えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか? 作:のんのんびり
「ところで、先生。わざわざ朱雀に直接会って話しておきたいことって何なんですか?」
「ん? あぁ、そういえばお前にはまだ話していなかったか」
アザゼル先生に赤龍帝について暴露した後、地下の訓練場からエレベーターで姫島家のみなさんが住むマンションへと帰って来た俺達。部屋に戻ると、モクモクと口の中に和風パスタを入れるヴァーくんと、奥さんの美味しい料理にジーンとしながら食べる教官が待っていた。俺はお昼ご飯を幾瀬家で先に食べてきている。一応みんなのお昼の分はしっかりもらってきたので、先生用のパスタを用意すると告げて席に座ってもらった。
冷蔵庫を開けて先生用のタッパーを取り出すと、それをレンジで温め直しておく。皿に盛り付けて持って行く頃には、満腹そうに頬を緩める男二人が目に映った。普段無表情なことが多い二人をここまで満足させるとは、さすがは朱璃さんの料理である。アザゼル先生の分のパスタを運んだ俺は、とりあえず同じテーブルの椅子に座っておき、そういえばと気になっていたことを質問したのだ。
直接姫島本家の現状を聞きたいという思いもあるだろうけど、それなら朱璃さんに後で話を聞けばいいだけだろう。彼女は姫島本家のことを、朱芭さんと一緒に色々話し合っているみたいだし。現に、今まではそうしていた。朱雀は姫島家の次期当主としてではなく、朱乃ちゃんの従姉妹としての交流を楽しみにしている。だから、これまでは幾瀬家を合流場所にして、堕天使との接点はあまりなかったのだ。
しかし、今回は堕天使が経営するマンションまで朱雀が足を運び、総督とも直接会うのだから、かなり重要な話し合いなのではないだろうか。向かい側に座るバラキエルさんは、朱雀と話し合う内容を知っているからか静かに肩を竦め、ヴァーくんは政治的なことにあんまり興味が湧かないのか黙々と食後のデザートに入っていた。
そういえば、質問しといてアレだけど、先生の反応を見るに朱雀と話し合う内容は俺が聞いても大丈夫そうな感じなのかな。ヴァーくんも傍にいるので、彼が聞いても問題ない話題ってことでいいのだろうか。たぶんめんどくさい話は、ヴァーくんもスルーするだろうけど、先生たちもそのあたりは配慮するだろうしな。
「というかな、そもそもの話し合いの原因はお前だぞカナタ。お前の持ってきた特大のやらかしのこともあって姫島……だけでなく、日本の五大宗家に堕天使側から交渉する必要が出てきたんだよ」
「えっ、俺の所為?」
「お前も知っての通り、『
ここに朱璃さんと朱乃ちゃんがいないからこそ、話せる内容なのだろう。バラキエルさんは組織の幹部としてやらかしてしまった事実を沈痛に受け止めており、ヴァーくんはチラッとアザゼル先生の方を向いたが姫島関連の話はすでに聞いているのか特に反応を返さなかった。姫島本家とのごたごたが発覚した頃から、堕天使側は姫島との交渉のために日本の地を刺激しないようにしてきた。なんとか親友が愛した妻と娘を姫島に認めてもらいたくて、組織の長という権限を使ってでも日本への干渉を抑えてきたんだろうな。
そう言われれば、俺が知っている限りでも日本にある堕天使の施設はあんまりない。研究所もいくつかあるだけで、少なくとも関東地方にはなかったと思う。『
「悪魔は駒王町のように堂々と管理できる領地をいくつか日本でも認められている。天使だって各地で教会を建てることは認められているだろう? その中で堕天使だけは、堂々と認めてもらえるような領地が日本にはほとんどない状態だったわけ」
「確かに、そうですね…」
「一応いくつかは認めてもらっているが、それも姫島との仲が険悪になるまでのもの。それからは堕天使側も日本への領地交渉は抑えていたわけよ。だけどまぁ、表向きであれ「姫島」と和解してもう二年以上経つ。そろそろこっちだって、色々交渉したいと思ってもおかしくないだろ」
