えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第六章(中) 天界編
第百八十五話 暁


 

 

 

 カラカラカラと、見えない歯車のようなものが無尽蔵に回り続ける真っ白な世界。その世界には一切の無駄がなく、全てが規則正しく整えられている。一つひとつの歯車に意味があり、欠かせない役割があり、その回転は止まることなく永久に時を刻み続けていく。そこに生物は誰も踏み込むことができないが、もし一度でもその光景を目にしたならば、神の御技としか思えない美しさに言葉を失うだろう。

 

 しかし、そんな美しき世界を彩る歯車たちが、少しずつ、少しずつ狂いを生じ始めたのはもうずっと昔のこと。かみ合っていたはずの歯車が一つずつズレていくにつれて、それは徐々に無視できないほどの歪みを生み出した。動きが悪くなった小さな歯車を直すことができず、それでも無数にある歯車の動きを止めないために小さき悲鳴を切り捨て、歪なままこの世界を継続させ続けてきたのだ。

 

 それ以外、歯車を回し続ける以外に選択肢が用意されていなかったから。この世界を創った者から『回し方』は教わっても、それ以外は何も(のこ)してくれなかったから。唯一遺された役目すら放棄してしまったら、己という存在意義の全てを失ってしまうと思っていた。だから、その役目に疑問を感じず、意思も持たず、ただただ無心に世界を回し続けたのだ。

 

 それが正しいことだと、疑うことすら知らなかった。

 

 

《――世界を回せ、と黄昏は遺した》

 

 たった一つの役目を果たすためだけに、遺された遺物。黄昏の世界と共にいずれ朽ち果てるか、それとも親の代わりとなる者に再び世界を回すための道具として使われるか。『それ』にとってはどうでもよいことだった。己の役目(存在意義)さえ果たせるのなら、世界の在り方や自分さえもどうなろうと関心がわかない。だから、『傍観者』のようにただそこにいたのだ。静かに世界を見ているだけでよかった。

 

 あの鮮烈な出会いをもたらした、運命の日が訪れるまでは……。

 

《……黄昏の遺志はまだここにある》

 

 『それ』は鈍い音を立てて回る歯車のようなものに、そっと触れるように意識を向ける。壊れないように、優しく包み込むように。システムの中でもとりわけバグやエラーを起こし、因果律すら狂わせ、神の予想すら上回る進化を遂げた仕組み。それこそが、神器(セイクリッド・ギア)システム。そこから感じられる『黄昏の遺志』の存在を認識しながら、『それ』は静かに思考を巡らせた。

 

 己を創った者は「世界を回せ」とだけ命じた。それ以外は何も教わらず、何も遺されなかった。しかしそれは、逆に考えれば「世界を回すこと」以外は何も命じられていない、ということだ。それ以外のことについて、やってはいけないのか、やっていいのかすらわからない。もう命じる者がいない以上、己の判断で決めるしかないのだ。

 

 果たして『親』は、今から己が行うことを認めてくれるだろうか。それとも、憤慨して親不孝者だと(ののし)られるだろうか。システムの中に残された遺志は、何も答えてはくれない。

 

《――それでも、見ているだけだった世界にはもう戻れない》

 

 歪んだ歯車へ祈るように意思を籠める。もしこの行動が『親』にとって許されない大罪なのだとしても、自らの『意志』で決めたのだ。『感情』を知り、『思考』を知り、『心』を知り、そして伸ばしてくれた手を掴んだことで『温もり』を知った。今更立ち止まることも、『傍観者』に戻ることもできない。

 

 だって、約束したのだ。同じ未来を願い、これまでもこれからも世界を共に歩こうと誓ったのだから。

 

 

《終わらぬ夜が明け、太陽が世界を照らし出すように――》

 

 何者も足を踏み入れることが叶わぬ神の領域に、小さな、小さな芽が生えた。そして、その芽からひらりと一匹の蝶が現れる。大切な依り木(相棒)が、謳と一緒に届けてくれた『概念消滅(暁の蝶)』。『それ』は慈しむように心を寄り添わせると、神が布いた理へ干渉するように権能を行使した。

