えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百六十九話 グレモリー

 

 

 

「冥界――地獄かぁ…。元は教会の戦士として天国へ行くために主に仕えていたのに、地獄へ行くことになるってなんだか不思議な気分だよ」

「あれ、正臣さんって仕事で冥界に行ったりはしなかったんですか?」

「うん、人間界での勤務ばかりだったからね。なんでも(キング)の新眷属になった下級悪魔は、正式なルートで一度冥界に入国しないといけないみたいなんだ。主は人間界で活動されている悪魔だし、これまで冥界を正式に訪問する機会もなかったから」

「あぁー、なるほど。メフィスト様やアジュカ様、アザゼル先生は次元の壁を越えるような転移魔法を簡単に使っていたから忘れていたけど、普通なら無理ですもんね」

「悪魔にはしきたりが色々あるみたいで、そういうのは後回しになっていたんだ。だから、こうして冥界に行けるのはちょっと楽しみではあるかな」

 

 冥界を治める魔王と魔法使いの理事長が、悪魔のしきたりを堂々と破るわけにはいかないもんな。悪魔って古くから続く貴族社会だからか、こういった堅苦しいしきたりなんかが多かったりする。アザゼル先生なら、めんどくせぇー! で面倒な決まりとかぶん投げていそうだけど。つまり、この正式な入国手続きが終わったら、今後は冥界も梯子にする依頼が正臣さんに来るかもしれないのか…。うん、頑張ってください。

 

 人間界から次元の壁を越え、線路のない道を高速で走り抜ける列車に乗って冥界へと向かう途中。いつもなら保護者組が作ってくれた転移魔方陣で移動していたんだけど、今回は魔法使いの組織としての入国ということで、正式なルートでの訪問ということになった。冥界の記録に残る入国の場合、正式な入国手続きをしないと違法になるらしいのだ。そのため、グレモリー家所有の列車を用意してもらい、そのまま公爵領へ向かうことになったわけである。真っ赤なフォルムに悪魔の魔法陣が刻まれた列車はカッコよく、思わず写メで撮影してしまったな。

 

 こんな風に正式に入国するのは初めてなので、何回か冥界に行ったことがある俺でも緊張する。ちゃんと正装で来ないといけないということで、俺は協会で用意してもらった灰色のローブを着込み、正臣さんも黒のゴシック系の衣服を身に着けている。正臣さんは初冥界入りもあってカチコチになっていたけど、青紫色の次元の狭間の景色にも慣れてきたようだ。俺の隣で携帯ゲーム機をピコピコしていたリンは、ふぁーと大きな欠伸をこぼしていた。

 

 ちなみにメフィスト様は、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の理事長ということで、列車の一番前の車両に座るのがしきたりらしいので、今は眷属の正臣さんとリンの三人で列車中央で座って待っている。先ほど白い顎髭がダンディな車掌さんと手続きの話をしていたので、それが終わったらこっちに顔を見せるって言っていたと思う。原作でも機械で照合確認とかしていたし、正式に界を渡るって結構大変だったんだな。

 

「カナー、冥界にはまだ着かないのー?」

「あと三十分ぐらいだったと思うよ。というかリン、暇なら冥界に着いてから召喚で来ればよかったのに」

「だってすごい列車に乗ってみたかったんだもん。あと空から見たグレモリー領も見てみたかった! テレビでね、絶景スポットって言っていたから!」

 

 お気楽そうに赤い尻尾を左右に振る使い魔に、俺は乾いた笑みを浮かべる。テレビっ子なうちのリンは、グレモリー家にお邪魔すると聞いてくっ付いてきた。さすがにドラゴンが悪魔貴族の領土の上空を飛ぶわけにはいかないから、今回の訪問はチャンスだと思ったのだろう。魔王の本邸にも興味があったようで、たぶんリンが一番お客さんしているかもしれない。俺は仙術修行や魔王様への報告があるし、正臣さんは中級悪魔試験を受けに行くからな。

 

 それから俺も携帯ゲーム機を取り出してリンとマルチプレイをしながら時間を潰し、正臣さんは単語帳と睨めっこしていた。原作のイッセーと同じように実技試験はまったく問題なしなので、リーバンと一緒に対策した問題を取り組んでいるようだ。魔王少女様の番組もしっかり視聴して、魔法少女の変身ポーズのやり方から敵幹部の相関図まで全て伝授したからきっと大丈夫だろう。試験は明日らしいので、今日は英気を養ってほしいものである。

