えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十話 姉

 

 

 

「カナってアクションゲームになると、接近戦でガンガン攻める武器をよく使うよね」

「やっぱそっちの方が爽快感があるしな。あと現実がサポート特化で、遠距離からのチクチク戦法しかできないから、仮想世界でぐらいロマンを見たいじゃん」

 

 グレモリー公爵家へお邪魔して、ノリでゲーム大会が開かれてから数刻後。初対面の人間の部屋に集まるリアスたちのあまりの馴染み具合に、一瞬唖然としたグレイフィア。しかし、そこは完璧メイドとしてすぐに表情を凛としたものに戻した。人の身で冥界に来た少年を心配していたが、魔王の弟子だけあって色々と肝は据わっているらしい。

 

 グレイフィアはグレモリー家のメイドであり、現魔王ルシファーの女王でもある。目の前の少年が黒歌の弟子になるだけでなく、今後の冥界において重要な立場になるだろうことも聞き及んでいた。そのため客室で遊んでいた三人娘を叱ることはせず、交流が深まるならと溜め息を一つ吐くだけでとどめておく。そんなグレイフィアの態度にホッとした子どもたちは、「私もお父様のところに案内するわ!」と空気を入れ替えるようにリアスが奏太の腕を引いて案内役をかって出たのであった。

 

 それから全員で客室を出て、また長い廊下を歩いていく。グレイフィアを先頭に、リアスが城の中にある美術品へ指を差して楽しそうにガイドをしていった。冥界には何度か来たが、あまり悪魔の文化には触れていなかった奏太は興味深そうにそれに頷いていく。お土産やゲームのおかげで緊張が解れた子どもたちは、さらに会話の花を咲かせていた。

 

「白音ちゃんはA-RPGをよくやっているんだね。俺もそっち系のゲームはよくやっているから、いくつかおすすめを教えておくよ」

「はい、ありがとうございます。兄さんは他にどんなゲームをやられるんですか?」

「うーん、たいていのゲームは齧っているぞ。RPGやパズルや経営・育成、戦略からシューティングまで…。……恋愛ゲームは相棒に見られていると思うと恥ずかしくてあんまりやらないけど」

 

 これまで自分が培ってきたサブカルチャーの知識に、打てば響くように返してくれる奏太へ白音は最初の人見知りはどこに行ったと思うぐらい意欲的に会話に参加している。グレモリー家へ保護されたこの一年で多少はヒト慣れしたとはいえ、周りは大人の悪魔ばかりの環境だ。転生悪魔で家庭教師という仕事がある姉と違い、この家で唯一悪魔ではなく、特に役目もない白音は対外的にはお客様のままであった。

 

 この家のヒト達は白音に優しく、これまで受けられなかった教育も受けさせてもらっている。しかし、幼いながらもあまり周りへ迷惑をかけてはいけないと考え、姉とリアス以外には遠慮してしまうのは仕方がないことだろう。そこに現れたのが、白音と同じように悪魔ではない人間の客人だった。しかも姉の弟子となり、今後も関わりがあるだろう相手。元々の生まれから日本の文化や言語に馴染みがあったことも、白音にとってプラスに働いていた。

 

「奏太さんはレーティングゲームにも詳しいのよね?」

「俺の友達にレーティングゲームが大好きな女性悪魔がいて、よく試合映像を一緒に見ているからね。あと、現役の選手からレーティングゲームで使われた戦術講座とかも受けているから、それなりには話せると思うよ」

「わぁ、そうなのね! じゃあ去年の年末に行われた皇帝ベリアルの記念試合は見たかしら? あの時のゲームは見ていてすっごく興奮しちゃって」

「わかるわかる。あそこで『戦車(ルーク)』のキャスリングを使って相手の裏を掻くとは思わなかったよな。さらに相手や観客がそれに気を取られている内に、『兵士(ポーン)』がフィールドのギミックに仕掛けを施していたとかさ」

「そうよね、アレには驚かされたわ。本当にいつの間にって思っちゃったもの。『(キング)』はいかに先手を読み、相手の虚をつけるかも重要なのよね」

 

