えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十四話 守護者

 

 

 

「はぁー、よく寝られた…」

 

 四大魔王様との会合から次の日。魔王様と長い間話し合いをしていたからか、会合が終わった後、すぐにベッドで横になってしまった。悪魔のトップである四大魔王様に会えたテンションで乗り切ることはできたけど、何だかんだで俺も緊張して疲れていたのだろう。大きな欠伸と一緒に背伸びをし、高級感あふれる寝具からもぞもぞと上半身を起こす。すると、俺の隣でくっ付くように寝ていたリンも、うっすらと目を開けた。

 

「うぅー…。かにゃー、起きるぅ?」

「悪いリン、起こしたな。昨日グレイフィアさんに相談したら、朝の庭でランニングしてもいいって言われたからさ。まだ早いから、そっちは寝ていていいぞ」

「……護衛は?」

「正臣さんも一緒に走るから大丈夫。あと、サーゼクス様の『兵士(ポーン)』のヒト達が道案内と鍛錬も兼ねてくれるみたい。……それに、魔王様が全員集合しているグレモリー邸を襲撃するようなアホはいないだろ」

 

 冥界の最大戦力が一堂に集結している場所なんて、誰も攻めてこないだろう。フラグとかじゃなくて、物理的に無理すぎる。魔王様たちは今後のこともあるからかテーブルに突っ伏すほど疲れていたので、そのままグレモリー邸で休ませてもらっていた。フェニックスの涙で体調はすぐに回復できるけど、さすがに精神的疲労はどうしようもない。やっぱり異世界の神様や邪神の侵略、相棒のこととか難しい問題も多かったから疲れても仕方がないだろう。

 

 それに乳神様の祭祀場になった駒王町を放置もできないので、色々決めることが多いようだ。会談が終わった後、サーゼクス様は勉強が終わったリアスちゃんに抱きつき、グレイフィアさんに甘えようとして「人前ですっ!」と顔を赤くしながら怒られていた。人前じゃなかったらいいのかな? とちょっと思ったけど、そこは口にしないのがマナーだろう。セラフォルー様はソーナちゃんに涙目で甘えていて、妹は顔をめっちゃ真っ赤にしていた。こっちはこっちで可愛かったです。

 

 これからのことでメフィスト様と一緒に話すことも多いそうなので、魔王様達もしばらくはここに滞在するようだ。でも、さすがに全員が魔王業から離れるわけにはいかないから、交代で仕事はするらしい。うん、もうお疲れさまとしか言えない…。

 

「ほら、そういうことだから。時間になったら起こしてやるよ」

「はぁーい…」

 

 俺はおやすみと赤い頭を撫でると、やっぱり眠かったのかすぐに枕へ顔を埋め出した。それから規則正しい寝息が聞こえてきたので、リンもそれなら大丈夫と思ったのだろう。俺はゆっくりとベッドから抜け出し、顔を洗ったらランニング用の服に着替えておく。軽くストレッチをして身体を解していると、コンコンと控えめなノック音が扉から聞こえた。

 

「倉本奏太殿。起きておられますかな?」

「おはようございます、炎駒(えんく)さん。すみません、朝から付き合ってもらって」

「ほっほっほっ、お気になさらずですぞ」

 

 ガチャッと豪奢な扉を開けると、そこにいたのは深紅の鱗に身を包んだ神獣の姿。顔は東洋のドラゴンだけど、胴体は馬みたいな感じで大きさは二メートルぐらいある。彼はサーゼクス様の『兵士(ポーン)』で、麒麟(きりん)の炎駒さんだ。原作ではグレイフィアさんがオフの時に護衛を兼ねて、兵藤邸に訪れていたはずだ。

 

 炎駒さんは正直そこまで出番がなかったから、あんまり詳しいことはわからない。だけど、この特徴的な言葉遣いというか、優しいおじいちゃんみたいな雰囲気。リアスさんの幼少期を見守り、一緒に遊んだりしていたようなので、子ども好きらしいこともわかる。うーん、メフィスト様みたいな好々爺的な感じなのかな。幸運の神獣という特性もあるからか、傍にいるとホッとしてしまう空気も感じた。

 

