えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十一話 乳神

 

 

 

 原作の第七巻で登場した異世界のおっぱいを司りし神――乳神(ちちがみ)様。悪神ロキとの戦闘中に、姫島朱乃の胸に憑依した乳神様の精霊を名乗る存在が現れ、兵藤一誠に謎のパワーアップを施していったおっぱいの奇跡。あまりに突然の登場と異世界の神という未知のフレーズに、イッセーたちも読者も大変混乱したが、「つまり、いつものおっぱいギャグだな」で当時はあっさり納得された内容だった。

 

 それで納得できてしまう世界観のヤバさを未だに感じるけど、おっぱい全盛期だった当時のイッセーならそれぐらいはできるだろうで謎にスルーされた存在。それこそが異世界の神、乳神様であった。実際、次の修学旅行編以降も特に何も言及はなく、ヒロインたちもスルーしていたので、乳神様は本当にその場限りのイベントだった? で読者だった俺もそういうものだと思って納得したのだ。

 

 その存在が再びピックアップされたというか、まさか伏線だったとは思わなかったと驚かされたのが、クリフォトの設立理由である、リゼヴィムによる異世界への侵攻だった。まぁ確かに、自分たちが暮らしている世界とは異なる世界が確認されるって、普通に考えたら大事だよな。アザゼル先生たち上層部も、乳神様の存在を確認した裏で実は色々調べていたとかも明らかになり、原作の後半でようやくスポットライトが当たったわけだ。

 

 しかし、俺は結局異世界については何も知らない状態でこの世界に転生した。だから乳神様がどういう存在であるかも、何故この世界にコンタクトを取ったのかも全く分からなかった。とにかく、乳神様の存在がこの世界に広がらなければいいんじゃないかと思っていたけど、どうやらそんな簡単な事態ではなかったらしい。

 

「この世界に訪れる、邪悪な存在ですか……?」

『私たちは『機械生命界(エヴィーズ・サイド)』と呼んでいます。高位精霊神(エトゥルデ)を司る善神レセトラス様と、機械生命体(エヴィーズ)を司る邪神メルヴァゾアによる世界を2分して覇権を争っている世界。それこそが『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』なのです』

 

 要約すると、乳神様は高位精霊神(エトゥルデ)サイドの高位神で、敵対勢力である機械生命体(エヴィーズ)と戦争をしているってことか。それはそれで大変物騒だけど、何で異世界の覇権争いが俺達が暮らす世界の危機に繋がるのか。訝しむ俺へ向け、乳神様はこれまで彼らがやってきた他世界への侵攻について話をしてくれた。

 

 彼ら――機械生命体(エヴィーズ)は、これまでにも数多の異世界を滅ぼしてきているらしい。そこに救いはなく、その世界に暮らす有機生命体(生物)は一人残らず絶滅させる徹底ぶり。その理由は定かではないが、おそらく高位精霊界(エトゥルデ・サイド)の善神であるレセトラス様を倒すための力をつけるためじゃないかと推察しているようだ。つまり、レセトラス様(ラスボス)を倒すために、フィールド(異世界)に繰り出して、そこに住む生命体(経験値)を倒してレベルアップを目指しているということだろうか。はた迷惑なんてものじゃなさすぎるんだが…。

 

 機械生命体(エヴィーズ)はその名の通り、有機物と無機物の融合体。機械と生物が合わさったような存在らしい。新たな世界を見つけてはそこの生物や神話が有する技術や素体を手に入れ、自らの糧にしていく。志を同じくできそうな者は勧誘し、勢力の拡大へと繋げていった。そうやって彼らが力をつけようとする傍ら、高位精霊界(エトゥルデ・サイド)もそれを指をくわえて見ているわけにはいかなかった。

 

