えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百七十九話 説得

 

 

 

「あれ、バラキエルさん。こんにちは」

「むっ、倉本奏太か。今日は姫島朱雀が家に来る日だったな、朱璃たちはまだ朱芭殿のところか?」

「はい、鳶雄が家に帰って来る時間だったので、とりあえず俺はこっちに。向こうが落ち着いたら、三人をまた迎えに行こうかと思いますけど。……ヴァーくんは?」

「ヴァーリなら、アザゼルと一緒に訓練場へ行っている」

 

 あれから姫島家に関する話し合いなどが終わり、しばらく幾瀬家でのんびりと過ごした。俺は朱芭さんの弟子として、彼女が扱っていた呪具や道具なんかを相続する契約を交わしている。だけど、それ以外の表側のことや鳶雄のことは、親戚である彼女たちに任せるしかない。姫島の家のことについては、現当主を説得するか、朱雀が当主になるまで待つしかやはり方法はないようだ。鳶雄が真実を知る二十歳ぐらいまでには、なんとか足場を固めたいって朱雀は話していたと思う。

 

 そんな難しい話が終わった後は、朱雀の次期当主生活の愚痴に付き合ったり、朱乃ちゃんの『堕ちてきた者たち(ネフィリム)』での生活を聞いたり、朱芭さんから姫島家や現当主の裏話を暴露されたり、離れていた分を補完するようにたくさん話しただろう。それから朱璃さんが作ってくれた和菓子をみんなで頬張ったあと、俺は鳶雄と入れ違いになるようにマンションへと向かった。朱雀も鳶雄に会いたがっていたので、一、二時間ぐらい様子を見れば大丈夫かな。

 

 そうして先にマンションへたどり着き、ヴァーくんに会いに行こうとしたら、バラキエルさんと出会った訳である。たぶん、朱雀がこっちに来ると聞いてわざわざ予定をあけて待っていたのだろう。マンションにある姫島家のリビングで寛いでいた教官に挨拶し、彼と一緒にいるかと思っていた銀髪を探したが見当たらない。それで疑問を口にすると、予想外の返答に目を瞬かせた。

 

「えっ、バラキエルさんとじゃなくて、アザゼル先生がヴァーくんと訓練場を使っているんですか? 神器の研究のためとかじゃなくて」

「そうか、お前は知らなかったな。ヴァーリは主に私と訓練しているが、近頃はアザゼルもそれに付き合っているんだ。私は仕事でここを離れることも多いからな」

「……正直、意外ですね」

 

 バラキエルさんが仕事でいないときは、アザゼル先生が代わりにヴァーくんの相手をしてあげているらしい。アザゼル先生の方がまだまだ強いだろうけど、子どもの持つ無尽蔵な体力に付き合うのは、結構骨が折れるもんだ。俺も昔、チビドラゴン達に体力の限界まで付き合わされたから、そのへんはよくわかる。だからこう言っちゃアレだけど、先生って研究者という側面が強いから、わざわざ肉体面でも付き合ってあげているのには素直に驚いてしまった。

 

 たぶん原作のアザゼル先生は、ヴァーリ・ルシファーの神器の訓練や研究には付き合っていただろうけど、戦闘面まではさすがに付き合っていなかったと思う。そうじゃなきゃ、幾瀬さんが辟易するぐらい逃げ回ることはなかっただろうしな。色々本来の正史とは違ってきているのはわかっているけど、どういう心境の変化なんだろうか。元々アザゼル先生が面倒見がいいのは知っているけど、戦うより研究大好きなヒトなのは変わっていないと思うけどな。

 

「そうだな、お前の言う通りあいつらしくないだろう。アザゼルは戦うよりも研究をする方が好きで、昔から自分のやりたいことに正直な男だったからな」

「そうですよね…」

「それでも、あいつは研究よりも優先して力をもたなければならないと考えた。あいつは自分が本当にやりたいことのためなら、やりたくないことに時間をかけられるやつでもあったからな」

 