 そしてリアス・グレモリーにとってもまた、同様の趣味を気軽におしゃべりできる相手との交流を楽しんでいた。黒歌がグレモリー家に来るまで、レーティングゲームに参加している選手や関係者が誰もいなかったため、あまりゲームに関する話題が上がらないのが常であった。現魔王の生家ということもあり、他の悪魔の家とは違って名をあげる必要性は特になく、レーティングゲームで活躍するメリットが少なかったのもあるだろう。

 

 それでも娘のことを思って、黒歌という家庭教師をつけたが彼女は彼女で素直じゃないところがある。ゲームに対して否定的な黒歌へ、リアスもあまり積極的に話題は振れないだろう。そこに現れたのが、レーティングゲームに対して話が合う人間。しかも、黒歌の弟子になるならリアスにとっては弟弟子になる存在だ。公爵家の令嬢としての対応から、一気に気の抜ける相手に変わった理由でもあった。

 

 

「……むぅ」

 

 そして、そんな可愛い妹たちをあっさり懐かせた自分の弟子になる予定の少年にむくれる黒猫。多少面白くない気持ちはあれど、リアスや白音が懐く理由もわかるため文句も言えない。しかも、魔王から聞いた話の通りなら猫又姉妹にとって多大な恩がある人間だ。今後自分の弟子になるのなら、妹たちとの仲が良い方がいいに決まっているが、それでも複雑な気持ちになるのが姉心でもある。別に黒歌の姉としての立場が揺らぐことはないのだが、シスコンとはそういう人種であった。

 

「……ねぇ、白音。ちょっと聞きたいんだけど」

「何ですか、姉さま?」

「初対面の人間と初っ端からゲームをやっていたのはもういいとして、何であいつのことを『兄』って呼んでいるの? 魔王や他の眷属は『さん』づけよね?」

 

 ちょっと大人げないかもしれないが、一応姉として聞いておくべきだろう。サブカルチャー好きの妹が、趣味の合う年上の男性をみんな兄呼びする思考だったらまずい。実際、この一年間でお世話になった男性陣の中に兄と呼んでいる者はいない。そんな疑問から出た質問だったが、白音はこてんと不思議そうに首を傾げた。

 

「えっと、私も最初はどう呼べばいいのか悩みましたが、兄さんからアドバイスをもらったのです」

「アドバイス?」

「はい、奏太兄さんは黒歌姉さまの弟子になるので、リアス姉さんにとっては弟弟子になりますよね。そして、私も大きくなったら黒歌姉さまから仙術を教わるので、私にとっても奏太兄さんは将来兄弟子になる人ということです」

「う、うん」

「つまり、もう兄みたいなものだから兄呼びでいいんじゃない? と言われました」

「白音、それ誘導されてる」

 

 思わずツッコんだ黒歌であった。妹的な立場の子に、兄と呼んでもらいたい欲求が強すぎる。あのゴーイングマイウェイ集団だった魔王の弟子なだけはあるな、と頭の片隅で思った黒歌だった。

 

「さて、倉本奏太様。この先で旦那様達がお待ちしています。私たちは先に夕餉の席に向かっていますので」

「はい、ありがとうございます。それじゃあまた後でね」

 

 ひらひらと手を振って応接室の扉をくぐった奏太へ、リアスはぺこりと頭を下げ、白音は胸の前で小さく手を振った。何だか嵐のような人間だったと溜め息を吐いた黒歌だが、少なくとも自分の父親のような悪い人間ではなさそうだとホッとする。リアスと白音が積極的に話していたため、黒歌はあまり会話をしなかったがある程度の人となりは察することができた。

 

 

「ねぇ、グレイフィア」

「何でしょう、お嬢様?」

「確認だけしておくわね。奏太さんに悪魔の眷属へのお誘いはしていいの?」

 

 先ほどまでの無邪気な子どもの顔ではなく、公爵家の令嬢として変わった相貌。エメラルドグリーンの瞳が輝き、小悪魔のような艶を感じさせる。リアスの呟きに少し目を見開いた黒歌だったが、彼女がそれを聞いた理由もなんとなくわかった。魔王の弟子で協会での実績もあり、レーティングゲームへの理解もある。さらには悪魔に対して好意的で、人間性も悪くない。

 

 上級悪魔としていずれレーティングゲームに参加するため、『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を受け取ったリアスが候補として考えるのは当然だろう。奏太の異能は秘匿されているため詳しくはわからないが、黒歌の弟子として関わっていればいずれ知ることができる。眷属への誘いを焦る必要はないが、今後それを視野に入れてアプローチしていいのか確認を取りたかったのだろう。

