えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第百九十二話 人脈

 

 

 

「ガブリエル、どうでしょうか?」

「はい、ミカエル様。魂と神器の中にあった齟齬(そご)が完全になくなっております。さらに、これまでの症状の進行によって傷ついていた臓器も綺麗になっていますわ。ただ、失ったものは元に戻っていないようで、しばらくは体力を回復させる必要がありそうです」

 

 『神の不在』によって生まれた不治の病、その治療に立ち会ったミカエルたちは、各々が目にした真実を受け入れようと言葉を交わしていた。治療者である倉本奏太の消耗が激しかったこともあり、少し時間をとることになったのだ。奏太はリュディガーに支えられて近くの椅子に座ると、グレイフィアからもらった紅茶でゴクゴクと喉を潤している。前回の治療では気絶をしていたそうなので、彼の体調を考えれば当然の配慮だろう。

 

 その間に、ミカエルとガブリエルは重篤な症状を見せていた子どもの検診を行っていた。驚くことに奏太の治療は、神器と魂の齟齬だけでなく、それによって傷ついていた部分まで回復されていたのだ。奏太の神器が治療系なのかと考えたが、やはり『槍』という形なのが気になってくる。少なくともミカエルが知っている神器の中に、奏太と同様のものは存在しなかった。

 

 穏やかな寝息を立てる子どもの頬を優しく撫でると、ガブリエルは端に寄せたベッドの上へ横にする。これまでの疲労を考えれば、身体は回復を求めているため眠りは深いだろう。この会談が終わるまでは問題ないと考え、ミカエルたちは目の前の問題に集中するように顔を合わせた。

 

「ガブリエル、あなたの見解はどうでしょうか。あの奇跡()はやはり……」

「主の最も近くで仕えていたミカエル様が感じた通りかと。あの光は主のものと似ているようで違う…。でも、とても懐かしく温かな光でしたわぁ」

「えぇ、「システム」の奇跡が行使されたのは間違いないでしょう。しかし、いったい何故…? 内側(天使)からの干渉でさえ手を焼く現状で、外側(人間の子ども)からの干渉を「システム」が受け入れた理由がわかりません」

「でも、無理やり奇跡を使ったようには思いませんでした。あの子の翼から見えた光は、純粋な祈りの結晶のようにも感じましたから」

 

 まずは神器症の治療の件が真実かを確かめるために、治療者のことはあえて何も聞いていなかった。これから話を聞くにしても、こちらが今持っている情報だけではわからないことがありすぎる。これほどの奇跡を目にしたというのに、事前情報が全くなかったことに唇を噛みしめた。どうやら治療者の保護者とやらは、念入りに情報を規制して彼を隠してきたのだろう。そうでなければ、これほどの奇跡が今まで日の目を見なかった理由にならない。

 

「ガブリエル、交渉の結果によっては最悪を覚悟しておいてください」

「ミカエルさま…」

「倉本奏太くんを、このまま放置することはできません。主の奇跡を他陣営が操作できるなど、我々の信仰を揺るがすほどの事態です。彼の存在を表に出せば、……天界は割れます」

 

 教会の信徒たちは、神に祈りを捧げることで奇跡を願い、崇拝する者たちだ。死後天国へ逝けるようにと祈る敬虔な信徒もいるが、多くの生きとし生ける者はその奇跡という「見返り」を求めている。聖書陣営がこれほど大きな勢力になれた背景には、人間達の信仰が「奇跡」に直結していたからだ。「信じるものは救われる」という言葉は、聖書の神を信仰する者たちにとっては真実なのである。だからこそ、世界最大の宗教として人間達から敬われてきたのだ。

 

 神の死によって、その加護や慈悲が信じる者たち全てに行き届かなくなっても、これまで積み上げてきた実績のおかげで何とか誤魔化すことができた。救済できる者が限られているという真実は、信徒たちによっては裏切りにも感じるだろう。騙したくなくても騙さなければ、天界を維持することができなくなる。そういったジレンマを抱えたまま、天使達は神の死を隠して信徒たちを導いてきたのだ。

