えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

158 / 225
第百五十八話 飛翔

 

 

 

「というわけで、夏休み冥界修行恒例行事っ! タンニーンさんをいかに嵌めて戦うかを、みんなで話し合う会議を行いたいと思いまーす」

「パチパチなのでーす」

「パチパ…、――えっ?」

「それが、恒例行事なのか…?」

 

 関東地方に作られた『神の子を見張る者(グリゴリ)』が管理するマンションの一室にて。朱璃さんが作ってくれたお昼の定食を食べながら、今年の冥界修行に参加する四人のメンバーと、ぬいぐるみ&使い魔の四匹で集まっていた。俺の隣に座るラヴィニアは、さすがは初期から参加しているメンバーだからかノリが良い。食事中だから手は叩いていないけど、言葉で盛り上げてくれるところに優しさを感じた。

 

 そして、向かい側に座るお子様二名は、ぱちくりと目を瞬かせている。冥界修行のことで大事な話があると先に言っていたので、たぶんその内容に驚いているのだろう。詳しい日程や持ち物、向こうでの注意事項なんかもたくさんあるけど、わざわざ全員に集まってもらうほどの要件じゃない。だけど、これについて話さずに冥界へ行くなんて俺達からすればありえないのだ。今年は修行メンバーが増えるので、作戦会議もしっかりやっておかないといけないしな。

 

「これは毎年の恒例なんだけど、冥界(向こう)へ行ったらタンニーンさんから模擬戦を挑まれることになるんだよね。最初の年はいきなりそれで挑むことになって大変な思いをしたから、次の年からは事前に作戦を考えてから行くようになったんだ」

「えーと、確かにみんなで戦うなら連携の確認は必要かも?」

「俺は一人で挑んでみたいが…。まぁ、滅多にない機会だから協力してやってもいい」

 

 元六大龍王の一角『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』であるタンニーンさんとの模擬戦。それに朱乃ちゃんはごくりと唾を飲み込み、ヴァーくんは相変わらずの不敵な態度で笑っていた。ヴァーくんは夏だろうと気にせず、いつもの赤いマフラーに上着を着こんでいる。そして朱乃ちゃんは、紺色と青を基調にした『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』の制服を着ていた。こうしてみると、ポニーテールが似合う可愛い女子児童にしか見えないな。

 

 最初は、俺とラヴィニアとヴァーくんで冥界に行こうかと話していたけど、そこにバラキエルさんから朱乃ちゃんのことも頼むと言われたのだ。ヴァーくん同様に、朱乃ちゃんも思いっきり雷光を撃ち込めるような相手ってなかなかいないしな。出自のこともあって、のびのびと外で運動をすることも難しい。タンニーンさんの領地は日本と同じぐらいの面積があるし、遊び相手なら女子には優しい子龍達がいる。経験を積む上でも、ドラゴンや魔物との戦闘経験はあった方がいいと判断したらしい。

 

 それに堕天使のことを知るタンニーンさんが相手なら、朱乃ちゃんのことも大丈夫だろうしな。雷光の娘以上の爆弾であるヴァーリ・ルシファーがそもそも一緒なのだから、一人増えたところでタンニーンさんの心労的にあんまり変わらないだろうしね。そして娘が冥界に行くということで、今回の引率はバラキエルさんが担当してくれることになった。朱璃さんはマンションの寮母で忙しい時期みたいなので、また今度家族旅行は別に行くようだ。

 

「あのー、ボス…。もしかしてその戦いに、私たちも参加する感じですか?」

「えっ、当然だろ? 使い魔は主の力の一部なんだから」

「王様なら複数人が相手でも構わないって言うだろうけど、カナの場合は本当に遠慮なく呼ぶからなぁー」

「オニニ…」

 

