えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十八話 挑戦

 

 

 

「それでね、グレモリー家には朱乃ちゃんと同じ年の女の子がいたんだよ」

「確か魔王様の妹さんなんですよね。私と同じ年だったんだ」

「そうそう。真面目でちょっとおっちょこちょいなところがあるけど、甥っ子の面倒もしっかり見る優しい女の子だったんだ」

「ふふっ、悪魔の貴族って怖いイメージがあったけど、優しい子なんだね」

 

 陵空地域から少し離れた大きめの駅で、俺は姫島朱乃ちゃんと一緒にベンチに座っておしゃべりをしていた。一週間という短い期間でありながらも、様々なことがあったグレモリー家。メインヒロイン達や四大魔王様達との邂逅、仙術についても本格的に学ぶことができたし、大変有意義な時間を過ごせたと思う。それに異世界について、悪魔と堕天使に伝えることができたので、残すは天使だけとなっていた。

 

 葉が散って秋が過ぎ、もうすっかり肌寒さを感じさせる時期になった頃。冥界から人間界へ帰国した俺は、溜まっていた『変革者(イノベーター)』としての仕事を終わらせ、無事にレポートも学校に出すことができた。メフィスト様たちの準備が終わり次第、本格的に神器症の治療へと移行することになるので、それまでは英気を養っておくように言われている。ここでさらにうっかりをやらかして、爆弾追加はダメだと思うので俺もきちんと大人しくしておきますよ。

 

 朱乃ちゃんは黒髪のポニーテールを揺らし、冬用のファーコートを着込んで、すっかりオシャレな女の子になっている。子どもの成長は早いっていうけど、『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』で過ごす時間は朱乃ちゃんにとっても色々と刺激になっているようだ。あと、ヴァーくんのカッコいい洋服選びにもよく付き合ってあげているようで、自然と覚えていったと前に聞いたかもしれない。

 

「ほら、この紅髪の子がリアスちゃんとミリキャスくんで、こっちの黒髪が仙術の師匠になった黒歌。そんでリンを抱っこしているのが、黒歌の妹の白音ちゃんだよ」

「うわぁー、すごく賑やかそう!」

「ついでに、こっちが四大魔王様と撮った集合写真ね」

「兄さま、相変わらずスゴイ人脈をさらっと出すよね…」

 

 あっ、そういえば朱乃ちゃん達には、仙術の修行と正臣さんの試験のために冥界へ行くとしか言ってなかったか。魔王様達は『偶然』グレモリー家に集まったという流れだから、元々会談をすることを知っていたヒトは少ない。別に魔王の動向は調べればわかることで、特に隠していないから大丈夫だろうけど。それでも、ちょっと冥界に行ったら、悪魔のトップ陣全員と記念撮影しているとは思わないわな。

 

 もう見せちゃった後なので、そのまま携帯の画像を進めていく。ソーナちゃんに抱き着くセラフォルー様や、俺と白音ちゃんとリンとアジュカ様でパーティーゲームをしている様子。今後の仕事量を前に死んだように倒れ伏すファルビウム様や、奥さんと妹さんにテンションMaxなサーゼクス様も見せておくと、だんだんと悪魔のトップ陣への警戒も薄れていったようだ。

 

「悪魔と堕天使は敵対しているって授業で習っていたけど、何だか私たちとそんなに変わらないんだね。こうやって笑って、みんなで楽しんで、大切なヒトと幸せに過ごしている。こんな風に羽や翼が見えなかったら、種族とかってあんまり気にならなくなるから余計に」

「そうだね。まぁ、悪魔にも堕天使にも悪いヒトはいるけど、良いヒトもいる。そのぐらいの認識でいいんじゃないかな。俺だって相手が友好的なら仲良くなろうと思うけど、敵意が感じられたら警戒する。そんなもんだよ」

「そんなもん、か…」

 

