えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二百九話 天

 

 

 

「おぉー、ここが辺境の教会かぁー。あっ、湖もある」

「この教会は一般公開はされていませんが、一部の信徒のみ祈ることが許された神聖な教会とされています。なにせ、本物の天使が降臨される地ですからな」

「選ばれた信徒にのみ祈ることができる教会…っスよね。俺も初めて来ますけど、綺麗な景色だなぁ」

 

 おもちゃ屋での買い物を終え、教会側が用意してくれた車に乗り込んで数時間過ぎた頃だろうか。ずっと山道を登り続けた先で開けた土地が見えてきた。車の運転もスイスイこなす万能おじいちゃんのおかげで、問題なく辿り着くことができたようだ。魔法使いなら転移で一発なんだけど、魔法嫌いの教会としてはここまでの道のりを歩くのも巡礼の一種という扱いらしい。本来なら車に乗るのもダメだろうからな。さすがに今後は俺がお邪魔するからか、何かしらの移動手段を用意するつもりみたいだけど。

 

 ちなみにリンは美味しいもの巡りが終わったら、満足して冥界に帰っていった。うちの使い魔は本当に自由である。まぁ停戦協定を結んだとはいえ、天界側の子どもにとって悪魔やドラゴンはまだまだ恐怖の対象だろう。リンはわりとそのあたりを察してくれるから、テオドロくんのために自分から帰還を口に出してくれたのだと思う。テオドロくんと仲良くなれたら、いつかリンのことを紹介できたらいいな。

 

「えーと、おじいちゃん。ミカエル様たちは、もうここにいらっしゃるんですか?」

「えぇ、おそらくですが。今回はウリエル様とラファエル様も来られると聞いています」

「お、おぉー」

 

 まさかの四大熾天使(セラフ)の皆様とご対面ですか。ガブリエル様がいないのは、さすがに熾天使全員が地上に下りるのはまずいからだろう。……ちょっと残念と思うのは失礼だな、うん。天使が三人も地上に下りてくるって、これまでの引きこもりっぷりを考えてもよっぽどのことだし。それだけ、自分達の元トップの後継者に会いたい気持ちの方が勝ったのだろう。

 

 アザゼル先生が天使側に技術の提供をしているみたいだけど、システムが置かれている第七天に天界側から接触するのはまだ難しいようで、相棒の聲を届けられるのは未だに俺だけである。相棒自身がそこまで天界とのやり取りに積極的でないこともあるけど…。さすがに天使の皆さんが不憫なので、もうちょっと頑張ってあげよう? 相棒がいる第七天を守ってくれているのは天使の皆さまなんだし。

 

「三人も熾天使の皆様が…。でも、レーシュ様の聲を届けられるのはカナたんだけだから当然ではあるのかな」

「うーん…。俺が天界に行くのは難しいから、天使の皆さんに来てもらうしかないのはある」

 

 原作みたいに和平を結んで、裏切りを行うだろう天使がすでに禍の団に下った後なら俺も天界に行けるのかな。少なくとも、後継者(相棒)のことをまだ世界に周知していない状態で、人間の俺が天界に行くのはいらない混乱を生む。だからお互いに移動は大変だけど、人のいない辺境で時々落ち合うぐらいがちょうどいいのだろう。

 

 それにしても、ウリエル様とラファエル様かぁ…。お二人とも原作では登場せず、名前だけが出てきた方々だ。だから俺もどんなヒトなのかわからないし、神話ぐらいでしか情報がない。確かウリエル様は「神の炎」と呼ばれ、災害の守護や裁きを行い、予言の解説者などと呼ばれていたはずだ。あの有名なノアの箱舟を指示したのも、ウリエル様だったっけ? 厳格な天使様ってイメージである。

 

 そしてラファエル様は、「神は癒される」という名前をもつ医学や薬学といった医療に携わる天使様だ。あと、人間のトビアスさんと一緒に地上を旅したという逸話から案内人、旅の天使とも言われていたと思う。ミカエル様曰く、人間の姿になってちょくちょく地上に下りてはふらふらと旅をして、人々の営みを見守るのが好きな方らしい。決して放浪癖と言ってはいけない、うん。