 そう言ってバラキエルさんは、困った友人の性格に肩を竦めて笑ってみせた。そんな彼の表情を見て、ふと思い出した。そういえば、かなり前にアザゼル先生がバラキエルさんと模擬戦をすることが増え、必死に鍛え直しているって話を聞いた気がする。その理由は結局よくわからなくて、そのまま日々の忙しさに埋もれてしまっていたけど、もしかして先生はそれからもずっと訓練を続けていたのかもしれない。

 

 俺はバラキエルさんに頭を下げ、二人が訓練をしているだろうマンションの地下訓練場へと向かったのであった。

 

 

 

「おっ、カナタか。こんなところまでわざわざ来たのかよ」

「こんにちは、アザゼル先生。朱雀たちはあと二時間ぐらいしたらこっちに来ると思いますよ」

「そうか、それじゃあそろそろお開きにするかねぇ」

 

 マンションのエレベーターに乗り、行き慣れた地下への道を進んで二人のオーラの残滓を辿っていった先に探しビトはいた。訓練場の扉を開けた俺に気づいたアザゼル先生は、ひらひらと手を振って迎え入れてくれた。普段の研究者らしい服装や和服とは違って、黒で統一された動きやすそうな服を着ている姿になんだか新鮮な気分になる。さっきまで戦っていたみたいだけど、まだまだ余裕がありそうだな。

 

「ところで、さっきからヴァーくんがうつ伏せで倒れているんですけど…」

「少ししたら起き上がるだろう。たくっ、こいつは本当に才能の塊みてぇなやつだなぁ。ヴァーリを保護してもうすぐ一年経つが、この成長スピードには空怖ろしいものを感じてくるわ」

「そういえば、ヴァーくんがここに来てもうすぐ一年経つんですね…」

 

 魔力か体力が切れて床に倒れているヴァーくんだけど、オーラの流れ的にただの疲労のようなので、アザゼル先生の言う通り時間が経てば大丈夫だろう。戦闘関係で干渉されるのをヴァーくんは嫌うので、こういう時はそっとしておいた方がいい。それに、アザゼル先生との会話でもうすぐ一年経つということに感慨深く思ってしまう。確かに冬になるこの時期ぐらいに、シェムハザさんに連れられて彼を保護したんだよな。何だかずいぶん昔のことのように感じてしまった。

 

 あの頃のヴァーくんは、心身ともボロボロで不衛生な生活と栄養失調で非常にやせ細っていた。誰も信用できないと誰にでも威嚇し、警戒心を隠していなかっただろう。しかし、この一年間で朱璃さんのご飯を毎日食べ、教官に日常の生活から鍛えられ、先生たちから教養を教わったことで健康面は元気すぎるぐらいになったと思う。精神面はみんなで構いまくった結果、ちょっと捻くれているけど素直な良い子って感じだな。原作同様にバトルジャンキーな気質はあるけど、女性陣に強く出れないところは今のヴァーくんらしいかな、とちょっと思ってしまった。

 

「でも、先生。だからって床に突っ伏して動けなくなるぐらい虐めるのはどうかと思いますよ」

「おいおい。言っておくが、ヴァーリがそこでぶっ倒れているのは自爆……自業自得だぞ」

「自業自得?」

「こいつ、禁手(バランス・ブレイカー)に至ろうとしたんだよ。神器を覚醒させてまだ一年だっていうのに、もうその領域に手を伸ばすとはなぁ…」

 

 呆れたように頭を掻くアザゼル先生に、俺はギョッとした表情でヴァーくんの方を見た。約六年後にはすでに禁手を使いこなしている白龍皇の姿は知っていたけど、まさかこの時期からすでに至りかけているとは思わなかった。だけど、兵藤一誠が赤龍帝の力を開放した時、ドライグが言っていた。宿主が望み、ドラゴンが望み、そして『白いヤツ』も望んだことで新しい段階に行き着くのだと。

 

 ヴァーくんの場合は『赤いヤツ』の意思かもしれないけど、向こうはまだ起きていないだろうから、そういった枷を無視して自力で至ろうとしたのかもしれない。兵藤一誠は才能がないと言われ、自分の身体を犠牲にしてようやく禁手に至れたけど、アレだって神器に目覚めてたった一ヶ月しか経っていないはずの出来事だ。才能のあるヴァーくんが、一年間真面目に訓練してきた結果なら、至るのはそこまでおかしなことではないのかもしれない。

