えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十四話 報告

 

 

 

「というわけで、メフィスト様たちに神器症の治療を説得させる方法というか、結果的にそれどころじゃない状況にさせる説得方法を無事に見つけることができました」

「それは、無事…と言っていいのです?」

 

 困惑気味に小首を傾げるラヴィニアに、それでも俺は頷くしかなかった。協会にある俺の部屋に招き入れたラヴィニアへ、これまでの経緯を簡単にだけど説明したのだ。クレーリアさんが作ってくれたお菓子をテーブルに置き、向かい合って座るラヴィニアのコップへお茶を注ぎ足しておく。人差し指を口元に当てながら、経緯がよくわからず「?」を頭に浮かべるパートナーに、俺は乾いた笑みを浮かべた。

 

 曖昧な返答しかできないことに申し訳なさはあるけど、とりあえず事実を伝えるならこれしかなかった。朱雀には朱芭さんの頼み事ついでに報告は済ませたけど、俺の取説(供養版)作りのインパクトが強すぎたのか、治療法関連はあまりツッコまれなかったな。ツッコミどころが多すぎて、反応しきれなかったともいうかもしれないけど。

 

 朱雀も自分がちょっとした善意で書いたつもりの著書が、まさかここまで活用されることになるとは思っていなかったのだろう。俺の人脈の所為か、だいたい読んでいるヒトって大物ばかりになっているし。それがついに仏教陣営のトップ陣の目にも止まるようになるとは、姫島の次期当主としてだけでなく、取説の著者としても有名になりそうだ。本人としては、それで名前を覚えられることにお腹が痛そうだったけど、「姫島」での発言力を向上させるという点では利益につながる。大変複雑そうな心境っぽかったなぁ…。

 

「あの、カナくん。神器症の治療ってこの世界では不治の病なのですよね?」

「そうだよ」

「総督さんや天使さん達が頑張って探しても見つからなかったものなのですよね?」

「うん」

「それをカナくんが発見しただけでも大事だと思うのですが、それ以上にもっとすごい大事が見つかったということなのでしょうか?」

「そういうことになるのかなぁー」

 

 質問しながら頭の中を整理するラヴィニアに答えていくと、だんだん遠い目になっていくパートナーの様子が目に映った。少し前まで、どうやってメフィスト様たちを説得しようかを話し合っていたのに、それがいきなり「どうでもよくなった」的な扱いになったらそりゃあ混乱するよな。彼女の言う通り、神器症の治療方法が見つかっただけでも大事なのに、それが結果的に隅に置かれるような状況って普通に意味不明だと思う。やっぱり乳神様の存在ってバランスブレイカーすぎて、ヤバすぎると改めて感じた。

 

 『神器(セイクリッド・ギア)』が放つ神秘のオーラに対する抵抗力が低いことで宿主と神器が上手く適合できず、様々な悪影響を生じさせる症状。それは心身不全を起こすだけでなく、時には宿主の命さえも奪っていく不治の病。システムを制御出来ていた聖書の神様以外にはどうすることもできないとされ、この世界の誰もが助けられないと言われていた。原作のアザゼル先生でさえ、症状の緩和が精一杯だったのだから。

 

 そんな症状の治療法が見つかったかもしれない。普通に考えれば、これだけでとんでもないことだろう。神器と関係がある人々だけでなく、神器所有者と関係する組織全般が注目して当然だ。特に神器研究に熱心な『神の子を見張る者(グリゴリ)』や、神器持ちの人間の保護を率先して行っている教会関係者は目の色を変えるだろう。堕天使関係は俺との繋がりがあるので何とか誤魔化せるけど、天界陣営との伝手が何もない状態なので、あっち側は大きな騒ぎになって当然だった。

 

 だから、調和を望むメフィスト様たちなら、天界を刺激する治療法の確立など許可するわけがないと頭を悩ませていたのだ。三大勢力が同盟を結び一丸となれる状況ならいざ知らず、三竦みの危険な状態で実行するには火種になりかねない事案だったのだから。たぶんみんななら、三大勢力の和平が叶うと見据えられる段階に入って、ようやく許可が出せる案件だっただろう。

