えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十二話 出始

 

 

 

「ごきげんよう、フェレス理事長。冥界までご足労いただき感謝します」

「ごきげんよう、サーゼクスくん。こちらこそ、無茶なお願いをして申し訳なかったねぇ」

 

 魔王様との初めましてを終わらせた後、サーゼクス様達がグレモリー家へ来たことを知ったメイドさん達が大慌てで出迎えにやってきた。グレイフィアさんから実家に帰るとはいえ、お客さんもいるのだから事前に連絡しなさい、とサーゼクス様にプンプンしている。それにへこへこと頭を下げるサーゼクス様と、見慣れているのか平常通りに過ごす周囲の皆さん。そんなほのぼのとした様子に小さく笑い、庭の探索はまた後日にして俺も魔王様に続いて城へと帰ることになった。

 

 リンは白音ちゃんとソーナちゃんと一緒にいてもらい、リアスちゃんはお勉強中だから会えなくてサーゼクス様がガックリしていたけど、ヴェネラナ様が連れてきたミリキャスくんを嬉しそうに抱っこしてあやしていた。その瞳は優しいお父さんそのもので、「なかなか会えなくてごめんな」と息子の頬へ頬ずりをしている。グレモリー家へは仕事で帰って来たようなものだけど、それが終わったらしばらくは家族団欒ができたらいいなと思えた。

 

 それから魔王としての相貌に戻ったサーゼクス様は、公爵閣下へ挨拶をして早速メフィスト様の下へと赴く。グレモリー家のみなさんに今日の会談のために離れの一室を貸し切らせてもらい、メフィスト様とアジュカ様という術式の最高峰の方々によって作られた結界が張り巡らされていた。鼠一匹どころか、虫一匹すら侵入を防ぐような徹底ぶり。朝に遠目でその様子を見ていた黒歌が、ドン引きするぐらいのレベルだったみたいである。

 

「あっ、この香りって(うち)で取り扱っている精神安定用のアロマだよね」

「あぁ、シトリー領から今日のために取り寄せたものだ」

「……茶請けのように医薬品類が置かれている」

「アガレス領の特産品だ、好きに使ってもらって構わない」

「アジュカ、この水差しに入っているのは、まさかフェニックスの涙じゃないか?」

「必需品だと思ってな、経費で落としてきた」

「アジュカちゃんの目が死んでいるわ…」

 

 そうして部屋に入った魔王様達は自分の目に映った光景に疑問を口にし、それに淡々と答えるアジュカ様とニコニコするメフィスト様。うん、魔王様方の頬がめっちゃ引きつっている。部屋の中は六人で使うには少し広いけど、長時間話をするならこれぐらいのスペースがある方がいいだろう。この中で俺が一番新参者だから、とりあえず皆さんのために作ってもらったジンジャーティーをカップに注いでおいた。

 

 それにしても、こうして四大魔王様が全員揃うと感慨深い気持ちになるな。原作は悪魔視点で、メインヒロインが魔王の妹だから魔王様との距離が必然的に近いように描写されていた。それに俺にとっては、自分の神器の元ネタっぽい方だから余計にそう思う。先ほどサーゼクス様達に記念写真を撮りたいって言ったら、喜んで受けてくれたし楽しみだ。よし、今年の裏向けの年賀状の表紙はこれで決定だな。

 

 

「ねぇ、倉本奏太くんだったよね」

「えっ、はい。何でしょうか、アスモデウス様?」

「んー、僕のことも名前でいいよぉー。会談が始まる前に、ちょっと聞いておきたいことあったんだ」

 

 椅子に座る魔王様へカップを配り歩いていると、ふいにファルビウム様から声をかけられた。いきなり本題に入るのもアレなので、最初は魔王と協会の理事長としての話し合いが始められている。今年の悪魔と魔法使いの契約や研究の状況についてサーゼクス様と語り合っていて、どうやらファルビウム様は自分の管轄じゃないから暇だったらしい。それでいいのか魔王様。

 

「俺に聞きたいことですか?」

「ほら、前に言っていただろう。僕の家の次期当主について」

 

