えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十三話 協定

 

 

 

「そんなわけで、神器の使い方を教えてもらうために、メフィスト様がアザゼル先生を俺に紹介してくれたんですよ」

「……それは、いつから?」

「えっと、俺が協会に所属した次の日ぐらいから?」

「それ、もう最初からじゃないか…」

 

 堕天使陣営に神器の修行を見てもらうだけでなく、俺の神器についても研究していたことを知ったアジュカ様は、頭が痛そうに項垂れている。それどころか、プライベートでもお世話になっていますからね。乳神様について報告する時、アザゼル先生も一緒にと思ったのはメフィスト様とほぼ同時期に俺の保護者になってくれたヒトだからである。それに、このヒトなら大丈夫という信頼もあった。

 

 悪魔と堕天使が繋がっていたことに対して、メフィスト様へ魔王としての叱責はあったが、お咎めは特にないらしい。少なくとも、メフィスト様が悪魔陣営を裏切るような情報を流すお方ではないのは共通認識であるようだ。こういう立ち回りの上手さが、メフィスト様が冥界で一目置かれる理由でもあるんだろうな。

 

「アザゼル先生ってヒトを揶揄うし、いつも胡散臭いし、怪しい研究とかもするし、わけのわからないことをするトラブルメーカーだし、開けっ広げなようで肝心なところは秘密主義だしで、魔王様達が不安に思うのもわかります」

「そ、組織のトップに、めちゃくちゃ言うね…」

「でも、誰よりも友達思いで、面倒見もすごく良くて優しいし、考えの足りない俺をいつも導いてくれるすごい先生なんです。もう二度と戦争を起こさないようにだって、頑張ってくれています。それに、アザゼル先生が暴走しそうになったら、シェムハザさんとバラキエルさんにチクって止めてもらうので大丈夫ですよ!」

「わぁー、副総督や雷光とまで仲良しの流れだ、これ…」

 

 アザゼル先生の性格や行動に難があるのは、非常によくわかる。俺も納得するぐらい、先生って傍から見たら胡散臭いもんな。だからこそ、ここで俺が先生のことをしっかり魔王様達へアピールしておかないといけないだろう。そんな俺からの先生アピールに、何だか余計に魔王様達が頭痛そうにしているけど…。ついでで携帯で撮ったこれまでの写メを見せたら、お茶請けと一緒にフェニックスの涙を一気飲みしていた。

 

 そんな時、ふとアジュカ様が口元に手を当てて、訝し気な表情を見せた。何かを考え込むときの彼の癖で、自分が引っ掛かったところを頭の中で整理している時に見せる仕草である。それほど長い時間じゃなかったけど、顰められていた蒼眼がハッとしたように上を向いた。

 

「……待て。五年前から、倉本奏太くんは堕天使と知り合っていた。そして、彼の性格は俺が出会った当初から使えるものは何でも使う主義だったはずだ。なら、まさか――」

「アジュカ様?」

「五年前の『あの事件』にも堕天使は関わっていた? いや、むしろその方が説明がつく。そうじゃなければ、あまりにこちらに都合が良すぎた。……フェレス理事長、あなたがあの時言っていた『駒王町に向かった優秀な助っ人』とは、それはつまり…」

「ハハハッ、さすがはアジュカくん。ここまで情報が揃えば、答えを導き出しちゃうか」

 

 よくできました、というように拍手を送るメフィスト様。駒王町の前任者問題の全貌に気づいたアジュカ様は、パクパクと言葉にならない表情を浮かべている。悪魔側であれだけ大きな事件があったというのに、同じ冥界に住む敵対勢力(堕天使)が一切の干渉をしてこなかった。それに警戒をしていた悪魔側からすれば、肩透かしを食らった気分だっただろう。しかしそれが、最初から裏で密約を交わされていたものだったと知ったのだ。

 

 まさか俺の性格から、あの事件に堕天使が関与していたことに気づかれるとは…。ちょっと複雑な気分です。そんな二人の様子に目を白黒させていた他の魔王様達だったけど、突然ファルビウム様が「あぁー、そういう…」と呟きながら、ソファーにぐったりと倒れ込んだ。

 

