えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十八話 黒猫

 

 

 

 猫又姉妹がグレモリー家に保護されてから、約一年ほど経った頃。グレモリー公爵家の姫であるリアス・グレモリーの家庭教師を務めていた黒歌は、当主であるジオティクス・グレモリーに呼ばれていた。最初の頃はその厳格そうな外見に緊張をしたが、実際は気さくで少し抜けたところもある悪魔だった。もちろん公爵としての立場がある時は、毅然としたオーラを纏う姿を何度も見ている。黒歌は公私が激しい紅髪の魔王を思い出し、この親子そっくりなんだなぁー、と遠い目になりながら思った。

 

 そんなジオティクスは、猫又姉妹の事も優しく気にかけ、何か困ったことはないかとよく声をかけてくれる。リアスの母であるヴェネラナ・グレモリーは、黒歌と白音へオシャレの仕方や女性として必要なことを母親の代わりになって教え、二人の将来のために大切なことを伝えてくれた。そして黒歌が一番頭が上がらないサーゼクスの妻であるグレイフィアには、公爵家の家庭教師として勤める上で必要なマナーや姿勢などを文字通り叩き込まれた。黒歌の授業を聞く娘の様子にハッスルする男性陣を諫める女性陣を見て、力関係をしっかり学んだ猫又姉妹だった。

 

 神経をすり減らしながらレーティングゲームで戦い続けていたこれまでとは、真逆の穏やかな日々。妹と一緒に笑い、温かな居場所を得て、将来への不安に押し潰されることもない。もしかしたらこれは夢なんじゃないのか? と思うことは時々あっても、こうして一年という月日が流れていった。彼女が追っているネビロス家についてほとんど情報がないままなのは悔しいが、白音の成長を温かく見守れる『今』がどれだけ貴重なのかはよくわかっている。リアスと白音と子どもらしく遊び、時々いたずらして怒られたりしながら、黒歌は自分の足で前を向けるようになっていた。

 

「失礼します」

 

 銀髪の女王に躾けられた所作で応接室の扉を開け、黒歌は頭を下げる。目の端でメイド服を着る教官(グレイフィア)が映り、ちゃんとできているのか戦々恐々しながら黒猫は背筋をしっかり伸ばしておく。そして目に映る光景に、少しばかり目を見開いた。今回の呼び出しも家庭教師としての報告か、暮らしに不自由はないかと尋ねる定期報告会だろうと考えていたが、どうやら違ったらしい。

 

「ごきげんよう、元気そうだね。こうして直接顔を合わせるのは一年ぶりかな」

「……ご無沙汰しております、ベルゼブブ様」

 

 内心冷や汗を流しながら、なんとか定型文を口に出せたことにホッとする。正直「なんでここに魔王がっ!?」と言ってしまいそうだったが、さすがにそんな失態をすれば後で教官が恐ろしい。グレモリー家では伸び伸びと過ごせる黒歌だが、客人が来た時の対応はきちんと見せないとまずいのだ。

 

 これがサーゼクスやセラフォルーなら、プライベートの場合軽いノリで話をしても問題ない。魔王の方が無礼講のようなノリでこちらへ構ってくるので、さすがにそのあたりは大目に見てくれるのだ。だが、この緑髪の魔王に関しては違う。わざわざグレモリー家に自ら訪れ、黒歌を呼びだした。まず間違いなく、仕事関係だろう。

 

「ふっ、一年前のキミを知っているこちらとしては、随分落ち着いたものだと感じてしまうね」

「あー、えっと…」

「ベルゼブブ様、お戯れはそこまででお願いします。黒歌、座りなさい。ベルゼブブ様が今日ここへいらしたのは、あなたへ依頼があるからだそうです」

「私にですか……?」

 

 ちらちらとグレイフィアへ救難信号の視線を送る黒歌に、銀髪のメイドは小さく息を吐き、奥で見ていたジオティクスは可笑しそうに肩を揺らす。まだまだ敬語が苦手な黒歌が表だって話し合いなどしたら、確実にボロを出す。そんな彼女の心配を察知したアジュカは、楽し気に笑みを浮かべて見せた。

 

「今日俺が来たのは、個人的な依頼のためだ。プライベートというわけではないが、公式の場というわけでもない。キミの率直な意見も聞きたいため、話しやすい口調で構わないよ」

