えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十話 兆し

 

 

 

「ほぉ、なかなか良い酒ではないか。疲れた身体に沁み込むような気がしてくる」

「それはよかった。残りはここを貸してくれたドラゴン達にでも振舞ってほしい。今回は、娘とヴァーリが世話になった」

《こちらからも礼を言わせてほしい。広大な土地で自由に飛び回る経験は、人間界では難しいからな。貴重な時間を得ることができた》

 

 子どもたちと魔龍聖の模擬戦が終了し、紫の空が色濃く覆う夜の帳へと変化した頃。大人たちは意気揚々と酒瓶を片手に集まっていた。あまり宿主から離れられないアルビオンだが、隣の部屋で眠るヴァーリとの距離をギリギリまで離して、防音の結界を張ってもらうことで事なきを得る。模擬戦の後に、元気が有り余っていたヴァーリとフォローに回っていた朱乃は五メートルはあるだろう子龍たちとその後も戦って(遊んで)いたため、今はぐっすりと眠っていた。

 

 奏太とラヴィニアはタンニーンの眷属である赤龍の長(リンの父親)に挨拶へ行き、族長として今後のドラゴン教育に使えそうだからと動画記録の焼き増しをお願いされる。これほど間近で本気の王様の戦いを映し、しかも全ての攻撃を撥ね退ける技術とパワーは参考になる。そして何より、世の中にはこんなヤバい奴が存在しているという証明になると鼻息荒く交渉された。ナチュラルにヤバいやつ認定されたことにたじろぐ奏太だったが、教育パパの熱意はすごかった。

 

 タンニーンはものすごく何か言いたげだったが、今後のドラゴンの教育のためだと頷く。そして、きちんと編集作業という名の魔法で不都合なところはカットしたり、誤魔化したりすることを約束して交渉は成立したのだ。お礼に珍しい魔物やドラゴン系統の素材を大量にもらった奏太は、使い道に頭を悩ませ「とりあえず、カイザーさんに送っとくか」と丸投げしておいた。魔法少女に素材の合成システムが解禁された。

 

「それにしても、今回も本気でひどい目にあったな…」

「さすがにアレは、同情する」

《アレを頭パーンの一発で許せるお前の慈悲深さに、私は感動しかない》

 

 龍王としての尊厳を最後まで守り切っただけでなく、あの状態で子どもたちにはちゃんと手心を加える。しかも、あの悪魔のような行為に対して、元凶の頭を尻尾でどつくぐらいで済ませたタンニーンへ誰もが称賛を送った。奏太も三年分のやらかしを余すことなく一斉投下した自覚はあったようで、さすがにやりすぎで怒られるだろうことは理解していたらしい。それでも、タンニーンなら許してくれるだろうという甘えがあるあたり、性質が悪いのは間違いない。

 

《……タンニーン、バラキエル。倉本奏太を鍛えたのはお前たちだと聞いているが、何であんな悪魔を育ててしまったんだ?》

「待て、アルビオン。初めの頃は、もうちょっとマシだったんだぞ。成長するにつれ、気づいたら別方向に舵を切っていただけでな…」

「やり方はひどかったが、やっていることは戦術の範囲に収まっている。戦力差がある相手と相対するなら、相手の弱点を狙い、得意とする技を封じ、本来の力を発揮させることなく倒すべきだ。それを卑怯と言う者は当然いるだろうがな」

「そもそも弱者が強者に踏みにじられるだけの世界などつまらん。気持ちよく戦いたいなら、レーティングゲームのようにスポーツとしてルールに則って勝敗を競う世界にずっと浸っていればいいのだからな」

 

 さすがに倉本奏太も、レーティングゲームのような試合や協会の魔法使いとしての立場があったら、世間体を気にして自重するだろう。特に失うものもない、負けても問題ない修行や試合なら彼は普通に負ける。負けず嫌いな面はあるが、元々そこまで勝ちにこだわりを持っていないので、負けたら負けたで仕方がないと考える。だからこれまでも年下に追い越されても、相手が強いのだから仕方がないとあっさり受け入れることができていた。

 

 それに奏太は、元々戦闘に苦手意識を持っており、自分から積極的に戦うことはない。目立つと死亡フラグがバンバン立つこの世界で、注目を浴びる危険性を彼はよく知っていた。原作のグレモリー眷属達が、潜った死線の数は伊達じゃない。だから実力者が味方にいるのなら、遠慮なく頼って自分は裏方に回った。そんな彼が、勝つために手段を選ばずに戦うと決めたのなら、絶対に勝たなくてはならない譲れない場面だけだろう。それ故に保護者達は、奏太のやり方を否定しなかった。

 

 リュディガー・ローゼンクロイツから教えを受けていることにちょっと嫌な予感はしたが、弱者の視点に立って的確にアドバイスができるのは彼だけだ。そこは理解している。なのでタンニーンは、今度レーティングゲームの試合でもしあの鬼畜悪魔に当たったら、全力で燃やそうと心の中でちょっぴり思うだけでとどめたのであった。

 