 俺達が食べているテーブルから少し離れた場所から、こちらを窺うように覗く三対の目。床に置かれた皿に盛られている食事を口にしながら、使い魔三匹は呆れたように溜め息をついていた。ラヴィニアの使い魔である彷徨大元帥(ほうこうだいげんすい)ファイナルデスシーサーことワンコは、「私生き残れるかな…?」とちょっと遠い目になっているけど。さすがに手の平サイズの小鬼を戦わせるのは可哀そうなので、朱乃ちゃんの補佐としてくっ付く感じになるだろう。

 

 俺としては、これまでずっとリンの背中に乗ってドラゴンライダー的な練習をしてきたので、広い冥界でようやくお披露目ができそうでちょっとわくわくしている。本来のリンの大きさで人間界を自由に飛ぶのは、色々な意味で危ないからな。ヴァーくんというまともに接近戦ができる戦力と、遠距離から悪魔の弱点である雷光を撃てる朱乃ちゃんと、『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』でどんな距離からでも攻められるラヴィニア、そしてリンの飛行能力と一緒に光力銃による遊撃やサポートができる俺。こうして考えると、案外バランスはいいのかもしれない。

 

 もちろん余裕を持ったり、油断したりできるような相手では決してない。なので、こっちは全力で相手の弱点を集中狙いしながら、向こうには全力を出させないように集中力を削っていく必要がある。デフォルトである精神攻撃をしっかり入れ、相手が嫌がることを戦術にどんどん組み込んでいくのだ。これこそが、この五年間で俺達が編み出した対ドラゴン相手の基本戦術であった。

 

 

《待て待て待てっ、お前たちっ!? さらっと流されているが、看過できない単語が間違いなくあったぞ! 倉本奏太、嵌めるのはおかしくないかッ!?》

「えぇー?」

《いや、何を言っているの? と言いたげにきょとんと首を傾げるなァッ!? 修行に行くのだろう、お前たちはっ!》

 

 そんなのんびり流れていた俺達の会話へ、慌てたように白いドラゴンのぬいぐるみが咆哮をあげた。ヴァーくんの傍に置かれていたアルビオンは、テーブルに尻尾をバシンッバシンッと勢いよく叩きだす。せっかく「これからみんなで頑張ろう!」という時だけど、どうやらドラゴンなりに思うこともあるようだ。そんなアルビオンの様子に俺はふぅと息を吐くと、ニッコリと微笑みを浮かべてみせた。

 

「あのさ、アルビオン。よく考えてみてよ。アルビオンの言う通り、これからドラゴンと修行をするんだよ?」

《えっ、何。これは私が諭されるパターンなのか?》

 

 俺からの切り返しに、困惑を隠せない様子のアルビオン。堕天使に虐められ、ドラゴンに燃やされてきたこの五年間。実体験して培ってきた俺の苦労と常識と対応を嘗めないでもらいたい。

 

「この世界で覇を競いあっていた二天龍の一角として、俺の問いに答えてもらいたい。ドラゴンとは神をも殺しうる強大な力を持った生物で、多くの者に畏れられている最強の種族である」

《う、うむ…》

「そしてドラゴンとは、己の強さに誇りを持ち、独特の価値観を持つ者だ。戦いを一種の神聖な儀式のように捉えていて、強者としての振る舞いのためならその命すらも賭けることができる。例え誰が相手であろうとも、集団で徒党を組んで挑んで来ようとも、それこそどんな策を相手が持っていたとしても、それを真正面から打ち破ってこそドラゴンだと吼えることができる気高き種族。それによって多くのドラゴンが封印され、討伐されてきた歴史があったとしても、それでもその価値観を曲げることなく、己がもつ誇りを守り続けてきた種族だ」

《あ、あぁ…、そうだ。例え封印された身であろうとも、二天龍としての誇りを私も忘れたことなどない》

 

 自分の意見を相手に認めてもらうためには、まずは共感ポイントを稼ぐことが大切である。特に相手にとって譲れないポイントや、大切にしているポイントをしっかり確保しておく。今彼に話した内容は、これまで実在した事例を交えながら、実際に俺も思っていることなので真実しか言っていない。俺の言葉に訝しむ素振りを見せるが、アルビオンは肯定するようにこくりと頷いた。