 

「えっと、でも結局至れなかったんですよね?」

「ヴァーリは至ろうとしたが、さすがにアルビオンが止めたんだろう。正直ポテンシャルだけなら至ってもおかしくないが、残念ながら身体があまりにも未成熟すぎる」

「……まぁ、ヴァーくん小っちゃいですからね」

 

 アザゼル先生の見解に、思わず思ったことをボソッと呟いてしまった。ヴァーくんのこれまでの境遇を考えれば仕方がないけど、彼の身長は同年代の平均よりもだいぶ低かったりする。この一年でそれなりに大きくなったけど、どう見ても鎧を纏えるような体格ではない。アルビオンがストップを出すのは当然だろう。

 

「そうだろ、アルビオン?」

《総督の推察通りだ。それに、まだ完全な鎧の具現化はできていない。禁手化(バランス・ブレイク)をすれば、神器に宿る膨大なオーラをその身に纏うことになる。今のヴァーリには、白龍皇(私のオーラ)と跳ね上がった自分のオーラを受け取めるだけの器がまだできていないのだ》

「過去の白龍皇の所有者の記録か、記憶でも見ちまったのかねぇ…。不安定な禁手(バランス・ブレイカー)は、周囲だけでなく己すら危険を及ぼすんだがなぁ」

 

 本気で困ったように溜め息を吐くアザゼル先生に、俺も腕を組んで考える。確かにヴァーくんの性格的に、危ないからやめなさいで通じるとは思えない。禁手に至れる足掛かり的なところまでいったのだから、彼が今後それを訓練しないはずがないのだ。アザゼル先生としても、ここまで早く辿り着いたのは、想定外のことだったのだろう。

 

 

「……さっきから、勝手なことをべらべらと」

「あっ、ヴァーくん。身体は大丈夫?」

「これぐらい問題はない」

《問題ないではない。ヴァーリ、鎧を纏うのは今のお前では命を危険に晒すことだと伝えたはずだ》

「……ふんっ」

 

 白いドラゴンの人形が諫めるように告げると、起き上がったヴァーくんは不貞腐れたように鼻を鳴らす。どうやら禁手によるオーラの増幅に身体が負荷に耐えきれず、昏倒してしまったらしい。自分でもカッコ悪い姿を見せたと思ったのか、これはご機嫌斜めだな。正直アザゼル先生とアルビオンの注意はもっともだし、俺もヴァーくんの行為は危険だからやめてほしい。だけど、こういう注意を聞くのってなかなか難しいと思うんだよね。

 

「ヴァーリ」

「うるさい、俺の命ぐらい――」

 

 俺は少し考えた後、腕を組んでそっぽを向くヴァーくんの下へと歩いていく。俺の行動にアザゼル先生とアルビオンは口を閉ざし、見守る体勢になってくれた。どうやら任せてくれるらしい。近づいてきた俺に、もう注意は聞き飽きたというように睨んでくるヴァーくん。そんな困った銀色の頭へ、俺はポンッと手を置いた。

 

「すごいな、ヴァーくんは。もう禁手に至れるなんて。俺なんて神器に目覚めて九年ぐらいして、ようやくって感じなのにさ」

「……お前はうるさく言わないのか」

「アザゼル先生とアルビオンがもう言ってくれたからね。それに新しいことができるようになったら、試したり誰かに見せたりしたいっていうヴァーくんの気持ちはわかるよ。俺も一緒だしね」

「奏太と…一緒だと……」

「うん、俺もヴァーくんみたいに「すごいことができた!」と思ってみんなに見せたら、たいてい怒られるか、呆れられるかするからさ。だから、今のヴァーくんの気持ちはすごくよくわかる。俺だって、たまには「すごい!」って純粋に褒められたいって思うよ!」

「俺が、奏太と一緒……」

 

