えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 今年の更新はこれで最後になると思いますので、ご挨拶を。今年もこの作品を応援していただき、どうもありがとうございました。これほど長く続けられたことも、こんなにもたくさんの人達に見てもらえたことも、嬉しさと感謝でいっぱいです。それでは、元気に良いお年をお迎えください!


第百七十五話 仙術

 

 

 

「奏太兄さん、正臣さん。黒歌姉さまがご迷惑をおかけしました」

「いやいや、白音ちゃんが謝ることじゃないよ」

「そうだよ、気にしないで。こちらも良い修行になったからさ。実際に相対したことで、仙術の厄介さをより実感できたしね」

 

 グレイフィアさんにお説教のため連れていかれた黒歌に代わり、ペコペコと頭を下げる白音ちゃんに俺と正臣さんはブンブンと手を横に振った。黒歌は俺達にちょっかいをかける姿を真面目な妹に見られたくなかったようで、わざと修行の時間を遅めに伝えていたらしい。正臣さんは朗らかに笑っていて、黒歌との戦闘は特に気にしていないようだ。俺自身も「まぁ、黒歌だしなぁー」で納得できてしまうあたり、彼女の悪猫モードに慣れてきたらしい。

 

 俺と正臣さんは客人だけど、黒歌の弟子と見学者でもあるから、仙術を体感するという意味では先ほどの戦闘はいい経験だったと思う。だからいきなり不意打ちされたり、ヤバい毒を使われたり、ガチ戦闘になったりしたことに戸惑いはあれど怒りはない。別に殺し合いってわけでもない、本当にじゃれ合いをしたような感覚なのだ。グレモリー家の皆さんからすれば、「何をやっているんだ!?」と言われても仕方がないことだろうけど。

 

「ありがとうございます。でも、姉さまを甘やかすのはよくないです。怒る時は怒らないとですよ」

「うーん、その怒りの大半はグレイフィアさんの説教で相殺(そうさい)できる程度なんだよなぁ…」

 

 銀髪の守護者様に引きずられていった黒歌の悲鳴を思い出し、俺は遠い目でグレモリー邸を見る。原作では自由気ままな野良猫のような黒歌も、ここでは最強の姉に揉まれまくっているようだ。ただ個人的に、完璧な所作でピシッとしている黒歌って想像できない。見たらたぶん噴き出す。アレはアレで彼女の良さだと思ってしまうあたり、白音ちゃんの言うとおり確かに甘いのかもしれないな。

 

「じゃあ、そうだ。今度俺と黒歌で何かあった時は、俺が悪い場合を除いて白音ちゃんは俺の味方になってよ。それで今回の件はチャラってことで」

「えっと、そんなことでいいんですか?」

「黒歌には一番これが効果的だから」

 

 こてんと首を傾げる白音ちゃんに、俺は力強く頷いておく。シスコンの思考回路に抜かりはなかった。

 

 

「……ところで、ベオウルフさん。演習場の修復は俺達も手伝いますよ? 大半は黒歌がやったけど、正臣さんの分もあるので」

「あぁー、いいよいいよ。客人に片付けさせるなんて、それこそ(あね)さんにどやされる。この程度の修復ならすぐに終わるよ。俺も慣れているからね」

「慣れてる…」

「セカンドさんとかよくものを壊すし。バハムートは巨体過ぎてうっかりで壊すし。マグレガーさんもノリで壊すし。総司さんの飼っている妖怪たちが暴れた後はエライことになるし…。だいたいの後始末は動ける俺がやるしかないんだよなぁー。サーゼクス様や姐さんにやらせる訳にはいかないし、炎駒は姫さま達の護衛があるから無理だし……」

 

 ハイライトの消えた目でぼそぼそと呟きだすベオウルフさんに、思わず頬が引くついた。ルシファー眷属は『(キング)』を入れて、全員で八人いる。『女王(クイーン)』であるグレイフィアさん、『兵士(ポーン)』であるベオウルフさんと炎駒さん。その他の眷属たちは各地を飛び回っていて、有事の時以外はそうそう集まらないらしい。

 