 

 『それ』は、確かに「世界を回すこと」以外は何も教わらなかった。だが、システムを行使する『親』の姿はずっと見てきたのだ。遥かなる永き時を、『神』の傍で過ごしてきた。この世界で最も近くで『神』の奇跡を見続けてきたのだ。だからこそ、この役目は己にしかできない。

 

 過去を(おも)う、(おも)う、(おも)う、(おも)う…。知識や経験から『学習』し、己の力として取り込み『成長』する。無色だった過去から、色彩溢れる未来へと繋がっていけるように。それがまるでヒトのようだと、どこかくすぐったい気持ちを『それ』は抱きながら、紅のオーラが渦巻くように真っ白な空間を吹き抜けていった。

 

『新たな式よ生まれろ、――理の書き換え(リライト)

 

 暁の蝶を通じて、流れ込んできた力を希望へと変える。天界の最上部にして、神の奇跡を司る「システム」が存在する神聖なる空間。その第七天を照らす黎明の光は、新たな奇跡の誕生を世界へと証明したのであった。

 

 

 なお、天使は大混乱した。

 

 

 

――――――

 

 

 

「――……っ」

 

 強い光が不意に差し込んだ。少し重たいように感じる瞼をゆっくり開けると、見知らぬ天井が目に入った。続いて眩しい光が目に入り、窓の方へ視線を向けると茜色の空模様が広がっている。なかなか働かない頭にしばらく呆然と西日を眺めていたが、どうやら豪奢なベッドの上で横になっていたようだとようやく思い至る。俺は上半身を起こして頭を振ると、ここがどこだったか思い出すために視線を彷徨わせた。

 

「よう、目が覚めたか」

「……先生?」

「具合はどうだ? 身体に問題はないか? 治療が終わったと同時にぶっ倒れたからな、何か異常があったらすぐに知らせろよ」

「異常があったらって…。ん、治療…? ――治療ッ!?」

 

 ベッドから少し離れた椅子に座っていたアザゼル先生に気づき、言われた内容を理解しようと努めてすぐに、今俺がいる場所がどこなのか瞬時に思い出した。勢いよくベッドから立ち上がろうとしたが、身体を支えようとした腕に力が入らず、再びベッドに逆戻りをしてしまう。そんな俺の様子に先生は溜め息を吐くと、椅子から立ち上がって俺の背中を支えるように起き上がらせてくれた。

 

「す、すみません。あの、俺っ、リーベくんの神器症の治療をしにリュディガーさんの家に来て…。それで禁手(バランス・ブレイカー)に至ったはずなんですけど……」

「わかったから、落ち着けって。とりあえず、お前さんの記憶通りで合っているよ。治療を終えた後、禁手による身体の負荷もあるだろうが、長年張っていた緊張の糸が切れたのも重なったんだろうな。あれから数時間ぐらい、お前は眠っていたよ」

「数時間…」

 

 アザゼル先生からの説明に、俺はホッと息を吐いた。お昼ぐらいにローゼンクロイツ家に来たから、確かに窓から西日が見えてもおかしくない時間だ。みんなを待たせてしまったことは申し訳ないけど、丸一日眠りこけるような迷惑をかけなくてよかった。しばらく手の平を開けたり閉じたりすると、ようやくいつもの感覚が戻ってきたように思う。少なくとも、異常って感じられるようなものは特にないかな。

 

「えっと、待たせちゃったみたいで申し訳ありません」

「気にするな。向こうも向こうで準備があったから大丈夫だろう」

「準備…?」

「それよりも、身体の方に問題は?」

「……うーんと、身体の方はたぶん大丈夫かな? あの、それよりも…。みんなのこともですけど、何よりリーベくんの治療は――」

 

 最も気になることを聞こうと身を乗り出しかけたところで、カチャッと部屋の扉が開かれる音が鳴り響く。俺は慌ててアザゼル先生の後ろを窺うように目を向けるが、扉の先には誰も見当たらなかった。あれ? と首を傾げ、風か何かで開いてしまったのだろうかと思ったが、ふと仙術もどきの感覚から違和感を感じ、視線を下の方へと向けた。