「ちょっと、ファルビー! アジュカちゃんもだけど、自分だけわかってないでどういうことなのか説明してよっ」

「五年前の事件…。皇帝ベリアルのストライキに、教会と悪魔による粛清、それらを全てぶち壊した謎の魔法少女とロボの襲来。僕も想像でしかないけど、アジュカと会長――いや、皇帝すらも最初からグルだったと考えれば、僕らはとんだ貧乏くじを引かされたことになるね。……最も被害が大きいのは、古き悪魔側だっただろうけど」

「……つまり」

「クレーリア・ベリアルと八重垣正臣が、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』に保護されるまでが会長たちの『計画通り』だったということさ。となると、旧魔王派のアレもブラフで、魔龍聖タンニーンが会長の眷属という繋がりから『皇帝ベリアル十番勝負』すらも利用していたことになるね。……すごいな、原因が全て逆だったと考えれば全て一本の線に繋げられる」

 

 ファルビウム様は口元を引きつらせながら、力なく頭を左右に振った。

 

「五年前の騒動、アレは皇帝ベリアルのストライキが始まりじゃない。もっと前から計画的に進められていたんだ。僕らと大王が会談をしていた時に狙ったのも、故意だっただろうしね。皇帝が持ち込んだ『(キング)』の駒の資料を用意したのはアジュカ、キミだろう」

「……あぁ」

「随分危険な賭けを…。僕らに伝えなかったのは大王を警戒してだろうから、理解はできるけどね。何百年も慎重に行動していたキミにしては、本当に大胆な計画だ」

「あんまり責めないであげてね、ファルビウムくん。アジュカくんは主犯の一人ではあるけど、どちらかというとこっちの事情に巻き込まれた側だったからねぇ」

 

 ここまでバレたら、さすがに詳しい事情を話さないわけにはいかないだろう。アジュカ様がこの話を魔王様達へ伏せていたのは、俺の存在を伝えるわけにはいかなかったからだしな。魔王様達もまさかクレーリアさんと正臣さんたちを助けるために、冥界を大混乱に陥れたとは思っていなかったようで、当時の苦労を思い出してかガックシと肩を落としていた。

 

「駒王町で起こる粛清事件に気づいたから、会長や魔王や龍王を巻き込んで、レーティングゲームのストライキを皇帝に唆して、魔法少女や堕天使の力を借りて教会と悪魔の企みを打破したというわけだね」

「はい、当時はたくさん迷惑をかけてすみませんでした」

「……初っ端からこんなのぶっ込まれたら、そりゃあアジュカも耐性がつくよね」

「私もだんだんカナたんの扱いをわかってきたよ。アジュカちゃん、お疲れ様」

 

 ポンポンとアジュカ様の肩を叩くセラフォルー様と、憐憫の眼差しで労わる様に声をかけるファルビウム様。今度四人で盛大に飲もう、とサーゼクス様も参加している。四大魔王様からの俺の評価を生贄に、四人の絆はさらに深まったらしい。みんなを助けるために行動してきたはずなのに、どうして俺の扱いってこう雑になっていくんだろう。信頼してくれるのは嬉しいんだけど。

 

 

「あの後、ずっと警戒していたのに動きのなかった堕天使側の動向を探ったら、当日は麻雀大会をしていたからこっちの騒動に気づいていなかっただもんね。当時は堕天使領に『零と雫と霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)』を撃ち込みたくなったよ」

「我慢してくれてよかったよ、セラフォルー。しかし、そうか…。つまり堕天使側も、クレーリア・ベリアルと八重垣正臣を協会へ保護させた教会に向けた(悪魔陣営も和平を望んでいる)メッセージを理解していることになるというわけですね」

 

 教会へ向けて遠回しに送ったメッセージ。本来クレーリアさんと正臣さんの恋愛は、この時代では許されざる禁忌だった。そんな二人を生きたまま同じ場所へ追放したのだ。これでは罰ではなく、外敵から二人を守るために保護したと捉えられてもおかしくない。この二人に対する扱いから、未来に向けた布石だと察するのはそこまで難しくないだろう。

 