 

 そんな彼らの悩みを、全く想定外の方向からぶっ壊してきたのが今回の事態だった。それこそ、この少年の存在を公にすれば、神の奇跡を人間が行使できることに教会は大混乱し、天界への不信に繋がるだろう。せめて倉本奏太が教会側の人間ならいくらでもなんとかなったが、彼は他陣営――それも「魔女狩り」などで敵対することもあった魔法使い陣営の人間である。悪魔との関わりもあり、彼の存在は天界にとって爆弾以外の何ものでもなかった。

 

「『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』は、特に悪魔との関わりが深いですからね」

「悪魔側はだからこそ、交渉の席をこうして用意したのですね…。悪魔に『和平』の意思がなければ、それこそ不意打ちで奏太くんの存在を公にし、信徒たちへの不信を煽る攻撃材料にできたかもしれないから」

「こればかりは、悪魔側の配慮に感謝するしかありません。だからこそ、これから始まる交渉でどれだけのことができるかにかかっています」

 

 天界の威信がかかっているのだ。倉本奏太の保護者が何者かはわからないが、一大勢力と敵対するような選択肢は選ばないだろう。出来る限りの譲歩はするし、話し合いで解決できるならいいが、今回の問題に関しては武力による交渉も辞さない。奏太自身が拒否をしても、もはや一個人の感情で左右される事態ではない。それだけの力を、倉本奏太はミカエルたちに見せてしまったのだ。相手側にとっても少年の能力は貴重だろうが、天界と本気で事を構えられるほどの戦力はないはずだろう。

 

 ミカエルは視線を悪魔側と対峙するように立っているストラーダに向けると、真実を知る彼は難しい表情を一瞬浮かべたが、静かに頷くことで意思を受け取った。ストラーダからすれば、治療者を無理やり連れ去るのは道理に反するが、その道理を貫けるほどの余裕がこちらにないことも理解している。彼の心情を感じ取れたミカエルは、感謝を抱くとともに罪悪感を覚える。せめて、交渉が成功することを祈るしかなかった。

 

 あと、紫藤トウジは思っていた以上にヤバい事態に巻き込まれていると察してしまったため、常備薬(胃薬)を無言で手にスタンバった。かなしい中間管理職の処世術である。

 

 

「本当に、本当にありがとうございます! 弟を救ってくれて、本当にッ……! うぅぅ…」

「デュリオ、嬉しいのはわかるが、まずは鼻水を拭きなさい。ほら、奏太くんも困っているよ」

「あはは…。俺としては、こんなにも感謝してもらえて、頑張った甲斐があったなぁーって気持ちですし。リュディガーさんやリーベくんからデュリオさんのことは聞いていたので、絶対に成功させないとって気合も入ったんですよ」

 

 そんな今後の交渉に暗い影を落とす天界陣営の中でも、泣きながら奏太の手をブンブンと握るデュリオ。彼にとっては奏太の立場なんかよりも、ずっと待ち望んでいた奇跡を起こしてくれた救世主への感謝しかなかった。リュディガーから受け取ったハンカチで慌てて顔を拭くと、デュリオはこれまでの絶望を昇華するように感謝を何度も伝えた。

 

「あと、たぶん年も近い…よな? お互いに敬語はやめない?」

「えっと、いいんスか? こんなすごい力を持っているのに…」

「俺の力というか、すごいのは相棒だから。俺自身はちょっと珍しい力を持った魔法使いってだけだよ。それに、デュリオさんの方がすごくない? 神滅具持ちで『最強のエクソシスト』って呼ばれるぐらい有望な戦士なんでしょ」

「いやいや、俺なんてまだまだっス! 俺もちょっと珍しい神器を持ったエクソシストってだけだよ。じいさんに訓練で、いつもボロボロにされているぐらいだし!」

 