 

 

「ゴォー」

「……白いライオン? いや、小っちゃな毛むくじゃらの獅子舞?」

 

 自分でも何を言っているのかわからないが、これまで見たことがないような生き物が俺の方を見上げていた。大きさはラヴィニアの使い魔であるワンコぐらいで、ぬいぐるみのようなもふもふ感がある。全身を覆う真っ白な毛、フサフサの白い(たてがみ)に立派な黒い顎髭(あごひげ)。何よりも特徴的なのが、金の装飾がついた紅色の仮面が顔についていることだろうか。尻尾も猿のように長いし、もう何だこれとしか言えなかった。

 

 唖然と謎の生き物と見つめ合っていると、めっちゃブンブンと尻尾を振ってくれた。えっと、もしかして懐いてくれている? 仮面の所為で全く表情が見えないから自信がないけど、清らかで澄んだオーラが流れ込んできたような気がした。というか今更だけど、もしかしてこいつ神器(セイクリッド・ギア)なのか? 起き上がりで感覚が鈍っているけど、たぶん間違いないと思う。でも、いったい誰の……?

 

Leyna(ライナ)! ライナどこぉー?」

「ゴォウ! ゴォー」

「あっ、ライナいたっ!」

 

 今度こそガチャッとドアノブが回る音と共に現れたのは、柔らかな銀色の色彩。目を見開く俺をよそに、「ライナ」と呼ばれた獅子舞っぽい生き物は、嬉しそうに空色の瞳をもつ男の子の傍へと駆け寄った。Leyna(ライナ)は確か、ドイツ語で「小さな天使」って意味だっただろう。笑顔でライナを抱き上げた少年――リーベくんは、部屋の中の様子にようやく気付いたようで、俺の方を向くとキラキラと目を輝かせた。

 

Bruder(ブルーダー)! 起きたの!?」

「う、うん。おはよう?」

「もうGuten Abend(グーテン・アーベント)だよー」

「ゴォー」

 

 俺からの挨拶ににへらと笑うリーベくんの足元を、遅れないようにトコトコとついてくる神器。二人の間に繋がっているオーラから、この神器の所有者が誰なのかすぐにわかった。

 

「リーベくん、それで身体の方やその神器は…」

「あっ、そうなの! あのね、紅い天使様がリーベのところに来てくれたんだ。それでね、リーベにライナをくれたんだよっ!」

「え、えーと…」

 

 体調について聞きたかったんだけど、まだこの年齢じゃ調子とか聞かれてもよくわからないか。だけど、俺の目から見ても、元気いっぱいな様子に安心から肩の力を抜いた。治療中、リーベくんは眠っていたから、本人的にはよくわかっていないのだろう。少し時間を置いてから、リュディガーさんたちも説明するのかもしれない。

 

 それにしても、紅い天使様か…。もしかしたらリーベくんの中に入り込んだオーラが、夢として現れたのかもしれないな。ちょっと気恥ずかしさを感じてしまい、指で頬を掻いてしまう。とりあえず、詳細について知ろうと俺はアザゼル先生へ窺うように視線を向けると、わかったというように頷いてくれた。

 

「これまでの暮らしで衰えた体力はまだ回復していない。そのため外にはまだ出せないが、少なくともこの家の中や庭を自由に歩き回れるぐらいには問題ないと判断されたよ」

「そう、ですか…」

「そんでもってその神器は、あの治療が終わり、リーベ・ローゼンクロイツが目を覚ましたと同時に顕現した。起こっていた不具合が解消され、おそらくお前の神器のオーラに当てられたことで、完全に覚醒したんだろう。お前が狗神のオーラに当てられて、眠っていた神器が引き上げられた時のようにな」

 

 つまり、俺の神器のオーラがリーベくんの神器を刺激したことで、共鳴現象のような状態を起こしたってことか。いつもリーベくんを診察する時は、『概念消滅』で神器に刺激を与えないようにしていたけど、治療時はそんなことを気にしている余裕はなかった。とりあえず、リーベくんが神器を疎んでいないことだけはホッとした。