堕天使側は姫島朱璃さんと朱乃ちゃんのことで「うちの幹部がすまん」と負い目があったからこそ、日本の組織に対してあまり強く出られなかった。何とか二人の仲を認めてもらいたくてずっと交渉を呼びかけ、無理やりではないことを示すために姫島朱璃の居場所だって姫島へ伝えていた。しかし、姫島側は自分たちが雇った術者たちの暴走により、堕天使の敵対者たちにその地の襲撃を許してしまったのだ。
これまでは堕天使が一方的に姫島の領域を犯したから悪いんだ! とまとまっていた姫島本家も、同じように堕天使の領域を一方的に犯してしまう約定違反をしてしまったのだから、お互いにイーブンな状態になる。そこまでいってようやく姫島本家は、堕天使側がずっと提示していた交渉を飲んだ。五大宗家全体も間に入り、堕天使と姫島の確執は二年前になんとか終息したわけである。姫島側は内心堕天使を嫌っているだろうけど、外交的には問題なしになったんだから、アザゼル先生が交渉をしたいと考えるのはわかるような気はした。
「つまり、先生は日本に堕天使の新しい領地が欲しいってことですか?」
「せめて、関東地方に一つぐらい研究所は欲しいが、まぁこれはおいおいでもいいさ。取り急ぎやらないといけないのは、三大勢力による停戦協定用の場所の確保だからな」
「えっ?」
先生の言葉に目を瞬かせ、続いてヴァーくんの方へ目を向ける。三大勢力の停戦協定は、かなり極秘の扱いなんじゃなかったっけ? ヴァーくんはアザゼル先生の秘蔵っ子だけどまだ幼いし、こういう重要な案件を聞かせても大丈夫なのか。俺の視線に気づいたヴァーくんは、フンと鼻息を鳴らすとプリンを片手に胸を張った。
「停戦協定についてはすでにアザゼルから聞いている。何でも奏太のやらかしが、そもそもの原因らしいな。今後もお前と関わっていたら、どうせ俺も巻き込まれることになるだろうとアザゼルに言われた」
「ちょっと先生」
「事実だろ。この停戦協定は大げさでもなんでもなく、お前を中心にまとまることになる。ヴァーリは世界を動かすだけの力を秘めている二天龍を宿す者、除け者にしても意味なんてない。それに協定に関しては、案外すんなり納得はしたようだぞ」
「そうなの、ヴァーくん?」
心の中でちょっと意外だと驚く。まだ幼いということもあるだろうけど、ヴァーくんは強いやつと戦いたいという欲求を持っていたはず。これまでいがみ合っていた勢力同士が戦闘をストップするとなったら、多少面白くない的な反応は返って来るんじゃないかと思っていた。そんな俺の思いに、ヴァーくんの方が不思議そうに首を傾げた。
「俺が納得するのはそんなに変か?」
「うーん、ヴァーくんなら戦いたかったとか思いそうだったから?」
「それはちょっと思ったが、お前が間にいれば悪魔や天使の強いやつと戦うのは難しくなくなるだろ。それにアザゼルから、協定に納得できない不穏分子がたくさん動き出すとも聞いた。つまりお前の傍にいれば、三大勢力の強者と渡りもつけられ、さらにはその不穏分子というやつらとも思う存分戦い放題というわけだ」
ビシッと指を差されて、人に指を差してはいけませんと注意をしながら、ちょっとニマニマしそうになる頬を抑えようと頑張った。つまり、ヴァーくんは俺のことを護ってくれようとしているってことだろ。本人はあんまりわかっていなさそうだけど。戦いたいという自分の欲求も含めながら、柔軟に物事を考えるヴァーくんに、弟の成長を感じてにやけそうになった。
確かに俺は前回、『
実際、将来訪れるであろう邪神との戦いを考えれば、ヴァーくんに戦闘経験はどんどん積ませておいた方がいい。主神級や龍王級の邪神の眷属がごろごろいる異世界と戦うと考えれば、アザゼル先生もヴァーくんが強いやつと戦えるように全面協力するだろう。原作では和平をすれば戦いがなくなるとヴァーリは考えていたし、アザゼル先生も積極的に戦わせたくないと思っていた。ところが、将来的にグレートレッドよりヤバいのが来るとわかっているのだ。むしろ、ヴァーリ・ルシファーに積極的に力を付けさせるべきだと方針を立てるのはおかしなことではなかった。