 

「ミカエル様は天界側の統治、ガブリエル様は人間界側の統治、ウリエル様は審判者であり武闘派で、ラファエル様は技術や後方支援を担っているんでしたっけ」

「主な役割はそうですね。本来なら、もっと早く若と顔合わせをしたいと思っていたのでしょうが…」

「不意打ちで停戦協定を結んじゃって、その後アザゼル先生がドン引きするレベルで天使の皆さんが多忙だったのはわかっているので…。むしろ、こっちの方が申し訳ない気分です」

 

 あの停戦協定以降、天使の皆さんと直接会うことは一切なかった。ミカエル様とは時々通信はしていたけど、それも仕事の合間の数分ぐらいである。クリスマスに協定を結んで約三ヶ月間、休みなく働き続けた熾天使の皆さんがようやく取れた時間が今日だったわけだ。他に方法がなかったとはいえ、過労一歩手前まで働かせることになったのは本当に申し訳ないと思っている。もっと穏便な方法があれば、そっちを選んだんだけどなぁー。なかったから仕方がないんだけど。

 

 

「今回って、俺は挨拶だけでいいんですかね? わざわざ三人も集まってもらうのに」

「えぇ、若と接点を持つことが大切でしょうから。……ただ、もし可能なら後継者様とお話がしたいと願われているでしょうけど」

「あぁー、ですよねー…」

 

 おじいちゃんの言葉に、俺は苦笑いを返すしかなかった。未だに相棒が話したのは、メフィスト様、アザゼル先生、サーゼクス様、アジュカ様の四人だけだ。アザゼル先生がミカエル様との通信で、相棒と話をしたことにマウントを取って血管を浮き上がらせているから、そろそろやめてあげて欲しい。通信で天使長から、迷子の子犬のような目を向けられる身にもなってください。

 

 なぁ相棒、さすがに今日は面倒くさがらずに出てきてあげよう? それだけで天使の皆さんはきっと大喜びして、お仕事への活力になってくれると思うから。過労寸前まで働いたご褒美だと思ってさ。前回みたいに嘘をつくのって、すっごく罪悪感を感じるし。今回もお話できないって言ったら、男天使全員でしょぼん顔される。俺、そんなの見たくないよぉ…。

 

「奇跡を行使するシステムは天界にあって、それを守護する天使の皆さんからすれば、相棒の意思が知りたいと思うのはわかりますしね。まだまだ先のことだけど、聖書の神様が施したプログラムを相棒が全部書き換えられれば、相棒の意思で奇跡を行使できるようになるかもしれない。相棒が私利私欲? で奇跡を使うとは思わないけど」

 

 原作でエロ本を読んで盛り上がっていたイッセーともうすぐ同じ年代なのに、まだ十六歳だからってエロ関係を強制モザイクするような健全すぎる相棒だよ。食事の栄養バランスを考えなさいとか、睡眠をしっかり取りなさいと神託を下ろしてはプンプンしているぐらいだ。元々俺以外への興味関心が薄いから、俺が頼まない限り自分から行動を起こすこと自体も稀である。たまに行動しても起因はほぼ俺だし。……うん、天使の皆さんが胃痛になっても仕方がないな。

 

「……レーシュ様は今の世界のことをどう思っているのかな」

「相棒がこの世界を?」

「うん、この世界は主が定めた理に沿って回っている。そしてレーシュ様は、その理を唯一変えられる存在でしょ。だから、ちょっと気になったんだけど…」

 

 ポツリと呟いたデュリオの呟きに、俺は目を瞬いた。確かに相棒がこの世界をどう思っているのかは、聞いたことがなかったな。相棒が世界を回しているのは、それが相棒の存在理由(アイデンティティ)に繋がっていたからだろう。聖書の神様()が最後に託した使命。相棒にとって世界を回すのは『義務』でしかなくて、そこに相棒自身の気持ちは伴っていないのだ。