 

「そんな戦いを愛するドラゴンからすれば、その強大な力で一方的に相手をただ(なぶ)って終わってしまうだけの戦いなんてつまらないと思わない?」

《当然だ。我々の力だって、振るうべき格というものがあるのだからな》

「うん、そうだよね。だけど俺たちは、まだまだ未熟だ。元六大龍王の一角であるタンニーンさん相手に、とてもまともな戦いなんてできるとは思えない。でも修行を付けてもらう側として、彼のような気高き王の前で不甲斐ない戦いなんてしたくないとも思うんだ」

《うむ、その心がけは間違っていない》

 

 俺の質問へのレスポンスがだんだん早くなっていることを確認し、俺の言葉への警戒心が少し崩れたのを見止める。俺は笑みを浮かべていた表情から、サッとアルビオンを真剣な表情で見つめる様にする。手に持っていた箸を箸置きにそっと置き、少し身体を乗り出すようにして力強く声をあげた。

 

「つまり、わざわざ俺達のために修行を付けてくれるタンニーンさんのためにも、彼とちゃんと戦えるだけの準備を俺達はしないといけない。いや、それどころか……誇り高きドラゴンを相手に、何も策がない状態で挑む方が失礼に値すると俺は思うんだっ!」

《く、倉本奏太…》

「俺達は、まだまだ弱い。だけど、それを理由にしてタンニーンさんを失望させたくない。それならせめて、俺達にできる最大限の努力を見せるべきだと俺は思う。それこそが、最強のドラゴンに挑むちっぽけな俺達がやるべき戦いの礼儀ってやつなんだっ!」

《お前はそこまで、ドラゴンの戦いの大切さを思って……》

 

 原作でも思ったけど、アルビオンって結構感受性が高いよな。ドライグの「乳龍帝」騒動で本人も同等ぐらいのダメージを受けていたし、本来恨みで染まっているはずの歴代白龍皇の宿主たちと一緒に「赤龍帝被害者の会」を設立してイッセーを訴えていた。ヴァーくんへの保護者的な対応から見ても、彼に対しては嘘偽りない真っすぐな気持ちで訴えるのが、最も効果があるんじゃないかと思ったのだ。

 

「あぁ、この五年間で俺なりに身に染みて理解したことさ。だからアルビオン、どうか二天龍として未熟な俺達を導いてくれないか。龍王と相対するには、二天龍の力がどうしても必要なんだ。俺達にできる全てを使って、タンニーンさんと戦うことを認めてほしい。この通りだっ!」

 

 俺は手をテーブルについて、アルビオンへ向けて静かに頭を下げた。そんな俺の行動に珍しく狼狽えたアルビオンは、尻尾をふらふらと揺らしながら、フンッと小さく鼻を鳴らした。

 

《……そ、そこまで言うのなら、仕方がないな》

 

 よし、言質は取った。

 

「ということで、アルビオンの許可も無事に取れた。それじゃあさっそく、タンニーンさんを嵌める方法をみんなで考えていこっか!」

 

 しっかりミッションをコンプリートしてやったぜ! 最大限の努力を見せるとは言ったけど、真正面から戦うとは言っていないしね。クルッと俺が輝くような笑顔でみんなの方へ振り向くと、お子様達から何故か半眼の眼差しで見られた。《あっ、えっ、あっ……》と喘ぐ白いぬいぐるみを、ヴァーくんが労わる様に優しく撫でている。俺が言ったことは全て真実で一切の嘘なんてつかず、平和的に説得したのにな。解せぬ。

 

 

 