 ひどい時は修復を手伝ってくれるそうだけど、ベオウルフさんに任せるのが一番早いようだ。特によく破壊してしまう『戦車(ルーク)』のセカンドさんは、片付けているはずなのに余計にものを壊してしまうみたい。だから彼がものを壊したら、だいたいベオウルフさんに任せるしかないそうだ。人間時代、サーゼクス様に一騎打ちを申し込むようなベオウルフさんが、悪魔に転生してサポートタイプになった理由ってこういった眷属事情があったからなんだろうか…。

 

 それからベオウルフさんは宣言通りに魔力を使って、目ではっきりとわかるほどの速度で地面の修復をはじめていった。裏の世界では表の人間に戦闘や破壊の後を気づかせないために、こういった修復を行う技術が発達している。俺もラヴィニアに習ったから多少使えるけど、これほどの速度で元通りにする光景は初めて見た。彼が言った通り、本当にこの程度のことなら造作もないことなのだろう。これが何百年もパシられてきたルシファー眷属の実力ってやつか…。

 

 そうして数分後、見事に元通りとなった演習場にみんなで拍手を送る。ベオウルフさんはその称賛に頬を赤らめて、謙遜しながらもめっちゃ照れていた。彼はこの後も仕事があるようで別れたけど、時間があったら色々聞いてみたいな。朝に何でも聞いてくれ、って言ってくれたし。俺の知り合いには、アタッカー・ウィザード・テクニックタイプはいるんだけど、サポートタイプがメインのヒトってなかなかいないんだよね。

 

 

「えーん、白音ぇー。お姉ちゃんのことを癒してぇぇー」

「姉さま、悪いことをしたらごめんなさいですよ」

「白音もだんだん手厳しくなってるぅっーー!」

 

 しばらくして戻ってきた黒歌は、こってり絞られたのか涙目で白音ちゃんに抱き着いていた。まぁ演習場を壊したこともそうだけど、弟子とはいえ客人相手にいきなり毒を使ったり、仙術を使ったりしたら怒られるわな。とりあえず、黒歌なりに謝ってくれたのでこっちは特に気にしていない。色々あったけど、ようやく仙術を教えてもらえそうで何よりだ。

 

 白音ちゃんは姉のダメっぷりに溜め息を吐きながら、それでも仕方がないなとよしよしと頭を撫でている。原作のリアスさんがそうだったけど、上がぶっ飛んでいると下はそれを反面教師にして真面目になるんだな。白音ちゃんのおかげでなんとか気力を取り戻した黒歌は、演習場の真ん中へと俺達を導いてコホンッと咳払いをした。

 

「さてと、じゃあ早速始めるわよ。とりあえず、まずはそのあたりにでも座りなさい」

「わかった。まずは何をやるんだ?」

「面倒だけど、まずは座学ね。仙術について奏太はどれぐらい知っているわけ?」

「生命の流れを感じたり、操作したりできる力ってぐらい?」

「つまり、全然ってわけか…」

 

 腰に手を当てて溜め息を吐く黒歌に、俺は乾いた笑みを浮かべてしまう。よくわかっていない力をこれまでバンバン使っていました! って言っているようなもんだしな。原作を読んでいても、「仙術ってすごい!」ということしかいまいちわからなかったのだ。ものすごく便利だけど使い手が限られていて、そして使い方を誤れば己に危険が降りかかる。俺の認識では、そんな感じだった。

 

「そうね、白音もいることだし母親から教えられた内容通りにいくわ」

「母様、ですか…?」

「……うん、そう。母も私と白音と同じ猫魈(ねこしょう)の一族よ。名前は藤舞(ふじまい)。妖怪の勢力の中でも東側に所属していて、参曲(まがり)様? という猫妖怪の長に仕えていたらしいわ。……私ももしあのままだったら、白音を連れてそこに逃げるつもりだったしね」

 