「倉本奏太がこちらに性転換銃や魔法少女コンパクトを使ったのは、俺なら戦術として認めてくれるという信頼があったからだろうしな…。頭は非常に痛いが……」

「戦闘方面に才能がなかった分、知略や発想に磨きをかけたことが原因だろう。倉本奏太も努力しているが、才能や性能の差はどうしたって埋まらない。だからこそアザゼルや私は、彼に『勝つための戦い方』ではなく『負けないための戦い方』を教えてきた。普通に戦えば負ける定めを、倉本奏太は常に抱えていたからな」

 

 アルビオンの質問に対して、遠い目をしながら答える魔龍聖の後に続いて、バラキエルも教官としての意見を口にする。特殊な能力を持っていようと奏太自身の素体は人間であり、そして戦闘方面の才能はどれだけ鍛え上げても厳しかった。普通の人間なら、それが自分の限界だと悟って妥協する。強者に勝つことを諦める。奏太自身もそのあたりは自覚し、自分が強者に勝てないことを理解していた。

 

『カナくんの強くなりたい、という気持ちは伝わったよ。だからこそ、慎重にやるべきだ。君が人として生きていくつもりなら、覚えておくといい。人間と人外には、明確な差というものがある。そして、人間でその差を真正面から埋められる者は、極一部のみだ。どれだけ強くなるために修行をしようとも、多くのものを犠牲にしようとも、届かない領域はあるんだよ』

 

 倉本奏太が裏の世界に入って強さへの焦りを抱いていた時、メフィスト・フェレスが彼に向けて伝えたこの世界の理。素質や才能、神滅具の力や強い意思を持つ選ばれた一握りの人間だけが、辿り着くことができる領域。メフィストの言葉は、容赦なく裏の世界に入ったばかりの少年へ現実を突きつけた。しかし、彼は同時に導く者としてしっかり道も示していたのだ。

 

『そんな越えられないはずの種族の壁を、別の方向から越えてくる人間(変人)がたまにいることさ』

『……変人ですか?』

『あぁ、変人さ。人間はねぇ、人外では考えもしない方向で勝ちを拾ってくるんだ。僕はそんな光景を、たくさん見てきた。力で勝てないのなら、逃げ足で、情報で、知恵で、人脈で、交渉術で、道具で、作戦で、その差を埋めようとしてくる。そういった相手は、一番厄介だ。戦えば勝てるだろうけど面倒だから相手にしたくない、という感情は、人外にもあるからねぇ』

 

 少年が求める強さが、人外と真正面から戦って勝つためのものではないと奏太に方向性を定めた。ある意味で、開き直らせたのだ。弱者であることを認め、兵藤一誠達のように華々しく戦うことを捨て、戦うならあらゆる方面から勝ちを拾ってくるやり方に振り切らせた。その片鱗を最初の一年目で行った模擬戦でタンニーンたちは感じ取ったが、彼らはそれを否定せずに受け入れた。人間の持つ可能性、勝つことへの執念。彼らの今後の成長を楽しんだ。

 

 だからこそ、予想外に成長したからと、それを今更否定するなどしない。当然やり過ぎたら怒るし、教育的指導はするが、導いた責任はしっかり果たす。今の奏太ができ上がった背景には、悪魔の導きと堕天使の技術とドラゴンの容赦のなさを受け継ぎ、そして本人の諦めることが嫌いな性質でブーストされた結果だ。まさに、悪の象徴とされる三大種族による英才教育の賜物であった。

 

「だから、個人的にアレを「悪魔」呼ばわりでまとめるのも最近どうかと思うようになってな…。アレは三大悪を凝縮した何かであって、悪魔的には風評被害を一方的に受けているような気がしてならない」

悪魔(Devil)堕天使(Fallen Angel)ドラゴン(Dragon)か…。堕天使を堕天(Downfall)にすれば全ての頭文字に『D』が入るな。その単語と関連していると考えれば、……『D×D』と呼べるか?」

《天龍の直感がそれだけはやめておけ、と言っているような気がする》

 

 酔っ払いたちの話のネタにされる弟子にカラカラと笑いながら、タンニーンはアルビオンへ向けて肩を竦めた。

 

「まぁ、とにかくだ。やっていることは酷過ぎて言葉もないが、あいつの素質や性根を受け止めて育ててきたのはこちらだ。あいつは強者に勝てないことを理解しても、それでも強者に勝つことを諦めない道を選んだ。その意思を否定する権利など他者にあるわけがない。実際にあいつは、これまで自らに降りかかってきた困難をいくつも払い除けているのだからな」

《……そうか。お前にとっては、自慢の弟子というわけか》

「個人的に物申したいところは多いがな…」

 

 クツクツと喉を鳴らすアルビオンに、タンニーンは否定せずにそっぽを向いた。一メートルほどのチビドラゴンに変化しているタンニーンは、器用に片手で酒瓶を傾け、五年前の幼かった少年のことを思い出しては飲み干していく。できることが増えた分、奏太が使える手札も増えていったが、根っこの本質は今でも変わっていない。

 

 最初の模擬戦の後、奏太は十字架やラヴィニアの神滅具でなんとか勝ちを拾ったことに卑屈になっていた。それを叱咤し、勝ち取った一撃に誇りを持ち、自信をつけろと背中を押したのはタンニーン自身だ。魔龍聖に一撃を入れた。それは紛れもなく事実であり、彼はタンニーンとの勝負に勝ったのだ。それに驕ることなく、成長していく姿が見たいと興味を持ったのが始まりだったのだから。