「……それ、本当?」

「あぁ。それにキミがそうやって周りを見たり、合わせたりしようとする姿勢が見られた。ここでうまくやれているようで何よりだ」

 

 意味深な笑みを浮かべ、グレイフィアが用意したカップに口を付けるアジュカに、黒歌は憮然とした表情を浮かべてしまった。一年前の黒歌は、はっきりいえば周りの全てに敵意を持っていた。周囲に対して、捻くれた感情しか向けられなかったのだ。当時協力してくれた魔王や皇帝たちにも、心からの信頼は向けていなかった。

 

 しかし、グレモリー家で過ごしたこの一年間で徐々に解された敵意は、周囲への許容へと変わっていった。周りと足並みを揃えることや、周りに頼ることを少しずつ彼女は覚えることができたのだ。そんな自分のことをあっさり見抜かれたようで、黒歌は面白くなさそうに唇を尖らせた。

 

「はいはい、じゃあお言葉に甘えさせてもらうからねっ」

「黒歌…」

 

 グレイフィアの呆れた声音が耳に入ったが、特にお咎めはなかったのでこれでいいのだろう。切り替えたグレイフィアは黒歌にもカップをすぐに用意し、見事な手際で場を整えていく。またすぐに動けるように壁際へと待機したメイドを見て、黒歌は改めて銀髪の教官のすごさを感じてしまった。

 

 

「さて、キミがサーゼクスの妹の家庭教師になって早一年が過ぎた。どうだろう、他者へものを教えることにも慣れてきたかい?」

「慣れたかって言われたら、慣れてきたと思うけど…。何、私の近況でもわざわざ聞きに来たの?」

「いや、これから話す本題にも関係している。率直に言えば、キミに新しい生徒を受け持ってほしいと思っているんだ」

「はぁっ!?」

 

 思わず驚きが声に出てしまい、グレイフィアの咳払いで慌てて姿勢を正す。しかし、訝し気な表情は隠せなかった。というより、非常にめんどくさいと思ってしまう。確かに黒歌はリアスの家庭教師としてこの一年間真面目に働いてきた。しかしそれは、彼らに恩があるからだ。ついでに言えば、猫又姉妹の立場を守るために必要だったからである。そうじゃなければ、このような飼い猫生活を本来の黒歌は受け入れられなかった。

 

 保護を受けてくれたグレモリー家には恩がある。その他の魔王や皇帝たちにも一応、助けてもらった恩はある。だが、好き勝手に自分を使われるのは納得できなかった。警戒心が表に出た黒猫を見ても、アジュカの余裕は一切崩れない。それが余計に癪に障った。

 

「あのさ、確かに私はあんたたちに助けてもらったわ。それに感謝だってしている。だけど、その恩を笠にしてこっちに命令されるのは、バカマスターを思い出してすごく嫌なんだけど」

 

 黒歌の前主であるナベリウス家の悪魔。彼は眷属たちの親類や大切なものを保護し、守ってやる代わりに様々な命令を眷属たちへ向けてきた。多少のことなら黒歌たちも受け入れられただろうが、その要求が過剰になっていくほどお互いの関係は壊れていった。幼い妹を守るために、ずっと主の飼い猫をやり続けていた黒歌からすれば、今回のアジュカの依頼は受け入れることができなかった。

 

「なるほど、キミの気持ちはわかる。恩を笠に過剰な命令をされ続けたキミたち姉妹のこれまでを考えれば、なおさらね」

「そういうこと。だから悪いけど――」

「つまり、キミ自身も納得できる『理由』があればいいわけだ。こちらもキミが快く依頼を引き受けてくれた方が助かるからね」

 

 ニィと悪魔らしい妖艶な笑みを浮かべたアジュカ・ベルゼブブに、黒歌の背筋にゾワッとした悪寒が走った。

 

「先ほど話したキミに受け持ってほしいと言った生徒は、俺の弟子なんだ。魔法使いの協会に所属する人間の少年だ」

「魔王が人間の弟子を? そんな話、聞いたことがないけど」

「大々的に公表はしていないからな。だが、上層部はみな知っている。あの子の持つ特異な能力もあるが、その人脈の広さも一目置かれている理由だからね」

 

