えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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 ファンリビの鳶雄さんが、狗神4巻の伏線っぽくて気になるこの頃。秋からまた仕事がちょいちょい忙しくなりそうですが、のんびりコツコツとやっていきます。いつも応援ありがとうございました。


第百九十七話 寂寞

 

 

 

「お疲れさまでした、ミカエル様」

「ガブリエル。こちらこそ、ありがとうございました。天使(セラフ)達への説明を任せてしまい、申し訳ありません」

「いいえ、問題ありませんわぁ。神器症の治療が事実であったことに戸惑いの声はありましたが、やはり停戦協定が結ばれたことへの波紋の方が大きいようです。あと、不意打ちのように決まった会談に不審感を持つ者もいたようですが、概ね受け入れられているようでした」

 

 これまで敵対関係にあった聖書陣営が一堂に集まった駒王町での会談が終わり、天界へと戻ったミカエル達は天使達への事情説明に奔走していた。ストラーダたちとは近い内にまた話し合う必要はあるが、まずは停戦協定に関する事案を持って帰るのが先決だと教会に戻ってもらっている。今回の会談の内容は、誰もがその重要性と危険性を理解しているため、ミカエル達の指示がない限りは待機してもらうことになるだろう。治療された子どもは、周囲の混乱を考えてストラーダに一時的に預けられることになった。

 

 天界へと帰って来たミカエルたちを、天使達はじっと待ち続けていた。突如光り輝いたシステムの異常、不可能とされたはずの神器症の治療という真実、それらの結果を強く心待ちにしていた天使達の視線。ミカエルは四大熾天使であるラファエルとウリエルだけを呼びだし、厳重に結界を張った部屋へと連れ立ち、ガブリエルは天使長の代わりに天使(セラフ)達への情報の周知を行ったのだ。

 

 ガブリエルが全体に話したのは、大まかに四つのこと。神器症の治療が真実であったこと、それが十四番目の神滅具(ロンギヌス)によって行われたこと。そして所有者を巡って集まった悪魔・堕天使・魔法使いと交渉をし、停戦協定が結ばれたこと。最後に駒王町を協定の中心地とし、数年後には和平を結ぶことなどが告げられた。どれもにわかには信じられない事実ばかりであったが、普段のおっとりとした様子が消えたガブリエルの真剣な声音に、誰もが口を噤むしかなかった。

 

「それで、ラファエルとウリエルには…」

「えぇ、彼らには全てを話しました。『E×E(エヴィー・エトゥルデ)』のことも、主が残した忘れ形見と奏太くんのことも…。お土産の医療薬とフェニックスの涙をとにかく口にツッコんで、最後まで話を聞いてもらいました。ちょっと後半は意識が朦朧としていたので、しばらく使い物にならないと思いますが…」

 

 ガブリエルはサッと口元を手で覆い、仲間の尊い犠牲に心の中で黙祷を捧げる。だが、天界のトップである四大熾天使としては避けられない真実。異世界や後継者の問題に対応できる、信頼できる被害者(仲間)は必要不可欠であった。

 

「彼らはレーシュ様と奏太くんのことは、受け入れられそうでしたか?」

「あまりのことに放心はしていましたが、私とガブリエルがその目で確認したのなら信じると。停戦協定による混乱を考えたら、奏太くんを紹介するのはしばらく先になりそうですからね」

 

 神が残した『道具』に最も近い位置にいたにも拘わらず、システムに自我が芽生えていたことに気づけなかったことは誰もが衝撃を受けた。そして、そのシステムから寵愛を受けている神の子の誕生にも。もし神亡き後、奏太と同じようにシステムへ『対話』を試みていたら、そこに宿る微かな意思を感じ取れたのかもしれない。だが、無意識のうちに()と同様に操作をしなければならないと考えた結果が、視野を狭めてしまったのだ。

 

『ミカエル、これは昔のよしみでの忠告だ。システムであるレーシュは、『ヤツ』とは違う。天使を生み出すという機能から考えれば、生きた年月や知識は俺達より上かもしれない。だが、『心』は芽生えたばかりだ。カナタの神器が覚醒した時だと換算すれば、下手すりゃ十にも満たないかもしれない。その年代のガキにとっての「世界」は、俺達が思っているよりも存外狭いもんだ』

『世界が狭い…?』

『レーシュにとっての世界は、『倉本奏太』を中心に回っている。あいつが俺達に力を貸してくれるのは、(ひとえ)にカナタが俺達に協力的だからだ。そして、あいつが健やかに成長する環境として認めてくれているからもあるだろう。逆に言えば、宿主にとって害となる……敵になると判断した相手には、種族や所属なんて関係なくバッサリ切り捨てるだろうよ』