 

 

《それでも、あのコンパクトはヤバいだろう》

「わかっている。……だが、こちらから聞いても優秀な性能を持っていることは否定できない」

「強制的に衣装を変えられるということは、敵の持つ危険な外装を剥がすことができる。さらに特定の術式しか受け付けない誓約は、術者にとっては致命的な隙をさらす。対処方法は簡単だがそれができるのは極一部の者だけで、あとの者は受けた時点で(社会的に)敗北する。思いつくだけの性能をあげてみても、まだまだあるぞ」

 

 武人として魔法少女コンパクトの利点をあげるだけでも、あまりにも性能が高かった。しかも、これで量産体制はすでに整っていて、トップクラスの技術者の恩恵もあり効力も立証済み。主人公である兵藤一誠の固有技だった『洋服崩壊(ドレスブレイク)』と似たような効果を使えると考えれば、その性能のヤバさがわかるだろう。対処法は簡単で、ただ魔法少女になることを受け入れて魔法少女魔法で戦えば解決だが、それがみんなできたらこの世界は色々な意味で終わっている。

 

 万が一敵に奪われても、相手側だってこんな恐ろしいものを使いたがらない。もし使ってきても、魔王少女様とかミルキーとかを逆にぶつければ問題は解決だ。しかもヤバいことに、アニメ効果と潤沢な資金提供と人脈によって技術力は日々進化し続けているため、コンパクトの性能はどんどん上がっている。ミルキーの心を持つ者以外にとっては、受ける側になっても、使う側になっても、見る側になってもまさに地獄。それこそが、雷光(ドM)すらトラウマを持った『史上最悪の精神破壊兵器』だった。

 

「魔王連中は何を考えて、あんな恐ろしい兵器を開発したんだ? まさかと思うが、どこかと戦争をする気じゃ…」

《倉本奏太曰く、ノリと勢いと趣味だそうだ》

「余計に最悪じゃないか…」

「ノリと勢いと倉本奏太じゃないんだから…」

 

 セラフォルーの趣味と、リュディガーの鬼畜さと、アジュカのエンジニア思考と、それらをつなぎ合わせてしまった倉本奏太の人脈と組織力。しかも、最初の発端はただの善意だったというのだから頭痛がする。いい大人が揃って何をやっているんだ、と酒を勢いよく継ぎ足した。それを武器として遠慮なく投入してくる教え子の思考回路にも大変頭が痛かったが。

 

 とりあえず、例の破壊兵器を使うのはタンニーンのように事前にやらかす許可をもらっておくか、悪人相手や命の危機であるか、どうしても勝たなければならない時以外は、基本自重するように伝えるしかないだろう。なお、翌日それを奏太に告げると「えっ、そんなのもちろんですよ。常識でしょ?」と言われて、思わずもう一発頭をパーンしてしまったのは不可抗力であろう。

 

 

「ボーヴァは俺の息子の中で、最もドラゴンとしての気質を受け継いでしまってな…。強者と見たら、手当たり次第にケンカを売っているようなのだ。呼びだして話を聞こうにも「父上に俺の気持ちなんてわからない!」と聞く耳を持ってくれんでなぁ…」

「なんと、それがかの有名な反抗期というやつか…! 朱乃に「父さまなんて知らない!」とか言われたら、三日三晩泣き続けるぞ、私なら」

《ヴァ、ヴァーリにも反抗期とやらが、来るかもしれないのか? あの悪魔みたいになるとか言われたら、神器の奥に引きこもって泣くぞ、私なら》

「雷光と天龍が子どもの反抗期ぐらいで泣くな。この父親初心者どもが」

 

 転生悪魔・堕天使・ドラゴンとバラバラの種族同士だったが、にじみ出る苦労性の性質をかぎ取ったが故か、酒盛りはかなり盛り上がることとなった。世界情勢や何でもない愚痴から始まり、父親としての共通点から子育ての大変さを共有し合う。タンニーンが語る三男の反抗期に、バラキエルとアルビオンは朱乃とヴァーリに反抗期が来たらどうしようと慌てだす。世界でも上位の実力があろうとも、子を持つ父親とは難儀なものである。

 

 また、三人の共通の話題的に倉本奏太の名前が出てくるのはある意味で仕方がないが、合間で語られる皇帝のストライキ事件や姫島家襲撃の地獄にみんなでドン引きする。去年起こったネビロス家の研究の発覚では、悪魔と堕天使の全体がてんやわんやしたのは記憶に新しい。アレも遡れば、倉本奏太がポロっとこぼした一言が起因なのだからどうしようもない。

 

 やっていることは間違っていないし、結果的に良い方向に向くのも間違いないのだが、巻き込まれる側はとんでもない大嵐に振り回される。何より性質が悪いのが、放置した方が後々より被害が大きくなると誰でもわかってしまう手前、自らの意思で関わりに行くしか選択肢を選べないことだろう。毎年何らかの大事件を引き当ててくる奏太に、大人たちは盛大に溜め息を吐いた。

 

