えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十三話 修了

 

 

 

 夏の暑さがだんだんと落ち着いたように感じる処暑(しょしょ)の候。二年と半年の間ずっと通い続けていた幾瀬家は、今では勝手知ったる第二の我が家的な気分になってしまっている。中学校を卒業してからは通う頻度も増えたため、俺の好物や好きな味付けを鳶雄は完璧にマスターしてしまったんだよな。後輩に先輩の胃袋具合を掌握されている件。いつもおいしい食事をありがとうございます。

 

奄訶訶訶尾娑摩曳(おんかかかびさんまえい) 娑囀賀(そわか)――」

 

 しかし、そんな日々もおそらく今日が最後になるだろう。なぜなら今日が、俺が彼女から二年半学んできた成果を見せる弟子としての最終試験の日なのだから。厳格な表情で俺の向かい側に座る、白い髪を後ろに束ねた老齢の女性。神器症の治癒のために「魂に関する秘術を教わりたい」と無茶を言った俺の師匠になってくれた幾瀬朱芭さんだ。

 

 彼女には仏教の知識だけでなく、たくさんのことを教えてもらった。頭が上がらないぐらい本当に多くのことを教わり、同じ目線に立って考えてくれた唯一の人。誰にも相談できなかった前世や知識を丸ごと受け止めてくれた安心感は、今後の人生で決して忘れることはないだろう。彼女は約束通り、限られた時間の中で自分が持てる技術を精一杯俺に伝えてくれた。その分スパルタ過ぎて、何度もガチ泣きしたけどね…。

 

如是我聞(にょぜがもん) 一時佛在(いちじぶつざい) 佉羅佗山(からだせん) 與大比丘衆(よだいびくしゅう)…」

 

 俺がこれまで朱芭さんに教わってきた技術は、まず『魂』を知ることから始まった。教養としての仏教知識だけでなく、数々の実戦も行いながら。約二年半の間に除霊してきた幽霊や悪霊はかなりの数に上ると思う。俺以上に一緒にいた朱乃ちゃんと朱璃さんの方が滅している数がヤバいけど、そこは割愛。いくつもの魂へ直に触れてきたことで、理解や感知能力は大幅に上がったことだろう。

 

 そして次に、式神に疑似的な『魂』を籠める技術を教わったな。これは朱雀にも手伝ってもらって、トビーくんシリーズは今でも俺にとって立派な戦力になってくれている。魂とは人の肉体に宿る精気のことでもあるのでオーラを扱う仙術もどきの精度も格段に上がり、感知タイプとしてはこの世界でも上位に位置しているとアザゼル先生からお墨付きをもらった。

 

 それから『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の『変革者(イノベーター)』としての仕事として、始めることになった治療行為。これまで霊体相手にやってきた魂の技術を、生きた人間を対象にして行っていったのだ。約一年半もの間、様々な症状や病気と俺は向かい合ってきた。闘病生活を送る患者の思いを、それを支える人達の願いを知ったのだ。

 

有一菩薩(ういちぼさつ) 名曰延命(みょうわつえんめい) 地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 毎日晨朝(まいにちじんちょう) 入於諸定(にょうおしょじょう)

 

 さて、ここまでは俺が求めていた神器症の治療のために朱芭さんへ請うた教えの内容である。しかし朱芭さんが俺の師匠になってくれた条件として、鳶雄の今後のことを任されている。世界に十三個確認されている神滅具の一つであり、すでに禁手にまで至ってしまっている『偽りの神』を冠する漆黒の狗。朱芭さんから鳶雄の中に封じた力を目覚めさせる鍵を受け取った俺は、『解放』と『封印』の二つの術を新たに教わっていたのだ。

 

 鳶雄の刃は文字通り『全てを斬る』。敵も概念も大切な人さえも斬ることができてしまう。その強大な力に飲み込まれれば、ヒトであった心さえもなくなってしまうだろう。彼が己の神器を使いこなせるようになるためには、強靭な精神力と血反吐を吐くような修練を必要とする。朱芭さんは鳶雄なら乗り越えられると信じているけど、残念ながら彼女には傍で見守る時間がなかった。だから、試練を乗り越えるための過程を支えられる役目を俺に託したのだ。鳶雄の中にある朱芭さんの封印を俺が引き継ぎ、彼が暴走しないよう見守れるように。

