えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 明けましておめでとうございます。今年もマイペースに無理せず頑張っていきたいと思うので、よろしくお願いします。次回でグレモリー編は終わって、次の展開に進んでいくことになると思います。


第百七十六話 管理者

 

 

 

「あっ、奏太さん。もしかして今、時間が空いていたりはしますか?」

「リアスちゃんにソーナちゃん? うん、今は空いているよ」

「よかった! じゃあ、一緒にお茶をしませんか? ソーナが今日、レヴィアタン様と一緒にシトリー領へ帰ってしまうから。それに、私も奏太さんとゆっくりお話する機会があんまりなかったと思うので」

「すみません。あの、ご迷惑でなければ…」

 

 客室で寛いでいると、控えめなノック音が部屋に響き渡る。訪れた来訪客を迎えると、そこには紅髪と黒髪の少女たちが立っていた。グレモリー家に訪れて、すでに数日は経っている。魔王様とメフィスト様の話し合いはまだ続いているけど、だいたいの方針は決まったらしい。そのため、外交担当で色々調整が大変なセラフォルー様から先に魔王業へ本格的に戻るようだ。

 

 黒歌との修行は午前に終わらせて、現在彼女はグレイフィアさんと一緒に仕事中である。白音ちゃんとリンは、ヴェネラナ様と一緒にグレモリー領の街へ買い物に行っている。俺も誘われたけど、女の子同士の買い物に男が付き合うのは非常に肩身が狭いので断っておいた。なお、ベオウルフさんは護衛で一緒についていくことになったようなので頑張ってほしい。あのヒト、ここぞで貧乏くじを引きやすい体質なんだろうなぁ…。

 

 さらに正臣さんも迎えに来たディハウザーさんに連れられて、ベリアル家の実家に挨拶へ行っている。ベリアル領はどんなところか気になるけど、さすがに「娘さんをください!」とご両親に挨拶へ行く友人の邪魔はできない。ディハウザーさん(心強い身内)もいるため大丈夫だろうけど、緊張でパニックになってないといいな。戦闘スイッチが入った状態の正臣さんなら、すごく頼もしいから戦場へ行く心づもりでいればワンチャンだろうか。そんな風に友人の幸せを願いながら、俺は部屋でのんびりと学校を休んでいた間のレポート作成を頑張っていたのだ。

 

「グレモリー領に関するレポートですか?」

「そうそう。せっかく冥界に来て、グレモリー領を直接見られたんだから、どんな風だったか感想みたいな感じで書いているんだ。グレイフィアさんから、色々資料もいただけたしね。冥界に直接行ける人間は少ないから、それだけで十分な評価をもらえるってメフィスト様にも言われたから」

 

 俺の通っている裏の学校では、理事長と担任の先生には俺が『変革者(イノベーター)』であることを話している。そのため、こういったレポートの点数もちゃんとつけてもらえるのだ。俺からの話にリアスちゃんは頷くと、おすすめのスポットやホットな事業についても教えてくれた。大変助かります。それから二人が持ってきてくれた茶菓子を受け取り、話ができるようにスペースを作っておいた。

 

「そういえば、ここは冥界でたくさんの悪魔に囲まれているのに、あまりに普通でいらっしゃるから忘れそうになりますけど、奏太さんって人間なんですよね…」

「そんなしみじみと言わなくても…」

 

 ソーナちゃんがポツリと呟いた言葉に、俺が種族関係なく馴染み過ぎているかもしれないことにそっと目を逸らした。彼女たちからすれば、一人の人間とここまで長く関わったことがなかっただろうしな。とりあえず俺は二人を椅子に座らせ、収納魔法で取り寄せた道具を用いて、朱芭さんから教わった茶道をせっかくなので披露しておく。さすがに西洋風の部屋で正座はできないので、なんちゃって茶道になるだろうけど。

 