 

 しかし、そんな状況で舞い込んだ乳神様と異世界の邪神の侵攻が、本当に全てをひっくり返したのだ。

 

 

「この後、アザゼル先生が来たら俺が知った全てを二人へ話すことになる。たぶんというか、確実に協会も三大勢力も……世界さえも激動に飲み込まれる時代が来ると思う。そんな訳の分からない状況にしちゃうことが、本当に申し訳ないと思っているけど…」

「それでもカナくんは、お二人に全てを話す必要があると感じたのですよね」

「うん。伝えなきゃ、何も始まらないから」

 

 異世界の邪神については、隠しているわけにはいかなかった。邪神メルヴァゾアは、いつか必ずこの世界にやってくる。それが何年後かはわからない。もしかしたら、気が遠くなるようなもっと先の出来事かもしれない。それでも、乳神様の存在を知らせなくても、リゼヴィムが暴走しなくても、その未来は決定事項のように訪れるという確信があった。そんな嫌な予感が、ずっと俺の胸に渦巻いているのだ。

 

 押し付けられたように任された乳神様の神子としての役割。実際に異世界対策を施すことになるのは各陣営のトップの皆さんになるだろうけど、そのきっかけをつくることは俺にしかできない。俺自身が動かなければ何も変えられないのだ。神器症の治療の件もあって、俺の存在を表に出す覚悟はずっと考えてきた。そして、ここから踏み出す決意をみんなからちゃんともらっているのだから。

 

「その、……俺のパートナーであるラヴィニアには、これから先で本当に色々迷惑をかけてしまうと思う。俺の所為で危険だってあるかもしれない。協会とは関係ないのに、俺が自分から始めることで、一緒にいるラヴィニアまで巻き込んでしまうと思うんだ」

「…………」

「俺の事情にラヴィニアを危険な目に合わせるべきじゃないとは思っている。五年前の駒王町の事件なんて比じゃないぐらい、本当にヤバい案件だから。それでも――」

 

 俺は大きく息を吸って、深く吐き出す。ラヴィニアはそんな俺の言葉をジッと待つように、真っすぐに見返してくれた。

 

「それでも、今後も俺と一緒にいてほしい。たくさん迷惑をかけるし、事情があって伝えられない真実もいっぱいある。だけど、俺にはラヴィニアが必要なんだ。だから、これからも俺と一緒にいてください」

 

 俺はテーブルに手をついて、ラヴィニアへ頭を下げた。これからのケジメとして、彼女にはしっかり伝えるべきだと思ったからだ。ラヴィニアなら、きっと俺が何も言わなくても巻き込まれてくれたかもしれない。何も聞かずに察してくれたかもしれない。だけど、そんな風になぁなぁで済ませるのではなく、言葉にしてちゃんと誠意を示すべきだと考えた。

 

 メフィスト様たちに全部話せば、俺と一緒にいる彼女が巻き込まれないわけがないのだから。そして俺は、彼女の傍にいることを約束した。ラヴィニアの性格的に俺を放っておくことはできないだろうし、それなら俺から頭を下げて一緒にいてほしいと頼むべきだと思ったのだ。彼女の優しさに甘えるだけではなく、俺が望んで隣にいてほしいと願うために。

 

 

「……私が『神滅具(ロンギヌス)』を宿して生まれたのは、このためだったのかもしれませんね」

「えっ?」

「私がただの人間だったら、私がただの魔法使いだったら、私がただの神器所有者だったら…。カナくんの言う危険を撥ね退ける力がなくて、ずっと一緒にいることは難しかったかもしれません。でも、私には『神をも滅ぼす具現』がこの手にありました」

 

 自身の手の平を眺めながら、これまでの生き方を思い出すようにラヴィニアは言葉にしていく。広げていた両手を自分の胸元へ押し付けると、どこかすっきりとした表情で微笑んで見せた。

 

「カナくんの隣にいるためには、この力が必要だった。そう思えば、私が『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』を宿して生まれたことに意味を見つけられたような気がしたのです」