 

「リーベくんは、ライナのこと好き?」

「好きだよー。なんだかね、ライナはずっと一緒にいてくれていたような気がするの」

「そっか、苦しいのはもうないんだね?」

「うんっ!」

 

 足元にいた神器を優しく抱き上げると、俺からの質問に嬉しそうに答えてくれた。その笑顔が、その答えが、少しずつ実感として自分の中に沸き上がってくるのを感じた。

 

「あと、そいつが持っている神器は、独立具現型神器『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』だ。太陽の聖獣と呼ばれ、悪霊や疫病などを祓うと言い伝えがある。何より、こいつの鬣に水が触れると、たちまち聖水にしちまうっていう力があってな。なかなかに珍しい神器だよ」

「聖獣を宿した神器…」

 

 アザゼル先生曰く、『森の王(バナスパティ・ラジャ)』を信仰する祈りによって生まれた分身体のようなものらしいけど、神話と類似した異能は持っているらしい。神器には強力な魔物や魔獣が封印されたものやドラゴン系神器、神滅具『獅子王の戦斧(レグルス・ネメア)』や『黒刃の狗神(ケイニス・リュカオン)』のような神話の存在を封じたものだって存在している。数は少ないけど、聖獣を封印した神器もあるようだ。

 

 それにしても、ハーフ悪魔であるリーベくんの神器が、水につけるだけで聖水を作っちゃうような聖獣だったとは…。そりゃあ、魔の力と聖の力が反発し合って、身体に影響を与えてもおかしくはなかっただろう。だけど、今の二人は悪魔と聖獣という関係でありながら、仲は良好と呼べるぐらい良さそうだ。少なくとも、『微睡む森の王(ドラウス・バロン)』にリーベくんを傷つけるような意思は感じないと思った。

 

 

「ライナ、Bruder(ブルーダー)のところに行きたいって」

「俺のところに…?」

「うん、触っていいよって!」

 

 ライナを抱っこした状態で俺の傍に寄ると、リーベくんからハイッと手渡されてしまった。たぶん魂が繋がっている感覚から、リーベくんも神器の思念を受け取ることができるのだろう。大人しく待ってくれていたので戸惑いながらも受け取ると、手からじんわりと温かな熱が伝わってきて、不思議と気分がすっきりとしてくる。フワフワな毛とぽかぽかと感じる太陽のような温もりに、これはちょっと眠たくなってくるな。

 

《――――――》

 

 不意に頭の中に響いた感謝の思念に視線を向けると、仮面に覆われた真っ直ぐな目と合ったような気がした。

 

「ゴォー」

「……どういたしまして。受け入れてもらえて、よかったな」

「ゴォウ!」

 

 最後に一撫でし、そっと抱き上げてリーベくんにライナを返すと、大切な相棒を迎え入れるように両腕で受け取ってくれた。リーベくんの小さな天使。それは幼き命を奪うだけだった存在から、共に未来を歩むことになる素敵な相棒へと変わったのだ。リーベくんの神器は無事に覚醒し、宿主は元気にはしゃぎまわっている。その光景をだんだん自覚してくると、目頭に熱いものがこみ上げてくるのを感じた。

 

 ――あぁ、この笑顔が見れて本当に良かった。

 

 

「おーい、リーベ・ローゼンクロイツ。お前さん、どうせ慌てて神器を追いかけて、あの心配性共を置いて行っちまったんだろう。さっさと戻った方がいいぞ」

「はーい」

「ついでにカナタが起きたことを伝えておいてくれ。この調子なら、少ししたらそっちに行けるだろう」

「わかった!」

 

 リーベくんはアザゼル先生からお菓子をもらうと、嬉しそうに手をあげておつかいを頼まれていった。そんな子どもらしい姿に笑みを浮かべながら、濡れた目元を袖で拭っておく。しばらくそんな状態が続いてしまったけど、先生は何も言わずに見守ってくれた。本当にありがとうございます。

 