 のんびりした口調で語られた内容に、俺はきょとんと目を瞬かせた。そういえば以前にアジュカ様から「嫌な予感は他にないか?」と言われて、グラシャラボラス家の次期当主のことをポロッと言った覚えがあったな。俺自身、問いかけられるまですっかり忘れていた。

 

「アジュカのところは原因がわかりやすかったから、対処は楽だったみたいだけどねぇー」

「アジュカ様の実家って、アスタロト家ですよね。……えっ、対処?」

「そっ、だいぶ拗れた性癖を持っていたみたいでね。だけど、それは僕たちにとって都合が悪いものだった。だから、レーティングゲームの応用でアジュカが作った、実体験型闇鍋恋愛シミュレーションゲームにその次期当主を突っ込んだわけ。そうしたら、見事に嵌まって大人しくなったらしいよ」

 

 さらっと語られたアスタロト家の次期当主の末路に、俺の頬は盛大に引きつっていた。だいぶ拗れた性癖って、それ『信心深い女性を誘惑して墮とす』ことをゲーム感覚でやっていた最悪のシスコン(聖女版)のことだよな。ディオドラ・アスタロト、アーシアさんが教会から追放される原因を作り、裏では『禍の団(カオス・プリケード)』と通じてテロに加担していた悪魔だ。

 

 正直、ディオドラに関しては放っておいても良いことなんて一つもなかったからなぁ…。和平に向けて動いていた為政者側からすれば、教会に喧嘩を売っているような眷属構成だったし。ディオドラの件の所為で、アスタロト家が衰退することにだってなった。だから、アジュカ様が実家にあんまり帰っていないことを聞いて、帰って様子を見た方がいいと促したことがある。

 

 まさかその一言で、ヤバいシスコンがギャルゲーオタクになっているとは……。これは良かったのか…? 原作知識を知っている側からすれば、将来的に考えればアスタロト家が衰退する原因を排除できて、ディオドラ自身も死亡フラグを回避したことになる。そう考えれば良いことのように思うけど、原作を知らないアスタロト家の皆さんにとってはひど過ぎる状況な気が…。いや、でも原作よりはマシだよね……?

 

「今は消しゴムヒロインの攻略を頑張っているみたいだよ」

「……なんですって?」

「僕も理解不能だけど、闇鍋恋愛ゲームに嵌まってからだいぶ経っているみたいだからね。異種族はだいたい攻略したから、次は無機物を擬人(ヒロイン)化したものに凝っているって聞いたけど」

 

 まだスマホもない時代で、性癖の最先端を逝っていやがるっ……!! 前世の俺がいた時代では、食べ物や軍艦をヒロインにしても受け入れちゃうような時代だったけど、まさかの実体験型の恋愛シミュレーションゲームでそこに逝きつくとは…。ディオドラ・アスタロト、これ原作よりもヤバい拗らせ方をしていないかッ!? というか、需要があるなら供給してしまう悪魔の制作陣側もヤベェよ!

 

 

「まぁ、アジュカのところは置いといて」

「お、置いちゃっていいんですか…?」

「だって、僕は関わりたくないし」

 

 ファルビウム様、めっちゃ正直。俺も闇が深すぎて素直に怖いけど。

 

「アスタロト家がそんな感じだったから、僕も真面目に対処するべきかと思ったんだ。ところが、僕のところは眷属に家や次期当主候補について色々調べさせたんだけど、特に問題はなさそうだったんだよね。若干真面目過ぎるきらいはあるらしいけど、何かやらかしそうな要素は見つけられなかった」

「あぁー、えっと……なるほど」

 

 アスタロト家のように、すぐにわかるような原因じゃなかった。確かにそれなら、ファルビウム様が疑問に思うのは当然なのかもしれない。俺は髪を掻いて、魔王様に向けてペコリと頭を下げるしかなかった。残念ながら俺は、グラシャラボラス家の現当主候補について何も知らない。その悪魔は、原作には一切登場しない――過去にいたとされるだけの存在だったからだ。

 