「さて、今回タンニーンさんと戦う上で今までとの違いを明確にしておこうか。二人にはこれまで俺とラヴィニアがやった戦術は教えておいたよな」

「はい! 一回目は氷姫をロボットにして囮に使い、油断したところを十字架で弱点を狙ったんだよね。それで二回目は、聖水を氷姫に混ぜてフィールドを支配しながら、性転換銃でゲリラ戦法をしたって聞きました」

《傍から聞いてもひどすぎるのだが…》

「しかも、それから三年間は準備期間があったと考えると、今回はもっとひどいことになるというわけですよね…」

 

 作戦会議初っ端から疲れた声を出すアルビオンとワンコの年長組。これからなんだから、若者の元気に負けないでほしいな。朱乃ちゃんの言う通り、現在の俺達の戦績はそんな感じである。二年前は姫島の襲撃事件が夏の初めにあって、それでこっちはバタバタしていたからさすがに難しかった。そして去年は、冥界側がネビロス家の研究の発覚で向こうがバタバタしていたので行けなかったのだ。やっぱり次元の狭間を越えて冥界へ行くには、なかなか大変である。

 

 そんな訳で、挨拶ぐらいなら何回か行ったけど、タンニーンさんと模擬戦をするのは実に三年ぶりになるのだ。三年前からの違いを考えれば、できることはかなり増えていると思う。俺は遠距離からの概念武器を手に入れたし、リンのおかげで制空権も得られた。ラヴィニアもワンコがいるから防御面は硬くなっただろう。ヴァーくんと朱乃ちゃんもいるので、単純に数の有利も増えた。こう考えると良いことばかりだけど、当然ながらデメリットもいくつか見つかった。

 

「……今回私は、『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』を使うわけにはいかないのですよ…」

「だよな。あれ、味方と敵の選別ができないからなぁー」

「聖水の吹雪が吹く中じゃ、リンとヴァーは戦えないもん」

「……ふん」

 

 しょんぼりするラヴィニアに、ヴァーくんが唇を尖らせてちらちら気にしていた。前回の戦いで優秀な戦績を収めた聖水入り氷姫だけど、あれは悪魔に対して無差別に攻撃してしまう。そのため、前線で戦うヴァーくんやリンにも当然ながらダメージを与えてしまうのだ。ラヴィニアが二人を傷つけるような攻撃ができるわけないので、こればっかりは仕方がないだろう。

 

 だけど、『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』が、タンニーンさんとの戦いで使えないのは結構痛い。氷姫の全ての攻撃が悪魔の弱点をつくことができていたので、タンニーンさんの動きをかなり制限することができていたからな。フィールドを支配する『永遠の聖なる白(セイントホワイト)』は能力の副次的な要素だから、こちらで操作することができない。味方に魔の者がいると、使いどころが難しい能力なんだよな…。

 

「聖水の効果を限定的に使うとかは、難しいんだよね?」

「そうですね。そもそも聖水を氷姫に取り込ませるチャンスは、最初の時ぐらいなのです。だから、大量の聖水を必要としましたし、使った分だけの効果は無くなるまで持続してしまうのです」

「その後、氷姫に聖水を与えるにも前線まで聖水を運ばなくてはならない危険があるわけか…。今回なら魔龍聖がその隙を与えるとも思えないしな」

 

 朱乃ちゃんとヴァーくんが頭を悩ませるように、『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』はまだまだ改良点が色々あるんだよね。昔に比べて、ラヴィニアもだいぶ操作は上手くなっているんだけど。聖水の効果がある内は、ヴァーくんとリンには下がっていてもらうという手はあるけど、さすがに四人と三匹がかりの戦いならタンニーンさんも容赦なく攻めてくるだろう。それに聖水の雪は多少は残るだろうし、二人にダメージを与えてしまう可能性がある。

 

「主の神滅具は、なかなか制御が大変そうですな…。しかし、主の身は安心してくだされ。この彷徨大元帥ファイナルデスシーサーが、必ず主を守ってみせますぞ!」

「龍王の炎からも?」

「それはさすがに直撃は……。でも、少しの間ならなんとかもたせてみせますよ!」

 

