおっぱいを司りし神――乳神様に仕える精霊なのですから!』
「おっぱいの神様――乳神様だってッ!?」
「イッセー、ちょっと本気で大丈夫? おっぱいに頭がやられていない?」
普段から唯我独尊な藍華が、傍から見たら幻聴を聞いて壊れたっぽい幼馴染を心から心配する声を上げる中。こうして、本来なら七年後に邂逅するはずだった
ここまでのバタフライ・エフェクトの過程ィィィッ!
ミルたんと契約して魔法少女にする→ミルたんの魔法少女活動を支える→渦の団と魔法少女の決戦が始まる→駒王町住民が巻き込まれる→渦の団が無事に魔法少女に吸収される→駒王町がさらにカオスになる→みんな胃が痛くなる→イッセーが紙芝居のおじさんとの邂逅を果たす→心労からおっぱいへの愛に目覚める→胃が痛かったみんなにも広がる→駒王町におっぱいへの愛が溢れる→乳・神・様フラグが降臨ッ!
いやぁー、ここまで頑張ったぜ…(*´ω`*)