 グラシャラボラス家の本来の次期当主候補は、原作に登場する前に旧魔王派によって暗殺された後だった。その代わりとして出てきたのがゼファードル・グラシャラボラスで、確か『凶児』と呼ばれるような問題児とされていたはずだ。しかし、サイラオーグさんに真正面から打ちのめされてしまい、それによって心が折れたらしいと語られていたと思う。次期当主候補が揃っていなくなったのだから、未来のグラシャラボラス家もあまり明るいとは言えなさそうな雰囲気だった。

 

 俺も詳しく知っていたらもうちょっと何か言えたんだろうけど、残念ながら全く情報を持っていないのだ。いつ暗殺されるのかもわからないし、そもそもその方法すらもわからない。それに相手も旧魔王派だろうって感じで、確定ってわけでもなかったしなぁ…。

 

「先に言っておくけど、別にキミを疑っているわけじゃないから。それに、ご丁寧に『数年後』ってちゃんと言っていたからね。でも、ふむ…。キミのその態度から、グラシャラボラス家に原因はなさそうだとわかったよ」

「えっ?」

「キミは顔に出やすいと言われているだろう。僕が次期当主や家に問題がないと言った時、特に何も反応がなかった。事実として淡々と受け止めただけ。それはつまり、キミは何かしらの『外的要因』によって『最悪』が起こると予想しているからじゃないかな?」

 

 思わず、俺は自分の表情を引き締めるように努めた。相手が味方だとわかっていても、あんまり油断するべきじゃなかった。全身からダルそうな雰囲気を隠さないのに、俺を見る瞳はどこまでも思慮深い光を保っている。俺の顔に緊張が走ったのがわかったのか、ファルビウム様は肩を竦めてひらひらと手を振った。

 

「ごめんごめん、深くは追究しないよ。キミの『予感(それ)』に助けられているのは僕たちなんだから。僕は面倒事とかが嫌いだから、楽に解決できる方法があるならそっちを選びたくなる性分なだけ。……とりあえず確認だけど、キミの嫌な予感はまだ収まっていないでいいよね?」

「……はい」

「そっかー。それなら教育方針に多少は口を出しておくかな」

「教育方針ですか?」

「そっ、僕の家は元々防御系統の魔力に特化していて、あまり戦闘は得意じゃないわけ。レーティングゲームにもそんなに興味がないみたいだから、実家は次期当主候補に領地経営や知識を覚えさせるのに力を注いでいる。眷属候補も僕と同じように、文官で固めようと考えているみたいだったしね」

 

 グラシャラボラス家の教育方針に、俺はポカンと口を開けてしまう。しかし、納得がいく思いもあった。レーティングゲームに興味がないなら、ファルビウム様のように仕事ができる者達を眷属にした方が効率がいいのは確かだ。冥界は実力主義とはいえ、全ての悪魔が戦う必要なんてないのだから。原作では武官寄りの方々が多かったけど、当然文官寄りの貴族だっていただろうし。

 

 旧魔王派に不意を突かれたとはいえ、どうして当主候補の暗殺なんて起こったんだと思っていたけど、そもそも対抗できる戦力がなかったと考えればテロの標的にされてもおかしくない。しかも現魔王の実家の次期当主で、さらに戦闘力がないとわかれば恨みもプラスして狙い放題だ。

 

「戦争が終わって、今の冥界は戦果をあげることが難しいからね。実家の方針は間違っていないけど、ある意味で平和ボケしていたとも言える。……貴族として何も残すことができず、抗う力もなしにただ死ぬことほど屈辱的なことはないだろうにね」

「…………」

「時間を取ってもらってすまないね。一つ、実家に土産を持って帰れそうだよ」

「はい、どういたしまして…」

 

 ニコニコと笑みを浮かべるファルビウム様に、俺はそう返すことしかできなかった。だけど、たぶんグラシャラボラス家の次期当主候補さんは、これから色々な意味でファルビウム様に扱かれる未来が確定したような気はした。この魔王様は働くのは嫌いだけど、厄介な面倒事が片付くためならめちゃくちゃ精力的に働く方らしいし。名も知らぬ次期当主さん、死亡フラグが折れるように頑張ってください…。

 

 