 

 相手は大悪魔であるメフィスト・フェレスの秘蔵っ子。有名な魔法使いは、悪魔の眷属としても人気がある。兄であるサーゼクスは、魔術結社『黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)』に所属していたマグレガー・メイザースを、父であるジオティクスは、隠秘哲学についての魔導書を書いた魔法使いハインリヒ・コルネリウス・アグリッパを眷属にしている。尊敬する父と兄が眷属にしている魔法使いに、リアスが興味を持っても不思議ではないだろう。

 

 奏太自身は悪魔についての知識はありそうだったが、特にリアスに対して自分を眷属にして欲しいというような欲は一切感じなかった。それどころか、これまでリアスが当たり前のように感じてきた魔王の妹や公爵家の娘というレッテルすらなかったのだ。ただのリアス・グレモリーとして接してくれるのは、いつも家族やその眷属、魔王の家の関係者だけ。それを仕方がないと割り切ることはできるが、心のどこかで寂しく思う気持ちは持っていた。

 

 そんなリアスの心情を感じ取り、彼女が真剣に考えていることに気づいたグレイフィアはそっと一度目を閉じる。そして普段のメイドとしての立場ではなく、彼女の義姉(あね)としてその小さな肩へ手を置いた。

 

「リアス」

「お義姉(ねえ)さま?」

「私も詳しいことはまだ聞いていないわ。でも、おそらく今回の会談で冥界でのあの少年の立場が決まる、とあの人から言われているの」

「お兄……魔王様が?」

「えぇ。だから、あなたの質問に対する答えを今は持ち合わせていないのよ」

「……はい」

 

 遠回しな意味合いだが、リアスはグレイフィアがわざわざ義姉として自分を諭した理由を察する。もしメイドとしてのまま素気無く拒否されたら、意地になって反発していたかもしれない。しかし、魔王が関わるということは、よほどデリケートな問題なのだろうと気づく。リアスの眷属になるということは、当然ながら悪魔の陣営に所属するということになる。これまで所属してきた『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』のためではなく、悪魔として種を繁栄させていくことになるのだ。

 

 メフィスト・フェレスは魔法使いの理事長として魔法使いを管理しているが、本人たちの意思を尊重している。悪魔側はメフィストへの交渉と、その魔法使い自身の了承が必要だが、協会に所属する魔法使いを眷属へと迎え入れることができた。公爵令嬢で魔王の妹であるリアス・グレモリーなら、人間が望む多くのものを交渉材料にできるし、将来性から彼女の眷属になりたい者も多いだろう。しかし、倉本奏太に関しては本人の意思を聞くことすらストップがかかるほどの何かがある。幼いながらも、魔王の妹として理解できた。

 

「先ほどのように遊ぶのはいいのですか?」

「サーゼクスからは交流を深めてほしいと聞いているけど、気負わなくていいわ。今回のあなたは魔王の妹としてではなく、リアス・グレモリーとして彼をもてなしてちょうだい」

「私として…」

「姉弟子として色々教えてあげるのでしょう?」

 

 優しい表情で微笑む義姉に、強張っていた肩の力が抜け、こくりとリアスは頷いた。それから自分の中で納得をしたリアスは白音を連れて、「お母様とミリキャスを呼んでくるね!」と城の中を歩いていった。グレイフィアがメイド業をしている間は、義母であるヴェネラナが息子の面倒を見てくれている。ダイニングルームへ向かい、先に料理の確認をしようとしたグレイフィアへ黒歌が胡乱気な目で見つめた。

 

 

「ねぇ、グレイフィア。今回あの人間がここに来たのは、私に仙術を教わるためよね。魔法使いのお偉いさん関連の話かと思っていたけど、それも違うのなら…。魔王が『偶然』全員揃うことといい、これから何が始まるっていうのよ」

「その詮索はやめておきなさい、黒歌。あなたは求められた役割をこなせばいいのです。あなたやリアスは、関わらなくていいことよ」

「命令は嫌い。あとそういうことは自分の意思で決めるわ。曲がりなりにも、私の弟子になるみたいだしねぇ?」

 

