えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百八十七話 涙

 

 

 

Merry Christmas(メリークリスマス)! みんな元気にしていたかな? ちょっと早いけど、みんなにクリスマスプレゼントを持ってきたよっ!」

「うわぁー! デュリオ兄ちゃん、ありがとう!」

「にーちゃっ! お菓子!」

「あはははっ。ほら、ちゃんといっぱい用意したから、仲良くしなくちゃメッ! なんだぞ」

『はーい』

 

 ヨーロッパにあるとある国。教会と併設されている孤児院に足を踏み入れた十代半ばだろう少年は、満面の笑顔で肩に背負っていた白い袋を床に下ろした。その少年を見つけた子どもたちは我先にと抱き着き、嬉しそうに甘え、それにグリーンに輝く瞳が優しく緩んだ。癖っ毛のある金髪を揺らした少年――デュリオ・ジェズアルドは、一人ひとりの子どもと目を合わせ、笑顔でプレゼントを渡していった。

 

 教会では十二月を迎えたことで、クリスマスを祝うための待降節(たいこうせつ)が始まり、教会関係者はどこも忙しなく準備に追われている。デュリオも当然ながら準備に追われていたが、それでも自分の時間を何とか捻出し、その時間を孤児院の子どもたちへのお祝いのために使っていた。クリスマスの当日はさすがに時間が取れないので、この時期に子どもたちに会いに行くのは彼の毎年の習慣になっているのだ。孤児院にいるシスターたちも、慣れた様子で子どもたちにもみくちゃにされるデュリオに笑っていた。

 

 デュリオは趣味でもある「美味しいもの巡り」で見つけた様々なお菓子を、様々な教会の子どもたちに配り歩いている。それは仕事だからではなく、彼が自分自身で選んだ行動故にだ。教会に縁のある子どもたちを、彼は皆兄弟同然であると考えているため、当たり前のことだと苦にもしない。その姿に教会の者たちは感謝をすると同時に、困った子だと微笑んでいた。当然ながら心配する声もあがることだってあり、彼を止めるよりも周囲が理解を示そうと時間を作ってくれる時もあった。

 

 神滅具『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』の所有者にして、「教会最強のエクソシスト」の異名を持つ少年。しかし、彼に近しい者なら皆「教会一の甘い子」だと評するだろう。それだけ、彼の瞳に映る世界はいつも輝きに溢れ、優しさに包まれていた。みんなが平穏に暮らすためなら、エクソシストとして吸血鬼や上位魔獣、上級悪魔を相手に戦ってきた。それでいながら異種族に対して嫌悪感はなく、守るべき者がある相手には敵であろうと敬意を払う。常に自分の目で世界を見定め、後悔のない判断を行ってきた。

 

 それこそが、将来天界の切り札である「ジョーカー」に位置づけられる「御使い(ブレイブ・セレント)」の一人。デュリオ・ジェズアルドの姿だった。

 

 

「ふぅ…、これでだいたいのところにはプレゼントを配り終わったスね」

 

 毎年のことながら、自分でもちょっと無茶な旅程を組んでいると息を吐く。ヨーロッパだけとはいえ、国中にある教会系列の孤児院に自ら訪れるのである。アドベントカレンダーが始まってから四週間あるとはいえ、なかなかの労力だろう。それでもやめる気もなければ、誰かに代わってもらおうという気もないのだから、彼の行動が改まることはなかったりする。また心配な顔でみんなに怒られそうだと、デュリオは小さく笑った。

 

 それからさんざん子どもたちに振り回され、くたくたになった服を着直したデュリオは、傍で見守っていたシスターたちにペコリと頭を下げる。それだけで彼の伝えたいことがわかったのか、そっと彼女たちは教会の奥へと道を通してくれた。デュリオは子どもたちに手を振って通路の先に入ると、先ほどまでの笑顔から唇を引き締め――悲哀を宿した瞳を揺らした。

 

 手に持つプレゼントが、自身の震えからカタッと音を立てる。それにハッとすると、こんな顔で会うわけにはいかないと空いている片方の手で頬を張っておく。今年用意したプレゼントを、あの子は喜んでくれるだろうか。クリスマスを……祝ってくれるだろうか。他のみんなのように、お菓子を『食べること』すら難しいほど、症状は進行しているという。

 