「だから異世界に精霊を放ち、異世界の存在を知らせようとした。邪神の侵攻が始まった時、その世界が対抗できるように」

『敵の敵は味方、という言葉もあるでしょう。それで機械生命体(エヴィーズ)の戦力を削ってくれれば、こちらも彼らへ打って出ることができますから。それに『死』を超越した彼らを打ち滅ぼせる技術や力を持った異世界もあるかもしれません。それを見つければ、レセトラス様の御身をお守りすることにも繋がります』

 

 その精霊の見つける基準がおっぱいへの愛なのは、ちょっとどうかと思いますけどね。それにしても、まるで代理戦争みたいだな。自分たちの世界では決着がつかない精霊と機械の戦争を、他世界まで巻き込んで行う。その舞台がこの世界じゃなければ、もっとよかったけど。ある意味で精霊側に利用されているとも言えるけど、侵攻してくる邪神と戦うためには俺達に拒否権なんてない。黙って滅ぼされるなんてごめんである。

 

 あまりにも壮大な話に、こっちは頭がパンクする寸前なのが正直な気持ちだ。概要しかわかっていないが、この世界に危険が迫っていることはわかった。覇権争いの全貌は正直よくわからないが、その邪神の勢力がいつこの世界に牙を向けてくるかわかったもんじゃないことも理解した。そしてそれを野放しにしてはまずいことも。

 

 リゼヴィムの暴走を止められても、その邪神が侵攻してこない保証はない。実際に、こうして高位精霊界(エトゥルデ・サイド)と接触してしまっている時点で、あり得ない未来ではないのだから。

 

「……その、乳神様。気を悪くはしてほしくないんですけど、高位精霊界(エトゥルデ・サイド)が異世界を侵略する気はないんですか?」

『私たちの目的は機械生命体(エヴィーズ)との戦いに終止符を打つこと。異世界への侵攻など、私たちは望みません。これに関しては信じてもらうしかありませんが、ただ彼らの所業を神としてこのまま許せるわけがないのです』

 

 原作でのおっぱい賛歌はある意味で侵略じゃないのかな…? とどうでもいいことをちょっと考えてしまったが、思考を戻すために首を横に振っておく。相変わらず乳神様の姿は見えず、荘厳な声しかわからないけど、そこに籠められた悼むような感情を「神依木」を通して感じ取れたような気がした。

 

『それに神はね、案外人間が好きなんだ。人に崇拝されてきた神々は、特にそれがわかりやすい。……人がいなければ神話は存続することができないことを、彼らは一番よく理解している』

 

 メフィスト様に教えられた言葉が、ふと頭の中に過った。そういえば、先ほど乳神様は『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』にいた有機生命体(生物)を一人残らず機械生命体(エヴィーズ)に絶滅させられたと話されていた。乳神様もその善神レセトラス様にも、きっと自分たちを崇拝していた存在がいたはずだろう。機械生命体(エヴィーズ)有機生命体(生物)を絶滅させた意図が、善神の力を少しでも削ぐためだったとしたら、それはどれほどの悪意だろうか。

 

 原作で味方サイドだったからも理由にあがるかもしれないけど、不思議と俺は乳神様の言葉をすんなりと受け止めることができた。高位精霊神(エトゥルデ)にとって、機械生命界(エヴィーズ・サイド)が敵であることは間違いない。だけど、それと同時に彼らは神として(とむら)いたいのかもしれない。助けられなかった、救えなかった『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』のヒト達に報いるためにも。

 

 

「……ちなみに、その邪神ってどれぐらい強いんですか?」

『かの者の強さですか…。『E×E(こちら)』の基準では伝わらないでしょう。では、あなたが思い浮かべるこの世界の最強の存在を教えてください』

「この世界で最強の存在…」

 

 とにかく今は情報が少しでも必要だと思い、俺はさらに疑問を投げかけておいた。原作ではイッセーに異世界の存在を知らせるだけで精一杯っぽかったけど、どうやら高位の神を降ろせる素質と相棒が磨いた器のおかげで、こうして詳しく話が聞けるようだからな。偶然なのか必然なのかはわからないけど。機械生命体(エヴィーズ)は常に異世界()を探しているようなので、あまり長居すると探知されかねないのが恐ろしいところだが。