 ねぇ、ヴァーくん。なんでそこばっかりリピートするの? 本気でショックを受けたような反応なんだけど。アザゼル先生たちも「それは(こた)えるよな…」って納得しないでください。

 

「そんな俺だけど、師匠からやっちゃダメって言われたことはちゃんと守るようにしているよ。少なくとも俺のことを導いてくれている師匠たちは、いじわるじゃなくて本当に俺のことを心配して言ってくれているのがわかるからね」

「…………」

「だからね、ヴァーくん。どうしてもやっちゃいけないことをしたいなら、師匠たちをきちんと納得させるような方法でやらないといけないんだよ?」

『おい、ちょっと待て』

 

 なんですか、アザゼル先生とアルビオン。今、いいところなので待ってください。ヴァーくんは俺の言葉の意味がよくわからなかったのか、きょとんと目を瞬かせている。さっきまでの威圧が消えているので、今なら話も聞いてくれるだろう。俺は兄貴分として弟に危ないことをさせないために、説得を頑張っているんですから。

 

「まず、ヴァーくん。通常通りに禁手に至ろうとしたら危険なのはわかるよね。『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』の禁手は全身を覆う白い鎧だ。だけど、ヴァーくんの年齢や身長的にそれが厳しいのはわかるよね?」

「……あぁ」

「命を危険に晒す…じゃ実感が湧かないなら、こうとも言い換えられるよ。今のヴァーくんが禁手に至るということは、キミがこれから伸ばすはずだった身長を犠牲にする行為だってことだッ!」

「――っ!?」

 

 予想外のデメリットだったのか、目を見開いて見上げてくる蒼い碧眼。俺もヴァーくんぐらいの年の頃は、一応平均ギリギリはあったとはいえ、他より身長が低くてそれに悩んだことがあった。子どもにとって、身長というのは非常に大きなものである。

 

 特に俺にはラヴィニアというパートナーがいたから、彼女よりも背が高くなりたいと頑張ったものだ。初対面の時、身長差的にラヴィニアの方が俺より年下で驚いたしな。そして、ヴァーくんにも朱乃ちゃんという身近な女の子がいる。傍にいる異性だからこそ、気にならないわけがないだろう。

 

「これから大きくなる成長期の大事な時に、重たい鎧を纏うなんて……まず間違いなく縮むな」

「そ、そんなわけ…」

「ヴァーくんの頭の位置って、すごく撫でやすいよね。それとラヴィニアが抱き着く時もちょうどすっぽり嵌まるサイズだから、ヴァーくんがこのままなら大きくなってもずっと抱き着くんだろうなぁー」

「ッ……! なら、鎧の重さに半減をかければっ……!!」

「本当にそれで大丈夫だって言える? ヴァーくんが宿命のライバルと出会った時のシチュエーションをノートに書いていたけど、あれも実現できるのかな? 上目遣いでライバル宣言するしかない白龍皇になったりしない?」

「うっ、うぅ……」

 

 俺からの質問攻めに、拳を強く握りしめてプルプルと震えるヴァーくん。俺が言った場面を思わず想像してしまったのか、ちょっと顔色が悪い。身長が低いならずっと空を飛んで見下ろしたらいいじゃん、とか方法はあるけど、それはヴァーくん的なカッコいいの基準的にダメだったらしい。俺の素晴らしい説得の仕方に、アザゼル先生は明後日の方を見て、アルビオンはパカっと口を開けたまま放心しているけど。

 

 

「あと、アルビオン。質問なんだけどさ」

《な、なんだ?》

「『白龍皇の(ディバイン・ディバイディング)(・スケイルメイル)』って、禁手の一部だけを具現化するってことはできないの? 全身に鎧を纏うのは難しくても、籠手だけとかグリーブだけとかさ。禁手の三割程度を発現させるとかなら、今のヴァーくんでもできるんじゃない?」

 

 全身鎧を纏うのは厳しくても、一部だけなら顕現させられないだろうか。兵藤一誠は戦闘時に、強敵からの攻撃によって何回も鎧を破壊されていた。その時に余計なエネルギー消費を避けるために、全身ではなく必要な部分だけを修復したり、一部だけ顕現させたり出来ていたと思う。