「話を戻すが、三大勢力はこれまでにらみ合いを続けてきた。そこから停戦を結ぶとするなら、その緩衝材となる土地が必要になるわけだ。三つの種族が集まって協定を結べる土地がな。ところが、そんな場所をホイホイと新しく作れるわけがねぇし、既存の土地を使うにしてもどの勢力のものを使うかでいがみ合うことになりかねない。そこで、俺達が目を付けたのが…」
「すでに悪魔と天使が協定を結び、長い間領地として治めていた日本のとある街だったわけだ。悪魔と教会が元々根を下ろして土台を作ってくれているため、あとは堕天使側がそれに合わせればいいだけとなる」
「……まさか、その街って」
「そっ、お前もよーく知っている場所だよ」
ニヤリと笑うアザゼル先生に、俺は呆然と口を開けてしまった。確かに悪魔と教会でいがみ合うことなく、共存できている土地がすでにあるのだ。そこに堕天使も合流すれば、三つの組織が集う中継地点として活用できなくはない。そして、そういう表向きの理由を掲げれば、乳神様降臨の土地という真実を隠す隠れ蓑にもできる。異世界の存在を外に隠すために、三大勢力で囲い込んでしまうことに決定したわけか。
「駒王町を、三大勢力の停戦協定の中心地にするんですね…」
「そういうことだ。そのための交渉を五大宗家としたいわけだよ。日本の土地を新しく堕天使が欲しいと交渉するより、元々悪魔の土地と認めている場所に堕天使もいさせてほしいぐらいなら、向こうもそこまで目くじらを立てないだろう。ただまぁ、色々騒がしくはなるだろうから、事前にお伺いぐらいは立てておくべきって感じだ」
「正式な交渉は
原作ではリアスさんとソーナさんが治めていた駒王町。あそこが原作の中心になったのは、コカビエルの襲撃によって三大勢力の会談が行われたからだ。三大勢力の和平発祥の地であり、赤龍帝という中心人物がいて、さらには元堕天使の総督が腰を据えた場所。多くの人材が彼らを中心に集まったからこそ、出来上がったものなのだ。まさかこんなかたちで、それが再現されることになるとは思わなかった。駒王町が中心になる経緯は、全くもって違うんだけど。
たぶん、魔王様たちもこのことに了承しているんだろうな。だからこそ、駒王町に複数名の管理者をつけるなんて前代未聞なやり方を通そうとしていたんだ。教会とだけでなく、堕天使との繋がりもつくるために。それに駒王町に住まう魔法少女たちやおっぱい教に関しても、一応俺という繋がりがある。突然入ってきた堕天使勢力に戸惑いはあるだろうけど、俺が間に入れば混乱は少なくなるだろう。
「でも、停戦協定の中心地の管理をリアスちゃん達にいきなりやらせるのは、危ないんじゃ…」
「そこは経験者を駒王町に再配置するみたいだぜ。魔王の妹たちがメインで管理をするらしいと聞いているが、さすがに子どもに責任を押し付けるわけにはいかないだろ。そいつらをいっぱしの管理者にするための教育者みたいなのを付ける予定らしいぞ」
「経験者の再配置に、駒王町の管理の教育……?」
それは初耳だった。たぶんあれから魔王様とアザゼル先生とメフィスト様で、秘密裏に話し合いを重ねていたのだろう。おそらく後日、正式に決まったことをメフィスト様から教えてもらえるだろうけど、俺に話してくれるってことはほぼ決定のところまでいっているのだと思う。
「ちなみに、再配置される予定の駒王町の統括者はお前もよく知っているヤツだよ」
「えっ?」
「よーく思い出してみろ。悪魔と堕天使と天使が協定を結ぶだろう重要な土地。当然、他種族に対して忌避感を持つ者は選べない。三大勢力の間に立って平等に手を取り合え、それでいて俺達もこいつならまぁ信頼できるってやつじゃなきゃ無理だ。そんな土地の代表を務められる、駒王町の管理経験がある悪魔。そんな風変わりな悪魔なんて、一人しかいないだろう」
アザゼル先生にそこまで言われて、俺もようやく気付いた。言われてみれば確かにそうだ。「彼女」が駒王町の地を去り、悪魔側から追放されたのは「敵対勢力である異性を愛してしまったから」だ。表向きは留学処置になっているけど、逆に言えばその追放理由がなくなれば、彼女を元の居場所に戻すことだってできるというわけである。だって、「敵対勢力の異性」ではなく「停戦協定中の異性」となれば、多少なら大目に見てもらえるだろう。