 朱芭さんや朱璃さんほどのプロ級は無理だけど、仏教知識の修行の間に集中力を磨くためだと教わっておいてよかった。元々日本文化に興味を持っていたリアスちゃんは当然食いつき、ソーナちゃんも目をキラキラさせながら見てくれる。俺は点てたお茶を二人に配り、茶道の作法を一緒に実践すると二人は集中して取り組んでくれた。少し苦みがあるお茶に渋そうな顔をしながらも、全部飲んでくれて何よりである。

 

 

「お加減いかがですか?」

「ふぅ、大変美味しゅうございました」

「おっ、よく知っているね。お粗末さまでした」

「ふふっ、総司から教わっておいてよかったわ。私も日本へ行ったら、茶道を習ってみようかしら」

「……美味しゅうございました。そうね、いずれ日本に身を寄せるかもしれないから、その国の文化をきちんと体験して理解するのは大切なことだもの」

「……えっ、日本に身を寄せる?」

 

 さらっと二人の口から出てきた言葉に、思わず聞き返してしまった。驚きに目を見開く俺に、しまった! と口元を手で押さえる二人の姿。どうやらまだ外に言っちゃいけない内容だったらしい。しっかり者の二人にしては珍しい失敗だけど、それだけ仲が良くなったとも言えるし、気が緩んでしまっていたのだろう。

 

 それからお互いに身を寄せて「でも奏太さんなら大丈夫よ」やら、「日本でお世話になる時、現地人の協力も必要だわ」とか小声で話し合いを始め、ちらちらとこちらを見てくる。そんな様子に俺は肩を竦めると、小さく笑ってしまった。

 

「大丈夫、誰にも言わないよ。日本に二人が来るなら、日本人の俺や正臣さんの案内があった方がいいだろうしね。二人がこっちに来るなら大歓迎だよ」

「ありがとうございます。すみません、まだ本決定したわけではなく、数年は先のことですが…。魔王様達に相談されて、リアスや家族と話し合っている途中なんです」

「でも、ソーナだって行ってみたいって言っていたじゃない。私も人間界での暮らしや学校も気になるし、それに冥界の学校は『魔王の妹』としてでしか、周りは私を見てくれないもの…」

 

 俺が黙っておくと告げたことで、ホッとしたように息を吐くリアスちゃんたち。それにしても、まさか二人の日本行きをこの時期から考えているなんて…。しかも、魔王様達からの発案らしい。これってもしかしなくても、乳神様の件と絡んでいる政治的な理由だよな。下手なことは言えないため、俺は少し考えてから口を開いた。

 

「つまり、ちょっとした旅行とかじゃなくて、二人は日本に住んで生活するってこと?」

「このまま決まれば、そうなりますね。何でも領地経営を勉強する悪魔の子女・子息のために、人間界への留学制度があるみたいなんです。私とリアスは次期当主として勉強をしていますが、実際に経営に携われるのはずっと先のこと。それなら、今後のために家族の力を借りず、でも見守ってもらえる遠く離れた地で自分を磨けるチャンスではないかと」

「でも、色々と難しい土地みたいで、教会との提携協定も必要だったり、地元で活動する別の組織とのやり取りもあったり、地元民が認める新興宗教のようなものもあるみたいで…。未熟な悪魔の子女や子息が経営するには、とても困難な土地なんだそうです」

「えーと、その土地の名前って…」

「駒王町というらしいですよ」

 

 あぁー、やっぱりー。俺は引きつりそうになる頬をなんとか抑えた。原作では粛清によって曰く付きの土地になった駒王町が、別の意味でヤバい土地に変貌している。そりゃあ悪魔側からすれば、大事な貴族の子どもを預けるのに躊躇するわ。教会側から新しい管理者(生贄)をかなり催促されているみたいだけど、無茶言うなっ! という攻防を五年以上繰り広げているらしい。さすがに教会の協力者が心身ともにヤバそうなので、そろそろ何かしら手を打たないとまずい状態ではあったようだ。

 