 

地蔵菩薩(じぞうぼさつ) 以大慈悲(いだいじひ) 若聞名號(にゃくもんみょうごう) 不墮闇黒(ふだあんこく)

 

 『魂』『封印』『解放』の三つの技術。そしてこれらを応用した朱芭さんが持つ最大の秘術こそが、今回の俺の卒業試験として選ばれたものだ。本来なら二年半で覚えられるものじゃないそうだが、朱芭さんと同じ『蝶』の起源を持ち、『輪廻転生』の概念に馴染みのある俺ならできるかもしれないと言われた。相棒の異能で極限の集中と記憶力を保持できるので、暗誦(あんじゅ)も問題なく唱えることができたのだ。

 

 そうして、すでに三十分以上の時間をかけている。クーラーが効いているはずの部屋なのに、じっとりとした汗が絶えず顎を伝っていく。俺はテーブルの上に置かれている念珠へ向かって、手のひら同士を合わせて念仏を唱えていった。あと時々印を切っては、念珠を手に持ってオーラも流し込んでいく。この作業をひたすら真剣に行い続けていくのが、大切な流れなのだ。

 

 なお、俺が唱えているのは、『延命地蔵菩薩経(えんめいじぞうぼさつきょう)』を朱芭さんがアレンジしたものだ。『延命地蔵菩薩経』自体は日本で成立した偽経なんだけど、延命地蔵(えんめいじぞう)という概念はちゃんとある。新しく生まれた子を守り、その寿命を延ばすお地蔵様。短命・若死を免れる力を持っているとされている。延命地蔵とは、地蔵菩薩の働きで寿命を延ばし、福利を与える面を特に強調した呼称なのだ。

 

 つまり俺がやっていることは、その延命地蔵様の持つ『護法』を疑似的に再現する術式だった。もっと簡単に言い表すと、『身代わりの術』のことである。己に向かってきた災難を代わりに受けてくれる形代。それを作り出すのが、朱芭さんに課せられた俺の最終試験だった。この念珠を持つ持ち主に災禍が降り注いだ時、身代わりとなってくれるように護法を巡らせる。念珠へ力を注ぐために幾度も『封印』を施し、『解放』のタイミングで発動できるように術式を組んだ。

 

奄訶訶訶尾娑摩曳(おんかかかびさんまえい) 娑囀賀(そわか)…」

 

 教わった通りに最後の印を結び、念珠へオーラを注ぎ込んで封印を施した。すると、キンッ――とまるで金属が鳴ったような甲高い音が響き渡る。恐る恐る閉じていた瞼を開いて、一時間近くかけてようやく作ることができた念珠へと目を向けた。乳白色の鈍い輝きが数珠から発せられ、どこかずっしりとした存在感を感じられたような気がした。

 

 それと同時に集中していた糸が切れ、思わずバタンッと後ろに勢いよく倒れ込んだ。だんだん周囲の感覚が元に戻ってくると、カラカラに乾いた喉の痛みとクラっとした眩暈が襲ってきた。着ている服も汗で濡れていて、正直気持ち悪い…。相棒が心配げに介抱してくれているけど、これは相当キツイな。身代わりの術を施すだけで、かなりの体力と精神力を削られるし消耗も激しい。便利だからでポンポンと作り出せるものじゃないな、これ。

 

 一応この身代わりの護法は、鳶雄が中学校の修学旅行に付けていった数珠と同じものだ。あの数珠は鳶雄が生まれると同時に朱芭さんが丹精込めて作った最高傑作で、俺が今作ったものと違って効果も隠蔽も桁違いの代物らしい。高校生で体力にはそれなりに自信のある俺でもこの消耗量だと考えれば、朱芭さんがアレを作り出した時は相当大変だっただろうな。その効力も考えれば、間違いなく一点ものだ。