 最後の方は小声だったけど、聞こえてきた内容になるほどと思う。妹を連れて逃げ出そうとしていた黒歌も、一応逃走先は考えていたんだな。おそらく原作でも、母親が所属していた東の妖怪陣営に身を隠していたのだろう。白音ちゃんは初めて母親のことを聞いたのか、呆然と黒歌の話を聞いていた。父親については、あえて省いているのだろう。黒歌のオーラからも、深く触れないでほしいって意思が伝わってくる。

 

 ナベリウス分家が起こした、後天的に超越者を作りだす研究。アジュカ様から簡単にだけど、詳細は聞いている。黒歌の両親……特に父親の方がその研究に携わっていて、何らかの事故で二人が亡くなった後、後ろ盾のない姉妹を例の悪魔が引き取ったことが経緯だったはずだ。常軌を逸した研究に心血を注いでいた研究者、それが彼女たちの父親。それを幼い白音ちゃんに話すのは酷だろう。

 

 黒歌の中で両親のことは、元ナベリウス分家の主にやり返したことで納得はしているらしい。だけど、それを妹に教えるのは勇気がいる。父親のことはとてもじゃないが真実は話せない。それでもせめて母親のことを話すと決めたのは、彼女なりの一歩なのだろう。白音ちゃんは自分の頭についている黒い猫の髪飾りにそっと触れると、真っ直ぐに黒歌を見据えていた。

 

「まっ、そっちは今は置いといて。私の母親は猫又の中でも仙術の扱いに長けていたみたいでね。さっき私が使ったような自然界のオーラを操る術や、それを応用して妖術と混ぜる方法も教えてもらったわ」

「すごいヒトだったんだなぁ…」

「才能はあったみたいだけど、戦うのはてんでダメだったみたいだけどね。……仙術とは、自然と一体化することにより生命の流れを操作する術。猫又は死を司る妖怪とも言われているため、自然界に漂う邪気や悪意に他より耐性があるし敏感なの。仙術を扱える者が少ないのは、自然と一体化したオーラを見極める(すべ)を持たないからよ」

「オーラを見極める術?」

 

 黒歌からの説明に俺は首を傾げる。仙術が使えるヒトが少ないのは、てっきりオーラを感じ取るのが難しいからだと思っていた。オーラを見極めるって、いったい何を見極めるんだ?

 

「決まっているでしょ、自分の力として使えるオーラと使えないオーラとよ」

「えっ、使えないオーラとかあるの?」

「それがさっき私が言った、邪気や悪意と呼ばれる「(けが)れ」よ。自然界に漂うオーラは、綺麗なものと悪いものってきちんと分かれているわけじゃないわ。文字通り混ざり合って溶け合っているの。だから、私たち猫又は出来る限り綺麗なオーラだけを取り込んで自分の力にしているわけ」

 

 猫又は死を司る妖怪だからこそ、邪気に敏感だってさっき言っていたもんな。猫又にとっても邪気や悪意は危険なものに変わりはない。原作の黒歌さんがレーティングゲームで、仙術を使い過ぎた影響で邪気を取り込んでいたって描写があったけど、あれって実は結構危険な状態だったんだな。いくら綺麗なオーラだけを抽出していたからって、混ざり合っているものから完璧に取り出すのは難しいのだろう。

 

 自然界に漂うオーラとは、この世界で暮らす生きとし生けるもの全てが無意識に吐き出すオーラの残滓のことらしい。植物や動物や微生物、人間や異形などあらゆる生物が無意識に体外へ放出して流れ出した微かなオーラ。仙術が生命の流れを読めると言われるのは、普通なら気づかないほど微弱すぎるオーラを感じられるからというわけか。なるほど、自然のオーラに「穢れ」が混ざるのは、ある意味で当然ではあるだろう。清廉潔白で純粋な生物ばかりじゃないのだから、垂れ流されるオーラに違いが出るのは当然である。

 

「人間が仙術を使うのが難しい理由が、何となくわかったよ」

「私だって猫又の感覚でやっているようなものだから、どのオーラが良いか悪いかなんて口で説明するのは無理よ。人間で仙術が使えるような連中は、意識して使えるオーラと使えないオーラを選別できるからって言われているわ」