「さて、フェレス理事長。我々魔王をこうして全員集め、秘密裏の話し合いを頼まれた訳をそろそろ話してもらっても構わないだろうか?」

「もちろんだよ。はっきり言って、僕じゃまったく手に負えないレベルの案件だったからねぇ」

「……最古参の悪魔にして、最大規模の魔法使いの組織のトップであるあなたですらも?」

「うん、全然手が足りない状態さ」

 

 遠い目で笑っているメフィスト様を見て、今度は何をやらかしたんだ、と訴えるように魔王様方から視線を向けられる。残念ながら、俺も乾いた笑みを浮かべるしかないけど。ふと視線を横に向けると、メフィスト様から小さな頷きが返ってきた。今回の話し合いを進めるためには、魔王様達へ伝えておかないといけないことがいくつかある。俺はメフィスト様との打ち合わせ通り、両手をテーブルの前へ掲げた。

 

「それでは、まずはどうして俺がアジュカ様の弟子になったのかからお伝えしたいと思います。サーゼクス様達は、メフィスト様との契約でそのあたりのことは伏せられていましたよね」

「そうだね。……つまり、噂にあった魔法や悪魔の技術を教わっているとは、違うということだね」

「アジュカ様の持つ技術は教えてもらっていますよ、俺の持つ神器を扱うためにですけど」

「神器を……?」

 

 軽く目を見張られたが、俺はずっと纏っていた消滅のオーラを消し去った。俺と相棒のオーラがほとんど一緒のため、俺が神器の能力を常に纏っていても周りに気づかれにくい。サーゼクス様達は神器の存在を感じ取ったのか、スッと目を細めている。俺は一呼吸すると、掲げていた手の平に紅の神器を呼びだした。魔王様の髪色と同じ血のように真っ赤に輝く深紅の槍。それを見たサーゼクス様は、「あっ」と小さな声を出していた。

 

「それ、昔アジュカに教えてもらったことがある。私そっくりの能力を持つ神器があるって」

「そうそう、サーゼクスちゃんなりきり魔王グッズだね☆」

「あぁー、あのネタにして面白がっていたヤツ」

「……アジュカ様」

「すまん、初対面の時に面白半分で調べていたと言っただろう」

 

 思わず視線を向けると、ばつが悪そうに逸らされた。もう完全にネタ神器扱いじゃないですか、俺の相棒。そりゃあ、自分の友人そっくりの神器があったら話題に上げやすいでしょうけど。アジュカ様はごほんと咳払いをすると、俺の神器についての解説を始めてくれた。俺の異能が本来の能力を逸脱していること、俺が協会で行っている仕事や『概念』を扱う力であることなど。それに難しそうな顔で、魔王様達は耳を傾けてくれた。

 

「そうか、それでカナタくんの師匠としてアジュカが…」

「アジュカの『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』と同じように『概念』に干渉する力なら、確かにこれ以上の適任者はいないわけだね」

「会長が保護してくれて正解だったね。特にどんな種族にも対応できる癒しの力は、悪魔なら挙って欲しがって当然だもの。会長の後ろ盾があってよかったね」

 

 テーブルを挟んだ向こう側から、セラフォルー様が立ち上がってよしよしと頭を撫でてくる。どうやら俺のことを心配してくれたようだ。それが照れくさくって顔を俯かせてしまったが、少なくとも魔王様達の態度は変わらない。それどころか、サーゼクス様は嬉しそうにアジュカ様へ笑みを浮かべていた。それにアジュカ様はそっぽを向いている。サーゼクス様とアジュカ様はライバルであり親友みたいだし、お二人にしかわからないことなのかもしれない。

 

「それじゃあ、カナくん。サーゼクスくん達が途中でリタイアしないように、神器を用意してあげてくれるかい?」

「はーい、了解です。魔王様方、ここに相棒を人数分置いておきますので、限界がきたらすぐに刺してくださいね」

「……いや、えっ?」

 

 不思議そうな顔でテーブルの上に置いた神器を見られたことに、俺も首を傾げてしまう。話し合いの前に俺の神器についてカミングアウトしたのは、魔王様達の胃がヤバくなった時のためである。これでやっと、報告会を最後まで聞いてもらうための下準備ができたのだ。先ほど聞いた俺の能力を思い出したのか、魔王様達の顔色が悪くなっていたけど。

