えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二十話 堕天使

 

 

 

 堕天使機関『神の子を見張る者(グリゴリ)』の現総督である、アザゼル。この人は、原作でも中核のポジションと役目を持った、主人公たちの先生だ。神器研究が大好きで、この人以上に神器について詳しい者はいないだろうと思うぐらいの豊富な知識を有している。なんせ、自分で人工的に神器を作りだし、それを実用化できるほどのレベルである。厨二病全開すぎて、ミカエル様に黒歴史を弄られても、めげずに懲りない根性。見習っていいのか、悪いのかわからない大人の見本のような方であった。

 

 しかし、彼の存在感は大きい。主人公である兵藤一誠とは違う意味で、無くしちゃいけない大黒柱の一本だ。原作では、破壊神シヴァから、死相が出ていると忠告を受け、本人もそれを自覚している描写があった。嫌なフラグである。俺だって、アザゼル先生はノリもよくて、人情があって、ギャグとトラブルの化身とすら思うほど、印象的で好きな原作の登場人物だった。そんな碌でもないフラグなんて圧し折ってくれ! と読者視点で感じたものだ。

 

 そんな人物だから、俺だって会ってみたいという気持ちはあった。あるにはあった。だけど、できれば当たり障りのない範囲で、第三者として立ち会いたかった。少なくとも、こんな風に対面して、しかも爛々と興味の対象として見られる現状にだけはなりたくなかった。だってこのお方、ものすごくトラブルメーカーで、マッド思考なんだよ! 何をしてくるかわからない人物なら、堂々の上位にランクインするよ!?

 

「ほぉら、俺は悪い天使だが、別に怖いことは何もしないぞぉー。メフィストとお友達だから、警戒しなくたっていいんだ。だから、早く俺に神器の力を見せてくれよ。さぁさぁさぁっ!」

「堕天使とか関係なく、あなた自身の行動が一番怖ぇよ!」

 

 手をワキワキさせながら、にじり寄って来るんですけど! すっげぇ楽しそうに、笑ってじりじりと迫ってくる大人。普通にトラウマものだ。相棒、頼む。俺のこのトラウマを消滅してくれ! えっ、なんか無理? なんかって何さ!?

 

 ちょっとずつ前進してくるアザゼルさんと、それに後退していく混乱中の俺との間に、ラヴィニアが手を広げて間に入ってくれたおかげで、俺のトラウマ製造を止めてくれた。ありがとう、さすがは正義の味方である魔法少女だ。そして、年下の女の子の背中に隠れる、情けない自分に落ち込みそうにもなる。でも、マジで怖かった。

 

 

「アザゼル、うちの子をいじめるのはやめてもらえないかな。まったく、連絡を入れたその次の日にやって来るなんて、相変わらず神器への執着心が強いものだねぇ」

「メフィストか、俺はお前がちょっと羨ましいぞ。なんで集めている俺のところにじゃなくて、お前のところに神滅具や、興味のそそられる神器が集まるんだ?」

「僕の場合は、偶然としか言えないけどねぇ。アザゼルこそ、神器所有者をかき集めているって聞いているよ。それに周りが警戒している。戦争を再び起こすために力を集めているんじゃないか、ってね」

「はっ、相変わらず信用されてねぇな、俺は。戦争をする気はねぇ、ってその周りに言っているつもりなんだけどなぁ」

 

 トレーニング室に突如魔方陣が現れ、そこから現れたのは、メフィスト様本人であった。それにラヴィニアと二人して、ホッと息を吐いてしまった。ものすごい安心感です、メフィスト様。その原因と連絡を取ったのは、あなた様ですけど。アザゼルさんは彼の登場に、バツが悪そうに頭を掻いている。とりあえず、これで落ち着いて話ができそうだ。

 

「突然すまないねぇ、カナくん。神器について詳しい知人がいたから、連絡を取ってみたんだ。君の能力を向上させるのなら、専門家に伺うのが一番だからねぇ。彼は堕天使だけど、うちの子に手を出すことはないし、そのあたりの信用はある。君の神器の能力を言い触らしたり、悪用するような男じゃないのは、僕が保証するよ」

「あっ、はい。メフィスト様がそうおっしゃるのなら、俺は大丈夫です。俺のことを考えて、わざわざ連絡を取ってくださったんですよね。こちらこそ、ありがとうございました」

 

 確かに驚いたけど、メフィスト様の考えは間違っちゃいない。なんせ神器の先生なら、この人以上はいないと俺でも思う。しかも、面倒見の良さと人の好さは、原作でもトップクラスで、人望もある。俺が頭を下げると、メフィスト様は少し困ったような笑みを浮かべ、アザゼルさんからは変な者を見るような目で見られた。えっ、俺何かしましたか?