 

 

「やぁ、待たせたようで申し訳なかったねぇ。無事に照合確認も終わったよ」

「すみません、レイナルドさん。わざわざありがとうございました」

「いえいえ、冥界に人間を正式に招くのは初めてで手続きに時間がかかってしまいましたが、無事に完了して何よりです。到着予定の駅までごゆるりとお過ごしください」

 

 あと少しでグレモリー領に着く頃に、レイナルド(車掌)さんと一緒にメフィスト様も合流することができた。悪魔であるリンと正臣さんは元々冥界のデータベースに記録があるけど、人間の俺にはそういうものがないので手続きが大変だったらしい。本来生きた人間が、地獄に来るわけがないもんなー。ぺこりと頭を下げる車掌さんに挨拶をした後、先頭車両からこっちに移ったメフィスト様がソファーに座り、今後の予定について話してくれた。

 

「さて、これからの予定について確認しておこうか。まず正臣くんは明日の試験に備えて勉強して大丈夫だよ。ルシファー眷属の『兵士(ポーン)』がこちらの護衛についてくれるようだから、自分のことに集中したらいい。明日も早いから、しっかり休養をとるようにねぇ」

「ご配慮いただきありがとうございます。しっかり結果を出してきます」

 

 胸に手を当てて、粛々と頷く正臣さん。明日の試験が終わったら、黒歌さんの修行に少しぐらいなら参加できるだろう。そのあと、彼は転移魔法でベリアル領へ顔を見せに行き、クレーリアさんのご両親に挨拶をしにいくようだ。クレーリアさんは追放処分という名の留学中で来られないので、ディハウザーさんが付き添いでついていってくれるらしい。試験の後に恋人の親に挨拶とか、正臣さんの方が緊張感がすごいな。

 

「カナくんはお世話になる現当主への挨拶が終わったら、今日はゆっくり過ごしたらいいよ。キミの師匠になるヒトと交友を深めておくのもいいだろうし、確かグレモリー本邸には子どもが何人かいたはずだから交流の輪を広げておくのもいいと思うよ」

 

 なるほど、俺の方はどうやらのんびりできるらしい。ニコニコと微笑むメフィスト様に、俺はこくりと頷いておいた。黒歌さんが俺の師匠になってくれることに未だ実感がわかないけど、どんな修行になるのか楽しみだ。そして本邸にいる子どもたちっていうのは、おそらくリアスさんと白音ちゃんのことだろう。あとセラフォルー様に連れられてくるソーナさんや、この時代ならもうミリキャスくんもいるだろうし、一緒に遊べそうなら遊びたいな。駒王町の子どもたちや朱乃ちゃんやヴァーくんで、だいたいの子どもの遊びは網羅したと自負している。

 

 メフィスト様がわざわざ子どもたちと関わる時間を作ってくれたのは、魔法使いとしての交友関係を広げるためでもあるのだろう。魔王の妹でグレモリー家とシトリー家の姫と、現魔王ルシファーの息子。将来的に悪魔社会を率いていく有力な人材になるのは間違いない。そういった打算的な部分もあるんだろうけど、今回は子どもらしく遊べたら遊ぶぐらいの気持ちでいいだろう。メインは修行と魔王様への報告会である。

 

「えーと、わかりました。修行とか魔王様との話し合いは明日以降ですか?」

「そうなるねぇ。色々話し合う必要があるだろうから、一週間近くは滞在する予定だよ。カナくんはサーゼクスくんたちへの報告を終わらせたら、仙術の修行に取り組むといい。だいたいのことは僕たちで話を付けておくよ」

「すみません、よろしくお願いします」

 

 メフィスト様やアザゼル先生に暴露した時と同じように、細かい詳細は大人たちで決めることになりそうだ。そりゃあ、俺がいても冥界の政治や情勢に何も意見なんて言えないもんな。神器症の治療のこと、異世界の邪神のこと、相棒が御子神であること、乳神様の祭祀場となった駒王町の管理のことなど、俺は魔王様達へ爆弾をポンポン投げるのが仕事みたいな感じである。なので、それ以降は大人たちに丸投げとなってしまうわけだ。……改めて思うけど、俺がやっていることってひどいな。

 