 朱乃ちゃんは俺の携帯画面に映る写真を眺めながら、ポツリと小さく呟く。人間の母と堕天使の父をもつ彼女は、幼少期にその異形の血によって起こる危険を知った。悪い天使の血を引くからと姫島家から目の敵にされていた過去。今は姫島との取引によって条件付きの自由を得られたけど、彼女に向けられる視線が変わるのは難しい。それでも、その血と力と向き合って、生きていくしかないのだから。

 

「リアスさんって私と同じ年で、奏太兄さまとも仲良しなんだよね」

「えっ、うん。そうだね、短い間だったけど仲良くなれたと思うよ」

「……兄さまと仲良くなれる子なら、私と友達になってくれたりするのかな」

「朱乃ちゃん…」

「ううん、何でもない。私は堕天使の子で、この子は悪魔だもん。それはどうしようもないことだって、わかっているから」

 

 リアス・グレモリーと姫島朱乃は、本来の正史では肩を並べ合う親友同士で、王と女王の関係にあった。しかし、堕天使の組織に正式に所属し、雷光の娘として歩む現在の朱乃ちゃんとの接点は何もない。何も後ろ盾がなかった原作と違い、魔王の妹として堕天使幹部の娘を警戒しない方がおかしいだろう。そうなるってわかっていたことだけど、彼女の言葉から改めてその違いを感じてしまった。

 

 

「区別の線引きって、簡単なようで難しいことだね」

「……そうだね」

「私ね、もっと自分の世界を広げたいなって思う時があるけど、それで周りから怖がられたらどうしようって思う時もあるの。父さまとお揃いの黒い翼は好きだけど、それが嫌いってヒトもいる。それはわかっていることだけど、それが理由で私のことが嫌いって言われたらやっぱり悲しい。傷つくことが怖いって、どうしても思っちゃうの」

 

 がやがやと流れていく人通りを前に、か細く寂しそうな声音が耳を通る。彼女はずっと両親によって作られた小さな世界で暮らしてきた。そして、その世界から抜け出したことで、少しずつ外へと目を向けるようになった。それによって、自分が周りからどう見られるかを考えるようになったのだろう。そんな朱乃ちゃんの悩みに成長を感じながら、俺は自分にできるアドバイスを送ろうと口を開いた。

 

「嫌われたり、傷ついたりするのが怖いって思うのは当然だよ。特に朱乃ちゃんの悩みは、相手側の感情によって左右されるもので、しかも朱乃ちゃん自身ではどうすることもできない出生による理不尽なものだからね」

「うん…」

「朱乃ちゃんが頑張ってどうにかなるものでもなければ、我慢して慣れろなんて無責任なことも言えない。……ヴァーくんぐらいまったく気にしないというか、あそこまで開き直れたら最強だけど、それは朱乃ちゃんには難しいだろう?」

「そ、そうだね。ヴァーリくんって、ある意味ですごいよね…」

 

 自分と同じように悪魔と人間のハーフである弟を思い出したのか、硬かった朱乃ちゃんの表情に乾いた笑みが浮かぶ。ヴァーくんの場合は、朱乃ちゃん以上に複雑な事情を持っているんだけど、魔王ルシファーの血統と神滅具を宿してくれた人間の血に一切の引け目を持っていない。というか、自分を高めることに集中し過ぎて、周りの目なんて全く気にしていないから、別の意味で心配にはなってくるんだけどね…。

 

 とにかく朱乃ちゃんの性格的に、相手からの「嫌いの感情」に反発して、同じように感情を返すのは難しいだろう。優しすぎるが故に、相手を傷つけないように考えてしまう。でも、自分の傷が深くなることに怯えが生まれ、他者と接することに恐怖心も芽生えてしまう。もう少し大人になれば、そういった感情のコントロールができるようになると思うけど、彼女はまだまだ子どもである。それなら、対処はわかりやすく目に見える方が安心だろう。

 