 魔王であるアジュカ・ベルゼブブが人間の弟子を取っている。それに目を瞬かせた黒歌だが、今のところ黒歌が納得できる理由は出てこない。これがサーゼクスやセラフォルーのようなテンションなら「シスコンだから」が理由になるように、弟子可愛さにこちらに頼んだのかと一瞬考えたが、この魔王がそんなことを頼むようには思えなかった。

 

「その人脈には、キミもよく知っている悪魔も含まれている。皇帝ディハウザー・ベリアルがその子を弟のように可愛がっていて、『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』であるリュディガー・ローゼンクロイツも、彼とは家族ぐるみの付き合いをしているそうだ。さらには『魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)』であるタンニーンとも、師弟関係にあたる」

「……全部、最上級悪魔じゃない」

 

 すらすらと出てくる悪魔達の名前に、黒歌の口元が盛大に引きつった。しかも、どの悪魔との関係も親密でプライベートでの関わりもあるのがわかる。どういう経緯で親しくなったのかという詳しい内容は省かれたが、その人間が魔王やレーティングゲームの改革組と関係があったことは理解できた。

 

「一年前のナベリウス家で起きた騒動。アレをキミは不思議に思わなかったかい?」

「……何を」

「どうしてキミからもらった『妹を助けて』というたった一文しかなかった手紙が、あれだけ『信用された』のか? どうして皇帝たちは『迷うことなく』魔王へ救援の要請を頼めたのか? どうして俺達魔王は『全員で』ナベリウス領へ突入することを決断したのか? キミも知っている通り、俺達は『ネビロス家』が裏で糸を引いていたのをキミが告発するまで感知できていなかったというのに」

 

 羅列された疑問点に、じっとりとした汗が背中に流れたのを黒歌は感じた。ちらりとグレイフィアやジオティクスを盗み見ても、特に反応がないことから事前にアジュカから聞き及んでいるのだろう。黒歌も一年前はあり得ないような事態だと思っていた。実際に意味不明過ぎて、事件の黒幕が直接降臨して訳を聞きに来るぐらいのRTAぶりだったのだから。

 

「アレは皇帝と魔王がシスコンだったからじゃ…」

「魔王で一括りしないでくれ。俺は正常だ。シスコンだけであんな過剰戦力はさすがに送り込まない」

 

 さらっと親友たちを放り投げるアジュカと、実際にシスコンを理由に動いていたサーゼクスの妻と父は明後日の方向を向く。魔王四人が抜ける穴をなんとか補填していたグレイフィアは、当時のことを思い出して珍しく頭が痛そうにしていた。

 

「じゃあ、何で動いてくれたのよ」

「皇帝たちがナベリウス家に対して、疑いの目を持つきっかけを作った『予感』。……いや、俺達からすれば『予言』や『警告』とも受け取れるものをあの子から事前にもらっていたからだよ」

「まさか…」

「俺の弟子は特異な能力を持っている、とさっき言ったね。これがその内の一つだ。あの子は直感で『最悪』を見抜くことができる。だから、皇帝たちに『ナベリウス家が危険である』ことを以前から伝えていて、そこに届けられたキミからの手紙で事態を察知した。彼らが魔王を巻き込むことに迷わなかったのは、あの子の『警告』の危険性を俺も知っていたからだ。俺達はあの子が『警告』した『最悪』に備えて、ナベリウス家に向かっただけだったというわけさ」

 

 アジュカがこれまでこのことを隠してきたのは、自分の弟子を守るためだったのだろう。保護されたばかりの黒歌は、周囲への敵意がまだ残っていた。ネビロス家の当主にも誤魔化した本当の理由を、まだ彼女には伝えられないと保留にされたのは当然であろう。しかし、そうなるとこれまで黒歌が信じてきた前提条件が全てひっくり返ることになる。

 

 もちろん直接助けてくれた魔王や皇帝たちへの感謝は変わらない。彼らが実際に行動して、ナベリウス家を摘発してくれたからこそ『今』があるのだから。だが、もし魔王の言ったあの子の『警告』が事前に皇帝たちへ伝えられていなかったらどうなっていただろうか。

 