「魔王の皆さん、大丈夫かなぁ…」

「今回の会合のしおりに、カナくんの取り扱い説明書を一緒に送付しておいたよ。事前に休養をしっかりとっておくことと、持ち物にも精神安定に使えるものをそれぞれ用意するように書いておき、あと最後のページに注意書きも付け加えておいたんだ。『僕が知っている中でも過去現在、おそらく未来永劫においても最悪の嫌な予感(やらかし)になるだろう』とねぇ」

 

 メフィスト様、それ原作の白龍皇さんの紹介文ですよね? いつの間にそんな遠足のしおりみたいなものを用意していたんですか。遠い目で次元の狭間の景色を見つめる俺とメフィスト様に、事情を知らないリンが小首を傾げながらポツリと呟いた。

 

「未来永劫になるといいね」

「やめて、リンくん。そのフラグは心が折れる」

 

 マジトーンだった。

 

 

 

――――――

 

 

 

 今後の予定について話し合った後、車掌さんのアナウンスが流れ、列車は問題なく次元の壁を通り抜けたようだ。景色が暗がり一色から変わり、紫色の空が一面に映り出す。列車の窓を開けると冥界特有のぬるりとした空気が感じられ、ようやく冥界に来たんだと実感した。そのまま景色を眺めていると、複数の五角形が連なる領地が見え、終点であるグレモリー本邸前へ無事に到着したようだ。

 

「ごきげんよう。道中、ご無事で何よりです」

「ごきげんよう、アジュカくん。わざわざ出迎えありがとうねぇ」

 

 列車から降りると、正臣さんが率先して荷物持ちをしてくれた。俺はリンを胸の前に抱え、メフィスト様の後に続いて人込みを避けるように移動していく。待ち合わせ場所はすでに決めているようで、人気が少なくなったあたりに一台の馬車が止められていることに気づいた。明らかに豪華なつくりでメイドさんも数人待機していて、大富豪が乗るような馬車に思わずごくりとつばを飲み込んだ。そこから俺達を見つけたのか、緑の髪をオールバックにした蒼眼の美青年が妖艶に微笑んでいるのが見えた。

 

 四大魔王の一人であり、俺の『概念消滅』の師匠。魔王アジュカ・ベルゼブブ様だ。アジュカ様が待っていた馬車の扉をメイドさんが開き、それに軽い足取りで同席するメフィスト様。俺と正臣さんはひときわ輝きを放つお貴族様な雰囲気に圧倒されながら、おずおずと足を進めた。リンは馬車に乗るのが初めてなのか、目をキラキラさせてきょろきょろと興味深そうに周りを見ていた。

 

「急な予定変更でキミたちに負担をかけてしまって、申し訳なかったねぇ」

「いえ、魔王全員に招集がかかった時点で色々察しましたから。またやらかしたんだなと…」

「今後の冥界の未来にも大きく関わる案件になると思うよ」

「あのしおりを受け取った瞬間に、この会合の後に絶対に有給を取って療養するんだとファルビウムが珍しく自主的に仕事をしていましたからね。あと魔王全員でアガレス産の胃薬をオーダーメイドしてもらいました」

 

 馬車が動き出すと、メフィスト様とアジュカ様が近況の報告を始めたので俺達は静かに聞き役となっておく。報告を聞く前からすでに哀愁が漂う超越者様の様子に、正臣さんとリンから「今度は何をやったんだよ…」的な視線が飛んできて痛いです。会談の内容についてはリンと正臣さんがいるので、お互いに詳しい話題は控えているようだ。こちらに話題が振られたら答えるようにして、しばらくは剪定された木々が並ぶ道を眺めておく。すると、リンが前方に見える建物に気づいたようで、俺の腕を叩いて嬉しそうに声をあげた。

 

「カナ、カナ! お城、大きなお城っ!」

「おぉー、すっげぇ…。ドイツ観光の時に西洋の城は見たけど、それよりも規模がでかいなぁ…」

「お庭も広ーい! カナ、あとで遊ぶならここで遊ぼっ!」

「はいはい、やることやったらな」

 

 大興奮の使い魔に笑みをこぼし、落ち着くように赤いうろこをポンポンと撫でておく。公爵家のスケールの大きさに緊張していたが、マイペースなリンのおかげで程よく肩の力を抜くことができた。グレモリー家の庭は色とりどりの花が咲き誇り、大きな噴水まで設置されている。素晴らしい外観に感嘆の息をこぼしながら、人間界から出発して二時間ほどでようやく目的地に到着したのであった。

 

 

「ベルゼブブ様、フェレス様、そして協会の皆さま。ようこそお越しくださいました」

 