 

「……若、レーシュ様は他神話や異種族にそれほどこだわりはないと伺っております」

「えっ、そうですね。少なくとも、相棒は種族で対応が変わることはなかったし、俺が仏教関連の修行をしている時や初詣に行って神頼みをした時も、特に何も言われませんでした」

 

 相棒が明確に対応を変えたのは、乳神様ぐらいか? 邪神対策のために共闘するしかないとは考えていても、明らかに不機嫌な思念が漂うから。しかも嫌っている理由が異世界とか関係なく、俺の身体に憑依して強引に使われたのが余程腹に据えかねた感じだったし。あと、乳神様の精霊から上から目線でマウントを取られたのも地味に尾を引いていそうだけど…。

 

「では、今の世界はレーシュ様にとっては無駄が多いでしょうな」

「無駄ですか?」

「主は唯一神でした。大変こだわりが強かった、と言えばおわかりいただけるでしょうか」

「……他神話や異種族に対して、厳しい対応だったってことですよね」

 

 俺の言葉におじいちゃんは静かに目を伏せていた。信徒であるおじいちゃんが、聖書の神様を悪く言いたくない気持ちがあるのはわかるので同意は求めなかった。この世界には多くの神様が存在していて、いくつもの神話や種族が現存する。そんな世界で自分こそが唯一の神だと宣言して、他の神は認めないと強引に布教を進めた背景が聖書陣営にはある。そんな行いが成功したのは、それだけ聖書の神様の力が強かったのと、システムの奇跡によって世界に(ルール)を布くことができたからだろう。

 

 聖書の神様がシステムを使って、この世界に定めた(ルール)。原作で『悪魔が神に祈ることはできない』というルールを頭痛という形で押し付けていたけど、それもシステムを使えば解除させることができた。『悪魔が聖なるものに弱い』って理も、神様が敵対者を排除するために定めたものだろうから。悪魔という種族に弱点が多いのも、理を制していた()に逆らったことが原因でもあったのかもしれない。

 

 天使には堕天というシステムを創って裏切りを抑制し、堕天使となったものにはシステムの恩恵を消して捨て去る。たぶん聖書の神様は、神や魔王という超越者がいない時点でそこまで堕天使を注視していなかった。だから、堕天使には一々弱点となる理を創らなかったのかもしれない。正直アザゼル先生という技術者であり指導者がいなかったら、堕天使は一大勢力として認められることなく潰されていたと思う。堕天使の反骨精神と慎重さ(反抗期)が神の予想を上回った結果が、原作の三竦み状態に繋がった。

 

 この世界にある『当たり前』を消して、新たに世界のルールを書き換えられる力。聖書の神様が独断でそれを()くことができたように、相棒にもその権利がある。さすがに神様ほど好き勝手にできないだろうけど、最終的な判断を下すのはシステムを使える相棒だけなのだ。自らを信じる者以外に排他的だった神様が創った世界。それにどうメスを入れるのか、が今後の相棒に求められていることでもあるんだろう。

 

「……相棒が創る新しい世界、かぁ」

《――……?》

 

 俺の呟きに、こてんと首を傾げるような思念を感じる。相棒自身、そのあたりのことはあんまりよく考えていないらしい。欲がないと言うべきか、そもそも欲という感情のようなものがまだよくわかっていないのか。先生曰く、相棒に『心』が生まれたのは俺が神器に覚醒した頃ぐらいだろうと言っていた。そうなると、相棒の情緒って十歳ぐらいになるのか? それにしては、みんなからオカン呼ばわりされているけど。主に俺のお世話の所為で。

 

 相棒が俺の禁手の手助けなくシステムを使えるようになるまで、まだまだ時間はかかるだろう。その間に、この世界に布く新しい理を考えていけばいい。その時には相棒の引きこもり癖も何とかなって……いるかもしれないし、うん。それに俺の周りには頼れる大人がたくさんいるのだ。難しいことはみんなで考えて、相談していけばいい。俺自身も正直、世界云々とかは壮大過ぎて実感できないだけではあるけど。