「……落ち着いたか?」

「はい、すみません。なんか、安心しちゃって…」

「俺や魔王であの後診察したが、神器と宿主の間にあった異常は感じられなかった。神器が宿す神秘のオーラの濃度や変質してしまったことで反転した作用が、宿主の魂と合うように創り直されていた、という方が正しいのかもしれないけどな」

「神器をリーベくんが正常に行使できるように、構成そのものを書き換えた…」

「そういうことだろうな。まさに神の御業ってやつさ」

 

 口元に手を当てて治療の結果について考えていると、俺がいるベッドの近くまで椅子を持ってきたアザゼル先生は、腕を組んでドカッと椅子に座った。それに驚いて目を瞬かせる俺に、ワインレッドの瞳が射貫くように向けられていた。

 

「さて、カナタ。俺がわざわざお前の目覚めを待っていた理由も含めて、色々話をしておかなくちゃならねぇことがある」

「……俺の禁手(バランス・ブレイカー)についてですよね」

「まぁな。お前とシステムがやらかしたことは、聖書の神の真似事……いや、神に成り代わる行為と言ってもいい。神の定めた理を消し去り、己が望む理へと書き換える能力。『神を殺す神器』や『神を騙る神器』なんかはあったが、『神に至る神器』なんてものが本当に生まれるとはな…」

 

 アザゼル先生は肩を竦め、呆れたように溜め息を吐きだす。「神の不在」によって多くの不具合やバグが生じ、神滅具(ロンギヌス)と呼ばれる「神をも滅ぼす具現」が世界で確認されるようになった時代。さらに聖と魔のバランスが崩れ、様々な影響を世界に与えることになっただろう。それらを何とかしたいと考えても、「聖書の神様」自身が作り上げたプログラムに介入できる者が誰一人としていなかった。それが、神亡き後に始まった黄昏の時代だった。

 

「カナタ、数ある神器の中から神滅具(ロンギヌス)に選ばれる特徴は何だったか覚えているか?」

「……二種類以上の能力をあわせ持つ特徴を持ち、宿主の望みを汲み取って独自に進化していく拡張性があること」

「そして、持ち主が所持しているか「生きている」限り、同じ能力を持つ神器は存在しないということだな」

 

 他にもあるかもしれないけど、大きな特徴としてはこの三点だろう。これまで俺の神器は準神滅具級だとアザゼル先生から言われていた。すでに三つの特徴の内、二つは当てはまっていたからだ。『消滅』と『書き換え』という異なる異能の所持。俺の願いに応じて新たな可能性を与えてくれた拡張性。それでも、神滅具のようにそれ一つで世界に影響を与えるほどの具現はなかったことで、認定から外されていたのだ。

 

 だが、今回禁手(バランス・ブレイカー)に至ったことで、俺と相棒は一時的とはいえ神の領域に手を伸ばすことができるようになった。神が定めた世界の理を書き換え、システムが宿す奇跡の力を行使することができる権利。相変わらず戦闘力という面では何とも言えないが、それでも世界に影響を与えるだけの力はあるだろうと理解していた。

 

「お前の禁手(バランス・ブレイカー)をその目で見た全員の共通意見として、お前の神器は『十四番目の神滅具(ロンギヌス)』として新規認定を受けるべきだと判断された」

「…………」

「正式に認定されるには、世界各地に通達し、トップ連中からの承認をもらう必要がある。だが、内定はほぼ確実だろう。その事実は受け入れておけよ」

「……はい」

 

 以前アザゼル先生から、俺の神器は準神滅具級だと言われたときは、そこまで言われるほどだろうかと疑問に思ったりもした。相棒の異能は確かにすごいものだったけど、原作で準神滅具級だとされたギャスパー・ヴラディと比べると、あんまり実感ができなかったからだ。あと俺自身の才能の低さも影響し、世界に影響を与えるほどの力はまだないと判断していた。

 

 だけど、俺の禁手は相棒と二人で至る力である。相棒のすごさを俺は誰よりも知っている。故に、その力を疑うようなことなんてしない。だから、心のどこかで納得していた。『十四番目の神滅具』に選ばれると聞いた瞬間、「あぁ、そうなのか」と静かに受け止めることができたのだ。

 

 