 

 本当は詳しいことをもっと知りたいけど、時間がないなら聞いておくべきことはこれだろう。戦いになる可能性があるのなら、相手側の戦力を知っておくことが重要だ。まず相手の強さがわからないと、対抗策だって難しい。それに『ハイスクールD×D』は、超インフレ世界である。リゼヴィムを倒した後に異世界編が始まるのなら、きっとイッセーたちだって対抗できるぐらいの強さは得ているはずだ。どれぐらいの強さが必要なのか、基準となる指針が欲しいと思った。

 

 そうして質問した内容への返答に、俺は顎に手を当てて考える。インフレが激しいこの世界でも、最強に君臨する存在。少し考えたが、真っ先に思い浮かんだのはやはりかの存在しかいなかった。神すら手を出せない、最強の座を狙う白龍皇が目標にした、この世界の作品の代名詞でもある『D×D(ドラゴン・オブ・ドラゴン)』を冠するモノ。『黙示録(アポカリュプス)』に記された、夢幻の幻想から生じたとされる「夢幻」を司る赤きドラゴン。

 

真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)――グレートレッド」

 

 絶対の赤龍神帝と称されたドラゴンの名前。その名を告げた俺に、乳神様は――

 

『確かこの世界の次元の狭間を司るモノでしたね。なるほど、ならば真実を話しましょう』

 

 絶対の絶望を俺に告げた。

 

 

『邪神メルヴァゾア……そして、その兄神である鬼神レガルゼーヴァ、さらに妹神である魔神セラセルベスですら、『D×D』は手も足も出ずに完全敗北するでしょう』

「……えっ?」

『さらに言えば、メルヴァゾアの眷属(プライム)は、下位でもこの世界の神話の主神クラスの強さを持っています。そして第一位ですら、その『D×D』を越える強さを持っている。それほどの戦力差が存在するのです』

 

 『E×E』の邪神、鬼神、魔神の3柱とその眷属が同時に攻め込んできた場合、考慮する必要もなく間違いなくこの世界は破壊されるでしょう。乳神様が語るその戦力差に、俺は呆然と口を開けて固まるしかない。インフレバトルがすごい世界だと常々思っていたけど、どうやら俺の認識は甘かったらしい。

 

 まさかこの世界で最強の存在である『真龍』を越えるモノが、最低でも四名。それと真正面から対抗している高位精霊界(エトゥルデ・サイド)も合わせれば、もっといることになるだろう。頭が痛くなってきたどころか、本気で胃がキリキリしてきたかもしれない。どう足掻いても勝てるわけがない戦力差だ。存在の格そのものが違い過ぎる。邪神に見つかったが最後、この世界はこれまでの世界同様に滅ぼされて当然だった。

 

「――んだよ、それっ」

 

 だけど、――俺の思考はそこで待ったをかけた。この世界で暮らす者にとって、これほど絶望的な状況はないだろう。未来を諦めてしまっても何もおかしくない。だけど…、だけどっ! 間違いなくイッセーたちなら邪神が攻めてきても諦めることなく、微かな希望を信じて戦い続けるはずだと確信できた。どれだけの戦力差があろうと、きっと彼らは最後まで希望を捨てない。それこそが、俺がずっと応援してきたおっぱいドラゴンの強さなんだ。

 

 思い出せ、ここはインフレ上等な『ハイスクールD×D』の世界。下級悪魔レベルだった高校生が、一年で超越者をぶん殴れるようなヤバい世界なのだ。英雄、悪神、魔王、邪龍、あらゆる絶望的な戦力差を、根性とドラゴンの覇とおっぱいの奇跡で彼らは打ち破って来たじゃないか。グレートレッドを越えるヤバい敵が出てくるのなら、きっと彼らだってインフレ上等で同様にぶつかっていくはずだ。

 

「最終回が強大な異世界の邪神に蹂躙されて終わりました、とかありえないだろ」

 