 フンスッ、と鼻息を荒くするワンコ。まぁ、魔王級の炎を多少でも防げると考えればすごいことだよな。上級悪魔を星のように吹っ飛ばしたミルたんの拳を、何発も受け止められたっていう話は聞いていたし。こいつ性格はこんなんだけど、その結界の性能は間違いなく上位クラスなのだ。姫島家襲撃事件の時も、襲撃者達の攻撃を完璧に防ぎ切ったし、冷気すらも漏れないようにしてしまったのだから。

 

 独立具現型の神器は、神器そのものが個別の意思を持っていて、所有者が遠隔で操作をすることができる。しかしその分弱点もはっきりしていて、宿主本体を直接狙われると自衛が厳しいことがあげられるだろう。ラヴィニアは魔法使いとして優秀だけど、神器の操作のためにその場からあまり動くことができない。氷姫を前衛に固定砲台として後ろからフォローするのが、通常のラヴィニアの戦法であった。そこに強力な結界を発動できる守護者がいれば、ラヴィニアも安定して力を発揮できるようになるだろう。

 

 前回までは俺がラヴィニアをおんぶして逃げ回るしかなかったんだけど、彼女が自衛手段を手に入れたのは大きい。しかし、集中的に彼女が狙われたらアウトなので、そこが難しいんだよな。ラヴィニア自身もリンのような何かしらの移動手段を持つことができれば、かなり戦術も広がる気がするんだけどなぁー。リンの背中に一緒に乗るという手もあるけど、他者を乗せながら戦闘するのは俺自身がまだ無理だ。

 

「まとめてみよう。前線に悪魔の味方がいると、『聖氷姫人形(セイント・ディマイズ・ギアドール)』は使えない。それは限定的に力を発揮することが難しいからだ。要所要所で使う手もあるけど、戦闘中の氷姫に聖水を適量だけ含ませるのは至難の業のため、現実的じゃない」

「それとラヴィニア姉さまの守りも固めないといけないよね。私たちでタンニーン様を姉さまの元へ行かせないようにするけど、たぶん相手はこっちの弱点を狙ってくるはずだもん」

「多少の攻撃ならそこの犬がなんとかするだろうが、龍王の攻撃だ。俺達の動きもラヴィニアを中心にしておいた方がいいだろう」

「力不足で申し訳ないのです…」

 

 しゅんと肩を落とすラヴィニアへ、気にするなと俺達は声を掛け合う。強大なオーラを持つ神滅具を制御する難しさは、ここにいる全員が理解している。天才的な才能を持つヴァーくんでも、白龍皇の力を十全に扱うには長い研鑽が必要なのだから。氷姫を遠距離中心に運用して、ラヴィニアの周囲にだけ聖水吹雪を撒いて攻防一体にするやり方もあるけど、さすがに前線をヴァーくん一人に任せるのは無理だろうしな。氷姫も前線に出さないといけない以上、今できるやり方で応戦するしかない。

 

 神器をいかに活用するかを考えるのは、なかなか大変だ。ラヴィニアの氷姫は、アニメのロボットみたいに操作はできるんだけど、使用感は今のところ某鉄人みたいな外から指示を送るみたいなことしかできないからな。そういえば、独立具現型の神器の持ち主が目指すべき道は、神器との一体化だってアザゼル先生が言っていたか。言葉通りに捉えるとしても、冷気を発する氷姫と合体するのは人間には厳しいよなぁー。

 

 

「……あれ、ちょっと待てよ」

 

 そこまで考えて、俺は気づいてしまった。――そうだ、よく考えてみたら冷気を遮断する方法ならちゃんとあるじゃないか。それに、外付けでロボットを操作する時代なんてすでに古いのだ。時代のトレンドは、やはりロボットと一体化して戦うダンガム方式である。先生にお願いして、ザゼルガァーに乗り込んだあの感動を思い出せ。あれこそが、本来あるべき戦闘スタイルってやつなんじゃないだろうかっ!

