えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百八十一話 継承

 

 

 

「よっ、朱雀。今日は一日お疲れ様」

「奏太、こちらこそ付き合ってくれてありがとう。それは?」

「朱璃さんが作ってくれたホットココア。ほれ」

「ふふっ、いただくわね」

 

 姫島家のマンションのベランダで夕暮れの空を眺めていた朱雀のところへ、俺はマグカップを二つ持って近づく。あれから堕天使勢力と五大宗家としての話し合いは終わり、朱雀の帰宅時間が迫っていた。夕焼けと同じ色の瞳が向けられ、俺は朱雀の隣へ行くとココアを手渡す。冬の肌寒さをココアの温かさでホッとしながら、優し気な赤に染まる街並みをしばらく二人で眺めた。

 

「……またしばらくは、こっちに来るのは難しくなると思うわ」

「そっか。……朱芭さんとは話せたのか?」

「えぇ…。でも、本当はもっといろいろなことを教わりたかった。もっとたくさんのことを――」

「うん」

「でも朱芭様は、この冬を越えられるだけの時間がもうないのよね…」

 

 冬の訪れを感じされる寒波に、朱雀の黒髪が静かに揺れる。夕暮れから少しずつ夕闇に変わっていく空に目を向ける朱雀へ、俺は無言で頷き返す。それを横目で確認した朱雀も何も言わず、右手に持つココアへ口を付けた。元々今回が、朱雀にとって朱芭さんと会える最後の時間だとわかっていた。彼女なりに最後の話はできたんだろうけど、それでも思うところはあったんだろうな。

 

「この静かな空を眺めていると、自分の奥底にあった気持ちがどんどん溢れてくるの。頭の中では納得しているはずなのに、不意に寂しさや悲しさや怒りや情けなさが…。朱芭様のような聡明で、あんなにも素晴らしい方が、どうして姫島を追い出されなくちゃいけなかったのかって、そんなことをずっとぐるぐると考えてしまう」

「朱雀…」

「私は朱芭様に何もしてあげられなかった。姫島の人間として、何も返してあげられなかった…。姫島宗家の身内として、姫島の次期当主として、もっと私に出来ることはなかったのかって。もう過去は変えられないのに…」

「朱雀、朱芭さんは確かに姫島を追放された。その過去は朱雀の言う通り変わらないし、それによって失ってしまったものも多かったと思う。だけど、朱芭さんは自分の人生に誇りを持っているし、姫島に鬱憤はあっても恨んではいない。だから彼女の弟子として、彼女の願いを継ぐ者として言っておくぞ。朱芭さんのことで、お前が責任をもつ必要はない」

 

 姫島朱雀は姫島家の次期当主であり、「姫島」という家を担う者になるのは間違いない。朱雀は昔から責任感が強いから、これまでの姫島の行いの全てを背負おうとしてしまうけど、そんなの十代の少女が一人で負いきれるものじゃないだろう。慰め的なのはこいつには効かないだろうから、俺にできるのは朱雀が背負おうとしているものを一緒に持ってやることだけだ。

 

「過去のことは正直どうしようもない。誰にだって、どうすることもできない。だけど、これから先は違うだろ。お前がいるんだから」

「…………」

「朱雀、お前は朱璃さんや朱乃ちゃん、鳶雄やこれからの姫島の人達のために頑張ればいいんだ。朱芭さんのこれまでとこれからの願いは、弟子である俺が受け継ぐ。そっちは元々、俺が背負うことになっていたからな。だから、お前は前だけ見てろ」

「……前だけ見てろ、か」

「そっちの方がお前、得意だろ?」

「ふふっ、得意って何よ」

 

 マンションのベランダの手すりに二人で身体を預けながら、お互いに笑みを浮かべ合う。朱雀は一瞬だけ沈痛な表情を表したが、しっかりと俺の目を見て小さく頷いた。そこには少なくとも、先ほどまでの弱さは感じられなかった。

 

「それに、お前が朱芭さんに何もしてあげられなかったわけないじゃん。初対面の時、朱芭さんは朱雀の作った取説にめっちゃ感動していたぞ。アレのおかげで覚悟を決められたって。だから朱雀、胸を張れ。お前が作った取説は、ちゃんと朱芭さんのためになったんだからな!」