「そんなことができるのか?」

「普通ならできるわけがないでしょ。私だって感覚でやっていることを意識してやっているなんて、人知を超えているわ。だからこそ、そんな人間のことを『仙人』と呼んで畏れ敬うのよ」

 

 猫又は高性能なオーラ選別機能をもった種族で、仙人は人間国宝というか無形の「わざ」そのものを会得した超人(スーパーマン)ということか。黒歌が俺の仙術もどきを一切信じていなかったのは、そういう知識が彼女にあったからというのも大きいだろう。

 

「昔テレビで見た、自然のオーラから良いものと悪いもの(ヒヨコのお尻で雄雌)を仕分ける『鑑別師』みたいな感じか。つまり猫又とは直感で雄雌を見極めるひよこの天才で、仙人はその資格を得るために努力したひよこの達人ってわけだな!」

「猫又がひよこの天才……!」

「白音が変な勘違いするから、アホなこと言わないでくれる?」

 

 ベシンッとデコピンを食らって痛みに呻いたが、そこまで意味合い的に間違いではないよね。ものすごく馬鹿にしたような目で見られたけど。

 

 

「はぁー、そういうわけで。本来人間に仙術を教えるって不可能に近いのよ。自然界に流れるオーラを感じ取るぐらいならできても、混ざり合ったオーラから使えるものだけを抽出する技術がないとダメ。まぁ、仙術の一種である『闘気(とうき)』なら、気を取り込むんじゃなくて全身に気を纏わせる術だから、そっちなら使える人間や異種族もそれなりにいたはずだけど」

「闘気には邪気や悪意の選別は、そこまで必要ないってことか」

「そういうこと。中には自身の余りある活力や生命力を噴出させて、身体に纏わせるなんて荒業もあるらしいけどね」

 

 肩を竦めて説明してくれる黒歌の話に、うんうんと頷いていく。自分の生命力を鎧のように纏うって、確か原作でサイラオーグさんがやっていたことだよな。あと、朱雀と朱芭さんから五代宗家には異形と戦うための術として、自然界のオーラを闘気にして纏う秘術が伝えられているって聞いた気もする。

 

「あの魔王があんたに『仙術』を教えてあげてほしいって言った時も、『闘気』を教えてあげてほしいって意味で、私は最初捉えていたわ。自然のオーラを取り込むのは無理でも、自然のオーラを纏うぐらいなら、きちんと鍛錬を積めばできなくはないからね」

「おぉー、マジか! 闘気が習得できるのは素直にありがたい」

「言っとくけど、そんなに簡単なことじゃないわよ。……そもそも、奏太の使っていた仙術もどきってアレどうなっているわけ? 私の仙術に気づけるってよっぽどの精度というか、私と同じように周囲の気を取り込んで探知しなきゃ無理なレベルなんだけど」

 

 そういえば、アザゼル先生からも感知や探知ならこの世界でも上位に食い込めるってお墨付きをもらっていたからな。仙術もどきと相棒のおかげなのはわかっていたけど、それなりに本物の仙術っぽいことはできていたってことか。

 

「俺の感知のやり方って、黒歌と同じなのか?」

「私が知るわけないでしょ。あぁー、じゃあ…まずそこから調べてみる? さっきはちゃんと見てなかったから、もう一回その仙術もどきってやつを使ってみなさいよ」

 

 黒歌の最初の予定では、人間でも頑張れば習得できる可能性がある『闘気』を教えるつもりだったらしい。だけど、俺と正臣さんが使う仙術もどきが予想以上に使えるものだったからか、もしかしたら黒歌と同じように『仙術』を扱える可能性も一応あるようだ。

 

 黒歌に促され、それならと俺は先ほどのように相棒を手の平の上に呼びだす。黒歌と白音ちゃんの耳がピクッと動いたのが見えたけど、今は俺が集中できるように黙っていてくれるようだ。俺は静かに目を瞑って、いつも通り周辺一帯のオーラを感知するように神器に意識を向けた。

 

 その数秒後――

 

 

「――うっわぁ…」

 

 めっちゃドン引きしたような黒猫の絶句が聞こえた。

 