 

「とりあえず、相棒。さすがに今日は天使の皆さんにちゃんと挨拶をしような」

《――挨拶のみ》

「……お話もしてあげような」

 

 こんにちは、だけで終わらせようとするんじゃありません。今後のことを相談する以前の問題過ぎる。相棒にツッコミを入れながら、俺は遠い目で溜め息を吐いたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「お久しぶりです、奏太くん。レーシュ殿。あなた方とこうしてまた会える日を、ずっと楽しみに待っていました!」

「こ、こんにちは、ミカエル様。お忙しい中、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ停戦協定の混乱を収めるのに、時間がかかってしまい申し訳ありません」

 

 レグレンツィ家に辿り着いた先で、金色に輝く翼と天使の輪っか、柔和な微笑みを携えた天使長が佇んでいた。俺達に気づくと、満面の笑みを浮かべながら俺の両手がギュッと握られる。心なしかミカエル様の翼がパタパタと動いていて、後光が差すかのような光が辺りを照らしていた。天使長様のテンションの高さにちょっと頬が引きつりかけたが、俺と出会えただけでこれだけ喜んでもらえるのなら何も言うまい。好意を寄せてもらえるのはありがたいことなんだし…。

 

 だから相棒、《やっぱ、ちょっと…》ってミカエル様を見て引きこもろうとするんじゃないよ。陽キャ(物理)を見てしまった陰キャみたいな反応をしないの。頑張ったら、めっちゃ褒めてあげるから。俺が相棒をヨイショしている間に、おじいちゃんとデュリオへの挨拶が終わったミカエル様は眩しい笑顔で俺の方へ振り返った。

 

「しかし、時間がかかってしまった分、奏太くんに喜んでもらいたいと作成していたお土産も無事に完成させることができました」

「えっ、お土産ですか?」

「えぇ。ウリエル、ラファエル」

 

 ミカエル様の呼びかけに応じて現れた二人の天使。ウエーブのかかった黄土色の髪に逞しい体躯の男性と、金の髪を編み込んだ穏やかな相貌の男性だ。二人とも黄金色の翼と金環をもち、彼らから感じられる聖なるオーラの強さから四大熾天使であり、俺がまだ会ったことがないウリエル様とラファエル様だろうとわかる。俺は咄嗟にお二人へ挨拶をしようと口を開きかけて、熾天使二人が恭しくもっている物に思わず呆然としてしまった。

 

 ……いや、何で熾天使が羽毛布団なんて持っているんだよ。デュリオも目を点にしている。横目で見たおじいちゃんが、「あっ」って何かに気づいたような顔をしてそっと目を逸らした。ちょっと、おじいちゃん。絶対に何か心当たりがあるでしょ!? 何をどうしたら、熾天使三人が満面の笑顔で羽毛布団を持ってくる絵図になるんですかっ! しかも、何かあの布団ほのかに光っているんですけど!?

 

「こちらは三ヶ月かけて、『天使の羽根共同募()(ガチ)』で作成しました天使の羽毛布団なんですよ」

「……そういえばカナたん、前にミカエル様の羽根のことを羽毛布団みたいって…」

「えっ、まさかこの状況は俺の所為?」

「我々も初めての試みでしたが、天使一丸となって最高級の仕上がりを目指しました。奏太くんとレーシュ殿のことを知る天使が中心となって毎日天界中を掃除という名の落ちた羽根探しを行い、時には毛繕いと称して天界中の天使の羽根を毟――提供してもらったのですよ」

 

 しみじみと布団作成秘話を語るミカエル様と、その苦労を分かち合うように目頭を熱くしながら何度も頷くウリエル様とラファエル様。実際、ミカエル様からもらった天使の羽根はふわふわだし、ほのかな温かさもあるから、羽毛布団にしたら良さそうだなぁーという気持ちはあった。だからって、本物が目の前に現れるとは思わないよ。

 

「どうですか、奏太くん! 喜んでいただけたら嬉しいのですが…」

「えっ、そのぉ…。あ、ありがとうございます! ――あっ、ふかふかだぁー」

「カナたん…」

 