 年が近いこともあり、何よりリーベ・ローゼンクロイツとの関わりから、デュリオに対して一方的な好意がある奏太はぐいぐいと話を持っていった。その勢いにたじろぐデュリオだが、素直な賛辞に頬を赤らめる。魔法使いと教会の戦士という組み合わせは、本来なら警戒して当然なのだが、奏太からは全くそういった忌避感がない。悪魔と関わりを持っていたデュリオからすれば、魔法使いである奏太と関わりを持つことに特に問題はなかった。

 

 初対面の相手はデュリオのもつ肩書や神器に恐れを持つものだが、そう言った負の感情はなく、むしろ純粋な好意を前面に出されれば嬉しくならないはずがない。治療者であるという尊敬は胸に、相手が望んでいるのなら友好関係を築きたい気持ちに嘘はなかった。デュリオは照れ隠しに金髪を掻くと、赤くなっていた目を細め、ニカッと笑みを浮かべた。

 

「えっと、じゃあデュリオでいいか?」

「もちろん。友達になるなら……カナどんとか、カナきゅんとかがいいかな?」

「お、おう。カナたんはこれまでいっぱい聞いてきたけど、新しい切口だ」

「あっ、なら俺もカナたんって呼んでもいい!?」

「……い、いいよ」

 

 まぁ、デュリオならいっか、と奏太は乾いた笑みを浮かべて了承した。原作でもデュリオが親しみを込めた相手をニックネームで呼ぶのは知っていたし、それなら聞き慣れたあだ名の方が反応しやすい。どんなシリアスな場面でも、真顔で「木場きゅん」呼びしていた記憶は印象に残っている。そんな子ども二人の和気あいあいとした雰囲気に、大人たちは肩を竦めて見守っていた。

 

「えっ、私の時はカナたん呼びダメだったのに…」

 

 なお、端の方で地味にショックを受けている魔王がいた。

 

 

「さて、倉本奏太くん。体調の方は大丈夫かな?」

「はい、お待たせして申し訳ありません。おかげで落ち着きました」

「いいのですよ。治療をしてくれたことには、本当に感謝しているのですから」

 

 よっこいせっと掛け声を出し、聖槍を杖代わりにして立ち上がる奏太。禁手時よりはオーラが抑えられているとはいえ、やはり感じる聖なるオーラは本物。これまで目にしてきた『聖遺物(レリック)』は三種類あるが、それと同等の神秘を宿していると感じる。今後のこともそうだが、まずは彼のもつ神器について知る必要があると考えた。

 

 話し合いを始めるために全員が所定の位置に移動し、会議室の中を囲むように座る。奏太の隣にはリュディガーが座り、そこから左右に天界側と悪魔側で着席した。奏太は話し合いの中心でもある槍を、テーブルの上に置いておく。未だにその存在感に慣れない教会勢とは違い、悪魔であるリュディガーと魔王は涼しい顔で対面していた。それにミカエルは不審気に首を傾げる。事前に情報が知らされていたにしても、魔王側があまりにも余裕がありすぎることに。

 

「……これほどの聖なるオーラが溢れる場で、悪魔側は問題ありませんか?」

「えぇ、ご心配には及びませんよ。むしろ、気持ちが落ち着くぐらいです」

「お、落ち着く……?」

「しかし、準備はしっかりしておくものですね。グレイフィア、例のものを」

「はい」

 

 サーゼクスの返答に表情には出さないようにしたが、愕然とするミカエル。一瞬、何を言われたのかが理解できなかった。聖なる光に何で悪魔が落ち着いて、天界側が緊張を強いられるのか。そんな天使勢は放置で、パンパンと手をたたいた魔王様に女王は短く返事をすると、隣接されている部屋へと消えていった。そして、彼女が押してきたワゴンを見て、ギョッと目が見開かれた。

 

「こちら、人間界で厳選し取り揃えさせてもらいました、各種「お茶請け」でございます」

「猊下、俺の目がおかしいんスかね。お茶請けなのに、薬にしか見えないです。悪魔のお菓子って、薬なんスか?」

「安心してくれ、どれも私たちが選び抜いた効果のあるものだ。逆に菓子なんて出したら、胃を悪くするだろう。これからの話し合いにはね…」

「お茶請けとは、身体をいたわる心が表れた物のことですので」

 