 

 会談の終わりに、真剣な表情でアザゼルがミカエルへ告げた言葉だ。堕天使である彼が、何故天使に忠告を与えたのか。それは天使達の信仰が、未だに亡き神に向けられているとわかっていたからだろう。レーシュは確かに聖書の神の後継者になり得る存在だ。しかし、それはいくつもの偶然と奇跡によって誕生したもの。レーシュの誕生に、聖書の神()の意思は一切入っていなかった。

 

()に「そうあれ」と求められて、それに反逆した堕天使だからこそ見えてくるものもある。親に道具扱いされてきたシステムが『心』を得て、これまで通り世界のために働けと言われて納得すると思うか? あいつは「世界を回す」ことを『親』から頼まれた「存在意義(最後の役割)」だと割り切っているから、そこは今後も問題ないだろう。だが、それ以上を求めるならしっかり対価を払ってやらないとまずい』

『……レーシュ殿にとって大切なのは、この世界ではなく奏太くんだからですね』

『そういうこと。つまり、天界の事情をあんまり背負わせ過ぎるなよってことだ。あいつは結果的に神の後継者と呼ばれる存在になったが、それは持ってしまった権能故に仕方がないことでもあった。……最初に言ったな、あいつと神は違う。お前らの信仰を否定はしないが、ガキに押し付けてやるなよ。神の代用品ではなく、レーシュという一つの存在として接するように心がけてやりな』

 

 そう言ってひらひらと手を振り、『神の子を見張る者(グリゴリ)』へと帰っていったアザゼル。彼の忠告に何も言い返すことができなかったミカエルは、ただ静かにその背を見送るしかなかった。倉本奏太とレーシュが、アザゼルを「先生」と慕うだけはある。悔しいが、アザゼルの言葉は的を射ていた。天界側の事情というものは確かにある。レーシュと奏太の力が必要な場面も、今後多くなるだろう。

 

 だが、それが当然のことだと思ってはならない。こちらの心情は抑え込み、力を貸してもらう立場なのだと認識を改める必要がある。「神の後継者」という肩書きで考えるのではなく、まずは彼らとの信頼関係を結ぶことが重要なのだと理解したのであった。

 

「とりあえず、奏太くんが記念写真入りの年賀状を送りたいからと、全員で撮った時の写真は見せておきました」

「……すごく豪勢な年賀状ができそうですね」

 

 悪魔・堕天使・天使が手を結んだ、歴史的瞬間を年賀状として使われることに遠い目になる。なお、奏太は毎年、一年間の出来事を年賀状にまとめるため、聖書陣営が集った会談だけでなく、禁手した相棒の雄姿、四大魔王とグレモリー一家と撮ったプライベート写真なども入れ込もうと写真の配置に四苦八苦しているらしい。年明けもいろいろな意味で余念がなかった。

 

 

「ウリエルには異世界への対策や戦力の強化などをお願いし、ラファエルには天界での調整と不穏な動きをする天使がいないかを監視するようにお願いをしました。ガブリエル、あなたには人間界での対応を主にお願いすることになるでしょう。教会との連携、駒王町への人材派遣、神器症の治療への対応…。私も天界の統括とシステムの管理を行いながら、あなたの補佐に回りましょう」

「わかりましたわ。教会内の引き締めの方は…」

「そちらも、同時並行で行っていく必要があるでしょう。戦士ヴァスコ・ストラーダと連携して、教会内で行われている実験や研究などを早急に洗い出します。……これまでは、教会の運営や機関に対する天使側の介入は最低限にしていましたが、そうも言っていられなくなりましたからね」

 

 ミカエル自身、神のためにと教えに反することも辞さない狂信者や、己の欲望のために倫理から外れた実験を行う機関があることはわかっていた。遺伝子を弄る研究から生まれた試験管ベイビー達や、『聖遺物』を研究するために被験者を使い、新たな力を生み出すために行われてきた暗部。彼らの研究は神の教えに反するが、それでも裏で多大な貢献を教会に齎してきた歴史は確かにあった。

 

 また、天使達が地上の信徒たちに指図し過ぎることは「人を導く」という意義と反し、システムの不具合への対応に追われ続けていたこともあって、一部の信徒以外とはほとんど接点が生まれなくなってしまっていた。それが、天界と教会の教義のズレを起こしてしまったことは否めないだろう。停戦協定による歴史的な転換期を機に、それらを改善することは重要だったが、何よりも急がせなくてはならない理由がミカエル達にはあった。