さらに言えば、彼女はメフィスト様を通して堕天使勢力と恋人と一緒に懇意にしているし、その恋人が元教会の戦士なんだから、天使側も不等に扱われはしないだろうと思わせられる。駒王町に住むエクソシストの皆さんとは一応和解できたんだし、互いに協力し合うことも可能だろう。主な管理はリアスちゃんたちが行うけど、種族の間に立ってまとめる統括者という立場なら、彼女以上の適任者はいなかった。
「……クレーリアさんを、駒王町の統括者にするってことですか」
「元々そいつらをお前らのところに預けたのは、このためでもあっただろうしな。本来なら許されない罪を犯したはずのそいつらが、今穏やかに暮らすことができているのも、その罪の清算を別のかたちで支払ってもらうためでもあった。それは、メフィストからも聞いているだろ?」
「……はい」
クレーリアさんたちを『
クレーリアさん達は魔法や魔道具なんかの勉強をしながら、魔法使いたちに向けた安全な食事処を開いてくれている。最近は安全で栄養のある料理に感動した魔女さんたちに、料理教室を開いているって聞いたな。管理者に戻ったらお店は難しいかもしれないけど、眷属のみんなやお手伝いの魔女さん達もいるみたいなので、リアスちゃん達を育てるまでは任せることも一応できるかもしれないか。
うーん、クレーリアさんと正臣さんはどうするんだろう。上の決定みたいなものだから、ほぼ決定事項みたいな感じだけど、友人としてやっぱり心配にはなる。今日の話し合いが終わったらメフィスト様にも話を聞いて、二人の今後についても相談してみよう。
「それに、魔王の妹たちが駒王町の管理者になるのにどんなに早めても二年はかかる。それまでの管理を任せる悪魔も必要だって話だしな」
「えっ、二年? でも、リアスちゃん達はまだ小学生ぐらいの年齢で…」
「駒王学園の中等部に留学する時期と合わせるらしいぞ。とりあえず、停戦協定は結ぶが、共生のテストモデルとして実際に駒王町へ住まうのは二年後を予定している。それぞれ準備だってあるだろうからな」
マジか、原作では高等部あたりから留学していたみたいだけど、ここでは二年早めた中等部からの留学になるのか。随分性急な気もするけど、それだけ事の重大さを感じているってことともとれる。それにクレーリアさんがしばらく代行として表に立ち、リアスちゃん達に管理者のノウハウを数年かけて教えられるとなれば、元々優秀な彼女たちなら頑張って取り組めるようにもなるだろう。
「まっ、さすがに組織のお偉いさんを常駐させるわけじゃねぇからな。停戦協定の中心の地といっても、話し合いに使う時以外は基本悪魔の学生たちが管理し、教会の牧師たちが外敵から護り、堕天使側も使者を出して、一つの街で共存するテストケースのような扱いに普段はなるだろう」
「堕天使側の使者ですか?」
「おう、これに関してはバラキエルとも相談していてな。……一人、打って付けの人材がいる。俺達が信頼でき、尚且つ種族っていう枠組みで偏見を持たない。それにずっと望んでいた「夢」も叶えさせてやれるかもしれねぇしな」
「…………」
アザゼル先生が告げる使者の存在に、俺は首を傾げてしまう。悪魔と教会が住まう土地に送ることができる、先生たちが信頼できる人材。向かい側に座るバラキエルさんが、腕を組んでどこか噛みしめるような表情をしていた。それにどういうことだろうと口を開こうとして、ポケットに入れていた携帯からの着信に慌てて取り出す。うっかり話し込んでしまったが、そろそろ朱雀たちを迎えに行く時間が迫っていたことに気づいた。
俺はみんなに一言謝ると、携帯の着信ボタンを押す。俺は懐から魔方陣の描かれた転移魔法のカードを手に、幾瀬家から少し離れたところにある駅へと早足に向かったのであった。
――――――
「朱雀姉さま、この子がヴァーリくんって言うんだよ」