 うっそりと口角を上げる黒猫へ、グレイフィアは頭が痛そうに首を振った。興味本位もあるだろうが、黒歌の中に妹たちを心配する気持ちも含まれていることは理解している。こういうところは、意外に頑固なのだ。得体のしれない人間を警戒する気持ちもわかったが、魔王の女王として締めるところは締めておくべきだろう。

 

「今回のことへの詮索はしない。けど、あなたなりに見極めたいのなら構わないわ」

「ありゃ、意外と寛容?」

「我が儘娘が二人もできた気分よ。多少は妥協してあげるだけ。でも、それ以上はダメよ?」

「……はーい」

 

 グレモリー家のメイドとしてではなく、義姉(あね)として黒歌のことを思っての忠告だとわかり、さすがにばつが悪そうにそっぽを向く。これまで両親という支えがないまま、姉としてずっと矢面に立ち続けていた黒歌にとって、こうして守ってくれようとするグレモリー家に気恥ずかしさを感じてくる。その気持ちを素直に感受することはまだできないが、こちらもグレイフィア同様に多少は妥協するべきだろう。

 

 それからグレイフィアと共にダイニングルームの準備を手伝い、挨拶を終えた客人が揃ったことで夕餉が始まることになった。席に座るのは、客人とグレモリー家の面々とアジュカ・ベルゼブブ、そして黒歌と白音。食べきれない量の豪華な食事が皿に盛られていて唖然とする奏太と正臣だったが、その小さな身体のどこに吸収されているのか不明な量を食べる白い小猫にさらに愕然とした。

 

 公爵家へ行くということで、クレーリアから必死にマナーを学んできた奏太と正臣は、とりあえず及第点をもらいながらなんとか食事に手を付けていく。外国では食事は残すのがマナーなところもあるので、日本人の勿体ない精神と戦いながら食べるだけ食べておいた。これから一週間近くはここに滞在するので、残った食事に罪悪感を持ってしまう感性としばらく向き合うことになりそうだった。

 

 グレモリー夫妻との会話を楽しみ、リアスと白音がミリキャスの世話をする様子に和み、魔王と理事長と当主としての話し合いも含めながら、こうして初日の夜は更けていった。サーゼクスたちが集まるのは明日のことになるので、今日はそのまま客室で休むことになる。それなりに精神的な疲れがたまっていたのと、食べ過ぎで満腹になったお腹を神器に介抱されながら、奏太は天蓋付きのベッドへ転がった。少し休んだら、シャワーを浴びて寝ようと明日の会談に備えるために欠伸を一つこぼしたが――

 

「やっほー、来てやったにゃん♪」

「えっ?」

 

 有言実行で即行動な黒猫の襲来によって、まだまだ今日は終わらないようであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「えっと、ジュースとお茶ならどっちがいいですか?」

「あっ、お茶があるならそっちをお願いねー。あとお菓子とー、ついでにお茶は(ぬる)めだとなお嬉しいにゃん」

「この猫、図々しい…」

 

 思わずつぶやいてしまったが、全く気にした素振りはなく黒い尻尾を愉快気に揺らしている。夜の一室に女性が訪ねてくるという展開に動揺してうっかり入室を許してしまったが、艶やかな流れは一切なさそうなのでお客さん対応をしておく。リビングのソファーにはリンが寝っ転がっているので、二人っきりっていうわけでもないしな。俺は冷蔵庫からお茶と菓子類を取り出し、魔法で常温より少し高めの温度を設定しておいた。

 

「このぐらいの熱さで大丈夫ですか?」

「うーん、まぁまぁいいわね。魔法使いってこういう時に便利よねぇー」

「別に誰でも使えるような初級魔法だから、黒歌さんも練習したら使えるようになると思いますよ?」

「私はそういう小難しいのはパス。出来るやつに任せるにゃ」

 

 俺が持ってきたお菓子とお茶に手を伸ばし、まるで自分の部屋のように寛ぐ女性に俺は困ったように頭を掻く。正直、こういった女性に対してどう対応したらいいのかわからない。こっちは疲れているからと訪ねてきた相手を追い出すのは違うだろうし、うっかりとはいえ招き入れたのは自分である。おそらく向こうも用事があってきたんだろうし、要件を聞いてから行動するべきだろう。

 