「ラヴィニア…」

「人形も、この力も、まだ怖いと思う気持ちはあります。だけど、この力があったからカナくんに出会えて、あなたとこれからも一緒に生きていくことができる。そう改めて感じることができたのです」

 

 目を細めて嬉しそうに笑うラヴィニアに、俺は照れくささから頬を掻くしかなかった。俺は四年前に彼女の過去を聞き、神器によって失ってしまったものがあることを知っている。そんなラヴィニアから告げられた思いに、自分の胸に温かい気持ちが流れてくるのを感じた。

 

 しかし今更だけど、お互いに言っている言葉が直球すぎるなと心の中で思う。ラヴィニアには着飾った言葉より、本心を言った方がいいのはわかっているけど、天然な彼女が相手じゃなかったら言いづらかっただろうなぁー。

 

「カナくん、これからも一緒に頑張りましょう。カナくんがカナくんなことは、パートナーである私が一番よく知っていますから」

「うん、……うん? あれ、俺が俺であることって、パートナー的に関係があるの?」

「もちろんです!」

 

 大変元気な返事を返されてしまった。そうか、俺が俺なことってパートナーとして重要な部分なんだねぇー。みんなが俺のことをどう思っているのか、だんだん察せられるようになってきたことに何とも言えない気持ちになってきた。いや、まぁ、自分でもやらかし過ぎて取説を作られている人間なのは自覚しているんだけどね…。

 

「あぁー、はははっ…。とりあえず、今後もバタバタすることになると思うけど、一緒に頑張っていこっか」

「はい。私がカナくんを守るので、任せてください」

「えーと、そこはお互いに守り合うにしない? 俺も年上の男としての意地が一応あるので…」

 

 これから先に進めば、今までのような生活は難しくなるかもしれない。だけど、変わらず傍にいて支えてくれる人達が俺にはいる。俺が未来への不安に押しつぶされずに前を向いていられるのは、間違いなくみんなのおかげだろう。大切な人達と生きる未来を守りたい。異世界の邪神とか、わけの分からないやつにぶっ壊されてたまるものか。

 

 それからアザゼル先生が協会に来るまでの間、ラヴィニアとの会話を楽しむことにした。保護者二人に話す緊張はあるけど、こういう時は焦らずに待つことが大切だよな。いざとなったら、相棒の異能で精神面はどうにかできるので。俺は朱芭さんと相談して決めた会話の流れをもう一度頭の中でおさらいしながら、ゆっくりとお茶を口に含んでおいた。

 

 そして数刻後、メフィスト様からの通信が届く。忙しい合間を縫って時間を作ってくれた二人に感謝をしながら、ラヴィニアの応援を背に俺は立ち上がったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

『メフィスト理事長とアザゼル総督に今後のことを話すなら、一つどうしても避けられないことがあるわ』

 

 これまで隠してきたことを保護者へ報告する際、どのように伝えるべきか相談した俺に、朱芭さんが難しい表情で告げたことだ。

 

『どうしても避けられないことですか?』

『えぇ、神器症の治療にも、異世界の脅威に備えるためにも、あなたの神器に宿る存在について触れないわけにはいかないでしょう。乳神様が告げた『御子神』という言葉が示す通りなら、あなたの神器は聖書の神様が最後に残した一欠けらと言えるわ。そして、今後天界の関係者と話し合うことも考えれば、その存在がどれだけ注目されるかがわかるでしょう』

 

 そう言われて、確かに聖書の神様関連と考えれば、相棒の存在が鍵を握っているのはわかる。だからこそ、それについても相談するためにアザゼル先生も一緒に呼んだのだ。相棒の正体も含め、禁手に至る道筋を教えてもらうために。旧天界陣営で、聖書の神様に近しい位置にいたことがある先生だからこそ、見えるものがあると思ったから。

 

『でもね、アザゼル総督があなたに聖書の神様関係で詳しく話せない事情が一つあるのを忘れていない? 奏太さんも私も『ある真実』を前提に考えているからこうして今後のことを相談し合えているけど、この前提を先に立てておかないと向こうも話を合わせづらいと思うの』

 