「はぁ…、だが冥界の騒動もだいぶ落ち着いてきた。あいつのやらかしに悪魔や堕天使や魔法使いが散々振り回されてきたが、さすがにもう五年目だ。倉本奏太もそんな毎年毎年世界を揺るがすような火種を発掘してはこないだろう」

「今年から魔法使いとして本格的に活動を始め、裏の学校にも通うようだからな。さすがに自分のことで手一杯になると思うが…」

「ハハハッ、なら今年はゆっくりと過ごすことができそうだな!」

《…………あっ》

 

 だいぶ酒が回って来たらしいタンニーンとバラキエルの会話を聞いて、唯一雰囲気を楽しむだけだったアルビオンが冷や水を浴びたような小さな声をあげた。酒の影響で盛り上がっていた苦労人二人に聞こえなかったのは、ある意味でよかったのかもしれない。この場でアルビオンだけが知る、世界を揺るがすことになるだろう大事件の兆し。今までのように火種を発掘するどころか、今度は自分から火種をつくって大爆発を起こす気だという真実。だらだらと冷や汗が流れたような気がした。

 

 おそらく数年の内に、これまでの比じゃない三大勢力全体が揺れるようなことを倉本奏太はやらかす。その時、最上級悪魔であるタンニーンと堕天使の幹部であるバラキエルが巻き込まれないわけがない。彼らがゆっくり過ごせる平和な時間とは、大嵐が起こる前の静けさでしかなかった。

 

「ん、どうかしたのかアルビオン?」

《……いや、何でもない。今は何も考えずに美味い酒を楽しむべきだ。今考えても仕方がないことより、きっとその方がいいなッ!》

「そ、そうだな……?」

 

 突然のテンションに首を傾げる二人だったが、アルビオンは空元気でも気分だけでも酒に酔うつもりで過ごすことにした。だって、その方が間違いなくお腹に優しい。封印された身でありながら、ちょっとじくじくしてきた気がする痛みに意識を向けないようにした。たとえそれがただの現実逃避だとわかっていても、しばらくは続くだろう安寧を享受することの何が悪い。

 

 倉本奏太がやらかすには、まだ時間がかかるはずだ。さすがに神器症の治療についてメフィスト達を説得する材料を見つけない限り、彼も迂闊には動けないだろう。どうせ巻き込まれることが確定なら、今ぐらいのんびり過ごしたい。こうして大人たちの小さな酒宴は、夜更けまで続いたのであった。

 

 そして、奏太たちが冥界から帰還して数日後。世界は優しくないというか、どう考えてもアレはフラグでしかなかったとアルビオンが悟りだすのに、それほど時間はかからなかったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 夏の冥界行事は瞬く間に過ぎていき、人間界へと無事に帰ってきた。元々仕事が忙しいタンニーンさんが合間を縫って作ってくれた時間なので、あまりのんびりできなかったのは仕方がない。魔物の生態調査や討伐任務だけでなく、広い土地を利用した修行をラヴィニアと一緒に行っておいた。さすがに協会の施設で神滅具の全力を出すのは難しいが、日本と同じぐらいの領土を持つタンニーンさんの土地なら、どれだけ破壊しても大丈夫な場所の一つや二つぐらいある。

 

 『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』の広範囲技や新フォームである『白雪の姫騎士(ビアンカネーヴェ・カヴァリエーレ)』の機動訓練、さらに『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』との連携など、場所や被害を気にせずに行えたのはよかった。障害物を避けながら高速で移動する訓練とか、魔法少女コンパクトを使わないパターンで騎士たちに武器を持たせてのゲリラ戦法とかしていたら、そこかしこに破壊の後が残ったからな。気休めだけど、ちゃんと後で魔法で直しました。

 

 正直に言えば、そこら辺の相手に使うにはかなりオーバーキルになりそうな性能になったと思う。ラヴィニアの神滅具は単体性能より、複数を相手にする殲滅性能の方が高い。単発火力がえげつない神滅具が多い中で控えめな火力だけど、寒さによる状態異常や何度でも再生する耐久性能、さらに吹雪による全体攻撃も持っている。さすがは神滅具の名にふさわしい性能だけど、その分周囲を巻き込まないようにする制御が恐ろしく難しいのだ。

 

 ラヴィニアは神器への忌避感を持っているのと、無意識に全力を出すことにセーブをかけてしまっている。それを無くすことは本来なら難しいけど、俺の相棒の能力を使えば一時的に解放状態にはできた。さすがに彼女の持つ神器への恐怖心を完全に消すことはしないが、段階を踏んで少しずつセーブしていた力を解き放つ練習を行うことはできたのだ。危険だからと子どもたちは呼ばなかったけど、周囲が氷河期のように凍り付き、氷点下の世界へと変わった大地に、神滅具へ畏怖の思いを抱いたのは仕方がないことだろう。ラヴィニアも自分でやって呆然としていたしな。

 

 そんな感じでラヴィニアの神滅具の訓練に俺は付き合い、ヴァーくんと朱乃ちゃんは子龍達とサバイバル訓練を楽しんだようだ。俺も二人ぐらいの年頃の頃にやったけど、肉を捌く時の感触とか血がドパッと出た衝撃とかでグロッキーになった記憶がある。そんな俺の体験談を話したら、「お前も人間だったんだな」とか「奏太兄さまも普通の人間だったんだねぇー」としみじみ言われた。子どもたちよ、デフォルトで兄を人外に分類しないでくれ。