「製作者として喜ぶべきなんでしょうけど、素直に喜べない…」

 

 おかしいな、朱雀が朱芭さんに何もできなかったって言うから、実例も込みで元気づけたのに。なんで余計に頭を抱えるんだよ。実際喜んでいたよ、朱芭さん。

 

「まったく、あなたといると色々考えている自分が馬鹿らしくなってくるわ…」

「えー」

「……でも、朱芭様の言う通りね。朱芭様に姫島の行いを次期当主として、頭を下げた時に言われたの。あなたが私のことで背負う必要はないって。納得のいかなさそうな私に向けて、優しく笑われたのよ。私の思いを背負ってくれる人は、もういるから大丈夫とね」

「……そっか」

 

 朱雀からの言葉に、思わず頬を掻いてしまった。朱芭さんもそう思ってくれていることが嬉しいし、朱雀のすっきりした顔が見れてよかったと思う。そんな俺の様子に朱雀は肩を揺らして少し考えた後、どこか心配そうな目で俺の方を見た。

 

 

「私のことより、奏太は本当に大丈夫なの? アザゼル総督から詳しいことを聞いたけど、三大勢力が停戦協定を結ぶ思惑のために、あなたの思いが利用されているようなものよね。神器症の治療を餌に、天界陣営を呼び寄せるということは」

「うーん、利用されているとは思っていないよ。確かに神器症の治療が手段として使われているのは事実だけど、それは俺自身も望んだことだしな。俺としては三大勢力が仲良くなるなら、それはそれでいいかなって気持ちだし」

「あなたって色々考えているけど、根本的なところが能天気よね…」

 

 そんなでっかい溜め息をつくなよ。異世界のことがあるからどっちみち和平は必要なんだけど、それを話すことはできないからなぁ…。俺は治療がしたい! 三大勢力は停戦協定を結びたい! なら、双方共に利益がある取引をしましょう! っていうだけなんだけど、そんなに能天気だろうか。いやまぁ、アザゼル先生からも俺が中心で協定が結ばれるって言っていたし、危険が色々あることは間違いないけどさ。

 

 微妙そうな顔の朱雀に、俺も同じような表情を浮かべると、仕方がなさそうに肩を竦められた。なんかもう、俺だからしょうがないかっていうオーラが感じられる。色々言い返したいが、朱雀に口で勝てる気はしないのでこっちは閉じるしかないけどさ…。

 

「まぁ、心配してくれてありがとよ。これでも、後ろ盾は結構あるから大丈夫だと思う。魔法使い側は俺の味方だし、堕天使側はアザゼル先生がトップだからまとめてくれると思うかな。悪魔側は旧魔王派が怖いけど『眠りの病』の治療の研究を全面に押せば、古き悪魔側はこっちにつかせられると思う。天使側は……相棒関係でだいぶ…だいぶやらかすことになりそうだからなぁ……」

「上層部が奏太関係で大変なことになるのは、何となくわかったわ…」

 

 そこに関しては、みなさんよろしくお願いします! としか俺にも言えない件。相棒のおかげで悪意には敏感なので、俺を嵌めようとしてくるタイプの相手なら事前に気づくことができる。だけど、直情的にこっちへ悪意を向けてくる相手だと、実力があるタイプがほとんどなのでこっちで対処できない可能性が高い。俺の自衛能力を考えたら、全力で守ってもらう気満々ですからね。

 

 

「あっ、そうだ。最後に朱雀へ渡したいものがあったんだ」

「私に?」

「そっ、しばらくまた会えなくなるだろ? ちょっと早いけどクリスマスプレゼントというか、これまでのお礼も兼ねてかな。神器症の治療のことも含めて、朱雀が手伝ってくれたおかげで朱芭さんのこととか、俺の起源のこととか、色々助けてもらえたからさ」

 

 俺は懐にしまっていた魔法使い用の杖を取り出し、収納していた物を魔方陣を描いて呼びだす。空中でくるくると回る魔方陣から木彫りの小さな箱が現れ、俺はそれを慎重にキャッチする。こんな風に改まってプレゼントを渡すのは気恥ずかしいが、三年前から俺の隠し事に付き合ってくれて、相談に乗ってくれた相手にお礼を伝えるだけなのは、やっぱり収まりがつかなかったのだ。