「えっと、正臣さんは…」

「そちらはベオに任せておりますよ。庭で集合の予定ですな」

「ベオさん、ですか」

 

 サラサラの尻尾を左右に振り、道案内をしてくれる炎駒さんについて行きながら、俺は先ほど呟いた名前のヒトについて考える。昨日紹介されたルシファー眷属は、元々グレモリー邸の守護を任されていた炎駒さんだけだったんだけど、どうやらもう一人もやってきたようだ。たぶんサーゼクス様の付き添いとして昨日到着していたけど、会合があったから俺とは入れ違いになったのだろう。

 

 サーゼクス様の『兵士(ポーン)』は、二名いらっしゃる。一人が今一緒にいる炎駒さんで、もう一人が先ほど出てきたベオさん――ベオウルフさんのことだと思う。彼は一言でいえば、ルシファー眷属内での弄られポジションというか、大変な苦労人というイメージだ。濃いメンツ揃いの周りに振り回され、パシリや便利屋扱いされ、それでいて本人も微妙に空回って残念な感じがする。そんな風に原作では描写されていた。

 

 ……あれ、何だか俺の身近にも似たようなポジションの友人がいたような気が。

 

 

「――そうだよなぁ! 俺、めっちゃ頑張っているよね!? なのにあいつら、同じ『兵士(ポーン)』の炎駒には何も言わないのに、俺だけには無茶ぶりばっかり言ってくるんだよぉっ!!」

「……わかります。ふと気づいたら、厄介事がどんどん積み重なっているあの感覚。僕もよく無茶ぶりをされていますから。ベオウルフ様は頑張っていますよ。僕もメフィスト会長の『騎士(ナイト)』なのに、あれこれってスゴイポジションのはずだよね? って時々首を傾げることがあって」

「それ、わかるぅ! 俺だって誉れ高きルシファー眷属の一員なのに、何でか扱いが軽いんだよぉっ! セカンドさんは公衆の面前でパシってくるし、マグレガーさんは毎回俺が眷属になった時のことで堕としてくるしぃ…」

「総――主のご友人に物理で拉致られては、意味不明な実験を受けそうになったり、変な科学者みたいなのにドリルを腕にくっ付けられそうになったり、ナチュラルに改造前提の話を振ってくるし…。中級悪魔試験を受けに冥界へ行くって報告したら、目を輝かせた魔法使い達からお土産を大量に頼まれたり……」

「くぅぅッー! お前さんも苦労してんじゃねぇか…。とても他人事には思えない境遇だ……」

 

 炎駒さんの案内で辿り着いた庭先には、正臣さんの肩に腕を回して男泣きをしている男性がいた。茶髪で二十代中頃に思える風貌を持ち、動きやすそうなジャージに身を包んでいる。ちょっと前を歩いていた炎駒さんが、ものすごく頭が痛そうに遠い目をしていた。

 

「ベオウルフ様…」

「水くせぇぞ、八重垣――いや、正臣ッ! 俺達は同じ苦労の星の下に生まれた兄弟みたいなもんだ。俺のことはベオウルフさんって呼んでくれ。何百年も無茶ぶりに応えてきた先輩として、なんでも俺が答えてやるぜ!」

「は、はい…」

 

 涙を流しながら、大変良い笑顔でサムズアップをするベオウルフさん。ちょっとテンションについていけなさそうだけど、うんうんと素直に頷く正臣さん。そういうところだと思うよ。お恥ずかしいところを…、と消え入りそうな声で炎駒さんに謝られて俺はブンブンと首を横に振っておいた。

 

「ベオ。ルシファー眷属として、情けない姿を見せるでない」

「むっ、炎駒。情けないとはなんだ! 俺は先輩として、後輩を導こうと――」

「早朝に大声を出すと、グレイフィア様が来ますぞ」

「…………」

 

 最強の女王様の名前が出た瞬間、すごい速さで口が閉じられた。ベオウルフさんはガクガクと震えだすと、すぐに周囲を警戒しだして俺達以外いないことにホッと息を吐いている。すごいな、グレイフィアさん。名前が出ただけで相手を硬直させ、表情を真っ青に変えるなんて。さすがである。

 

 