 

「私たち天使が最優先に考えなければならないのは、奏太くんとレーシュ殿と良好な関係を構築することです。指針である主を失っただけなく、天界を支え、奇跡を司るシステムにまで見捨てられるなど、天使としての存在意義すら危うくなります」

「奏太くんと仲良くなることは、同時に彼と仲の良い悪魔や堕天使との関係構築にも繋がりますからね。それに、神器症を治療しようと至った経緯や、神器所有者のための組織を創りたいと願った姿を考えれば、非道な研究や命を蔑ろにする行いに対して、最も反感と嫌悪感を抱かれる恐れがあります。ミカエル様の懸念は、もっともなことですわ」

「……奏太くんとレーシュ殿が、すでにやらかしたことを考えればなおさらのことです。聖なるオーラや聖水を悪魔に無害となるように設定したり、悪魔が神に祈っても問題ない様にしたり、これまでの理を根本からひっくり返していますからね。それも、本人たちは一切の悪気はなく、あるのは善意の気持ちだけで」

 

 会談の後半で聞かされた奏太と相棒がたった五日間という短い間にやらかした、数々の理の破壊(バランス・ブレイク)。彼の知り合いに悪魔が多いこともあり、彼らのために施された奇跡は、明らかに奏太の意思が強く働いている。特に相棒は「こうしたら依り木は喜ぶし、褒めてくれる!」という単純思考でさらっと行動に移すところがあった。今はまだレーシュにシステムの根底に干渉するだけの技術や力はないが、一個人の感情で世界が左右される未来だってあり得るかもしれないのだから。

 

 これまでの過去を変えることはできないが、これからの未来を変えることはできる。ミカエル達も決して違法な研究を認めていたわけではないが、最低限の人命が保障されているのなら必要悪として見逃していた部分はあった。だが、あまりに度が過ぎた研究や、怪しい機関は天使長の権限を以ってして解散させるしかない。それだけ、神の後継者と新たな神の子(メシア)のために環境を整えるのは、天界陣営にとって急務に当たることだった。

 

 なお、今後の異世界への戦力増強を考えれば、彼らの研究を全て無くすわけにもいかないため、ある程度の実験は継続させざるを得ないジレンマもある。研究者や機関への統制を改めて一新し、適切な運営を心掛けるように目を光らせていくしかない。ストラーダ司祭枢機卿には、また無理な頼みをしてしまうと溜め息を吐いたが、真実を知り信頼できる者にしか頼めないことなのは間違いなかった。

 

 ミカエルとガブリエルは、目が回るような仕事量に思わず目のハイライトが消えかけてしまう。世間は神の子の誕生を祝う降誕祭が開かれ、大いに賑わっている頃だ。普段のミカエル達なら、神を敬う信徒たちの真摯な祈りや催し、聖歌隊の歌声に感動し、よりいっそうの働きを神の子らへ返そうと奮起する、一年で最も素晴らしい日だったはずなのに…。偶然とはいえ、聖夜の訪れとともに生まれた新たな神の子の誕生を心から祝えるようにするため、天使達は必死にお仕事を頑張るしかなかった。

 

「そういえば、ミカエル様。魔王とフェニックスの涙に関する交渉をすると一緒に、技術的な連携も行っていくと話されていましたが、どのようなことをお考えで?」

「えぇ、奏太くんの中に施された乳神の術式を解析する機関はいずれ作りますが、何分極秘扱いであるためすぐに動くことは難しいでしょう。なので、こちらはまず錬金術の加工技術や『聖遺物(レリック)』に関する研究などを提供し、堕天使側からは神器と人工神器に関する研究資料を、そして悪魔側からは我らの長年の苦悩を解決できるかもしれない技術の提供を提案されました」

 

 事前に天界と交渉をすることを理解していた悪魔と堕天使は、天界の技術に関する対価をすでに準備していたのだ。ミカエルが懐から取り出し、彼の指先に添えられているのは真っ白に輝く(ピース)。過去の大戦や内乱を経て、数が減ってしまった悪魔達が創り出した起死回生の一手。それこそが『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』であり、堕天使の人工神器の技術を組み合わせたことで作られたのが、この試作品だった。

 

「『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』と非常によく似ていますが、まさかこれは…」

「主が亡くなったことで、新しい天使を生み出すことができなくなった我々が戦力を増やす方法。扱いには十分な注意が必要ですが、これがあれば私たちの「後」を任せることができる人材を置くことができます。悪魔側の言葉を借りれば、異種族を天使に転生させる……「転生天使」のピースですよ」

