えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
乳神様が降臨してからドタバタになって過ごした夏が過ぎ、ついに秋を迎えることになった。報告会でメフィスト様達に話した内容は大事のオンパレードだったんだけど、ぶっちゃけ今の俺にできることは何もなかった。冥界や天界への対応なんて人間の俺にできるわけがないし、異世界についても知らせることが仕事だったため、それ以降はトップ陣に任せるしかない。保護者達が悲鳴をあげるきっかけを作ったのは俺なのに、手伝えることが何もないというのも大変申し訳ないと思う。
せめて何か手伝えないかと言っても、メフィスト様とアザゼル先生から「頼むから、お前は大人しくしていてくれ!」と懇願される始末。みんなからの俺の反応が、どんどん歩く爆弾化してきたようで遠い目になる。これ以上二人に心労をかけたくないので、さすがに大人しくすることにしたけど。神器症関係は俺が原因だけど、乳神様関連は俺も巻き込まれた側なんだけどなぁー。
今のところ俺が禁手に至らないと神器症の治療はできないので、保護者からの許可がない今はどうしようもない。少しでも成功率を上げるための修行や勉強は続けているけど、それは今までにもやってきたことだ。というわけで、特別何かをすることがなかった俺は日常の方へ注視することにした。夏が終わったということは、外国への留学も目前だったからだ。
友人や後輩達へ改めて挨拶回りを行い、倉本家で過ごす時間を噛みしめ、向こうでの暮らしに必要なものを揃えていった。
それから外国へ旅立つ前にお別れ会を行い、家族や表のみんなとの別れを惜しんだ。裏関係のみんなとは転移をすれば会えるけど、表の一般人のみんなには長期休暇でしか会えなくなる。それが寂しいとは思うけど、そこは切り替えて向こうで新しい交友を広げていくしかないだろう。家族に見送られて一年ぶりの飛行機に乗り、ついに俺の生活は新天地へと変わっていったのであった。
「裏の学校って聞いて、某児童文学の魔法使いの学校とか想像していたんだけど、思ったより普通の学校だったなぁー」
パタンッとカリキュラムについて書かれた冊子を閉じ、自分の部屋のベッドへと転がって欠伸をする。これまでのことを思い出しながら、留学から一週間経った日々を思い出していた。俺が通うことになった学校は見た目は大学のような感じで、『
学校は都心から少し外れた場所にひっそりと建っているが、普通に一般人の目はあるので奇抜なものはない。巨大な階段が勝手に動き出すとか、隠し通路や部屋もないし、ゴーストたちが自由に飛んでいたりもしなかった。魔法の話や裏関係の話題は普通に出てきても、学問を学ぶという点は表と変わらないので講義を受けるスタイルも普通だった。原作の駒王学園ほど表との距離は近くないが、完全に裏が前面に出ているわけではなかったのでホッとしたな。俺の立場的にあんまり派閥関係には関われないが、多少なら話せるクラスメイトはできたと思う。
「リーバンのおかげで色々助かっているよな。クロセル家の名前に下手を打てないから、だいたい遠巻きに見ている印象だったし」
俺の表向きの立場は、中立派閥の家の後ろ盾をもらった日本からの留学生だ。そして、リーバンはクロセル家の名前を一切隠さずに過ごしている。断絶されたとはいえ、「元72柱」であるクロセル家の末裔。しかも人間界に住む上級悪魔から保護を受けている立場なので、彼の身に何かあったらその悪魔に目を付けられるかもしれない。そんな危険を冒してまで、クロセル家に喧嘩は売りたくはないだろう。故に、必然的に俺達の傍に来るのは派閥関係があまりない者ばかりになるわけである。
最初はぎこちないところはあったけど、リーバンとは純粋な友人として付き合えていると思う。お互いに敬語はなしで、受けつけないことや言いたいことがあったらきちんと伝えるように約束も交わした。リーバンは俺の護衛だから最終的にこっちの意思に従ってくれるけど、それは『学友』としては違うと感じる。せっかくなら楽しい学生生活を一緒に過ごせるのが一番だろうしな。