 そんな時にもたらされたのが、駒王町に降臨したおっぱいの神様。異世界の精霊神、乳神様である。さすがに悪魔としてもこれを放置するわけにはいかず、尚且つしっかり管理して周囲に秘匿しなければならない存在。今後の異世界対策も考えれば、駒王町の重要度は当然跳ね上がるだろう。故に、魔王様達は重い腰を上げざるを得なくなってしまった。

 

 このまま魔王が直接土地の管理をし続けるのは不自然すぎるし、セラフォルー様は外交担当で今後さらに忙しくなる。下手に古き悪魔達にバレるわけにはいかないため、駒王町の管理者を自分たちの陣営で固める必要もあった。そのために目を付けたのが、身内であるリアスちゃんとソーナちゃんだった。魔王の妹である二人なら、古き悪魔達も混沌とした駒王町を経営することに納得するだろうし、魔王としても動きやすくなる。異世界のことは話せないだろうけど、安心して管理は任せられるというわけか。

 

「長年管理者がつけないような、大変な土地だと魔王様達には言われました。今はお姉さまが代理として仮の管理者をしていると伺っていますが、魔王業で忙しいお姉さまの負担を妹として少しでも減らしてあげたいのです」

「私も魔王の妹として、お兄さまのお役に立ちたいわ。それに異例だけど、管理者を複数配置することで問題に対処できるように配慮してくれるみたいなの。私とソーナ以外にも、もう一人か二人ぐらい声をかけるって言われたわね」

「一つの街の経営を、三、四人でってこと?」

 

 またもや新情報が出てきてしまった。しかも、こちらは完全に予想外である。原作ではリアスさんとソーナさんの二人で駒王町の全ての管理を行っていた。それなのに、そこからさらに人数が増え、しかも原作とは違って教会の協力もある。未熟な悪魔の子女・子息がしっかり街を監督できるように、外敵の存在を教会側が対処する仕組みがまだ残っているのだ。とんでもない厚い陣営である。

 

「すごく異例の措置よね。でも、留学生として学業も疎かにできないから、管理者としての役割を分けるみたいなの。敵対組織である教会に一網打尽にされないか心配はあるみたいだけど、悪魔の管理者を五年も切望していた背景もあるから、よっぽどのことがない限り安全だろうって」

「えぇ、むしろ駒王町の管理を早くやってほしいと望まれているので、悪魔を全力で教会側が守ってくれるだろうと。悪魔側も教会側も、よっぽど大変な土地だと重く受け止めているみたいです」

 

 原作の重要拠点が、誰から見ても完全な魔境扱いを受けている件。悪魔のトップ陣はもうすぐ停戦協定を結ぶからって思いもあるだろうけど、随分思い切った決断をしたものだ。それだけ駒王町の管理に、長年頭を悩ませていたんだろうけど。原作ではバアル大王自身が、駒王町の粛清事件を有耶無耶にしたいがために血族であり、魔王の妹であるリアスさんを推薦していた。ある意味で曰く付きになっている駒王町を魔王の陣営で固めることに、彼も反対はしないだろう。

 

 

「なるほどなぁ…。けど、他に駒王町の管理者に選ばれるヒトって誰なんだろうね。さすがに四大魔王の身内ばかりで固めるのは、万が一を考えて難しいだろうけど」

「うーん。たぶんだけど、シーちゃんになるんじゃないかなぁ…」

「シーちゃん?」

 

 リアスちゃんの口から零れた名前に、俺は首を傾げた。思わず言ってしまったらしい呼び方に、リアスちゃんは耳まで真っ赤にして「違うの違うの、言い間違えただけ!」とブンブンと首を横に振っている。ソーナちゃんが肩を竦めているけど、どうやら貴族令嬢としての礼節的な問題らしい。十歳ぐらいの女の子同士ならあだ名で呼び合うぐらい普通の感覚なんだけど、令嬢としてはNGなのかな。本人もうっかりのようなので、あんまり触れない方がよさそうかな。