 聖書の神様関連で、先生たちが俺に伝えられないこと。そこまで言われて思い返すと、確かに一つだけ心当たりがあったことを思い出す。俺の神器について調べていたアザゼル先生が、俺からの質問に濁すような答えを返したことを。本来は原作知識なんてズルがなければ、倉本奏太が知っているはずがない情報だったから。

 

『あぁー、そっか。本来なら「俺は知らない」ことだからか』

『世間には秘匿されている真実。だけど、それを知っていることを前提にしないと、あなたの神器についてあちらも詳しく話せないと思うわ』

 

 原作知識をもっている俺にとっては当たり前の前提でも、世間一般的にはあり得ないとされる真実なのだ。そこがズレたままだと、確かに話が合わないだろう。乳神様は俺が持っていた『外界の知識』を当然のように受け止めて、それを前提にして話を進めてくれていたからうっかりしていた。乳神様は当たり前のように聖書の神様と相棒を区別して、『一欠けら』とか『至れ』とか言っていたはずだ。

 

 それは、相棒の大本になるだろう存在が、すでにいないことを認識していなければ出てこない言葉だった。

 

『だから、先にそっちについて言及すれば、会話の主導権を握ることができるんじゃないかと思うのよ。あなたの保護者である二人には、最初からとんでもない爆弾を放り込むようで申し訳ないけれどね』

『なるほど。俺が知ってしまった理由も、乳神様に教えてもらったってことにすれば問題ないのか。俺が受けた加護を見せるだけじゃなくて、異世界の高位の神様が干渉したという事実への箔もつく』

 

 この世界に異世界の事情について話すためだと考えれば、乳神様も名前を使われたことに怒ったりはしないだろう。本来なら聖書の神様でなければ治せないとされる症状を治療するのだ。相棒のことも合わせれば、俺が『ある真実』を知ることは時間の問題でもあった。それなら、いっその事その真実を、交渉の手段に使わせてもらおうと考えた。

 

 

「よう、こうして直接会うのは二ヶ月ぶりか? ヴァーリや朱乃がいつも世話になっていて助かっているよ」

「こんにちは、アザゼル先生。忙しいのにわざわざこっちに来ていただいて、ありがとうございます。メフィスト様も時間を取っていただき、ありがとうございました」

「アザゼルと一緒にどうしても聞いてほしい話があると言われればねぇ。……うちの子は、今度は何をやらかしてしまったのかと、今から胃がちょっとキリキリしてきたけどさ」

 

 通信で呼びだしを受けてから入室した理事長室で待っていたのは、俺がお世話になってきた頼れる二人の大人だった。ソファーに座ってひらひらと手を振ってくるアザゼル先生と、疲れた表情で頭に手を当てるメフィスト様。この話し合いの前に、事前に「取説確認必須で!」とお願いして冊子のコピーをすでに渡しておいた。二人とも見た目はダンディなおじさん的な感じだけど、年齢だけ見れば朱芭さん以上の高齢者だからな。

 

「取説案件とは聞いてきたが、今度は何をやらかしたわけ、お前?」

「えーと、とりあえず報告の前に色々準備をしてもいいですか?」

「準備かい……?」

「はい、朱芭さんがくれた香木のお香を焚いて、精神の乱れを抑える符を壁に貼ります。あと、お腹に優しいジンジャーティーも用意したので、胃のムカつきを感じたら飲んでください。ついでにアジュカ様からの伝手で手に入れた、アガレス産の胃薬もテーブルに置いておきますね。それと、『Analyze(アナライズ)』で分割した相棒も一緒に置いておくので、限界を感じたらすぐに直差しして体調の管理を――」

「待て、待て待て待てっ! 事前にここまで準備されることに、逆に恐ろしさを感じてきたんだがッ!?」

 

 多少余裕そうな雰囲気を出していたアザゼル先生が、頬を引きつらせて冷や汗を頬に流し出す。メフィスト様も次々とテーブルの上に並べられる健康グッズに、言葉を失っているようだった。いや、だって事前にめっちゃ準備してから順序立てて報告した幾瀬朱芭さんが、最後には耐えられなくて気絶した内容だよ。原作知識は話さないとはいえ、ヤバい爆弾がいくつもある。高齢者に気を使うのは当然だと思うんだけど…。