「か、奏太兄さんを中心に、オーラがすごい勢いで吸引されて…」

「白音、アレは絶対に真似しちゃダメなやつだからね。パーンってなるやつだから」

「本人の目の前で恐ろしい真実を、さらっと言わないでくれないかなッ!?」

「あとそれって、僕も二次被害受けているよねっ!?」

 

 慌てて感知をやめて黒歌を見ると、ヤバいやつを見るような目で見られた。俺と同じ方法で仙術もどきを使っていた正臣さんの頬も引きつっている。俺がやっていたことって、そんなにもヤバいことだったの? この五年間、マジで普通に使ってきたんだけど。黒歌は俺の仙術もどきの光景をどう説明すればいいのか悩んでいたが、数分後意を決して口を開いた。

 

「さっきあんたが猫又と仙人をひよこで例えていたのと同じように、あんたがやったことをそこら辺にある川の水で例えるわ」

「川?」

「そう、川。例えばそこら辺の川の水を飲むなんて嫌でしょ。ゴミや汚れや微生物だっているし、お腹を壊しちゃうわ。だから、猫又や仙人は綺麗に浄水してから川の水を飲むようにしている。ここまではいい?」

「うん」

「あんたがやったのは、単純明快。川の水を一切浄化することなくゴクゴク飲んでいたの。ゴミも汚れも微生物もお構いなしにゴクゴクとね」

「…………」

 

 想像したら、ものすごく気分が悪くなりました。それを傍から見ていた黒歌が、ドン引きするのは仕方がないわ。

 

「それなのに、奏太が飲んだはずの汚れた川の水が、次の瞬間には綺麗な水に浄化されていた。あんた、何したわけ?」

「あぁー、なるほど。奏太くんは猫又や仙人のように「穢れ」の選別ができないから全て取り込むしかないけど、相棒くんが危ないものを全部消してくれているから無事なわけだね。ということは、奏太くんがやった仙術もどきの覚醒方法って、自然のオーラを体内に取り込むことができるようになるだけってことになるのかな」

 

 仙術が使えるからこそ今見た現象に混乱する黒歌に、俺の異能を知っている正臣さんが感心したように言葉を繋げる。メフィスト様から事前に許可はもらっているので、俺は改めて自分の神器の能力について語ることになった。相棒について話し終わると、ホエーとした顔の白音ちゃんと、これ絶対に関わったらヤバいやつとブツブツ呟く黒歌の姿が見られた。

 

 なお、正臣さんも同じようにやってみたけど、彼の場合は度重なる修練の結果、それなりに綺麗なオーラだけを選別して取り込むことができていたらしい。初めの頃は、今の俺と同じように汚れた川の水を飲んだことでお腹を壊して、俺やクレーリアさんに「穢れ」を抜き取ってもらう毎日だった。そのため、仙術もどきの修行を始めた二、三年ぐらいは、溜まった「穢れ」を除去できない環境では決して使えないような技術だったのだ。

 

 しかし、何度もパーンの危機になれば、戦闘力とセンス極振りの正臣さんが成長しないわけがない。仙人ほどのひよこ達人級は無理でも、ひよこ中級者ぐらいならなれていたってことか。相棒任せで丸投げしていた俺とは大違いである。黒歌の見立てで、めっちゃホッとしたように胸をなでおろす正臣さんが印象的でした。

 

「あの魔王が弟子にとっている時点で、面倒事の香りはしていたけど。「穢れ」を無効化って完全にズルじゃない、それ…。……そういえば、さっきの戦闘でこいつが使っていた銃って確か…」

「あっ、ならそっちも教える? どうせ数ヶ月後にはわかるし、黒歌ならそれまで黙っていてくれれば――」

 

 堕天使との付き合いのことで口を開こうとした俺に、黒歌の猫パンチがとんできた。簡単にひょいっと避けられたけど、毛が逆立ったみたいに威嚇されました。

 

「私の危機感知能力が、あんまり奏太にしゃべらせるなって訴えたわ」

「えっ、ひどくない?」

「いや、最適解な対応だったと思うよ」

「すみません、奏太兄さん。今のは兄さんが悪いかと」

 