「それで、何か用事でもあったんですか? こんな夜更けにわざわざ…、修行に関することでしょうか?」

「あれー、もしかして緊張してる? 硬い硬い。それとも年頃の男の子には、女性と二人っきりは刺激が強すぎたかにゃん?」

「本当に何しに来たんですか!?」

 

 思わず頬を赤らめてしまったが、落ち着けと心の中で深呼吸をする。だいたいリンが部屋にいるので、決して二人きりではない。しかも彼女の表情や口調から、こちらを揶揄っているだけなのは丸わかりだ。こっちは平静に話し合おうとしているのに…。俺の身近な女性陣の中に、ここまで明け透けなタイプがいないので対応に困る。ラヴィニアも朱雀もそっち方面に疎いというか、天然過ぎてあんまり意識してこなかったからなぁ…。

 

「ふーん、もしかしてむっつり系ってやつ? お姉さんの魅惑のボディに実は釘付けとか」

「あっ、そっちは慣れているので大丈夫です」

「意外と失礼っ!?」

 

 どうやら原作と違って、グレモリー家の家庭教師らしくちゃんと服を着ている黒歌さんは、当然ながらプロポーションは抜群だろう。しかし、こっちには夜中にベッドに忍び込んで寝てしまうラヴィニアと五年間葛藤し続け、悪魔貴族らしい妖艶さを持つクレーリアさんと過ごし、姫島家という美人と乳の大きさに定評のある一族と関わっているのだ。さすがは美少女学園ラブコメバトルファンタジー、女性陣のレベルが高すぎる。そんなわけで、そっち方面は嫌でも鍛えられたため耐性ができてしまったのだ。

 

「ほんとに変な人間ね、あんた」

「は、はぁ…。そうですか?」

「……あと、敬語はなしでいいわよ。なんか背中がむず痒くなるしね」

「でも、黒歌さんは俺の先生になるわけですし、年上の方へのケジメとかは…」

「私がいいって言っているんだから、あんたは素直に頷いていればいいのよ。それと年もそんなに変わらないんだし、呼び捨てでいいわ。私も奏太って呼ぶから」

「わかり――わかった」

 

 敬語を使われるのに慣れていないらしいのは、本当のことだろう。個人的に年上相手には敬称と敬語を使いたいけど、本人が嫌がっているならこっちが折れるべきかな。それにしても、まさか黒歌さん……黒歌から名前呼びされるとは思わなかった。彼女はフレンドリーな言動とは裏腹に、非常に警戒心の強い女性だ。イッセーへのアプローチはすごかったけど、ずっと赤龍帝呼びでなかなか踏み込もうとしなかったぐらいである。だから意外だと顔に出てしまったみたいで、彼女は指で自身の黒髪を巻くと、視線をそっと横へとずらした。

 

 

「仮にも弟子にするって公言した相手を、いつまでも適当に呼ぶわけにはいかないでしょ。……グレイフィアにも怒られるし」

「後半が大半の理由だよな」

「うっさいわねぇ。それと、一応感謝しているのよ。白音と『今』を過ごせるのは、あんたのおかげだって聞いたから」

 

 先ほどまでの態度とは変わって、少し小声になったけどちゃんと内容を拾うことはできた。黒歌に俺の修行を見てもらうために、ある程度の事情は話したとアジュカ様から事前に聞いていた。正直俺がやったことってリュディガーさんに一言告げただけで、あとは過剰に反応してしまった大人たちのファインプレー的な面が強い。当時は俺の一言で上層部があんなにガタガタするとは思ってもいなかったので、こっちも青天の霹靂ぐらいの衝撃を受けた気がする。

 

 原作での猫又姉妹の行く末をブレイクしただけでなく、原作知識でも知らなかったルシファー六家のネビロス家の存在も発掘された、ナベリウス分家で起こった大騒動。その主は黒歌さんに殺されることなく捕まり、傷ついた眷属たちはシトリー領の療養施設で回復へ向かっていると聞いている。

 

「その、俺個人としてはつい言っちゃった一言だったから、面と向かって感謝されると…。それに黒歌たちの救出自体には、俺が関わっていたわけじゃないし」

「そこはわかっているわよ。だけど、それでも私たちのために力を貸してくれたのは事実でしょ」

 