 悔しそうに、切なそうに、きっと今年があの子にとって最後のクリスマスだろうと告げられた。医者から告げられた、余命宣告は近い。今日はあなたが来てくれたから、間違いなく元気な表情を浮かべてくれるわ、と目尻に涙を浮かべたシスターたち。彼女たちは、すでに覚悟をしているのだろう。デュリオも子どもを看取るのは初めてではない。それでも、何度目だろうとこの喪失感に慣れるとは思えなかった。

 

「神様から送られた神器(セイクリッド・ギア)で、苦しんで、大人になれずに死んでしまうなんて……やっぱり理不尽だよなぁ…」

 

 ポツリと呟かれた言葉は、誰にも聞かれることなく虚空へと消える。敬虔な信徒が今の言葉を聞いたら、神様に無礼だと叱られるかもしれない。そういう運命だったのだと、受け入れるべきなのかもしれない。それでも、小さな恨み言を声に出してしまったのは、デュリオの中でずっと燻り続けていた思いだったからだ。どうしてもこの運命に、納得することができなかった。

 

 あの子の命の灯が消える瞬間まで、出来る限り傍にいよう。そう、デュリオは決めていた。だから今年は、いつもよりも無茶な日程を入れて、弟とのクリスマスを祝う時間が取れるように仕事に打ち込んだ。『兄ともっと遊びたい』なんてささやかな願いを、せめて叶えたいと思ったから。弱った心を叱咤したデュリオは、迷いのない足取りで弟に会いに行く。

 

 それが、自分にできる唯一の方法だったから。上位神滅具を宿していようと、才能があると周りから褒められても、一番助けたいガキんちょ達を助けてやれない。その思いがいつもデュリオの心を蝕みながらも、それでも諦めたくないと奮起する動機になっていた。いつかきっとこの力が、みんなの力になれると信じている。最期のその時まで、足掻くのをやめたくなかった。

 

 だからこそ、デュリオは笑顔を浮かべる。扉の前まで来た少年は、明るい声で祝福を届けた。

 

Merry Christmas(メリークリスマス)! 今日はいっぱい遊びに会いに来たよっ!」

 

 遠い地から自分のために来てくれた兄。生気を失いかけていた少年の目に光が宿り、満足そうな表情を浮かべた。時間を忘れるぐらい、たくさんのことを話した。たくさん思い出を語った。たくさん……叶えたかった未来を思い浮かべた。空が黄昏に暮れ、日が沈みそうになる瞬間までデュリオは弟の傍で声をかけ続けたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「うへぇ…。帰りが遅くなったこと、またみんなに怒られるのかなぁ……」

 

 ポリポリと頭を掻き、すっかり夜の帳に覆われた街をデュリオは眺める。戦闘力的に大丈夫だと言いたいが、まだまだ子どもであるデュリオを気にする大人は多い。それに恵まれていると感じながら、贅沢な悩みだと小さく笑った。それでいて、こういった性分を変える気がないのだから、なおさら申し訳なく思う。

 

 どうせ怒られることが確定なら、この地域の美味しいものでも食べてから帰ろう。ヨーロッパにある様々な孤児院に訪れる過程で、デュリオは美味しい食事やお菓子を新規開拓することを趣味にしていた。元々あまり物欲などはなく、裕福な暮らしにもそれほど憧れはなかったため、デュリオの散財はだいたい子どもたちへのプレゼントか、食事に重きが置かれている。甘味なども大好きなので、よくお菓子を食べては健康に悪いと叱られていた。

 

「うーん、一緒に美味しいもので散財できる知り合いもいないしなぁー。それか、カロリーとかを気にせずにお菓子を食べられる方法って、何かないのかな。そうしたら、みんなから健康に悪いって怒られなかったりもする?」

 

 軽い口調で云々と真剣に悩むデュリオは、とりあえず目についたお店に入って注文をする。教会の信徒の中には、質素倹約(しっそけんやく)こそ大切だと控え目な食事や暮らしをする者は多い。デュリオもそこは理解しているが、そもそも教会の人達は引きこもりすぎだと思っている。もう少し、見識を広めるのは大事だと思うんスけどねぇ…、と食べ歩き用のスナックを購入して、パクリと口に放り込んだ。

 

 ヴァスコ・ストラーダ猊下という八十歳になったとは思えないような破天荒な師匠がいたため、デュリオはそれなりに現代の文化に理解があった。あれだけ自由に最新機器を使いこなす師が教会でも屈指の敬虔な信徒扱いなのだから、暮らしや食事に問題はないと思っても仕方がないだろう。よく孤児院に訪れていたので、街もよく散歩をしている。こういう自由さは、教会の他の仲間にはあまりない要素だった。