 

 もちろん、まだこの試作品である駒に転生させるだけの力はないが、骨子はすでに出来上がっているようだ。システムにある天使を生み出す技術を解析し、それを反映させることができれば不可能ではないだろうとされた。口元に手を当てて驚きを表すガブリエルに、ミカエルは白い駒を手に思案気に見つめた。

 

「しかし、黒と白の色違いとはいえ、悪魔と同じチェスの駒を転生に使うのは面白くありません。『悪魔の駒(イーヴィル・ピース)』を知る信徒たちからすれば、形に抵抗を覚えるかもしれませんからね。せっかくなら、おしゃれでデザインにも力を入れた作品を創りたいものです」

「なるほど、では悪魔のように人間界にあるゲームからアイデアをもらうのもよいかもしれませんね。確か奏太くんは、ゲームが非常に好きだという情報を入手しましたので」

「それは、素晴らしい情報です。早速人間界のゲームについて、総力を挙げて調べないといけませんね!」

 

 キリっとした表情で決意を(みなぎ)らせる天使長様。こうして、クリスマスでも忙しなく働く天使達の頑張りは、年が明けても続いていくのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「うーん、やっぱり中心に会談での全体写真は入れたいよなぁー。でも、あんまり大きすぎると他のが入りきらないし…。特にグレモリー家は、初めましてのヒトが多かったからなぁー。くっ…、さすがに四大魔王様達の写真を小さいサイズにするのはいけない気がするし、あとはリニューアル相棒も載せておきたい。でも、リアスちゃんとソーナちゃんの写真を小さくするのもなぁ…。猫姉妹やルシファー眷属や公爵夫妻も蔑ろにしたくないし、ヴァーくんと朱乃ちゃんが二人でうたた寝している写真とか尊過ぎて見せびらかしたいし…」

 

 この一年間で集めた写真を見比べ、並びかえをしながら頭を悩ませている俺は、これだっ! と思う写真の配置を選び抜こうと眉間に皺を寄せていた。それにしても、まさかこんなにも悩む日が来るとは思っていなかったぜ。今年は新しい人脈がかなりできただけでなく、色々伝えたいことも山盛りな一年だったと感じる。改めて思うけど、本当に激動な毎日だったな。

 

「……待てよ。年賀状一枚に写真が収まらないのなら、いっそ二枚ワンセットで送るという斬新なアイデアもありなのではないだろうか?」

「やめてあげなさい、地獄の連鎖爆弾は。一枚目でノックダウンさせられた後に、実は二枚組の罠でした、はただのとどめになるから」

「あっ、朱芭さんはどう思います? 今年の一押し写真集」

「何枚かに一枚は、被写体の目が死んでいるわね…」

 

 いや、そこに注目されます? だって許可なく写真を撮るのはさすがにマナー違反なので、ちゃんと事前に撮っていいか了承をもらわないといけないし。あと大事な話し合いが始める前はピリピリしているので、その後に記念写真をお願いするから疲れが出ちゃっているのは仕方がない。今年は海外留学一年目でもあったから、私生活もガラッと変わっちゃったしな。写真を眺めながら思い出に浸る俺に肩を竦めた朱芭さんは、疲れたような表情で向かい側へ腰かけていた。

 

「鳶雄たち、どれぐらいで帰ってきますかね」

「そうね…、最近は私のために少しでも鮮度の良い食材を選ぶんだって張り切っているのよ。だから、それなりに時間はかかりそうだと思うわ」

「うん。相変わらずのお祖母ちゃん子だなぁ…、あいつ」

 

 姫島家ってアレかな、ファミコンに走る血筋か何かなんだろうか。それにしては、本家は能力重視で追放したりしているけど。いや、極端から極端に走るところはそっくりかもしれないな。

 

「それにしても、まさか向こうの暮らしはどうだったかしら? って質問したら、いきなり写真を広げられるとは思わなかったわ」

「ほら、人間の五感による知覚の割合って、視覚が8割あるっていうじゃないですか。あと表の年賀状は何とかなったけど、裏側の年賀状の写真に悩んでいたので、いっそ第三者の意見を聞いてもいいかなと」

「奏太さん…。普通の第三者がこの写真集を見たら、もはやただの凶器よ」

 