 

 

「お疲れ様、奏太さん。冷たいお茶を入れておいたわ」

「あぁー…、ありがとう…ございます……」

 

 コトっと小さな音が耳に入り、倒れ込んでいた身体を何とか起き上がらせると、テーブルの上に湯飲みが置かれていた。俺はふらふらする上半身を支えながら、冷えた容器を手に取って口元へゆっくりとお茶を流し込んでいく。かなり喉が渇いていたようで、無心になってその冷たさを味わった。しっかり飲み干す頃には体調も安定してきたようで、ふぅと深く息をついていた。

 

 ずっと同じ体勢で念仏を唱えていたからか、身体中がバキバキと硬くなっているように感じる。とりあえず腕や腰を柔軟して、筋肉を解しておいた。作業が終わると同時に相棒がせっせと俺のお世話をしてくれているので、多少の痛みはすぐに消えてしまうだろう。相棒の過保護は相変わらずらしい、こっちは助かるけど。

 

「……その念珠、上手くできましたか? さすがに朱芭さんが作ったような致命傷を代わり身できるほどの効果はないかもしれないですけど…」

「奏太さん、アレは私の中でも最高傑作なのよ。二年ちょっと修行したぐらいの弟子に同じレベルのものを作られてしまったら、師として立つ瀬がないわ」

 

 俺が作った念珠を手に持ち、じっくり観察する朱芭さんに乾いた笑みを返す。というか、致命傷を代わり身できるとか、やっぱりどう考えてもチート過ぎると思うんだ。ゲームや漫画では見かけることはあっても、実際にあったらヤバい代物だろう。昔ラヴィニアにカウンター型の魔道具をプレゼントしたことはあるけど、怪我を身代わりするようなものはなかったと記憶している。

 

 原作でもこういうタイプのアイテムってなかったような気がするしな。この世界って回復系が貴重だから、基本攻撃は受けてはいけないっていう認識なのである。イッセーたちみたいな怪我が当たり前の戦い方は、アーシアさんがいるからこそ成り立つ戦法だったから。人の身でそこまで至れた朱芭さんが、術者としてどれだけすごいのか改めて感じることができた。

 

「えぇ、しっかり護法を封印できているわね。甘い部分はあるけど、これなら受けるダメージを軽減する効果なら発動できるでしょう」

「うぉぉぉっ、ちゃんと成功したァァーー!」

「もう、まだまだ精進は必要よ。でも、よくやったわね。おめでとう、奏太さん」

 

 いつも辛口な師匠からの賛辞に、無事に卒業試験をクリアできた実感がじわじわと沸き上がる。嬉しさから目じりに涙が溢れそうになるぐらい喜びを噛みしめた。この卒業試験までに数えきれないほどの失敗を重ねてきたけど、ようやく報われたという思いでいっぱいだった。何より朱芭さんにちゃんと結果として返すことができたのが嬉しい。やらかしでいつも大変な目に遭わせてしまっていたので、安心させてあげられることにホッと息を吐いた。

 

 それから朱芭さんが持っていた念珠を受け取り、これは記念第一号として大切に取っておきたいと思う。数珠の効果が発動すると、壊れて四散してしまうのでちょっと勿体ない。道具は使ってこそなのでどうしても危険だろうと感じた時はつけるようにするけど、普段は桐箱の中にでも入れておこう。体力や集中力的に何度も作るのは厳しいけど、時間を置けば新しく作れないこともないしな。

 

「あと、奏太さん。この護法を教えた時にも言ったけど、信頼できる相手にしかこの術のことを伝えてはだめよ。あなた、ただでさえ希少な技術をいくつも保持している状態なんだから」

「あぁー、はい。気を付けます。……念珠は作りすぎない方がいいですよね?」

「もちろんよ。技術の漏洩を防ぐためもあるけど、地蔵菩薩様の力の一端を乱用するのは良くないわ。これはもしものためのお守り。予期せぬ突然の災禍から身を守るためのもの。それぐらいがちょうどいいのよ」