 

「シスターたちにお土産を買って帰れば、許してもらえるかなー。いや、余計に堕落しちゃう! って怒られる? あれ、いくら考えてもやっぱり退路がないぞぉ…」

 

 もう叱られることは受け入れるしかないか…、と項垂れたデュリオだったが、不意に内ポケットに入れている通信に反応があったことに気づく。こんな時間に珍しいと思ったのは、通信相手が誰かを理解したからだ。彼の錬金術によって、魔法の力を感じさせないように「偽装」されたカード。教会で暮らすデュリオのために、隠れて連絡できるようにわざわざ作ってくれた『仲間』のものだった。

 

 仲間というのは、デュリオが命名した『諦めが悪い仲間』のことである。信徒と悪魔という垣根を超え、三年間連絡を取り続けてきた悪魔の父親。リュディガー・ローゼンクロイツは、確か冥界では有名なプロのゲームプレイヤーだっただろう。彼の息子であるリーベくんとも、よく通信で話をしたりもした。デュリオの都合なども考えて、忙しい十二月あたりはあまり連絡を入れることはなかったのだが、何かあったのだろうか。

 

 デュリオは人気がないベンチに座ると、お菓子と一緒に買っておいた飲み物もセットしておく。通信を示すカードを慣れた手つきで弄ると、これまで抑え込まれていた魔法力が溢れ、カードに魔方陣が浮かび上がる。銀色に輝く魔方陣が発光した後、そこには見慣れた男性の姿が現れていた。

 

 

「いやー、こんばんはです。リュディガーさん。どうしたんスか、こんな時間に?」

『ごきげんよう、デュリオ。夜分遅くに済まない、迷惑ではなかったか』

「任務もないので問題ないですよ。ちょうど今、外にいますし」

『……あまり夜遅く出歩くのは感心しないな。この時間の間食も』

「うっ…」

 

 リュディガーは呆れた目で、デュリオの傍にあるお菓子とジュースに気づき肩を竦める。私生活に文句を言うつもりはないが、恩人である少年のことを思うとつい口に出てしまう。毎年の彼のルーティンを思い出し、きっとクリスマスのお祝いをしていて時間を忘れていたのだろうと思い、リュディガーは咳払いをしてそれ以上の追及は避けておいた。

 

「えーと、それで何かあったんですか? なんかものすごく疲れているように見えますけど」

『むっ、疲労が顔に出ていたか。すまない、二、三度ほど失神して仮眠は取れたと思ったんだが』

「さらっとヤバい発言しませんでしたかっ!? 本当にちゃんと休みましょうよ!」

 

 たぶん、本当に体調は良くないのだろう。普段なら何でもないように取り繕える彼が、ほとんど素で話しているとわかる。時々お腹も手で押さえているので、何か怪我や病気でもあったのかと心配になった。体調は悪そうだが、それでもデュリオに向ける目は真っすぐで、それだけ早く話さなければならないことがあったのだろうと察した。

 

「あのぉ、その体調不良は何かあったんですか? もしかして、リーベくんに何か…」

『いや、この体調の悪さはリーベとは全くの別件……とは、一概には言えないかもしれないが…。とりあえず、この胃の痛みは今後のためにも頑張って慣れるよ』

「いや、胃の痛みは慣れるものじゃないと思います…」

『ふっ、この世界の未来を知ってしまった以上、私にはもう他に選択肢がないのさ。絶対にまたやらかすだろうし…。すまない、ようやく薬やお香も効いてきたから安心してくれ』

「安心要素がないっス…」

 

 普段からクールで優美な姿を見せている悪魔が、通信とはいえボロボロな姿に頬が引きつる。何をどうしたら、『番狂わせの魔術師(アプセッティング・ソーサラー)』と呼ばれ、悪魔にすら畏れられる男をここまで疲弊させられるのか。『諦めが悪い同盟』のはずなのに、最後の方なんてもう諦観すら浮かべている。とんでもない常識(強敵)と戦ってきたことだけはわかった。

 

 

『さて、こんな時間に連絡を入れたのはどうしてもキミに伝えたいことがあったからだ』

「俺にですか?」

『約束を果たしにきた。デュリオ、三年前…。キミと初めて出会った時のことを、覚えているかい?』

「……忘れるわけないでしょう。あれから、俺達の関係は始まったんですし」

 