 

「はぁー、夏の最初のイベントはこれで終了だな。あと一ヶ月で朱芭さんとの修行も終わるし、その後は留学でバタバタするだろうから、今がゆっくり過ごせるチャンスってやつか」

 

 メフィスト様の別荘に遊びに行った体で冥界を過ごし、倉本家へ帰って来た俺は背負っていた荷物を片付けると部屋のベッドへと身体を沈ませた。こうしてこの部屋で過ごすのもあと少しと考えると、ちょっと寂しさを感じてくる。そんな感傷的な気持ちを振り払うと、せっかく空いた時間があるなら取り溜めしていたアニメを見たり、新作のゲームでもやったりしようと勢いよく立ち上がった。

 

「――ん? 手紙か、これ…」

 

 その時、俺の机の上に可愛らしい小さな手紙が置いてあることに気づいた。近くにあった姉のメモを見ると、どうやら俺が冥界へ行っていた間に届いた郵便らしい。手に取って確認してみると、可愛い手紙のイメージのままに子どもらしい字で名前と住所が書かれていた。その宛名を見て、俺はまじまじと目を見開いた。

 

「きりゅうあいか…。これ、藍華ちゃんからか。珍しい、どうしたんだろう?」

 

 駒王町で暮らす兵藤一誠の幼馴染の一人で、幼女軍団の軍師役になっている少女だ。原作では駒王学園に在籍し、イッセーやヒロインたちと交流を深めていた一般人。こっちでは色々おかしなことになっているけど、悪魔であるイッセーたちを何でもないように受け入れ、表や裏なんて気にせずに友人関係を築けていた貴重な人材だ。

 

 実際に会った印象としては、性格はなかなかに破天荒だったけど、よく気が利くし優しい良い子だった。頭の回転も速いようで、子どもと侮ると痛い目を見るタイプだと思う。駒王町の子どもたちとは年賀状のやり取りをしていたため、俺の住所を知っているのは別におかしくない。それでも、こんな風に彼女から手紙が届くとは思っていなかった。彼女からすれば俺は知り合いのお兄さんぐらいな認識だろうし、個人的なやり取りをするほどの仲ではなかったからだ。

 

 そんな疑問と同時に、ふと胸の奥から嫌な予感のようなものがひしひしと膨れ上がったような気がして、慌てて首を横に振る。冗談じゃなく、俺のこういう時の予感は本当に洒落にならない場合が多い。感じた予感に冷や汗が流れるが、頼むから杞憂であってくれと願いながら、俺は恐る恐る手紙の口を閉じていたシールを指で剥がした。

 

「……はいけい、お兄さん。おひさしぶりです。とつぜんのお手紙すみません」

 

 小学校の中学年らしい字だけど、礼儀正しくしっかり書かれた手紙にくすりと笑みが浮かぶ。頑張って背伸びをして書いたような情景が浮かび、小学校に入学したばかりの昔の子どもたちの姿が目に浮かんだ。あれから四年経っているので、一人で手紙を出せるぐらいに成長したんだなぁー、と微笑ましい気持ちになった。

 

 しかし、思い出に浸っている場合じゃない。俺はさらに真剣に読み進めていくと、どうやらイッセーくんの様子がおかしくなったらしいと綴られていた。小学二年生でおっぱいに祈りを捧げだした少年が、さらにおかしなことになったようだ。それに、さもありなんと俺は思わず遠い目になった。イッセーくんが駒王町の混沌に巻き込まれ、日々ツッコミを頑張り続けていたことを俺は知っていたのだから。

 

 うん、彼が疲れて当然だと思う。むしろ、少しぐらい発散させてあげるべきだと感じた。兵藤一誠と言えばおっぱいだけど、まさかおっぱいを崇拝し出すとは思わないだろ。今度はおっぱいの像でもつくるとか言い出したのだろうか。お社へのご神体ということなら、お兄さんが材料を提供してあげよう。それか、おっぱいの踊りや歌とかでも捧げたくなったのかな。朱雀がやる神楽みたいな感じのやつとか。

 

 伝説の『おっぱいドラゴンの歌』はあるけど、アレを俺から提供するのは勘弁してほしい。アレは作詞『アザ☆ゼル』、作曲『サーゼクス・ルシファー』、振り付け『セラフォルー・レヴィアタン』だからこその力作なのだ。ヒトの功績を取っちゃいけないもんな。決して俺がつくった、とか絶対に思われたくないからという理由ではない。……うん、そろそろ現実逃避から戻るか。

 

「わたしの胸から声が聞こえるって言いだして、なんでも――」

 

 そこから先に書かれていた言葉を、俺は一瞬理解できなかった。手紙を握る手が震え、喉がカラカラに乾きだす。原作知識を持つからこそありえないと考える思考。だけど、兵藤一誠とおっぱいという奇跡を起こすために必要なカギが揃っていることで現実味を帯びてくる。『ハイスクールD×D』の大きな分岐点の一つに数えられる存在が、七年前にこの世界に現れてしまった事実に。

 