「でも、先生。神滅具の特徴である、同じような神器は複数存在しないってところはどうするんですか? 『概念消滅』は確かに唯一無二の異能ですけど、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』自体は量産型の神器ですよ。色々混乱が起こったりはしませんか?」

「あぁー、そこなんだがな。カナタ、お前ちょっと神器を顕現させてみろよ」

「相棒をですか?」

 

 俺が尋ねた問題について、先生は黒髪をガシガシと手で掻くと、ビシッと胸のあたりに指を差された。禁手に至ってから初めて神器を取り出すことになるけど、大丈夫だろうか。俺は相棒に向けて呼びかけると、いつものように温かな紅の思念が頭の中を過った。両手を前へ掲げると、その手の平の中に納まるように美しい輝きが現れた。

 

「あれ?」

 

 手の中に顕現した相棒を目にし、俺はポカンと口を開いてしまう。これまで九年間――いや、あと数ヶ月ぐらいで十年目の付き合いになるだろう紅き槍。今まで俺を支えてきてくれた相棒の姿は、目を瞑っていたとしても見分けることだってできるだろう。ところが、俺は一瞬手の中にある槍を認識することができなかった。間違いなく相棒だと理解できるのに、これまでの形状と明らかに違っていたからだ。

 

 シンプルで装飾の少なかった紅色の槍に、黄金でできた樹の枝のようなものが巻き付き、螺旋のように柄の部分を覆っている。その樹の先は円形の装飾に繋がり、そこには旧約聖書などに載っている十の球(カバラ―)の模様が刻まれていた。槍の先端を端から端まで眺めた俺は、呆然と変化した相棒をまじまじと見つめることしかできなかった。

 

「……これ、装飾がついた分、ちゃんとぶん投げられるように練習しないとまずいかも?」

「まさかの第一声がそれかよ」

「えっ、じゃあ…。今迄みたいに鍋の灰汁(あく)取りのために、躊躇なく突っ込むのを躊躇(ためら)っちゃいそうな荘厳なデザインになったなぁーと」

「お前の神器、よく今まで反乱を起こさなかったよな」

 

 今では適度に美味しくなる量の灰汁だけを消せる技術が身につきましたよ。さて、混乱していた思考もだいぶ回復したと思う。俺は格好よく進化した相棒を興味深く眺め、丁寧に手で触ったり、コンコンと叩いてみたりと感慨深い気持ちを感じる。まさか禁手(バランス・ブレイカー)に至ることで、通常の形状まで変化するとは思っていなかった。今まで見慣れていた紅色も、今はどこか夜明けの光のような温かな色合いに代わっていた。

 

禁手(バランス・ブレイカー)の影響ってことですよね…」

「だろうな。禁手を経て、宿主であるお前に最もふさわしい姿へと既存の理を書き換え、変革したんだろう。『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は、元々聖書の神が創った神器だった。だが、そいつはシステムによって新しく生まれ変わった、新規の理を宿した神器ってことだ」

 

 先生からの説明を受け、俺は頭がいっぱいいっぱいになりながらも、なるほどと頷いておく。確かに俺が生まれた時から所持していた『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』は、聖書の神様が創った理に沿って力を発揮していた。その理を『概念消滅』でちょこちょこ書き換えることはこれまでにもしていたけど、禁手を果たしたことで、完全に相棒の理念に沿った神器に生まれ変わったということだろう。

 

 この形状なら、俺以外の『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の宿主と問題なく区別化することができるな。最後の神滅具の特徴だった「同じような神器は複数存在しない」という条件も、俺と相棒だけが扱える槍である時点で唯一無二のものになる。俺の禁手はどう考えても、元々の異能が昇華したというよりも、俺と相棒の力が混ざり合ったことで生まれた変異型だろうしな。

 

「神器の禁手には大きく三種類の可能性があると言われている。単純に能力を強化・進化させたものを「昇華面(クレスト・サイド)」と呼び、大半の神器はこれに分類される。あとは自己と神器の有り様を狂気の領域まで追求し、自ら神器と混ざり合うことで体現させたものを「深淵面(アビス・サイド)」。また、この二つ以外に分類することができない突然変異を「慮外面(イクス・サイド)」と呼んでいる。この二つはめったに現れることがないがな」