 あれ、こちらの常識がおかしいのだろうか? と視線をオロオロと合わせる天界陣営。そんな混乱を放置で、さっさとお香を焚きだすグレイフィア。手慣れている。警戒はしたが、香りも特に問題はない。悪魔側の意図が全くもって意味不明な中で、震える身体で薬を見た紫藤トウジは、ハッとした表情で口を開いた。

 

「その薬は、私も愛用している高級胃薬! それにそっちの薬は効果は確かでも、値段の高さからなかなか手が伸ばせない最高級のもの。これほどまでの準備を…。さらにこの香りも、人間界にある精神を落ち着かせると有名な香木の一つかっ……!」

「ほう、さすがは愛用者だ。このラインナップのすごさがわかるか」

「アガレス産のオーダーメイド胃薬もいいけど、人間界の技術も馬鹿にできないからね。時々利用させてもらっているよ」

 

 悪魔側が用意したお茶請けに感動と衝撃を受ける紫藤トウジに、アジュカは口角をあげて自慢げに頷く。さすがに冥界産のものは天界勢も手をつけないだろうと考え、人間界で生産されているものを用意しておいたのだ。なので、わかる者にはこのお茶請けの価値が分かるのである。和やかに胃薬談議に花を咲かせる魔王と中間管理職。なんだこれ、と思った。

 

「何度も言っているが、こちらはそちらを害する気はない。必要だと感じたら、いつでも使ってくれ」

「フェニックスの涙も公費で落としてある。冥界のものではあるが、限界が来たと思ったら言ってほしい。最後までしっかりと話し合いを進めたいからね」

「は、はぁ…。ありがとうございます」

 

 魔王から胃薬を渡される天使という構図に、さっぱり理解が追いつかない。敵意はなく、むしろこちらを気遣うような空気。意味不明な状況なのに、真剣な声音で笑顔の魔王達が別の意味で不気味である。ガブリエルも返事をしながら、困惑気味に頬に手を当てた。そんな空気にミカエルはごほんと咳払いをすると、とりあえず話を進めようと深く考えないことにした。

 

 

「それで、倉本奏太くん。キミのもつ神器について教えてもらってもいいかな?」

「はい、わかりました。俺の神器、――相棒は『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』と言います」

「初めて聞く名前の神器ですね…。それにしても、暁紅(ぎょうこう)ですか……」

「えっと、新しく生まれ変わった神器で、名付けたのは「先生」ですので、ミカエル様が知らなくても無理はないと思います。元々は『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』って名前で、俺が禁手に至ったことで生まれた感じです」

 

 奏太はこれまでの神器の軌跡について述べていく。『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』の名前は、既存の神器として天使側も記憶していたため、その能力についてもわかっている。しかし、奏太から語られる『概念消滅』の力に言葉を失い、そこから発展していった『書き換え(リライト)』の能力に嫌な汗が流れた。使い方次第では、多くの混乱を招くだろう神器。それをここまで隠してきた「保護者」の配慮と手腕に舌を巻いた。

 

 そして、紆余曲折あってリュディガーと知り合ったことで神器の抵抗力が低いことで起こる病を知り、それを解決するために修行を始めたこと。それによって、相棒の真実に辿り着いたこと。聖書の神にしか扱えないはずの「システム」を行使できる何者か。それが、まさか「システム」そのものであり、しかも自我を芽生えさせたなど、先ほどの治療の様子を見ていなかったら到底信じられる内容ではなかった。

 

「なるほど。それで、『暁紅の聖槍(ティファレス・リィンカーネーション)』という名前がついたのですね…」

「はい、先生が考えてくれて、俺も相棒も気に入っています」

「そうですね、私も良い名だと思いますよ。その「先生」と呼ばれるものは、なかなかセンスがありますね」

 