「――コホンっ! 気を取り直して、初めまして『変革者(イノベーター)』殿。俺はサーゼクス様の眷属である『兵士(ポーン)』のベオウルフだ。正臣同様、堅苦しくなくて構わない」

「初めまして、ベオウルフさん。俺は倉本奏太って言います。俺の方こそ、よろしくお願いします」

「サーゼクス様の付き人としてしばらく俺もこの城で過ごすから、何か聞きたいことがあったら言ってくれ。何でも話すぜ?」

「はい、ありがとうございます。ベオウルフさんがいてくれたら頼もしいです!」

 

 雰囲気が正臣さんに似ているのもあるけど、気の良い兄ちゃんって感じで話しやすいのは間違いない。グレモリー邸の方々は貴族的なオーラがすごくて、メイドさんとかに聞くのも気が引けるしな。俺は素直にペコリとお辞儀をすると、何故か感動したように噛みしめているベオウルフさん。困惑気味に炎駒さんを見ると、「すまぬ、真っ直ぐな好意の言葉に慣れておらんのだ」と目を逸らされた。日頃からどんだけ弄られているんですか、このお方。

 

「俺、サーゼクス様の眷属の中でベオウルフさんに一番会いたかったんですよね」

「えっ、そうなの?」

「はい、俺はサポートタイプで、戦闘が苦手で…。ベオウルフさんは『兵士(ポーン)』で五指に入る実力者でありながら、サポートタイプの能力に長けているって聞いています。あと俺が知っている中で元人間という括りですが、すごい人間の一人だと思っていたので!」

「ほぉ、珍しいのぉ…。ベオをそこまで評価する人の子がいるとは…」

「炎駒、本気で絶句したように言うなよ。泣くぞ、嬉し泣きで」

 

 原作ではめっちゃ弄られキャラとして描かれていたが、原作の設定を知っているからこそ、俺はベオウルフさんの凄さが感じられる。彼は人間の身でサーゼクス様と一騎打ちをして、手傷を負わせた実績があり、その功績もあって魔王の眷属に迎え入れられた。原作ですごい人間はいっぱいいるけど、その中でヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿とベオウルフさんは俺の中で別格の位置にいる。彼らは純粋な素質や身体能力だけで、この死亡フラグ溢れる世界を渡り歩いていたからだ。

 

 原作の人間の強者として名前をあげるなら、クリスタルディ枢機卿やアーサー・ペンドラゴンなども上がるけど、彼らは『聖剣』という要素と切っても切り離せない部分がある。ストラーダ猊下も聖剣を使っていたけど、あの人は拳や技術も普通にヤバかったし…。あと曹操や鳶雄も当然才能があって強いけど、『神滅具(ロンギヌス)』という強力な異能があったからこそでもある。英雄派も神器所有者で構成されていたしな。

 

 ルシファー眷属の特徴として、眷属の全員が『非神器所有者』で構成されていることがあげられる。つまり、ベオウルフさんも当然神器を持っていない。彼は英雄ベオウルフの末裔として、その素質や肉体、技術だけで上に上っていったのだ。もし神器やすごい武器を使わず、サーゼクス様に手傷を負わせろって言われて、それが成し遂げられる純粋な人間が果たしてどれだけいるのか。だから、ベオウルフさんを最強とは言わないけど、すごい人間だったと尊敬するのは俺の中で当然だった。

 

「ふっふっふっ、どうだ炎駒っ! ルシファー眷属として俺のことをちゃんと評価して見てくれるファンっていうのは、こうやってちゃんといてくれるんだよ!」

「う、うむ、そうじゃな。よかったのぉ、ベオ」

「ふはははっ、はぁーはっは! うぉぉぉっ、よっしゃぁぁッーー!!」

 

 ただ、あんまり調子づかせない方がいい気がしたので、今後は尊敬度を表に出すのは控えめにしようと思う。何百年も弄られ続けたヒトに、劇薬(尊敬)は時にぶっ壊れ要素になりそうだ。反省しよう。俺は仙術もどきの反応でここに近づいて来る凍えるようなオーラに気づき、正臣さんと炎駒さんに無言で合図を出してそっと離脱しておいた。

 

 ランニングを始めた後方で、「あっ、(あね)さ――」という遺言が微かに聞こえたが、俺達は振り切るように走り続けたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「そういえば、色々あって吹っ飛んでいましたが。正臣さん、中級悪魔試験お疲れさまでした」

