えっ、シスコン魔王様とスイッチ姫みたいな力ですか?   作:のんのんびり

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第二十一話 可能性

 

 

 

「……悪かったな、メフィスト。俺がついていながら」

「神器に対するアザゼルの知識の深さは、僕も知っている。そんな君が対処に遅れたってことは、それだけ特異なことを、カナくんはしちゃっていたってことだろう。なら、アザゼルがいてくれてよかったよ。僕だけじゃ、手遅れだったかもしれないからねぇ」

「……ありがとよ。容体は?」

「大丈夫だよ。症状自体は、極度の疲労と活性酸素の影響だねぇ。あと一歩遅かったら、身体に悪影響が出ていただろう。ぐっすり眠って、おいしいご飯を食べれば、十分に回復できるよ」

 

 若いってやっぱりいいよねぇ、と柔和に笑いながら話すメフィストに、それでも苦い顔を消すことがアザゼルにはできなかった。油断していた、想定していなかった。だが、そんなものは言い訳でしかない。例え一時だろうと、自分の興味や友人のためだったとしても、あの少年の指導者になったのは自分だ。自責の念が、彼の中に渦巻いた。

 

 奏太は現在、用意された自室で、深く眠りに入っている。おそらく今日一日、目を覚ますことはないだろう。「私が看病するのです」とラヴィニアが、一生懸命お湯やタオルを用意して、ずっこけたりしながら、彼の部屋にいる。無理をしないように、と告げているので、彼女もほどほどに気を付けるであろう。夕暮れが徐々に闇に覆われていく空が、窓から伺うことができた。

 

「昔から、そういうところは変わらないねぇ。だからこそ、君との付き合いが続いてはいるんだけどさ。そういえば、『神の子を見張る者(向こう)』には帰らなくていいのかい」

「シェムハザに連絡を入れておいた。帰ったらちゃんと仕事をすると約束させられちまったよ」

「ハハハハ、彼も相変わらず大変そうだねぇ」

 

 悪かったな、駄目総督でよ。と呟きながら、アザゼルは理事長室の豪奢なソファーに身体を大きく沈めた。それに小さく笑いながら、最古参の悪魔は古き友人の様子に肩を竦める。普段の飄々とした態度に力がないところから、今回の件は彼の中でそれなりに堪えたのだろう。メフィストは理事長室に備え付けられている棚から、酒とグラスを取り出すと、テーブルの上に並べていった。

 

 

「メフィスト」

「こうしてアザゼルとゆっくり話す機会は、久しぶりだろう。大人同士で話をするなら、やっぱりこれさ。それに、あの子はうちの子だ。僕は神器に対して知識がない。ラヴィニアちゃんの時も、そちらの知識に助けられたからねぇ。なら僕は、あの子たちを守るために知識を得なくちゃならない。あの時、カナくんが何をしたのか、あの子の神器がなんなのか、話してくれるんだろう?」

 

 魔法による投影の映像からだったが、メフィストもあの時の様子を見ていた。そして、奏太が光力がこもった人形に槍を突き刺し、光力を頑張って消し去っている姿も見続けていたのだ。徐々に疲労が表情に現れ、身体が震えだし、不調を表しながらも、アザゼルに言われたとおり、彼はぎりぎりまで限界に挑戦した。

 

 生物の身体とは、よくできているものだ。もし、危険信号が身体に現れたら、強制的に意識を落としたり、身体が一切動かなくなる。だから、奏太も限界が来たら、それで終わると思っていた。彼は訓練など受けていない、多少身体を鍛えているぐらいの子どもだから。アザゼルもそこまでは、それなりに根性はあるか、と考察する余裕だってあった。

 

 それが崩れたのは、奏太が一向に倒れる兆しが見えなくなった時だ。それだけでなく、今までは我武者羅に突き刺すだけだった神器の力を、明確な目的を持って人形に注ぎだした。先ほどまでより光力の消滅スピードが上がり、まるで絡まっていた糸が解けていくように効率よく消えていく。さらに彼の目は、虚ろながら何かを追うように向けられていた。

 

 それにアザゼルは、最初は何があったのか理解できなかった。もう彼の限界はとっくに超えていたはずだ。それともまだ――、と考えていた思考は、小さな身体から発する見えない悲鳴を直感で感じ取ったと同時に、強制的に神器と引きはがして無理やり止めさせたのだ。槍が手から離れ、今までの無理が全て身体に来た痛みに耐えられず、彼は意識を失った。