 

「こほんっ、失礼しました。私が言いたかったのは、他の管理者にはシーグヴァイラ・アガレスが選ばれるのではないかということです」

「そのヒトって、確かアガレス大公家の…」

「はい、次期当主の姫です。私たちとは同年代ですし、魔王の代理人としての地位を持つ家。グレモリー家とシトリー家の次期当主である私たちと肩を並べて取り組むなら、それなりの家柄じゃないと周りがうるさいでしょうからね。魔王家との繋がりが私たちなら、政府との繋がりは彼女を中心に行うのではないかと」

「リアスの考えには私も同意見だけど、こればかりはわからないわ。彼女は彼女で忙しい立場でしょうし、人間界への留学を選択するかは…。私やリアスのように、人間界での暮らしに興味があるならいいのですけど」

「そうね、私もソーナも自分の意思で留学を選択しているもの。なら、魔王様達もシーグヴァイラの意思を尊重するでしょうね」

 

 さすがは貴族令嬢というべきか、このぐらいの年齢でしっかりと政治や爵位関係を把握しているらしい。それにしても、まさかここでシーグヴァイラ・アガレスさんの名前が出てくるとは思っていなかった。ソーナさんが真面目で模範的な優等生タイプなら、シーグヴァイラさんは厳格で怒らせたら怖そうなタイプの女性って感じだったな。けど、リアスちゃんやソーナちゃんの様子的に、それなりに仲は良さそうである。二人とも、彼女ならいいなって雰囲気が感じられた。

 

 確かにリアスちゃんやソーナちゃんと肩を並べるなら、同じ四大魔王の関係者か序列の高い家柄の純血種の悪魔になるだろう。しかし、序列関係で選ぶと人間を見下すような悪魔貴族特有の価値観を持つ者が選ばれる可能性もある。グレモリー家の皆さんや二人のように、人間である俺と当たり前のように接してくれる純血の悪魔の方が珍しいのだ。人間界への留学と考えれば、下手な人選は余計に選べないだろう。

 

「まぁ、今考えても仕方がないわよね。まだまだ先のことで、本決定したわけでもないもの。そもそも人間界へ留学するには特待生枠を確保しなくちゃいけないから、より一層の勉強を頑張らないといけないわ。どれだけ政治的な理由があろうとも、魔王様達もそこは譲らないと思うから」

「次期当主として恥ずかしい真似はできません。お姉さまに安心して任せてもらえるように、精進していくしかないですね」

「二人とも、本当にしっかりしているなぁ…。俺じゃあ、あんまり力になれないかもしれないけど、何か出来ることがあったら連絡してよ。それに、駒王町の前任者だった友達が協会にいるから、困ったことがあったら相談もできるしね」

 

 リアスちゃん達が駒王町の管理者になるかはまだわからないけど、前任者であるクレーリアさんの体験談はきっと為になるだろう。そう思って答えたら、二人は尊敬を籠めたような目で嬉しそうに顔を輝かせた。

 

「協会にいる前任者。それって悪魔の上層部がこれだけ気を使う土地を、たった一人で過去治めていた凄腕の管理者のことですよね! 駒王学園を卒業後はその功績から、魔法使いの協会への留学も認められたって有名だわ!」

「私もぜひご教授を願いたいものです。噂に聞くあの土地を何事もなく無難に経営できていたなんて、どれほどの手腕だったのかすごく気になります」

「えっ…。あぁー、はははっ……。えっと、クレーリアさんに今度相談してみるよ…」

『はいっ!』

 

 元気いっぱいに嬉しそうに笑う少女たちに、俺は心の中で友人に謝っておく。ごめん、俺から真実を伝えることなんてできないよぉ…。子どもの夢を壊すなんて無理だ。傍から見たら、クレーリアさんが敏腕管理者に見えても、全くおかしくない状況だもんなぁー。今の駒王町がヤバければヤバいほど、無難に経営出来てしまっていたクレーリアさんの評価が相対的に上がるのは当然である。実際に優秀だったらしいし、彼女たちの尊敬も受け止められると信じよう。