『皇帝ベリアル達は警戒していましたが、まさか四大魔王も全員乗り込んでくるのは想定外です。皇帝達だけなら、研究所の制圧もナベリウス家の防衛も満足にできず、必ずどこかで穴ができると思っていましたからね。――そこの『猫魈(ねこしょう)』や『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』の不穏な動きは感知していましたが、決定的な証拠までは掴ませていなかったと確実に言えます。それなのに下調べもなく、魔王であるあなた方を動かし、これほどの戦力を投入できた訳が知りたいのです』

 

 おそらく、ネビロス家の当主が語った通りになっていただろう。最大戦力で全てを粉砕する勢いで最速の行動ができたからこそ、ネビロス家の裏をかき、ナベリウス眷属や主は助かり、猫又姉妹はこうして平穏に暮らすことができた。もしもの未来、過去に選ばれなかった選択肢は永遠にわからないままだ。それでも、黒歌と白音が辿り着けたこの未来への後押しをしてくれたのは、間違いなくその人間のおかげもあった。

 

「魔王側からしても、あの件は大きな功績となった。違法な研究所を摘発でき、人工超越者の研究を暴き、さらにルシファー六家のネビロス家を表側へ引きずり出すこともできた。……だが、あの子の功績を前面に出すのは危険であるため、表だってこちらは恩を返せない。ネビロス家や古き悪魔達に目を付けられて欲しくないからね」

「……それで、私ってわけ?」

「キミが感じている魔王(俺達)や皇帝たちへの恩を、今回の依頼を受けるかたちで返してほしい。これはディハウザー・ベリアルからも頼まれていてね。だから、一年前の騒動の真実を今回キミに話したんだ。グレモリー公爵家からも、キミなら任せられると太鼓判を押してくれたからね」

 

 アジュカから伝えられた言葉に、黒歌は思わず視線をグレモリー家の二人へ向けてしまう。そんな黒猫の視線に、グレイフィアは少し呆れながら優し気な笑みを返し、ジオティクスも大きく頷いていた。拙いながらもグレモリー家で過ごした一年間は、しっかり周りから認められていたのだとその笑顔から感じられたのだ。黒歌は朱が走る頬が周りに見えないように片手で覆うと、考えるように視点を下へ向けた。

 

 アジュカの依頼を受けるのは、グレモリー家でも決定されたことなのだろう。あとは黒歌の意思次第だと感じる。ちょっと悔しいが、先ほど魔王が告げた通り黒歌が納得できる理由を提示されてしまった。魔王や皇帝に信頼されている人間を、自分のような野良猫気質な転生悪魔に任せてくれる。

 

『だって姉さまは、私にとってヒーローだもん』

『私の夢のためには、あなたの力がどうしても必要なのよ』

 

 可愛い妹と生意気な妹。グレモリー家のような優しい世界だけに、ずっといられるわけじゃない。いつか黒歌と白音は、将来に向けて選択しなければならない時が来る。ネビロス家を追うならば、今のままではいけないことも。他者を拒絶して遠ざけてばかりの姉では、妹たちを守れない。それなら、一歩ずつでも外に目を向けていこう。これがその一つのきっかけになるように。

 

 

「わかったわよ。そこまで言うなら、受けてやるにゃん」

「そうか、助かるよ」

「それで、私が教えるってリアスと一緒にレーティングゲームのことでも習いに来るわけ?」

「いや、違う。キミには『仙術』の手解きをあの子にして欲しいんだ」

 

 アジュカから告げられた内容に、黒歌は鳩が豆鉄砲を食ったような表情になった。

 

「はいぃ!? えっ、ちょっと人間でしょ、そいつ。仙術を人間に教えるなんて、普通なら死ぬわよ!」

「大丈夫だ、あの子は普通じゃないから問題ない」

「いやいやいやいやっ、あんたも普通にひどいことを言っているから!」

 

 先生として生徒を受け入れると決めた傍から、まさかの自殺行為の教授を頼まれるとは思わず、黒歌は愕然と声をあげる。魔王に向けてツッコミを入れてしまうぐらいの混乱だった。仙術とは、気を源流とし、自然と一体化することによって生命の流れを操作する術のことだ。オーラやチャクラといった生命の未知なる部分を感知し、意のままに操ることができる。黒歌がレーティングゲームで好成績を叩き出せたのも、この仙術のおかげなのは間違いない。

 