 馬車から降りた俺達の目に映ったのは、メイドと執事が整列したことによって作られた道。アニメや漫画でしか見たことがないような光景に、ついつい呆然と眺めてしまう。もう語彙が出てこないというか、お貴族様がすごすぎる…。魔法使いの組織の一員として招待された身なので、なんとかビシッと姿勢を正しながらレッドカーペットの上を歩いていった。

 

 すると、道を進んだ先に銀の髪を三つ編みにした一人のメイドさんが佇んでいることに気づいた。淡々とした口調だけど、凛とした空気を纏う美女。青を基調としたメイド服からでもわかる見事なプロポーションと、洗練された一つひとつの所作に思わず見惚れてしまった。うわぁ…、グレイフィア・ルキフグスさんだ。サーゼクス様の奥さんで、めっちゃ美人のお姉さんだ。そんなグレイフィアさんから会釈を受け、俺も慌てて頭を下げておいた。

 

 さすがに私的な会話ができるような雰囲気ではなかったので、グレイフィアさんの案内通りにカーペットの上を進んでいくしかない。俺のカチコチな態度にリンがジト目で見てくるけど、綺麗なお姉さんの前で緊張するのは仕方がないだろうが。正臣さんも思わず見惚れてしまって、慌てて首をブンブン横に振っているし。うん、男だから仕方がない。クレーリアさんには黙っててあげようと思います。

 

「お部屋の方へ先に案内いたします。こちらの準備が整いましたらお呼びしますので、それまで部屋でお(くつろ)ぎください」

「あ、ありがとうございます」

 

 巨大な門を抜けて大ホールを通り、城の中を突き進んで階段を上った先で、ようやく部屋に辿り着いたようだ。現実離れした貴族の暮らしは、見ているだけで精神的に疲れてしまった。客室はリンと一緒に使うつもりだけど、それでも明らかに大きすぎる造りだ。これまで培ってきた庶民の感覚が騒いで、逆に落ち着かない。教会で質素な暮らしをしてきた正臣さんも同様みたいで、価値観の違いに遠い目をしている。正臣さんの場合、恋人が貴族だからいずれこれに慣れないといけないのか。えっと、ファイトです。

 

「おぉー、おっきなテレビや冷蔵庫もあるー。カナ、冷蔵庫に持ってきたおやつやジュースを入れておいてもいい?」

「いいけど、今食べるのは控えておけよ。それにしても、ここで暮らせるぐらい設備が整っているなぁ…」

 

 持ってきた荷物やお土産をリビングで整理した後、寝室にあったふかふかのベッドに倒れ込む。リンもベッドのスプリング具合が気に入ったようで、楽しそうにポンポン跳ねている。二人で寝ても問題ないぐらい広いので、これなら大丈夫そうだ。しばらく休めそうなので目を瞑って黄昏ていると、ふと部屋の扉の前に気配が感じられたことに気づく。起き上がってリビングに向かって確認すると、やはり誰かがここの扉の前にいるようだ。

 

 メイドさんが呼びに来たのかと思ったけど、それにしては様子がおかしい。気配が二つあるし、ぼそぼそと相談をするような高めの声も聞こえる。とりあえず様子を窺おうと扉を少し開けて視線を向けると、相棒と同様の輝きを放つ綺麗な紅色が目に映った。血のように真っ赤な色をした、鮮烈な印象を与える紅の色彩。まさかグレモリー家を訪れて、すぐにこの色が見られるとは思っていなかった。

 

 驚きに目を見開いてさらに扉を開けると、向こうもこちらに気づいたようで『あっ』と口元に手を当ててびっくりしている。背丈は俺の胸元ぐらいしかなく、腰まである紅髪と肩口に揃えられた白髪の女の子達だ。白い少女はあわあわともう一人の少女の後ろに隠れ、紅の少女は腰に手を当てながら胸を張ってこちらを見返した。

 

 

「ご、ごきげんよう。あなたが黒歌の生徒になる魔法使いの協会からきた人間よね?」

「あ、あぁ」

「初めまして、グレモリー公爵の娘のリアス・グレモリーよ。我が家にようこそお越しくださいました。こっちは家で預かっている白音で……ほら、白音っ」

「…………」

「あの、白音は恥ずかしがり屋で、えっとその…」

 