 デュリオ、そんな目で見ないでくれよ。三ヶ月も善意で頑張った天使の皆さんのお土産を拒否できるような強靭な心臓を俺は持っていないんだ。もし耳や尻尾があったら、ご機嫌なぐらいブンブン振っているような幻覚が見えるし。それに、布団に罪はない。正直マジかよとは思ったけど、ほのかな温かさと極上のフカフカは本物である。これは冬の間、間違いなく重宝するだろう。

 

 ウリエル様達からいただいた羽毛布団の温かさに感嘆が漏れる。保温効果も高そうだ。だからこそ、俺はもったいないなぁーと肩を落とした。

 

「でも、もう冬が終わるからこの羽毛布団を使うのは来年になっちゃうんですかね」

『――――ッ!?』

「わ、若ッ!」

「えっ、何ですか? おじい――」

 

 羽毛布団のふかふかを堪能していたら、おじいちゃんの焦ったような声が聞こえる。不思議に思って視線を上げると、そこには光の槍を手に覚悟完了をした天使(狩人)達がいた。

 

「待っていてください、奏太くん。すぐに……夏用羽毛布団の羽根を狩りに」

「いや、春先で寒いからまだまだこの羽毛布団の出番は十分にあるかな! 二つあっても置き場所に困るし、今日から大切に使わせてもらいますっ!」

「……おや、そうですか? それなら、よかったです」

 

 危なかった、あと一歩遅かったら羽毛布団が原因でハルマゲドンが起こっていたかもしれなかった。狩人から穏やかな相貌に変わった天使の皆さんに、おじいちゃん達と一緒にホッと息を吐く。とりあえず、アザゼル先生にはあんまりミカエル様達を煽らないように伝えておこう。あの目は本気だった。

 

 それから改めて自己紹介を交わし、ウリエル様の大きな手で頭を撫でられ、ラファエル様からは自信作ですと魚の内臓料理をもらった。見た目はヤバかったが、鳶雄の新作料理に対するチャレンジ精神のおかげで、美味しい内臓料理も経験済みなのでありがたくいただきます。原作はハーレム小説だったから女性キャラ以外はとことん影が薄かったけど、なかなか濃い方々でした。

 

 

 

「そぉら、行くよー。テオドロくん」

「はいっ!」

 

 ミカエル様達との挨拶が終わり、レグレンツィ一家とも顔合わせをすることができた俺達は、早速遊ぼうと外に駆けだした。おもちゃ屋で購入したフリスビー型のラケットを手に、俺は黒髪の男の子とほのぼのと打ち合いをしている。お互いにのんびりとトントンしているだけだけど、テオドロくんは初めての遊びに興味津々のようだ。普通の五歳児と比べるとさすがはハーフ天使だからか、体力も威力もあるので楽しく運動できているようである。

 

 朱乃ちゃんと遊ぶ時はだいたいアクロバティックバトルになるから、こういう普通の遊びってなんだか新鮮だ。朱乃ちゃんとも最初の頃は平和に遊んでいたんだけど、気づいたら異能&空中戦ありの多次元バトルになっていったもんなぁー。それを見たヴァーくんも「修行かっ!」と嬉々として参加するようになったので、大人げなく迷彩蝶を駆使した消える魔球やデバフ増しましな何でもありバトルになっていったものだ。テオドロくんも光力と天使の羽根をもっているので、いつかこの領域に達することだろう。

 

「このように純粋に運動するのは、随分久しぶりな気がしますね」

「ボールを打ち合うだけだが、良い運動になりそうだな」

「昔、トビアスと一緒に遊びましたね」

 

 横目でチラッと見ると、ノリで天使の皆さんに渡したフリスビーラケットに困惑しながらも打ち合いを始めていた。しかも、運動しやすいようにと三人とも白のジャージをきっちりと着用している。素直に遊びだす天使の皆さんの純粋さにほっこりした。

 