そんなわけで、慌ただしかった留学初日からだんだん慣れてきたため、しばらくは問題なく平穏に過ごせるだろう。最初のオリエンテーションは無事に終わり、日本と海外の学校での違いに戸惑いながらも、ようやく始まった授業に何とかついていこうと頑張っているところだ。本日の課題も無事に終わらせることができたので、グッと背伸びをしておいた。
「あれ、リーバンと正臣さん? 珍しい組み合わせですね」
少し休憩をはさんだ後、明日の仕事について相談しようと正臣さんの部屋を訪れた俺の目に入ってきたのは、テーブルの上に勉強道具を広げた二人の姿だった。リーバンは学園での俺の護衛も兼ねているので、登下校も当然一緒だ。そのため、メフィスト様が紹介してくれたここから近い場所にある住居に住んでいる。時々協会へ顔を見せに来ていたのは知っていたが、二人が同じテーブルで顔を合わせるぐらい親しいとは知らなかった。
「あれ、奏太くんには話していなかったっけ? リーバンくんには時々勉強を教えてもらっているんだよ」
「勉強をですか?」
「あぁ、といっても始めてまだそんなに経ってはいないけどね…」
部屋に招き入れられた俺は出されたお茶を飲んで、二人の答えに首を傾げる。大人である正臣さんが高校生のリーバンに勉強を教えてもらう。あれ、正臣さんってそこまで勉強できなかったっけ? 教会のエクソシストとしてずっと戦っていたとはいえ、教会で一通りの学習は終えているはずだ。魔法関係かと思ったけど、それならクレーリアさんと一緒に覚えていた。その構図に戸惑いが浮かんだ俺に、正臣さんは小さく肩を竦めた。
「悪魔関係の勉強だよ。基礎的なこととか応用問題、あとは経済学や民俗学とかもね。特に悪魔と人間では価値観が違うから、そのあたりの違いを教えてもらっているんだ」
「経済学や民俗学ですか?」
正臣さんが勉強している内容に目を瞬かせる。これまでの戦闘力極振りの正臣さんが勉強しないだろう内容に、俺はポカンと口を開くしかない。魔法の勉強は強くなるため、悪魔について学ぶのはクレーリアさんのためなのはわかるけど、経済とか民俗って何のために? 彼はメフィスト様の眷属で、魔法使いの組織の所属になっている。悪魔貴族なら必要だろうけど、正臣さんにはそこまで必要性を感じなかった。
リーバンがその勉強相手に選ばれたのは、悪魔と人間の価値観の違いを学ぶためだとすれば理解できる。クレーリアさんは生粋の悪魔貴族のご令嬢で、人間のことは学んでいても価値観の違いとなると説明が難しいだろう。それなら人間だけど、悪魔貴族の血を引くリーバンは最適だ。
「人間と悪魔は根本的に文化や価値観が違うからな。特に経済学と民俗学は人間の思考では理解できないところもあって、人間からの転生者にとっては一つの壁として有名なんだ。悪魔の感性は、深く考えすぎたらドツボにはまることもあるからね」
「だから理解するんじゃなくて、『悪魔ならやりそう』という視点で考えた方がいいとか、色々アドバイスをもらっているのさ」
「なるほど…」
確かに人間から悪魔に転生した正臣さんにとっては、大切な知識ではあるのか。悪魔になった正臣さんは、今後も悪魔の価値観に触れて生きていくことになるんだし。ただ大切さはわかったけど、わざわざ年下のリーバンに教えてもらってまで詰め込んでいるのは不思議に思った。悪魔の価値観とか、そこまで急いで覚えないといけないことなのだろうか。
「奏太くんが冥界のグレモリー家に挨拶へ行く時に、ついでに僕も試験を受けてきたらいいと主に言われてね。だからこうして、慌てて試験勉強をすることになっちゃったんだ」
「えっ、試験って何の試験ですか?」
「中級悪魔試験のことだけど」
あれ、それも言っていなかったっけ? と首を傾げる正臣さんに、俺は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。この一週間近く、新しい環境でバタバタしていた所為で気づかなかった俺もアレだけど、正臣さんもうっかりし過ぎだろう! というか、中級悪魔試験っ!? それって原作でイッセーたちも受けていた昇格試験のことだよな。