 俺が読者なら、単行本を壁に叩きつけているぞ。どれだけの絶望が押し寄せようと、きっと彼らは何度でも立ち上がってみせる。そんな彼らをサポートして手助けしたいと思ったから、俺はこれまでも頑張って来たんだ。戦力差を捻じ伏せて、勝利を掴む。それこそが、主人公ってもんだろう。

 

 三神同時に攻めてきたら負けるのなら各個撃破すればいいし、他世界の存在があるならそこに救援を求めて戦力をこちらだって増やせばいいし、勝てなくても高位精霊界(エトゥルデ・サイド)に優位になるように立ち回って迂闊に攻め入らせないようにしてもいい。まともに戦って勝てないのなら、まともにぶつからなければいい。なんだ、俺がこれまでやってきた戦い方と何も変わらないじゃないか。

 

 俺がやるべきことは変わらない。自分にできることをとことんまでやってやるだけだ。それこそが俺自身が笑って進める道を、これからも胸を張って目指す未来だと決めたのだから。

 

 

 

『……ふふ、ふふふっ』

「えっ、あの…。乳神様……?」

『ふふっ、笑ってごめんなさい。でも、やはりあなたを選んで正解でした。さすがは『観測者(イレギュラー)』、この世界風に言うなら『黙示録(アポカリュプス)』を宿す者ですね』

 

 黙示録(アポカリュプス)って、グレートレッドとか666(トライヘキサ)のようなヤバいやつのことですよね。普通に嫌なんですけど…。確かに聖書では黙示録(アポカリュプス)って預言書的な側面をもっていたので、俺の原作知識もあながち間違っていないかもしれないですが……。やっぱり同じにされるのは困る。聖書陣営の信徒に怒られかねないので。

 

「というか、俺を選んで正解って…」

『あなたは私の話を一切疑うことなく信じてくれましたね。強制的に精霊神()を憑依されたにも関わらず。敵意も疑心もなく、突然現れた異世界の神の言葉を真摯に受け止めてくれました』

「それは……」

 

 そう言われて、俺は何も言い返せなかった。俺が異世界の神様をあっさり信じたのも、これから起こるだろう未曽有の絶望を理解したのも、確かに乳神様の言う通り、俺が『観測者』だったからだろう。俺は乳神様という存在を、原作を通してすでに『観測』していたから。

 

『何より面白いのは、『観測者』の視点を持つあなたにとって、聖母神である私も邪神メルヴァゾアすらも、その『ハイスクールD×D』という『黙示録』に登場する一キャラクターでしかないと思っていること』

「――あっ」

『ふふふっ、それはなんと無遠慮で身の程知らずで、傲慢で強欲で烏滸がましくも……頼もしいことでしょう』

 

 だらだらと冷や汗が全身から流れる。楽しそうな笑い声が聞こえるけど、もう生きた心地がしなかった。完全に無意識に行っていた『観測者』としての視点。神を神とすら思わない無礼。邪神なんて存在と戦っている乳神様からすれば、弱小世界出身の人間の子どもが持つにはあまりにも傲慢不遜な視点でしかない。相棒の守りを堂々と抜けられるほどの神格を持つ神様からすれば、俺の考えなんて当然筒抜けだろう。

 

『謝罪は必要ありません。むしろ、この世界への期待をより強く持てました。おっぱいで奇跡を起こす乳龍帝、明けの明星の名を受け継ぐでしょう白龍皇、そして黙示録を宿す再臨の器。ならば私も、できる限りの協力を致しましょう』

「きょ、協力ですか…?」

『そう、まずは――』

 

 そこまで言いかけ、乳神様の意識が俺から不意に外れたのを感じた。どうしたのかと口を開こうとして、ガガンッ――!! と、突如感じた揺れに俺は思わずたじろいでしまった。いや、おかしい。最初は地震かと思ったけど、ここは俺の魂の中。いわゆる精神世界ってやつだ。そこに衝撃が加わるっていったい何が起こったんだ? 狼狽える俺の様子をしり目に、乳神様はまた嬉しそうにくすくすと笑い声をあげた。