 

 そんな俺からの提案に、アルビオンは無言で考え込んだ。自身の肩の上に鎮座する白いドラゴンのぬいぐるみに、ヴァーくんもジッと視線を向けている。イッセーが初めて禁手した様子的に、至ると同時に全身を覆うようにドラゴンのオーラが所有者の全身を包み、赤い鎧へと具現化していたと思う。なら、アルビオンが協力してそのあたりのオーラ量や規模を調整してあげれば、できなくはないんじゃないかと考えた。

 

《……それは、試したことがなかった。これまでヴァーリのような年齢で禁手に至る事例がなかったため、考えたことがなかったとしか言えん。だが、禁手の一部解放など成功するかは――》

「なら、それを訓練するぐらいの許可はヴァーくんにあげられないかな? 少なくとも、アルビオンが考えていた危険より、ずっと危険度は減らせると思うよ」

《……お前はどちらかというと、ヴァーリに危険なことはさせたくないタイプだと思っていたがな》

「そう? ヴァーくんの性格を考えれば、全てを禁止にするより、今後に繋げられる方法を残しておいた方がいいと思っただけ。それにヴァーくんなら、絶対に成功させるよ。だから、アルビオン。ヴァーくんの無理に付き合ってあげてほしい。その代わり、無茶をしそうになったら全力で止めてほしいけどね」

《まったく、軽く言ってくれる…》

 

 呆れたように鼻を鳴らすアルビオンだけど、俺からの話を否定で返すことはなかった。実際、多少の無理や危険は承知で飛び込まなきゃ、この世界で生きていくのは難しいだろう。特に騒乱を呼び込む特性を持った、ドラゴン相手には余計に。それに、ヴァーリ・ルシファーなら成功できるだろうという信頼もアルビオンから感じられた。

 

「という訳で、アザゼル先生もそれでいいですか?」

「はいはい、わぁーたよ。俺としても、白龍皇の鎧を部位ごとに研究できるチャンスだしな。……正直これの研究に入れるのは、もう少し先になるだろうと思っていたけどよ」

 

 ポツリと呟いたアザゼル先生の言葉に、俺は彼が原作で使っていた人工神器のことを思い出す。そういえば、『墮天龍の閃光槍(ダウン・フォール・ドラゴン・スピア)』の疑似禁手は、『墮天龍(ダウン・フォール・ドラゴン)の鎧(・アナザー・アーマー)』と呼ばれる黄金の全身鎧だったな。おそらくアザゼル先生は、ヴァーリ・ルシファーの禁手を参考にしてあの人工神器を作ったのだろう。

 

 正臣さんのテスターとしての尊い協力もあって、原作では和平後に投入される人工神器は、本格的な運用も始められる段階になってきているらしい。さらに停戦協定を結ぶことができれば、悪魔や天使の技術も提供されるだろうし、このまま進めば原作よりも早い段階で人工神器の研究は実を結ぶかもしれないな。アザゼル先生的には、あんまりにも急な技術の進化は望まないかもしれないけど。

 

 

「ところで、ちょいと話し込んでしまっていたが、姫島家の方は問題ないのか?」

「あぁー、まだ時間はありますけど、さすがにマンションの方へ戻りましょうか。ヴァーくんもシャワーを浴びてすっきりした方がいいだろうしね」

 

 ヴァーくんの禁手問題は、とりあえずは方向性を決められたので、俺が二人のところに来た本来の目的を思い出す。さすがに汗だくなヴァーくんをそのままお客さんに会わせられないだろうし、朱璃さんが幾瀬家で作ってくれたお昼ご飯もタッパーに入れて持ってきている。先生も姫島の次期当主に折り入って話があるって言っていたし、準備をするなら早めの方がいいだろう。

 