「そういうヒトもいるって認めることは、朱乃ちゃんには必要だと思う。だけど、朱乃ちゃんがそういうヒト達の思いをわざわざ受け入れてやる必要はないんだよ」

「……じゃあ、どうしたらいいの?」

「大丈夫。相手が理不尽なものを朱乃ちゃんに突き付けてくるなら、こっちも同等の理不尽をぶつけてきちんとわかってもらえばいいだけなんだから」

「えっ?」

 

 俺の回答にきょとんとする朱乃ちゃん。そこまで言い切ると、俺は自身の感知に引っかかっていたオーラの持ち主に目を向け、二ッと笑みを浮かべた。

 

 

「なっ、朱雀(すざく)?」

「その通りよ、朱乃。でも対処が甘いわ、奏太。私の可愛い朱乃を理不尽に傷つけるような愚か者に、同等程度の報復で許されるとでも? とりあえず燃やすことは決定事項で、次期当主の権限が届く範囲で政治的に捻じ伏せるぐらいしなくてはいけないわ」

「容赦ないな…。俺は金と人脈と魔法少女で圧力をかけるぐらいしかできないだろうけど。でも、俺と朱雀の妹が、どれだけ良い子なのかをわかってもらうためには仕方がないよな」

「そうね、話し合いで平和的に解決できるのが一番でしょうけど、難しいなら仕方がないわ。誠心誠意全力をもって捻り潰しましょう」

 

 さすがは朱雀、俺と同じような意見で安心した。相変わらずの隠すことなき、堂々としたシスコンの鑑である。朱乃ちゃんはびっくりした表情を朱雀へ向け、さっきまでの悩みを聞かれていたことに気づいてあわあわしていた。俺は朱雀がいることを知っていたけど、朱乃ちゃんの様子から空気を読んで待ってくれていたので、タイミングを見て呼んだだけなんだけどね。地味に一般人の意識を外す結界も張ってくれていたし。

 

 姫島家の次期当主である姫島朱雀は、朱乃ちゃんと従姉妹の関係にあたる。艶やかな黒髪を朱乃ちゃんと同様にポニーテールにしていて、並ぶと姉妹にしか見えないぐらいよく似ているのだ。そして、あのサーゼクス様やセラフォルー様ですらある程度公私を分けるのに、妹のためなら公私混同をやりかねないレベルで行動するのが姫島朱雀である。本当にブレないな、このシスコン…。俺も人のことは言えんが。

 

「あの、兄さま、姉さま…。わ、私のことでそんなっ……」

「朱乃、あなたが気にすることはないわ。あなたを傷つけるということは、私たちに喧嘩を売ったも同然なのだから。ふふっ、姉さまに全て任せなさい」

「因果応報――仏教の教えでも、『業と輪廻』というものは巡るものなんだよ。それに堕天使云々の前に、朱乃ちゃんは俺達の妹なんだからね」

 

 朱雀が諭すように朱乃ちゃんの肩へ優しく手を置き、俺も笑顔で理由を追加しておく。感性や好き嫌いは人それぞれだけど、それを相手に強要したり、押し付けたりするのは違うだろう。態度に表すのだって立派な意思表示で、自分の気持ちを押し付ける行為だ。一方的に押し付けられた側が、助けを求めたって何もおかしくはない。朱乃ちゃんのあわわが、何故かもっと強くなった気がするけど。

 

「でも、その…。自分の力で解決しないで、兄さまや姉さまに頼るのは…」

「朱乃自身の努力で解決できることなら、私たちだって見守るわ。でも、黒い翼は朱乃を象徴する大切なもの。本人ではどうすることもできないことで品格を堕とそうとするなんて、それは恥であることを相手に教えてあげるのも一つの優しさなのよ。わかった、朱乃?」

「は、はい…」

 