 

 

『驚きました。まさか簡易とはいえ、こちらの結界を解析して強引に破ろうとしてくるとは。さすがは一欠けらといえど、この世界の最高神の一柱。余程寵愛している者を取られて、怒りが爆発したと見えます』

「あのもしかして、さっきからガンガンやっているのは相棒ですか?」

『はい。しかし、これ以上結界を壊されては、さすがに私も退散するしかありませんね。私の神気を外に漏れさせるわけにはいきませんから。それに、これ以上長くこの世界に留まるのは危険でしょう』

 

 どうやら俺の身体を別の神格に奪われたのは、相棒的にものすごく我慢ならなかったらしい。相棒も乳神様のことは俺の原作知識で知っているはずだから、危険はあまりないとわかっていただろうになぁ…。そんなに俺の中に他の神様が入るのは嫌だったのか。まぁ、相棒なりに俺を助けようと頑張ってくれたみたいだから何も言うまい。

 

 そんな風に相棒の過保護にちょっと呆れていた俺の目の前に、ヌッとほっそりした手が空間から出てきた。膨大なこれまで感じたこともないほどの神気を宿した美しい手。怪奇現象に思わず飛びのいてしまったが、その神秘に目を奪われる。空間から出てきた手は、白い空間の中にポツンとあった俺の「神依木」の起源の象徴である木に、そっと手を這わした。

 

『これは私からの祝福であり、課題です』

「えっ、――ッ!?」

 

 その手から発せられた『何か』が、俺の中に形づくられていく。それは何重にも重ね掛けされ、俺の目から見てもさっぱりわからない高度な術式が展開され、木の中に封印されたのが見えた。

 

「今、のは?」

『わかりやすく言えば、私の加護です。つまりあなたは、おっぱいの神の神子になりました』

 

 えっ、普通に嫌なんですけど。俺、そこまでおっぱいに狂ってないというか、イッセーくんみたいに愛までないですよ。いきなり加護をもらったことを喜ぶ前に、困惑するしかない。というかこの神様、人の了承を得ないで何を勝手なことしているの? 原作の乳神様の精霊の様子から見ても、かなりマイペースっぽかったけど。

 

「あの、何でですか?」

『一つは、私が語ったこの世界の危機をこの世界の者へ告げるときの証拠となるようにです。異世界の神と言われても、なかなか信じられないでしょうから』

「それは、確かに…」

 

 原作でもイッセーとドライグの頭の方を心配されてたもんな。さすがに俺も、保護者から頭の心配をされるのは辛いわ。一応、かなりしっかり調べないとわからないぐらいの隠蔽は施してくれたようなので、傍からではわからないようにしてくれたらしい。それに邪神側に気づかれたらヤバいから、そんなに大そうな加護はつけられなかったようだ。それにしては、封印の仕方にめっちゃ手が込んでいた気が…。

 

『それは先ほども言いましたが、課題です。あなたではなく、神の手への』

「えーと、つまり相棒への課題ってことですか?」

『神は平等だと言う者もいますが、偏愛な傾向を持つ神は多いのですよ。傍から見れば、理不尽で不条理に感じるほどのね…。特に神は「お気に入り」に関することなら、最も感情をあらわにします。例えば、……自分のお気に入りに他神話の神の残滓が残っていたら、ものすごく嫌がって抹消しようと躍起になるぐらいにはね』

 

 あぁー、えっと。つまり、俺の中にある乳神様の加護を相棒は『概念消滅』を使ってでも消し去りたいと思うわけですか。例え俺にとってメリットしかない加護だとしても、相棒にとっては我慢ならない他神話の痕跡でしかないからと。

 