 

「ラヴィニア! ちょっとこれができるか教えてくれ!」

「……カナくん、またなのですか?」

「カナ、また悪魔になるの?」

「ボス、また地獄絵図をつくる気ですか?」

「これが、アザゼルが言っていた前兆というやつか…」

「父さまも同じことを言ってた」

「オニー…」

《言葉一つで周囲の目のハイライトを一瞬で消すとか、こいつ本当に何なのだ?》

 

 光明を見つけたことに喜ぶと同時に、全員の目が効果音が付きそうなほどの勢いで瞬時にこちらへと向いて、好き勝手感想を言い出す。しかし、俺はその程度ではくじけない。先ほどまで話していた問題点を、丸ごと解決できる方法を思いついたのだから。俺達なら目指せる、煌びやかに輝くロマンの星へ!

 

 さっそくそのやり方を説明すると、みんなの口がポカンとしばらく開いたが、ラヴィニアも子どもたちも目を輝かせて満場一致で俺の案が採択された。そりゃあ、ロマンが溢れる方を選ぶのは子どもなら当然だよな。そうして食事を食べ終わると同時に、俺達は新しく考えた方法ができるのかを試すことにした。冥界へ向かうまでの数日間は連携の練習を含めながら、俺達は『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』の完成形を目指したのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「ついにこの時がまた来てしまったか…。本来戦いの前は気持ちが(たかぶ)るものだが、ここまでやる前から複雑な気持ちを抱かせる戦いは他に類を見ないだろうな」

「えーと、一応褒められている?」

「お前のその根拠のないポジティブ精神は、ある意味で称賛に値するな」

《精神攻撃という点でいえば、始まる前からすでに与えているのではないか……?》

 

 出会った瞬間に俺達の姿を見て遠い目になるタンニーンさん。そして、その姿を見て頭が痛そうにするバラキエルさんと、憐憫のような気持ちを送るアルビオン。ほぼ初対面と久々の邂逅のはずなのに、大人たち三名は瞬時に気持ちを共有し合ったらしい。今日の夜は大人だけで飲もうと誘い合っているあたり、コミュニケーション能力が高いなとしみじみした。

 

 さて、あの作戦会議から幾日か過ぎ…。ついに始まった冥界修行は、いつもの火龍さんの住処で行われることになった。堕天使や魔王を無条件で受け入れてくれるドラゴンとか、すでに俺達の存在に慣れたあそこぐらいしかないからな。引率係であるバラキエルさんに連れられ、再び俺達は冥界の大自然へと足を踏み入れたのだ。朱乃ちゃんは初めての『地獄(冥界)』に興味津々なようで、お父さんに色々なことを質問していた。ヴァーくんにとっては、つらい思い出ばかりが残る冥界の土地だけど、本人は懐かしそうにその空気に目を細めるだけだった。

 

 人間界から冥界へ来るときに着いた場所から目的地までは距離があるので、空を飛べるみんなは羽や翼を広げ、俺とラヴィニアは本来の大きさに戻ったリンの背中に乗って向かうことになった。しなやかな体躯に真っ赤な鱗を持ったリンは、ここ数年でまた大きくなったようで一般的な二階建ての家屋と同じぐらいの高さまで成長している。五年前は俺より少し大きいぐらいだったのに、いつの間にか俺達二人を軽々と乗せられるぐらいまで大きくなったんだな。そう思うと感慨深くなって、俺は優しくリンの背中を撫でた。

 

 徒歩なら数日はかかっただろう距離を一気に進み、その道中で魔物との戦闘も経験しておく。タンニーンさんの眷属ドラゴンである朱炎龍(フレイム・ドラゴン)さんたちの住処は、リンの実家でもあるので本人はかなりご機嫌のようだ。散々遊びに誘われてボロボロにされたチビドラゴンたちも、リンぐらい大きくなっているので、すでに何匹かは巣から離れて独立もしているらしい。それにちょっと寂しさを覚えてしまったが、元気にやっているようなので、機会があればまた顔を見せに来るだろう。