「ヴァーリ・ルシファーだ。……本当に朱乃と朱璃に似ているな」
「初めまして、私は姫島朱雀。あなたのことは、朱乃と奏太から色々聞いているわ。……本当に魔王の血族なのね」
こんな感じでお互いに警戒心バリバリな初めましてになった朱雀とヴァーくんだったけど、朱乃ちゃんの空気を和ませようと頑張ったアピールのおかげもあって、無難に挨拶ができたようで何よりである。朱雀は今回非公式だけどお客さんとして堕天使の組織に招かれたので、プライベートな付き合いができるのはまた今度になるだろうけど。
朱乃ちゃんと朱璃さんに似ているからか、初対面ながらヴァーくんのあたりも少ないような気がする。今日はあんまり時間がないけど、またゆっくりできる時にでも、二人が交流できる時間をとってやりたいな。とりあえず、ヴァーくんの緊張をほぐしてあげようとよしよししていたら怒られてしまった。だって、カッコつけているけど相手はあの朱雀である。たぶん凄んでも、あんまり効果はないと思うよ。
「ふふっ。魔王で白龍皇だろうと、あなたも奏太に振り回されているのね」
「むっ、こいつが勝手に構ってくるだけだっ! だいたい姫島朱雀は、奏太の同類だと聞いているが――」
不意に発したヴァーくんの何気ない言葉に、朱雀の表情が見事に固まる。次に沈痛な感情が現れ、しかし肩を震わせながら拳を握りしめると、どこか悟ったような美しい微笑みを浮かべた。
「…………そうね。否定、しないわ…。私と奏太が似ていることは……」
「……なんか、すまない」
ヴァーくんが謝った!?
それから朱雀はアザゼル先生とバラキエルさんと一緒に、姫島家の次期当主としての話し合いを始めることになった。さすがに日本の組織の一員として洩らせないこともあるため、三人は別室で会談を行っている。たぶん、さっき俺に教えてくれたような内容を話し合っているのだろう。朱雀には異世界のことは伝えていないけど、それ以外のだいたいのことは俺経由ですでに伝えている。それでも、本格的に三大勢力が停戦協定を結ぶとなると、やはり衝撃は大きいように感じた。
なお、朱璃さんはヴァーくん達が食べた食器の片づけをした後、『
「食堂についていったら、母さまが
「そっか。ヴァーくんが一緒なら、朱璃さんも心強いだろうしね。相変わらず、素直じゃないけど」
「ふふっ、だってヴァーリくんだもんねー」
思えば朱乃ちゃんは、約一年ぐらい家族ぐるみの付き合いをヴァーくんとしているもんな。こういう身内だからこそわかるヴァーくんの話って、聞いているとちょっと新鮮な気分になる。他にも姫島家できつねうどんを食べている最中に、「このお揚げは、まさか狐のなれのはてなのか…?」と真剣に考えるヴァーくんの姿に、姫島家のみんなが噎せて大変なことになった珍事もあったようだ。なにそれすごく見たかった。ヴァーくんって、時々こちらが予想もしないような発想をする時があるからなぁー。
そんな風に朱乃ちゃんと話をしていると、突然部屋の扉がノックされる。それに驚いて目を見開く俺達に、バラキエルさんが少しいいかと声をかけてきた。あれ、もう会談は終わったのだろうか。まだ一時間も経っていないはずだけど、と朱乃ちゃんと顔を見合わせる。部屋の扉を開けて確認すると、バラキエルさんがこちらを促すように手招きをしていた。
「どうしたんですか、バラキエルさん。話し合いで何かありましたか?」
「いや、駒王町のことを朱雀と話していたんだが、やはり本人の確認が必要だろうと言われてな」
「本人って俺ですか?」
「お前ではなく、朱乃の意思だな」
「えっ、私?」
きょとんとする朱乃ちゃんだけど、無理はない。基本こういった組織の話し合いに彼女は参加させないようにしてきたし、彼女も空気を読んで気にしないようにしていた。父親が堕天使の幹部であるため、ある程度情報が流れてくる立場ではあるけど、周りも子どもである朱乃ちゃんに配慮して遠ざけているところがあった。一応、朱乃ちゃんは正式な堕天使側の所属なんだけど、本格的な組織の仕事にはまだ携わっていないのだ。