 おばあちゃんが辛辣すぎる件。今年の夏休み以降から海外で暮らし、一応時間がある時は魔方陣で連絡は取っていたけど、こうして直接顔が見られて内心ホッと息を吐いた。聖書陣営の会談が終わり、協会へと帰った後。しばらく停戦協定による混乱が起こると想定されたため、クリスマスの時期は協会のみんなで小さなパーティーをして過ごした。そして年末が近づいてきたため、世界の混乱が多少でも収拾するまで日本へ里帰りをすることになったのだ。

 

 もちろん、俺一人で日本へ行くのは万が一があったら困るということで、家族と顔見知りのメフィスト様とラヴィニアも一緒である。以前、倉本家が海外旅行でお世話になったから、今年はフェレス家が日本にお邪魔することになったという体だ。あと、俺が家族に裏の事情を説明したいと日本に帰って来る前に伝えていたので、それを心配してついてきてくれたのだろう。「カナくんの保護者として、説明責任が僕にはあるからねぇ」と頭を優しく撫でてくれた。

 

 ちなみにクレーリアさん達は、駒王町の新しい管理者ということで悪魔側と話し合いがあるみたいだ。人間界でのんびり過ごしているのが申し訳なくなるぐらい、悪魔・堕天使・天使の間では大騒動になっているらしい。協会側は元々俺が所属していたからというのもあるけど、今後も問題なく治療や支援が受けられるのならお好きにどうぞ、みたいな感じだった。天界の素材や堕天使の技術などにも触れられるのかな! とむしろわいやわいやしていたと思う。なお、教会に関してはチベスナ顔をされました。

 

 そんなわけで、さすがに家族への話し合いは頃合いを見てからになるけど、せっかく日本に帰って来たのだからと幾瀬家に挨拶へ来ることにしたのだ。姫島家のマンションにはそれなりによく行っていたけど、数ヶ月ぶりに訪れた幾瀬家は非常に懐かしい気持ちになった。ラヴィニアは久しぶりの姉ちゃんに引っ張られてショッピングへ行っているので、みんなで初詣へ行く時に顔見せはできそうである。

 

「鳶雄と東城には申し訳なかったな。俺の分の昼飯の材料もお願いすることになっちゃって」

「ふふっ、久しぶりの師弟の再会なんだからって、気を使わせちゃったわね。……治療も停戦協定も上手くいったのね、異世界のことも含めて」

「はい、おかげ様でこの世界の危機をみんなに知らせることができました。朱芭さんが色々相談にのってくれたおかげで、すごく心強かったです」

「私なんて大した力にはなれなかったわ。ちなみに、天界の皆さんはご無事だったの?」

「もうすぐ相棒百回記念に突入しそうになりましたけど、ギリギリ大丈夫でした!」

「……それは、無事と言っていいのかしら」

 

 最後まで会談は続けることができたので、とりあえず大丈夫だったという扱いでいいかなと。おかげと言っていいのかはわからないけど、『理解(ビナー)』の能力スキルのレベルアップには繋がりました。様々な種族の胃痛を治してきた相棒には、そろそろすごい称号が付けられてもおかしくないレベルである。

 

「ほら、仏教陣営の皆さまに私の記憶をお見せすることになるでしょう。天使の方々はあなたへの耐性が0だったから、その時の参考になるかと思ったのだけど…。……悲惨なことになる未来しか見えないわね」

「えっと、取説と一緒に大量の胃薬もお焚き上げしておいた方がいいですか?」

「……胃薬を供養として焚かれることに物申したい気持ちは山のようにあるけど、冥土が機能停止するのを防ぐためにはそれもやむを得ないのかしら…」

 

 今後のことを想像してしまったのか、ものすっごく落ち込まれてしまった。そして、今はあえて軽く話しているけど、やっぱり朱芭さんの「先」のことを考えると不意に口が重くなってしまう。彼女自身の口から、来年の春を迎えることはできないだろうとは聞いていた。少しでも鳶雄に心労をかけさせないために、最後の時までできるだけ元気な姿でいたいって話していたと思う。

 

 彼女から長く離れたのはたった数ヶ月のはずなのに、夏休みの頃よりも少し小さくなったように感じる身体。たぶん彼女から発せられるオーラがだんだん小さくなっているとわかるのが、よりいっそうそんな風に思ってしまうのだろう。頭の中では、これが人として正しい摂理なのだとわかっている。それでも、「その日」が刻一刻と近づいているのだと、胸に重たいものがのしかかったような気分になった。

 

 