「初耳ですよっ! というか正臣さん、もう中級悪魔試験を受けるんですか!? 悪魔に転生して、まだ一年半ぐらいですよね?」
「俺も異例のスピードだと思ったけど、このヒトの功績を聞いていたらもう戦闘力だけなら上級に昇格してもいいと思ってしまったよ」
「……正臣さん、俺の護衛以外に何の仕事をしていたんですか?」
「何って、だいたい討伐や捕獲の任務を理事長や魔王様たちから受けたり、魔法使いたちの無茶ぶりに応えるために珍しい素材の回収に行ったり…」
俺とリーバンからのドン引きした視線に気づかず、正臣さんは何でもないように指折り数えていく。堕天使勢に振り回されていた正臣さんは、どうやら悪魔側からしても大変働き者な良い眷属だったようで、色々なところに駆り出されていたらしい。申し分ない後ろ盾を持つ、人間界で身軽に動ける実力者。ちょっと手が届かない問題を頼む時に、正臣さんなら確かに頼みやすいだろう。
さらには悪魔の契約として唯我独尊な魔法使いたちから珍しい素材を求められ、それを現地調達してしまえる実力もあった。凶暴な魔獣の牙とか、猛獣が溢れる森に生える薬草とか、そこらの下級悪魔だったら無理難題だった依頼も、彼の場合その戦闘力で全て捻じ伏せて見事に達成してしまったのだ。
そうして積み上がった功績は、僅か一年半で中級悪魔試験を受けられるだけの下地を作り上げてしまった。そりゃあ、魔王様からの直接の依頼とかポイント加算されまくるに決まっているわ。メフィスト・フェレスの眷属ということで注目も集まっていただろうし、それに加えて下級では収まらない圧倒的な実力を持っている。正臣さんの下っ端根性で受けまくってきた依頼が、こうして実を結んだって訳か。
原作のイッセーは悪魔になって半年ぐらいで中級悪魔試験を受けていたけど、それは悪神ロキや『
「ただもう一年ぐらいは、下級としての下積み期間を設けるって聞いていたんだけどね。悪魔に転生したけど、魔法使い陣営の僕が冥界で悪目立ちしてもあんまり良くないからって」
「俺からすれば、もうしばらく下級で扱き使いたいという風にも受け取れたけど」
「いや、さすがにそれは…。あっ、でも、結局試験は受けることになったんですよね」
「うん、突然ね。数週間ぐらい前に、いきなり主から『正臣くん、ちょっとキミ昇格試験を受けてきてねぇ』と軽い調子で言われたんだ」
「昇格試験はそこまで軽いものではないんだけどなぁ…」
突然の昇格にあんまり実感が湧いていなさそうな正臣さん。人間と悪魔の価値観を持つリーバンは、そんな相手ののほほんぶりに頭が痛そうにしていた。それにしても、突然の主からの指示に首を傾げる正臣さんへ、俺は自分の頬が引くついたのが分かった。正臣さんのこれ、たぶん俺の所為だよね? 乳神様とか、異世界のこととか、俺の護衛であることとか、今後の情勢を考えて今のうちに試験を受けさせておこうという考えじゃないだろうか。
確か原作では文化祭が終わって、サイラオーグさんとの試合が終わった後ぐらいに、中級悪魔試験はあったはずだ。時期的にも秋だったし、正臣さんが試験を受けるのはちょうどいい頃だったわけか。原作でもイッセーが突然の試験勉強でグロッキーになっていたように、正臣さんも同じように悪魔達の都合が降り注いだわけだ。なんか本当にごめん、正臣さん…。
「えーと、勉強が大変でしたら、しばらく俺の護衛の仕事はお休みした方がいいですか?」
「大丈夫、そこまで心配はいらないよ。勉強は大変だけど、いずれはぶつかった壁さ。元人間の転生悪魔として、悪魔の文化を知らないままとか言っていられないしね。メフィスト・フェレス様の『
特殊な能力がなくても、真面目にコツコツと才能を伸ばしてきた正臣さんは、その努力が認められて教会でも名前のあがる剣士の一人になっていた。彼は一度決めたことは、最後まで貫き通す意地と根性があることを俺はよく知っている。俺にできることは無理をしないように見守って、彼の頑張りを応援するしかないだろう。体調不良でふらふらしてきたら、槍を刺して眠らせればいいか。相棒効果ですっきりできるしね。