「あの、父さま。何か私に関係があることなの?」
「……私も正直に言えば迷っている。危険はあるかもしれないが、しかし朱乃にとって大きなチャンスにも繋がる良い機会だとも考えている。アザゼルや朱璃、朱雀とも先ほど話したが、やはり朱乃自身が決めるべきだと言われてな」
「総督や母さま、姉さまも?」
「朱乃、これからアザゼルがお前にとある質問をする。それに対して、雷光の娘であることや組織の事は考えずに、自分がやりたいことを選びなさい。私たちは朱乃の選択を尊重したい、いいか」
「は、はい」
バラキエルさんについていく俺と朱乃ちゃんだけど、一応俺も一緒にいて大丈夫らしい。朱乃ちゃんに言い聞かせる教官の様子から、彼の中でもどっちの選択肢がいいのか答えが出ていないのかもしれない。それでも朱乃ちゃんに選ばせるべきだと考えたのは、彼女の今後を考えたが故だろう。朱璃さんや朱雀も、朱乃ちゃんが決めるべきだと言ったのなら、彼女たちもどちらがいいのか決めかねているということだ。
「し、失礼します!」
「おう、わりぃな急に呼びだして」
「いえ、大丈夫です」
姫島家のリビングを抜けた先の和室に、アザゼル先生と朱雀は座っていた。組織の今後をこんなところで話し合っていていいのかと思うけど、姫島朱雀の存在は堕天使の組織内でも公にできないので仕方がないのかな。一応だけど外に漏れないように結界は張られていて、バラキエルさんがそれを解除して俺達を招き入れてくれた。戦闘服から和服に着替えていた先生は、向かい側に座った朱乃ちゃんへ向け、いつものようにへらりと笑って見せた。
「さて、さっそくで悪いが姫島朱乃。お前さんをここに呼んだのは、堕天使の長としてだ。つまり、『
「は、はい。あの、私に頼みたいことって何ですか…?」
ごくりと唾を飲みこむ朱乃ちゃんに、後ろで俺も固唾をのむ。組織の長であるアザゼル先生が、まだ子どもである朱乃ちゃんに頼むようなこと。もしかしたら、堕天使の組織の一員として、これが朱乃ちゃんの初仕事になるかもしれないのか。姫島一家が了承しているなら、朱乃ちゃんでも問題ないと判断してのことだろうけど…。そんな俺達へ向け、アザゼル先生はさらっと爆弾を落としていった。
「朱乃、お前学校に行ってみないか? それもお前が憧れていた人間の学校にな」
「――へっ?」
朱乃ちゃんはアザゼル先生の言葉を聞き、緊張していた表情から一変して、わけがわからないというようにポカンと口を開けていた。
「学校……?」
「昔、朱璃に話していたんだろ。学校に行ってみたいってよ。いろんなところを見て回ったり、友達と一緒に遊んだり、学校の『クラブ』に入ったりしてみたいってな」
「それは、その…あれは私が何も知らなかったときのことで……。堕天使とか、人間とか、その違いを全然わかっていなかった…子どもの時のことで…」
「今も子どもだろうがよ。それで、どうだ? 学校に行ってみたいか?」
「なんで、なんでそんなことを聞くんですか? だって、私は人間じゃ――」
「悪魔が経営する人間の学校があるんだ。そこに二年後、入学が可能な年齢の生徒を探しているんだよ。堕天使の組織の代表としてな」
動揺する朱乃ちゃんに向け、アザゼル先生は落ち着かせるように理由も含めて話してくれた。それを聞いて、俺は先ほどまでのアザゼル先生たちの会話を思い出していた。そういえば、先ほど堕天使側も駒王町へ使者を出したいって話していたと思う。協定を結び共存を示すテストモデルとして、先生たちが信頼できる人物を。それがまさか朱乃ちゃんだとは思っていなかったけど、組織の幹部である雷光の娘で、他種族への偏見を持っていないという点では間違った人選ではないだろう。
それに、堕天使の使者として駒王町に赴くのなら、これからの交友の証として学校の生徒として通うことだってできるはずだ。原作でもグレモリー眷属と交友を深めようと、元堕天使の総督が先生になったり、外との交流の場を広げるために吸血鬼が入学したり、様々な立場や種族の者たちが学園の門を叩いていた。悪魔が通う学校なので、それなりに裏に精通する生徒もいるし融通だってきく。それでいて、表の人間のような学校生活だって送れるのだ。