 

 

 

「はい、チェックメイトです」

「あぁー! またソーナに負けたっー!」

「惜しかったね、リアスちゃん。それにしても、強いなぁソーナちゃんは」

「ありがとうございます」

 

 駒王町のことは数年は先の話だし、まだちゃんと煮詰められてもいないので、話題を変えることも兼ねて二人と遊ぶことにした。だけど、二人は正真正銘のお嬢様であるため、俺が知っているような遊びはほとんど知らなかったのだ。さすがにテレビゲームに誘うのはダメかと思ったので、逆に二人がよくやっている遊びをすることになった。そうして選ばれたのが、悪魔にとってなじみの深いチェスだったわけだ。

 

 俺も時々アジュカ様と遊びでやるからルールは知っているけど、正直そこまで強くないと思う。今のところソーナちゃんが独走している。俺とリアスちゃんならそれなりに勝負にはなるけど、ソーナちゃんに一回も勝てないのは普通に悔しい。原作でもチェスというか、彼女が戦略(ストラテジー)戦術(タクティクス)ゲームが得意なのは知っていたけど。それでも一回ぐらいは勝ちたいよなー、と考えた俺はソーナちゃんに意見を出した。

 

「なぁ、ソーナちゃん。次のゲームは俺とリアスちゃんでタッグを組んでもいい?」

「奏太さんとリアスがですか?」

「うん、差すのはリアスちゃんだけど、隣で俺もアドバイスする。……どう?」

「それは、はい。構いませんけど…」

「よし、リアスちゃん。こっちに来て、作戦会議だ」

「えっ、はい。ソーナに勝てるかもしれないなら」

 

 さすがに負け越しで悔しかったのか、俺の言葉に素直に従ってくれるリアスちゃん。壁際に寄るとどうするのかと視線を向けられたので、俺は小声でひそひそと作戦を伝えることにした。

 

「リアスちゃんは俺が黒歌から仙術の修行を受けているのを知っていると思うけど、それを応用できないかなと思ってさ」

「仙術の応用ですか?」

「そうそう、俺は周囲のオーラを全部取り込んで、邪気のようなものを相棒に浄化してもらっているんだ。それでさ――」

 

 ソーナちゃんが普通に強いのもあるけど、表情に出さずに淡々と差すことができるのも彼女の強みの一つである。リアスちゃんもなかなか強いのだが、表情に出てしまうのと、焦ると見通しが甘くなる癖があった。ちょっとした思い付きだが、感情や意思がある相手ならどれだけ表情を消しても、無意識に発してしまうものを完全に隠すことは難しいだろう。

 

 なお、俺の神器の能力は、黒歌との修行が始まったあたりで、リアスちゃん達にはすでに伝えている。自身がもつ滅びの魔力と似たような能力であったことに驚いていたけど、本質的にはベリアル家の『無価値』の能力に近いんだよな。ただ弟弟子の力が、姉弟子の自分と似ているのが嬉しそうだったので、余計なことは言わないでおいた。

 

「うーん、ここは…」

 

 最初の内は何も干渉することなく、リアスちゃんとソーナちゃんの差し合いが行われた。お互いに譲らない攻防で、どちらかというとリアスちゃんの方がやや優勢だ。彼女の表情から、勝負を仕掛けるべきか悩んでいるのがわかる。そうして一考したリアスちゃんが、フォークを仕掛けようと黒の『女王(クイーン)』へ手を伸ばそうとして――

 

「リアスちゃん、やめておいた方がいい」

「えっ」

「……わかったわ。もう少し考えます」

 

 俺からの言葉に伸ばしかけた手を止め、『女王(クイーン)』を動かした場合の流れを改めて考えだしたようだ。少しするとハッと目を見開き、ごくんと唾を飲む。それから俺の方へペコリと頭を下げると、『僧侶(ビショップ)』を動かして駒の死角から仕掛けようとしていた白の『騎士(ナイト)』へピンを差す。そこではっきりとソーナちゃんの雰囲気が硬くなったのが感じられた。