 先ほどから奏太の口からよく出てくる「保護者」や「先生」と呼ばれる者たちは、よほど神器に精通しているとわかる。倉本奏太と神器をここまで育て上げたのは、間違いなく彼らの後押しがあったからだろう。そして、今回の治療によって、もう彼の存在を隠すことができないと判断し、こうして天使側に明かしたのだろうと推察した。

 

「それにしても、システムが自我を…。それで、奏太くんの『概念消滅』の力を借りて、システム(自身)の不具合を消すことで正常になるように書き換えたということですか。それが先ほど我々が見た、奇跡の正体」

「はい、そうなります」

「システムとの関わり、それに先ほど聞いたあなたの謳…。倉本奏太くん、キミは『知っている』のですね?」

「…………」

 

 何を、とはあえて聞かなかったが、教会の戦士たちをチラッと目にしたことから意図は察したのだろう。聖書の神様の死について、理解しているのかと。それを察した奏太は、ミカエルの目を見て深く頷いてみせる。謳を聞いた時から考えていたが、やはりか…とミカエルは溜め息を吐いた。隣に座るリュディガーの様子からしても、彼も知っているのだろう。それはつまり、彼の保護者とやらも。

 

 一部の上位天使以外で神の不在を知る者が本部に直結した場所へ近づくと、『システム』に大きな影響を与える場合がある。ストラーダや他の協力者である信徒に告げた時も、細心の注意を払って行ったのだ。しかし、『システム』自身に意思があり、『概念消滅』を間接的に使えるのなら、その影響を秘密裏に消すことぐらい可能だろう。神の死に関する悪影響は、少なくとも今は考えなくていいと判断した。

 

 しかし、そうなるとこれ以上の話し合いは『神の不在』を前提としたものになる。ストラーダは真実を知っているが、ここにはデュリオと地元の中間管理職もいる。あまり踏み込んだ話はできない。システムに芽生えた自我、神の不在の真実など、ここまで大事になるとは思っていなかった認識不足が悔やまれる。今だって、デュリオは必死に情報を処理しようと目を回しているし、トウジはお茶請けを飲んで無心に祈りを捧げていた。すでにヤバそうだ。

 

 

「う~んと、奏太くんでいいかしらぁ?」

「あっ、はい。ガブリエル様」

「ふふっ。まずは、神器による不具合を治してくれたこと、ありがとうございます。あなたのおかげで、理不尽に苦しむ無垢な魂が救われました。私たちが至らない不手際を、あなたに任せてしまったこと本当に申し訳ありません」

 

 代表であるミカエルに代わって、ガブリエルがペコリと頭を下げる。それにアワアワとする奏太へガブリエルはクスリと笑うと、熾天使としての真っ直ぐな相貌へと変わった。

 

「それで奏太くん。教会にはまだ神器によって苦しんでいる子どもたちがたくさんいます。あの子のような重篤な症状を持つ子の他にも、軽症でも手足が動かないなどの障害を背負っている子が。そして、私たちではそんな子たちを治す術がないことも…」

「……はい」

「私たちには、あなたと「システム(神器)」の力が必要なのです。信徒たちの祈りを奇跡に還元できるあなたの力が。奏太くんは間違いなく、私たちにとって救いの手なのです」

 

 倉本奏太と相棒の存在は確かに厄介事ではあったが、同時に吉報でもあるのだ。誰にも干渉できないはずのシステムと、唯一繋がることができる存在が現れた。神が不在でも、それでも信徒たちを導くことを選び、不可侵であったシステム(神の領域)に触れようと苦心した年月。それがようやく報われたことは、天使達にとっても諸手を挙げて喜ぶべきことだった。

 

 損得ではなく情で動いた奏太の話を聞き、それなら素直に救いを求めるべきだと判断した。これ以上の深い部分は最重要禁則事項に触れると考え、ガブリエルは胸の前で手を組み、真摯な思いで言葉を紡いだ。

 

「えっと、俺もこの力で救える人がいるなら、助けてあげたいです」

「カナたんっ…!」

「ありがとうございます。ですが、魔法使いの身であるあなたが教会に入るのは難しいでしょう。私たちとしては、奏太くんがこちらに来ることを歓迎するのですが…」

「えぇ、どうでしょうか奏太くん。あなたが望んでくれるのなら、こちらとしては全力をあげて迎える所存ですよ」

 