 突然告げられた『約束』という言葉に首を傾げたデュリオは、三年前に彼と語った内容を思い出すように思案した。ストラーダ猊下に社会見学だと言われ、ついていった先で出会った悪魔。デュリオと同じように悩み、嘆き、絶望しながらも、それでも共に立ち向かおうと誓い合ったあの日。それは今でも、デュリオの中に鮮明な思い出として残っている。

 

 あの時、リュディガーとデュリオが『約束』したこと。それは――

 

『ローゼンクロイツさん、約束です。もし、俺の方でも何かわかったら絶対に教えます。だから、ガキんちょたちの笑顔のために一緒に頑張りましょう!』

『わかった、わかった。私の方でも何か方法がわかったら、必ずキミに伝える。それにしても、泣いたり笑ったり、忙しい子だねキミは』

『へへへっ、だって嬉しいですから。教会のみんなは、あの子たちすら、『そういう運命なんだ』で受け入れちゃっていて、そんなの違う! って俺一人で騒いでいる感じだったから、なんか仲間が出来たみたいで嬉しいんスよ』

『私は悪魔だけどね』

『諦めが悪い仲間ということで』

 

 底抜けの明るさとポジティブさから紡がれた、二人だけの『約束』。縋ることしかできない「奇跡」を願い、ずっといつかを夢見てきた「未来」。夜遅くなるまで、ずっと握っていた小さな弟の手の温もりがデュリオの脳裏を過る。零れ落ちていく命を、ただ見ていることしかできない無力な自分の涙も。

 

 デュリオ・ジェズアルドは、強大な力と才能を持っていても、それで世界をどうにかしたいなんてことは、一度も考えたことがなかった。どれだけこの世界の理不尽さに嘆いたとしても、彼が思うのはいつだって自分の手の届く範囲にいる子どもたちの笑顔を守ることだったから。そのために強くなり、力を磨いてきたのだ。デュリオが望むのは、ただそれだけだった。それだけが、どうしても果たすことができなかった。

 

『神器の影響で足が動かないけど遊園地に行きたい妹がいて、腕が動かないけど野球をやりたい弟がいて、ずっと神器のオーラの影響で発作に苦しんでいる弟は、俺ともっと遊びたいなんて言ってくれるのに。そんなささやかな夢すら、一緒に生きたいと思う気持ちすら、叶えることが出来ないのが悔しくて、遣り切れ、なくて……』

 

 まさか、という思いが沸き上がる。もし、リュディガーが告げる『約束』が、自分がずっと待ち望んでいたものだとしたら…。目尻に溢れ出した涙と、ポロッと膝に落としてしまいそうになった通信端末を慌てて持ち直したデュリオは、震える声音で目の前の暗緑色の瞳を見つめ返した。リュディガーは、そんなデュリオが落ち着くのを静かに待っていてくれた。

 

 

「リュディ、ガーさん…。約束を果たすって、それは、つまり……」

『デュリオ。キミだからこそ、信じてくれると思った。他の誰でもない、私と同じ思いを持ち、諦めずに未来を願い続けたキミだからこそ…。この『奇跡』を共に祝うことができると思ったんだ』

「奇跡を、祝う…」

『リーベの治療が、成功したんだよ』

 

 リュディガーから告げられたその一言に、デュリオは呆然と目を見開いた。ジッと見据える瞳に嘘はなく、本当のことなのだと事実が沁み込んでいく。そして、理解が追いついていくと同時に、子どものようにとめどなく涙を流してしまった。

 

 声にならない言葉で話そうとしても失敗してしまう。リュディガーはデュリオに無理に話さなくていいと首を振ると、綺麗な微笑みと一緒に涙を流し合った。共に戦おうと誓い合った仲間同士、今更二人の間に羞恥などはなかった。ただただ、この喜びを共感し合いたかった。

 

『リーベは、救われたんだ…。神器による悪影響を、完全に治療することに成功したんだよ』

「――は、いっ…」

『昨日はみんなで祝賀会をあげて…、リーベなんて今まで食べられなかったお肉をお腹いっぱいになるまで食べられたんだ』

「っ…、ぁぁッ……」

『発現したリーベの神器は、独立具現型神器のようでね。あの子はペットのように神器を可愛がっていて、今もベッドの中で一緒に眠っているんだよ』

「っぅ…、よ゛、がったぁ……」

 