「しかし、フェレス会長。堕天使の件はわかりましたが、天使とはどうやって交渉を? 彼らはめったに天から降りてくることはありませんし、教会側に繋ぎを作るにも異世界のことを説明するわけには…」

「普通なら、サーゼクスくんの言うとおりなんだけどねぇー。……そこも、何とか出来ちゃいそうなんだ。カナくんのおかげ――おかげ、なのかなぁ…?」

「アジュカちゃん、フェニックスの涙ってまだある?」

「まだまだ経費で落としてある」

 

 遠い目で呟くメフィスト様のコップにセラフォルー様が涙を注ぎ、冷蔵庫から追加のジョッキを持ってきてくれるアジュカ様。チラッと見たら、あと数本ほどジョッキが見えてしまった。アジュカ様、どんだけ用意したんですか。フェニックスの涙って、すごく高額な品のはずですよね? 魔王が涙を数本準備するとか、フェニックスの家の皆さんにどこに戦争行くんだと勘違いされていませんか。俺の報告が原因なので、あとで割り勘させてください。

 

「カナタくん、次は何をやらかしたの?」

「えっと、三年ぐらい前から準備はしていましたが、まだやっていないですよ? その…天使の皆さんって、天界からなかなか降りてきてくれませんよね。それこそ、よっぽどのことがなければ教会の信徒に任せていますし。こちらからアクションをかけるのも、非常に難しいと思います」

「そうだね、天使のいる天国(エデン)は天界門を通るか、死後に天界の使徒として認められるか、辺獄や煉獄を経由するかの三つの方法しかない」

「はい、だから逆に考えてみたんです。俺達から天使に近づくのが難しいなら、天使の皆さんの方からこっち側に来てもらえばいいんだって」

 

 俺は指を一本立ててニッコリと微笑むと、これから俺がやろうとしていることを伝えるために魔王様達をまっすぐに見据えた。

 

「神器に対する抵抗力が低いことで生じる様々な障害。それによって、宿主の心身が正常に働かなくなったり、魂との拒絶反応を起こして最悪死に至ったりすることもある不治の病。この神器症は、神器を統括する『システム』が正しく動作せず、不具合が生じたことで起こったとされています」

 

 セラフォルー様が、ハッとしたように目を見開いた。リュディガーさんの息子さんの件で、彼女は皇帝に頼まれてシトリー領の病院を紹介している。そして、その病を治療する方法がないことも知っていた。

 

「……乳神様が教えてくれたんです。天使たちの(トップ)であり、教会の信徒たちが崇める聖書の神様がすでに亡くなっていることを」

『――ッ!?』

「そして、俺の相棒がその後を継ぐ存在かもしれないことも。俺の異能と相棒の権能を合わせれば、聖書の神様と同様の奇跡を起こせるかもしれない。そうすれば、聖書の神様がいなくなったことで起きた不具合を治せるかもしれないんです」

「これに関しては、元天使だったアザゼルも同様の見解を示している。神亡き後も均衡を保とうと抗い、彼が残した奇跡(システム)を制御しようとしていた天使たちが、この事態を無視できるわけがない」

 

 さっきまでの乳神や異世界という、ある意味でぶっ飛んだ真実とは違う。自分たちがこれまで深く関わっていたものの根幹が、劇的に変わるかもしれないことへの驚き。衝撃に相棒を刺すことすら忘れ、呆然とした表情で俺とメフィスト様の話を聞いていた魔王様達は、必死に考えをまとめようと顔を俯かせていた。

 

「……我々に事の真偽を確かめる術はありません。しかし、聖書の神に関連する力に元とはいえ天使であった総督が、間違った判断を下すとも思えません」

「そうだねぇ、アザゼルも相当頭を痛めていたよ」

「あのー、会長。カナたんの神器に宿っているのが神に連なる者なら、私たちさっきからガンガン能力を使っちゃっているんですけど」

「そこは心配いらないよ。カナくんの神器に宿る存在は、悪魔だとか堕天使だとか種族に関して無関心だ。全ての基準を『カナくん』を基にしている。敵も味方もね」

「それはまた、……別の意味で厄介なことですね…」

 