 後光が差すかのような天使スマイルで奏太を勧誘しだす天使と、キラキラとした瞳で目を潤ませるデュリオ。彼らの勢いにたじたじになっている奏太に、リュディガーはやはりこうなったかと内心で溜め息を吐いた。ストラーダは護衛として静かに魔王側に視線を向けるが、彼らは特に動きを見せない。聖書の神と同等の奇跡を起こせる少年を、悪魔側が確保に動かない理由がわからなかった。天界と戦争をしたくないという思いはあるだろうが、だからといってこのまま見過ごせるような問題でもないはず。

 

 まだ何かある。魔王が動く必要がない、と判断する要素がまだ――。そこまで考えたストラーダの思考に、奏太の焦った声が耳に入った。

 

 

「あの、すみません! もちろん治療はしたいですけど、俺は魔法使いの組織の人間で、このままここで働きたいと思っているんです。ずっと一緒だって約束したパートナーもいて…。俺を保護して、育ててくれた恩も全然返せていないですからっ!」

「確かにあなたを守ってくださった「保護者」の方には感謝しかありません。もちろん、私たちも尽くせる恩義はしっかり果たしましょう。それで、奏太くんの保護者とは――」

 

「僕だよ」

 

 まるで図ったかのようにガチャリと会議室の扉が開かれる。フォーマルなスーツに身を包んだ、赤と青という髪色とオッドアイを持つ目を引く人物。この場で知らない者などいないほどに、名を知られている大悪魔。天界陣営の誰もが息を呑み、何故ここに「彼」がいるのかと思考が一瞬止まる。しかし、記憶を辿れば理解する。今このビルにいるのは、自分たちと魔王と治療者とその付き添いであるリュディガー、そして治療者の「保護者」のみだと。

 

「メフィスト・フェレス…」

「やぁ、ごきげんよう。天使と教会の戦士の諸君。だけど、カナくんの保護者である僕を差し置いて、うちの子を勧誘するのはいただけないなぁ」

 

 ニコリと微笑むメフィストの瞳が一切笑っていないことに、ミカエルはグッと言葉を飲む。『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』は最大規模の魔法使い組織であり、その派閥や所属は多岐にわたっている。倉本奏太がそこの所属であることはわかっても、まさかそこの理事長(トップ)が直々に現れるとは思っていなかったのだ。組織の中の一勢力が保護者であろうと考えていたが、倉本奏太は組織の看板そのものを背負っているのだと気づいた。

 

「……フェレス理事長が手ずからに保護し、秘匿していた部下。まさかこの少年が『変革者(イノベーター)』かっ!?」

「えっ!? 『変革者(イノベーター)』って協会の癒し手って呼ばれている、理事長の秘蔵っ子ですよね。全然情報が出てこない謎の魔法使いって、俺でも知っていますよ!」

 

 メフィストの登場で、倉本奏太の正体にようやく至ったストラーダは苦虫を噛んだ。デュリオが驚きで奏太に視線を向けると、照れるように乾いた笑みを浮かべられた。裏の世界の者なら知らない方がもぐりだと言われるほど、魔法使いで有名な二つ名だ。奏太とその二つ名がこれまで繋げられなかった理由としては、その名前の価値に反して、本人があまりにも能天気すぎた所為だが。

 

「ちょっと珍しい力を持った魔法使いなだけ、じゃないじゃん!」

「いやいや、デュリオ。お前だって似たようなことを言っていただろ。俺、立場的にはメフィスト様に保護されているだけで、ほとんど組織の経営に携わっていないよ。頼まれた治療をして、お世話になっているお礼にお金を入れているだけで…」

「その治療の内容と、投資している金額が空怖ろしいんだがな…」

 