「あの加護って、消しちゃってもいいんですか?」

『先ほども言いましたが、それほど大した力はありません。この世界の者に異世界の存在を信じてもらうためであり、高位精霊神(エトゥルデ)側の目印にしかなりませんよ』

「なるほど。でもそれなら、何であんなにも封印を…」

『だからこそ、そう簡単に消せないように厳重に封印することで課題になるのです。加護はあなたの助けにもなり、神の手が成長するための試練でもある。私の残滓を消せるほどに成長できたのなら、私の加護も必然的に必要なくなるでしょう』

 

 ただの嫌がらせなのかと思ってしまったが、どうやら色々考えてのことらしい。さらに俺の加護に施した封印の術式には、異世界の高度な術式や精霊神側で解析した邪神対策用の術式もいくつか組み込んだらしいので、相棒が乳神様の加護を消せる頃には機械生命界(エヴィーズ・サイド)への対抗策をこちらも持てるようになっているようだ。

 

 俺の持つ『概念消滅』の異能には消したものを解析して、こちらの理解に落とし込むことができる力がある。そしてその能力は、俺の「認識」によって変わるものだと朱芭さんに教えられた。俺がこの世界を『ハイスクールD×D』の物語の世界だと認識している限り、おそらく異世界だろうと『観測』の定義に含まれている。解析は数年単位の作業になるだろうけど、俺に全部は伝えられないからこそ、こういう方法で伝えることにしたというわけか。

 

 それだけ高度な術式で封印されているのを知れば、アザゼル先生やアジュカ様だって異世界の脅威を肌で感じるはずだろう。この神様、抜け目がないというか、無駄がない。さすがは邪神なんかと気が遠くなるほど昔から戦い続けているだけあるなぁ…。それから木に伸びていた手は静かに(ひずみ)の中へと消え去り、真っ白な空間に響いていた声が徐々に遠くなっていくのを感じた。

 

『神の手であることに甘んじていては、邪神から神子を守れませんよ。至りなさい、御子神。そのための試練は与えました』

 

 先ほどよりも強い衝撃音が鳴り響き、白い空間に張られていた結界がひび割れていくのが見えた。

 

 

『さて、私の神子よ。これが私からの最後の言葉です』

「えっ、はい」

 

 もう微かにしか聞こえなくなった乳神様からの最後の言葉。それに俺は絶対に聞き洩らしてはならないと固唾をのみ、ジッと耳を澄ませた。

 

『私は『おっぱいドラゴンの歌』を大変気に入りましたので、ぜひこの世界の未来でも実現させてください。あの歌が生で聞けるのなら、私もこの世界を救うのにやる気が出てくるというものです』

「…………えっ」

『それでは神子よ。――ポチっと。ポチっと、ずむずむいやーんを頼みましたよぉぉぉぉーー……』

「ちょっと乳神様ァァァッ! 最後の言葉が本気でそれですかぁぁぁっーー!?」

 

 なんか大変満足した感じで、あの神様去っていったんだけど!? マジで神気を一切感じなくなったから、本当に異世界へ帰っていったらしい。ああ、白い空間が消えていくと同時に、少しずつ俺の意識も引き上げられていく。嘘だろ、さっきまでのシリアスを台無しにしていきやがったぞ、あのマイペース神!

 

 異世界のこととか、敵の情報とか、今後のこととか、もっと他に言うべきことがあるだろぉぉぉおおおおッ!! ドライグが涙に暮れる運命だけ決定事項のように確定させていったぞ! 異世界の神様の協力を得るためには、ドライグの精神を犠牲にしないといけないのかっ! 赤龍帝が何をしたって言うんだ!? すでに宿主がおっぱい教祖になってヤベェー状態なのに、更なる試練を課すとか鬼か悪魔ですか。さすがの俺だって、ドライグに罪悪感を覚えてきたよ…。

 

「……俺、仏教勢力の協力を得られたら、すぐに天龍のカウンセリングを頼むようにするんだ」

 

 ドライグの今後を思い、俺はそっと涙をぬぐった。この空間を覆っていた結界からひと際甲高い音が鳴り響き、紅の思念が俺の下へとたどり着く。それと同時に、俺の意識は反転したのであった。

 

 


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