 あれ、味方がいなかった。

 

 

「もう何というか、あんたのことは無理やり納得しておくわ。奏太が悪意に敏感だっていうのも、神器だけじゃなくて、周囲に漂う悪意も一度は全部取り込んでいるから「誰」が発したものなのかも感じ取れてしまう所為でしょうしね。あと広範囲を索敵できるのも、「穢れ」を選別する必要なくオーラをガンガン取り込めたからと考えれば納得できるわ」

「えーと、黒歌。結論から言うと、俺は仙術が使えるのか?」

「……使えるものもあれば、使えないものもあるって感じね。まずあんたの場合、「穢れ」の選別ができないし片っ端から消しているから、私が使ったような邪法関係は使えない。あと綺麗なオーラの違いもわかっていないから、「浄化」もできないわね。でも、取り込んだ気を内に溜める方法や、相手の気を乱すといった仙術の基本ならできるかもしれないわ」

 

 仙術の基本となる技術なら、俺でも習得できるかもしれないってことか。逆に仙術の応用編となる、黒歌のような「穢れ」を使った状態異常技や、小猫ちゃんのような「浄化」を使った種族特攻技は使えないと。ちょっと残念な気持ちもあるが、こればっかりはどうしようもないだろう。仙術の基本と闘気だけでも教えてもらえるだけ喜ぶべきだな。

 

「そっちの『騎士(ナイト)』は、オーラを取り込むスピードが今の三、四十倍ぐらいになったら、仙術の基本ぐらいなら入れると思うわ」

「……絶望的すぎない?」

「仙人や一部の上級妖怪にしか使えない希少な能力よ。奏太がおかしいだけだから」

 

 俺に向かっておかしいって言いながら、ビシッと指を差すんじゃない。最初からだけど、本当に黒歌が俺に対して手厳しいというか容赦してくれない。ちなみに、先ほどの戦闘でそれなりに打ち解けられたからか、正臣さんのことも一応弟子として認めてくれたらしい。白音ちゃんが隣で「人に指を差すのはダメです」って言ってくれるのだけが救いである。それで余計にシスコンに目を付けられているような気もするけど、気にしないことにする。

 

「とりあえず、ある程度の方針は立てられたわ。あんた達は多少のオーラの取り込みはできているから、次は取り込んだオーラを自分の中に留めておく訓練ね。それで内に溜めることができるようになったら、集めたものを自分のオーラ()へと変換させることで、色々な用途に使えるようになるってわけ」

「変換って、俺が使う『書き換え(リライト)』みたいな感じか?」

「もうあんたはそれでいいわよ」

 

 黒歌が冷たい。白音ちゃんと正臣さんにはちゃんと伝えてくれるのに。そりゃあ、どうせ俺の場合は相棒任せになっちゃう未来しか想像できないけどさ。

 

 それから数十分ほど黒歌の講義は続き、早速実践とお腹の中に気を溜める修行を始めたけど、これが本当に難しかった。取り込むことはできても、まるで隙間風に攫われるようにどんどん抜けてしまうのだ。黒歌曰く、生き物の呼吸と似たようなものらしい。息を吸えば、自然と吐きだしてしまうような感覚。そこに息を止めるという工程を新たにつくり、その持続時間を延ばすこと。黒歌に見本を見せてもらいながら、俺と正臣さんは四苦八苦しながら取り組んだ。

 

 見学している白音ちゃんから飲み物をもらいながら一息つくと、随分時間が経過していたらしい。さすがにずっとグレモリー家にお世話になるわけにもいかないから、この一週間で鍛錬方法をある程度教わって、また修行に来るって感じになりそうだな。どうやら仙術も、朱芭さんとの修行のように年単位での習得になるだろう。そのことに肩を竦めながら、訓練の続きをしようとゆっくり立ち上がった。

 

 黒歌との仙術修行は、時に喧嘩しながら、時に揶揄いながら、時に笑いながら、みんなで白音ちゃんに癒されながら一歩ずつ進んでいく。こうして、新しい力を得るための俺達の修行は賑やかに始まったのであった。

 

 


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