 人間界の情報を正確に把握しようと、常に最新の情報を仕入れているストラーダは『変革者(イノベーター)』の名がどれだけ大きいかを理解していた。多くの魔法使いや業界の著名人の病を癒し、その得た金額の多くを協会に還元することで多大な恩恵を魔法使い達に与えているのだ。彼から与えられた金銭のおかげで多くの研究が進み、魔法の歴史に名を刻む者も現れている。マイペースで自己中心的な魔法使い達も、『変革者(イノベーター)』のためなら一丸となって協力を示すだろう。

 

 本来なら有象無象の魔法使いの組織から一人を勧誘するぐらい何ともないが、『変革者(イノベーター)』なら話が違う。魔法使い達は自分たちの利益に貪欲だ。例え天界や教会と事を構える事態になっても、多くの利益を与えてもらい、しかもこれからも恩恵を授けてくれるだろう魔法使いを手放すとは思えない。文字通り、倉本奏太には世界最大の魔法使いの組織の後ろ盾が存在しているのだ。

 

「もちろん、私の組織もそこに入っているよ。奏太くんを天界が無理やり連れていくことは、『薔薇十字団(ローゼン・クロイツァー)』としても看過できない。彼から受けた恩を、全力をもって返させてもらおう」

「リュディガー・ローゼンクロイツ…」

 

 魔法使いの二大組織との戦争となれば、さすがの教会勢力もただでは済まないだろう。世界最大規模の魔法使いを有する『灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)』は、それこそ表側にも強い影響力を持っている。ちょっと魔法をかじった一般人ですら加入可能という敷居の低さは、表で暮らす人間も当然ながら多いのだ。戦闘力だけでなく、政治的な部分からも攻撃を受けることになるだろう。

 

「それに『変革者(イノベーター)』の名前で、忘れてもらったら困るな。倉本奏太くんがその名前を付けられた理由の一つは、キミたちも知っているぐらい有名だろう?」

「……冥界の『革新者(イノベーター)』である、魔王アジュカ・ベルゼブブの弟子としての渾名」

「そういうことさ。こちらとしても、大切な弟子を黙って奪われるのを見逃すつもりはない」

「それに、奏太くんは魔王全員と懇意にしているしね。それこそ、魔龍聖や皇帝とも協会繋がりで交友があるぐらいさ」

 

 楽しそうに笑みを浮かべて答え合わせをするアジュカ・ベルゼブブに、ミカエルはじっとりとした汗がにじんだ。彼らが倉本奏太のことで動かなかったのは、少年のことをよく知り得ていたから。ここに魔王がいるのは偶然ではなく、全て仕組まれていたことだった。サーゼクスも追撃するように情報を開示すると、悪魔側が最初から奏太を天界側に渡す気がないことを告げていた。

 

 それどころか、魔王と師弟関係にあったのなら、信頼も明らかに悪魔側が上。というか、さらっと名前が出てきていい人脈じゃない。全部最上級悪魔以上で、それも明らかに影響力がある者ばかり。魔法使いだけでなく、悪魔側もまた倉本奏太一人のために動く理由があった。

 

 

 そして――

 

 

「おいおい、ミカエル。主の言葉だけを聞いている良い子ちゃんじゃ、もしもの時に困るんじゃねぇか? って昔に言っただろ。先の見通しってもんは、常に見ておくものだぜ」

「――――――」

 

 あり得ない。何故ここで、あの男の声が聞こえてくる。幻聴かと一瞬考えたが、自分がヤツの声を聞き間違えるはずがない。先ほどメフィストが入ってきた扉を背に、その男は面白そうに腕を組んで佇んでいた。ダークブラウンのスーツに身を包み、金と黒の髪を無造作に流している中年の男性。ニヤニヤと顎髭を撫でて天使達を見据えるワインレッドの瞳に、驚愕が会議室を包み込んだ。

 

「だいたいなぁ、そいつがここまで使いもんになるために、俺達がどれだけ手塩にかけて育ててきたと思ってるんだ。それを横から掠めとるなんて、虫のいい話だと思わねぇか。……なぁ、ミカエル?」

「アザ、ゼル……」

 