 こういう時の朱雀の押しの強さは、正論&相手の為になるように言ってくるから、いつの間にかこっちが丸め込まれているんだよね。おれ、こいつに口で勝てる気がしないわ。朱乃ちゃんが言っていることもわかるんだけど、俺と朱雀という兄と姉をもってしまった運命だと思って受け入れてもらうしかない。実際、朱乃ちゃんにひどいことを言うヤツがいたら、確実に周囲が黙っていないだろうしね。

 

「えっと、ありがとうございます。色々びっくりしたけど、ちょっと勇気が持てた気がします」

「誰かに何かを言われた訳じゃないのね?」

「うん、私が勝手に怖がっていただけ。でも、兄さまと姉さまがあんまりにも頼もしすぎるというか、私にひどいことを言ってしまうかもしれないヒトの方が心配になってきたら、何だか怖がっている方が申し訳なく感じてしまって…」

 

 あれ、おかしいな。ここは兄と姉の頼もしさに感動する流れじゃないの? 朱雀も微妙に小首を傾げているけど、まぁ朱乃ちゃんが吹っ切れたのならよかったのかな。「これからは心も強くなって、兄さまと姉さまが暴走しないように頑張ります!」と決意を新たに表明する朱乃ちゃん。兄としては嬉しくもあり寂しくもあるけど、こうやって子どもは一つひとつ成長して乗り越えていくんだね…。

 

 

「そうです、挨拶が遅れました。朱雀姉さま、お会いできて嬉しいです!」

「えぇ、私も会えて嬉しいわ、朱乃。電話で話はしていたけど、こうやって直接会うのは久しぶりだものね」

「はいっ!」

 

 さて、俺と朱乃ちゃんがわざわざ駅で待っていたのは、姫島本家から休暇をもぎ取ってきた朱雀の出迎えのためであった。正式な次期当主に任命されてからの朱雀は、自身の足場を固めるためにも自由に動ける時間はほとんどなくなっていた。一日でも早く姫島を掌握して、朱璃さんと朱乃ちゃんを家に受け入れさせ、鳶雄の安全を確保するんだと張り切っている。俺もこうして直接会うのは春以来なので、二人のハグシーンも久しぶりに見たな。

 

 毎年五大宗家の冬は、新年の祝い事や行事が春まで目白押しらしいので、佳境期に入る前のこの時期にせめて顔は見せておきたかったらしい。朱璃さんと朱乃ちゃんに会いに来たのもあるけど、朱芭さんと鳶雄にも挨拶をしたかったようだ。特に朱芭さんとは、おそらく朱雀にとってこれが最後の交流になるだろうからと。それなりに無理をして、時間をつくってきたみたいだ。

 

「そして、奏太は相変わらずのようね」

「久しぶりなのに、そっちも相変わらず辛辣だな。まぁ、元気にしているようでよかったよ」

「あなたもね」

 

 朱雀が俺の方へ視線を向けたので、お互いに短い挨拶は交わしておく。そっけないかもしれないが、俺達のやり取りなんていつもこんな感じだしな。顔を見たら、だいたい問題なさそうなのがわかるし。それに話があるなら、後で向こうからタイミングを見て振ってくれるだろう。

 

「それで、まずは幾瀬家に行くんだろ。その後、今朱乃ちゃんが住んでいるマンションにお邪魔するんだっけ?」

「そのつもりよ。一日しか時間が取れなかったから、忙しない日程なのが残念だけどね」

「そういえば、兄さまはどうするの? 鳶雄兄さまに顔は見せる?」

「朱芭さんには挨拶しておくけど、鳶雄には会わないでおくよ。外国にいるはずの先輩が休日とはいえ、日本にいるのは不審に思われるだろうしな」

 