 

 真剣な眼差しで念珠についての注意事項を語る朱芭さんに、俺も神妙に頷いておいた。神様のご加護っていうのは、この世界では本当に実在する。便利だからで神様の力の一端を使い過ぎれば、いつか大きなしっぺ返しを食らうだろう。本当に必要な時に使うのが、正しい使い方ってことだな。

 

「でも、これで俺の防御面がまた一つ上がったのは嬉しいニュースですね。俺の場合回復できるけど、致死の攻撃とかされたらどうしようもないから肉体へのダメージを軽減できるのは素直にありがたいです」

「……奏太さんって、未来予知並みの直感と感知能力を持っているから、まず不意打ちが当たらない。さらに攻撃しても逃げ足が速いからそもそも攻撃が当たらない中、ようやく当てても即座に全回復される。そこに致死ダメージを軽減できる身代わりを持つことで、確実に生き残る術も手に入れた。私が教えておいてなんだけど、ちょっと引くぐらいの生命力よね」

「普通に言い方がひどいッ!?」

 

 朱芭さん、真顔でしみじみと言わないでっ! 例え周りからドン引きされようとも、生き残ることって一番大切じゃん! こいつヤベェみたいな目を向けられたことに、ガクッと肩を落とした。

 

 

「ふふっ、ごめんなさい。改めて奏太さん、私からの最後の課題を見事に果たすことができましたね。これまでよく私の教えについて来ることができました」

「朱芭さん…」

「本当に、おめでとう」

「……はい」

 

 朱芭さんはそう言うと、俺の黒髪を優しく撫でてくれた。高校生にもなって頭を撫でられるのは気恥ずかしいけど、不思議と朱芭さんからだと抵抗を感じない。彼女はこれまで俺が抱えていたもの全てを、一緒に背負ってくれた。今更虚勢を張ったって仕方がないだろう。でも、やっぱり慈愛に満ちた優しい表情で撫でられるのは照れてしまうな。他の人には見せられない姿だ。

 

「あぁー、えっと…。卒業試験を修了したってことは、これで俺も一人前ってことですよね」

「そうよ、ただ時間の関係で粗削りな部分は多いと思う。私が使っていた法具や経典などは引き継いでもらっているし、あと必要そうなことは別に冊子へまとめておいたわ。これからも慢心せずに、しっかり励みなさいね」

「わかりました」

 

 彼女から引き継ぐものは主に裏関係のものばかりで、協会にある俺の部屋に少しずつ移していっている。朱芭さんとの修行は今日で終わりだけど、今後も相談をしに来たり、遊びに行ったりするつもりではあった。平日なら鳶雄が学校に行っているので、その合間に転移魔法で来ることは問題ない。ただ裏関係を知らない後輩たちに会うのは、長期休暇がある冬にならないと無理だろう。胃袋を掴まれた先輩としては、非常に残念でならないが。

 

 チラッと壁時計を見ると、もうすぐお昼になりそうな時間帯だった。鳶雄は東城と佐々木と一緒に、高校受験のための夏期講習へ出かけていたのだが、そろそろ帰って来る頃だろう。後輩も勉強でへとへとだろうし、これまでお世話になったお礼に昼食のそうめんぐらい作っておいてやるかな。朱芭さんに声をかけると、俺が麺を茹でている間にそうめんに合わせる具などを作ってもらえることになった。肉味噌アレンジと夏野菜の和え物とか、たくさん食べる男二人にとっては助かる組み合わせだ。さすがである。

 

 

「そうだわ、奏太さん。朱雀ちゃんと朱璃さんにお願いしたいことがあるんだけど、この後連絡を取ってもらっても構わないかしら?」

「えっ、二人にですか?」

「えぇ、今後のことで頼みたいことがあるのよ」

 