 だが、当然ながらデメリットがあり、それが使用者の幅をより狭めている。仙術は自然界に漂うオーラを取り込み自らの力にすることができるが、同時に世界に漂う邪気や悪意まで取り込んでしまうため、力を制御することができず自壊し、力に呑み込まれてしまう危険性があった。そのため、仙術は気の扱いに長けた一部の上級妖怪や種族しか使うことができない非常に稀少な能力とされていたのだ。人間でも使えるのは、邪気に呑まれない強靭な精神力と徳を積んだ仙人以外には不可能とされていた。

 

 そんな珍しく黒歌の方が正当性のある議論を語る中、アジュカも珍しく何とも言えない表情で眉間に指を当てて諦めたように遠い目をした。

 

「先ほども言ったが、あの子は特異な能力を持っている。それで、まぁ、簡単に言ってしまえば、その異能で人間の持つ未知の部分というところをうっかりこじ開けてしまったみたいなんだ。その後も、持っている異能でデメリットの部分を無自覚で何とかしてしまって、現在も何となくで仙術もどきを使ってしまっているみたいでね…」

「そいつ馬鹿なの?」

「……こういうやらかしを日常茶飯事でやる弟子だと思ってくれ」

「えっ、そんなのが私の生徒になるの? ちょっと死んだ目でこっちに投げないでよ!」

 

 超越者が頭を抱えるような生徒を任せられることになった黒歌は、やっぱり悪魔は悪魔だった! と頭を抱えることになる。悪魔との契約はしっかり最後まで聞いてから受けるべきだと、心に誓った黒歌だった。

 

 

 

―――――

 

 

 

「それで、姉さまに仙術を習う人間さんが来ることになったのですか」

「そういうこと。人間の雄で私と年も近いみたい」

「むぅ…。姉さまに仙術を教えてもらえるなんてずるいです。私も一緒に習いたい…」

「だぁーめ、白音にはまだ早いっての。もうちょっと大きくなってからにしなさい」

 

 そう言って、黒歌は小さな妹の頭をポンポンと撫でておく。子ども扱いされたことにぷぅと頬を膨らませた白い小猫は、「やはり牛乳と小魚をもっと摂取しなければ」とグッと拳を握りしめていた。年齢のことを言ったつもりが、身長のことだと勘違いしている白音に、黒歌は噴き出しそうになるのを抑えながらそのまま見守ることにした。生真面目な妹を揶揄うのは、お茶目な姉の特権である。

 

「ねぇ、黒歌。その黒歌が教える生徒ってどんな人間なのかもっと詳しく知らないの?」

「あんまり。あとでグレイフィアに聞いてみたら、色々魔法使いとして有名人みたいだけど、直接会った方がわかりやすいって魔王からは言われたわ」

「リアス姉さんは気になるんですか?」

「気になるっていうか、黒歌の生徒になるなら私の弟弟子になるってことでしょ。姉弟子として黒歌の構い方を教えてあげないといけないかなって思っただけよ」

「……じゃあ、私はリアスの生意気っぷりを弟弟子にたっぷり言ってやろー」

「……ちょっと黒歌。先生は平等に生徒と接しないといけないと思うんだけど?」

「姉さまも姉さんも大人げないです」

 

 年齢はリアスの方が下だが、黒歌に教えを乞う者同士と考えれば、先に教えを受けていたリアスの方が姉弟子ということにはなるだろう。黒歌と白音がグレモリー家に保護されたことで、リアスには姉と妹が一気にできた気持ちになっていた。一年前はお互いに遠慮もあったが、今では堂々と意見を言い合える仲になっている。ぷりぷり怒るリアスと愉快そうに笑う黒歌へ、白音が冷静にツッコミを入れる。教師と生徒という関係が終われば、リアスの部屋で遠慮なくおしゃべりを楽しむ。それが三人の中で日常になっていた。

 

 黒歌が生徒を受け入れると聞いてから早一ヶ月が過ぎ、季節は秋となって肌寒さも感じられるようになった。冥界は魔王の魔力によって空が彩られているため、それに合わせて季節感も多少だが出ている。最近の黒歌はどうやって仙術を教えるべきなのか一ヶ月ほど悩み、そのガス抜きによくリアスの部屋に訪れるようになった。グレイフィアの目の前でだらけるのは、さすがに心情的に怖かったらしい。

 