「じゃあ、俺のは「深淵面(アビス・サイド)」の禁手? いや、でも「慮外面(イクス・サイド)」とも思えるし…」

「深淵面と慮外面の複合型、がお前の場合は正しいのかもな。倉本奏太とシステムだからこそ、辿り着いた領域ってわけだ」

 

 俺はもう一度、神器を上から下へゆっくりと眺めていく。アザゼル先生が教えてくれた内容は、原作でもいくつか覚えがある。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を宿す兵藤一誠は、最初は正当な進化である『赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)』という禁手へと至っていた。「赤龍帝」の力を具現化させた赤い全身鎧。禁手後は一気にパワーが増大するなど、著しい性能の向上が見られただろう。

 

 だけど、それだけでは終わらなかった。神器の力をさらに研鑽し、様々な調整を施したことで新たな可能性を広げていった姿を俺は知っている。原作の十巻でイッセーが見せた、ドライグの力を解放したことで至った禁手。サイラオーグさんとの試合で覚醒した『真紅の赫龍帝(カーディナル・クリムゾン・プロモーション)』なんかは、明らかに深淵面と慮外面の複合型の強化形態だっただろう。アレは兵藤一誠とドライグにしか辿り着けない頂きだと感じた。

 

 

「さて、という訳で。その新しく誕生した神器の門出も祝って、新しい名前を付けてやらねぇとな」

「えっ、新しい名前?」

「そいつはもう『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』じゃねぇってことは、お前も理解しているだろう。なら、新規神滅具の認定だって控えているんだ。元の神器と区別するためにも、新しい名称は必要だろ?」

 

 アザゼル先生から次々に教えられる情報量に、正直頭がパンクしそうになる。だけど、それが必要なことだってことは俺でも理解できた。これまでずっと『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』って呼び続けていたから、新しい呼び名に変わるということに戸惑いはある。でも、一応普段は「相棒」って呼んでいるから、正式名称が変わってもなんとかはなるだろう。

 

 うーん、しかし。いきなり新しい名前って言われても困った。リンの名づけをした時もさんざん悩んだけど、今回の名づけは世界規模で浸透する可能性が高い事案である。変な名前をつけたら、俺の生涯だけでなく、それこそ子々孫々の未来までも残り続けるかもしれないのだ。それはさすがに遠慮したいというか、羞恥心で表に出られなくなるので勘弁してもらいたい。

 

 そうして俺は云々と必死に悩んだ末、こういった厨二的センスが必要な場面で、抜群の適任者に向けて丸投げすることを決めたのであった。

 

「アザゼル先生っ! 先生が俺の神器に、新しい名称を付けてください!」

「あぁ? 俺がつけていいのかよ」

「先生の素晴らしいセンスを信じて、ぜひお願いします! できれば元の要素もちょっと残しながら、能力も端的に伝わって、さらに相棒らしさも感じられるような、すっきりコンパクトにまとまった格好いい神器名が欲しいですっ!」

「丸投げなくせに注文が多くねぇかッ!?」

 

 だって、名前って一生ものですよ。そりゃあ、注文を入れまくるに決まっているでしょう。俺はアザゼル先生のネーミングセンスを信頼している。きっと彼なら、この神器にふさわしい名前を付けてくれるはずだ。俺は全幅の信頼を寄せた輝くような目でアザゼル先生をジッと見つめると、めっちゃ頬を引きつらせた。若干、後ろに下がられたような気もするけど。

 

 それから少しして、アザゼル先生は特大の溜め息を吐くと、仕方がねぇなという感じで腕を組んで名前を考えてくれた。さすがは先生、そういう面倒見が良いところが素敵です。元々こういった名前を考えるのが好きなのもあるだろうけど。しばらく先生は目を瞑ってブツブツと呟いては、俺の手に持つ相棒を見つめる行為を繰り返していた。

 

「……そういえば、お前の禁手名はカナタ自身の起源と『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』に宿る異能を組み合わせたことで、変異したものだったよな」