 どうやら心の準備ができていない状態で、俺とご対面してしまったらしい。それでもしっかり自己紹介をするところはさすがである。白音ちゃんはリアスちゃんの後ろから金色の瞳を覗かせると、小さく頭を下げてくれた。人見知りの彼女には、これが精一杯だったのだろう。お客さんの前で失礼かもと焦るリアスちゃんに俺は笑顔を見せると、二人の背丈に合わせるように屈んでおいた。

 

「ご丁寧にありがとう。俺は『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』の魔法使いで倉本奏太って言います。しばらくグレモリー家に滞在することになったので、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

「……よろしくです」

 

 二人に向けて両手を差し出して握手を求めると、おずおずと手を重ねてくれた。廊下に立たせたままなのはアレなので、とりあえず二人を客室の中へ案内する。どうやら俺に用事があるらしいので、部屋に備え付けられていた椅子を準備して、冷蔵庫からジュースを用意しておく。そうしてキッチンから戻ると、初めて間近で見るドラゴンに興味津々に触れる少女たちがいた。

 

「うわぁ…、本物のドラゴンだぁー」

「子龍って炎駒(えんく)の鱗より柔らかいのね。ふーん…」

 

 ベッドで横になっているリンに恐る恐る触る子どもたちに笑みをこぼし、テーブルにジュースを並べておいた。リンは朱乃ちゃんやヴァーくんや小鬼とよく遊ぶので、年下の子どもへの面倒見が結構よかったりする。ドラゴンは選り好みが激しい種族なので、リンのように大人しく撫でさせてくれるドラゴンは珍しいのだろう。一通り満足した子どもたちは用意したテーブルに集まり、改めてぺこりと挨拶をしてくれた。

 

 それにしても、まさか初っ端からリアス・グレモリーと塔城小猫(とうじょう こねこ)――白音に会えるとは思っていなかった。『ハイスクールD×D』のメインヒロインになる二人だ、当然感慨深い気持ちにもなる。年齢はイッセーくんの一つ上と下なら、十一歳と九歳になるのか。突然のエンカウントに驚いたけど、好奇心旺盛な子どもたちなら黒歌さんの弟子になる相手を見たいと思って行動してもおかしくないだろう。

 

「うーんと、二人のことはリアスちゃんと白音ちゃんって呼んでいいのかな?」

「はい、構いません。こちらは……日本人は名前が後だから、倉本さんって呼べばいいのかしら?」

「いや、奏太でいいよ。名前で呼ばれることの方が多いしね」

 

 会話は主にリアスちゃんが主導で、白音ちゃんはジュースを両手に持ちながらこくこくと頷いている。白音ちゃんは俺と目が合うと、ビクッと肩を揺らすのでまだまだ緊張はほぐれていないようだ。今日は現当主様と黒歌さんに挨拶をした後は、子どもたちと遊びたいなと思っていたけど、この様子じゃ難しいだろうか。せっかくこうして関わる機会ができたのだから、仲良くなりたいんだけどなぁー。

 

「……あっ、そうだ。今日はお土産を持ってきたんだ。よかったら二人にもらってほしいんだけどいいかな?」

「えっ、私たちの分もあるんですか?」

「アジュカ様から話を聞いていたからね。ちょっと待ってて」

 

 最初は子どもだから無難にお菓子とかにしようかと思ったけど、相手は公爵家で暮らすお子様達である。美味しいお菓子なんて日常的に食べているだろう。それにせっかくなら相手が喜ぶものをあげたいと思うのは当然である。そして俺は原作知識のおかげで、彼女たちの好みはすでにカバーできている。アジュカ様にも一応確認はしたし、きっと大丈夫だろう。

 

 俺は持ってきた荷物の中から袋に詰めたお土産を取り出すと、二人の前にそれぞれ置いておいた。やっぱりお土産は子どもならうれしいのか、頬を赤く染めておずおずと袋を受け取ってくれる。そのまま俺が開けてもいいと促すと、袋の口を丁寧に開けていそいそと中身を取り出した。その後にあがった子どもたちの歓喜の声に、俺はにっこりと笑顔を浮かべたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「まったく、リアスも白音もどこに行ったんだか…」

 

 数十分前に魔王と魔法使いのお偉いさんが到着したようで、今はそれぞれの部屋で休んでいる頃だろう。夕餉の席で会食もする予定なので、その準備が終わり次第顔合わせが行われるらしい。自分の弟子になるらしい魔法使いの少年が気にならないわけではないが、どうせあと少ししたら顔を合わせることになるので急ぐ必要はない。待っている間、黒歌は白音たちとおしゃべりでもしようと思ったが、二人の姿が見当たらなくて首を傾げていた。