「うーん、でも何だか最近、家全体がバタバタしているみたいなのよ。その人って仙術を黒歌に教わりに来るだけなのよね?」

「みたいだけど…。なんかグレイフィアから、魔法使いのお偉いさんも一緒に来ることになったとか言っていたわよ。だからあの緑髪の魔王も出迎えで動くことになったとかなんとか…」

「そうなんですか? でも、確か近いうちにソーナさんが遊びに行くから、その付き添いでレヴィアタン様も来るって連絡があったような気が…」

「あれ、私はお兄様がファルビウム様と落ち着いて話したいことがあるからって、一旦家に帰って来るって聞いているけど…」

「……これもしかして、魔王全員大集合?」

 

 三人それぞれが聞いていた情報を合わせて、黒歌が導きだした答えに沈黙が部屋に流れた。偶然アジュカの弟子がグレモリー家に来るので師として付き添いをしに来て、偶然セラフォルーが妹の友達の家に付き添いとしてやってきて、偶然サーゼクスがファルビウムをつれて実家に帰って来る。こんな偶然があるのかと思ってしまったが、四大魔王が一堂に揃うかもしれないというのなら、公爵家が騒がしくなるのは仕方がないことだろう。

 

 何だか予想以上に大事になりそうな予感が黒歌にはしたが、とにかく自分に任されたのは仙術を教えることである。今後のために一緒に修行を見たい、と妹からキラキラした目を向けられたため、適当な教えはできないのだから。その人間が妹にちょっかいを出さないか心配だが、白音は人見知りするところがあるため、そう簡単に攻略はされないので大丈夫だろう。

 

 

「さてと、そろそろ時間だから私は行くけど、黒歌と白音はどうする?」

「私はあんたの母親に用事を頼まれているから、そっちの手伝いに行ってくるわ。白音は?」

「私は最新作のゲームを楽しんでいます」

「ゲームが好きよね、白音って…」

 

 ナベリウス家での暮らしで基本部屋に閉じこもって暮らしていた白音は、グレモリー家に保護されてからもインドア派な性格はそれほど変わらなかった。むしろ、人間界にあるゲームに興味を持ったらしく、一人の時は黙々とゲームで楽しむ姿が見られるようになった。元々家猫気質なところがあった妹だが、グレモリー家に保護されてからはそれがより表に出るようになっただろう。昔のように自分の気持ちを押し込めるようなことがなくなった分よかったと思う反面、ちょっぴり寂しいお姉ちゃんであった。

 

 リアスはゲームと言えば、レーティングゲームと変換されるぐらいそっちに全力を出している。黒歌は白音に勧められて多少ならゲームをするが、残念ながらそこまでやり込めるほどのやる気を彼女は出せなかった。元々飽き性で自由気ままな性格であるため、ジッと同じ作業を繰り返すことや同じ部屋にい続けるのはどうも性に合わなかったのだ。

 

 グレモリー家に保護されている一番小さな白猫に周りも甘やかしてしまうようで、ルシファー眷属や現当主の眷属たちも人間界での仕事のお土産に様々なゲームや漫画を買って帰って来るのだ。そのため、この一年で人間界にあるサブカルチャーの知識は誰よりも白音は高くなってしまった。そういった知識を共有できない残念な思いが、後に同じ年で眷属になるギャスパーにゲームをやらせるきっかけになったのかもしれない。

 

「ここに来る人間さんが日本人だって聞いて、来るのが少し楽しみなんです。日本のゲームや漫画は沖田さんやアグリッパさんがお土産によく買ってきてくれましたから」

「魔法使いって研究職のがり勉そうじゃん。あんまりそういうのに興味はなさそうだけど」

「むぅ、姉さまはいじわるです」

 

 人見知りの妹が意外とわくわくしていたことに驚いた黒歌は、つい否定を返すように告げてしまう。だが、そういえば『ゲーム大好きグリーン』と自己紹介で告げてくるような魔王の弟子だったことを思い出し、まさかねと心の中で思う。さすがに白音と付き合えるような、コアなサブカルチャー語りができる魔法使いなんていないだろう。ゲームしている時間があるなら、真面目に魔法使いらしく研究しろよと思ってしまった。

 

 

 それから数日後。冥界にやってきた『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の関係者と相対した黒歌は、ものの数分の会話で妹と心の友になってしまった少年に頭を抱えることになるのであった。

 

 


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