 そこは裏関係者として、配慮しておくことだろう。朱雀が来れる日が今日しかなかったから俺も来たんだけど、さすがに表の住人からしたら変に思うしな。現に家族には、今俺が日本にいることを伝えていない。受験生の鳶雄は、休日の午前中は受験勉強のためにゼミの講習を受けに行っている。朱璃さんは先に幾瀬家へ行って、お昼ご飯を作ってもらっているので、俺達で朱雀を迎えに来たのだ。さすがにお年寄りに六人分の食事を作ってもらうのは、申し訳ないしな。

 

 鳶雄が帰ってくるまでは幾瀬家へお邪魔して、その後はヴァーくんのところで時間を潰したら、朱雀たちを連れて堕天使が管理するマンションへ案内することになる予定だ。朱雀も朱乃ちゃんが弟のように可愛がっているヴァーくんに興味を持っているようだったし、先生からも日本の重鎮である姫島家の次期当主に今後のことで話したいことがあるらしい。羅列して思うけど、なかなか盛り沢山な一日だと思った。

 

「ところで朱雀。霊獣朱雀って今日は呼べるのか?」

「呼ぶことはできるけど、それがどうしたの?」

「いや、今日は最高級の神酒(みき)を用意しておいたからさ。これでモフらせてくれないか交渉をしたいなぁーと…」

「あなた、まだ諦めていなかったのね…」

 

 お菓子では神様と交渉できないとわかったから、今日の日のために用意しておいた秘蔵の逸品である。俺は自分のやりたいことのためなら、結構努力は惜しまないからな。そんな俺と朱雀の会話に朱乃ちゃんはくすくすと笑みを浮かべると、俺と朱雀の間に立ってギュッと手を繋いだ。

 

 三つの影が仲良く並ぶ様子にご満悦な妹。そんな朱乃ちゃんに、俺達も仕方がないなと肩を竦め、そのまま三人並んで幾瀬家へと向かったのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「霊獣朱雀様っ! 今日は最高級の神酒を用意させてもらいました! どうかあなた様をモフ……お召し上がりください! それで気に入ってくれたら、俺のお願いを叶えてくださいッ!」

《…………》

「すごいわ、姫島家の神様が奏太さんの勢いにたじろいでいる…」

「姫島の人間は、ここまで堂々とやらないものね」

 

 朱芭さんと朱璃さんが待つ幾瀬家に帰宅して、数刻後。朱雀に頭を下げて呼んでもらった霊獣朱雀様に座布団を用意し、三方(さんぽう)を並べ、その上に酒の入った水器を置いた。土下座の勢いで頭を下げているんだけど、目をくりくりとして俺を見つめるだけ。どうやら霊獣朱雀様は、この程度ではまだまだお気に召さないらしい。さすがは神様、これが気高き精神ってやつか。

 

「クッ…、わかりました。お酒だけで交渉など、自分はそんなに安い存在ではないという意思表示ですね。そういうこともあろうかと、お酒以外にも神饌(しんせん)はちゃんと用意させてもらっています! こちらも最高級のものを取りそろえさせてもらいました、水に塩に果物に野菜に、……サーモンキングさんたちが採ってきてくれた新鮮ピチピチの真鯛ですっ! さぁ、どうでしょうか!?」

《…………》

「朱雀姉さま、炎の鳥さんがすごく困ったようにこっちを見ています」

「神様が人間に助けを求めるって、よっぽどの事態よね…」

「……さすがにちょっと行ってくるわ」

 

 さらに巨大かつお節なんかも出そうとしたところで、朱雀にチョップを食らいました。神様に無理強いはしちゃだめだよね。すまん、興奮してつい…。とりあえず食材が勿体ないので、いくつかは冷蔵庫の中に入れ、真鯛は朱璃さんが新鮮な内にそのまま調理してくれることになった。家に帰ったら何故か食材に溢れている幾瀬家に、後で鳶雄が困惑しそうだけど。

 

 結局霊獣朱雀様は、俺が用意した神酒だけを(つつ)いてくれました。前回の全敗に比べれば、供物を受け取ってくれただけでも嬉しかったのでよかったと思おう。朱乃ちゃんは姫島家の神様を見るのは初めてだからか、興味深そうに距離を取って見つめている。霊獣様もチラッと朱乃ちゃんへ視線を向けたけど、それだけで特に何も気にしていないようだ。