 

 それからも攻防が続き、二、三回ほど俺も口を挟みながら、二人の熱戦を眺めていく。リアスちゃんの駒の守りを外そうと仕掛けてきたり、バッテリーを組まれて冷や冷やしたりしながらも、しっかりと守りを固めながらこちらもデコイを仕掛けていた。お互いに長考が増え、この試合だけで一時間は経ちそうになった頃、ようやく決着がついた。

 

 

「――チェックメイトよ!」

「……負けました」

「はぁぁー…、ソーナ強すぎよ。奏太さんと二人掛かりで、しかもミスを拾わないと勝てないなんて。本当に疲れたわ…」

「それを言うなら、こちらが仕掛けた手を(ことごと)く潰される身にもなってほしいものです。最後のミスは素直に悔しいですが」

 

 本当に悔しそうに涙目になるソーナちゃんに、さすがに大人げなかったかと反省する。リアスちゃんも俺も容赦なく攻めにかかったもんな。疲れ切った少女達に冷蔵庫からジュースを取り出して持って行くと、お礼を言いながら受け取ってくれた。緊張で喉が渇いていたようで、二人ともゴクゴクと勢いよく飲み干していた。

 

「ふぅ…。勝てたのは嬉しいけど、私は奏太さんのアドバイスがなかったら、三回ぐらいチェックメイトをされていた盤面があったのよね。私が勝てたのは、奏太さんのおかげかな」

「いやいや、あそこで『(キング)』を前に動かしたのは英断だったと思うよ。俺だと尻込みしていただろうし、アレがなかったら負けていたと思う」

「私もあそこは虚を()かれたわ。リアスって、時々こちらの予想を越える手を差して来るから油断できないのよね」

「えっ、あっ、そうなの…? なんだか照れるわね」

 

 ゲームの感想戦に入ると、しょぼんとしていたリアスちゃんは俺とソーナちゃんの称賛に謙遜するように頬を赤く染める。実際、ゲームを見ているとリアスちゃんのここぞで仕掛ける胆力はすごかった。それを冷静に対処するソーナちゃんもさすがだったな。

 

 俺は遊びで覚えた程度だけど、二人は貴族の嗜みとしてのチェスなので本気度がやっぱり違う。小学生でこれだけ強いなら、数年後はもう俺だと相手にもならないかもしれない。それはそれで思うところがあるので、アジュカ様にちょっと鍛えてもらおう…。

 

「それにしても、奏太さんはどうして私が仕掛けるタイミングがわかったのですか? リアスが駒を動かす直前に、いつも気づかれていたようですが」

「正確には、ソーナちゃんがどんな罠を張っていたのかはわかっていなかったよ。だけど、ソーナちゃんが何かしら仕掛けてくる――悪だくみをしていることをキミのオーラから感じ取っただけだから」

「私のオーラを?」

「ほら、奏太さんは黒歌から仙術を習っているでしょ。それで、奏太さんは周囲にあるオーラを全部吸い込んでは吐き出しているらしいの。だからこの部屋にあるオーラをまずは全部吸い込んで悪いものを浄化した後、ソーナが無意識に出したオーラだけを集中して集めたみたいよ」

「……つまり、私の感情の発露。計略を考えたことで発したオーラを敏感に感じ取って、警告を発していたということ?」

 

 呆然と俺が行ったアドバイスの内容を知り、ソーナちゃんは目を大きく見開いていた。彼女のように表情や感情を隠せる相手ほど、オーラという目に見えず感じられないものを測りに使われたのは想定外だっただろう。普段のオーラが静かであればあるほど、ここぞで無意識に発露するオーラは逆に分かりやすい。感情表現が豊かな相手だと、様々なオーラが流れてくるので逆に使いづらい手なんだけどね。