 やっと思い出したように、デュリオはズボンのポケットに入れていたハンカチを取り出し、グチャグチャに崩れてしまった顔を拭いていく。鼻を赤くし、止まらない涙と共に出てきたのは、心の底からホッとした喜びだった。嬉しいのに、もっと伝えたいこともいっぱいあるはずなのに、感極まった少年の口から出てくる言葉はそれしか伝えられない。リュディガーもわかっているというように、何度も頷いてくれた。

 

 どれだけそうしていただろう。人気のない場所を選んだおかげで周りには誰もいないが、嗚咽だけが響く場所に暗さから電灯の明かりがついていく。ぼんやりと意識が戻ってきたデュリオは、ティッシュを取り出して鼻をかんで、ハンカチでもう一度顔を拭いておいた。遠慮なく泣いてしまったからか、ばつが悪そうに赤らんだ頬を手で隠した。

 

「すみません、落ち着きました…。えっと、すごい泣いてしまって……」

『構わないよ。私も当時は妻と一緒に泣いたさ。キミは誰よりも頑張ってきたんだ、その過去を思えば当然のことだよ』

「あの、それで本当なんですよね? 神器による悪影響を治療できたっていうのは…」

『もちろんだ。このことでキミに嘘を告げることだけは絶対にしない』

 

 わかってはいたが、思わず確認で聞いてしまったのは仕方がないことだろう。それだけ、信じられない奇跡だったからだ。それでも、リュディガー・ローゼンクロイツがそのことで嘘だけはつかないと確信めいた気持ちはあった。だから、先ほどまであんなに泣いてしまったのだろう。本当に助かったのだと実感することができてしまったから。

 

 それに、リーベ・ローゼンクロイツの症状は、デュリオが知る中でも重篤なものだったと覚えている。十を越えて生きることはできず、成長するにつれて症状は悪化していくはずだった。この世界の誰もが匙を投げ、治すことができないとされていた病状。それを完全に治すことができたというのなら、教会で苦しむ他の子どもたちも救えるはずだと目に光が宿った。

 

 

「あの、それで! リーベくんはどうやって治療できたんですか!? 俺の弟や妹たちは…、ガキんちょ達を助けることはできるんですかッ!?」

『聞きたいことはあるだろうが、落ち着いてくれ。まず、キミの兄弟を助けることはできる。しかし、治療法について今は言えないんだ』

「えっ?」

『……リーベを治療したのは、私ではない。この奇跡を起こしたのは、別の者なんだ。その治療法も公にするのは、あまりにも危険だと判断された。それに、その人物は身分的に教会へ足を踏み入れることができないんだ』

「そんな…」

 

 リュディガーが告げる理由に、デュリオは唇を噛みしめて震える。確かに悪魔であるリュディガーだからこそ、得られた伝手なのかもしれない。彼が様々な機関に協力を仰いでいたことを、デュリオも知っていたのだから。そう考えれば、教会の人間であるデュリオの願いを、教会の子どもたちを、その人物が救ってくれるかはわからない。

 

 せっかくここまで希望が見えたのに…、とジワッとぶり返してきた思いに涙ぐむデュリオに、慌ててリュディガーは言葉を紡いだ。

 

『待ってくれ、デュリオ。その人物は確かに教会には足を踏み入れられないが、神器症に苦しむ子どもたちを助けたいって思ってくれている。キミたちを見捨てたりはしない』

「ほ、本当ですか……?」

『だが、先ほども言ったが、治療法や身分的に詳しく話すことができない。そこで、デュリオ。キミに頼みたいことがある。教会に……いや天界へ、この事実を伝えてほしいんだ』

「うえっ、天界にっスか!?」

 

 つまり、教会に足を踏み入れることができない身分だというなら、例外的に認めてもらえるように上に掛け合ってほしいということだろう。それに思い当たるが、さすがのデュリオも自分たちの組織のトップに繋げてほしいということには驚いた。公にできない治療法も含め、普通に考えれば大丈夫なのだろうかと不安になってもおかしくない。それでも、デュリオの目に宿った輝きが消えることはなかった。

 

 神器症の治療を隠れてするのは無理だろう。リュディガーの息子が神器症を患っていたことはそれなりに有名であったし、それが治ったとなれば当然騒ぎにもなる。それなら、教会側に事実を確認してもらい、合法的に治療を認めてもらえばいいと考えたそうだ。まだ話せない事情はありそうだが、神器症の治療は教会の悲願の一つではある。少なくとも、無下にはされないはずだと思った。