 

 姫島の血筋を持つ、堕天使の子ども。姫島の神様に敵意を向けられたらと心配していたようだけど、そういう感じは全くないな。メフィスト様も言っていたけど、基本神様は自分の領域に踏み込まれなければ無関心なことが多いって言っていた。過剰に反応するのは、たいてい祀る側にあるって。ちょびちょびと神酒を飲むだけの霊獣朱雀に、朱乃ちゃんもホッとしたように肩の力を抜いていた。

 

 

「まったく、あなたが来ると毎回いろいろな意味で賑やかになるわね…」

「朱芭さんもお変わりないようでよかったです。……体調の方は大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫。自分のことは自分がよくわかっているわ。でも、後で診察をお願いしてもいいかしら。鳶雄には、まだまだ元気な姿を見せておいてあげたいから」

「わかりました」

 

 一ヶ月に一回ぐらい、鳶雄が留守の時に幾瀬家の様子は見に来ていたけど、やはり朱芭さんのオーラが少しずつ小さくなっていっているのを感じる。最近はほとんどの家事を鳶雄と朱璃さんが行っているようで、朱芭さんに休んでもらっていることも多いらしい。朱乃ちゃんは経験豊富な朱芭さんから話を聞くのが楽しいらしく、よく話し相手になってくれているとも聞いた。朱乃ちゃんは「鬼」との相性が良いので、そういった技術や知識も教えてもらっているそうだ。

 

「お久しぶりでございます、朱芭様。私のために時間を取っていただき、感謝いたします」

「いいのよ、朱雀ちゃん。私こそ、あなたに無茶なお願いをしてしまったのですもの。それに、私もあなたと話しておきたいことが色々あるわ。……きっと、これが最後になるでしょうから」

「はい」

 

 深々と頭を下げる朱雀に、朱芭さんは優しく微笑んでみせる。朱芭さんの最後の言葉はひっそりと伝えられたため、近くにいた俺と朱雀にしか聞こえていなかっただろう。朱璃さんはおそらく予感はしているだろうけど、朱乃ちゃんはまだ子どもだ。そのあたりは最後の時まで、気づかせないようにしてあげたいのだろう。

 

 俺は和室の方へ朱芭さんと移動すると、相棒を片手に呼びだしてオーラを使ったスキャンを始めていく。これでも医療に携わって、数年は経験しているからな。患者の健康状態を見るぐらいなら、オーラや魂の状態も見れる分、より正確に把握できた。朱芭さんとしても表の医者に見せに行くのは大変だし、毎回誰かに付き添いをお願いするのは申し訳ない。そのへん、俺は彼女の弟子なので遠慮なくこき使えるという訳らしい。別に俺も心配だから、診察ぐらい構わないけどね。

 

「はい、少し右足の方のオーラが悪そうだったので、溜まっていたものを消しておきましたよ。あと左足に紫斑が出来ていたので、血液の流れとかも見ておきましたけど、最近どこかでぶつけました?」

「おそらく、お風呂の時に滑っちゃった時のものね。すぐに冷やしておいたのだけど」

「気を付けてくださいよ、本当に。足の方は澱みが溜まりやすいので、庭に出て良いオーラを巡らせるようにしてくださいね」

「ふふっ、わかったわ。それにしても、すっかり診察が板についたわね」

「朱芭さんの修行のおかげですよ」

 

 実際の治療は『変革者(イノベーター)』としての仕事による経験だけど、朱芭さんから教わった魂や人体に宿るものについての知識がなかったら、診察や治療もここまでスムーズにはいかなかっただろう。朱芭さんに紫斑のある左足を見せてもらい、相棒の異能で治療を行っていく。そして、同時に彼女の魂を探ると、やはり前回よりもその輝きが小さくなっているのをまざまざと感じてしまった。