 この場にいるはずがない存在である――堕天使の総督アザゼル。ばさりっと十二枚の漆黒の翼を広げた堕天使に、教会の戦士たちは剣に手をかけようと対峙する。ガブリエルも光の矢を構え、予期せぬ乱入者と相対しようとしたが、アザゼルは気にした様子もなく余裕そうに笑うだけだった。

 

「何故、『神の子を見張る者(グリゴリ)』がここにッ……!」

「おぉーと、矛を収めろよお前ら。俺は正式にここに招かれたお客様だぜ。お前らにも認められた、な」

「『神の子を見張る者(グリゴリ)』などを呼ぶわけが――」

 

 そこまで考えて――ある事実に気づき愕然とした表情で、天使達は倉本奏太の方へ振り向く。そこには申し訳なさそうに、ペコペコと頭を下げる少年がいた。彼が保護者の名前として、口に出していた二人の人物。自分を保護して育ててくれた「保護者」と、神器について教えてくれた「先生」と呼ばれる存在。ミカエルも心の中でその「先生」とやらは神器についてやけに詳しいと疑問に思っていたが、その答えにようやくたどり着いたのだ。

 

「ちょっとアザゼル先生っ! ミカエル様達に喧嘩を売るようなことを言っちゃダメですよ!」

「先、生…」

「おう、天使長様の口から直々に『なかなかセンスがいい』と褒められた「先生」様だぜぇ? 大戦の時に俺が考えた『最強の神器(セイクリッド・ギア)設定資料集』を勝手にビラにして配った天使長様が、素晴らしいネーミングセンスだと認めたってことだよなぁ?」

「クッ――!!」

 

 口角をあげて笑顔で煽るアザゼルに、ミカエルの心底悔し気な声が響き渡る。プルプルと震える天使長様のメンタルに多大なダメージが入ったらしい。まさかの数世紀越しの積年の恨みをカウンターにして返された。しかも、堕天使の総督に「システム」の名付けまでされている、という信じたくない事実にも行き着く。翼が光りかけた。

 

「メフィストとは酒飲み仲間でなぁー。それでカナタのことを知って、ここまで育て上げてきたって訳だ。それこそ、もうすぐ六年目の付き合いになるな」

「六、年…」

「クククッ、こいつの思考回路もだいたいわかるぐらいには親密度もあるぜ?」

 

 ひどい情報爆撃にくらくらと頭を回すミカエルにとどめを刺すように、アザゼルは悪い顔のまま奏太の方へ向いた。

 

「なぁ、カナタ。お前がさっきミカエルと自己紹介をしていた時に思った感想を当ててやろうか?」

「あっ、それ僕もわかる」

「俺もわかるな」

「想像は付きますね…」

「うーんと、アレかな…?」

 

 アザゼルからの突然の指摘にきょとんとする奏太へ、悪魔側も「あぁー」と理解を示す。即答したメフィストとアジュカに続き、リュディガーとサーゼクスも何となく想像がついた。それが何だか仲良し度のように見えて、ミカエルのこめかみがぴくぴくと震える。堕天使と悪魔も自己紹介をした後にお願いされた背景を考えれば、おのずと答えを導き出せた。

 

「『うわぁー、黄金色の翼だー。モフリたいなぁー』」

「えっ…」

「ちょっ、アザゼル先生ッ! 恥ずかしいから暴露するのをやめてくださいよっ!! 堕天使の総督様と魔王様達の翼は触らせてもらったから、ちょっと気になっただけなんですからね!」

「…………」

 

 あっ、天使長の翼をモフリたいと思ったのは否定しないんだ。微妙な空気になった天界陣営は、手にかけた武器の下ろし先が分からなくて遠い目になった。奏太は遅まきながら人数分の取説を取り出すと、これを読みながら落ち着いてください、と座席に座ってもらう。全員分のお茶請けが消費されながら、黙々とページが捲られる音が続いたのであった。

 

 なお、期待を込めた眼差しに負けた天使長が翼をモフらせてあげたのは余談である。

 

 

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