本来なら、堕天使の血を引く朱乃ちゃんが、普通の学校に通うことは難しかっただろう。だけど駒王学園なら、あの学園なら朱乃ちゃんの夢を叶えることができる。それも正式な堕天使側の使者として認められた状態で。アザゼル先生から詳しい話を聞いて、目を白黒させる朱乃ちゃんだけど、必死に総督からの言葉を考えようと頭を働かせていた。
「私が、停戦協定を結ぶ街の代表として…」
「確かに重要な役目だ。だが、ヴァーリを弟のように思い、ドラゴンと共に遊び、種族という垣根を越えて接することができるお前さんなら、堕天使の代表として任せられると思ったんだよ」
「それに、普段は学校に通って、駒王町でのことを定期的にこちらへ報告することが使者の仕事になる。私の娘である朱乃には、これまで多くの不自由を押し付けることになってしまった。……だからこそお前が望むのならば、私は朱乃の夢を誰よりも応援したいと思っている」
「総督さん、父さま…」
幼い頃に口にした小さな夢は、成長した朱乃ちゃんにとってどうしようもないことなのだと諦めたものだった。だけど、それをちゃんと覚えていた大人たちの手によって、こうして実現できるところまでいった。確かに堕天使の代表として赴くのなら、危険だってあるかもしれない。それでも、朱乃ちゃんが望むのなら…。学校生活に憧れていた娘の夢を叶えてあげたいと思ったのだろう。
「朱乃、お前は確かに人間ではなく異形側だ。だが、お前は誰よりも優しくて気立てが良く、どこに出しても恥ずかしくない私の大切な娘だ。だからこそ、朱乃は朱乃らしく胸を張って自分の道を進んでほしい」
「それに、その悪魔の管理者になる魔王の妹は、奏太と知り合いなんでしょう。統治者になる予定の悪魔とも交友があるから、色々融通だってきかせられるわ。だから朱乃、もしあなたが選ぶのなら自分が過ごしやすいように奏太を存分に扱き使ってやりなさい」
おいこら、朱雀。朱乃ちゃんが過ごしやすいように色々やるのは別にいいけど、クレーリアさんやリアスちゃんたちにあんまり迷惑はかけられないからな。だけど、もし朱乃ちゃんが駒王学園に行くのなら、リアスちゃんと友達になれるかもしれないのか。本来なら交わることがなかった線が、こうして別のかたちで実現できそうなことに、心の中で嬉しさがこみあげてくるようだった。
「で、どうだ朱乃。選ぶことはできそうか?」
「……本当に私でいいのかって思いはあります。私はまだまだ未熟で、心も身体もあんまり強くないです。たくさん、不安だってあります。それでも――」
朱乃ちゃんの声は震えていたけど、夕闇の瞳は真っすぐに力強い輝きを放っている。迷いはある。恐怖はある。だけど、それらを乗り越えていけると思えるような希望がある。他でもない姫島朱乃に任せたいと言ってくれた、みんなの期待に応えたい。そんな朱乃ちゃんの思いが、オーラとなって俺に伝わってくるようだった。
「私は、学校に行ってみたいです」
「……わかった、お前の意思は聞かせてもらった。まっ、お前さんが学園に行くのは二年後だ。それまで、学校のことややりたいことを色々考えてみな」
「は、はいっ! これからいっぱい勉強して、頑張ります!」
胸の前で拳を握り、元気いっぱいに返事をする朱乃ちゃん。自分の意思で自分がやりたいことを掴むことができた。それはきっと、今後の彼女の自信に繋がっていくと思う。堕天使側の使者として、さすがに朱乃ちゃん一人で行かせることはないと思うので、他の人員もこれから決めていくのだろう。姫島との条件とかもあるし、そのあたりは大人たちの仕事になりそうかな。
それにしても、二年後かぁ…。俺が高校三年生になった頃には、果たしてこの世界はどうなっているんだろうなぁ。神器症の治療をするために世界を飛び回っているのか、それとも異世界のことで何か進展があったりするのか。とりあえず、駒王町は今後も賑やかなことになりそうだとしみじみと感じた。