 

 俺は身体ごと朱雀に向き合うと、お礼の言葉と共に木の箱を手渡す。朱雀は目を瞬かせながらも、俺からのプレゼントを受け取ってくれた。朱雀って良いところのお嬢さんだし、神道関連の家でも使える物じゃないといけないから、こいつが喜びそうな物を考えるのが難しかったんだよな。

 

「ここで開けていいのかしら?」

「あぁ、いいぞ。ちなみにそのプレゼントは、朱芭さんも一緒に考えてくれたんだ」

「えっ」

「せっかくのプレゼントなんだから、姫島家でも使えるものじゃないとダメだろ。だから、そのあたりの知恵とかデザインを教えてもらったんだよ。朱芭さんからも朱雀に何かお礼をしたかったみたいだしさ」

「朱芭様が…」

 

 俺の言葉に瞳を揺らした朱雀は、優し気な手つきで箱のふたに手をかける。そして、開いた箱の中に入っていたのは一本の(かんざし)だった。上品な黒塗りの柄に、派手過ぎず、しかし鮮やかな蝶の形をしたつまみ細工。その蝶の飾りの下には、紅色の玉飾りが嵌められている。蝶のつまみ細工は朱芭さんのお手製で、玉飾りの部分は俺が用意したものになっていた。朱雀はゆっくりと簪を持ち上げて、まじまじと眺めていると、不意に気づいたように口を開いた。

 

「奏太、この簪の玉の部分はもしかして念珠?」

「あぁ、俺が渡すプレゼントなんだから、そこは自分でやりなさいって言われてさ。玉飾りの部分には、朱芭さんから教わった秘術を籠めてみたんだ。朱芭さんが作ってくれた蝶の飾りは、その術の気配を外に洩らさないためのものでもあるんだ。今の朱雀ぐらいじっくり見ないと、違和感を感じないと思うよ」

 

 朱芭さんからの卒業課題で作った念珠の一つを、朱雀の簪に取り付けてみたのだ。簪なので数珠ほどの効果はないかもしれないけど、お守りぐらいにはなるだろう。俺と朱芭さんの合作にするなら、やっぱりこれは外せないと思った。朱芭さんからも朱雀のために使うのならOKをもらえたしな。そして、白色の蝶の飾りは朱芭さんなりの朱雀へのメッセージなのだと思う。

 

 白色は昔から太陽の光の色だと言われていて、祭儀の装束に白が使われることが多いように、日本では神聖な色だとされている。そして蝶は、『変化』を司る象徴だ。心の中のもやもやに囚われず、思い詰め過ぎないでほしい。心を切り替えて前を向いてほしい、と朱芭さんならきっとそんな願いを込めるだろうと感じた。朱雀は小さく唇を噛みしめると、胸の前でそっと簪を抱いた。

 

「ありがとう、奏太。朱芭様」

「喜んでくれてよかったよ」

「えぇ、大切にするわ」

 

 簪を元の木の箱の中へとしまった朱雀は、晴れやかな笑顔を浮かべる。これまで微笑みぐらいなら何度も見たことがあるけど、こんな風に気の抜けたように明るく笑う朱雀は初めてで、思わず見惚れてしまった。朱雀と話をしていてすっかり冷めてしまっていた残りのココアをグッと喉に流し込み、俺は照れくささから茜空へと視線を移す。短く返事だけは返しておいた。

 

「そうだわ。奏太にもらってばかりじゃ悪いから、私も次に会った時には何か用意でもしておこうかしら」

「俺のは相談にのってくれたお礼も兼ねているんだから、別にいいんだけど」

「あら、私だって相談にのってもらったじゃない。そうね、あなたにピッタリのものなら……特注の注連縄とか?」

「おい」

「冗談よ」

 

 くすくすと笑う朱雀につられて、俺も肩を竦めて笑い合う。黒髪が冬の訪れを感じさせる風に揺れる中、こうして友人との別れを済ませたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「うわぁぁぁん、あんまりだよぉぉぉっーー! 悪魔の上層部の勘違いがひど過ぎるよぉぉおおッ!!」