 

 そうして辿り着いた目的地に、ドラゴンの王は堂々と佇んでいた。十五メートル級の巨体は相変わらず圧巻で、その纏うオーラの密に子どもたちは緊張に汗を滲ませたのがわかる。ヴァーくんは早く戦いたくて、うずうずしているっぽいけど。リンの約三倍近い大きさだから、朱乃ちゃんは初めて見る巨大な種族に目を白黒させていた。バラキエルさんに背中を押されて、心を落ち着けてしっかりと挨拶を返せたあたり、朱乃ちゃんの成長も感じられた。

 

「それにしても、久しいなアルビオン。まさかこのような機会に恵まれるとは思わなかったぞ。その少年が、お前の新しい宿主というわけか」

《あぁ、久しいなタンニーン…。今代の白龍皇であるヴァーリ・ルシファーと共に失礼する。神器となった身で酒を飲み交わすことはできんが、ぜひ今夜は語り合いたいものだ》

「こちらの都合で伺うことになったため、最高級の酒なら土産として持ってきている」

「ふっ、さすがは雷光だな。しかしメフィストめ、ルシファーなんてものをこっちにさらっと投げてきおって…。人間界に引っ込んだあいつと違って、こっちには冥界での立場もあるというのに……」

 

 疲れたように肩を竦めるタンニーンさんだけど、本来なら最上級悪魔として冥界に報告するべきなのに、ヴァーくんのために黙っていてくれるだろうあたり、本当に良識的なドラゴンである。俺達は荷物などを置きに住処へと一旦入り、火龍さんたちに挨拶をすると、再び外へと顔を出した。タンニーンさんも準備万端なようで、先ほどまでの哀愁は消え去り、威風堂々とした佇まいへと変わっていた。

 

 

「さぁ、新顔もいるが、三年ぶりのお前たちの成長を見せてもらおう。今回は俺も積極的に戦わせてもらうぞ」

 

 力強く腕を組み、こちらの様子を興味深そうに窺うタンニーンさん。前回同様に一撃勝負ではなく、俺達の実力を把握できるまでは戦うことになりそうだ。そして、どうやらいつものハンデは健在のようで、俺達が動くまでは待っていてくれるらしい。こういうところは、ドラゴンらしいというか、タンニーンさんらしいと思った。俺はラヴィニアへ視線を向けると、こくりと頷く姿を見せた。

 

《――悠久の眠りより、覚めよ。そして、永遠なる眠りを愚者へ――》

 

 深々と息を吐きだし、水色の神秘的なオーラと共に紡がれていく謳。ラヴィニアの碧眼が、深い青へと変化していく。両腕を横に広げ、彼女のオーラに合わせて氷の塊が現れ、徐々に人型へと変わっていった。吹きすさぶ吹雪の中、俺も相棒を呼びだすと勢いよく作成途中の『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』へと突き刺した。

 

「さて、前回はそこに聖水を合わせていたが、今回その手は使えないだろう」

「……はい、ここで聖水は合わせません。しかし、『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』に合わせるべき新たな手札は、すでにありますから」

「聖水以外に合わせるべきものだと……?」

 

 ニヤリと笑う俺の言葉に、タンニーンさんは訝し気に、そしてどこか嫌そうに口元が引くついていた。俺達が新しく見つけた『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』の新フォームが、ついにそのベールを脱ぐことになるのだから。氷姫ロボットは、ついに新たな段階へと進化するのだ。

 

 俺の神器のオーラを纏ったことで、六つの瞳が紅に輝きだす。次に氷でできたドレスが作成され、上半身へと徐々にその工程が進んでいく。ここまでは今までと同じ過程だが、彷徨大元帥ファイナルデスシーサーを肩に乗せたラヴィニアが、氷姫に向かってゆっくり歩き出していた。