 

「何故、あんなことになったんだい。途中からいきなり、カナくんの消滅のスピードが上がったと思うけど」

「あぁ、その辺りはカナタに詳しく聞かないと俺だけじゃ判断がつかない。だが、あいつが身体の限界を超えて、それこそぶっ壊れる寸前まで、身体を酷使して立っていられた理由なら想像がついた」

「……神器の効果かい」

「あぁ、槍を手放したと同時に、気を失ったのを見て間違いない。あのバカ、夢中すぎて無自覚にやったんだろうけどな。おそらく、痛覚や自分の脳のリミッターを消し飛ばしていたんだろう。あの神器が概念にまで働く、っていうのならな」

 

 神器は宿主の思いに応える。それが今回、裏目に出てしまったのだ。奏太は『光力を消したい』と強く願ったが、それには彼の体力では足りない。ならば、それらの限界を取っ払えばいい。人間は脳によって身体が制御され、本来の二割程度の力しか出せないようになっている。だから奏太は、このリミッターを無意識の内に消しさり、足りない分を無理矢理補ったのだ。しかし当然、代償は大きい。人間の身体が制御されているのは、自壊を防ぐ役割があるのだから。

 

 アザゼルからの考察に、メフィストは珍しく笑みを消し、酒の入ったグラスを口に流し込む。カランッ、と氷が打ち合って鳴る音を聞きながら、めちゃくちゃだねぇ、と素直に感じた。神器と言うのは、ここまでできてしまう代物なのかとすら思う。能力による消耗が激しいという欠点はあるが、それだって彼が成長すればある程度なら改善されていくだろう。

 

 それと同時に感じたのは、何故これほどの効果がある神器の情報が、一切なかったのかだ。神器の全てをメフィストは知らない。それでも、神滅具や名のある神器ぐらいなら、耳にしてきたことがある。

 

 万を生きる最古参の悪魔。そして、おそらく最も人間界を見てきた悪魔だと思っている。だからこそ、人間が持つ神器も多く見てきた。その力に溺れる者も、恐れる者も、戦う者も。その中で、自分が保護している子どもが連れてきた少年の力には、思わず驚きを胸中に浮かべてしまった。

 

 偶然出会った少年が持っていた、神器の能力。冥界で悪魔たちを統治している、『超越者』と呼ばれる若き魔王。サーゼクス・ルシファーが、消滅と紅の色を纏うこともあって、彼の脳裏に真っ先に思い浮かんだ。しかし、奏太の力はバアル家の持つ『滅びの魔力』とは、似て非なる厄介なものだった。その応用力の幅に、瞬時に危険だと判断ができてしまったほどには。

 

 だから彼は、紅の神器を持つ少年を招き入れた。排除ではなく、守ることを選んだ。警戒心は強いくせに、危機感が薄く、どこかズレている子どもを。生かすことの危険性は承知で、それでも若い可能性を彼は潰したくなかったのだ。その選択に後悔はしていない。ラヴィニアの嬉しそうな顔、強くなりたいと自分に訴えてきた少年の思い、そしてこれからも彼らは、真っ直ぐに自分の道を歩いていくだろうから。

 

 それ故に、倉本奏太が持つ神器の力に、渋面を作ってしまったのだ。

 

 

「……お前から、カナタの神器の特徴を聞いて、過去の事例や資料を調べてみたんだ。そしたらな、とんでもないところから、あの槍の情報が出てきたよ」

「つまり、過去に存在していたという訳かい。なら、何故あの神器の知名度が、これほど低いのかな?」

「簡単だ、あの神器は危険視されるような効果なんてなかったからだよ」

「何?」

 

 アザゼルからの言葉に、さすがに素の疑問が口からこぼれてしまった。あれが危険視されていなかった? そんな馬鹿なと思ったが、目の前の男は友人のその様子から「だよな」と同意するように返事をした。

 

 そして彼は懐から、一冊の手帳のようなものを取り出し、それをテーブルの上に置いた。その手帳の題名は、『面白ネタ神器集』という、なんともふざけた名称が書かれている。それに訝しく思いながらも、パラパラとメフィストはページをめくっていくと、出てくる出てくる漫画やアニメなどで出てきそうな変わったものや厨二っぽい神器の数々。しかし、内容はきちんと真面目に書かれているので、ふざけた題名でも、これはちゃんとした研究レポートなのだろう。