「そのあたりは、また朱璃さんとも話し合っておくわ。それにしても、神器所有者のための組織を創るなんて、また突拍子のない発想に至ったわね。正史にあった『クリフォト』への対応としてつくられた、テロ組織特殊対策チーム『D×D』を参考にして考えたのでしょうけど」

「あっ、やっぱりわかります? 異世界への対策をするなら、それ専用の本部も必要だと思ったので。だったら、表向きの理由とは別に裏でチームを組める体制がつくれたらって考えました」

「……あなたのことだから、異世界のことだけじゃなくて、その表向きである神器所有者のための組織もしっかり運営しようと思っているのでしょう?」

「はい、大変だろうことはわかっているんですけどね。……朱芭さんには話しましたよね、原作で英雄派に所属していた人たちがどんな思いでテロに参加していたのかって。彼らのあの姿は、あり得たかもしれない過去の俺でもあるんです。もしあの時に前世の知識を思い出さなかったら、俺はどんな道を選ぶことになったのか全然想像がつきません。ただ、世界の全てに怖がっていたあの時の気持ちを、俺は生涯忘れることはないだろうと思っています」

 

 俺には相棒がいたから、自分の意思を強くもつことができた。一人だけど、孤独じゃない。矛盾しているけど、それがなけなしの勇気に繋がっていた。もし神器に関する知識がなかったら、誰にも相談できない辛さを、拒絶されたらと苛まれる恐怖に耐えきれなかっただろう。だから、彼らのことを他人事にはどうしても思えなかったのだ。以前聞いた『深淵に堕ちた者たち(ネフィリム・アビス)』の人達のように、手遅れとなってしまう人を少しでも救いあげたいと願った。

 

「わかるわ、私だって鳶雄のことをずっと想っていたんですもの。あの子に宿る狗からは、どこまでも沈んでいくような昏い深淵がいつも覗いているわ。人を終わらせるほどの強大な力が…。だけど、鳶雄には狗を嫌ってほしくないの。だって、『(あの子)』は鳶雄を選んだんですもの。他の誰でもない幾瀬鳶雄なら、自分と共に生きられるだけの強さがあるって信じたから。私はずっと、そう思って鳶雄を育ててきたんですもの」

「……原作知識もなく、そんな風に考えることができた朱芭さんは本当にすごいと思います」

「ふふっ、でもそんな私でも、鳶雄を取り巻くだろう世界に心の中で怯えていたわ。鳶雄がこの世界で独りぼっちにならないことをただ願うしかなかった。なのにね、そんな不安をあっさり吹き飛ばしてしまうような破天荒な弟子が出来てしまったわ。そしてその弟子に、私は間違いなく救われたのよ」

 

 新しい組織を創ることに、不安がないわけじゃない。本当に俺が望むとおりに、彼らを救うことができるのかもわからない。みんなと一緒なら何とかなると突き進めても、心のどこかで小さな不安の芽が芽生えるのだ。だけど、そんな他の誰かには相談できない弱さを、朱芭さんはいつも気づいてくれて、何でもないように背中を押してくれるのだ。

 

「大丈夫、あなたは救えるわ。何度だって言ってあげる。こうして一人救えたのが、その証拠。失敗だってするかもしれないけど、その時は必ずあなたの手をとってくれる人がいる。奏太さんが手を伸ばし続ける限り、その光が消えることはないの。だから、自信を持ってやり遂げてみなさい。無理はしない程度にね」

「……はい、無理はしないように頑張ります」

「奏太さんには鳶雄を任せるんだもの。元気でいてもらわないと困るわ。……あなたも鳶雄も人を終える時が、いずれ来ることになる。それは避けられない運命だけど、あなたが私の弟子で鳶雄が私の孫であることは永遠に変わらないわ。たくさんの変化に戸惑うことはあるでしょうけど、決して変わらないものもあるのだと忘れちゃダメよ。それが芯となり、本当の強さへと繋がっていくのだから」

 

 しっかり先輩として、後輩に教えてあげてね。そう言って優しい瞳で微笑みを浮かべる恩師に、俺はこくりと頷きを返した。出かける前に鳶雄が用意してくれていた急須を手に取り、話に付き合ってくれた朱芭さんの湯飲みに注いでおく。おそらく鳶雄が二十歳になる頃には、聖書陣営の和平は成立しているだろうし、新組織もそれなりに稼働していることになると思う。鳶雄が望むなら『神の子を見張る者(グリゴリ)』への斡旋も考慮するけど、基本は俺が後見人として見守る形になりそうだ。

 