 

「ねっ、いい子でしょう?」

「いい子って言うか、何と言うかな…。騙されやすいんじゃないのか、これ」

「警戒心は強い子だよ。僕への信頼度もあるだろうけどねぇ、ハハハ」

 

 えっと、どういう意味だ? 二人の会話に疑問が浮かぶ俺に、アザゼルさんは数歩ほど近づいてきた。次には、バサリッ、と音を立てて、漆黒の十二枚の翼がその背中に展開されたのであった。俺はその光景に呆然としながら、ただ黒い翼を見つめるしかなかった。

 

 悪魔の翼なら、ミルキー悪魔さんにここへの移動中にお願いして見せてもらったり、触らせてもらうことができた。だけど、堕天使を直接この目で見るのは初めてだ。彼が翼を広げたと同時に、黒い羽が数枚、舞い上がる様に辺りに広がった。

 

 これが、堕天使。聖書に記されし、翼を持つ者の姿。原作でヴァーリさんが初めて登場した時に、確か言っていた。「アザゼルの羽は、もっと薄暗くて、常闇のようだった」と。そう評されていたのが、よくわかる。吸い込まれるように、綺麗な黒だと思った。

 

「その様子からして、堕天使を見たのは初めてみたいだな」

「えっ、は、はい。初めてです。すごい、ですね」

 

 正直、それしか言えない。悪魔の羽を触った時も感動したけど、堕天使の羽を見られたのも感動ものだ。悪魔の羽は蝙蝠のような形で、芯があってツルツルしているようで柔軟性のある柔らかさもあった。触ると、生き物の羽らしく、温かい鼓動を感じたものだ。堕天使の翼は、どんな感じなんだろう。俺の部屋に用意されていた、ふかふかの毛布ぐらい柔らかいのだろうか。それとも硬質なんだろうか。

 

「へぇー、すごいね…。それで、堕天使を初めて目にしたお前の感想は?」

「触ったら、ふかふかなのか、固いのかが気になりました」

『…………』

「……えっ?」

 

 威厳たっぷりに翼を広げていたアザゼルさんの動きが、突如止まった。後ろでメフィスト様の肩が、小さく震えているのが見えた。ラヴィニアが、「あっ、それは確かに気になるのです」と同意をしてくれた。やっぱりそうだよね、気になるよね。俺はふかふか希望だけど、ラヴィニアは冷たくてひんやりしたのが希望らしい。神器的に、冷たくてツルツルしているのが好きなのかもしれない。

 

 そんなほのぼのと会話をする俺とラヴィニアの様子を見て、堕天使の総督様が疲れたように溜息を吐いて、頭が痛そうに手で押さえていた。そして次には、すごく吹っ切れたような顔になり、最初に出会った時のような楽しそうな笑顔を俺たちに見せた。

 

 

「よーし、よく聞けガキども! 今日は特別サービスで、この堕天使総督様のありがたーい翼を触らせてやる権利をやろうじゃないかっ!」

「えっ!?」

「おやっ、これは特別サービスですねぇ。カナくん、ラヴィニアちゃん、せっかくの好意のようだし、触らせてもらいなさい。こんな機会、なかなかないですよ?」

 

 いや、それは理解していますが。本当に堕天使の羽を、しかも最高トップの羽を触っちゃっていいんですか。この堕天使様、聖書に出てくる真面目にとんでもないお方ですよ。困惑する俺たちに、大人二人が笑いながら急かす様に言ってくる。お互いに目を合わせながら、二人でそろそろとアザゼルさんの傍に近寄ってみる。

 