 

「ちなみに今回の話を聞いた僕も二本ほど刺したから、キミたちも遠慮せずに使った方がいいからねぇ」

「彼のやらかしに最も耐性があるだろう会長が、二本もだとッ――!」

「アジュカが本気で戦慄してる…」

 

 いつも冷静沈着な魔王様のレアなお姿でした。

 

 

「まずは、そうだねぇ…。キミたちにとって一番関わりが深くなるところから伝えておこうか。サーゼクスくん、キミの実家であるグレモリー家とバアル家が共同で管理している『駒王町』という街のことを覚えているかな?」

「五年前のあの事件があった街ですよね。さすがに忘れられませんよ」

「じゃあ、その街が魔法少女で溢れていることは?」

「……セラフォルーから、一応報告は受けています。教会から管理者の着任を要請されていますが、セラフォルーが時々訪れているそうなので、今は彼女に一時的な管理を任せていますから。さすがに、その…並みの貴族の子女や子息にあの街を任せるのはちょっと…」

 

 メフィスト様の問いかけに遠い目で答えるサーゼクス様。クレーリアさんの後を継ぐ人間界への留学生は、駒王町にまだ訪れていない。原作では粛清事件があったことで、土地についた負のイメージを拭うために数年の時間を置いていた。しかし、どうやらこちらでは街に溢れる魔法少女の存在が、駒王町にヤバいイメージを定着させてしまったらしい。

 

 今はセラフォルー様が『MMC(ミルキーマジカル)448(フォーフォーエイト)☆』の顧問兼、代行管理を行ってくれている。駒王学園は裏関係の一般人を受け入れ、監視や避難所の役割なんかもあるから本来なら管理者がいないままとか危ないんだよな。だけど、良い意味でも悪い意味でも魔法少女が抑止力になってくれているおかげで、なんとかなってしまったのだ。それもあって、ずるずると後回しにされてしまった気もするけど。

 

「その、魔法少女がまた何か?」

「いや、魔法少女はただのきっかけに過ぎない。もう事実だけ順序立てて伝えるけど、魔法少女に溢れた現状に精神的に参ってしまった駒王町の住人たちが、おっぱいに癒しを求めだしたんだ。それによりおっぱい教と呼ばれる集まりが発足し、教会のエクソシストも参加する街の一大癒し団体が出来上がったらしい」

「あぁー、そんなのもできちゃったね。そういえば」

「できちゃったのか…」

「でだ、大勢の人々がおっぱいを崇めたことで、おっぱいへの愛のエネルギーがその街に溢れたんだ」

 

 淡々とおっぱいについて語る最古参の大悪魔様と、それに呻くように頭に手を当てる魔王様方。駒王町の様子を知るセラフォルー様が、あっさり事実証明もしてくれた。冗談のような本当の話というか、メフィスト様が真顔で伝えているからか、とりあえず納得するしかないと必死に呑み込んでいるようだった。あとメフィスト様、だんだん説明が投げやりになっていませんか。交代しますか?

 

「結論から言おう、そのエネルギーが集まったことで、駒王町に一つの神格が舞い降りることになった」

「……乳房に引き寄せられる神。そんな存在が、この世界にいましたか?」

「良い着眼点だ、アジュカくん。そう……引き寄せられたのは、この世界にはない神話の神だったんだ」

『――はっ?』

 

 愕然とする魔王様達の視線を受けながら、メフィスト様は優雅な佇まいでフェニックスの涙を片手に胃薬を飲み干した。

 

「それこそが、異世界『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』の精霊を司りし聖母神、乳神(ちちがみ)――チムネ・チパオーツィだった」

「…………」

「カナくんは『神性の降霊』に特化した起源を持っている。おっぱいへの愛が溢れる駒王町(祭祀場)と、異世界とのチャンネルを合わせ精霊を呼び寄せた教祖(コネクション)と、神霊を降霊させる器を持ったカナくんが『偶然』一ヶ所に揃ったことで起こってしまった奇跡…。それこそが、これからキミたちに語る壮大なやらかしの始まりさ」