「おっぱいを司りし神――乳神様」

 

 一刻の猶予もなかった。本当に乳神様の精霊が現れたのなら、それが世間に公表されることだけは防がなくてはならない。異世界の神様が存在することを、リゼヴィム・リヴァン・ルシファーとユーグリット・ルキフグスにだけは知られてはいけない。幸い原作の時とは違い、イッセーが乳神様の精霊を呼びだしたのは、駒王町の教会の隣にある小さな敷地。原作のように北欧の神様との戦闘中という、不特定多数の目があるような場所じゃない。悪魔関係者が近づくことはまずないだろう。

 

 しかし、異世界の神様の存在を知る者は最小限にしないとまずい。いつどこでバレるかわからないのだから。俺は最低限の荷物をリュックにつめて背負い、駒王町へと繋がる転移の魔方陣を急いで起動させる。転移先に人の気配がないことを確認して問題ないとわかると、俺は魔方陣の中を急いで潜り抜け、藍華ちゃんの下へと全力で駆けだした。

 

 彼女がいそうな場所を仙術もどきで探知しながら進んでいくと、どうやら商店街にいることがわかった。街の中で下手に能力を使うわけにはいかず、焦燥を押し殺しながら自分の足で走って向かう。運が良いことに、どうやら藍華ちゃんは今一人らしい。目的地へ近づくと、栗色の髪を三つ編みにした眼鏡の女の子が買い物袋を持って道を歩いていた。

 

 

「藍華ちゃんっ!」

「――えっ、お兄さんじゃん! もしかして、手紙を読んで来てくれたの? というか、スゴイ汗だけど…」

「あ、あぁ、うん…。イッセーくんのピンチって聞いて、急いで来たんだ」

 

 ようやく見つけた桐生藍華ちゃんに安堵しながら、乱れた呼吸を整える様に息を吐いた。夏の日差しも相まって汗だくの俺を見て、目を見開く少女に慌てて笑みを浮かべて誤魔化しておく。藍華ちゃんはどうやら買い物帰りのようで、このまま教会近くのイッセーくんのところへ顔を出す予定だったらしいので、一緒に歩いて向かうことになった。途中で水分補給用のドリンクを購入し、知らせてくれたお礼に藍華ちゃんにも一本奢っておいた。

 

「それにしても、まさかこんなに早く来てくれるとは思っていませんでした」

「おっぱいの神様が現れたとか書かれていたらね。……ちなみに、そのことは俺以外には」

「お兄さんが初めてですよ」

「……えっ、そうなの?」

 

 おそらく周りの大人に言ってしまっているだろうと思案していたが、予想外に機密にされていたことに素で驚いてしまう。駒王町の住民やイッセーくんの家族やその友達、最悪教会関係者には知られていてもおかしくないと思っていたのだ。紫藤さんたちもありがたそうに、おっぱいを拝んでいたし。それがまさか、乳神様の存在を俺以外に知らせていないとは思っていなかった。

 

 そこまで考えて、そもそもどうして彼女は俺だけに手紙を送って知らせたのか疑問を持つ。冷静に考えたら、駒王町に住んでいない高校生へ助けを求めるというのも変な話だろう。

 

「お兄さんに手紙を送ったのは勘が大きいですけど、理由はありますよ。お兄さんなら、おっぱいの神様なんて突拍子もない内容でも信じてくれそうだって思ったのが一つ。あと、おっぱい教が広がっているこの街でおっぱいの神様が出たなんて言ったら、本当だろうとそうじゃなかろうと収拾がつかなくなりそうだって感じたからです」

「あぁー、なるほど」

 

 駒王町に住んでいないからこそ、冷静に判断できそうな人に助けを求めたってわけか。俺はイッセーくんにお社をプレゼントしたりして、おっぱい教に理解があることも藍華ちゃんはわかっていた。この子、ものすごく冷静だし優秀だわ。伊達に四年間、混沌渦巻くこの駒王町で軍師をやっていない。

 

「それにイリナって教会の子でしょ。確か、キリスト教ってやつ。そこってたった一人の神様だけを崇めていて、その神様をすごーく大事にしているのはイリナやおじさん達を見ていたらわかるもの。おっぱい教は宗教じゃなくて、癒しを提供するものだって話だから周りは受け入れてくれたけど、さすがにおっぱいの神様なんて出したらまずいってことぐらい私でもわかるよ。だからイッセーにも乳神様のことは一旦私に任せて、誰にもまだ話すなって言っておいたの」

「あぁー、それは英断だったと思う。本気で、マジで。聖書の神様は唯一神扱いだから、たぶん乳神様なんて他神話の存在のことを言っていたら、さすがにイッセーくんへの風当たりが強くなっていたかもしれない」

「おっ、やっぱり? さっすが、私だね! 優秀、優秀!」

 

 ニカッと笑顔を浮かべる藍華ちゃんに、俺は素直に感心するしかない。彼女に最初出会った頃に聞いたけど、藍華ちゃんが軍師というポジションについたのは、自分なりに友達を守るためだからと話してくれた。彼女自身はおっぱいの神様とか乳神様の精霊とか言われてもわけが分からないだろうし、混乱だってしただろう。それでも友人が困っているならと、彼女は必死に考えて助けを求めてくれたのだと思う。