「うん、アレは吹っ飛んでも仕方がないね。どうもありがとう」

「それで、試験は上手くいきましたか?」

「とりあえず空欄は少なかったと思うし、実技試験も上手くいったと思うけど…」

「……けど?」

「『魔法少女マジカル☆レヴィアたん』の第百二十一話で出てきた魔法少女の必殺技の名前を答えよ、って問題が出てきて」

「あっ、それ前に予習していたやつですね。やったじゃないですか、正臣さん!」

「……うん。本当に出るとは思わなかったし、それに答えられてしまった自分にも言葉を失ったよ」

 

 一応、テンプレ的な絡まれイベントもあって、実技試験で度肝を抜くとかいう王道展開もあったみたいだけど、それらがどうでもよくなるぐらい魔法少女が衝撃的だったらしい。何だろう、この試験には勝ったけど、常識に負けたような空気は。これが冥界の正当な社会学で、最新のトレンドなんだよ。今後悪魔として過ごしていくなら、受け入れた方がいいと思うよ。

 

「それで、奏太くん。僕も黒歌さんの仙術授業を一緒に聞いても大丈夫なのかな?」

「はい、黒歌の妹の白音ちゃんも見学に来るみたいなので。大丈夫だと思いますが、一応傍に大人がいてくれた方が安心ですから」

「そういうことなら。僕も感覚的に使っちゃっているから、ちゃんと習っておきたかったんだよね」

 

 自分の手の平をまじまじと眺める正臣さんは、軽くオーラを揺らすように動かした。俺の仙術もどきは今のところ感知や探知にしか使えず、原作の小猫ちゃんのように身体能力の向上や「相手の気脈(生命の流れ)を乱す」技は使えない。仙術を使える者はかなり少ないため、俺の近くにはこれまで誰もその知識をもっているヒトがいなかった。

 

 しかし、俺の「嫌な予感」のバタフライエフェクトで魔王様や皇帝達が動き、原作ではぐれ悪魔になっていた黒歌さんが、妹の白音ちゃんと一緒にグレモリー家に保護されることになった。本来なら関わることのなかった道が、一本に交わる機会が生まれたのだ。それを見逃す手はなく、アジュカ様の勧めもあってこうやって黒歌と師弟関係を築くことができた。

 

「それにしても、準備があるから先に行って待ってろ、って言われて三十分ぐらい経つけど…。まだかかるんでしょうか」

「ははは、そうだね。でも女性の仕度は長いものだから、そういうものだって気長に待ってあげるしかないよ」

「実感がこもっていますねぇ…」

 

 さらっと何でもないように朗らかに笑う正臣さん。こういうところは、さすがは彼女持ちとしか言えない。長い間、ベリアル眷属の女子高生たちに囲まれていたのもあって、しっかり女性の付き合い方について調きょ――教えられているのだろう。そういえば、最近は忙しすぎてラヴィニアと一緒に出掛ける機会とか全然なかったな。神器症のことが本格的に動き出したらまた慌ただしくなるし、時間があったら誘ってみようかな。

 

 そんな風におしゃべりをして待っていた俺達の背後から、――言い知れぬ違和感が感じられた。

 

 

「――ッ!?」

「ふっ!」

 

 俺と正臣さんはほぼ同時に動いていた。俺は身体を反転させて、結界を発動させながらバックステップで距離をとる。正臣さんもすぐに反転したが、そのまま前へ直進し、気配が感じられた相手と俺との間を遮るように進む。正臣さんが、腰に構えた刀を振りぬこうと柄に手をかけたところで――

 

「下がって、正臣さんッ!」

「んっ」

 

 嫌な予感を感じた俺の声に瞬時に従い、正臣さんはこちらへ舞い戻るように態勢を変えた。すると、正臣さんの足が止まると同時に、彼の目の前に視界を遮るような濃密な黒い霧のようなものが発生する。あのまま突っ込んでいたら、もろに喰らっていただろう。

 

「驚いた。オーラ探知もそうだけど、これにも反応できるんだ」

「……おい、黒歌」

「大丈夫、今の霧だってちょっと痺れるぐらいのものよ。でも、ふーん。気の流れを読めるのは本当みたいね」

 