 

 早速本題を口にしたメフィスト様に、静寂が場を支配した。告げられた真実を咀嚼し、頭の中で必死に理解しようと顔を俯かせていた四大魔王様達は、無言で頷き合う。

 

 相棒が一本消費されました。

 

 

 

――――――

 

 

 

「『機械生命界(エヴィーズ・サイド)』と『高位精霊界(エトゥルデ・サイド)』の覇権争い…。それによる異世界への侵略行為と滅亡……」

 

 片手で目元を覆い、呻くように呟くサーゼクス様。すでに相棒は二本目を消費している。

 

「想定される敵勢力は『D×D(グレートレッド)』を上回る戦力を複数保持し、眷属だけでも主神や龍王クラスが当たり前。邪神、鬼神、魔神の三柱とその眷属が同時に攻め込んできた場合、考慮する必要すらなくこの世界は滅ぼされる。しかも、精霊側も現時点で邪神を滅ぼす術はないときたか。……戦略や戦術を考えるのが仕事の軍師も、形無しなほどの最悪だね」

 

 疲れ切った声でフルフルと頭を横に振るファルビウム様。声音からも信じたくない心情が感じられるが、こちらの言葉に疑念を持ったり、否定したりすることはなかった。この魔王様は盛大に開き直ったのか、「この神器って肩こりも治せる?」と便利そうに使っていた。ちょっと遠慮してください。

 

「なるほど、俺の持つ『覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)』ですら、この封印を解析するのは難しいか…。今の冥界の技術力と比較しても、数十段階は先を進んでいる。不謹慎だが、技術屋としてこれほどの未知に触れられたことに興奮が収まらないぐらいだ」

「アジュカ様は平常運転ですね…」

「俺には五年分の経験があるから、まだマシなだけだ。どれほどありえない状況に(おちい)っても、ありのままに現状を受け止めるしかない現実には慣れている」

 

 俺の胸元に向かって、大量の魔方陣を展開するアジュカ様。キリっとした表情で言われたけど、それは慣れちゃっていいのでしょうか…。メフィスト様やアザゼル先生と同じ方面でハッスルできる要素があったからか、今のところ胃薬(お茶請け)だけで問題ないようだ。経験があるってすごいんですね。

 

「会長やアジュカちゃんでも解析不能って、冥界の技術じゃお手上げってことだよね。悪魔だけじゃ対応しきれない…。なら、魔術式に長けたアースガルズの協力も必要? それに神性への対処ならオリュンポスだけど、戦力を考えれば仏教やインド神話への繋ぎもないと…。うぅっー! もうこんなの神話同士で喧嘩している場合じゃないよぉッーー!!」

 

 外交官として頭を悩ませるセラフォルー様が、テーブルの上にバタンと力なく倒れ込む。頭から煙のようなものがプスプスと出て、魂が抜けかけたような顔をしている。普段はポジティブに取り組む魔王様でも、さすがに全勢力で一致団結しないとまずい状況には、これまでの外交経験から頭を痛めているようだ。原作の三大勢力の和平だけでもあれだけの大騒動が勃発したのに、それが世界規模になったら未曽有の大混乱が起こるのは想像に難くない。

 

 それに、まずこんな突拍子もない話を他の神話が信じてくれるのかも怪しいしな。魔王様達はネビロス家発掘事件のこともあって、俺の『嫌な予感』に対する耐性というか、信じてくれる土台が出来上がっていた。さらに保護者が大悪魔であるメフィスト様で、アジュカ様の弟子という繋がりもあって、冗談や虚言を報告することはないという信頼関係もあった。そうじゃなきゃ、ここまでスムーズに受け入れてはくれなかっただろう。

 

 とりあえず、魔王様へ邪神の侵略と、異世界の神様との繋がりについては話すことができた。ある程度真実を受け入れて、諦め――落ち着いてきた魔王様達を確認したメフィスト様が、続きを話すように口を開いた。

 

 