 

 よく周りを見ているし、視野も広い。イッセーくん、本当に良い友達を持ったんだなぁ…。そしてそれは、俺にとっても非常に助かることだった。その乳神様の精霊様が何の用事でこの世界に現れたのかはわからないけど、クリフォト設立のきっかけになりかねない爆弾なんて、さっさと元の世界に帰ってもらいたい。今なら誰にも気づかれることなく対処できる。

 

 クリフォトさえできなければ、『禍の団(カオス・プリケード)』編が終わった後の『D×D』にも余裕だって生まれるだろう。原作のルナティックスケジュールの半分を消化できるってヤバい。みんなの成長ポイントは削れちゃうかもしれないけど、彼らなら日々強くなるための修行を忘れないだろうし、多くのヒトの命だって助かる。クーデターを考える吸血鬼の問題とかは残ってしまうけど、そこは追々考えていけばいいと思う。

 

「とりあえず、何でこの世界に来たのかぐらいの話は聞いて、それから速やかに帰ってもらおう…」

 

 教会の敷地の隣を抜け、少し吹き抜けになっている道を進むと、小さなお社が飾られた開けた場所へと出ていた。そこに、茶髪の男の子がお社に向かって懸命に祈りを捧げている後ろ姿が映る。その祈りはなかなか堂に入っていて、さすがはイリナちゃんに付き合って教会の手伝いをしてきた幼馴染なだけはあった。藍華ちゃんはわざと音を立てる様に進み、それに気づいた兵藤一誠くんが驚いたようにこちらを振り返っていた。

 

「あれ、桐生と……兄ちゃんじゃん! どうしたの、こんなところで」

「あぁ、うん。藍華ちゃんに相談を受けてさ。イッセーくんがおっぱいの神様の精霊に会ったって聞いたから、確かめに来たんだ」

「……兄ちゃんは信じてくれるのか?」

「イッセーくんは、昔から行動で示す子だからね。周りを困らせるような嘘をつく子じゃないだろ」

 

 少なくとも俺が知っている兵藤一誠という少年は、誰よりも愚直で馬鹿みたいに一直線だった。行動力がありすぎて周りに迷惑をかけてしまうことや自分の欲望に正直すぎることはあっても、陰湿なやり方で周りを傷つけるようなことは絶対にしなかった。木場祐斗(きばゆうと)さんに嫉妬した時だって、真正面から直接文句を言っていたしな。

 

 例え原作知識のことがなくても、イッセーくんが藍華ちゃんや周りを困らせるような嘘はつかない。俺が安心させるように笑って頭を撫でると、嬉しそうに頷いてくれた。うん、素直で可愛い。現在のイッセーくんは年齢もあるけど、おっぱい信仰に全振りしているためか、原作のような性欲はまだそこまでないらしい。このまま成長したらどうなるのか、ちょっと予測不能なところが恐ろしいけど、それでこそが原作の主人公――奇跡を起こすおっぱいドラゴンだろう。

 

「それで、その神様の精霊の声って今も聞こえるのか? 俺とも会話できたりとかする?」

「うーん、声は最初の一回だけだったよ。その時、桐生には精霊様の声は聞こえていなかったなぁ…。あと、精霊様と話した後からおっぱいの思いっていうか、おっぱいの気持ちみたいなものが、何となく感じられるようになったんだ」

 

 イッセーくんにだけ聞こえる声。確かに原作でも、イッセーと内に秘めたドライグ以外には最初誰にも精霊の声は聞こえなかった。イッセーの持つおっぱいへの渇望を受け取り、異世界からのチャンネルが偶然あったような感覚だったはずだ。ということは、たとえ精霊がここで話しかけてきても、俺と会話することは難しかったかもしれなかったわけか。

 

 あとイッセーくん曰く、おっぱいの喜怒哀楽がぼんやりとわかるようになったらしい。おっぱいの喜怒哀楽ってなんだよ、という疑問はこの際置いておく。おっぱいの奇跡が現実にあるこの世界で、おっぱいについて悩む方がおかしいのだ。これぞ真理である。つまり、思念型の『乳語翻訳(パイリンガル)』みたいなものなんだろう。ドライグが目覚める前に乳技を先に覚えちゃったぞ、この乳龍帝。

 

 さすがに原作のような魔力も神器の補正もなしじゃ、胸の声を直接聞くほどの性能はなかったらしい。しかし、神滅具を持っているとはいえ、まだただの一般人であるイッセーくんに加護みたいなものを授けられているあたり、やっぱり乳神様関連はただ者じゃなさそうだ。

 

 だけど、それから声を聞かないということは、原作の時と同じように一回仕様のイベントだったのだろうか。乳神様の精霊はもう現れない? それならそれで、二人に乳神様関連の口止めを頼むだけでいいから楽になる。キリスト教会関係の事情を話しておけば、二人も安易に他神話の話はしない方がいいと理解してくれるだろう。どうやら危険は無事に去ってくれたらしいと、ホッと安堵に息を吐いた。

 

 

 

 

 

『――これは、驚きました。これほど神性との相性が良い器が……いえ、『調整』された器があるとは思っていませんでした』

 