 グレモリー家の庭に生えている木の枝に座る、猫耳が生えた黒髪の女性。昨日までの家庭教師用の服装ではなく、黒い和服に身を包んでいる。さすがにはだけていないのは、グレイフィアさんの教育の賜物なのかもしれない。俺からの文句に、彼女は面白そうにクスクスと笑っている。そして、金色の目を細めると、ニヤリと悪猫らしい笑みを浮かべた。

 

「じゃっ、これはどうにゃん♪」

 

 可愛く手を猫のように曲げると、黒歌の姿がブレだした。ハッと気づいたときには、先ほどの黒い霧が一気に広がり出し、うっすらと景色を歪ませる。どうやら霧を広げたからか、痺れの効果も薄まったようだけど、あんまり長い時間留まらない方がいいだろう。しかし、霧が広がったと同時に黒歌の気配がいくつも感じられ、俺と正臣さんを囲むように黒歌そっくりの分身が数十体ほど佇んでいた。

 

「幻術と仙術のミックスか…。分身の術ってやつかな」

「全ての女性にオーラが存在している。これは紫藤さんの時並みに、きつそうだね」

「正臣さん、相棒を二本ほど渡しておきます。幻術対策や体調に響いてきたら使ってください。こう全方位に囲まれたら、俺は下手に動かない方がよさそうなので、本物を頑張って探してみます」

 

 心の中で黒歌に文句を言いながら、どうせ見せることになるのだからと相棒を手の中に呼びだす。紅の槍を顕現させた俺に黒歌は目を見開き、明らかな警戒態勢を見せた。神器(セイクリッド・ギア)が及ぼす効果は、多種多様にあるからな。レーティングゲームで神器持ちと戦ったことがある黒歌なら、迂闊にこちらへ近寄ってこないだろう。それに正臣さん相手に接近戦に持ち込んだりもしないと思う。

 

 ただの幻術なら俺の『概念消滅』を自分に刺して受けている効果を消せばいいが、仙術とミックスされているためそれも難しそうだ。俺の目や感じるオーラからしても、本物そっくりにしか思えない。自然界にある流れ全てが、黒歌という形を作っているような感覚。確か原作で、小猫ちゃんが気の流れを読めないと対処できないって言っていたか。本当に厄介だな、仙術って…。

 

 さて、おそらく彼女がとる戦法は、遠距離からの魔力弾による多重砲撃。正臣さんの腕前なら全ての分身を切れるかもしれないけど、俺という護衛対象がいるため下手に動けない。そこを彼女が狙わない道理はない。だったら、俺と相棒で本物の黒歌を探し出し、その間は正臣さんに守ってもらい、彼女を見つけ次第撃破する。他にも方法はあるけど、たぶんこれは黒歌なりの俺達への試験なのだろう。なら、正面から受けて立ってやるさ。

 

「護衛を頼みます」

「あぁ、全部斬るよ」

 

 正臣さんが白と黒の双刀を抜刀すると、全てを切り伏せるような一本の刃を幻視する。極限まで研ぎ澄まされたオーラに、遠めで黒歌の分身たちが息を呑んだのを感じた。八重垣正臣さんは誰よりも頼りにしている、俺の最高の護衛だ。最上級悪魔クラスの実力があると言われ、ゲームで実績を積み重ねてきた黒歌が相手だろうと決して押し負けたりなんてしない。

 

 時間は正臣さんが必ず稼いでくれる。だから俺はその場で目を瞑り、集中するように神器へオーラを籠めていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……いい度胸じゃん」

 

 思わずポツリと呟いていた言葉。彼らの真っ直ぐな戦意は、黒歌自身の闘争心にも火をつけた。彼らは正面から堂々と黒歌を打破しようとしている。レーティングゲームで勝ち越していた黒歌が戦う時、対戦相手の目には怯えが見えるようになった。黒歌の強さは元ナベリウス眷属の中でも特出しており、だいたいのゲームでは黒歌と当たることを恐れて逃げるか、サクリファイスとして時間を稼ぐ。こんな風に、真正面から戦おうとする者は久しぶりの感覚だった。

 