 疲れたような声音で溜め息を吐き、魔王様達はまた一本ずつ消費していた。驚きの連続すぎて、麻痺した感覚がようやく戻ってきたらしい。魔王様の言うとおり、相棒が本当に聖書の神様の力を受け継げるのかはまだわからない。だけど、それができるかもしれない、という時点で対策を立てておかないとまずいことはトップとして理解を示してくれたようだった。

 

「倉本奏太くん、キミが神器症の治療について考えたのは、リュディガー・ローゼンクロイツの息子のためだね」

「はい、そうです。リーベくんの病気を何とかしたいと思って、ずっと修行をしてきました」

「なるほど、ローゼンクロイツ殿の息子さんの治療を天界に向けた広告塔にして、天使を人間界へおびき寄せるというわけですか。神器所有者の多くを保護する教会が黙っているとは思えないし、天界としても治療法があるなら交渉の場についてくれる可能性が高い」

「堕天使陣営もこれまで発見されなかった神器症の治療法が見つかったと聞けば、交渉を求めてくるのはおかしなことではないしね。そして、発端が悪魔陣営で起こったことなんだから、当然魔王(僕たち)もその場にいることは不自然ではないだろう」

「……異世界の存在を表に出すことなく、三大勢力が集結することができる。とんでもないパワー外交だね、これ」

 

 俺がやりたいことに対して納得がいったようだけど、それと同時に「こいつマジか?」みたいな信じられないような目で見られました。メフィスト様やアザゼル先生からもそんな目で見られたけど、俺なりにめっちゃ考えた最良の案だと思うんだけどなぁー。もっとみんなから、こう「すごーい!」って褒めてくれてもいい気がする。だって、リーベくんの治療を大々的に行えて、異世界のことを公表することなく、三大勢力が違和感なく集まれるんだよ。ぶっちゃけ、結果オーライなところは多々あるけど。

 

 

「しかし、フェレス理事長。そこで集まることはできても、すぐに和平を結ぶことは難しいかもしれません。天界としては不意打ちのような会合ですし、我々も古き悪魔(彼ら)を説得しきれていない。人間界への混乱も最小限にするには、あまりに事が性急すぎます」

「まぁ、そうだろうねぇ。アザゼルもさすがにまだ時間が足りないって嘆いていたよ。だから僕からの提案なんだけど、停戦協定を聖書陣営同士で正式に結んだらどうだろうか?」

「正式な停戦協定ですか…」

 

 今後の展望は見えたけど、さすがにすぐに和平へ突入するのは厳しいらしい。原作では早急に和平が決定したように思うけど、アレは下級悪魔である兵藤一誠の視点で進んだ物語だ。原作で和平を結んだ瞬間に『禍の団(カオス・プリケード)』に襲撃されたのは、すでに上層部では周知された情報だったからに他ならない。強固に反対していただろう古き悪魔達をバアル大王に抑えてもらわないといけないし、ワンマン組織じゃない悪魔側は時間がかかるのは当然だろう。

 

 それに先生から人間界の著名人や組織への混乱を避けるための下準備も必要らしく、案外和平のための土台を整えるのは大変なようだ。しかし、じゃあ全ての準備ができてからみんなで話し合いましょう、では異世界への対策に遅れが出てしまう。邪神がいつこの世界に気づいて、侵略に来るかわからない。すでに乳神様がこの世界に降臨したことで、原作まで安心とは言えなくなっているのだ。

 

 未来に対する共通の認識を早急に持ち、それに向けて対策を考えないとまずい。しかし、今すぐにまとまることはできない。故にその折衷案として考えたのが、正式な停戦協定を結ぶことだった。今でも似たようなものじゃないか、と思うかもしれないが全然違う。現在でも小競り合いがたびたび起こり、いつまた戦争が勃発してもおかしくない、いわゆる冷戦状態のようなものなのだ。過去の大戦の終わりだって、どっちが勝った負けたという勝敗はつかず、互いの損傷を考慮して引いただけで未だに尾を引いている感じらしい。

 

「種の存続を考えるのは、三陣営全てが考えている共通の思いだ。それに異世界への脅威に備えるためには、人材や戦力を無暗に散らすわけにはいかない。まずは聖書陣営同士での争いを止め、そこから意識改革を施す方が周りも受け入れやすいだろう。今後のための条約についての交渉を持ちやすいし、多少なりとも双方での交流も持つことができる」