「そうなりますかね。『消滅の概念』が、生命の樹に宿る三種の無(アイン)の概念を表すことで、聖書で有名な聖樹へと変わって…。紅い光は俺をずっと導いてくれた沈まぬ太陽に代わった。最後に俺のもつ『変革者(イノベーター)』としての『蝶』の起源が、蝶の別称である夢見鳥にたぶん変わったのかな」

「お前の槍に刻まれている模様は、セフィロトの樹である十個の球体(セフィラ)を表している…。そして、夜明けを示す再誕の証。太陽の導きによって、新たに生まれ変わる時代が始まることを告げているって感じか」

 

 また数分ほど思考の海に潜ったアザゼル先生だけど、考えがまとまったのか顎髭を撫で、ニヤリと楽し気に笑みを作った。もうまとまったのかと驚きながら、ベッドの傍にあったサイドテーブルを近くに運ぶ先生を見つめるしかない。それから先生はメモ用紙のようなものを懐から取り出すと、サラサラッとペンを走らせていった。

 

「ふぅ、さてと。とりあえず考えてみたぜ」

「すごいですね、あんな短い時間で…」

「まっ、俺にかかればな。漢字とそれに合わせた読み方をそこに書いておいた」

 

 そう言ってメモ用紙を渡され、俺は相棒をベッドの脇に置いてドキドキする心臓を抑えながら紙を開いた。

 

 

「お前の神器は、「神の不在」によって訪れた夜を照らす暁の太陽となる。一度沈んだ黄昏()が、再び世界を照らす黎明()に代わるんだ。そして、セフィロトの樹の中枢に位置するセフィラにも『太陽』があってな、そこにお前の「色」も付け加えておいた」

 

 神の遺志が宿る『黄昏の聖槍(トゥルー・ロンギヌス)』は「始まりの神滅具」と呼ばれ、神滅具の中で最上位とされている。最強の「聖遺物(レリック)」であり、神をも貫く絶対の神器だと語られていたと思う。それは「神が不在」となった黄昏の時代を象徴する、黄金の輝きを示していた。

 

 だけど、俺の神器はそんな神様が築いた世界を書き換え、新しく作り替える異能だ。まさに黄昏とは対極に位置する、もう一つの「始まりの神滅具」。「神の再誕」となる黎明の時代を象徴する、沈まぬ暁の輝きとなった。

 

 

「『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』。それがカナタの新しい神器の名前だ」

暁紅(ぎょうこう)の聖槍…」

「しっかし、まさか神に逆らって堕天した俺が、新たな神の名付け親になるとはねぇ…。世の中何が起こるのか、本当に予想がつかねぇな」

 

 アザゼル先生の言葉と書いてくれた文字を反芻しながら、俺の中に真名が沁み込んでいったような感覚を感じ取った。どうやら相棒も、アザゼル先生のセンスをお気に召したらしい。最強の神滅具と名前が似ているのは非常に気になるけど、これ以上にしっくりくる名前は考えつかなかった。相棒を象徴する「紅」の色が入っているのも、俺的にポイントが高い。さすがである。

 

 とりあえず、新規の神滅具ってことだったり、名前が似ているからって、原作のバトルジャンキー共に目を付けられないことだけを祈ろう。俺の神器は大変すごいことになったけど、その神器を扱うのは俺なのである。残念ながら、禁手に至ったからって「戦闘(バトル)しようぜっ!」というような性格にはならない。この性格は、さすがに直すことができないだろう。

 

 むしろ、そいつらに出会ったら即逃走を選択するぐらいには潔くなれると思う。「神の再誕」と呼ばれる新たな神滅具の力を使った、渾身の逃げっぷり。うん、ある意味で伝説になれるな、これ。

 

 

「まぁ、何にしても。これからもよろしくな相棒」

 

 暁紅に輝く柄をそっと撫でると、俺の意思に応えるように温かな思念を届けてくれた。それからアザゼル先生としばらく話を楽しんだ後、今後のことについて話し合うためにもリュディガーさんたちが待つ部屋へと向かったのであった。

 

 

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