 最初はちょっとした気まぐれのつもりで、脅かしてみようと思っていた。事前に仙術っぽいことはできると聞いていたので、どれだけの精度があるのかを試すつもりだったのだ。自身の気の流れを絶って二人の背後を取り、ワッと驚かして「まだまだにゃん♪」って笑うつもりで。どうせ大したことはない、仙人でもない人間が付け焼き刃で得た程度だと思っていた。

 

 だが、二人は気配を絶っていた黒歌に瞬時に反応した。それどころか、一人は黒歌に向かってきたのだ。二人を脅かそうと邪なことを考えたため、一瞬だけ揺らいだ彼女のオーラを見逃さなかった。咄嗟に身を守るために毒霧を撒いてしまったのは、これまでの戦闘での癖だろう。まずいと思って咄嗟に毒の濃度は下げたが、さすがにやりすぎたかと考えた。

 

『下がって、正臣さんッ!』

 

 しかしそれも、相手はあっさりと回避してしまった。あのタイミングは、ゲームで勝ち抜いてきた黒歌にとっても必殺のタイミングだった。濃縮したオーラを一気に弾けさせるため、懐に入ってしまえば逃げ出すことはかなわなくなる。毒の材料は自然界に漂う悪意を使っているため、高い感知能力がなければ発動すら気づかれない。そのはずだった。

 

 おふざけのつもりだったのに、こちらのプライドを見事に刺激されてしまった。

 

「それじゃ、お手並み拝見にゃん♪」

 

 まずは小手調べと奏太ではなく、正臣へと標的を定める。前方にいる分身達が一斉に魔力弾を撃つ態勢になり、黒歌も手の平に生み出した魔力を構えた。数十もの砲撃の中に紛れる本物の一撃。それをこの霧の中で見分けるのは至難の業だろう。静かに佇む剣士を見据えながら、黒歌達は四方八方から砲撃を見舞った。

 

 

「……懐かしいな」

 

 そんな危機的な状況のはずなのに、八重垣正臣は笑っていた。過去の自分は、今と似たような状況に陥ったことがある。あの時は一切こちらの剣は相手に届かず、ボロボロになりながらも何とか食らいつくことしかできなかった。友人の神器の力を借りなければ、突破することも叶わなかっただろう死闘。あの時とは舞台も相手も違うけれど、あの屈辱を晴らせる機会を作ってくれた運命に感謝した。

 

 こちらに向かってくる数十もの魔力弾。人間だった頃の正臣なら俊敏さを生かして立ち回り、自分に当たりそうなものだけを切っていただろう。だが、それだと昔の自分と何も変わらない。あれから五年も経ったのだ。クレーリア・ベリアルと共に生きるためにメフィスト・フェレスの眷属となり、自らの意思で悪魔に転生した。堕天使の総督から自分だけの刀を受け取り、悪魔としての戦い方も教わってきたのだ。

 

「僕の駒は『騎士(ナイト)』。大切なものを護るための剣だ」

 

 気づけば、足は地を蹴っていた。

 

「言ったはずだよ」

 

 『騎士(ナイト)』の特性は、圧倒的な速さ。置き去りにされたのは、音、色、時間――。研ぎ澄まされた刃が、本能のままに振るわれていった。

 

「全て斬ると――」

 

 幻影か本物かなんて今はどうでもいい。これまで培ってきた力を十全に振るうのみ。全てを斬る。斬り伏せる。一つだって、大切なものへ届かせない。そのためにずっと磨いてきた刃なのだから。

 

 切り裂かれた黒い魔力が散り散りに霧散し、キラキラとした粒子となって舞っていった。

 

 

「……マジ?」

 

 魔力弾を撃った態勢のまま、黒歌は呆然と立ち尽くす。今自分の目で見たことが、信じられなかったからだ。しかし、だんだんと実感してくると唇を噛みしめた。本気ではなかった。手加減していた。頭の中に浮かんだ言い訳はいくらでも思い浮かんだが、黒歌はそんな己の感情に失笑する。……自分は驕っていた。ただ、それだけのことだと気づいたから。

 