「聖書陣営がまとまろうとしているって、他神話へ向けたアピールにもなるわけだね。もちろん、一筋縄じゃいかないだろうけど…」

 

 セラフォルー様は魔方陣を展開して、そこからいくつもの資料を取り出してはブツブツと呟いている。停戦が結ばれてから、どれだけの歳月があれば和平へと繋げることができるのか。また、それによる他神話の影響や関わりを捻出しているようだった。普段はパワフルで見た目通りな魔王少女様だけど、魔王としての相貌に変わった時の姿はすごく頼り甲斐のある女性に見えた。やっぱり、一国の主ってすごいんだなぁ…。

 

「停戦協定に反対する者もいるだろうけど、まだ受け入れやすいだろうね。戦争が再び起これば、種の滅亡すらあり得ることは、古き悪魔達(彼ら)も口に出さないだけでわかっていることだろう。大王もこれなら首を縦に振りやすいかな」

「それに、和平に対して不満を持つ者をあぶり出すこともできるというわけか」

「はぁ…、危惧した通り仕事が山のように襲ってきた……」

 

 アジュカ様とファルビウム様は、悪魔側の対応についてお互いに意見を交わし合っている。ファルビウム様は空気が抜けたようにテーブルに突っ伏し、ぐったりとした声音で恨めしそうに愚痴っていた。そんな中、険しい相貌で考え込んでいたサーゼクス様が、意を決したようにメフィスト様の方を見た。

 

 

「……フェレス理事長、一つ懸念を抱くことがあります」

「うん、何かな?」

「カナタくんの力のことです。協定を結ぶためには、彼が神器症の治療を可能にしたことを広める必要があります。そしてその力は、天界側にとって放置できるものではないでしょう」

「あぁ、だから僕たち『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』が停戦協定の間に立つつもりさ。カナくんの望みは、リーベくんだけじゃない、神器症で苦しむ子どもたちがいるなら助けたいって思いだからねぇ。そこに組織や種族の垣根は存在しない。魔法使い(僕ら)が間に立つことで、どの陣営にも関われるように配慮するつもりさ」

 

 三大勢力同士がまとまる中心に、魔法使いの組織が仲介役となる。原作では裏から『D×D』をサポートするように助けていた魔法使い達だけど、俺の存在が公になることもあって、堂々と表に出ることになったのだ。それに巻き込んでしまう申し訳なさもあったが、これまで俺がやってきた治療や金銭での援助に報いるためだと頷いてくれたらしい。

 

 それに表だって三大勢力の間に立てることで、それぞれの組織と交流する口実も作れるため、デメリットばかりではないよとメフィスト様は笑っていた。特に教会は魔女狩りと称して、魔法使いを弾圧する勢力もあったので、それが抑えられるだけでもだいぶ過ごしやすくなる。俺の異能や相棒の存在が、天界陣営にとってあまりに急所すぎるため、交渉も魔法使い達にとって悪くないものにできそうだとも言っていたと思う。

 

「しかし、聖書陣営(我々)に対して良くない感情を持つ勢力からすれば、協定を結ばせるきっかけを作ったカナタくんを敵視する者も出てくるでしょう。それに悪魔の中には、聖書の神が死んでいることを知っている者なら、その力を受け継ぐ存在を危険視しないとも言えません」

「……なるほどねぇ、古き悪魔達(あいつら)に対するカナくんの価値を上げる方法か。確かに勝手に暴走されて、協定が壊されるわけにもいかない。それに私的に魔王の力を使うことにも、反発を起こされるかもしれないか。神器症の治療は天使や教会関係者、そして神器を研究する堕天使陣営にとっては大きな価値のあることでも、悪魔側にとってはそこまで需要が高いとは言えないからねぇ」

 