「そういえば、今日は朱乃が随分騒いでいたが、日本の重鎮である姫島の次期当主がここに来るそうだな。そいつはどんなやつなんだ? 強いのか?」

「朱雀のことか…。うーんと、見た目は朱乃ちゃんを大きくして、朱璃さんを幼くした中間みたいな感じかな。性格は真面目で優しいけど、怒らせると怖いタイプ。俺からしたら、良いやつなんだけど破天荒娘って感じだな。強さは……少なくとも、本気の朱雀とは俺は戦いたくないかも」

 

 ヴァーくんの質問に手を顎に当てて答えてみたけど、いざ説明するとなると難しいな。朱雀みたいなタイプは、口で説明するより直接会ってもらった方が一番わかりやすいと思う。あいつは必要な時以外は基本的に本心を隠さないというか、真正面から直球でぶつかっていく性格だ。メンタルが強すぎるから、よっぽどのことがないとめげないしな…。そんな俺の隣で、朱雀に会ったことがあるアザゼル先生は、軽い口調で付け足しをした。

 

「ヴァーリにわかりやすく言うと、そうだな…。これからお前が会う姫島朱雀という人間は、性格の違いはあるが根本的な部分がカナタと同類というか、……女版カナタという認識で間違っていないと思うぞ」

「奏太の同類…だと……」

《こいつの知り合いにまともな者はいないのか…》

 

 最近思う。ヴァーくんとアルビオンの中で、俺の扱いはいったいどうなっているのだろうかと。俺、結構ちゃんとお兄ちゃんをしているつもりなんだけどなぁ…。最強の白龍皇が一気に警戒態勢に入るって、俺の同類って対応を間違えたら危険を感じるレベルなの? 俺も朱雀もあんまり怒ったりはしない方だと思うんだけどね。俺も叱られることはあるが、あいつに怒りを向けられたことはないし。朱芭さんとオーラの質が似ているから、怒らせたらヤバそうなのはわかっているけど。

 

「まぁ、たぶん何とかなるよ。そうそう、ヴァーくんのお昼ご飯に朱璃さんが和風パスタを作ってくれたから、姫島家の冷蔵庫に入っているよ。バラキエルさんはもう先に食べていると思うけど――」

「何っ、それを早く言えッ! アルビオン、すぐに戻るぞ!」

 

 先ほどまでオーラ切れで倒れていたのに、それを感じさせない元気さで訓練場から走り去っていくヴァーくん。ちゃんとヴァーくんとバラキエルさんのパスタは分けているから、量は変わらないと思うんだけどなぁ…。

 

 

 

「……カナタ」

「えっ、はい」

「ヴァーリのことは助かった。あいつにあれ以上、言わせなくてよかったよ」

 

『うるさい、俺の命ぐらい――』

 

 アザゼル先生が何に対してお礼を言ったのかは、なんとなくわかった。あの時は咄嗟に話題をすり替えたけど、あのまま言わせるのはまずいと俺も感じていた。たぶんヴァーくんとしても、感情が高ぶって咄嗟に出てしまっただけの言葉だと思う。それでも、彼の中でどこか自分の命に対して重きを置いていないというか、関心が薄いようには感じていた。アルビオンやアザゼル先生が、ヴァーくんにあんまり危険なことをしてほしくなかったのは、彼のそういった危うさを理解していたからなのだろう。

 

「しっかし、身長で白龍皇を説得するとはさすがは元チビ。実感がこもっていたなぁー」

「うっさいですよ。プライドが高いヴァーくんを説得するなら、本人が本気でそれは嫌だと思わせないとダメですからね。……ヴァーくんには、もう少し自分を大事にしてほしいと思うのが本音ですけど」

 

 そのあたりは、今後も俺達で頑張っていくしかないだろう。ヴァーくんの心の傷は、リゼヴィムと父親によるひどい環境によってつくられたもの。なら、その受けた傷を癒すことができるかもしれないのもまた彼を取り巻く環境次第だろう。ヴァーくん自身の変化は必要だけど、それは今じゃなくてもいい。ちゃんと傷と向き合えるその時まで、傍で見守り続ければいいんだから。

 

「それにしても、お前に言われて思い出したが、アルビオンのライバルである赤龍帝ドライグか…。今世の白は、これまでとは比べものにならないほどの才能を秘めている。魔王で白龍皇であるヴァーリと比較されるのかと思うと、今世の赤は哀れに思えてくるな」