「ク、クレーリア。でも、追放処分もなくなるんだから、冥界に帰ることもできるようになったじゃない。実家にも帰れるし、ディハウザー様のレーティングゲームの試合をまた生で見られるようになるわよ」

「それはすごく幸せだけど、魔王様の妹様達の面倒を私が見るって、プレッシャーが半端ないよぉぉっ…!」

 

 さて、朱雀が姫島家へ帰ってから数日が経過した頃。どうやら先日アザゼル先生から聞いた、駒王町の人事に関することが本決定したようだ。メフィスト様から詳細を聞いたらしいクレーリアさんがテーブルに力なく項垂れ、それを隣でルシャナさんが必死に慰めている。今は昼時なので、クレーリアさんのお店へお昼ご飯を食べにきたんだけど、これは荒れているなぁ…。とても他のお客さんには見せられないので、さすがに眷属の人達が『Close』の看板に変えている。俺の注文はとって作ってくれるそうなので、とりあえず俺は友人の愚痴にでも付き合うかなと席に座った。

 

 めそめそとするクレーリアさんに聞くのもアレなので、一緒に話を聞いただろう正臣さんへ視線を向ける。恋人である正臣さんも、クレーリアさん同様に今回の人事に何とも言えない顔をしていた。正臣さんの場合は、教会を追放されて悪魔に転生した後に、また元の職場の人達に顔を合わせるんだから気まずくはあるだろうけど。

 

「正臣さん、正式に駒王町の統治者にクレーリアさんが決まったんですね」

「うん、奏太くんも聞いていたんだね。今朝、主から決定が伝えられたんだ。もちろん、クレーリアに拒否権がないことはわかっているし、僕らがこうして今まで安全に暮らせていたのは、このためだってことも理解している。それでも、複雑な気持ちにはなってしまうよね…」

 

 困ったように笑う正臣さんに、下っ端としての哀愁のようなものが感じられた。理事長や魔王の決定に、下が否を唱えられるわけがないもんな。実際、二人や眷属のみんなが特にお咎めもなく、『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』への留学が認められたのも、三大勢力の和平に向けた一石投じのためでもあった。悪魔の貴族令嬢であり、元教会の戦士の恋人をもち、堕天使側にも認められている管理者。和平の適任者として、これ以上のヒトは他にいないだろう。

 

 あと、正臣さんは基本俺の護衛として働いてもらうのは変わらないけど、帰る家が駒王町に代わる感じらしい。今もクレーリアさんと同棲しているから、彼女が駒王町に引っ越すことになるなら、そこはちゃんとついていくらしい。さすがは正臣さん、男である。クレーリアさんの護衛は、五年も管理者を熱望していた駒王町のエクソシストのみなさんが全力で守ってくれるだろうし、トップの皆さんも何かしら対策は考えてくれているだろう。

 

「それにしてもクレーリアさん、号泣していますねぇ…」

「そりゃあ、現在の駒王町の資料を見せられたみたいだからね。しかも、魔王様方以外の悪魔の上層部の方々には、魔法少女の存在はクレーリアが管理をしていた頃からのものだと勘違いしているから。あの粛清事件を止めるために魔法少女が生まれたのではなく、魔法少女が住み着く土地で粛清事件を起こしてしまったからあの惨状を引き起こしたのだ、と思っているんだ」

「魔法少女が惨状扱い…」

 

 いやまぁ、わかるけどさ。やっていることは正義の味方そのもので、ちゃんとハッピーエンドにだってなったのに、傍から見たら惨状扱いなんだよな…。悪魔の上層部視点から見れば、クレーリアさんの管理力に期待を寄せてしまうのはわからなくはない。実際、五年前に魔法少女は愛する二人のために立ち上がった経緯があるんだし、彼女ならコミュニケーションが取れるかもしれないと思いたくもなるだろう。

 