 

 黒歌は仙術を使って空間に残された二人のオーラを手繰り寄せると、客室の方へ向かっていることに溜め息を吐いてしまう。おそらく好奇心旺盛な子どもたちは、黒歌の弟子が気になって様子を見に行ってしまったのだろう。その行動力に「子どもなんだから…」と黒髪を指先で弄ると、仕方がないと黒猫も様子を見に行くことにしたのであった。

 

 おそらくリアスが前に出て話をして、白音はその後ろで様子でも窺っているのだろう。その魔法使いの少年も公爵家の娘に無礼な行いはしないだろうし、どうせ黒歌も暇なことには変わりない。元々あの魔王の弟子をやっている人間に多少興味があったので、少し時間を潰すぐらいならいいかと足を進めた。仙術で迷うことなく目的地へと着いた黒歌は、礼儀として一応軽く扉をノックしたが、二人がいるのだからと返事が来る前にガチャッとノブを回した。

 

「リアスー、白音ー。ここにいるんで――」

「今です、私が囮になっている間に奏太兄さんは尻尾の切り取りをお願いします」

「了解、爆弾セットしてくる!」

「カナー、シロー、しびれ罠の設置終わったよー」

「ナイスです、リンちゃん。では、モンスターの前に落とし穴も作っておきましょう。このモンスターの特徴と地形なら、罠で嵌める方が有効的ですっ」

『イエス、マム!』

 

 黒歌が入室先で見たのは、客室に備え付けられている大型テレビに携帯ゲーム機を繋ぎ、二人と一匹がテレビ画面に向けて熱戦を繰り広げているところだった。人見知りで恥ずかしがり屋なはずの妹が、初対面のはずの相手にハキハキと指示を出して大変輝いている。ナニコレ? と床を見ると、新作ゲームのパッケージが床に置かれていて、どうやらそのままゲーム大会が始まったらしい。マジかよ。

 

 白音のゲーム好きに呆れると同時に、人間界から地獄と言われる冥界に来て、公爵邸に招かれていきなりやることがゲームとか正気かと黒歌は目を疑う。しかし、妹と素材が手に入って仲良くハイタッチしている相手は、まぎれもなく自分の弟子になる予定の少年だろう。くらっとした黒歌だが、そういえばリアスもいるはずだときょろきょろと部屋を見渡し、椅子に座ってテーブルの上にある物にニマニマと笑みを浮かべる紅髪の少女を見つけた。

 

「ふふふっ、この子の名前はエイドリアンにしよー。エイドリアンは可愛いなぁー」

「リ、リアス…?」

「あら、黒歌。黒歌も奏太さんが気になって来たの? あっ、ねぇねぇ見てよ私がもらったお土産! エイドリアンっていうの、素敵でしょ?」

 

 北国の土産物でよくある躍動感溢れる木彫りの熊にうっとりするリアスに、黒歌は無意識に一歩後退った。

 

「エイドリアン……?」

「日本ではモノには命が宿るって、前に総司(そうじ)から教えてもらったことがあるの。だからエイドリアンにも名前をつけたら、素敵な魂が宿るんじゃないかって思って!」

 

 そこで日本製の木彫りの熊に国際色豊かな名前をつけるところが、リアス・グレモリーである。公爵家の姫と年下の女子相手に、『木彫りの熊』と『最新作のゲーム』をお土産で持ってくる魔王の弟子。何をどうチョイスしたらそれらが選ばれるのか、さっぱり理解できなかった。

 

「あっ、姉さま。ちょうどいいところに、これでみんなで狩りにいけます!」

「えーと、黒歌さん…ですよね。初めまして、倉本奏太って言います。俺は大剣を使うのでよろしくお願いします」

「リンは遠距離やるよー」

「えっ、ちょっと…」

 

 有無を言わさず携帯ゲーム機を渡され戸惑う黒歌だったが、白音の生き生きとした様子に水を差すこともできず、まぁいっかで難しいことを考えることを放棄した。姉妹仲良く同じく新作ゲームをお土産にもらい、きらきらと喜ぶ妹に何も言えなかった。白音が喜ぶことが黒歌の喜ぶことでお土産をチョイスしてくるあたり、抜け目がない。

 

 そうして挨拶の準備ができたからと奏太の部屋に訪れた完璧メイドグレイフィアがその光景に唖然とするまで、三人娘との交流は続いたのであった。

 

 


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