「ふむ、打つ時に掛け声がある方が勢いがつきますかね」

「では、僭越ながら私から。――ハァァァッー! 異端者には天罰をォォオオオオッー-!!」

「多忙に終末の光をォォオオオオッーー!!」

「ツーショット写真で自慢される日々に終焉をォォオオオッー-!!」

 

 首を傾げるテオドロくんの視界から、ストレス社会の大人たちの実状を見せないようにそっと立ち位置を変えておく。停戦協定から三ヶ月、よっぽど辛かったのだろう。目頭に涙が浮かんでいた。ミカエル様、あとで相棒も一緒にツーショットを撮るのでストレスに負けないで下さい。

 

 

「ちょっと、じいさんっ! いじめっスか! これ、俺だけいじめっスかッ!?」

「若とテオドロ様の前で、人聞きの悪いことを言うでない」

 

 巨木のような逞しい腕がスローモーションのように振り上げられ、鋭い角度から放たれたボールが容赦なく振り注ぐ。子ども用のフリスビーラケットとふわふわボールで行っているはずなのに、ズゴンッ!! と明らかにおもちゃから鳴ったらおかしい音が響き渡った。一応、ラケットとボールが耐えられるギリギリを狙った威力のようだけど、ビリビリと空気が振動するのが伝わった。

 

 そんな突風が隣で起こるのを呆然と眺める俺は、息を切らしながらなんとか食らいつく友人を見つめる。音に驚いて手を止めたテオドロくんも、剛速球に目をキラキラさせていた。ロケットのように飛んでいくボールがお気に召したのか、非常に大興奮しているようだ。その様子に目元を柔らかくするおじいちゃんだけど、それに付き合わされているデュリオにはマジで遠慮なくスマッシュを打ち込んでいた。ごめんな、デュリオ。俺の実力的にも助けられないわ。

 

「そら、テオドロ様が喜んでいるのだから、しっかり気概を見せんか」

「あ、悪魔だ…」

 

 まぁ、一部界隈では悪魔呼ばわりされているもんな、最強のおじいちゃんだし…。デュリオは表情を引きつらせながら、教会の戦士として培ってきたスキルを全振りして対応している。そんな弟子の頑張りにニッコリなおじいちゃんを見ると、これはこれで愛の鞭ではあるんだろうなぁー。高速で動くボールにキャッキャと喜ぶテオドロくんに癒されながら、こうしてレグレンツィ家の初日は賑やかに過ぎていったのであった。

 

 

 

 なお、最後に『王冠(ケテル)』で相棒を憑依させて天使の皆さんと話し合いは行われたのだが――

 

『……枕がない。減点』

「ハァッ!? わ、私たちとしたことが、羽毛布団とセットにするべきものを…」

「くっ、確かに布団にお揃いの枕は必須ッ……! それに気づかなかったとは、何たる不覚っ……」

「さすがは主が残した『叡智の結晶』です。何という慧眼だ…」

『励む。依り木が喜ぶなら応援』

『お任せください!』

 

 いや、もっと他に話すべきことがあったんじゃないかなっ!? 制限時間の内の半分がそれでよかったの? すごく満足そうだから、ツッコまないでおいたけどさ! 相棒も「良いこと言った」って自慢げにしているし。後半はちゃんと天界のことやシステムの状態について真面目な話はしていたんだけど、異能の反動とは別に色々な意味で疲れた時間であった。

 

 ミカエル様からの要望もあったので、みんなで回しまわし写真を撮り合い、また遊びに来るとテオドロくんと約束する。大きくなったら他の子どもたちとも遊ぶことになるかもしれないので、しっかりとアクロバティック戦法を伝授しようと思う。おじいちゃんが運転する車の後部座席でへとへとなデュリオと肩を寄せ、ウトウトとこれからの日々を思い浮かべながら眠りについた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「んー、今年のグリンダへのお土産は何がいいでしょうか」