 

「……朱芭さん」

「えぇ、私の天命はおそらくもう少しでしょうね。この冬を越える頃に、きっと…。だから、それまではせめて元気な姿であの子たちの前にいたいの。そのためなら、頑張れるわ」

「はい…。正月には実家に帰りたいと思うので、その時はみんなで初詣に行きましょう。俺が一緒なら、何かあってもすぐに対応できますので」

「あら、それは頼もしいわ。それじゃあ、その時はお願いするわね。鳶雄たちと外に行くのは、久しぶりで楽しみだわ」

 

 ふわりと笑う朱芭さんに、俺も小さく笑い返した。彼女は自分の天命に、一切後悔なんてしていない。最後の最後まで、自分らしく自分の道を歩き続ける覚悟を決めている。なら、弟子の俺にできるのは、そんな師匠の思いに応えることだけだ。俺は朱芭さんを支えながら再びリビングに戻ると、今度は朱雀から話を切り出した。

 

 

「朱芭様、以前頼まれていた物が完成したのでお持ちしましたが、何分…その……私もこれでいいのか自信がなくて」

「まぁ、例の物が完成したのね。本当にお疲れ様、朱雀ちゃん。大丈夫、アレを自信満々で提出される方が精神的に心配になるからそれでいいのよ」

「はい、ありがとうございます」

 

 深く頭を下げる朱雀を労わる様に、朱芭さんは優しく背中を撫でている。そんな二人のやり取りに「?」を浮かべる俺と姫島親子だったが、朱雀が手元から何やら仰々しい重箱を取り出してきたことに目を瞬かせる。意を決して朱雀が箱を開けると、そこには美しい金の菊の刺繍が施された、青碧(せいへき)色の経典のような本だった。

 

 決して分厚くないが薄いわけでもない、見事としか言えないものだ。どうやら金具のようなものは一切取り付けられていないようだけど、その分細かな職人の技が光っているというか、朱雀の達筆と合わさって素晴らしい仕上がりだと言える。それなりに経典を見てきたからわかるけど、かなりお金をかけていそうだな。

 

「まぁまぁ、こんなに素晴らしいものを…。私から頼んだことだけど、お金は大丈夫だったの?」

「はい、お母様が腕の良い職人との伝手がありまして、朱芭様から頂けた分だけで足りました。どうぞ手に取って、見ていただければと」

「えぇ、もちろんよ。もう暗記できるぐらい読み慣れていたものだけど、こうして見栄えをよくすると、なんだか別のものを読んでいる気分になるわね」

 

 慎重に重箱から書を取り出すと、どうやら梵字で書かれているらしく、朱乃ちゃんや朱璃さんは読めないため首を傾げている。何でも朱芭さんが梵字の翻訳を先に朱雀に渡していたらしく、彼女がそれを見ながら書き上げたようだ。神道を祀る姫島家の姫が、仏教で主に使われる悉曇(しったん)文字を使うことなんて本来ありえないからな。

 

 それにしても、豪華な造りをした朱雀お手製の梵字の本。俺は気づいてしまった心当たりに、思わず頬が引きつってしまう。まさかという気持ちを抱きながら、俺はおずおずと二人に向かって質問をした。

 

「あの、すみません。それってまさかだと思いますが、前に朱芭さんから俺経由で朱雀に頼んだものじゃ…」

「当然でしょ?」

「えぇ、そうよ」

 

 あっさりと二人に肯定されてしまった。表情が固まった俺に首を傾げた朱乃ちゃんが、代表して手をあげた。

 

「あの、姉さま。その本はいったい何なのですか?」

「奏太の取り扱い説明書(本気版)よ」

「あ、あらあら…」

 