「えっと、……アザゼル様。本当にいいんですか?」

「ガキが遠慮するな。あと、様付けとか恥ずかしいからやめろ。なんだったら、アザゼルとでも呼んでみるか?」

「さすがにそれは…。それじゃあ神器について教えていただけるみたいなので、アザゼル先生でいいですか?」

「……先生か。なんか、変な感じだな。まぁ、お前がそう呼びたいのなら別にいいぞ」

 

 俺の中で、彼の印象はやっぱり「先生」という面が強い。それに、アザゼルさんがメフィスト様に神器について頼まれたのも事実だろうし、ある意味俺は彼の生徒になるってことだろう。うーん、嬉しいような、不安なような。鉄球ぶつけられたり、改造手術されたり、ドラゴンとおにごっこさえなければなぁ。……やばい、すごく不安になってきたよ。

 

 それから、俺とラヴィニアは漆黒の翼をもふもふタイムすることになった。すごく感動しました。

 

 

 

――――――

 

 

 

「さて、それじゃあ早速だが始めるぞ。さっきお前が見せた、『物質』を消滅させる力は見させてもらった。次にメフィストから聞いた、例の力の方を見せてくれ」

「えーと、はい。でも何を消滅させた方がわかりやすいですか?」

 

 至高の堕天使様の翼をもふもふした俺たちは、次に本来の目的に戻ることにした。神器の先生が来たということで、現在は俺とアザゼル先生との二人っきりだ。ラヴィニアは残りたそうだったけど、長く彼女を拘束したくはない。大丈夫だと手を振って、仕事に向かってもらった。『概念』を消滅させるのなら、効果は俺自身の方がいいだろう。他者に及ぼす場合は、槍で刺さないといけないし。

 

「あぁ、そうだな。じゃあよ、ちょうど俺の懐に入っていたこの『性転換銃(試作品)』で撃ってみるから、その効果を消してみろよ」

「何さらっと、とんでもない道具を取り出してくるんですか。やめてください、俺に向けようとしてこないで! メフィスト様にいじめられたって言い付けますよ!」

「えー」

 

 えー、じゃねぇよ! それ、確か原作で完成品っぽいものを見たことがあるぞ!? そんで、近隣に迷惑と混沌を振りまいていたじゃねぇか! それの試作品をこんな時代から、作ってるんじゃねぇよ!

 

 メフィスト様からの預かりということで、堕天使式神器特訓法は、とりあえず今回はなしってことになった。「今回は」ってところが、一番怖い。油断したら何をしてくるのか、本当にわからない。

 

「……ちなみに、なんで作ったんですか?」

「いやな、俺のところの組織なんだが、幹部メンバーがベネムネ以外は男ばっかりなんだ。花が少ねぇだろ? だから、一人か二人ぐらい女にしても、許されるかなーと思って」

「何をどう結論して、許されると思ったんですか」

 

 大変だ、堕天使の総督様がご乱心している。コカビエル、戦争凶っぽい感じだったけど、よくこの堕天使メンバーで原作まで頑張ってこれたよね。レイナーレも、この人の寵愛をもらおうって頑張っていたけど、たぶんアザゼル先生のことを知る前に退場できたのって、彼女にとって一番幸せだったんじゃないだろうか。知っていて寵愛をもらおうと頑張っていたのなら、やり方は間違っていたけどちょっと尊敬する。俺、この方の同僚として働く自信はない。

 

「ちぇっ、わかったよ。とりあえず、壊れたら嫌だから隅の方に置かせてもらうぞ。……そういや、お前の名前を聞いていなかったな。名前と、お前の持っている神器名は?」

「えーと、倉本奏太です。偽名の時は、『ショウ』と名乗っています。神器の名前は、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』って言いますね」

「……やっぱり、その名称か」

「えっ?」

「いや、気にするな。じゃあよ、今までお前が消してきたものをあげてみろ。そこから、俺が選んでやる」

 

 一瞬、アザゼル先生は、俺の神器名を聞いて思案するような顔をした。しかしすぐに表情を崩すと、俺の神器に指をさしてこれまでの効果について尋ねてきた。シスコン魔王様と似たような能力だから、名称も似通っていて気になったのだろうか。

 