 

 そして、めくり続けていたメフィストの手が、あるページで止まった。そのページに載っていたのは、現在の悩みの種となっている厄介な神器であったからだ。しかし、書かれている内容がおかしかった。アザゼルのメモには『どこの魔王様だよ(笑)』と書かれていて、さらに『サーゼクスなりきりネタ神器』と、わりとひどい内容も書かれている。そう、この過去の研究レポートが本当ならば、危険視される力をこの神器はもともと持っていなかったのだ。そのことに、気づいてしまった。

 

「俺は正直な、お前から連絡をもらった時、そんな馬鹿なってまず思ったんだ。あの神器は、『消滅の紅緋槍(ルイン・ロンスカーレット)』って神器の力は、単純に『物質』にのみ働く力だった。カナタのように、……『概念』にまで働くようなとんでもない力じゃなかったんだよ」

 

 過去の所有者たちの使い方には、物質に働く効果しか見受けられなかった。あの神器は、使い手の地力に影響されるため、いくら消滅の力を持っても、人間では大したことはできない。実際、攻撃面に関してなら、奏太の持つ神器は強くない。いくらでも、対策出来てしまうだろう。

 

 混乱が起こる。ならば何故、彼には使えると。歴代の所有者は、『概念』という発想を思いつかなかった? そんなことがあるのかと感じる。奏太が概念の消滅に気づいたのは、発現してわずか一日だったと聞いた。素人の少年すらも気づいた方法に、今まで気づかない訳がない。何より、神器は宿主に自身の効果を伝えるはずだ。現に、奏太も神器から色々やり方を模索していたのだから。

 

 

「このあたりの理由は、確信がねぇ。あいつの代で、突然神器の効果が変わったのかもしれないし、もう一つ可能性はあるが、こっちはたぶんねぇだろ。神や魔王がいなくなった影響か、神器含め、この世界は見えないところで不安定で、歪になっているからな」

「つまり、カナくんがあの神器の効果の、最初の発現者ってことかい」

「そうだ。俺自身も、あの神器がどこまで消し飛ばしちまうものなのか、皆目見当がつかねぇ。……今はまだいい、数ある神器の中で厄介だってだけだ。しかしあの神器は下手したら、……もう一つ先の領域に手を伸ばせるかもしれねぇ可能性がある」

「はぁ…、神は本当に厄介なものを残して、逝ってしまったと心底思ってしまうよ」

「戦争なんて、するもんじゃねぇってことだな」

 

 お互いに酒を飲み交わしながら、それぞれの愚痴がこぼれてしまった。神がいなくても世界は回る。それは今があるからこそ正しくはあるが、それでも歪みというものは現れる。戦争という傷跡は、今もこうして、世界全体に降り注いでしまっているのだから。

 

「アザゼル、カナくんにはそのことは内緒にしておいてほしい。彼にとってその領域は、可能性でしかないんだ。いたずらに、不安にさせたくないからねぇ」

「……お前がそうしたいって言うのなら、俺はいいけどよ。それでもあいつの先生として、今回のことはしっかりあいつに伝えて、それなりに鍛えさせてもらうぞ。次にまたあんな使い方をしたら、すぐに死んでしまうからな」

「うん、そこは任せるよ。それにしてもいいのかい。頼んだ僕が言うのもアレだけど、そこまで協力させてしまって」

「水臭ぇこと言うなって。それに、最近裏で妙な動きをしている連中がいるからな。あいつに自衛手段を持たせて、メフィストに預かっていてもらう方が、こちらとしても助かるんだよ」

 

 トップは悪魔であるが、根底は人間の組織である『灰色の魔術師』なら、冥界の厄介事には関わらせようとしないだろう。さらに、もし世界全体の危機になれば、こちら側に全面的に協力してくれるだろう組織なのだ。アザゼルとしては、ここ以上に任せられる相手はいなかった。

 