 

「えっと、リーベくんが治った姿を上に見せるって感じですかね?」

『いや、それだと向こうも信じられないだろう。それに、リーベをあまり危ない場所には連れて行きたくない。なので、実際に神器症の治療をする姿を直接見てもらったらどうだろうと考えている』

「直接…。じゃあ、ガキんちょ達を……?」

『詳しくは言えないが、その人物の治療は確実だ。間違いなく成功する。だからこそ、その事実を確認してもらうためにも、教会の上層部と天界へ繋げてほしいと思っている。これから先、神器の影響によって苦しむ者が生まれないようにするためにも』

「…………」

 

 本来、悪魔であるリュディガーが言っていることを信じるのは教会の信徒としてまずいことだろう。デュリオは直接リーベ・ローゼンクロイツが完治した姿を見たわけじゃない。ただ治療が出来た、という夢のような奇跡を教えられただけ。治療法だって詳しく話されない現状で、本当に自分が動いてしまってもいいのかと、迷いは確かにあった。

 

 教会の上層部と天界も動くとなれば、とんでもない大事になるのは目に見えている。しかもこれまで治療できなかった症状を治したとなれば、教会としても治療者を放っておくわけにはいかないだろう。神器を統括するシステムを管理する天界だってそうだ。最悪、その人物の所属を巡って戦争に発展する可能性だってあるだろう。あのリュディガーが、それに気づいていないはずはない。

 

 デュリオ・ジェズアルドはただの子どもではなく、神滅具『煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)』を所有する教会の切り札である。そんな彼が高らかに掲げる波紋は、決して小さなものではないだろう。

 

 

『デュリオ…』

「……わかりました。ガキんちょ達が救われる可能性が少しでもあるんなら、俺がやってみせます。任せてください!」

 

 そんな迷いを、ドンッと胸を張って拳を当てたデュリオは吹き飛ばした。いつだって彼がやるべきことは変わらない。これまで身に着けてきた力は、築き上げてきた地位は何のために磨いてきた。このためだったんじゃないのか。この時、自分が発する声を簡単にかき消されないために築き上げてきたものなんじゃないのかとっ!

 

 ずっと無力を嘆くしかなかった現状で、初めてデュリオの頑張り次第で出来ることが生まれたのだ。なら、やってやろうじゃないか。己が正しいと思う直感を信じる。リュディガーが信じる、その人物に自分の大切なものを託そう。子どもたちのささやかな夢を、このままで終わらせないためにも。未来に希望を抱けるように、奇跡の翼を繋いでみせる。

 

『ありがとう、デュリオ』

「何言っているんスか。お礼を言うのは俺の方ですよ。ガキんちょ達に『奇跡』を届けてくれて、ありがとうございます」

 

 三年前のように、屈託のない笑顔を見せあう悪魔(リュディガー)天使(デュリオ)。そこにある見えない絆は、間違いなく二人を強く結びつけていた。それから、全部終わったら息子さんのお祝いをしたいと告げると、リュディガーは喜んで受け入れてくれる。ペットのような神器と聞いて楽しみだと思いつつ、そろそろ帰らないと本格的にまずいと立ち上がった。

 

 最後に挨拶を交わし、通信を切ると先ほどまで興奮で気づかなかった寒波にぶるりと震える。これで風邪まで引いたら説教ものだと考え、慌てて教会へ戻るために走り出した。寒さに震える身体とは違い、その心に宿る熱は冷めることなくデュリオに薪をくべている。頭の中はどうやって上に事情を話せばいいのかを悩み続けた。

 

「……ここはやっぱり、巻き込むならヴァスコ・ストラーダ(じいさん)だよね。俺をリュディガーさんと引き合わせたのは、そもそも猊下なんだし。こうなったら最後まで責任を取ってもらうっスよぉッ!」

 

 それから、教会のみんなから帰りの遅さと赤い目元に心配をされたが、あまりにも晴れやかな少年の笑顔に溜め息と共に小さなお説教で済んだデュリオは、翌日を迎えるとすぐに行動を開始する。さっそく溢れんばかりのやる気と笑顔で、『教会の暴力装置』と畏れられるヴァスコ・ストラーダ司祭枢機卿に突撃したのであった。

 

 

 そして、八十歳のおじいちゃんは、モーニングコーヒーを噴いた。

 

 

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