 

 保護者からの視線はとりあえず置いといて、俺はいそいそと準備をしておく。さすがは魔法使いの理事長の部屋だからか、防音や遮断設備もバッチリっぽい。本格的に香木を焚き始めたあたりから、メフィスト様達は俺が持ってきたジンジャーティーに早速手を付けてくれているみたいだった。保護者組を気遣って作ってくれた朱芭さんのお手製なので、効果は間違いないだろう。

 

「ふふふっ、本当だ。このお茶、じくじくするお腹によく沁みるねぇ…」

「おい、遠い目をしている場合じゃないメフィスト。これ、マジでとんでもないことをやらかしているぞ、あいつ。ここまで自覚症状ありで報告するって、今までの規模を確実に越えているんだが」

「五年前は駒王町の前任者問題で悪魔と教会に喧嘩を売り、三・四年前は姫島家の問題に首を突っ込んで掻きまわし、二年前はネビロス家の闇を暴いて魔王級を突入させ、一年前はルシファーの血族で白龍皇を宿す少年を保護して可愛がる。そろそろ落ち着いてくれるかなと思っていたけど、やっぱりカナくんはカナくんだったねぇ…」

「お前がカナタの保護者をやっていることに関しては、友人としてマジで尊敬できると思うわ」

 

 それから数分後、香木の良い香りが部屋に広がったのを確認し、俺は二人と向かい合うようにソファーへと腰を下ろした。一人用のソファーにそれぞれ座って、準備ができたことを認めた二人は俺が話し出すのを待つように口を閉じた。さっきまでの軽い雰囲気にピリッとした緊張感が漂ってくる。子どもである俺の話を真剣に聞いてくれる二人に頭を下げ、深呼吸をして心を落ち着かせた。

 

 

「お待たせしました。それでは、俺がこれまで隠してきたこと、そして知ってしまったことについて報告させてもらいたいと思います」

「『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の理事長である僕と、『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督であるアザゼルに向けてってことだよね」

「はい、組織のトップであるお二人への報告になります」

 

 これまでのプライベートな付き合いとは違い、こうして組織の長としての顔で改めて対峙すると、プレッシャーのような張り詰めた空気が全身にのしかかってくるようだった。それに怖気づいてしまいそうな心を叱咤し、意を決して俺は口を開いた。

 

「その報告の前に、組織のトップであるお二人に一つ確認したいことがあります。俺がこれから話す内容にも関係してくることなので、はぐらかさずに答えてほしいです。そして、何故それを俺が知っているのかについてもちゃんと話しますので、最後まで話を聞いてほしいと思います」

「はぐらかすなねぇ…。こっちも組織のトップとして答えられない事情はあるんだが?」

「じゃあ、無言でもいいです。俺が欲しいのは、これから話す報告で俺が『それ』を知っているということを二人にも知っておいてほしいという『前提』ですから」

 

 テーブルに肘をついて話すアザゼル先生に向け、俺はさらに言葉を紡いだ。俺の返答に目を瞬かせた先生は面白そうに目を細めると、「じゃあ言ってみろ」と催促するようにくいっと顎を動かした。メフィスト様も異論はないようで、感情の読めない静かな瞳でこちらを窺っていた。

 

 

「メフィスト様、アザゼル先生。……聖書の神様が、すでに亡くなっているのは本当のことなんですか?」

『――――――』

 

 空気が凍った。そう表現するしかないほど、二人の纏うオーラが変わったのを感じた。アザゼル先生はついていた肘から顎をうっかり落としてしまったようで、俺の方を見て愕然としている。メフィスト様も俺達の前では見せないような厳しい表情を隠していなかった。それほど俺が最初にぶっこんだ爆弾が、予想外過ぎて反応しきれなかったのだと感じた。

 

 ハッとなったアザゼル先生が口を開こうとしたけど、何かを発する前に自ら歯を噛みしめていた。ここで神の死のことを追究すれば、神の死を組織のトップが認めたことになる。そしてはぐらかそうにも、先ほど俺が言った『前提』の話が頭をよぎり、否定に意味がないこともわかったのだろう。俺が確信をもって「神の死」を口に出していることに。