 

 特定のオーラだけを感知するやり方は、一応黒歌から教わっていた。今回は部屋という密室空間で、人数も少なかったのでソーナちゃんが発するオーラだけを感じ取るのにそれほど難しくはなかった。ただ今の俺だとかなりの集中力がいるので、チェスをしながら行うのは無理だった。だから今回は、リアスちゃんに対戦相手をお願いして、俺はソーナちゃんが仕掛けてくる罠の感知だけに集中したわけである。

 

 相棒に頼んで、俺の感知能力でソーナちゃんから計略のオーラを感じたら知らせてもらう。俺が吸い込んだ邪気を消滅してくれているのは相棒だしな。あと、俺の神器の能力の一つに、消したものから情報を抜き取ることができる力がある。そのため、感じた邪気を判別することも一応できるというわけだ。

 

「仙術はそんなこともできるのですか…」

「邪気は危険なものだって黒歌は言っていたけど、やり方次第では色々できそうだと思ってさ」

 

 ただ黒歌曰く、俺は吸い込んだオーラのうち邪気だけきれいに消してしまっているから、それ関連の術は使えないって言われちゃったのが本当に残念なんだよな。状態異常技は相棒の異能で応用できるけど、槍を刺さないと発動できないので、範囲攻撃ができるのが黒歌の使う術の強みである。あと、隠密性も高いしな。

 

「そういえば、奏太さんはどうやって仙術が使えるようになったのですか?」

「えーと、リンたちとかくれんぼをしていた時に思いついたのが最初かな。あの時は周囲にある自然のオーラだけを排除することで、残ったドラゴンのオーラだけを感知できるようにして――」

 

 そこまで言いかけて、俺はふと言葉を止めた。そうだ、俺の仙術もどきはそうやって発現したのである。タンニーンさんが最初に考えていた、自然のオーラとの一体化をぶっ飛ばして、むしろ排除方面に突き進んだ結果が仙術もどきだったわけだ。そして、黒歌から教わった俺の仙術もどきの状態を考えれば――

 

 

「あれ、ちょっと待てよ」

「奏太さん?」

「俺が邪気を使った術が使えないのは、吸い込んだオーラから『悪いものだけを排除』してしまうからだよな。じゃあ逆に考えれば、吸い込んだオーラから『良いものだけを排除』するようにすれば、結果的に邪気だけを残すことができるんじゃないか?」

「えっ、えーと、そうなるのでしょうか?」

「でも、それって危険なのでは…」

「今黒歌から、取り込んだオーラを留め置いたり、放出したり、身体に纏ったりする技術を教わっているから、それができるようになれば、直接邪気を吸い込む危険性はだいぶ減らせるはずだと思うんだ」

 

 俺の思い付きにリアスちゃんとソーナちゃんがポカンとしているけど、無理だと言われた便利技が使えるようになるかもしれないのである。これは試してみる価値があるんじゃないか。もし俺の思い付きが可能なら、黒歌に邪気を使った術も教えてもらえるかもしれない。よーし、これはテンションが上がってきたなっ!

 

「ありがとう、リアスちゃん、ソーナちゃん。なんか二人と話をしていたら、すごくいいアイデアが浮かんだよ!」

「えっと、よかったです?」

「うん、後で黒歌に報告しにいくよ。これで仙術の幅をさらに広げられるかもしれないし、黒歌も喜んでくれるかなぁー」

『…………』

 

 あれ、なんだか乾いたような笑みを浮かべられた気がするけど、気の所為だろうか。

 

 

 その後、意気揚々と黒歌に報告へ行ったら、無言でお腹を押さえられてしまった。傍にいたアジュカ様が優しい表情で「ようこそ、倉本奏太くんの初心者(ビギナー)ランクへ。今後も必要になるだろうから、良い薬の店を紹介しよう」と爽やかな声音で話をしていた。弟子の扱いがひどいと思いました。

 

 


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