俺がグレモリー家にお世話になっている間に、メフィスト様は魔王様達との会談をセッティングし、正臣さんはそのまま試験を受けに行くという感じになるらしい。それに余裕があれば、正臣さんも黒歌さんの仙術授業を受けられるだろう。メフィスト様と俺の護衛は、グレモリー家の屋敷に入ってしまえば必要ないぐらいの過剰戦力が向こうには揃っているしな。なんだか冥界でのイベントを、一気に濃縮したような日程になりそうだなぁー。
ちなみに中級悪魔の昇格試験センターは、冥界の各地に存在しているのでグレモリー領の会場へ行くことになるそうだ。あと最も権威がある試験会場はアスタロト領にあるらしいけど、そういうことに『
「正臣さんの試験勉強にリーバンが付き合ってくれるのはありがたいけど、そっちは大丈夫なのか?」
「あぁ、問題ない。こっちもちゃんと利益はもらっているよ。俺がお兄さんの勉強を見る代わりに、剣士としてトップレベルの技量に直接触れられるんだ。いい経験を積ませてもらっているさ」
「リーバンくんの魔法剣士スタイルは、僕も目指している目標だからね。意見の交換も為になるよ」
そういえば、二人の戦闘スタイルは確かに似ているな。剣術が得意な正臣さんがリーバンへ剣技を教え、魔法剣士であるリーバンがそのスタイルの戦い方を教える。そう考えると、お互いに良い刺激になるのは間違いない。それから俺が買ってきたお菓子を三人で食べながら、休憩も兼ねて今後の試験対策に向けて話し合うことにした。
悪魔文字で書かれた問題やレポート課題に、正臣さんと二人で「うへぇ…」と肩を落としながら、俺も魔法使いとしていずれ覚えないといけない現実に溜め息を吐いた。学校の授業で悪魔文字を習う講義は取ったけど、卒業するまでにはしっかり覚えられるようになろう。悪魔についての基本問題は俺でもいくつか解けたけど、さすがは試験というだけあって難しかった。
「しかし、問題は社会学です。これは人間界に住む俺では対処できません。冥界の最近のトレンドなどを問題に出されることがあるため、出来る限り向こうの情報を集めて対策するしかないでしょう」
「冥界のトレンド…。普段人間界で暮らす僕には難しいなぁ…」
そして、ふと上がった話題に「ちょっとズルかもしれないけど…」と俺は心の中で思う。しかし、正臣さんのためを思えば、ここで意見を言うべきだろう。チートかもしれないが、友達を助けるためなら原作知識を使うのは俺の中で是である。
「あの、正臣さん。社会学の問題で出てくる可能性が高いトレンドが一つあるんですけど…」
「えっ、本当かい!?」
「はい、これで社会学はバッチリです!」
魔方陣を展開して、収納から取り出した一枚のDVD。魔女っ娘番組『マジカル☆レヴィアたん』とプリントされた円盤が、喜びに固まった正臣さんの手の上へ置かれた。
「…………奏太くん?」
「冥界を治める四大魔王の一角であるレヴィアタン様が、自ら出演している大人気番組です。悪魔の子どもたちに人気のトレンドが注目されないわけがありません。きっと「この番組に出てくる敵幹部の名前を答えよ」とか、「この夏に放映されたスペシャル番組で出演したゲストは誰でしょう」とか問題で出てくると思います」
「……いや、確かに奏太の言うトレンドも一理あるが――」
「安心しろ、リーバン。俺は『マジカル☆レヴィアたん』を使い魔のリンに頼んで、全部録画してもらっているから試験対策もできる。必要なら全部視聴できるように焼き増ししてくるぞ!」
ビシッとサムズアップして頼り甲斐を見せたら、リーバンがポロっと手に持っていたお菓子をテーブルに落としていた。その隣で正臣さんが「こうなった奏太くんは止まらないよ」と労わる様に肩を優しく叩いている。おかしいな、俺は間違ったことは何も言っていないはずなのに。原作の中級悪魔試験で実際に出てきた問題だから、信憑性も高いぞ。全く同じものは出ないだろうけど、傾向としてはあっているはずだ。