 

「先ほども言いましたが、答えは今はいいです。でも、俺がそれを知ってしまったことを前提にして、これから報告する内容についても考えていただければと思います」

「……あぁ、くそっ。今回はマジでろくでもない話になりそうだ」

「最後までカナくんの報告を聞くしかないね。明らかにカナくんの背後には、それだけの存在がいるということなんだから」

 

 さすがは組織の長と言うべきか、驚愕していた表情からすぐに変化し、冷静にこちらを見極めようとする意思が伺えた。何より、メフィスト様の言う通りだと思う。本来なら俺が知るはずがない真実。それを俺が独自に知りえたとは誰も思わないだろうから。事実は俺の原作知識からのカンニングなんだけど、そんなの理解できるわけがない。だったら、彼らならより自分が理解できる方向に考えるはずだ。俺が「何者か」から、その真実を聞かされたのだという方向に。

 

 しかし、聖書の神の死を知っている者は限られている。その中で、ただの人間である俺に告げ口をするような存在なんているはずがない。そんなあり得ない状況のはずなのに、こうして現実に起きてしまっている。ここで最初から俺の背後関係を匂わせておくことで、これから話す異世界のことや乳神様の存在への注目が集まるだろう。俺が『聖書の神様の死』という禁忌を知ってしまった理由付けにもなる。

 

 乳神様にもらった加護を見せて証拠の提示ももちろんやるけど、異世界の脅威についてはきちんと伝えられるか自信がなかった。加護に施された術の高度さはわかるし、グレートレッドよりヤバいのがごろごろいる! と俺から伝えることはできる。だけど、それで正確にこの世界に訪れる危機感を、トップ陣に伝えられるかはわからなかった。

 

 俺には原作知識という下地があったから乳神様の言葉を素直に信じられたけど、普通ならとても信じられないことだからだ。異世界というだけでもとんでもないことなのに、それがこの先の未来で侵攻してきて、しかもこっちはこのままでは手も足も出ずに滅ぼされるしかないとか信じたくないに決まっている。組織のトップともなれば、さらに判断は慎重になるだろう。

 

 だけど、それでは困る。だったら、この世界でも極一部の者だけしか知らないはずの禁忌ですら、異世界の神はあっさり干渉して知り得ることができるのだ、と思わせることで危機感を煽ろうと考えた。本来なら知っているはずがない禁忌を俺の口から告げることで、俺の背後にいる乳神様の脅威度を必然的に上げられるわけだ。

 

 

「それでは、まずは俺が隠してきたことから話したいと思います。始まりは三年前、リーベ・ローゼンクロイツくんをどうしても助けたいと諦めきれなかった俺の足掻きから始まったことです」

「……神器に対する抵抗力が低いことで、本来の作用が変質して身体に異常をきたす症状。リーベ・ローゼンクロイツくんは、その中でも重度の症状だったと聞いているね」

「はい。俺は何とか出来ないかって色々考えて、実行に移したりしてきました。そんなとき、神器に封印されていたアルビオンから教えてもらったんです。昔は神器症など『存在していなかった』って。ある時期から徐々に起こり出した、バグや不具合の一種と同等のものだろうと」

「なるほどな、そこにさっきのが繋がってくるわけか…」

 

 俺が話し始めた内容に訝し気な表情を二人は隠さなかったけど、今はこちらの報告をジッと聞いてくれるようだ。アレだけ言っても諦めなかったのか、的な呆れたような視線は当然もらったけどね。あと神器の不具合が起き出した訳をあえて口には出さなかったんだけど、アザゼル先生は納得したようにつぶやいていた。

 

「元々は存在していなかった病。それは逆に考えれば、不具合によって付け加えられた病とも仮定できます。俺の異能なら、そこから糸口がつかめるんじゃないかって思いました」

「お前の異能の異常さはわかっている。だが、不可能だ。そのためには――」

「聖書の神様が生きて完璧に『システム』を制御していた時代のベース(0)を知る必要がある、ですよね」

 