 とりあえず、今まで消してきたものを思い浮かべてみる。まずは、『神器の波動』や『気配』といった隠密系の効果。次に物理的な効果として、『重力』や『衝撃』を消したりもした。異常効果系の回復なら、『疑似回復技』や『俺の受けている術の消去』だろう。攻撃系なら、『魔法力消失』や『体力消失』って感じか。結構いろんなものを消してきたんだな、俺。

 

「なら、神器の波動を消してみろ。俺は今までいろんな神器を見てきたからな、判断がしやすい」

「でも、俺の神器って地力に影響されるので、アザゼル先生ぐらいのラスボスクラスを誤魔化し切れるかどうか」

「お前も、ラスボスとかさらっと言うよな。別に俺は完璧を求めちゃいない。他にも色々やってもらうんだ。さっさとやってみろ」

「わかりました。相棒」

 

 俺が声をかけると、相棒はいつも通りに効果を発現してくれた。スッと、俺の中に何かが消えていくような感覚。手に持つ紅の槍が淡く光り輝き、俺は恐る恐る顔を上げ、相手の反応を待った。アザゼル先生は難しい顔をしながら、手を顎に当てている。ど、どうだったんだろう。

 

「上級クラスが近距離までくれば、気づくかもしれないレベルか。中級クラスじゃ、ちゃんと意識を向けないと厳しいな。俺からは傍目には上手く消せているが、不自然な違和感が感じられるか…」

「それって、すごいんですか?」

「すげぇに決まっているだろう、アホ。気配や姿も合わせたら、並みの探知なら潜り抜けられる。気配を消す神器と似たような効果を、能力の派生で使えるんだぞ。これ単体で、十分に使える力なんだからな」

 

 気配を消す神器なんてあるのか。そういった状態変化系の神器を持っている者は、暗殺者などの闇の仕事に就きやすいようだ。アサシンっぽいもんな、これ。それにしても、俺の能力ってそれぐらいのレベルだったんだな。冒険をするには、まだまだ不安なレベルだけど。

 

 アザゼル先生は次に懐から、小さな球のようなものを取り出し、それを床に向かって投げる。それに目を瞬かせる俺の前で、床に球がぶつかったと同時に、それがむくむくと人型をとり出した。思わず、足が下がってしまったが、数秒後その球は、ゴムっぽい素材でできた人形のようなものに形を変えてしまった。

 

「これは?」

「訓練用の人形だ。壊れても、すぐにくっ付いて元の人型に直る。さすがに直せる限界はあるがな。今からこの人形に、俺の光力を人形の耐久限界のぎりぎりまで込める。お前はその槍で、この人形に付与された俺の光力を消してみろ。……全力でだ」

「全力で、ですか」

「あぁ、後でぶっ倒れてもいいぞ。今日はお前の能力の幅と限界を、ある程度知っておくだけでいいからな。次に修行する時は、お前に合いそうな補助具や、メニューを持ってくるつもりだ」

 

 そう言いながら、彼は人形に手を当てて、自分の光力を流し込んでいった。それに、人形が反応するように光を発し、少しだけどさっきよりも大きくなっているように思う。

 

 俺はその作業の様子を見ながら、相棒に意識を向ける。思えば俺は、ぶっ倒れるぐらい全力で、神器の効果を一つのものに使ったことがなかった。今までは複数の効果を消滅して、それによる体力消費が原因で倒れていた。だから、俺のこの消滅の能力が、全力を出せばどれだけの効果を及ぼすものなのか知らないのだ。ぶっ倒れるまで修行なんて、早々できる訳がなかったからな。

 

 それにしても、先生の面倒見が良すぎるんですけど。俺のために時間を取ってくれて、しかも俺用のメニューまで考えてくれるみたいだし。しかもこれは、全て彼の好意だ。メフィスト様と何か取引があったかもしれないし、彼自身が神器大好きっていうのもあるだろうけど、それでもここまでしてくれるのはアザゼル先生だからだと思う。直接的な利益なんてないだろう他組織の俺に、こうして指導してくれているのだから。

 