それから、自分で言って気づいた冥界在住のリンに適宜社会情報をもらう案が採用されながら、こうして今後の試験勉強対策として魔法少女講座が増えたのであった。
――――――
「グレモリー家。現ルシファーを務める魔王の実家か…」
「ヴァーくんも気になるの?」
「別に。冥界の政治に興味はないからな」
そうは言いながらも、ルシファーの名前を受け継ぐ者として、現在ルシファーの名前を受け継ぐサーゼクス様達のことは気になっているらしい。ただ旧魔王派たちのような敵意はないようで、ヴァーくんの性格的に超越者と呼ばれるサーゼクス様の実力に興味を持っているみたいだ。ヴァーリ・ルシファーが『
「兄さま最近は留学のことで忙しかったのに、またお出かけするんだね」
「オニニー」
「冥界行きはもう少し先だけどね。しばらくは向こうの暮らしに慣れるように頑張るよ」
「うん、無理しちゃだめだよ?」
学校の課題や協会での仕事が終わり、時間が空いた俺は『
「おい、何故なんの脈絡もなく俺の頭を撫でてくるッ!?」
「そこにヴァーくんがいたから?」
「お前とラヴィニアは毎回毎回っ……!」
どうやらこっちに遊びに来るラヴィニアも、平常運転でヴァーくんに構っているらしい。たぶん輝くような笑顔で抱きしめながら、ぐりぐりと頭を撫でているんだろうな。頭の上にあった俺の手をバシンと叩き落とすと、頬を赤くして猫のように毛を逆立てるヴァーくん。ラヴィニアは天然だろうけど、こういうリアクションの良さが俺がついつい構っちゃう原因なんだろうなぁー。
「ふふっ、奏太くん。あんまりヴァーリくんを揶揄っちゃだめよ」
「あっ、朱璃さん。食堂のお仕事お疲れ様です」
「母さま、おかえりなさい!」
「オニ、オニっ!」
「……おかえり」
姫島家にあるリビングでわいわいしていた俺達の前に姿を現したのは、長い黒髪をポニーテールにした割烹着を着ている女性だった。普段着だと一児の母に見えないぐらい美人なんだけど、白い割烹着と優し気な表情が合わさると、もうおふくろさんとしか思えないな。嬉しさに抱き着いてきた朱乃ちゃんを、あらあらと言いながら抱きしめた朱璃さんはくすりと笑みを浮かべた。
「もう朱乃ったら、甘えん坊なんだから」
「えへへ…」
十一歳になった朱乃ちゃんは、まだまだ甘えたがりのようだ。それでも、最近はお母さんのような素敵な女性になろうと頑張っているようで、『
そんな親子の様子を腕を組んで見ていたヴァーくんが、ふんと鼻息を鳴らしてそっぽを向く。少し寂しそうに感じる小さな背中。俺は気配を消してそっとヴァーくんへ忍び寄ると、ガシッと掴んで油断していた最強の白龍皇を勢いよく前へ押し出した。
「朱璃さん、パァァースッ!」
「おっ、まッ…奏太ァァァアアアッーー!?」
「はぁーい、ヴァーリくんもいらっしゃーい」
俺の掛け声にノリ良く乗ってくれた朱璃さんは、そのままヴァーくんもギュッと抱きしめた。さっきよりも顔を真っ赤にして固まるヴァーくんに、女性陣はご満悦のようだ。姫島一家にとって、彼ももう一人の大切な家族なのだから。女性陣には甘いヴァーくんは、あの状態になったら抜け出せないだろう。しばらくは微笑ましく見守ったが、後でめっちゃ追い掛け回されました。
「朱璃さんの食堂が開いてそれなりに経ちますが、無事に回っているようでよかったです」
「そうね、最初の頃はなかなか大変だったから」
「えっ、母さまのご飯は美味しいのに、大変だったの?」
「やっぱり最初は警戒されちゃうものよ。あとはあの人が心配だからって、一緒に食堂で働いてくれたんだけど…」
朱璃さんとお揃いの割烹着を身に着けて、食堂で仁王立ちする
「しばらく食堂に誰も来なくなってしまって、邪魔してすまなかったって号泣しちゃって…」
「父さま…」
「でも、朱乃が年少の子たちを連れて食べに来てくれたでしょう。あれからポツポツと増えていってね、今では常連さんもできたのよ。あと大勢の人の中で食べるのが苦手な子のためにデリバリーシステムを考えたら、ヴァーリくんが部屋に運ぶのを一緒に手伝ってくれて助かったわ」