「前回は『機動騎士ダンガム』の新シリーズの設定資料集だっけ? 毎回思うけど、グリンダさんの研究は本当にそれでいいのか…」

「私の神滅具の能力が、そっち方面に進んでいますからね。『氷姫人形(ディマイズ・ギアドール)』から『不屈なる騎士たちの遊戯(ドール・アーマー・ガーディアン)』と派生が生まれ、さらに『白雪の姫騎士(ビアンカネーヴェ・カヴァリエーレ)』へと繋がっていったのです。この流れを説明するのに、『機動騎士ダンガム』の知識は必要不可欠なのです」

「『ロボは乗るもの』という常識がないと、『神器に乗り込む』という発想も理解し難いんだっけ」

「はい、グリンダへ最初に説明した時も目が点になっていました」

 

 ラヴィニアの神滅具の研究を行っているグリンダさんからしてみれば、ラヴィニアの変化は嬉しくもあり、研究者泣かせでもあったのだろうなぁ…。俺がやったことって簡単に言えば、人形に対して忌避感を持っていた彼女の認識をロボに変換させただけである。人形には冷たいイメージがあっても、ロボなら熱いロマンへと昇華できる。だって、格好いいもんな! その所為で、研究のためにはロボアニメの視聴が必須項目になってしまったけど。

 

 今日は久しぶりに空き時間ができたので、せっかくならとラヴィニアとのんびり部屋で過ごしている。最近は修行や神器症の治療、教会での仕事などと立て込んでいたので、ラヴィニアとゆっくり話せる時間も少なかったしな。彼女も魔女としての仕事や神器の修行と立て込んでいたので、俺からの誘いに是非にと頷いてくれた。二人でテレビを眺めながらお菓子を食べ、世間話に花を咲かせる。そんな何でもない時間が、不思議と心地よかった。

 

「グリンダと設定資料集を見ながら、新しい技を増やせないか話し合ったりもしたのですよ」

「おぉー、氷を使った新しい力かぁー」

「はい、でも氷は固体なので応用するのがなかなか難しいのです。それに考えた案も、結局は総督さんからロボット用の武器を借りればできそうなものばかりで…。あと武器を取り出すのは、こちらの隙を作りかねないところも難点なのです」

 

 ビームが撃ちたいと思ったら、撃ててしまう世の中だからね。この世界の技術力って。だけど、ラヴィニアの考えもわかると言えばわかる。せっかくならほぼ無制限に使える氷を用いた技の方がコストも少ないし、隙を晒す危険性も減らせる。うーん、氷の特徴と言えば固い、冷たい、割れる、滑る、ツルツルしているだよなぁー。

 

「あっ、氷をレンズみたいにして、太陽光を集めて熱射ビームとかはどう?」

「なるほど…。でも、氷姫を展開すると吹雪いてしまうので、太陽光をうまく利用できるのか難しそうなのです」

「それは確かに。もし使えれば光で目くらましができたり、氷を溶かして水蒸気を発生させたりできそうだよな。あと、鏡みたいに反射させれば、敵の攻撃を逸らしたり、受け流したりもできるかも?」

「あっ、鏡の虚像を利用して忍者さんみたいな分身の術はできるでしょうか」

「面白そう、今度アザゼル先生を巻き込んで試してみようぜ!」

 

 二人でお菓子をポリポリと食べながら、のほほんと駄弁る穏やかな時間。こうして思いついたアイデアをアザゼル先生へ持っていき、実現可能になったら教官かタンニーンさんで実戦がいつもの流れである。それからは漫画の格好いい忍者技について語り合い、思う存分脱線しまくった後、俺はテーブルに突っ伏すように上半身を倒した。こんなにだらしなく過ごすのは、本当に久しぶりだった。

 

 そんな俺の奇行にラヴィニアはくすりと小さく笑うと、一度伸びをするように腕を上げ、そのまま俺と同じようにテーブルへ腕を枕にしながら上半身を倒す。しばらくテレビから流れる音声だけが耳に入るが、沈黙に気まずさはなかった。乳神様がこの世界に降臨してから約九か月、ノンストップで突き進んで来たんだなぁー、と目まぐるしいほどに過ぎていった日々を思い返してしまった。

 