 それにミルたんや『渦の団(ヴォルテックス・バンチ)』のみんな、そして彼女が管理から外れた五年の間に入居した者以外なら、元管理者のクレーリアさんにとっては知古の関係だ。駒王町に住んでいた裏の関係者と元々良好な関係を築けていたので、彼女に対する信頼も実績もある。魔王様達もそのあたりを考慮して、クレーリアさんを再配置することに決行したのだと思う。

 

 うーん、それにしても…。魔法少女は確かに混沌の大きな原因になったことは否定しないけど、ぶっちゃけそれ以外はマジで駒王町が元々内包していた天然ものなんだよなぁ…。おっぱい教をつくったのも、駒王町出身の子どもたちだし。魔境具合は五年前より確実に上がっているけど、駒王町って最初からヤバい土台が出来上がっていたような気がしてならなかった。

 

 

「さてと、クレーリア。そろそろ落ち着いた?」

「うぅ…、何とか落ち着いてきた…。でも、まだ慰めてほしいかな」

「わかったよ、お姫様」

 

 灰色の髪をよしよしと撫でる正臣さんに、気持ちよさそうに目を細めるクレーリアさん。相変わらずのバカップルっぷりで何よりです。そういえば、正臣さんはクレーリアさんのご両親にも挨拶に行ったんだし、結婚とかはそろそろしないのかな。メフィスト様からも中級悪魔試験は問題なく合格できた、って聞いている。正臣さんは悪魔に転生していて、身分的には大悪魔の眷属で実力もある中級悪魔だ。クレーリアさんの追放処分だって今回の件で解かれるんだし、駒王町の件が落ち着いたら今度聞いてみるかな。

 

「クレーリアさん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫かな…。カナくんもごめんね、いきなり泣いちゃって」

「いえいえ、友達なんだからいいですよ。やっぱり、駒王町の管理は厳しいですか?」

 

 先ほど正臣さんも言っていたけど、クレーリアさんに拒否権なんてない。それでも、どう考えても大変な思いをするだろう場所に、為政者の都合で追い出した後にまた戻れと言われたら、ムッとするぐらいは思うだろう。そんな俺の言葉に、クレーリアさんは泣いて多少すっきりとした顔で首を横に振った。

 

「ううん、不安は山のように…本当に山のようにあるけど、私がやるしかないことは自分が一番よくわかっているからね。それに理解のない統治者が就いて、駒王町で暮らすヒト達が安心して過ごせないことの方が嫌だもの。私が管理者の時、たくさんお世話になったから。それに……」

「それに?」

「あの大きな魔法少女さんには恩があるから。ルシャナを、私の眷属の命を救ってくれた恩。私、まだあの魔法少女さんにちゃんとお礼を言えていないから。だから、ものすごく大変だろうし、私にちゃんとできるのかわからないけど、私が間に入ることで少しでも駒王町で暮らすみんなの助けになるのなら。元管理者として、新しい統治者として、今度こそ頑張らなくちゃいけないって、そう思ったんだ」

 

 ほら、私途中で放り出すことになっちゃったからね、そう言って申し訳なさそうに微笑むクレーリアさん。彼女は確かに為政者の都合で振り回されていることは事実だけど、それでも彼女なりにしっかり前を向こうとしているのだと感じられた。命令されたからじゃなくて、お世話になった人たちに恩返しがしたいから頑張るのだと。そんな考え方がクレーリアさんらしくて、俺は目を細めて頷いた。

 

「えっと、それでカナくんは今の駒王町のことに詳しいんだよね? 資料は見たんだけど、地元名物である『魔法少女流星群』とか『凄腕のおっぱいカウンセラー』とか『街中を走り回るゴリラタクシー』とか『鮮度の高い至高の魚介類を売る魚介類』とか、他にもたくさん都市伝説みたいな内容があるんだけど…」

「……えーと、俺が知る限り全部真実です」

「……ぐすっ」

 

 頑張って、クレーリアさん! 大丈夫だから、きっと大丈夫だからっ! お願いだから、さめざめと泣かないでください!