 

「アザゼル先生から教えてもらった独立具現型神器の弱点。それを補う方法はいくつかあるけど、『神器との一体化を果たす』という言葉から俺はヒントを得ました。そもそもアニメで見るダンガムは、最初からロボットと操縦者は一体化していたんです。パイロットと機体は一心同体の存在。だったら、氷姫の操縦者であるラヴィニアにだって同じことができるはずだって思ったんです」

「ワンワン、お願いするのです!」

「お任せください、主!」

 

 俺が相棒を刺した場所を目指して、ラヴィニアは真っすぐに駆けだした。それと同時にラヴィニアを守るようにワンコは守護の結界を発動させ、彼女へ向かう冷気などを遮断していく。俺の槍が刺さった場所がラヴィニアを受け入れる様に間隔をあけ、人一人が入れるような空間が出来上がる。ラヴィニアが氷でできたコックピットに乗り込むと、彼女を覆う結界を薄い氷が張りついていった。

 

 氷姫に刺さった赤い槍を両手で支えながら、自分を包み込む氷にラヴィニアは身を任せる。彼女を守る様に氷の盾が浮き上がり、三メートルある巨体がゆっくりと立ち上がり、吹雪で覆われた透明なベールで纏われた。文字通り物理的に神器との一体化を果たしたラヴィニアは、白いローブを靡かせてタンニーンさんへ向けて真っすぐに睥睨した。

 

「これこそが有人機動(ドール・アーマー)――『白雪の姫騎士(ビアンカネーヴェ・カヴァリエーレ)』なのです!」

 

 イタリア語で『白き雪の姫(ビアンカネーヴェ)』を意味する氷の騎士は、俺の神器の能力で紅いオーラを纏い、ラヴィニアとワンコを連れてふわりと空中へと浮き上がる。六本の腕から氷のブレードが突き出され、好戦的な意思を見せる氷の人形にタンニーンさんは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。これまで神器の操作のために動くことができなかったラヴィニアが氷姫に乗り込むことで、攻防一体の戦闘ができるようになったのだから。

 

 五年前に氷の神器でロボットをつくり、四年前に色々工夫して技を増やしてきたけど、やっぱりロボットはコックピットに搭乗してこそが真のロマンだと断言できる。ロボットと一心同体になってぶつかり合ってこそ、本当のダンガムファイトなのだ。俺はこの光景に改めて感動で目を輝かせ、『白雪の姫騎士(ビアンカネーヴェ・カヴァリエーレ)』のカッコいい登場にグッと拳を握った。

 

 ラヴィニアが浮き上がったと同時に、ヴァーくんと朱乃ちゃんも黒い羽と翼を広げて空へと一気に飛びあがる。俺もぼぉーとしている暇はないため、リンの背中へと勢いよく飛び乗り、右手に持った光力銃に相棒を差し込んだ。これまで空はタンニーンさんの領域で、『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』で何とか食らいつくことしかできなかった。しかし、龍王との三度目の模擬戦でようやく俺達も制空権を争う戦いに参加できるようになったのだ。

 

 

「……まったく、相変わらずお前たちはこちらの予想をあっさりと超えてくるものだな」

 

 タンニーンさんの紫紺の瞳が鋭く細まり、紫の巨体に纏われるオーラと魔力が徐々に渦巻いていく。先ほどの宣言通り、積極的に戦うという言葉の通りのようだ。その声は呆れを滲ませているけど、どこか楽しそうにクツクツと笑い声を漏らしていた。

 

「お前たちの成長は俺の楽しみの一つになっている。さぁ、『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』である俺に興味を抱かせただけのその価値を存分に魅せてみるがいいッ!!」

 

 タンニーンさんの咆哮が響き渡る中、空を駆ける俺達にとって三度目の再戦が始まったのであった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。