「そう、セラフォルーちゃんの言うとおり。だけど、残念ながらこの世界の神話全てが、同じ方向を向いて対応するのは厳しいのが現実だ。しかし、だからと言って何も対処せずにいれば、間違いなく遠くない未来で『最悪』が引き起こされるだろう」

「……その乳神(異世界の神)が言うことの全てを信じるのは魔王(為政者)として難しいですが、何かしらのかたちで『最悪』がこの世界に降りかかるだろうことは否定しません」

 

 セラフォルー様が頭を痛めていた問題に、メフィスト様も同意するように頷く。その言葉にサーゼクス様が代表して思いを告げ、四人全員の総意であることを伝えた。邪神が本当に攻めてくるのかはわからないけど、この世界がこのままの状態でいることの危険性は確認し合えたようだ。そもそも異世界という、未知の存在や技術を放置するわけにもいかないしな。

 

「一つずつ方針を立てていくべきだね。何事も無計画で進めるもんじゃない。最終目標はこの世界全ての神話の意思を統一することだとしても、まずは実現可能な計画から進めていくべきだしね。会長もそう思ったから、悪魔(僕たち)を巻き込むことに決めたんでしょ」

「あぁ、その通りだねぇ。なんせ、この世界全ての神話の意思統一どころか、現時点で僕たち聖書陣営そのものが悪魔・堕天使・天使の三勢力に分裂していがみ合っている。これでみんな仲良くしましょう、だなんて到底無理がある」

「……つまり、私たちの最初の課題は聖書陣営の統合。三大勢力の和平を成立させること、というわけですか。まさか、我々の最大目標に掲げていたものが、これからの始まりに過ぎなくなるとはね…」

 

 和平のためにこれまで頑張ってきた魔王様達からすれば、ゴールと思って設定していた目標が、いきなりスタートに変わったような心境だろう。ファルビウム様なんて、今後の仕事量を想像してしまったのか死んだような目で虚空を見つめている。今後の悪魔のために和平を考えていたのに、それどころじゃない問題が起こってしまった。異世界の問題を解決するためには、まだスタートラインにすら立てていない状態だもんな…。

 

 五年前の駒王町の前任者問題でようやく打ち込むことができた、和平への布石。聖書陣営同士でいがみ合い続けていれば、どんどん種の数は減っていき、いずれ他神話に滅ぼされる危険性がある。すでに戦争の発端だった神と魔王はいないのだ。実際、悪魔も堕天使も天使もこの現状がまずいことはわかっていた。ただきっかけだけが掴めず、原作のように一堂に集まる機会を得てようやく動き出すことができたのだ。

 

「はぁ…、政府と古き悪魔達で言い争いをしてる場合じゃないな。それどころか、堕天使と天使とどうやって話し合いに持ち込めばいいのか…」

「あっ、サーゼクスくんたちは悪魔(そっち)に集中してくれて構わないよ。堕天使と天使への伝手は、僕たちの方で何とかするからねぇ」

 

 聖書陣営でまとまることすら胃が痛い現状にこぼしたアジュカ様の愚痴に対して、メフィスト様はあっけらかんとした口調でひらひらと手を振る。それにポカンとした表情で、セラフォルー様がテーブルに手をついて上半身を乗り出した。

 

「えっ、会長? 何とかするってどういう意味ですか?」

「天使への伝手はこれから作るけど、堕天使についてはすでに話はついている」

「話が…ついている……?」

「アザゼルと僕は昔からの飲み友達なんだ」

 

 ニッコリと効果音がつくようなキラキラした笑顔で、メフィスト様は言い放った。

 

「ねっ、カナくん?」

「うえぇッ!? えっ、アザゼル先生のこと言っちゃって…。でも、話し合うことが決定ならいいのか……?」

「アザゼル、先生…」

「あっ」

 

 思わず呼んでしまった呼び名に、俺は慌てて口を押さえた。しかし呆然と向けられる視線に、これはもう完全に堕天使とは親しい関係にあったことはバレてしまっただろう。俺は乾いた笑みを浮かべて、ペコリと隠し事をしていたことに頭を下げた。

 

 相棒が三本目を更新した瞬間であった。

 

 

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