 

 

「駒王町については、また改めてお伝えします。俺も今後のことを魔法少女のみんなに話しておかないといけないかなと思うので。セラフォルー様は外交関係で忙しいだろうし…」

「うん、私も頑張ってメンタルを鍛えられるようにするよ…」

「ところで、向こうに行ったらクレーリアさんってどんな仕事をするんですか? 主な街の管理は、リアスちゃん達が行う予定なんですよね」

「そうだね、私は主に調整役でそれぞれの組織の意見をくみ取ったり、それを発信したりするパイプ役が主な仕事になると思うよ。新しい管理者の子たちはまだ幼いって聞いているから、しばらくは私が悪魔の契約や教会との調整、裏関係の人達との取引をやっていくことになるのかな」

「本当にやることがいっぱいですね…」

「あはははっ…。私はもう学校を卒業しているから、平日は管理の方に時間を当てられるしね。それに優秀な子たちだって聞いているから、呑み込みも早いだろうし、忙しいのは最初の数年だけになるって言われたよ。引継ぎが終わったら、またこんな風にお店を開いてもいいかもしれないね」

 

 そう言うと、クレーリアさんは楽し気に喫茶店の中を見回した。魔法使い達の自由過ぎる飲食店の数々に、自分から安全なものを食べたい! とお店を構えてしまったクレーリアさん。確かにそれだけの熱意があれば、駒王町でも経営をやっていけるだろう。そういえば、イリナちゃんのお母さんがいつか料理屋さんを開いてみたいって言っていたらしいし、そのあたりでも話が合うかもしれないな。

 

 それにサーモン・キングさんがいるから、新鮮な魚介類も手に入りやすい。あと最近は、豚丸骨大将(げんこつたいしょう)が至高のチャーシューをつくるために畜産業に力を入れたり、タイガー監督もおいしいお好み焼きのために至高のキャベツを育てるんだって農業を始めたりしているって聞いた。カイザーさんもお得意の開発で手助けをしているようで、魔法少女達の自給自足のサイクルはかなり上がっているのだ。これは将来、魔法少女とのコラボ喫茶が出来るかもしれないのか。うん、普通の経営ができることを祈っています。

 

「まぁ、本格的に動くのは停戦協定が結ばれた後だからね。それまでは外に洩らせない内容だから、これまで通り過ごしながら、裏で準備を進めておくつもり」

「わかりました。……クレーリアさん達は、いつ頃からメフィスト様たちが動き出すかとかは聞いていますか?」

「ううん、私は知らないけど…。カナくんもまだ聞いていないんだね」

「うーん、僕の主観になってしまうけど、たぶんクリスマスまでには交渉が進められると思うよ。もうすぐ待降節(たいこうせつ)の時期だし、降誕節(こうたんせつ)である十二月二十五日からしばらくは、教会も佳境期に入っているだろうからね」

「あっ、それアドヴェントカレンダーってやつですよね。そっか、確かに」

 

 さすがは正臣さん、教会関係者としての情報と合わせるとその通りだと思った。となると、あと一ヶ月あるかないかって感じになるのか。そう考えると、ちょっと緊張してきたな。それにこんな風に過ごせるのもあと少しだと思うと、なんだか淋しさのような思いが浮かんだ。俺はそれに軽く首を振って散らすと、ちょうどいい機会だと二人に相談をすることにした。

 

 

「すみません、クレーリアさんと正臣さん。実は折り入って、相談したいことがありまして」

「奏太くんが僕たちに?」

「はい、その……停戦協定の話まで進んだら、しばらく忙しくなると思うんです。なので、それまでにラヴィニアとどこか出かけたりしたいなと思うんですけど、どこかいい場所ってありませんか? 今回もすごく助けてもらったし、お礼がしたくて…」

「あぁー、なるほど。確かにそういう相談は私たち向きだね」

 

 俺の交友関係をよく知るクレーリアさんは、うんうんと頷いてくれた。保護者に相談するのはさすがに気恥ずかしいし、今は停戦協定のこともあってものすごく忙しくしている。そして残念ながら俺の交友関係で、年頃の女の子が喜んでくれそうなスポットを知ってそうな人物がほとんどいない。そんな中でクレーリアさんは、ラヴィニアのこともよく知っているし、正臣さんと一緒に出かけたりもしているから色々な場所を知っていそうだと思ったのだ。

 