「そういえば、アザゼル。さっきカナくんの神器の効果が変わった訳で、もう一つ可能性があるって言っていただろう。自分で答えを出していたけど、アレはなんだい?」

「ん、あぁ、あれか。もしもう一つ可能性があるとすれば、それは宿主であるカナタ自身が原因だってだけだよ」

「あの子が?」

「俺が知っているあの神器の効果は、『対象を選択し、己が定めたものに消滅の効果を及ぼす』って力だ。それは、カナタにも当てはまるだろう。だから歴代の所有者は、『物質(定められたもの)』しか消滅できなかった。……だけどもし、あいつにとってこの世界自体が「定められてしまう」ものの定義に入っているというのなら、この世界を構成する『概念』も消せるかもしれねぇ。……そんな突拍子もないバグ(可能性)だよ」

 

 まっ、あんなズレたガキにそんな大層なものはないだろうけどな、とアザゼルはカラカラと笑った。そして、空になったグラスをテーブルに置き、ソファーから身を起こす。その様子に、メフィストは魔力でグラスなどを片付けながら、同じように立ち上がった。

 

「帰るのかい」

「あぁ、話はできたしな。あいつ用の補助具も取りに帰らなきゃならない。嫌だが、大人しく説教を受けて、仕事したらまた来るわ」

「わかったよ。ありがとう、アザゼル」

「よせよ。じゃあな、メフィスト」

 

 後ろ手に軽く振り、十二枚の漆黒の翼を広げて、堕天使は夜の闇に消えて行った。メフィストはそれを見送ると、理事長用の椅子に深く座り、少しの間静かに目を閉じたのであった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「……あれ、朝か?」

 

 ぼんやりとした意識、節々が痛む身体、ぐらぐらするような頭痛。それらのミックス攻撃に顔をしかめながら、俺は朝を迎えたようだと感じた。しかし、いつの間にベッドに入ったのか記憶がない。というより、昨日の記憶自体がどこか曖昧だ。今日はここに来て、三日目なのだろうか。あまりに揺れる思考に、もしかしてまだ二日目なんじゃないかとすら思ってしまった。

 

「朝なのですよ……」

「――ッ!!」

 

 バサァッ! と俺は耳に入った声に、痛む身体に鞭をうって上半身を起き上がらせた。このシチュエーションは思い出した。間違いなく、今日はホームステイ三日目だ。だって、二日目で俺は経験したからな。甘酸っぱく、血涙を流したくなるような出来事を。

 

 まさか、今回も寝ぼけて入り込んできてしまったのか!? と辺りを見回した俺の視線は、すぐに止まることとなった。何故なら、彼女をすぐに見つけられたからだ。昨日のようなベッドの中ではなく、俺のベッドの横に椅子を置いて、そこに座りながらベッドに上半身を倒している。格好も漢字Tシャツではなく、普段の彼女が来ている魔法使いとしての衣装のままだ。彼女のトレードマークであるとんがり帽子が、床に落ちてしまっていた。

 

 次に気づいたのは、彼女のとなりに置かれている洗面器とタオル。そして、どこか疲れたように眠るラヴィニアの横顔。ここまできてようやく、俺は昨日何があったのか思い出した。アザゼル先生に会って、それで修行を付けてもらって、その時に俺がなんか無茶したから止められて、……そこから先の記憶がない。ぶっ倒れてもいいとは言われたけど、本当にそのままぶっ倒れてしまったということだろう。

 

「そっか、ずっと看病してくれていたんだ」

 

 先ほどの言葉で起きているのかと思ったら、どうやら寝言らしい。気持ちよく眠っているし、さすがに起こすのは申し訳ない。時計も確認したが、時間はある。俺はベッドに散らばる彼女の金の髪を丁寧にまとめ、毛布をラヴィニアに被せておいた。それに少し身じろいだが、眠りは深いようだ。俺は小さく笑うと、落ちているとんがり帽子を拾って、彼女の隣に置いた。まだ本調子でないため、ベッドに素直に倒れ込む。夏だから、毛布がなくてもなんとかなるだろう。

 

 そうして目を閉じると、一瞬だけ紅の光が感じられた。あぁ、どうやら相棒も心配させてしまったようだ。ラヴィニアが起きたら改めて言うつもりだが、今は心の中で感謝の言葉を告げておく。身体は回復を求めて、すぐに睡眠へと俺を誘ってくれた。

 

 それにしても、あの時のあの感覚ってなんだったんだろう。よくわからないけど、アザゼル先生なら教えてくれるかな。今度会ったら、無茶したことをしっかり謝って、色々聞いてみよう。メフィスト様にも、ちゃんと謝らないとな。

 

 そんなことを思いながら、俺は静かに眠りについた。

 

 


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