 そうめんを水の入った鍋に入れて箸でかき混ぜている時、朱芭さんが思い出したように手を合わせた。朱芭さんから二人に連絡を頼むのは珍しいので、思わず目を瞬かせてしまう。朱璃さんはよく幾瀬家へ来るので伝言を伝えたりすることはあったけど、朱芭さんが朱雀に頼み事をするのは初めてじゃないだろうか。次期当主として「姫島」を変えるために奔走する彼女の重荷にならないように、朱芭さんからアクションを起こすことはほぼなかったと思う。

 

「朱璃さんには、しっかり話し合っておきたいことがあるから時間の調整をお願いしたいの。東城さんの家もご厚意で参加してくれるみたいだけど、やっぱり申し訳ない気持ちもあってね」

「東城の家も?」

「……私が亡くなった後の手続きや鳶雄のことよ。この家の契約や遺産関係とか、そろそろ詰めておかないといけないわ。あの子が両親について海外へ行くのか、日本に残るのかはわからないけど、どの道鳶雄一人ではこの家は大きすぎるもの。親戚である朱璃さんに任せることも多くなるわ」

 

 さらっと語られる内容に何とも言えない気分になったけど、必要なことであるためこくりと頷いておいた。これは学生である俺では、どうすることもできない案件だ。朱芭さんの次に鳶雄の保護者になれそうなのって、確かに姫島朱璃さんぐらいだもんな。おそらく原作の世界では、親戚である朱璃さんたちがいなかったので、東城の家の人達が色々便宜を図ってくれたんだろう。ただ鳶雄の性格的に幼馴染だからって東城家に迷惑はかけられないと、出来る限り負担にならないようにって考えそうだけど。

 

 そう思えば、親戚として多少踏み込める位置にいる朱璃さんは、鳶雄を任せるにあたって安心感がある。鳶雄も遠慮はするだろうけど、迷惑をかけてしまうことへの罪悪感は薄くなるだろう。幾瀬家と姫島家の関係は、堕天使の組織とは今のところ切り離して接している。将来的にどうなるかはわからないけど、鳶雄が裏のことを知った後の選択肢として安全に提示することもできるしな。

 

「朱璃さんの件は了解しました。朱雀にはなんて言えばいいですか?」

「朱雀ちゃんには副葬品の依頼をお願いしたいのよ」

「えっ、副葬品? 副葬品って、お葬式の時に棺に入れるものですよね」

 

 朱璃さんのことは理解できたが、朱雀への依頼はさっぱり意図がわからず首を傾げるしかない。副葬品とは、古い時代で言えば古墳時代から続く風習の一つだ。それは死後の世界で過ごす死者のために手向けられたもので、道具や装身具、衣装などが入れられていたらしい。現代では思い出の品を手向けとして副葬品にするケースが多いみたいだけど。

 

 しかし、なんでわざわざ姫島家の次期当主に、自分の副葬品を依頼するのか。姫島家の由緒ある形式とかってやつか? 確かにご利益はありそうだけど、本家を追放された朱芭さんが今更それにこだわるとも思えない。そんな頭にはてなマークを浮かべる俺に向け、朱芭さんが呆れたような視線を送ってきた。えっ、何ですか?

 

「言っておくけど、私が朱雀ちゃんにこんな申し訳ない内容をお願いすることになった原因は、奏太さんですからね」

「俺が原因ですかっ!?」

「あなた、私の死後に誰に最も迷惑をかけることになるのか、ちゃんと理解しているの? あちらの方々は真面目に仕事をしているだけなのに、そこに絨毯爆撃のごとくとんでもない爆弾を連続で放り投げられるのよ。本来この世界に訪れたであろう未来についての知識と、おっぱいによる奇跡の概念。それだけでなく、それを証明してしまう乳神様の存在と加護、最後に異世界の邪神による世界滅亡の危機とか…。段階を踏んで受け入れた私と違って、こんなのが一気に叩き込まれる皆さんに配慮しないでどうするの」

 

 頭が痛そうに告げる朱芭さんの言葉に、俺の頬も盛大に引きつっていた。朱芭さんに持って逝ってもらうつもりで話してはいたけど、胃を痛めては気絶までしていた彼女の様子を思い出して、さすがに何も言い返す言葉がなかった。仏教陣営の皆さんを襲う突然の急転直下の原因は、間違いなく俺ですね。