 そっけない口調だけど、彼女なりにこちらへ感謝を伝えようとしているのは伝わった。どうやら本心を明かす時に不器用になるのは、原作とそれほど変わらないらしい。でも、俺が知っている黒歌さんよりも、雰囲気が随分と柔らかい。それはきっと、グレモリー家で過ごした時間が彼女に与えた変化なのだろう。それなら、ここでグダグダ言って躊躇うより、素直にお礼を受け取っておいた方がいいか。女性の機嫌を損ねるのは、あんまりよろしくないしな。

 

 たぶんわざわざ俺の部屋にこっそり来たのは、この姿をリアスちゃんや白音ちゃんに見られたくなかったからだろう。修行が始まったらきっと慌ただしくなるだろうし、先延ばしにすると余計に言いづらくなってしまう。だったら難しく考えず勢いに任せ、さっさと感謝を伝えておこうと突撃してきたと思えば何となく理解できた。ちょっと生暖かい視線を向けると、敏感に感じ取った黒歌に睨まれた。勘が鋭そうなので、以後気を付けよう。

 

「というより、どうして一言呟くだけで魔王がガタガタするのよ」

「……五年の間に、いつの間にか積み上げてしまっていた実績の所為?」

「実感がこもっていて、逆に怖いわ」

 

 頬を引きつられました。

 

 

「そういえば、グレイフィアからは詮索するなって言われているんだけどさぁー、奏太も明日魔王と話し合いをするんでしょ? もしかして、またあんたの『嫌な予感』ってやつ?」

「……詮索禁止って言われたんでしょ」

「だって、気になるんだからいいじゃーん」

 

 先ほどまでの本音モードから、悪猫モードに戻ったらしい黒歌は、にやにやと頬杖をついてきた。こいつ自分の用事が終わったら帰ればいいのに、まだ居座る気らしい。俺が強引に叩き出したりできないとわかっているのか、気が済むまではいるつもりだろう。しかし、俺には黒歌向けの伝家の宝刀がある。

 

「グレイフィアさんにチクるぞ」

「申し訳ありませんでした! ……あんた、それはズルくない?」

「使えるものは何でも使う主義だから。多少のプライドは無視できる」

「こいつ皇帝の弟分なだけあるわ」

 

 ディハウザーさん、黒歌にどう思われているんだろう…。彼も恩人のはずなのに、めっちゃ遠い目をされている。あと、黒歌が暴走しそうになったらグレイフィアさんの名前を出せばよさそうだ。これは強い。

 

「まぁいいわ。あんたのこともちょっとわかった気がするし」

「俺のこと?」

「こっちの話。あの魔王や皇帝に似た変人ってわかっただけよ」

「その解釈は、個人的に物申したくなるけど…」

 

 俺的には納得できないが、彼女の中で今日俺の部屋に訪れた収穫はあったようだ。器用にまとめられた長い黒髪を指に巻き付け、ポッキーを揺らして口先で遊ぶ猫耳を生やした女性。さっきは慣れているって言ったけど、改めて見るとやっぱり美人だよなぁー。態度に出すと絶対に揶揄ってくる姉ちゃんみたいなやつだから、絶対に表には出さないようにするけど。

 

「あっ、そうそう。それと最後に言っておくけど、リアスと白音に変なことをしたら姉として承知しないからね」

「そっちはそっちで、俺のことをどう思っているんだよ…」

「女の子に兄呼びを強要する変態にゃん♪」

 

 手を猫みたいにして可愛くウインクする黒歌。俺も対抗するように、にっこりと笑みを作った。

 

「よーし、わかった。その喧嘩かってやる…。白音ちゃんに兄さん呼びをしてもらって何が悪いッ!」

「まさかの開き直りっ!? 少しは遠慮しなさいよッ! 白音が可愛くて真面目ですごく可愛い子だとわかって、初対面で誘導するなんて厚かましいのにゃ!」

「チャンスっていうのは、自分の手で掴み取るもんなんだよっ! せっかくの兄弟子特権を、ここで使わないでどうするっていうんだ!?」

「こっちはまだ正式に弟子として取ってないわよ!」

「カナ、クロ、うるさいっ! メイド呼ぶよッ!」

『すみませんでしたッ!』

 

 やはり最強はメイドであることを、グレモリー家にお邪魔して実感した初日のことであった。

 

 


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