 サーゼクス様が伝えた懸念を理解したのか、メフィスト様の顔に思案した表情が浮かぶ。俺に関することなので隣で聞いていたが、つまり悪魔側にとっての俺の価値ってことだろうか。停戦協定が結ばれれば、それを面白く思わないヒト達から確かに標的にされる可能性がある。もちろん、メフィスト様やみんなが守ってくれるだろうけど、悪魔……特に古き悪魔側からすれば、ただの人間の子どもを守るのは心情的に嫌がるかもしれない。そしてそれが、聖書の神様に纏わる力の持ち主ならなおさらだろう。

 

 俺はアジュカ様の弟子で、四大魔王様と交流だってあるけど、自国の王様を人間の都合で振り回されるのを許容できない者だっている。もし悪魔達にとって俺の価値が高ければ、多少は目を瞑ってくれるだろうけど、神器症の治療は正直悪魔側にとってはそこまで重要じゃない。人間が悪魔に転生したら、次代も悪魔として生まれるため、神器をもって生まれてくることがない。また神器症で苦しむ者をわざわざ眷属にしようとする(キング)もいないため、リュディガーさんのようなケースは本当に稀なことなのだ。

 

 難しい顔で話し合うメフィスト様とサーゼクス様を横目に、俺も口元に手を当てて考える。悪魔側に対する俺の価値、つまりアピールポイントってことだな。うーん、種族関係なく治療が出来るのはポイントが高いかもしれないけど、フェニックスの涙っていう代わりがあるからなぁ…。要は多少危険かもしれないと思われても、それでも自分たちにとって利益を与える存在だと思わせられればいい訳だろう。何かないかなぁー、悪魔側が困っていること。

 

 俺は目を瞑ると相棒の力を借りながら、記憶にある原作知識を引っ張り出していく。こういう時に頼りになるのは、やっぱりこれだよな。『ハイスクールD×D』は主人公が悪魔だから、悪魔視点で物語が進んでいく。当然そこには、悪魔社会の問題や課題がいくつも浮かび上がっていたと思う。そうして、しばらく記憶の海を揺蕩っていた俺は――

 

 

「あれ、ちょっと待てよ」

 

 ポンッと思いついた考えを俺が呟くと、先ほどまでの討議がピタッと止まった。

 

「フェ、フェレス理事長…?」

「アジュカ、目のハイライトを急に消さないでよ。えっ、もしかしてまたお仕事が増えるフラグなの? 天使達みたいに引きこもりたくなってきたんだけど」

 

 サーゼクス様とファルビウム様の声に振り向くと、メフィスト様とアジュカ様が無言で目を合わせて相棒を一本刺している。言葉などいらないぐらいの完璧な意思疎通であった。

 

「ふふふっ、油断していたよ…。カナくんがただ報告するだけで終わるような、大人しい子じゃないことはわかっていたはずなのに……」

「倉本奏太くんへの経験値があるからこそ、耐性があるからこそ貫通してくる襲撃もあるというわけか…。ふっ、盲点だったよ」

「会長、アジュカちゃん大丈夫? もう一本いっとく?」

 

 紅い槍とフェニックスの涙を両手に持ったセラフォルー様に、二人はキリっとした表情で首を横に振った。気が緩んでいたところに不意打ちを受けただけだ、と返していたけど、俺はどんな反応をすればいいのでしょうか。謝った方がいいですか?

 

「それで、カナタくん。何か思いついたようだけど、どうかしたのかい?」

「あっ、はい。さっきメフィスト様とサーゼクス様が、話されていた内容について考えていました。要は悪魔の皆さんに、俺から供給できるかもしれない利益を示せばいいってことですよね」

「確かに、そうかもしれないけど…。しかし、悪魔全体に影響を及ぼすような利益なんて出せるのかい? 悪魔によって求めるものは多種多様になると思うけど」

「利益を確実に出せるかはわかりませんが、利益を出せるかもしれないと思わせることならできるかなって。ほら、これから俺って神器症の治療を試みますよね。そしてそれが成功すれば、俺は不治の病とされるものを一つ克服したという実績が出来上がることになります」

 

 悪魔全体が納得できるような利益を出せる保証はない。だけど多くの悪魔達に、俺の存在は生かしておいた方が得になるかもしれないと思わせることができればいいのだ。原作を振り返っていて気付いた、悪魔全体に影響する問題。古き悪魔達にとっても、決して他人事ではないもの。むしろ、権力や生にしがみつく者ほど無下にできない不安。世界中で治療不能とされた不治の病を治したという実績があれば、彼らを納得させられるだけの理由をつくり出せる。