 

 俺個人としては、乳神様関連はこっちも巻き込まれたようなものだけど。七年もフライングしてこの世界に現れるとか、予想する方が無理じゃん。異世界からの侵攻とかも、俺だって真面目にお腹が痛いことだし。幼少時だからってイッセーくんのおっぱいへの愛を見くびっていた俺が、色々やらかしてしまったことは否定できないんだけどさぁー。

 

「えっと、じゃあ朱雀に頼むことって…」

「奏太さんの取扱説明書、供養バージョンよ」

 

 ついに俺の取説が供養までされることになった件。

 

「神様にまで俺の取説が公開されるって…」

「あなたはすでに魔王も堕天使もドラゴンも巻き込んでいるじゃない。それが、神仏にも及ぶようになるのはもう時間の問題だったわ」

「そんな全国展開なノリで公表されるものなの、俺の取説って」

 

 師弟の目が死んだように遠くを見つめる。俺のやらかしを聞く前に心の準備をしてもらうために、朱雀が善意で用意してくれた取扱説明書。それが雲の上にいるような神仏の方々の目にも入るのだ。きっと作者本人も、ここまで需要が増えることになるとは思ってもいなかっただろうなぁー。

 

 俺は朱芭さんの依頼について電話をしたら、また崩れ落ちそうな友人を思い浮かべて静かに黙祷をささげた。

 

 

「朱雀への依頼はわかりました。冊子とかって棺に入れるためには申請が必要だったと思うので、必要事項とかをまとめておきますね」

「よろしくお願いするわ。朱雀ちゃんには本当に申し訳ないけど…」

「俺もあいつに連絡することがあったので、一緒に伝えておきますよ。今週ぐらいにようやくアザゼル先生の都合がつくみたいなので、それまでに」

 

 茹で上がった麺を皿に盛りつけながら告げると、朱芭さんの目がそっと細くなったのを感じた。

 

「それじゃあ、ついに…」

「はい、メフィスト様とアザゼル先生に話したいと思います。ずっと手伝ってくれたラヴィニアと朱雀に最終報告を済ませたら、二人に全部話すつもりです。相棒のことや神器症の治療について詳しく聞くなら、アザゼル先生も一緒の方がいいでしょうから」

 

 朱芭さんの修行が終わりを迎えた今、次に俺がやるべきことは保護者のみんなを巻き込むことだった。駒王町のおっぱい教を、いつまでも魔法少女で溢れさせるわけにはいかないし。今後の準備や流れを考えるには、二人の協力が必要不可欠だ。アジュカ様に関しては、秋になったら俺は仙術の修行のために冥界のグレモリー領へお邪魔するため、その時に直接四大魔王へ伝えるチャンスはあるだろう。

 

 ラヴィニアと朱雀には治療の目途が立ったことと、保護者を説得できる材料を見つけたことは話すつもりである。だけど、乳神様や異世界の邪神については話すつもりはない。ここまで協力してくれたのに、詳しいことを説明できない罪悪感はあるけど、二人のためにもその方がいいだろう。朱芭さんとも相談したけど、この情報は本当に極僅かの者だけに絞るべきだと決めたからだ。

 

 どうやら乳神様の神子になっちゃった俺は、外からの干渉をはじく加護をもらったらしい。相棒の能力でこれまで似たようなことはできていたけど、上位クラスや神クラスともなれば、さすがに相棒の力が及ばない可能性がある。しかし、異世界の最高神である乳神様の加護が与えられたことによって、誰も俺の記憶を覗いたり、意識に干渉したりすることができなくなったようなのだ。

 

 つまり、俺の口から乳神様について直接伝えない限り、俺から異世界の情報が漏れることはない。精神的な干渉を阻む、強固な結界みたいなのがついたようなものなのかな。乳神様からもらった加護について、朱芭さんが調べた結果わかったことだ。普通に有能な加護過ぎて、これで大したことないとか言っていた乳神様ヤベェーと戦慄したな。そしてそれに相棒がめっちゃ不貞腐れて、しばらくそっぽを向かれたけど。あとでしっかり慰めました。