 黒歌は自分の実力が高いことを知っている。もちろん魔王級みたいな化け物と相対できるとは思っていない。だが、悪魔の中でも上位に位置する力はあると自負していたのだ。だから、彼女はこれまでのゲームで本気で戦ってこなかった。元主を喜ばせるつもりもなかったので、ほどほどに戦果をあげるだけにとどめてきた。何より、遊び(ゲーム)で本気を出すなんて、馬鹿らしいとも思っていたから。

 

「あぁー、うん。そっか、そっか」

 

 これまで戦ってきた相手は、先ほどの黒歌の幻術に慌てふためき、どれが本物かわからないことに恐れを抱いていた。または必死に幻術と本物を見極めようと武器を振るい、神経をすり減らしながら戦う猛者もいただろう。黒歌はいつだって挑ませる側で、挑む者たちが彼女の術にどのように対抗するのかを楽しんで見ている立場だった。

 

 なのに、目の前の相手はそんなこと知るかと全てを斬った。黒歌の術なんて一切見ていない。全部斬ってしまえば同じだから。この悪魔は黒歌の持つ力を、これまで培ってきたものを、全て斬り伏せると豪語しているのだ。敵の思考に辿り着いた黒猫は、沸々とした感情が胸に込み上げてくるのを感じた。

 

「上等じゃないッ――!!」

 

 やれるものならやってみろっ! 母から教わった己の仙術を、悪魔に転生して戦って磨いてきたこの力を、私の全てを斬るというのなら試してみるといいわッ!! 正臣の挑戦は、的確に黒歌の琴線に振れたのだ。

 

 先ほどの遊びと違い、全ての幻影が両腕を振り上げ、黒の波動を幾重にも撃ちだす。規則性はなく、ランダムに放たれる強大な波動は傍にいる奏太すら巻き込まれかねない。だが、八重垣正臣の誓いが護るための剣だと言うのなら、それすらも斬り伏せてこそだろう。

 

「上等だッ――!」

 

 正臣は口元に笑みを浮かべ、黒歌と同様に啖呵を切る。目で追っていては間に合わない。なら、()から教わった剣技で、悪魔に転生してみんなで磨いてきたこの力で、本能のままに全てを斬って護るのみッ! 刀に己のオーラを纏わせ、音もなく消えた剣鬼は白と黒の閃光へと変わった。

 

 次々と斬り伏せる正臣に合わせるように、黒歌の幻影たちも踊るように舞始め、波動の軌道を読ませないように攻撃が繰り出される。正臣も人工神器の名を唱え、その性能を遺憾なく発揮させた。

 

()が身に宿る光と闇よ、白雷と黒炎を纏えっ! 時は来た! 今、古の封印から目覚め、我が魂の輝きを顕現せよォッ!!」

「アハハハハッ! またオーラが膨れ上がったわねぇ! 面白いじゃないっ!!」

 

 吹き荒れる白と黒の突風に、楽し気に笑い声をあげた黒歌。彼女は魔力や妖力を籠めた弾丸しかまだ放っておらず、仙術を用いた邪法はまだ用いていない。しかし、ここまで自分の踊りについてこれる相手なら、それほど遠慮はいらないだろう。

 

 ニヤリと笑った黒歌は自然界に漂うオーラを操り、己の妖術と魔力を組み合わせたドス黒い濃霧を生み出そうとして――

 

 

「さすがにそれはヤバそうだから消させてもらうよ」

 

 幻影に目もくれず、射貫くように見据えられた双黒と目が合った。高まった戦意から決めようと使ってしまった仙術――それは、この状況下で気の流れを読める者が相手なら最もやってはいけなかったこと。仙術は非常に珍しい能力で、これまで黒歌は母親以外の使い手を見たことがなかった。つまり、気の流れを読めるような敵と相対したことがなかったのだ。

 

 ハッとそのことに至った黒歌だが、すでに奏太は引き金を引いていた。

 

術の消滅(デリート)

 

 パァン! と光力銃の閃光が黒を撃ち抜いた。それは同時に、黒歌(本物)の居場所をパートナーに知らせる一筋の光となった。

 

「はぁぁッーー!!」

「――くぅっ!?」

 

 仙術を消されたと同時に、奏太が放った光を辿って霧の中を駆け抜けた正臣は迷わず刀を振りぬく。黒歌は反射で結界を張って一撃を凌いだが、威力は殺しきることができず、反動から霧の外へと勢いよく飛ばされてしまった。術者である黒歌の集中力が切れてしまったことで、二人を覆っていた霧と黒歌の幻影たちも晴れていった。