「アザゼル先生、その、ありがとうございます。先生も仕事でお忙しいのに」

「あぁー、仕事な。シェムハザに任せてきたから、後で怒られるかもしれねぇ…。まっ、気にするな。俺が好きでやっていることだ。お礼なら、その神器の先を俺に見せてくれ。『神の子を見張る者(グリゴリ)』に帰ったら、シェムハザの説教を受けて、それからどんな消滅の能力が作れそうか考えたりして、徹夜だろうからなー」

 

 あの、能力開発に徹夜って。しかも、さらっとこの人、説教後も仕事より神器研究をする気満々だ。俺のためにやってくれていることだからありがたいと思うと同時に、俺まで申し訳ない気持ちになってくる。ごめんなさい、副総督様。俺では、このお方を止められません。苦労を増やしてしまった。

 

 

「よし、これでオッケーだ。おい、カナタ。こいつに向けて、思いっきりやってみろ」

「はい、先生」

 

 アザゼル先生は光力を込め終わった人形を叩いて示し、俺と人形から離れるように距離を取った。俺は深呼吸をし、両手で槍をしっかりと握り締める。さっき彼から見せてもらった力が、光力。悪魔や魔の者に絶大な効果を持った、堕天使や天使が使う力。あの光を、――消す。

 

「相棒」

 

 俺の言葉に応えるような思念が、神器から感じられる。俺は人形に近づくために歩を進め、そして槍を構えた。そして人形の胴体に向けて、俺は勢いよく神器を突き刺したのであった。

 

「――グッ!」

 

 刺してまず思ったのが、この人形に込められた莫大なまでの光力の圧力だった。消滅させようとする俺の能力に逆らうように、渦を巻くような力がうねりを上げてくるようだった。光力の風圧で弾き飛ばされそうになりながらも、なんとか足に力を入れ、俺は力を込め続けた。

 

 消滅はできているはずだ。だけど、光力の質量が多すぎて、全然減っているように感じられない。バクバクと心臓が鳴る音が聞こえてくるようだ。能力の行使と同時に、息がだんだん乱れていき、身体が小刻みに震えてくる。神器を握る握力も徐々に消滅の力に吸い取られるように弱くなっていくが、まだいけるはずだと俺は自分に言い聞かせて、残る体力を全て注ぎ込むつもりで能力に還元させていった。

 

 俺の頭の中は、とにかく『光力を消す』ことだけを考えていただろう。まともな思考は途中から放り出され、きっと真っ白だった。身体の方は、まるで全力疾走したように息が乱れ、足や腕など節々に痛みを感じ、苦しいという気持ちが溢れてくる。焦点がぼやけ、視点も合わなくなってきた。やばいって思った時、そんな俺に道しるべをつくるように、真っ直ぐなまでの紅の光が見えた。

 

 不思議だ、真っ白な光の中に、紅の光が入り込んできたような感覚だ。俺は直感的にその紅の光に沿うように、消滅の力を向ける。すると、先ほどまでよりも少ない体力の消費で、消滅を行うことができた。それに気づくと、俺は紅の光を辿る様に消滅の力を向けるようにした。

 

 先ほどまで、あれほど苦しかった身体の痛みが消えている。もう全身の感覚がわけわからない感じだが、まだいけるだろうか。一瞬、紅の光が頭をよぎり、なんだかこれ以上はやめた方がいい、という思念が浮かんだ。でも、まだいけそうな気がするんだけどな。それに、もう少しで何か掴めそうで…。なんだか、ちょっとわかったような気がするのだ。

 

 なんとなく、光力の消し方がわかってきたような気が――

 

 

「ストップだ! それ以上はやめろ、壊れるぞッ!!」

「――あっ」

 

 後ろから俺の目を隠す様に手で覆い、神器を手から強制的に引き離された。その瞬間、何も感じていなかった身体の感覚が、一気に俺の意識に返ってきたように押し寄せてきた。その気持ち悪さと吐き気、そして信じられないぐらいの痛みを訴える身体。何、これ。なんで、こんな、こんな風になって……?

 

 点滅するように混濁する思考に、ついに限界が来たのだろう。力が全く入らない。俺は足から崩れ落ち、倒れそうになった身体を、咄嗟に太い腕で支えられたような気がした。焦ったような先生の顔を最後に、俺の意識は暗闇に沈んでいった。

 

 


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