 それからも保護者には相談しにくいことや、何でもない話を交えながら、この穏やかな時間をゆったりと楽しんだ。新組織の方針について日常での神器の使い方で熱い議論が多少交わされたけど、結果的に俺のやり方が相棒を神滅具(ロンギヌス)に進化させたじゃん、という一言に頭を抱えられた。

 

 もしかしたら未来の新組織で、俺と同じように神器を使ったことで新たなステージへ突入する神器もあるかもしれない。うん、これは夢が広がるなぁ…。あと俺が長年の努力で手に入れた、神器に話しかける時に独り言をブツブツ言っているような危険人物に見えないための工夫講座も開かないといけない。これはマジで必須である。

 

 また、家族に裏関係のことを話そうと思っていることを告げると、「奏太さんのご家族だもの、きっと大丈夫よ」と頭を静かに撫でてくれた。むしろ、裏の情報量に一般人の家族のキャパシティーが耐えられるのか心配されてしまった件。ま、まぁ、逆に考えれば裏に関する知識が全くないからこそ、そういうものかで常識を受け入れやすいとも思いますしね。姉ちゃんはお化けや悪霊とかが本当にいる、って部分で意識を飛ばしそうではあるけど。

 

「あっ、そうだわ。奏太さん、注意……と呼べるかもわからないものだけど、一つ伝えておきたいことがあるの」

「えっ、何ですか?」

「あなたってこだわりが強いところがあるというか、一度譲れないと思うと意地っ張りなぐらい引かないところがあるでしょう。それがこれまで同様に良い方向に進んでいるならいいのだけど、少し気を付けた方がいいわ。自分でも本当にこれでいいのかって『迷い』が生まれたのなら、必ず一度立ち止まるようにしなさいね」

「立ち止まるですか…?」

「声を聞けばいいわ。あなたが意地を張る時は、いつだって自分が護りたいと決意した何かがあるはずだから。その護りたいと願ったものの声や思いに耳を傾ければ、案外視野は広がるものなのよ」

 

 うーむ、何とも抽象的な注意をもらってしまった。でも、朱芭さんが言いたいことはわかる。俺ってよく考え込んだりするけど、一度こうしようと決めると猪突猛進かってぐらい突き進む癖があるのだ。朱芭さんの言うとおり、これまではこの意地のおかげで駒王町の前任者問題や姫島一家の事件、そして神器症の治療だって諦めずに進むことができた。

 

 少なくとも、それら今までの行動に『迷い』が生じたことはなかったと思う。むしろ、もっとガンガン行こうぜ! なぐらいの気持ちで無心になってやっていたかもしれない。これらの癖が悪いわけではないけど、まぁ確かに気にはしておいた方がいいのはわかった。ちゃんと覚えておこう。

 

 

「ただいまー。祖母ちゃん、奏太先輩、お待たせしました」

「お待たせしました。すみません、遅くなっちゃって! 鳶雄ったら、お正月に食べる御餅売り場の前でずーっと悩んでいたんですよ」

「祖母ちゃんが食べやすくて、喉に詰まらせない形状の餅を吟味するのは大事だろ!」

「あらあら、ありがとうね鳶雄。紗枝ちゃんも付き合ってくれて助かったわ」

 

 時計の長い針が半周を回った頃、賑やかな男女の声が玄関から響き渡った。一月に高校受験があるため、日々勉強漬けらしい後輩たちだが、相変わらず元気いっぱいで何よりである。俺は立ち上がって廊下に出ると、靴を脱ぐ鳶雄達が床に置いた食材を持ち上げて運んでおく。

 

 ベーコンや牛乳、健康に良さそうな野菜が入っていて、今日は冬におすすめでお手軽に作れる「一汁食」ってやつにすると言っていた気がする。どうせ鳶雄のことだから、お手軽という名の匠の工夫を混ぜ込んでくるだろうから、お腹を空かせて楽しみに待っておこう。

 

「あっ、倉本先輩。そういえば、今年……もうすぐ来年かな? えっと、いつぐらいに向こうへ帰られるんですか?」

「そうだなぁ、ラヴィニアとメフィストさ…んも一緒だから、相談して決めるつもりだけど、それなりにゆっくりするつもりだよ」

「そうなんですね、ラヴィニアとも久しぶりに会うから楽しみです。ゆっくりできるなら、みんなでどこか遊びに行かないかなって思いまして。あと、朱雀はやっぱりお家の用事が忙しい感じですか?」

「あいつの家は、正月が繁忙期だからな。名家ならではの催しや親族の集まり、さらに分家や関係のある家への挨拶回りとか、多忙を極めるらしいぞ。毎年この時期は、電話越しでめっちゃ愚痴られるからな。朱乃ちゃん成分が足りないとかも含めて」