「あっ、そうでもないですよ。今世の赤は、何といってもおっぱいで奇跡を起こす赤龍帝ですからね。魔法少女達と共に育ち、おっぱいへの愛で異世界の神様と交信して、さらには加護も受け取って乳技を開発している期待のカードです。ヴァーくんと比較されたとしても、理不尽さなら決して負けてはいませんよ」

「…………待とうか、カナタ。お前、ちょっと何を言っているの?」

 

 アザゼル先生の頬が盛大に引きつり、じりじりと俺との距離を開けようと後退している。残念ながら、逃がしませんよアザゼル先生。ヴァーくんがいない時に、ちょうどその話題を振ってくれてよかったです。元々次に会った時に伝えきれなかった爆弾のことについて話したいって、以前異世界のことを暴露した後に言っておいたからね。俺はにっこりと微笑み、相棒を一本手に持ちながら歩を進めた。

 

「すみません、先生。五年ほど、ずっと隠していました。五年前の駒王町で、俺が出会ったのはクレーリアさんと正臣さんたちだけじゃなかったんです。たまたま寄った小さな公園で、ヴァーくんと同じ年の子どもたちと俺は友達になりました。その子たちが、今駒王町でおっぱい教を主導する教祖と幼馴染なんです」

「お前、まさか…」

「はい、俺には神滅具(ロンギヌス)持ちの友達が四人います。『永遠の氷姫(アブソリュート・ディマイズ)』を宿すラヴィニア、『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』を宿す鳶雄、『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を宿すヴァーくん、そして『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿す兵藤一誠くん。乳神様をこの世界に呼び寄せたおっぱい教の教祖こそが、今代の赤龍帝なんですよ」

 

 堕天使の組織の長であり、神器に対して人一倍警戒心を持っていたアザゼル先生に、兵藤一誠くんの存在はどうしても伝えることができなかった。この五年間、俺がイッセーくんのことを誰にも話さず、ずっと見守り続けていたのも、彼の「今」を壊さないためだった。鳶雄のように才能があり、完璧に神器を封印されているのなら問題なかっただろう。だけど兵藤一誠は一般人で、何がきっかけで暴走を起こすかわからない爆弾のままだった。

 

 彼は原作でのアザゼル先生の見解通り、才能がない。赤龍帝の力を扱えるだけの素養がなく、このままなら危険を処理するために排除されるか、悪用されないために軟禁されるかの二択しかなかった。しかし、原作より約七年早く降臨した乳神様の存在と異世界の発覚によって、彼の価値は一気に跳ね上がったのだ。

 

 異世界の神様だからこの世界の神様同様の価値観かは断言できないけど、博愛主義な神様っていうのは少なくて、偏愛傾向の神様の方が多かったりする。また、自分の領域に干渉されない限りは基本無関心だけど、それを破った者に対しては冷酷な報復や、執念のような恨みを抱かれることもあった。乳神様がこれらの事例に当てはまるかは不明だ。だけど、神が加護を与えるほどに気に入っている人間に手を出すべきではないのは、容易に想像できるだろう。

 

 そこまで考えが至ったアザゼル先生は、俺が持っていた相棒を腕に刺して体調を整えると、先にエレベーターに乗って和風パスタを食べに行ったヴァーくんを見据えるように遠い目を向ける。その目は、いろいろな意味で諦観に満ちていた。

 

「……今世の赤と白の対決。絶望的すぎじゃねぇか?」

「万が一イッセーくんに何かあって、乳神様との交信が途絶えたら世界滅亡かもしれないですからね」

「赤龍帝よりおっぱいで世界に名を轟かすことになる人間が、ヴァーリのライバルになるのか…。理不尽対決という意味では、良いライバル関係になりそうだなぁー」

 

 悟ったように優しい微笑みを浮かべたアザゼル先生は、ヴァーくんとアルビオンにはギリギリまで赤龍帝の存在を気づかせないようにしようと心に決めたのであった。

 

 


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