 真顔で答えを言った朱雀に、朱璃さんが頬に手を当てて困惑が隠し切れない様子だった。朱乃ちゃんも俺の方を振り返り、どういう表情で見たらいいのかわからないって顔で見てくる。そんな顔で見ないでください。俺も最近は深く考えずに、「とりあえず、取説を見せておけばいいだろ」ぐらいの適当さでぶん投げていたことは否定しない。特に今年はいろんなヒト達に暴露することも多かったため、使用頻度も高くなっていた。俺も自分がやらかすのを自覚するようになったし、正直説明とかを取説に投げていたところもあっただろう。

 

 でもさ、さすがにここまで金をかけて作られると俺だって思うところがあるわけでして…。これアレだろ、仏教陣営の方々に見てもらう予定のお焚き上げ用の取説だろ……。そりゃあ、神様に見てもらうと考えたら豪華なのは当然だし、気合いだっていれないとまずいだろう。それはわかっているけど、俺だって多少は羞恥心的なのを覚えるわけでしてね…。

 

「なぁ、それやっぱりなしってことにはならない? かかった費用は俺が全面負担するんで」

「奏太さん。残念ながらあなたのこれまでの所業を考えたら、一切の心の準備なしで知るのは大変危険なのよ。主にこれを受け取った方がいい側がね」

「最近は再使用されることが多くて、別の用途で使われることも多かったけど…。これは元々奏太の所業を何も知らない方々のために、注意喚起をするつもりで作ったもの。つまり、今回は本来の用途に戻っただけのことなのよ」

「つまり…」

「諦めなさい」

 

 バッサリと容赦なく切られました。ここまで作って、やっぱりなしなのは無理だろうとは思ったけどさ…。実際、真面目に仕事をしている神様たちに、唐突に爆弾を放り投げるようなものだから、仕方がないことだともわかっているけど。そんなガックリと項垂れる俺に、優しくポンポンと肩を叩いて慰めてくれる朱乃ちゃん。さすがは俺の妹、天使である。

 

 

「さて、渡すべきものは渡したけど…。ねぇ、奏太、朱乃。鳶雄がいない間に、少し姫島のことや今後のことについてお二人に話しておきたいの。だから…」

「大丈夫です、姉さま。ちゃんと待っています。ねっ、兄さま?」

 

 取説(本気版)を朱雀から受け取った朱芭さんが、再び箱の中に入れて片付けた後のこと。今日しか時間が取れない朱雀のことを考えれば、こうして姫島の大人たちで集まる機会はなかなか取れないだろう。たぶん、朱芭さんが亡くなった後の鳶雄の今後についても話したいだろうし、それなら俺達は席を外しておいた方がいいかな。朱乃ちゃんもそのあたりは、しっかり空気を読んでくれた。

 

「おう、了解。じゃあ、朱雀たちを待っている間、霊獣朱雀様にもう一回アタックチャレンジしてきてもいい?」

《――――!?》

「……ほどほどにしておきなさいね」

《――――!!》

 

 神酒を飲んでうとうとと座布団の上で寛いでいた霊獣様が、俺と朱雀の会話に顔を覗き込むように首を左右に振っている。炎の鳥だから表情はわからないけど、朱雀からOKサインをもらったので、霊獣様の好感度を上げられるように頑張ろう。神様の好感度を上げるための供物作戦はちょっと失敗したが、それで諦める俺ではないのだ。次の作戦は、しっかり用意しているのである。

 

「……朱乃、奏太がやらかしそうになったら止めてあげてね」

「はい、頑張ります!」

 

 ちなみに、霊獣朱雀様と仲良くなろう作戦はいいところまでいったのだが、モフモフまではいけなかったと明記しておく。なんてガードが固い神様なんだ、さすがは霊獣様である。なお、俺の作戦が終わった頃には、霊獣様は朱乃ちゃんの傍で寛ぐようになっていたので仲良くはなれたらしい。触れなかったのは残念だけど、それはそれでよかったかなと思えた。

 

 


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