「そっかそっかー。確かにカナくんの言う通りこれから忙しくなるし、お出かけもいいかもしれないね。よし、お姉さんに任せなさい! 私も正臣とデートに行きたかったから、素敵な場所を探してみるわ」

「えっ、いや、えっ?」

「カナくんの場合、護衛が一緒じゃないと遠出は難しいでしょ? 近場でお出かけもいいと思うけど、それじゃあ勿体ないなって思うの。ラヴィニアちゃんも、仕事以外であんまり外に出る子じゃないから。二人とも真面目だし、もっと外で遊ばなくちゃダメだよ。正臣も一緒なら、たいていの所には遊びに行けるでしょ?」

「でも、いいんですか?」

「僕は賛成かな。クレーリアが駒王町に行くことが決まったら忙しくなるし、僕らにとっても奏太くん同様に今の時期がゆっくりできる最後のチャンスだと思うからね」

 

 軽い気持ちで相談したら、ちょっと大事になってしまったかもしれない。でも、確かに俺がラヴィニアと出かける時って、俺の地元か協会の傍しかなかったと思う。俺もラヴィニアも、あんまり外に出てはしゃぐタイプじゃなかったからなぁ…。これはせっかくの機会だと思って、お言葉に甘えさせてもらってもいいかもしれない。実際、護衛なしで遠出できる立場じゃないことは俺も自覚しているし。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしてもいいですか?」

「えぇ、いくつか候補を考えておくわ。カナくんも色々アイデアがあったら教えてね」

「はい」

 

 これからに対する不安はあるけど、こうやって友達と過ごせる楽しい時間もある。これまでずっとみんなで過ごしてきた協会での日常も、少しずつ変わっていくことになる。そんな変化を感じながら、俺はそれまでの温かな時間を心に刻んでいこうと笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……懐かしいですね、アザゼル。あなたがそれを着るのは」

「俺としては、二度と着たくなかったんだがなぁ…。まっ、現状これが一番マシだから、しょうがねぇけどよ」

 

 ポリポリと黒髪を手で掻き、懐かし気に目を細めるシェムハザへ、アザゼルはふいとそっぽを向けた。アザゼルが着込んでいるのは、堕天使用に開発された戦闘用のスーツで、バラキエルも好んで使っているものと似ている。灰色のマントでそれらを覆い、肩当てに巻き込みながら布の長さを調整しておく。目にかかった金色の前髪を流すと、アザゼルは肩に手を当ててぐるっと腕を回しておいた。

 

「……第三訓練場を開けておきました。最高ランクの結界を設定し、周りの者には何があってもそこへ近づかないように手を回しておきましたよ」

「サンキューな、シェムハザ。これで思う存分暴れても問題なさそうだ」

「……勝算は?」

「さてな、だがそろそろ覚悟を決めてくるわ。『神の子を見張る者(グリゴリ)』の総督としてな」

 

 心配げな親友の視線に肩を竦めると、アザゼルは相変わらずの飄々とした態度で後ろ手に手を振る。シェムハザはそんなトップにそれ以上何も言うことなく、静かに頭を下げた。アザゼルは部屋から出ると、基地の廊下を粛々と歩いていく。冥界にある基地の中で、普段あまり使わない場所を選んだため、廊下をすれ違う人影は誰もいなかった。

 

 随分と先延ばしにしてきたが、これが最後のチャンスだろう。あと一ヶ月。その一ヶ月の間に、これまでいがみ合い続けてきた三つの勢力がまとまることになる。ほんの数年前までは、自分の頭の中だけで考え、信頼のおける者にしか告げることができなかった絵空事。数百年以上前に起こした大戦で、堕天使は多くの仲間を失った。もう二度とあのような戦争はごめんだとにらみ合いを続け、いつしかこのままでは聖書陣営は共倒れするしかないところまできてしまっていた。

 

 戦うことを避け、戦争から目を背けるようになったアザゼルは、神器(セイクリッド・ギア)の研究へとのめり込んでいくことになる。元々が研究者気質であったトップに周りは同調し、神器の研究を堕天使組織全体で進めていくことになった。皮肉なことに大戦で武闘派の仲間たちが多く散ったことにより、アザゼルの消極的な意見が賛同されることになったのだ。堕天使の幹部で残っている者の多くは、非戦闘員であったことも大きかっただろう。