 さすがはアザゼル先生、俺がやろうと考えたことへの理解が早い。細かいところは想像だろうけど、だいたいのところは当たっている。だからこそ、彼が指摘するだろう問題もわかっていた。俺からの返しに先生は腕を組んで眉根を顰めたが、肯定するように無言で頷く。メフィスト様は神器関連は聞き役に徹すると決めたのか、特に質問はなかった。

 

「アザゼル先生が言うとおり、その問題については考えました。ちなみに先生は、聖書の神様が『システム』を運用していた頃はどんな感じだったのか知っているんですか?」

「……『運用している』ことだけは知っていたな。だが、あいつは秘密主義過ぎて、何も教えてはくれなかった。ミカエルにも、誰にもな」

「本当に誰にもですか? 『システム』に触れることができたのは、聖書の神様本人だけだったんですか?」

「どうしてそこまで聞くかはわからんが、そうだとしか答えられないぞ。他の誰もあそこに近づける者はいなかった。俺は一度だけ神が不在の時に『システム』がある第七天へ忍び込んだことはあるが、本当に何もできなかったしな」

「キミ、昔っからそういうところの行動力がすごいよねぇ…」

 

 アザゼル先生の告白に、呆れたように溜め息を吐くメフィスト様。原作でも語られていたけど、アザゼル先生のその行動のおかげもあって、俺は聖書の神様が『システム』にどれだけ他者を近づけさせたくなかったのかが理解できた。そしてアザゼル先生の証言もあって、ずっと気になっていた疑問に少しずつ答えが見えてきたような気がした。

 

 やはり、アザゼル先生も知らなかった。原作通り、聖書の神様のみが『システム』を動かしていたのは間違いないだろう。彼の証言からも、トップの後継者になりそうな存在がいなかったこともわかった。聖書の神様はやっぱり「一人」だけで運用していて、その力を受け継ぐ存在も確認されていなかった。それは確実だと思う。

 

 だけど、俺は知っている。乳神様の証言もあって、確信を持って言えることがあった。

 

「それで、誰も知らない時代のことを聞いて、何か分かったのかよ」

「はい、俺の中では。それと先生、一つだけ訂正があります」

「訂正?」

「聖書の神様が『システム』を運用していた時代のことを知る存在が、一人だけいたということです」

「……はっ?」

 

 俺からの指摘に、アザゼル先生は心から意味が分からないというようにポカンと口を開けていた。相棒が聖書の神様に連なる存在だということは、俺が「聖書の神様の死」を原作知識から知っていたのに無事だったことから判明したことだけど、それは伝えられないため別の方向から話すしかない。これに関しても乳神様が相棒について色々おっしゃっていたので、繋げることができるだろう。

 

「何を言って…」

「それを証明してくれたのが、俺に聖書の神様や相棒について教えてくれた存在こそが、おっぱいを司る精霊神である乳神様。異世界『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』の聖母神様でした」

「えっ、おっぱい?」

「異世界だって?」

 

 ここまで来たら、畳みかけるように言うしかない。神器症の治療から異世界の神様へと話を繋げると、突然のことに呆然としたようにメフィスト様は呟かれた。アザゼル先生は頭が痛そうに黒髪を掻き上げ、ソファーへと疲れたように倒れ込む。「おっぱいとか、異世界とかなんなんだよ…」と恨み言のようにブツブツ言っていた。

 

 連続で爆弾を放り投げすぎた所為か、保護者組の元気がどんどん無くなっていっているような気がするけど、ようやく半分ぐらい話せたところだから頑張ってもらおう。ここからようやく本題にもあたる、おっぱいの神様やら異世界の邪神の侵攻やらについて話すことになるのだから。ちなみにこのあたりで折り返し地点だと告げると、お通夜のようなどんよりとしたオーラが流れてきた。すみません、ちょっと休憩を入れましょうか。

 

 そんな目の前で胃薬に手を伸ばして、槍を突き刺して一服入れる保護者を眺めながら、俺もしっかり伝えられるように頑張ろうと気合いを入れ直したのであった。

 

 


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