 

 まぁ、そんなわけで。二人のことは信用しているし、信頼だってしているけど…。精神的な干渉に対して強い俺と違って、二人はいつどこで上位者から記憶を読み取られるかわからない危惧があるため、伝えることができないというわけだ。俺から伝えるのも、組織のトップ陣のみでそれ以外のヒトには決して口外しない。それぐらいヤバい情報なのだと、ちゃんと認識しておかないといけないのだ。

 

 

「神器症の治療のこと、相棒のこと、乳神様のこと、異世界の邪神のこと…。正直色々ありすぎて、しっかり説明できるのか不安だけど、頑張って伝えてきます。駒王町やイッセーくんのことだって、ちゃんと話し合わないといけませんから」

「『赤龍帝(ウェルシュ・ドラゴン)』という危険はあるけど、乳神様と交信できるチャンネルを設定できるのは、今のところ兵藤一誠くんだけですもの。彼らだって、無下に扱うことはないでしょう」

「はい…」

 

 原作の主人公である兵藤一誠と、原作の重要拠点である駒王町。イッセーくんは俺と同じように乳神様と関わり、その精霊からおっぱいの気持ちがわかるという加護をもらっている状態だ。そして、駒王町にあるおっぱい教のお社は、異世界の神様を実際に降ろした祭儀場そのもの。勘のいい相手なら、その残滓から異質な存在に気づく可能性がある。

 

 あそこは悪魔と教会が管理しているため、他の勢力が早々入ってくることはないはずだ。十人に一人が魔法少女な街に入りたい実力者や人外がいるかはわからないが、何事も備えあれば患いなしだろう。駒王町を重要拠点として保護してもらい、邪神に対抗するために乳神様との繋がりを守らないといけない。そのためには、どうしても教会や天界の協力も必要だった。

 

「話さなければならないことは多いけど、何も全てを一気に伝える必要はないわ。私が「正史」を知った時のように、一つひとつを確実に相手へ伝えていけばいいのよ。だから、気負わずにあなたができることをやっていきなさい」

「はい。ありがとうございます、朱芭さん」

 

 それから成長期の男子二名が満足して食べられる量のそうめんを茹であげ、空いた時間は朱芭さんに美味しい麺つゆの作り方を教えてもらった。みりんとか鰹節とか、ちょっとした工夫でコクが生まれるのはすごいと思うわ。最後に盛り付け用の葱を切り終えたところで、疲れた顔で帰って来た鳶雄を俺達は迎え入れた。どうやら勉強でかなりしごかれたようで、テーブルに上半身を倒れ込ませる後輩に、朱芭さんと一緒に笑ってしまった。

 

「昼食ありがとうございます、先輩。すごくおいしかったです。あと、祖母ちゃんとの修行も今日で最後なら、晩御飯はお祝いで豪華にしますよ。何か食べたいものがあったら言ってください」

「お前は俺の好感度をこれ以上あげてどうするつもりなんだ」

「えっ?」

 

 きょとんとする後輩に、俺はとりあえずお礼を告げておく。鳶雄が男で本当によかった。これで女の子だったら、もう惚れるしかなかったな。胃袋だってガッチリ掴まれているし。さすがに鳶雄が女の子だったら、こんなにも入りびたるぐらい幾瀬家にお邪魔はできなかっただろうけど。こいつが男で助かったわ。

 

 こうして、五年目の夏の終わり。約二年と半年ほど続いた幾瀬朱芭さんとの修行は、無事に幕を閉じたのであった。

 

 




※『堕天の狗神 -SLASHDØG-』のコミックスが発売ですね。トビーやラヴィニアや朱芭さん、厨二ヴァーくんと盛りだくさんな内容なので楽しみです。もし機会があれば、ぜひ読んでみてください。
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