「……カナくん、聞いてもいいですか?」

「ん? いいよ」

 

 突っ伏していた顔をラヴィニアに向けると、真っ直ぐな碧眼と目が合った。

 

「今日までずっと頑張っていて、無理はしていませんか?」

「うーん、自分では無理はしていないと思っているよ。そのあたり、俺より相棒や先生たちの方が気を配ってくれていそうだし」

「なら、よかったのです。でも、ちょっと疲れているようには見えますよ」

「……あぁー、確かに周りに気をつかったりしているからかな。治療とかも失敗できないし」

 

 普段は天然でぽわんとしているけど、こういう時のラヴィニアの指摘はわりと鋭かったりする。これまでの経験で適当に誤魔化しても、彼女には意味がないのはわかっているので素直に認めた。それなりに治療行為には慣れたけど、やはり命を背負っている重さはどうしても消えない。それに、今まで裏方で過ごしてきたから、表舞台で注目を浴びるのに気後れはあった。

 

「ほら、俺って一応立場的には偉い感じになったじゃん。だから、あんまり格好悪いところは見せられないなって思うと、肩肘とか張っちゃっていたのかもしれない」

「そうなのですね」

「……うん、そうなんだと思う」

 

 ラヴィニアの柔らかい声音に頷くと、自分でも気づいていなかった気疲れに深く息を吐く。無理はしていないけど、何となく意地は張りたかった。やっぱりヒトに見られるのなら、少しでも良く見られたいと思うじゃん。そんな俺の言葉にラヴィニアはくすりと笑うと、さわさわと俺の髪を優しく撫でる。「お疲れ様」と労わってくれるように。それが、心地よかった。

 

「……いつになるか、わからないけどさ」

「はい」

「また、気分転換に遊びにいこう。美味しいものでも食べながらさ」

「……はい、楽しみにしていますね」

 

 うん、それならまだまだ頑張れるな。明日もお仕事に精を出していこう。充電切れモードからゆっくり上半身を起こすと、筋肉を解すようにストレッチをしておいた。ラヴィニアも同じように伸びをすると、お互いに小さな欠伸が出てしまったようで、それに二人して顔を合わせて笑ってしまった。

 

 

 

「――あれ?」

 

 不意に、窓の外に視線が向いた。ひらりとかすかに見えた影。不思議に思って立ち上がってみれば、窓の淵に一匹の蝶が止まっている。まだ春と呼ぶには少し肌寒さを感じる時期なのに珍しい。淡いクリーム色に縦縞のような模様がある小柄な揚羽蝶。その蝶は何故か逃げることなく、まるでジッと俺を見つめる様にゆっくりと羽を動かしている。

 

『どうして、『蝶』が仏具の装飾によく使われるかは知っている?』

 

 記憶に残っていたどこか楽し気で、こちらを試すようにころころと笑っていた優しい声がふっと鼓膜を打った。

 

「大人しい蝶々さんですね」

「……蝶は」

 

 これまで自分の直感に何度も助けられてきたけど、こんな時まで発揮しなくてもいいのに。ドクドクと感じる心臓の音が、心なしか鮮明に聞こえてくるようだった。

 

『亡くなった人の魂や精霊を浄土へ運ぶと伝えられていたから』

 

 ピリリっ、とポケットの中に入れていた携帯から着信を知らせる音声が鳴り響く。その音に驚いたのか、窓の淵に止まっていた蝶が羽を羽ばたかせる。ひらりと空へ飛びあがる蝶を視線で追いながら、俺は『姫島朱璃』と着信の相手を知らせる番号にゆっくりと指を置いた。

 

『奏太くん、先ほどね――』

 

 耳から聞こえてくる内容は頭で理解できているはずなのに、どこか現実味が感じられず…。ただ俺の様子から、ギュッと手を握ってくれていたラヴィニアの手の温度だけが感じられた。ずっと目の端で追いかけていた揚羽蝶は、もう視界にとらえることができないほど上空へと旅立っていた。

 

 蝶は静かに(そら)へと昇っていった。

 

 

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