「別に。料理を運ぶのは、良いトレーニングになると思っただけだ」
相変わらず、褒められるとツンデレになるヴァーくんであった。そんな感じで軌道に乗った『
「でも、心配な子たちもいるわ。大衆向けの食堂を利用できない事情がある子や、他者を信用できないって子もいるの。あと、アザゼル総督やあのヒトから接触を禁止された子達もいてね」
「接触禁止ですか?」
「凶悪で残忍な効果を持つ神器所有者で構成されたチーム。……
言いにくそうにしていた朱璃さんの言葉を引き継ぐように、ヴァーくんは淡々と説明してくれた。堕天使の組織に保護されているヴァーくんは、どうやら俺よりもこっちの事情は詳しいらしい。たぶん、危険な効果が多い神器だからこそ、アザゼル先生も誤魔化さずに教えていたのだろう。朱璃さんはヴァーくんの説明に肯定するように小さく頷いた。
サタナエルさん、以前一度だけ接触したことがある堕天使の幹部だ。俺の原作知識に唯一情報がない、茶色の髪と銀の瞳をしたきれいな男性。そういえば、バラキエルさんからサタナエルさんが受け持つ教室について少し聞いたかもしれない。厄介な能力持ちのみが在籍している教室で、「人として関わらない方がよい」と忠告を受けたはずだ。
「でも、神器が危険だったとしてもその人自身は…」
《やめておけ、倉本奏太。遠目でその者たちを見たことはあるが、歪なオーラを纏う者が多かった。アレは人道からすでに外れた者が纏う空気だ。お前の思想はわかっているが、それでも手遅れになってしまった者もいるのだと知っておけ》
これまで沈黙していたアルビオンの口から紡がれた言葉に、俺はギュッと唇をかんだ。彼には二人きりの時に、俺の考えを話したことがある。危険な神器を持っているからって、その人を危険だと判断して接するのは違うと。神器を持ったことを不幸だと決めつける世界にしたくないと。そんな俺の思考を理解していたからこそ、アルビオンはこうして口に出してくれたのだろう。
神器を所持したことで起こってしまった理不尽な不幸。俺はそれが許せなかった。だから、そんな人たちを少しでも助けたいと思った。不幸のままで終わってほしくないと考えたからだ。だけど、中には起こってしまった不幸に耐えきれず、周りを不幸にして後戻りできなくなった者だっている。たぶん「アビス・チーム」と呼ばれる生徒たちは、そんな境遇を迎えてしまった子どもたちなのだろう。
「ごめんなさいね、せっかく遊びに来てくれたのに重い話になってしまって」
「あっ、いえ。俺は大丈夫です」
「そうだわ、食堂で作っておいたデザートがあるの。よかったらおやつの時間にしないかしら」
「おやつの時間っ!」
「オニニー!」
先ほどまでの空気を入れ替えるように傍に置いていた袋を持ち上げ、にこりと微笑む朱璃さんに朱乃ちゃんと小鬼は賛成だと告げるように手を挙げる。ヴァーくんも一瞬ピクリとして、興味がなさそうな様子だけどチラチラと袋を見ている。俺はそんな子どもたちの様子に噴き出し、同意するように頷いておいた。
朱乃ちゃんが朱璃さんから袋を受け取り、足早にキッチンへと進んでいく。そんな彼女を追いかけて、ヴァーくんと朱璃さんもついていった。楽し気な笑い声が響くマンションの一室で、俺はそっと後ろを振り向く。朱璃さんが通ってきたこの扉の先に続く、マンションに住む生徒たちを見据えるように。たぶんアルビオンに言われた言葉が、俺の中に小さなしこりとして残っていたのだろう。
――お前の思想はわかっているが、それでも手遅れになってしまった者もいるのだと知っておけ。
「……それでも、少しでも何とかしたいと思ってしまうのは傲慢なことなのかもしれないな」
すべてを助けることはできない。そもそも神様だってそんなことはできないだろう。それぐらいわかっているし、さすがの俺だってそこまでの夢想家にはなれない。そんな俺の様子を静かに見守る相棒へトントンと軽く胸を叩くと、三人の後を追って足を進めたのであった。