 

 そんなアザゼルや周囲に向け、不満を持つ仲間がいることも当然理解していた。それでもアザゼルは頑なに戦争のきっかけとなる火種を消し続け、長らく続く冷戦を継続してきたのだ。しかし、それももうすぐ終わることになる。五年前、たった一人の子どもが起こしたやらかしによって、アザゼルは自身が目指す未来が決して夢物語ではないことを悟った。あと少し手を伸ばせば、あと少し足を進めれば、届くかもしれないところまできたのだとわかったのだ。

 

 だからこそ、アザゼルは一度立ち止まった。このまま足を進めて本当にいいのかと。本当に手を伸ばしてしまっていいのかと。アザゼルのその行動に賛同してくれる者は多くいるだろう。だが、決して全てではない。アザゼルは堕天使のトップだ。時には組織の決定によって、零れ落ちてしまうとわかっている者達を無視して進むべき時だってある。それによって憎まれ、恨まれることだって覚悟していた。

 

 だけど、まだ……まだほんの少しだが時間はあるのだ。伸ばした手を引っ込めることはもうできない。しかし、その手が届くまでの間にまだもう少しだけ、自分に出来ることがあるかもしれない。故に、アザゼルは残ったほんの少しの時間の使い道を自分の意思で定めたのだ。

 

 

『お前がお前らしくバカみたいに笑って生きられる道を、これが俺の道だって胸を張って言えるような生き方を探せ』

 

 

「カナタとヴァーリに教えた言葉を、先生の俺が実践できないままなのはカッコがつかねぇからな。自分の意見を通すには、時に誰かと衝突する時だってある。随分長い時間を生きてきたが、今更そんな当たり前のことを実感するなんてなぁ…」

 

 自分に呆れながら、足を止めたアザゼルは固く閉ざされた扉へと目を向ける。懐からカードキーを取り出して、扉のキーに差し込むと、機械的な音声と共に扉がゆっくりと開かれた。その音に気付いた待ち人からの胡乱気な視線を感じたアザゼルだが、いつものように軽い口調で笑みを浮かべてみせた。

 

「よぉ、待たせたな」

「……アザゼル。その恰好は」

「まぁ、必要になるかと思ってよ。できれば、話し合いで解決できるのが一番だけどな」

 

 ワインレッドの瞳と真朱色の瞳が、静かに交わる。ゆったりとウェーブのように流れる長い黒髪。その黒髪に厚手のローブのような羽織を纏い、不機嫌そうに腕を組んでソファーに座っている男性。鋭く睨むような目つきはおよそ組織のトップに向けるようなものではないが、アザゼルは気にした素振りもなく、男の向かい側のソファーへと腰を下ろした。

 

「それで、アザゼル。わざわざこの俺を呼びだしたのは、どういう要件だ」

「そう急かさんなって。……なんか、お前とこうやって向かい合って話すのは本当に久しぶりな気がするわ」

「……世間話がしたいなら他所を当たれ」

「そう怒んなよ、コカビエル」

 

 『神の子を見張る者(グリゴリ)』に所属する幹部にして、バラキエルと同じ武闘派の堕天使。そして現在いる幹部の中で、唯一アザゼルと意見が合わずにずっと対立し続けてきた男。不機嫌そうに舌打ちをするコカビエルへ、アザゼルは相変わらずだと笑みを浮かべる。しかし一度静かに息を吐くと、先ほどまでの飄々とした態度は鳴りを潜め、コカビエルの視線から逃げることなく真っ直ぐに目を合わせた。

 

「コカビエル、今日お前を呼んだのは、そろそろ俺もけじめをつけなきゃならねぇと思ったからだ」

「けじめ……?」

「腹ァ割って話そうぜ、コカビエル。お互いに腹ん中に溜まっているもん、全部よォ」

「…………」

 

 射貫くような鮮烈な赤い瞳が、交差し合った。

 

 




【お知らせ】
 いつも応援ありがとうございます。今後の投稿ですが、年度末・年度始めの繁忙期に入るため、しばらくの間は不定期な更新になると思います。ご了承ください<(_ _)>

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