「さ、さすがお嬢様…。でも、相変わらずの朱雀みたいでよかったです」

 

 鳶雄が料理に勤しんでいる間、東城と一緒にテーブルの片づけをしておく。東城は表の一般人なんだけど、ラヴィニアや朱雀も不思議と接しやすいみたいなんだよな。ありのままのその人を受け入れられる度量があって、さらに肝が据わっているというか度胸もある。ラヴィニアや朱雀に気圧されることなく、普通に接することができるのは彼女の美徳ってやつなんだろう。

 

 ちらりと楽し気に調理に集中する鳶雄の背を見つめ、それを穏やかな表情で眺める朱芭さんに目を移す。この日常がもうすぐ壊れるだろうことを、俺と朱芭さんは理解している。その日が来たら、今の鳶雄にとっての精神的な支えが消えてなくなってしまうだろう。それでも、少なくとも東城紗枝が鳶雄の傍にいれば、いつか立ち直ることができるような気はした。だから朱芭さんも、静かにその時を受け入れることができたのだろう。

 

「……なぁ、東城」

「えっ、はい」

「今後も鳶雄のことをよろしくな。東城が傍にいれば、安心だからさ」

「なっ! い、いきなり、何を言うんですか!? そ、そりゃあ、鳶雄とは幼馴染なのでこれからも一緒にいるつもりですけど…」

 

 後半は頬を赤らめてごにょごにょと小声になっていたが、この二人の関係も相変わらずで笑ってしまった。こいつら、家ぐるみで付き合いがあって、幼馴染で長年ずっと一緒にいて、いつも傍にいるのが当たり前みたいな感じなのに、健全過ぎる関係なんだよなぁー。まぁ、こういうのは人それぞれ順序や考え方があるので、あんまり干渉し過ぎないに限る。後輩のリアクションが面白いから、ちょっと揶揄うぐらいは先輩の特権として使わせてもらうけど。

 

「そ、そういう倉本先輩だって、ラヴィニアとは幼馴染でずっと一緒にいるんですよね!」

「ん? そうだけど」

「……先輩は、その…ラヴィニアとは何かないんですか? こう、ドキドキすることとか…」

「ドキドキ…。最近またラヴィニアに成長期が来たのか、せっかく巻き返した身長が危うくなってきているんだよなぁ…。鳶雄に頼んだら、背が伸びる料理とかつくってくれると思う?」

「まさかの真顔での返答…。これが幼馴染の距離感として正しいことなのかなぁ……? う、ううん、こういうのは他人が干渉し過ぎない方がいいんだよね。確か、うん……そうっ!」

 

 胸の前で拳を握りしめて、こくこくと頷いて自分に暗示をかける東城。傍から見ると、噴き出しそうになる。俺らのやり取りを見ていた朱芭さんの微笑ましいような、なんとも言えないような微妙さが混ざった表情が印象的でした。

 

「できましたよー。盛り上がっていたみたいですけど、紗枝と何の話をしていたんですか?」

「身長が伸びる料理を鳶雄がつくれるかどうか」

「……えっ? えっと、頑張ります…?」

 

 すごく困惑した顔で、素直に了承してくれた後輩。お前のそのブラウニー精神は、本当に尊敬するよ。数十分クオリティーで作ったとは思えないミルクスープを人数分よそい、挨拶の後に早速口に含んでいった。やっぱりというか、さすがの美味しさに心から感動する。時々俺も相棒と一緒に料理をつくることはあるけど、なかなかこういうちょうどいいコクやマイルドな味わいは出せないのだ。

 

 将来の駒王町で、リアスちゃん達が管理を任されることになったら、また喫茶店を開きたいってクレーリアさんは話していたと思う。もし鳶雄が神器所有者のための組織に加入するなら、是非ともクレーリアさんと一緒に料理を振舞ってほしいものである。うん、これは新組織をつくりたい動機がまたできたな。心のゆとりには、美味しいご飯が必須である。

 

 幾瀬家で過ごす長閑な日常。だけど、この時間が永遠に続くことはない。だからこそ、人は限りある時間を愛おしみ、大切に思えるのだろう。聖書陣営の混乱がある程度収まれば、治療のために飛び回ることになるので、今後は自由に動くことは難しくなる。久しぶりの表の日常に感慨深い想いを抱きながら、激動だった一年間の終わりが近づいてくるのを感じたのであった。

 

 

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