 

「魔王様方、もし古き悪魔達と俺について話し合う機会がありましたらぜひ伝えてください。神器症の治療が落ち着いたら、次は悪魔特有の病気――『眠りの病』についての研究がしたいようだって」

 

 俺が語った利益を聞き、ガタッと椅子から立ち上がった魔王様達は言葉を失うように佇んでいた。そう、その感情だ。もしかしたらできるかもしれない、という希望こそが俺が悪魔の皆さんに与えられる利益。古き悪魔だって無下にできない、そうさせないために打つことができる俺だけの処世術。危険視されるような力だったとしても、それを上回るような光を与えて目を眩ませればいい。

 

 『眠りの病』は原作でも謎が多い病気で、ある日突然深い眠りに陥り、そのまま目覚めることなく、人工的に生命を維持しなければ徐々に衰弱して死に至るものだって書かれていたと思う。俺が原作知識で知っているのは、サイラオーグさんのお母さんであるミスラ・バアルさんがこの病にかかってしまったことぐらいだ。彼女はイッセーの『乳語翻訳』で意識を取り戻したらしいけど、結局その原因や原理はわからないままだった。

 

 俺だって、実際に治療できるかなんてわからない。だから、研究するとだけ伝えて治療しますとは決して明言しない。だけど、もし俺の能力で助けられるヒトがいるなら迷わず手を伸ばす。それに『システム』と繋がっている俺だからこそ、病気を解明する手助けだってできるかもしれないのだ。

 

「カナたん、本気で『眠りの病』を?」

「はい、もちろんさすがにすぐには難しいですよ。しばらくは神器症のことで忙しいだろうし。だけど、俺には悪魔の友達や知り合いがたくさんいます。絶対に失いたくない大事なヒトたちが、たくさんいるんです。もしみんながその病にかかった時、俺は何もできないままでいたくありません。それなら、もしものことを考えて、研究しておいてもいいんじゃないかなって思ったんです」

 

 実家が医療関係だからか、セラフォルー様の目は誰よりも真剣に俺を捉えていた。俺にとってもこれは思い付きのような考えだけど、決して嘘を言ったつもりはない。悪魔の知り合いは両手の指では数えきれないほど増え、俺にとってかけがえのないヒト達だっていっぱいいる。

 

 そんなみんなの心配を少しでも和らげることができるなら、俺は『変革者(イノベーター)』としてのやり方で助けてみせる。それがみんなに守ってもらっている俺にできることだから。

 

 

「……なるほどね、アジュカや会長が気に入るわけか」

「えっ?」

「カナたァァッーーん! 悪魔のために真剣に考えてくれて、ありがとぉー! もう任せて、うるさいおじいちゃまたちは私やみんなでぜぇっーたいに説得してみせるからねっ☆」

「ぐえぇッ! ――あ、はい…。よろしくお願いします……」

 

 セラフォルー様にハイテンションで抱き着かれて、一瞬息が止まるかと思った。それでも嬉しそうにぐりぐりと頭を撫でられ、美人に抱擁されて嬉しくないわけがない。さすがにずっとは勘弁してほしいので、少ししたら落ち着いて離してもらいました。その後真面目な表情で、「でも、無理しちゃダメだからね?」と釘も刺されたので、ほどほどに頑張っておこうと思う。

 

 それから、さらに時間は過ぎていき…。あとはこれからの方針や計画について話し合うことになるため、魔王様達への報告会はとりあえず無事に終了した。明日からは俺抜きで冥界の今後を話し合うそうなので、黒歌との仙術修行が始められそうだ。会談が終わったことを知らされ、部屋に入ってきたグレイフィアさんが死屍累々な四大魔王様の様子を見て戦慄していたな…。ある程度魔王様とメフィスト様の間で話がまとまったらまた呼ばれるそうなので、それまで頑張って修行をしよう。

 

 長時間座って凝った肩を回しながら、俺は安堵から深く息を吐いたのであった。

 

 


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