 

 

「こほっ、ごほぉっ…! ちょっとさぁ、か弱い女の子一人相手に、男二人掛かりはズルいんじゃないのぉー?」

「不意打ちや毒をナチュラルに仕掛けてくる、か弱い女子がいるわけないだろ。あと、そっちが先に俺達二人に喧嘩を売ったんだろうが」

「倫理的な問題ってやつよっ!」

「倫理だけは黒歌に語られたくないわっ!」

 

 強烈な一撃をもらい、さすがに頭に上っていた血も収まった黒歌は、プンプンと文句を言いまくる。それに呆れたように溜め息を吐いた奏太は、相手から戦意が消えたことを悟って光力銃を懐へと直しておいた。正臣も深く息を整えると、双刀を鞘へと納めて吹っ飛ばしてしまった黒歌へと手を差し伸べる。その行動に頬を膨らませた黒歌だったが、意地を張っても仕方がないと手を貸してもらっていた。

 

 それに、これが仲間と一緒に戦う姿なのかとぼんやり思う。これまで一人で戦い続けていた黒歌にとって、他者を信頼して任せるなんてことをしたことがなかった。グレモリー家での生活で多少は丸くなっても、根底のところで不信感を拭うことが難しい。それが戦闘になれば、よりいっそうそう感じてしまう。

 

 だが奏太と正臣の二人は、お互いの役割を任せ合っていた。信じて託し合っていた。本物の黒歌を見つけるために無防備に集中していた奏太。奏太が黒歌を見つけると信じて、全ての攻撃から護り抜いた正臣。そして正臣は、奏太が合図なく撃ち抜いた光を迷うことなく追いかけたことで、黒歌が態勢を整える暇を与えなかったのだ。

 

 自分はまだまだ戦えるため、実力で負けたとは思わない。まだ見せていない切り札だってある。だけど、どことなく悔しさのようなものは感じてしまう。これまでだって何度も戦ってきた。試合として負けたことなんて何度もあったのに、不思議と悔しいと思ったのは初めてだ。今までの戦いと何が違うのだろうと思いを巡らせると、真っ直ぐに黒歌と相対してきた目を思い出した。

 

「本気のぶつかり合いってやつか…」

 

 確かに何度もゲームには参加してきたけど、そんなの一度もできなかったなぁ…。首を傾げる奏太たちに何でもないと黒歌は首を横に振ると、砂がついてしまった着物をポンポンと叩く。そもそも奏太たちの仙術もどきがどれだけのものか確かめるためだったはずなのに、いつの間にかガチでやってしまったのだから反省である。さすがにやりすぎたので、黒歌もばつが悪かった。

 

 そう思ってさっきまで戦っていた演習場を改めて見ると、黒歌が放った魔力の余波で地面がボコボコになってしまっていた。思わず二度見した黒歌は、ここがグレモリー家の庭先だったことを思い出す。奏太たちを脅かす姿を真面目な妹に見られたら怒られそうなので、白音はまだ部屋で待っていてもらっているので大丈夫だろう。城から多少離れているから破壊音は響いていないだろうが、バレたらまずいと顔色が真っ青になった。

 

 

「奏太っ、そこのあんたも! すぐにこの地面をなんとかして、証拠を隠滅するわよ! このままじゃ――」

「このままでは?」

「私がグレイフィアにお説教コースにゃッ!?」

「よくわかっていますね、黒歌。でも、前に言いましたよね。悪いことをしたら、隠さずにちゃんと私に伝えないといけませんよと」

 

 固まった黒猫の肩に、ポンッと手を置く銀髪のメイド様。ニッコリと微笑んでいるのに、背景にはゴゴゴゴッと効果音が聞こえてきそうなオーラが纏われていた。早朝からグレモリー家の秩序を守るメイド(守護者)様は、今日も見逃すことなく機敏に対処する。グレイフィア・ルキフグスがいるから、グレモリー家やルシファー眷属は回っていたのであった。

 

 

 なお、破壊された演習場はベオウルフが片付けた。

 

 


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