 ヒヤリとしたものが流れる。頭の中に直接聲が響き渡った。

 

『乳龍帝のおっぱいへの愛と、神の手が磨き上げた神性を帯びた器。この二つがあれば僅かな時間ではありますが、乳神様と繋げることができるかもしれません』

 

 イッセーくんにも聲が聞こえたのか、パクパクと声にならない驚きを表している。俺とイッセーくんがゆっくり後ろを振り向くと、桐生藍華の胸に『何かが』入り込んだような感覚を覚えた。突然怪奇現象を見たような目で胸をガン見された藍華ちゃんが、めっちゃビクッとしていた。ごめん、あとで誠心誠意心から謝ります。

 

 だけど、仙術もどきの気配察知には何も引っかからなかった。それこそ、オーラだって何も感じない。神が持つとされる神秘だって一切そこにはないはずだ。そのはずなのに、俺の中にある「起源」が間違いなくそこに何かが存在していることを、これは『神性』な存在だと俺に告げてくる。

 

《――――――!!》

「相棒…?」

『この世界の神の手よ。しばし、その器を借ります。この樹を傷つけぬことをお約束しましょう』

 

 『何か』が、藍華ちゃんの胸から俺の方へ向かってきた。それに相棒が強い紅の光を発し、俺の中へ入ってきた存在を退けようとしたが――

 

『わかっているでしょう、あなたは神の『手』でしかない。私は『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』の高位精霊神(エトゥルデ)陣営最高神の一柱に仕える者。この世界しか知らぬ神の一欠けらと、異世界を渡る私とでは神格が違います』

「兄ちゃんッ!?」

「――あっ」

 

 大いなる力を宿した奔流が、俺の中へと流れ込んできたような感覚。ふわりと一瞬の浮遊感を感じ、目の前が真っ白になる。頭の中に相棒の強い思念がガンガン響くが、俺の意識はするりとそれをすり抜けていった。落ちているような、浮いているような、よくわからない状態がずっと続いていった。

 

 

「――――っ!!」

 

 そして、唐突に意識が戻った。バッと目を開くと、そこはぼんやりとしたどこまでも続くような白い空間と、三メートルほどに成長した若木が目に入る。それを呆然と眺めてしまったが、紅の蝶がひらりと心配そうに俺の傍に寄って来たのを見て、ようやく思考がすっきりとしてきた。見覚えのあるこの光景に、俺が自分の「起源」……魂の奥底へと入り込んだことを悟った。

 

『初めまして、変革の蝶を宿す小さな神樹よ』

「うおっ!?」

 

 突然の事態と、聞きなれない聲に思わず跳び起きる。慌てて周囲を見渡したが、先ほど見た景色と何も変化はなかった。

 

『さて、混乱していらっしゃると思いますが、こちらも時間がないのは事実。あまり長くこの世界にいては、『機械生命界(エヴィーズ・サイド)』にこちらの波動を感知されかねません。強引に事を運んでしまったことは申し訳ありませんでした』

「……エヴィーズ? えっと、イッセーくんが会ったという、乳神様の精霊様ですか?」

『いいえ、先ほど少女の胸を介して接触した精霊とは違います。どうやら私の存在は、『外界の知識』を持つあなたでも詳しくは知らないようですね。それでは、自己紹介といきましょう』

 

 姿かたちは何もない。ただ白い空間に響き渡る厳かな聲。それが、俺に向かって話しかけてくる。それより、『外界の知識』という言葉にドッと脂汗が流れた。思えばそうだ、原作でも乳神様の精霊様は違う世界の存在のはずなのに、イッセーのことを何故かよく知っていた。繋がりを持った相手の記憶を読み取るぐらいの力は持っていてもおかしくない。

 

 俺の持つ『神依木』の起源。それを介して、この神様は俺の身体に憑依してきたのだろう。相棒が必死に止めようとしていたけど、全く手も足も出ないような感じだった。つまり、神性を持つだろう相棒でもどうすることもできない、それだけ高位の神であるというわけだ。もし俺の記憶を見たのなら、あの場で裏について一番話が分かるだろう俺にコンタクトを繋いだのは理解できた。

 

「あなたはいったい…」

『私はあなたが乳神(ちちがみ)と呼ぶ存在。異世界『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』の善神にして、精霊を司りし聖母神チチ。チムネ・チパオーツィ。遠くない未来、この世界に訪れるでしょう邪悪な存在に対抗するべく、楔を打ち込みに来た者です』

 

 俺の原作知識にもない、遥か先の未来で起こるはずだった絶対の絶望。異世界の神々による終わらない闘争。それによって滅びてきた、数多の世界の最後。リゼヴィムを倒して世界規模の戦いがようやく終わった後、まさかのそれを越える規模の被害が出そうな異世界編突入とか聞いていないよ! この世界、本当にどんだけ死亡フラグに溢れているんだよっ!?

 

 本気で眩暈がしてきた現状に項垂れながら、俺は乳神様との邂逅を果たしたのであった。

 

 




※なお異世界編は、まだ情報が少ないのと作者も設定や相関図が(´・ω・`)?になることがあるので、この作品では軽く取り扱うぐらいにしたいと思います。とりあえず、異世界ヤベェーぐらいの認識でいいと思うよー。

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